自衛隊こぼれ話

    男女同権を叫ぶ 

 終戦後の内地では、復員した軍人や外地からの引揚者などで、町には人々が満ち溢れて いた。それに引き換え生活物資は極端に不足し、おまけにインフレで物価は上がる一方で ある。また働きたくても、生産設備は空襲で壊滅状態となり仕事らしい仕事はなかった。 その中で、鉄と石炭は日本の復興を支える原動力として、その生産が重点的に推進されて いた。  復員船の乗員を諦めた私は、親戚を頼って長崎県のある小さな炭砿に経理係として就職 することができた。その頃、石炭は「黒ダイヤ」と呼ばれ、掘れば掘るほど売れた時代で ある。また炭砿の従業員に対しては、食糧や衣料品なども優先的に配給されていた。
神林炭砿職員一同と積出港付近の風景。
 戦争中の統制機関であった「石炭統制会」は敗戦により解散した。そして民間の自主的 統制機関として「日本石炭鉱業会」が設立された。ところが、この鉱業会は、GHQ(連 合国総司令部)から閉鎖を命じられた。これに代わって、石炭の一手買い取り一手販売を 行う公的機関として「配炭公団」が発足した。これによって石炭の価格は再び統制された。 戦後の自由経済に反する特別な処置であった。  私の仕事は原価計算係であった。毎月「原価計算書」を作成して関係機関に提出してい た。当時は石炭の価格を品質だけではなく、生産原価を加味して決定していたのである。 だから、少々能率が悪い炭鉱でも、出炭さえすれば原価に見合うだけの儲けが確保される 仕組みになっていた。  ところが、世の中が段々と落ち着くにしたがって、石炭の価格も品質本位に変わってき た。そして、昭和24年9月、「配炭公団」は解散となり石炭の統制価格が撤廃された。 そのうえ、安い石油の輸入により「エネルギー革命」が進み、品質の悪い石炭は売れなく なった。だから、品質が低く能率の悪い炭砿は赤字経営となり、さしもの石炭景気も終末 を告げたのである。          *  その時期、福岡県で職員を募集していた。受験したところ運よく合格した。昭和25年 7月のことである。採用通知を受けて、直方財務事務所に出頭した。ところが、辞令をい ただいて当惑した。男性3名と女性1名の採用であったが、どこで間違ったのか、私の任 用の格付けが高校新卒の女性と同じだったからである。他の男性が4級なのに私は女性と 同じ3級であった。 現在の公務員は男女とも同一条件で任用される。もし男女間で差別などすれば大問題と なる。ところがその当時は、マッカーサー憲法により口では「男女同権」と、言いながら 未だ男女間の格差は歴然として残っていたのである。  採用手続きのどこかの段階で、私の名前をみて女性と勘違いした担当者がいたのであろ う。所長も間違いに気付いた様子なので、当然是正されるものと思っていた。だが、いつ まで待っても是正される気配がない。しびれを切らして総務課長に伺いに行った。  ところが、本庁からの辞令は出先機関では変更できないと言う。 「そんな事ぐらい分かっていますよ! だから本庁の担当者にかけ合ってくださいよ!」 「君はそう言うけど、女性と間違えたという証拠がない……」 「それじゃー何ですか! 私を女性に間違えたのではなく、新卒の能力しかないからそう 格付けしたとでも言うのですか!」 「イヤ……、そうとは言わないけど……」  何とも歯切れの悪い応答である。このやり取りを聞いていた係長が後で私を呼んだ。 「間違いがどこの段階で起こったのか分からんが、採用人事は県知事決裁のはずだから、 一度決裁を受けたあとは、決して変更することはないはずですよ……。それで辞令の権威 を保っているんだから……」 「辞令の権威ってそんなものですか?」 「マーア、それがお役所仕事なんですよ……」  暗に一旦出された辞令は決して変更されないから、諦めなさいと言っている。なーるほ ど、お役所とはそんな仕事をする所なのか。面白くない。
直方財務事務所職員一同。
         *  その頃「家庭裁判所」に申請すれば改名できると教える者がいた。さっそく暇をみつけ、 田川市の「家庭裁判所」に出向いた。ところが、私の提出した書類を一読した担当者は、 「こんな理由では、改名できませんよ……」  そう言って受け付けてくれない。  彼の説明によれば、現在の法律では男女は平等だから、異性に間違えられたとしても、 法律上損害を受けることなどは有り得ないと言うのである。 「しかし、同時に採用された者と現実に格付けに差があるんですよ……」 「そう言われても、他に理由があるのかも知れないし……」  ここでも、財務事務所の総務課長と同じようなことを言いだす始末である。いくら話し 合っても結論が出ない。彼の言い分は、この理由で書類を受理すると、福岡県庁の男女差 別を認める結果になるから具合が悪いと言っているようである。何とも面白くない話だ。  当時の「家庭裁判所」は、戸籍法での改名の正当理由を判断するうえで、昭和23年、 最高裁判所民事部長の示した基準を参考にしていた。この基準によれば、 一、営業上の目的から襲名の必要がある場合。 二、同姓同名の者があり、社会生活上甚だしく支障のある場合。 三、神官、僧侶となり、又は神官、僧侶をやめるために名の変更が必要な場合。 四、珍奇な名、外国人にまぎらわしい名、難解、難読の文字を用いた名で社会生活上甚だ   しく支障のある場合。   五、帰化した者で日本風の名に改める必要がある場合。  以上が当時正当な理由として改名を認められていた。現在はこれに加えて、 一、通称として永年使用し社会生活上戸籍名では支障がある場合。 二、異性と間違えられるおそれがある場合。  なども正当な理由として認められるようになった。だが、時すでに遅しである。生れつ き五体満足な男性でありながら、女性と一緒になって、「男女同権」を叫ぶ立場に立たさ れるとは、何とも皮肉なことである。こんな気持ちでは真面目に勤まるはずがない。   この年、朝鮮動乱が勃発した。これに対応して「警察予備隊」が創設され、その隊員の 募集が開始された。「警察予備隊」ならいくら名前が優しいからといっても、女性と間違 えられることはまずないであろう。何度も志願しようと考えた。ところが、一部では朝鮮 動乱に参加させられるとの噂もあった。そのうえ今一つその性格がはっきりしない。おま けに「旧陸軍」といった感じが強過ぎて、踏ん切りがつかないでいた。 
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