信号・通信・時鐘等
手旗信号
海軍で最初に教わるのが「手旗信号」です。右手に赤、左手に白の小旗を持って文字を
画き、相手と交信する方法です。基本になる形が、0原画から14原画までの15種類あ
ります。これらの組み合わせで文字を画くのです。0原画から9原画までは、それぞれの
数字を表わしています。
信号教員は「ピッ ピッ ピッ」と笛を鳴らしながら、0原画から訓練を始めます。
ところが12原画で笛が止まります。12原画は両手を上に伸ばした原画です。教員の
意地悪です。
モールス信号
予科練で最も重要視されたのが、モールス信号です。長符と短符の組み合わせで文字を
表示します。無線通信・発光信号に使用されました。当時飛行機と基地との連絡は無線通
信以外にはありませんでした。可視距離ではオルジスを使った発光信号が主役でした。
イ・― ロ・―・― ハ―・・・ ニ―・―・ ホ―・・ ヘ ・ ト・・―・・ チ・・―・ リ― ―・
ヌ・・・・ ル―・― ―・ ヲ・― ― ― ワ―・― カ・―・・ ヨ― ― タ―・ レ― ― ―
ソ― ― ―・ ツ・― ―・ ネ― ―・― ナ・―・ ラ・・・ ム― ウ・・― ヰ・―・・―
ノ・・― ― オ・―・・・ ク・・・― ヤ・― ― マ―・・― ケ―・― ― フ― ―・・
コ― ― ― ― エ―・― ― ― テ・―・― ― ア― ―・― ― サ―・―・― キ―・―・・
ユ―・・― ― メ―・・・― ミ・・―・― シ― ―・―・ ヱ・― ―・・ ヒ― ―・・―
モ―・・―・ セ・― ― ―・ ス ― ― ―・― ン・―・―・
濁点・・ 半濁点・・― ―・ 句読点・―・―・― 段落・―・―・・ 終止符・・・―・
1・― ― ― ― 2・・― ― ― 3・・・― ― 4・・・・― 5・・・・・
6―・・・・ 7― ―・・・ 8― ― ―・・ 9― ― ― ―・ 0― ― ― ― ―
旗旒信号
旗旒信号は主に艦船で使用されました。萬国共通の旗以外に、海軍独自の旗もありまし
た。航空隊では一般に指揮所附近にマストがあり、風向を示す吹流しと、飛行場の状況を
飛行機に伝える旗旒信号を掲げていました。(百里原航空隊の写真参照)
鹿児島航空隊の予科練時代は、朝礼台の左にマストがあり、課業整列の際に旗旒を揚げ、
その意味を教員が解説していました。われわれ搭乗員は、信号兵と違って直接関係のある
旗旒のみを暗記していました。
宇垣長官が最後の特攻隊員に訓示をしている写真があります。右手にH旗が掲げられて
います。これは「統監旗」と呼ばれ、指揮官の位置を示す旗です。日本海海戦の「Z旗」
はあまりにも有名ですね。
手先信号
機関科は騒音の中で勤務するため、声が通りません。だから手先を使って命令や指示を
伝えていました。そのため、一定の符牒が決められていたのです。搭乗員仲間でも手先を
使った特別の交信方法がありました。その方法は、手旗信号を両手の代りに、左右の指先
で画く方法です。また、モールス符号を二本の指の開閉で伝える方法も使われていました。
海軍ラッパ
海軍では「総員起し」から「巡検」までの通常日課から、「分隊点検」「葬送式」そして
「戦闘指揮」に至るまで、ラッパが使用されます。その一例をお聞きください。
時鐘
海軍では「時鐘(じしょう)」と呼んで、30分毎に鐘を鳴らして時刻を知らせていました。
時鐘番兵は甲板時計を確認して、決められた数の鐘を鳴らすのです。0:30の1点鐘に始ま
り、1:00は2点鐘、1:30は3点鐘と続き、4:00の8点鐘で一巡します。次に4:30の1点鐘
に始まり、下記のように1日に6巡します。
0:30 ・ 1:00 ・・ 1:30 ・・ ・ 2:00 ・・ ・・
2:30 ・・ ・・ ・ 3:00 ・・ ・・ ・・ 3:30 ・・ ・・ ・・ ・ 4:00 ・・ ・・ ・・ ・・
4:30 ・ 5:00 ・・ 5:30 ・・ ・ 6:00 ・・ ・・
6:30 ・・ ・・ ・ 7:00 ・・ ・・ ・・ 7:30 ・・ ・・ ・・ ・ 8:00 ・・ ・・ ・・ ・・
8:30 ・ 9:00 ・・ 9:30 ・・ ・ 10:00 ・・ ・・
10:30 ・・ ・・ ・ 11:00 ・・ ・・ ・・ 11:30 ・・ ・・ ・・ ・ 12:00 ・・ ・・ ・・ ・・
12:30 ・ 13:00 ・・ 13:30 ・・ ・ 14:00 ・・ ・・
14:30 ・・ ・・ ・ 15:00 ・・ ・・ ・・ 15:30 ・・ ・・ ・・ ・ 16:00 ・・ ・・ ・・ ・・
16:30 ・ 17:00 ・・ 17:30 ・・ ・ 18:00 ・・ ・・
