7−4 特攻隊員の心情 今日は人の身、明日はわが身、いつ出撃命令が出るか分からない状態で、更に死ぬため の訓練が続けられました。一度は死を決意したものの、夜半ふと目覚めて故郷に思いを走 らせることがあります。そして、まだ死にたくない、何とか生き延びる方法はないかと、 生への執着に悩まされることも度々でした。 特攻隊が編成された当初は、皆一様に無口になり、決意を胸に秘めている様子でした。 ところが、日が経つにつれて、今度は以前にも増して快活になってきました。皆それぞれ 自分の死を納得したのでしょうか。それとも、表面の快活さは、心中の悩みを隠すための 手段なのかも知れません。 心を許し合った同期生の間でも、直接この問題に触れて話し合うことはありませんでし た。それは、他人の介在を許さない、自分自身で解決すべき問題だったからです。そうは 言っても、人生経験の浅い18歳の若者に、このような解答を出させるとは非情です。 だが、内心の葛藤とは裏腹に、飛行機を操縦している時だけは、緊張のため雑念も涌か ず、死ぬための訓練でありながら、超低空飛行を行っても怖いというよりもむしろ爽快な 気分を味わうことさえありました。 訓練は続き技量は上達しても、死に対する不安や恐怖は消えるどころか益々強くなって きました。この生への執着は、出撃命令を受けて最後の離陸の時までは、恐らく断ち切る ことは出来ないであろうと感じていました。 誰でも、一時の感情に激して死を選ぶ事は可能かも知れません。しかし、理性的に自分 の死を是認し、この心境を一定期間持続することが、われわれ凡人にとって、いかに大変 なことであるか、経験しない者には想像も出来ないことでしょう。日ごろ大言壮語してい た者が、「特攻隊」の編成に際して、仮病を使ってまで逃げ隠れした事例からも判断でき ると思います。 見方を変えれば、あれが人間本来の正直な姿であったのかも知れません。当時のような 「全機特攻」の重苦しい雰囲気の中で、なお死から逃れようと努力する者には、それ相当 の勇気が必要だったと思うからです。 他人の心を計り知ることはできません。だが、意識して皆んなの話の輪に加わり、他愛 ない話題に興じて、 無理に快活に振る舞っている自分の姿を彼らはどう見ているのだろう。 彼らもまた、私と同じような心理であったのかも知れません。皆と一緒に談笑の輪の中に いながら、ふと脳裏を掠める不安に戦(おのの)く事も度々でした。 昼間は同僚との語らいで気を散らす事もできます。だが、夜中は自分だけの時間です。 眠れぬままに、古里の思い出に浸り、死後の未知の世界を想像することも再々でした。 際限なく次々と頭に浮かぶ雑念を振り払いながら、 儚い人生につかの間の安らぎを求めよ うと、焦燥する日々が続いていたのです。目次へ戻る 次頁へ [AOZORANOHATENI]