- 1.基本
- 星型エンジンは4サイクルエンジンである。これは混合気の吸入開始から燃焼後のガスの排出までが、4つのサイクルから構成されているためにこう呼ばれる。また、別名「4ストローク・サイクル」ともよばれることから分かる通り、4回ピストンが上昇または下降する。
その4つのサイクルとは、@「吸気」A「圧縮」B「爆発」C「排気」である。これを細かく見ていくと、まず、@の「吸気」が開始される時点では、ピストンは気筒内で一番上に上がった状態となっている。この位置を上死点と呼び、反対に一番下がった位置を下死点と呼ぶ。
@「吸気」から、A「圧縮」に移行していく過程でピストンは下がっていき下死点に達したときA「圧縮」が開始される。さらに同じようにA「圧縮」からB「爆発」に向けてピストンが上がっていき、上死点に達するとB「爆発」が開始され、再び下死点に達してC「排気」が開始されて、最後にまた上死点に戻り、@「吸気」の開始となる。実際には、色々な理由から各サイクルはわずかながらオーバーラップしているのだが、ここでは理解しやすくするためにその点は無視することにする。
この4つのサイクルの間にピストンは2往復している。これは言い換えれば、その間にクランクシャフトが2回転しているということである。そして、その間に「爆発」の行程は1回しかないので、2回転する間に1度だけ爆発するということである。このことは、以下の文を理解する上で大事なこととなるので、覚えておいていただきたい。
次に、第二次大戦中に使われていた用語を現代語に訳してみたいと思う。
これは、第二次大戦中の用語では現代の自動車用エンジンに等に馴染んでいる人には理解しにくい面があると考えるからで、特に当時の文献を見てみると現在では多くの人が聞いたこともない用語が使われていたりする。
・気筒→シリンダ、または気筒
・弁→バルブ、または弁
・接合棒→コネクティングロッド(通称コンロッド)
・曲軸→クランクシャフト
・扇車→(過給器)インペラ
・過給器→スーパーチャージャー
・点火栓→スパークプラグ
これらは現在の書籍でも見かける用語である。現在の書籍にはめったに登場しないが第二次大戦中の文献に登場する用語が以下のものである。
・活塞→ピストン
・弁動桿(陸軍)、衝棒(海軍)→プッシュロッド
・弁槓桿(陸軍)、動弁腕(海軍)→ロッカーアーム
とはいえ、本文では何が何でもこの現代語を使用するというわけでもない。たとえば、過給器などは現在ではスーパーチャージャーの方が一般的となったが、航空機の世界においては未だ過給器のままの方が理解しやすいと考えられるからである。また、気筒や弁などはそのままのほうが理解しやすい局面もある。たとえば、エグゾーストバルブなどと無理にカタカナ表記するより、排気弁のままのほうが理解しやすいだろう。
以下の本文中では、より理解しやすいと思われる方を使用することにする。
- 2.コンロッド/クランクシャフトの構造
- 星型エンジンのコンロッドとクランクシャフトの結合方式は、一般的なエンジンの構造から言うと極めて特殊な構造をしていると言える。
他の形式のエンジンの場合、各々のピストンがコンロッドを介して個々にクランクシャフトと結合されているがのほとんどだが、星型エンジンの場合は、1列に対し主コンロッドと呼ばれるサイズの大きなもの1つだけがクランクシャフトに結合されており、残りの副コンロッドと呼ばれるものは、すべてこの主コンロッドに結合されている(図2)。図は9気筒エンジンのもので、主コンロッド下部の丸い穴の部分すべてに副コンロッドが連結されるので、副コンロッドは8本となる。これに主接合分を加えて、合計9気筒となる。
- 3.爆発順序、爆発間隔
- 上記のようなコンロッドとクランクシャフトの結合形式のため、気筒は時計回り、または反時計回り(以下、便宜上、時計回りに統一)に順番に爆発していくことになる(厳密な表現をすれば「気筒内で混合気が爆発する」となるが、これでは表現が長くなるので、ここでは、これも便宜上「気筒の爆発」と記述する)。一番上に位置するピストン(図2でいくと主コンロッドに連結されるピストン)が上死点に達した後、時計回りに回転すると、次に上死点に達するのはその右隣の気筒となるからである。ただし、時計回りに一気筒ずつ爆発してしまうと1回転、つまり360度で全ての気筒の爆発が終了してしてしまうことになる。これでは、4サイクルエンジンの「1つの気筒は2回転で1回爆発する」という基本原則が達成されなくなる。このため、実際には一つ飛ばしで爆発させることになる。
これを図にしたのが図3である。
