日本戦闘機の運動性がいいって意味は?
運動性がいいという言葉を聞いたとき、みなさんはどういったイメージを抱かれる
でしょうか?たぶん、日本戦闘機は運動性がいいというのがみなさんの頭の中にある
でしょうから、(運動性がいい)=(旋回性がいい)というイメージを持っていらっ
しゃる方が多いのではないかと思われます。実際、私自身も運動性がいいと聞くとま
ず旋回性がいい、もっと言うなら旋回半径が小さいと言う言葉が浮びます。
ところで、第二次大戦中にイギリスで「スピットファイアMkXB」と「フォッケ
ウルフFw190A−3」との性能比較を行った際のレポートにこういう記述が見ら
れます。
「運動性に関しては、旋回半径の点で簡単に負ける以外はFw190Aの方が優れ
ていた」
さあ、これはどんな意味を持つのでしょうか?そのヒントとなる言葉が同じレポー
トの続きにあります。
「Fw190は旋回中に襲われたとしても、優れたロール(横転)率を利して反対
側に降下旋回でき、スピットファイアがこれを追尾することは難しく、その動きを予
測していた場合でも、射線に捉えることはほとんどできなかった」
要約すると、Fw190は旋回性で劣るもののそれを補ってあまりあるほど他の運
動性能がスピットファイアより優れていた、ということです。つまり、運動性を語る
ときには旋回性以外の運動性能も考慮に入れなければならないということなのです。
飛行機の運動性能は基本的に、機体に対する3つの軸に対する運動で構成されます。
それは、@ピッチング Aローリング Bヨーイング です。
@のピッチングは、真上から見て飛行方向と垂直に交わる軸を中心とする運動で、
機首を上下する動作、つまり旋回方向の運動です。Aのローリングは飛行方向を機首
から機尾へと貫通する軸を中心とする運動で、翼を左右に振る動作、つまり横転方向
の運動です。Bのヨーイングは、機体の中心を真上から真下に垂直に貫通する軸を中
心とする運動で、機首を左右に振る動作、横滑りを意識的に起すときなどの動作です。
これでも解るとおり、旋回性がいいというのは、あくまで@のピッチング方向の運
動性がいいというだけにすぎないのです。つまり、本当の意味での「運動性がいい」
というのは、@、A、Bのすべての軸に対する運動性能の総合点が平均以上である、
ということでなければならないはずなのです。
では、日本機は運動性がよいといわれているのだから3軸すべての運動性がよかっ
たのかというと、これは、とっても疑問です。
日本戦闘機は総じて旋回半径が小さいから、@については良いといえます。ただ、
問題がないわけではなく、米軍の捕獲機によるレポートの中で、零戦や一式戦「隼」
などが高速で舵が重くなるために旋回性能が著しく低下するということが報告されて
います。Bについては、「機首の振れがいい」という表現を目にするのと、日本戦闘
機は全般的に機体重量とエンジン重量が軽いことから見て、まず良好であったと見て
いいでしょう。
問題はAです。私は、ローリング、つまり横転性に対して日本の戦闘機乗りが口に
しているのをほとんど見た記憶がありません。
これはなぜでしょう?まず考えられるのは、日本の戦闘機乗りが戦法的に横転性能
を重視していなかったという可能性、次に、旋回性能がいいあまり、横転性能が問題
にされなかったという可能性、そして、運動性を複合的に捉えていて横転性能だけを
個別に考えていなかったという可能性、最後に、横転性能が良くなかったという可能
性です。
最初の可能性は、「巴戦」と呼ばれる水平・垂直の格闘戦を重視した日本の戦闘機
乗りには十分考えられます。2番目も同様の理由から考えても構わないと思います。
この2つがあるとするならば、横転性が良くないという可能性は発生します。3番目
の可能性は、空戦ともなれば、基本は水平・垂直の格闘戦だったとしても常に自分の
思い通りの姿勢に持っていくことなどいつもできるわけではないでしょうから、これ
は一番ありそうです。
最後の横転性が良くなかったという可能性ですが、私はこれもある程度考えられる
と思います。その判断材料を以下に示します。
まず、日本戦闘機中では「雷電」が一番横転性能が良く、「P−51」より劣り
「F6F」を上回る程度の性能でした。また、「P−51」の横転性能は「スピット
ファイア」を上回り、「テンペスト」「Bf109」とほぼ同等、「Fw190A」
より劣ったそうです。この例からいけば、日本戦闘機の横転性能は決して水準以上で
はなかったと言えます。
もうひとつの判断材料は、機体設計を分析することです。まず、いえるのが補助翼
の効きの善し悪しがかなり影響をあたえるということです。次に主翼の重量、しかも
機体中心からより遠い距離の重量が大きく影響するということ、つまり、ある軸(こ
こでは胴体)にたいして垂直に接続されるもの(ここでは主翼)があるとき、その軸
をひねって回転させようとすると、垂直に接続されるものの重量が軽い方が力が必要
ありませんから、それだけ早く回転させることができるということです。
この2つのうち日本の戦闘機乗りは、操舵に対する応答性ということ、つまりは舵
の効きをたいそう重視していましたから、補助翼の効きが悪かったというのはチョッ
ト考えづらいと言えます。やはり、問題は後者です。
日本戦闘機は、「鍾馗」以外は世界的に見て機体サイズの割に主翼面積が大きいで
すから、その点から見ればいかにも横転性が悪そうです。しかし、絶対的な重量が軽
いのでその意味では良さそうにも見えます。さて、どっちでしょうか?
私は、先ほどの「雷電」の例から言って、「悪くはなかったが、他国機に比べ
さほど優れてはいなかった」と言うのが正解だと思います。
相対的に、補助翼の効きを重視する機体は降下性能に優れる機体で、不利に陥った
ときに素早い横転から急降下して離脱するときに、それをもっとも有効に利用できる
といえます。日本機は「鍾馗」「飛燕」「五式戦」「雷電」以外は、「悪い」としか
言いようのない降下性能でしたから、その意味でもあまり重視していなかったと思わ
れます。それと、翼面積を大きくとっている日本のいわゆる「軽戦」たちは、やはり
横転運動には不利ですし、特に「飛燕」や「五式戦」のようにアスペクト比が7.2な
どという機体の横転性能が良いと考える方に無理があります。
結局、日本機が言われる「運動性が良い」というのは、「非常に優れた旋回性と
回頭性と舵の効きに、平均的な横転性能があわさって、総合的に優秀な運動性
能を発揮した」とするのが正しいと言えるでしょう。
*なお、文中の性能比較レポートの記述に関する部分は「航空ジャーナル昭和51年3
月号臨時増刊 W.W.U ドイツ戦闘機隊」から引用しました。