蒼空の果てに

     実戦配置

   錬成訓練を終了したわれわれは、一人前の搭乗員としての勤務が始まった。九○三空の 日課は、対潜哨戒と船団護衛である。対潜哨戒機は、対潜水艦用の特殊爆弾を搭載して、 それぞれ指定されたコースを飛行し、敵潜水艦を捜索して制圧する。ところが、敵の潜水 艦は昼間は水中深く潜没し、肉眼で発見することは不可能である。  ある日、味方潜水艦を三浦半島の西側に回航して潜航させ、これを目標にした、捜索と 潜水艦爆撃の訓練を実施したことがある。所属の全搭乗員が、搭乗割に従ってそれぞれの 飛行機に演習用の発煙弾を搭載して参加した。 イ40型潜水艦        伊40型潜水艦。  上空の混雑を避けるため、各機は時間割りに従って指定された海面を飛行して、 捜索訓 練を実施した。潜水艦を発見した者は、これに対して発煙弾で爆撃することになっていた。 潜水艦の方も心得たもので、潜望鏡を出し入れしたり、艦橋すれすれまで浮上したりして 訓練に協力した。  ところが当日は風が強く、海面には白波が立っていた。そのため、潜望鏡特有の三角波 も、なかなか発見することができなかった。古参偵察員の指導を受けてどうにかそれらし きものを視認できても、爆撃コースに入ろうとして、ちょっと目を離すともう見失なって しまい、惨々な結果であった。           あの狭い海域に必ずいると分かっていながら、潜航中の潜水艦を発見できた者は、一人 もいなかったと思う。潜望鏡が波を切るためにできる三角波にしても、長時間出し放しで 航行すれば発見できるが、短時間に操作を繰り返せば、恐らく発見は困難であったと思わ れる。  南洋方面では、ある程度の深さまで肉眼で透視できるとの話であるが、日本近海では余 程の条件が揃わなければ、肉眼による発見は不可能であろう。対潜哨戒には、電探(電波 探信儀)を装備した飛行機も使用される。ところが、潜没した潜水艦からは反射波は返っ てこない。だから、その能力には限界がある。  しかし、潜水艦にも弱点があった。それは「油紋(ゆもん)」である。乗組員の排せつ 物その他の艦外投棄や、航行中に発生する廃油などが、海面に浮いて「油紋」となる。哨 戒機はこの「油紋」を重視する。「油紋」を発見すると、その原因が味方艦船によるもの かどうかを調査する。味方艦船の航行は、すべて通報を受けて掌握しているので、結果は すぐに判明する。  「油紋」が味方艦船のものでないことが分かれば、付近に敵潜水艦が潜没していると判 断して捜索を開始する。基地では、状況に応じて、磁探(磁気探知機)を搭載した飛行機 を派遣してこれに協力させる。磁探装備機が敵潜水艦の上を低空で通過すると、その磁気 を感知し、磁探の針が振れてブザーが鳴る仕掛けになっている。反応があれば、直ちに目 標弾(銀粉が水面に浮く)を投下する。次に、変針してこれと直角に交差する方向から進 入する。そして、感度があれば再び目標弾を投下する。  これを繰り返すことで、海面に目標弾による輪ができあがる。この輪の中に潜水艦が潜 んでいると推定される。だが、深さは分からない。だから、百メートルとか百五十メート ルとか、それぞれが別々の深さで爆発するようにセットした、対潜水艦用の爆弾を次々に 投下して制圧することになる。  磁探での捜索で問題になるのが、過去に沈没した船の磁気である。この沈没船が磁探に 反応するため、潜水艦と混同する恐れがある。だから、常に沈没船の情報を収集して、そ の位置をチヤート(海図)に記入し、この問題に対処していた。

     S作戦

   毎日同じコースを飛ぶことによって、その日の変化を発見することができる。例えば、 前日に無かった「油紋」を発見すれば、昨夜その付近を潜水艦が行動したものと推察でき る。この方法を日施哨戒と呼んでいた。またこれ以外に、艦隊や船団が航行する場合は、 その前路哨戒や直接護衛も行っていた。そして「S作戦」と呼ばれる対潜水艦制圧作戦も しばしば実施された。  当時の潜水艦は蓄電池に充電したり圧搾空気を補充するために、夜間に浮上する特性が あった。この浮上中の潜水艦を電探を装備した索敵機で捜索し、次に、磁探装備機で潜没 位置を確認する。最後に、潜爆隊によって徹底的に爆撃する総合作戦である。主として、 館山の本隊が中心になって実施していた。  夜間発進した索敵機は、指定された索敵線を飛行しながら、電探で敵の浮上潜水艦を捜 索する。電探に感度があれば、その位置まで急行して目標弾を投下する。索敵機が敵潜水 艦の上空に到達するまでに、敵潜水艦も飛行機をレーダーでキャッチして潜航する。とこ ろが、当時の潜水艦は水中速力に限度があり、あまり遠くへ移動することができなかった。  次に、索敵機からの電報で、待機していた磁探搭載機が発進する。現場に到着した磁探 隊は、大きく横に開いた隊形を作り、海面すれすれまで降下する。そして、索敵機が投下 した目標弾を中心にして、磁探を使って捜索を開始する。磁探の感度によつて、次々に投 下される目標弾により、敵潜水艦の潜没位置を策定する。  その頃には、それぞれ異なった深さで爆発するようにセットした、対潜水艦用の特殊爆 弾(二号爆弾と呼んでいた)を搭載した潜爆隊が、編隊を組んで到着する。この爆弾は普通 の爆弾と異なり、あらかじめ爆発する深さをセットすることができる。  また、弾頭が普通の爆弾のように流線形ではなく、丸太を切ったように平らになってい る。弾頭が尖っていると、着水の際にその突入角度によって水中を走る。だから、 着水地 点から離れた所で爆発する。弾頭を平らにしておくと着水地点から真下に沈み、調定され た深度で爆発する。  潜爆隊は、磁探隊の投下した目標弾の輪の中心部に向かって、一機ずつ緩降下爆撃を行 う。潜水艦を爆撃するのに照準器など使わない。高度約五百メートルで接近し距離千五百 メートルぐらいから緩降下に入る。  エンジンカウリングの中心に目標を見通しながら突込み、高度百メートルで爆弾を投下 し直ちに引き起こす。すべて勘である。爆撃は向い風で実施するのが一番やさしい。横風 だと、流されて目標を外す恐れがある。追い風だと、降下角度がだんだんと深くなり過ぎ て失敗する。  潜没潜水艦に対する爆撃は、通常の爆撃と異なり、敵艦を直接照準することができない。 そのため、推定海面に爆弾をバラ撒く感じで実施される。だから、一発必中を期すような 困難な爆撃ではない。また、対空砲火などを受ける心配もない。そのため、もっぱら新前 搭乗員の役目である。そして、前述のように勘による爆撃を行う。  これに対して、主に夜間飛行を任務とする電探搭載の索敵機や、海面を低空で這い回る 磁探搭載機には、比較的古参の搭乗員が割り当てられていた。ただし、このS作戦も電探 や磁探などの、機材の性能が十分でなく、その上故障なども多いため、担当者が苦労した 割には成果が上がらなかったように思う。
25番を2発装備した天山
       爆装した天山。
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