最初に基本として、1つの気筒が爆発して次の気筒が爆発するまでにクランクシャフトが何度回転するかを表す「爆発間隔」を説明すると、これは2回転にあたる720度を1列あたりの気筒数で割ればよい。1列あたり9気筒のエンジンでは80度になる。つまり、ある気筒が爆発してから次に爆発する気筒は時計回りに80度先にある気筒となる。
図3を例にして具体的に説明してみよう。図は9気筒エンジンのみを表現してあり、真上の気筒が1番気筒、ここからから時計回りに順に9番気筒まで存在する。これに合わせて、図では@からHまでの数字をふってある。
まず最初に、1番上に位置している1番気筒@が爆発したとする。次に爆発する気筒は時計回りに80度先にある気筒だから、Bとなる。その次は、さらに80度先にあるD、その次がFで、次にH、ここで1周してAとなり、この順番で最後がGとなって、また@に戻る。
つまり、720度回転した後に再び同じ気筒を爆発させるためには、気筒を1つ飛ばしで爆発させる必要があるということで、これが、星型エンジンの1列あたりの気筒数が奇数である理由である。
9気筒エンジンの爆発順序をすべて記述すると@−B−D−F−H−A−C−E−G、そしてまた@となる。
図3−1
図3−2
ここまでは単列エンジンの場合である。これが複列になった場合は前後の列で交互に爆発させることになる。
本来レシプロエンジンは、上下運動を回転運動に変換しているため少なからず震動が発生する。少しでもその震動の発生を押さえるために、ある気筒が爆発して次の気筒を爆発させるときには、クランクシャフトを挟んでその反対側に近い位置に配置されている気筒を爆発させるのが望ましい。単列の星型エンジンでは、説明した通りこういった爆発順序にすることは不可能だが、複列エンジンの場合はこれを実現することが可能となる。ただし、実際には時計回りに順次爆発させるために、ちょうど反対側よりわずかに回転方向にずれた気筒を爆発させていく。
複列エンジンの場合、まず重量バランスをとる意味から後列の主コンロッドは前列の主コンロッドの対面180度に配置するのが一般的である。誉一一型を例にとって説明すると、エンジンを後ろから見た場合、前列は真下の気筒が1番気筒で、主コンロッドが連結さているのは時計間りに三つ先の4番気筒なので、真下から120度、真上の0度から見て300度の位置となる。これに対し後列は、真上の気筒が1番気筒となり、主コンロッドが連結さているのはやはり4番気筒であるので、真上から120度となる。(図4)
そして、この誉一一型の爆発順序は、前@→後A→前B→後C→前D→後E→前F→後G→前H→後@→前A→後B→前C→後D→前E→後F→前G→後H、で再び前@となる。前後列交互に爆発させるため、一見バラバラのようであるが、単列ずつは前述の通り後ろから見て時計回りに一気筒飛ばしであるのに注意していただきたい。(図5)
図4
図5
- 4.吸/排気弁作動方式
- 次に、吸/排気弁を作動させるためのカムについて説明する。
星型エンジンの場合、カムはリング状になって1列あたり吸気弁用1個、排気弁用1個の2個ずつ存在する。誉でいうと前列のものが気筒の前に2個、後列のものが気筒の後ろに2個の合計で4個存在する。吸/排気弁を開く役目をするカム山は、90度の位相で1個のカムにつき4個ある(図6)。このあたりの構造について詳しく見てみよう。
4サイクルのレシプロエンジンの場合、1工程が前述の4つのサイクルから構成され、これらはクランクシャフトが2回転する間に行われる。このうち、吸気弁が作動する(上下する)のが、@であり、排気弁が作動するのがCである。つまりは、吸気弁、排気弁ともにクランクシャフトが2回転する間には1度ずつしか作動しないということになる。
一般的な星型エンジンの弁作動方式はオーバー・ヘッド・バルブ(OHV)方式であるので、カム山の頂上部分にプッシュロッドの下端が乗っている場合、てこの原理で弁は一番下げられた、つまり一番開いている状態になっている。そして、次にこの同じ弁が一番開いた状態になるのは、エンジン2回転で1度しか動作しない以上、ちょうど720度後ということになる。
カム山は1個のリングにつき4カ所にあり、それぞれが90度に配されている。気筒の爆発順序は、前述したとおり1列あたり時計回りに@→B→D→・・・である。1番と3番の気筒の間隔は360度÷9×2の80度であるから、ある気筒が爆発してから、次の気筒が爆発するまでの間隔も80度ということになる。
一番上から時計回りに1〜4と番号を振った場合、1番気筒と1番カム山が一致した位置にあるとき、2番カム山はその90度右、つまり、3番気筒の10度先に位置している。
