機種選定
海軍の飛行機は、その使用目的によっていろいろな種類があった。まず陸上機と水上機 に分けられる。陸上機の中で航空母艦でも使用できるものを、艦上機と呼ぶ。艦上戦闘機 (艦戦)・艦上爆撃機(艦爆)・艦上攻撃機(艦攻)と呼ばれる機種である。陸上機の代 表格は陸上攻撃機(陸攻)である。爆撃機と攻撃機の違いは、急降下爆撃ができるかどう かで決められる。急降下(降下角度四十五度以上)爆撃可能な機種を爆撃機と呼び、これ 以外は攻撃機と呼ばれた。攻撃機は水平爆撃と魚雷攻撃(雷撃)を実施する機種である。 また双発の飛行機を中型と呼び、 四発を大型と呼んで区分していた。中型攻撃機(中攻) 大型飛行艇(大艇)である。ところが用兵上の要求で、新しい型の飛行機が次々に開発さ れ、必ずしも従来の区分は当てはまらなくなった。双発の爆撃機「銀河」は雷撃も可能で あり、「流星」と呼ばれる急降下爆撃と雷撃も可能な機種も開発された。 ただし、陸上機の機種別の操縦教育は、中間練習機教程を終了後、戦闘機・艦上爆撃機 ・艦上攻撃機・陸上攻撃機の四機種に分けて実施していた。これを、実用機教程又は延長 教育と呼んでいた。「銀河」には陸攻や艦爆の卒業者がそれぞれ配置されていた。また偵 察機には主として艦上攻撃機出身者が搭乗していた。 * いよいよ中間練習機教程の終了をひかえ、機種選定が話題になってきた。陸攻出身の先 任教員をはじめ、艦攻、艦爆、戦闘機と全機種の教員が揃っている。そして、それぞれが 自分の出身機種の宣伝に努める。
「零戦は天下無敵で、大空の花形である……」 「戦闘機では、航空母艦や戦艦などを撃沈することができない、だから手柄をたてるなら 雷撃機が一番である……」 「急降下爆撃で敵艦を沈め、あとは空中戦でも敵機を墜とすこともできる、 艦爆こそ空の 王者である……」 「いやいや艦攻も艦爆も、戦闘機の護衛なしでは敵の戦闘機に墜とされるだけだ……」 なぜか実戦経験のある古参の搭乗員は、この種の話にはあまり参加しない。非情な航空戦 の実情を知らない雛鳥たちは、ただ迷うばかりであった。寄ると触ると機種の希望が話題 になる。 「おい松下、お前はなにを希望するんだ……」 「俺は、艦爆に行こうと思っている、命中率の一番は急降下爆撃だ……」 「命中率はよいかも知れんが、急降下から引き起こすときは物凄いGがかかり、目ん玉が 飛び出すそうだぞ……」 「中園、お前はなににするんだ……」 「俺は艦攻に決めた。雷撃で戦艦を轟沈すれば、金鵄勲章だ! 真珠湾でも戦艦を沈めた のは、艦攻の雷撃と水平爆撃だ!」 「真珠湾は停泊していたから命中したんだ、命中率は艦爆が一番だ!」 「それより、雷撃は八百メートルまで近づいて発射し、回避できないからそのまま敵艦を 飛び越すんだぞー、真っ先に落とされてお陀仏だ……」 「いや、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれだ、肉を切らせて骨を断つ、これが雷撃魂だ!」 「おいおい、えらく肩を入れるじゃないか。で、田中練習生はなにを希望しますか」 田中練習生は丙飛出身の先輩で、傷病のためわれわれの期に編入されていた。表向きは、 お互いを何々練習生と呼ぶことになっていたが、同期生の間では呼び捨てであった。 「そーだなー、陸攻がいいんじゃないの。マレー沖海戦での主役は陸攻だよ。そのうえ、 操縦員が二人いるんだ、交替で弁当も食えるし小便だってゆっくりできるよ」 「なーるほど、その手もあるなあー」 「しかし、一式ライターと呼ばれるくらいで、撃たれたらすぐに燃え上がるらしいぞー」 「そんなことはないさー、マレー沖海戦での損害はたったの三機だよ……」 「だれか俺と一緒に戦闘機を希望する者はいないのか?」 「戦闘機じやー、戦艦は沈められんよ……」 「そんなことより、お前の特殊飛行の腕前じやー、戦闘機は無理だよ……」 * ペアの教員である梶谷二飛曹は戦闘機の出身であった。だから、特殊飛行の訓練は特に 熱心であった。教員の顔をたてて戦闘機を希望する予定にしていた。ところがある日のこ と、飛行後の注意の際に文句のついでに、 「戦闘機の延長教育では、こんな生易しい罰直ではすまされんぞ……」 と、戦闘機の実用機教程での訓練の厳しさを強調した。 当時の罰直は日課の一部といっても過言ではない有り様であった。そのうえ私は、慢性 的に体調を崩していた。ミルク代わりに配食されていた「落花生油」が体に合わないのか、 それとも神経性胃炎のようなものであったのかも知れない。 それでも毎日の飛行訓練には身体の不調を隠して、休まずに参加していた。連日の罰直 に、いささか音を上げていた私は、これ以上厳しい訓練が、あと何カ月も続くのかと不安 になっていた。そのため、つい弱気になって第一希望を戦闘機から艦攻に変更した。 だが、艦攻だから艦爆だからといって楽な実用機教程などあるはずがない。ただ教員の 言葉の端々から、戦闘機に比較すれば少しは楽ではないかと、はかない希望を抱いたまで である。 ♪搭乗員節 ソロモン群島ガダルカナルへ 今日も空襲大編隊 翼の二十ミリ雄叫びあげりゃ 落つるグラマンシコロスキー シコロスキー ニッコリ笑ってダイブに入る 友の艦爆勇ましい 揚がる黒煙消え去るあとに 見たぞ轟沈天晴れだ 天晴れだ 一発必中の魚雷を抱いて 男度胸は雷撃隊 夜の海越え突撃すれば 空母戦艦真っ二つ 真っ二つ 花は桜木飛行機乗りは 若い命も惜しみゃせぬ 花はつぼみの二十で散るも なんで惜しかろ国のため 国のため谷田部空目次へ 卒業飛行へ
[AOZORANOHATENI]