日課手入れについて
実施部隊の搭乗員は、「搭乗割」による搭乗勤務の他に別の仕事が割り当てられていま
した。「日課手入れ」と呼ぶ作業です。作業の内容を九〇三空の例で説明します。作業を
大別すると「分隊事務」や「甲板係」「酒保係」など、衣食住に関する担当と「記録係」
「兵器係」「夜設係」「落下傘係」など、飛行作業に直接関係する係に分けられます。
朝の課業整列で「予定作業掛れ」の命令で、当日飛行予定のない者はそれぞれのパート
(作業場)に散って行きます。「搭乗割」は終業時の課業整列で、翌日の搭乗予定が示され
ています。これは、日施哨戒や船団直衛など早朝に出発する任務が多いからです。
「飛行命令」は飛行隊士が起案し、飛行隊長の決裁を受けて各搭乗員に伝達されます。
この場合、「搭乗割」と呼ぶ黒板に、任務内容・機体番号・搭乗員氏名を記入して伝達し
ます。搭乗員氏名は最初一文字を書き、士官は〇准士官は△で囲み、下士官は∧兵は―を
文字の上にかぶせて描きます。同姓の場合は名前の頭文字を付記します。
また下士官は交代で「当直下士官」の任務につきます。これは、飛行指揮所で待機し、
飛行隊長の命令や指示その他を隊員に伝達するのが主な役目です。
各係は一般に事務系統が忙しく、身体で奉公する方は暇でした。「兵器係」と言っても
電信員が担当する機銃や通信機、それに、偵察員が担当する電探や磁探などの搭載兵器は、
本来マーク持ちの整備員が整備します。それを、飛行機に搭載して微調整を行う程度で、
後は遊び半分でした。問題は搭載兵器に縁のない操縦員です。夜設の手入れや機内の清掃
程度でお茶を濁すことになります。
これ以外に、「磁差修正」なども定期的に実施していました。「磁差修正」とは、羅針
儀が常に正しい方位を示すようように、誤差を修正する作業です。これを怠ると、操縦席
と偵察席の羅針儀が違った方位を指すことにもなり、正しい航法は不可能となります。
それはさて置き、何処のパートでも作業時間より「ソラヲツク(馬鹿話をする)」の方が
多いのです。だが中には真面目な話もあります。古参搭乗員の戦地体験談や母艦の運用に
関する話は、若年搭乗員にとっては貴重な学習の場となりました。
搭乗員仲間では、本来飛行時間が物を言います。だが、飛行時間の割には実戦経験の乏
しい者もいます。反面飛行時間は少なくても、艦隊勤務や実戦経験のある者がパートでは
主役です。
飛行科分隊は他の兵科と違い、給食人数が毎日変わります。これは所属人員に変更がな
くても時間外の任務飛行があるからです。早朝に出発する機の搭乗員の朝食は「弁当食」
になります。昼食や夕食も同様です。これら給食人数や「弁当食」の数を主計科と調整す
る、「分隊事務係」は毎日大変な作業です。
分隊のデッキ(居住区)には大きなテーブルが並べられています。十数名で一卓(班)を構
成します。そして、各卓では「食卓番」が食事の準備と後片付けをします。「食卓番」は
各卓の最下級者の役目です。われわれは下士官でありながら、毎日「食卓番」をやらされ
ていました。他の兵科では二等兵の役目です。
裏話を紹介します。九〇三空では隣のデッキは整備科でした。配食の分量を少なめにし
て残しておきます。そして整備科の二等兵に合図をします。彼等はその残飯欲しさに飯缶
の洗浄から返納、そして食器の洗浄消毒まで引き受けてくれるのです。燃料不足で後輩の
飛行訓練が中止され、実施部隊に出なくなったので、我々のクラスは一等飛行兵曹に昇任
しても、最後まで「食卓番」から解放されることはありませんでした。
分隊事務について
兵員の居住区をデッキと呼び、それぞれ事務室が付設されています。事務室の最上席は、
先任下士官です。先任下士官は所属の分隊員を統括します。その補佐として「分隊事務」
や「甲板下士官」それに「当直下士官」がいます。
「分隊事務」は所属人員の掌握、給食人員の通報その他分隊の庶務的事項の全般を担当
します。事務能力があって、先任下士官の最も信頼する下士官が選ばれます。必要に応じ
て、補助者が付けられます。また、役割の配分や外出札の管理それに外出の調整なども、
先任下士に代わって担当します。「甲板下士官」は、甲板掃除の監督や居住区の整理整頓
その他分隊内の規律維持などを担当します。
「酒保係」も事務室勤務の一員です。主計科から酒保物品を受領して配分し、給料日に
代金を徴収して納入するのが仕事です。航空加給食の受領配分なども担当します。
この他にも、官給被服類の交換や飛行服など貸与被服の受領など、分隊員の衣食住すべ
てが「分隊事務」の手腕にかかっていました。いろいろの役割がありますが、「兵器係」
に比較して一番多忙なのが事務室勤務者でした。
私は九〇三空では「記録係」の配置でした(本文参照)。また、百里原空では「酒保係」
を担当しました。商業学校出身で算盤ができたからです。お陰で楽をさせて頂きました。