蒼空の果てに

    B29の爆撃

     サイパンやテニアンがアメリカ軍に占領され、B29が本土上空に姿を現すようになった。 たしか、一月下旬のことだったと思う。南方向から高々度を真っ白な飛行雲を引きながら、 B29一機が侵入してきた。いつものように、東京方面の偵察に来たのだろうと、皆な作業 の手を休めて指揮所付近から見上げていた。  すると、二十センチの双眼鏡を覗いていた見張員が、 「弾倉が開いているぞ!」 と、 叫んだ。敵機の軸線は飛行場西側の海上を真北に向っていると思われた。まさか単機 で何を爆撃する積もりなのかと、タカをくくってのんびり見上げていた。ところが、上空 は相当の西風が吹いているらしく、だんだんと敵機の軸線がこちらに向かってくる様子で ある。 《キューン……》と、一種独特のうなりが響き始めた。 アアッ! やはり爆弾を落としたのだ。慌てて防空壕に、折り重なるように飛び込んだ。 《ダダーン……》と、さく裂音が轟き渡った。少し離れているようである。すぐに防空壕 から出てみると、洲崎航空隊の兵舎方向に噴煙が上がっている。あの高度から見事な爆撃 である。洲崎航空隊は、射撃・爆撃関係兵器の整備兵を教育する航空隊で、兵舎と講堂だ けで飛行場は持たない。  どこの世間にも野次馬はいるものだ。早速二、三の者が作業を放って駆け出して行った。 帰ってきての話では、ちょうど兵舎の間を縫うように弾着があり、直撃弾はなかったそう である。それでも、付近の窓ガラスなどはすべて破壊され、惨たんたる有り様だったとの ことである。 「飛行場を狙ったのが、ショートしたんだ」 「いやいや! 初めから兵舎を狙ったんだ!」 「まぐれだよ、まぐれ。基地は広いんだから何処かに当たるさ……」 と、盛んに議論された。それにしても、九千メートル以上の高々度から見事に命中させた ものである。 B29爆撃機
高々度から見事に命中させた、B29爆撃機。

     カラスとカモメ

      館山基地の付近にはカラスの大群がいた。特に烹炊所の洗場付近には、真っ黒になるほ ど群がって、「ガーア、ガーア」と、残飯を漁っていた。人が近づいても、ちょっと避け る程度で、逃げようともしない。また、海岸の近くではカモメが群れをなして飛んでいた。  ある日、同期の吉田二飛曹が、短い南北の滑走路を使い、夜間飛行に備えて定着訓練を 実施していた。第二旋回を終わり沖の島を過ぎた付近で、突然エンジンが停止した。慌て て左に降下旋回してどうにか飛行場に滑り込むことができた。だが、無理な横滑り着陸を したため、接地の際に脚を折損してしまった。  原因は、キャブレーターの空気取り入れ口にカモメを吸い込んだためである。駆けつけ た整備員に、飛行機の処置を任せて指揮所に帰り、飛行隊長に状況を報告した。後席に同 乗していた内田二飛曹は証拠のカモメを提げて帰り、これを示して、事故の原因がカモメ であることを力説した。ところが、 「馬鹿者! そんなことは理由にならん!」 と、飛行隊長から一喝された。吉田二飛曹は飛行機を壊したことに責任を感じて恐縮して いる。ところが、内田二飛曹は不服であることを態度に現している。  私も、エンジンが停止したにもかかわらず、墜落もせずに飛行場まで持ち込み、怪我人 も出さなかったのだから、飛行隊長の叱責は厳し過ぎると思った。それから間もなく、彼 ら二人はそれぞれ別の派遣隊に転属となった。事故が原因の異動だと噂された。  飛行隊長の叱責も深く考えてみると、「誘導コース」では、いつエンジンが止まっても 確実に着陸できるように、常に細心の注意を払って操縦桿を握れと教えていたのであろう。 エンジン停止の原因よりも、操縦員としての、その後の処置を問題にしたのかも知れない。 実施部隊では、このように厳しい一面があった。  この事故以外にも、カモメに体当たりされた話は数回聞いたことがある。それに比べて カラスの方は頭が良いのか、烹炊所付近での残飯漁りが専門で、危険な飛行場へ侵入する ことはなかった。 カモメの群れ    カモメの群れ。
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