初飛行
教育訓練は日ごとに厳しさを増し、グライダーやリンクトレーナー(地上演習機)によ
る訓練にも次第に熱が入り、待望の慣熟飛行が実施されることになった。
子供のころ、彦山川の河原で小型飛行機による曲技飛行の展示がしばしば行われていた。
福岡県築上郡出身の木部飛行士(女性だったことは戦後知った。木部シゲノ女史は、昭和
二年日本人女性として初めて二等飛行機操縦士の資格を取得した)は、その当時人気の的
であった。遠くからこれを眺めながら、あのように大空を自由に飛べたら、どんなにすば
らしいだろうと思っていた。
その夢が現実となる日がきたのである。飛行服に身をかため、順番を待つ間のもどかし
さ、学校時代にグライダー部にいたので、鎮西公園の広場でプライマリーによる滑空は何
度も経験していた。しかし、本物の飛行機に乗るのは初めてである。
三式初級練習機は次々と離着陸を繰り返す。ついに順番がきた。「搭乗割」の自分の名
前に斜線を引き、地上指揮官に「慣熟飛行同乗」の報告をして列線に走る。プロペラの風
圧を避けながら、後席に乗り込む。事前に習ったとおり座席バンドを締め、伝声管を繋ぐ。
「伝声管を試しまーす、教員、聞こえますかー」
「よーし聞こえる、バンドは締めたか……、では出発する……」
直ちにチョーク(車輪止め)が払われ、列線を出て離陸位置に向かう。《ゴーッ》と、爆
音が一段と高くなる。機はぐんぐんスピードをあげる。アッ! という間にもう空中に浮
かんでいた。家並みや電車がみるみる小さくなる。
高度をとるにしたがって、一段とすばらしい景観が開けた。雄大な桜島が眼前に迫って
くる。「やったー!」、ついに念願の大空を飛んだのだ。顔面に受ける風圧や体全体に感
じるG(荷重)。すべてが初めての体験ばかりであった。
計器盤の高度計や速度計を見ても、その数値を読み取ることができない。恐らく興奮し
ているためであろう。日ごろ見慣れた景観を、まるで違った角度から眺めた感激と、初め
て体験するスピードやG(荷重)などに驚嘆していると、急に爆音が静かになり翼が風を
切る音がはっきり聞こえる。
左前方に飛行場が傾いて見える。ぐんぐんと盛り上がってくる。いよいよ着陸である。
無意識に座席にしっかりと掴まった。「誘導コース」をやや大きめに一周しただけである。
時間にして十分にも満たない飛行であった。
しかし、初めて大地を離れて大空を飛んだ実感は、「すばらしい!」の一語に尽きる。
念願の大空への夢が適えられた記念すべき日であった。この感激は一生忘れることができ
ない。そして、一人ずつ飛行機をバックにして、「初飛行」の記念写真を撮った。
葉室練習生 岩部練習生
筆 者 長浜練習生
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