谷田部空目次へ 筑波山ヨーソローへ第三十七期飛行術練習生
入隊式が行われ、第三十七期飛行術練習生を命じられた。いよいよ飛練での日課が始ま るのだ。朝食には鶏卵がついている。航空食である。これで搭乗員になったことを実感と して味わう。またミルクも毎日配食されるようになった。食事だけをみても予科練時代と は比較にならない待遇である。
飯の盛りかた押さえがたらぬ。
食事が終わると、食卓番(食事当番)だけが後片づけに残り、他の者は格納庫へ走る。 助教の指導によって、格納庫から飛行機を出して、 エプロンに並べる。「課業始め」まで に飛行準備を完了しなければならないのである。
九三式中間練習機の列線。
翌日から九三式中間練習機(九三中練又は単に中練と呼んだ)による地上教育が開始さ れた。各ペアごとに、機体の点検手順、 エンジンの始動から試運転。更に地上滑走の要領 など、実際に飛行機を使って習得する。いろいろな数値を手帳にメモしながら、一言半句 を噛み締める。その日習ったことは、その日のうち頭に入れるのが鉄則である。 次に、飛行場を中心にして作られている「パノラマ模型」を囲んで、飛行場周辺の地形 や著名な目標などの方位と距離などを頭に入れる。そして、三月三十一日待望の飛行作業 が開始された。入隊して四日目のことで、地上教育は正味三日間であった。いかに搭乗員 の養成が急がれていたか、この事例でも明らかである。 飛行場の中央付近に天幕を張って飛行指揮所を作る。赤白の「吹流し」を立てて風向を 確認する。風の方向に合わせて大きな白い布板を丁字型に置く。これで飛行機が離着陸す る方向を示すのである。 天幕の中央に地上指揮官の席を設ける。天幕の横に、飛行機の番号とその搭乗者の予定 を記載した「搭乗割」と呼ばれる黒板が置かれる。指揮所の前面一帯を「離着陸地帯」と 呼び、ここを使って離陸や着陸を行う。指揮所の後方に飛行機を並べて、同乗者が交替し たり簡単な点検整備を実施する。ここを「列線」と呼ぶ。 練習生は搭乗の順番がくると、まず「搭乗割」の自分の名前の書かれた枠内に、右から 斜線を引く。次に、駆け足で指揮官の前に行き、敬礼をしながら、 「○○練習生、○○号機、慣熟飛行、出発しまーす」 と、大きな声で報告する。そして、 自分の飛行機が列線に帰ると、後席の教員に向かって、 「○○練習生、同乗しまーす」 と、 大声で叫ぶ。大きな声を出さないと、エンジンの音にかき消されて教員に聞こえない。 本当は聞こえていても、声が小さいと聞こえないふりをするのである。だから、練習生は 二回も三回も大声を張り上げなければならない。 「乗れ」 との指示を受けて、プロペラの風圧を避けながら翼の上を伝って前席に座る。前回の同乗 者はベルトの装着などを手伝いながら、必要な「申し送り」を行う。交替が終わると同乗 終了者は、 「○○練習生、慣熟飛行終わりましたー」 と、教員に報告して指揮所に走る。指揮所では出発の際と同じように指揮官に敬礼し、 「○○練習生、慣熟飛行帰りましたー、異常なーし」 と、報告して「搭乗割」の自分の枠内に今度は左から斜線を引く。その結果枠内は×印と なり搭乗が終了したことを示す。 待機中の練習生はバンコ(木製長椅子)に腰を降ろして、他人の飛行ぶりを見学する。 自分が乗る時間よりも、待機する時間の方がはるかに長い。だから、他人の飛ぶのを見て 自学研鑽するのである。
また交替で見張員の配置につく。見張員は三脚つきの大きな双眼鏡を覗き、飛行機の動 きを確認して逐一指揮官に報告する。 「○○号機、着陸しまーす」 「○○号機、離陸しまーす」 などと大声で叫ぶ。指揮官はこれらの報告を聞き「搭乗割」と照合すれば、今どの飛行機 が空中を飛んでいて、どの飛行機が列線にいるのかが一目瞭然に分かる。また、飛んでい る飛行機の機番号から、練習生や同乗している教員の氏名も分かる仕組みになっている。 これで、地上にいながら訓練の進行状況全般を把握できるのである。
♪飛練節 永い予科練に暇を告げて 着いたところが憧れの 赤いトンボが谷田部の空を ブンと飛んでる飛行隊 飛行隊 総員起こしは五時半でござる 掃除終われば飯用意 飯の盛りかた押さえが足らぬ 今朝のミルクはまだ来ない まだ来ない 食事終われば飛行の用意 飛行機出すのも一苦労 今日も北風気流が悪い イナーシャ回してコンタクト コンタクト ジャンプしたとて壊しはせぬが 耳の伝声管がやかましい ハイハイ返事はしているけれど 何処が西やら東やら 東やら レバー全開離陸をすれば 後は野となれ山となれ 広い大空ぐるぐる回りゃ 時間たつのも分らない 分らない 高度とること一千五百 垂直旋回宙返り 背面飛行で操縦桿に縋りゃ 戻す操作が分らない 分らない 三機上がるは編隊飛行 バンク合わせりゃ前に出る レバー絞ればなかなか付かぬ 心焦れどままならぬ ままならぬ
[AOZORANOHATENI]