18:30 ・ 19:00 ・・ 19:30 ・・ ・ 20:00 ・・ ・・ ・・ ・・
20:30 ・ 21:00 ・・ 21:30 ・・ ・ 22:00 ・・ ・・
22:30 ・・ ・・ ・ 23:00 ・・ ・・ ・・ 23:30 ・・ ・・ ・・ ・ 24:00 ・・ ・・ ・・ ・・
上記の表で、18:30から19:30までは変則的な時鐘です。18.30は本来なら5点鐘ですが、
1点鐘になっています。19.00が2点鐘です。19.30は3点鐘で、20.00の8点鐘で元に戻
ります。これには訳があります。昔大航海時代に、夕方になると「海坊主」が現れて船を
襲いました。これに対処するために、ある知恵者が考えました。それは「海坊主」が夕方
にだけ現れる性格から「海坊主」の時刻を混乱させる作戦です。
「海坊主」が夕方に眠りから醒めます。すると、1点鐘が聞こえてきます。「あゝまだ
四時半か…… 早く起きすぎた…… もう一眠りしよう……」。そして、また目を覚まし
ます。すると聞こえてくるのは8点鐘です。「しまった! 寝過ぎた! まーあ明日があ
るさ……」と言ってまた寝込みます。
停泊中の艦船や陸上部隊では、消灯から翌朝の「総員越し」1時間前までは時鐘を鳴ら
しません。それは、「海坊主」でなく「人間様」の眠りを妨げないためだそうです。
今どき「海坊主」の話を真に受ける人はいないと思います。時鐘について、ある商船学
校出身の方から聞いた話を紹介します。
昔の商船では通常の航海中は、操舵や見張りなどの当直勤務は4時間交代で、時鐘に合
わせて勤務していたそうです。鐘の数がだんだん増えて、8点鐘が勤務交替の合図です。
勿論入港や出港その他の場合は総員が配置につきます。
夕暮れ時の18:00から20:00までは、1日が終わる気の緩みと夕暮れの気象条件が重なり、
事故が起こりやすい時間帯だそうです。そこで、16:00から勤務についたクルーの緊張感を
持続させる処置として、勤務が後半に入る夕方1時間の点鐘を変更したのだそうです。
即ち、本来なら当直勤務が後半に入ったことを告げる18:30の5点鐘を、勤務が始まった
ばかりの1点鐘に変えることで「まだまだ、当直は始まったばかりだぞー しっかり勤務
せよ」との意識を持たせるための方策だそうです。
「海坊主」の伝説は、夕暮れ時の気象条件特に視界の変化と勤務後半のだれが重なって
起きる夕方特有の事故を「海坊主」の仕業として戒めたものと推察します。レーダーその
他の航海用具が完備した現在でも、見張り不足その他の不注意による海難事故は、夕暮れ
時に多発しています。ならば「海坊主」は現在も生き続けていることになります。
通信略語
航空通信では、赤い表紙の「タ」の暗号書が用いられていました。極秘文書で、内容は
しばしば変更されました。これ以外に、少ない文字数で迅速的確に意志を伝達するため、
「緊急通信略語」が決められていました。「リサ乙」呼ばれ、機密の保持よりも緊急度を
重視したものです。内容の追加はあっても変更はありませんでした。
・―・― ― ・―・― ― ・―・― ― ・―・― ―
テテテテ 敵艦発見
・―・― ― ・―・―・・ ・―・― ― ・―・―・・ ・―・― ― ・―・―・・
テキ テキ テキ 空母ヲ含ム敵艦隊発見
― ―・・― ― ―・・― ― ―・・― ― ―・・―
ヒヒヒヒ 敵機発見
・― ―・ ・― ― ―・ ・・― ・― ―・ ・― ― ―・ ・・―
ツセウ ツセウ 敵機ノ追跡ヲ受ケツツアリ
・・―・・ ・― ―・ ― ― ― ・・―・・ ・― ―・ ― ― ―
トツレ トツレ 突撃準備隊形作レ
・・―・・ ・・―・・ ・・―・・
トトト 突撃セヨ などです。
真珠湾攻撃で使用された「トラ トラ トラ (ワレ奇襲ニ成功セリ)」は有名です。
また、特攻機が突入に際して発信した「セタ セタ セタ (ワレ戦艦ニ体当タリスル)」
「ユタ ユタ ユタ (ワレ輸送船ニ体当タリスル)」は涙なくして受信できません。
彼らは、・・・―・ (終止符) の次に電鍵を押さえ放しにして体当たりしました。だから、
「ツ――――」の長符が途絶えた時刻が体当たりの時刻であり、彼らが散華した時刻な
のです。
戦記小説など読んでいると、索敵機が敵艦を発見してから暗号書を引いて電文を作成す
るなどの記述があります。しかし、当時の機長や電信員は、その日の任務から予測される
電文を出発前に作成し、位置や時刻を追加すれば直ぐに打電できるように準備していまし
た。また、緊急の場合には暗号を組むより簡単な前記「リサ乙」で発信します。「リサ乙」
はすべて暗記していました。