同じように3番カム山は5番気筒の20度先、4番カム山は7番気筒の30度先にある。以上を考えると、1番気筒が爆発して、次の3番気筒が爆発するまでの間に、カムは10度回転し、かつ3番気筒の真下にカム山の頂点が来ている必要がある。
ということは、カムは気筒とは逆の反時計回りに回って、3番気筒の真下に来るカム山は2番カム山ということになる。そして、この3番気筒が爆発するときには、当然、他のカム山も反時計回りに10度動いているわけだから、3番カム山は5番気筒の10度先、4番カム山は7番気筒の20度先ということなる。そうなると、次の5番気筒が爆発するときには3番カム山がさらに反時計回りに10度動いて、5番気筒の真下に来るというわけである。
図6−1
図6−2
図6−3
ところで排気弁だが、これの細長い棒状部分は実は中空になっていて、その中には、通り抜けていく排気ガスにさらされ非常に高温になる排気弁の温度を下げる意味で金属ナトリウムなどが封入してあるものが多い。これは第二次大戦中の星型エンジンのほとんどに実施されているわけだが、現在の市販自動車のパンフレットを見ると、このことを声高に説明しているものがある。これは最新の技術のような印象を与えるが、この当時から当たり前に利用されていた技術である。
- 5.潤滑油循環方式
- 潤滑油(以下、オイル)の循環方式には、大きく分けてドライサンプとウェットサンプの2種類が存在する。この違いを簡単に言うと、オイルをオイルタンクに溜めるか、エンジン内下部のオイルパンと呼ばれる場所に溜めるかである。
現代の市販自動車についてはポルシェの空冷エンジンなどを除きほとんどがオイルパンを持つウエットサンプ方式である。
これに対し航空エンジンの場合、常にエンジン下部を下にして飛行するわけにはいかないためにオイルパンを設置できないので、ほとんどの場合ドライサンプとなっている。
では、星型エンジンはどのようにしてオイルを循環しているのか?
基本的には飛沫による潤滑とポンプでの圧力による循環の2種類で、その流れは以下の通りとなる。
給油ポンプによってオイルタンクから出たオイルは、過給器のインペラ軸に供給されると同時にクランクシャフトへ導かれる。クランクシャフト表面には小さな穴が開いており、これの主コンロッドとの接合部分のものは主コンロッドの軸受け部を潤滑後、その主コンロッド内の送油管を通り、副コンロッドの軸受け部を潤滑する。クランクシャフト上の転軸部からしみ出したオイルは遠心力により飛沫となって飛び散り、シリンダ内壁、ピストン、ピストン軸等を潤滑する。
その後、クランクシャフト内のオイルはプロペラ軸内を経由して、前部カム室に到達する。
気筒頭部の給排気弁を駆動するためのロッカーアーム部分については、カム室から伸びたプッシュロッド覆いの中を通してオイルが供給される。星型エンジンの各気筒間には、オイルの送油管で結ばれていて、最下部に位置する気筒(誉であれば前列の1番気筒)の頭頂部にはオイル溜まりがある。ロッカーアーム部を潤滑したオイルは、気筒間の送油管を通って、最終的にはこのオイル溜まり溜まることになる。ただし、エンジン上部に位置する気筒の分についてはこの限りではなく、再びプッシュロッド覆い内を通してカム室に戻している。
これとは別に、クランクシャフト室内に充満している飛沫となったオイルは、その後、前部カム室に落ちるようになっており、それが、さらにその先の減速室に到達し減速室下部のオイル溜まり溜まることになる。
さて、下部の気筒にはオイルが溜まりそうであるが、まず、ピストン裏側のものは激しい上下運動で飛び散り、とてもピストンに留まってはいられない。ビストンの側面から燃焼室へ流れ込もうとするものは、ピストン下部が下死点ではクランク室内まで露出するため、その大部分はオイルリングで掻き出されてクランク室内に戻される。オイルリングの隙間から燃焼室内に達するものも、その多くは、前述の通りロッカーアーム室から気筒間送油管を通って気筒頭オイル溜まりに溜まる。しかしながら、それでも燃焼室に溜まっているものもあるようで、整備時に点火栓を抜くと、オイルがドッと出てくることも多いらしい。
最後に、1番気筒下部の気筒頭オイル溜まりと減速室下部のオイル溜まりに溜まったオイルは、ポンプによって吸い出され、オイルタンクに戻っていくのである。なお、誉のようなクランク室の前後にカムのあるエンジンは、エンジン後部にもオイル溜まりがあり、気筒頭オイル溜まりと減速室下部オイル溜まりに溜まったオイルは、一旦、この後部オイル溜まりに集められてからオイルタンクに戻される。この際に気化器の周辺にオイルを導き、気化器の凍結防止を行っているエンジンもある。
|