特攻機「白菊」
ある日、飛行場に出てみると、指揮所前に今までのオレンジ色から濃緑色に塗り替えら れた機体が置かれていた。見ると、翼の付け根に黒光りする爆弾を搭載している。二十五 番が二発である。 そして、操縦席前面の計器盤の横に爆弾の投下杷柄のような物が取り付けられている。 だが、これを引っ張っても爆弾は落ちない。爆弾は投下器に固定されたままである。その 代わり、この把柄を引くと、信管の安全装置である風車押さえが外れる仕掛けになってい る。風車押さえを外すことで、爆弾を飛行機に装着したまま撃発状態にできる。 そして、 体当たりの衝撃で爆発する。 爆弾は飛行機に積んだままでは破裂しない。それは信管に安全装置が施されているから である。信管の先端には風車が取り付けられていて、爆弾が投下されるとこの風車が風圧 を受けて回転し、安全装置が解除される仕組みである。そして着弾の衝撃で爆発する。 信管の風車は、不用意に回転しないため、ピンで止められている。爆弾は飛行機に搭載 してから信管をねじ込む。そして、風車が回転しないように、風車押さえで固定してから、 ピンを抜き取る。 飛行中は風圧を受けても、風車押さえで固定されているので風車は回転しない。爆弾が 投下されると、風車が回転し安全装置が解除される。これで初めて、撃発状態となり衝撃 を受ければ爆発する。だから、風車押さえがあるかぎり、「特攻機」が体当たりしても、 信管の安全装置が働いて搭載した爆弾は破裂しない。そのため、機上で撃発状態にするの がこの把柄である。 後部席の中央に、零戦用の増槽(燃料タンク)を積み込み固縛している。これで燃料は 七百リットル近く積載可能となる。だが、これらを合わせると、人員にして十名程度余計 に乗せるのと同じ重量が増加するのだ。 こんな重量で、果たして離陸できるのだろうか? 不安は増すばかりである。われわれ 搭乗員の思惑に関係なく、航続距離を延ばす手段や、爆弾を飛行機に積んだまま爆発させ るための装置など、特攻機としての改造は着々と進められていたのである。 だが、新鋭の実用機でも敵戦闘機の襲撃や、猛烈な対空砲火にさらされ、多数の犠牲を 出している現状で、果たして敵陣に到達できるのだろうか。いくら改造したとはいっても、 しょせん練習機に変わりはないのである。 死装束も戴いた。海軍葬に飾る写真の撮影も終わった。そして、棺桶(特攻機)の準備 もできた。後は命日(出撃命令)を待つばかりである。このようにして「体当たり攻撃」 の準備は着々と進められていったのである。 この時期、だれからともなく「遺書」を書く話が出た。しかし、検閲の厳しいなか、な にを書けばよいのか、どうして家族に渡すのか、その方法すら分からなかった。戦死者の 後始末をするのは同期生間の不文律である。 しかし、心を許し合い後を頼むと誓い合った 同期生がいても、生還が前提の出撃と違い特攻出撃ともなれば、だれ一人として帰っては こないのである。 だから、後始末をするのは見ず知らずの他の兵科の連中である。親や兄弟だけが読むの ではなく、他人の目に触れるとなれば、本心をそのまま書くわけにはいかないのである。 だれに読まれても恥ずかしくない立派な文章を書こうとするから、文才のない者には難し いのである。大井空目次へ 次頁へ
[AOZORANOHATENI]