蒼空の果てに

     筑波山ヨーソロー

 いよいよ搭乗の順番がきた。鹿児島航空隊で三式初級練習機の後席に、お客さんとして 同乗したのと違い、たとえ慣熟飛行であっても九三中練では練習生が前席に乗る。だから、 一段と緊張感がみなぎる。教わったとおりの手順で試運転を行う。 準備完了、チョークを 払って静かに列線を出る。前日までに習った要領で地上滑走を行って離陸地点に向かう。 ここで一旦停止する。 「手足を離せー、離陸するー」 教員の操縦によって、九三中練での初飛行が始まる。上昇するにしたがってパノラマ模型 に示された通りの景観が開ける。まず飛行場の位置と付近の地形を頭に入れる。高度計の 針は千メートルを指している。               「飛行場の位置は覚えたか? では手足を添えろー、筑波山ヨーソロー」  と、教員から声がかかる。 筑波山は絶好の目標
筑波山ヨーソロー。
「ヨーソロー」とは、艦船の操舵などでも使用される独特の用語である。「直進せよ」 又は「直進します」ということであるが、前に付ける言葉との組み合わせで色々な意味に 使われる。この場合は「筑波山を目標にして真っすぐに飛んでみろ」という指示である。 筑波山は目の前にどっしりと構えている。 「筑波山ヨーソロー」 と、復誦して操縦を始めた。ところがどうもうまくできない。舵が利き過ぎて蛇行するの である。舵の利き具合はグライダーとは全く違った感じである。次に、筑波山が右へ右へ と逃げるのである。飛行機に乗り始めのころは、自分が動いているのに相手の方が動いて いるような錯覚を起こす。 「応舵(あてかじ)だー」 と、後席から声が飛ぶ。どうにか筑波山を正面に捕らえて水平飛行ができた。グライダー に比べて舵は小さく使うことを学んだ。おそらく、スピードの関係であろう。また、応舵 の要領を会得することもできた。 「よーし、飛行場に帰れ!」 との指示を受けた。 左に旋回しながら左下を見下ろしたが飛行場が見当たらない。先程ま では確かに左下にあったのに、いつの間にか飛行場の枯れた芝生は、武蔵野の景観に溶け 込んでいる。あの広い飛行場を見失って、今どこを飛んでいるのか分からない。  咄嗟にパノラマ模型を思い浮かべた。「そうだ、牛久沼だ!」形に特徴のある牛久沼は すぐに見つかった。その東側の水路の端に飛行場があるはずだ。高度を三百メートルまで 下げながら、どうにか飛行場の上空まで帰ることができた。 「よーし手足を離せー、着陸するー」「誘導コースをよーく見とけー」 教員の操縦で「誘導コース」を一周して着陸した。  「よーし、列線に帰れ!」 今度は地上滑走の練習である。慣熟飛行とはいっても訓練はすでに開始されているのだ。 無事列線に帰り次の者と交替した。 「永末練習生、慣熟飛行終わりました」 と教員に叫んで、指揮所に走る。  生まれて初めて自分の操縦で空を飛んだのである。学校時代にグライダーの操縦は経験 していたが、舵の使い方が全然違うことに驚いた。指揮所で待機しながら他人の飛行状況 を見学する。 飛行機の動きを見ながら、今どんな舵の使い方をしたのかを頭に描く。生き た学習である。さあ、いよいよ明日からは離着陸の訓練が始まるのだ。
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