ラジエータの配置とその特性
「P−51B」のラジエータ配置は絶賛されているとおり素晴らしく、これについ
ては私も全く異論はありません。ところが、ほぼ、同じ位置にラジエータを装備した
「P−40」の原型である「XP−40」は空力特性が悪いという理由で後に機首下
面にラジエータを移設してしまいました。でも、たいていの本には、なぜ「P−51
B」は良くて「XP−40」はだめなのかが詳しく書いてありません。そこで今回は、
この例をもとネタに各種のラジエータ配置とその特性についてお話ししたいと思いま
す。
まず「P−51B」のラジエータで目立つのは、冷却空気吸入口の開口部が機体下
面から7p離してあるという点です。これは、空気がその粘性(ねばり気)のため、
機体表面に張り付いて流速の遅い空気の層を作り出してしまうためで、これは後方に
いくにしたがって、どんどんその上に張り付いていき、「P−51B」のラジエータ
開口部の位置でその遅い空気の層(境界層という)がちょうど7pになるため、開口
部が機体下面から7p離してあるというわけです。
では「XP−40」はどうでしょう?こういった処理は全くなされていません。も
し、機体表面に開口部を密着させるなら、それ以前の機体表面の距離は短い方が境界
層が厚くならなくていいわけですから、機首下面に持ってきた方が得策で、「XP−
40」のラジエータ位置では、ラジエータの上部、つまり、機体表面を流れてきた遅
い空気があたる位置の冷却はあまりうまくいきません。その意味では「飛燕」のラジ
エータ配置も効率が良くなく、不必要に開口部面積が大きくなる原因となっています。
それから、「XP−40」場合、機首からラジエータ開口部までの胴体下面形状が
かなりカーブしていて、胴体下面を通る空気が、ラジエータ開口部の正面に当たる位
置を流れてきた空気をさらに下に押しやり、うまく冷却用の空気がラジエータに流れ
ていきませんから、よけい冷却が悪くなります。「飛燕」はこの点、胴体下面形状が
かなりまっすくに近いですから、だいぶマシです。また「XP−40」は、あの独特
の胴体下面を縦に通るパイプ状の出っ張りがありますから、よけいいけません。
ところで「XP−40」のラジエータ位置を移設した理由として「空気抵抗が大き
かった」ということが上げられてますが、これはたぶん、ラジエータ覆いの形状がま
ずかったのだと思われます。しかし、私が見る限り、それほど悪い形状をしていると
は思われないので、この場合は、前述した通りラジエータに十分な冷却空気があたっ
ていなかったことによる冷却不足のため、エンジンの出力があがらずスピードが出な
かった、とうのが正解ではないかと推測しています。
つまり、「XP−40」の場合は位置そのものは悪くないのですが、その周辺の処
理の仕方がまずいだけなのです。
次に、第二次大戦では多くの単発液冷エンジン装備機が登場しましたが、そのラジ
エータ位置を分類して、タイプ別にその利点/欠点を検証してみましょう。なお、双
発以上の機体ではラジエータ配置の自由度が大幅にことなりますのでここでは対象外
とします。
1.機種環状
→Fw190D/Ta152
2.機種下面(エンジン下部)
→P−40,彗星,タイフーン/テンペストX、等
3.胴体前部下面
→フルマー,il−2等
4.主翼内
→テンペストT、ファイアフライW、等
5.主翼下面
→Bf109,スピットファイア、等
6.胴体後部下面
→飛燕,P−51、MC202、等
だいたい、こんなものでしょうか?なお、「キ−78」などの「後部胴体側面」
や「He100」のような蒸気表面冷却などは、実戦機でないのと、非常に数が少
ないので除外してあります。
以下にそれぞれ個別に利点と欠点を書いてみましたが、基本として「ラジエータ
の吸入口、排出口は少なからず乱流を発生する」ということを覚えておいてくださ
い。
1.機種環状
利点:@クリーンな空気があたるため冷却効率は高い。Aエンジンに近いた
め冷却液を送るパイプが短くて済む。B空冷機からの換装が楽。
欠点:@ほとんど(開口部面積)=(冷却器面積)なので、抵抗が大きい。Aプ
ロペラ直後にあるので、プロペラ後流の戻り抵抗が大きい。Bプロペ
ラ直後にあるので、プロペラ効率が悪くなる。C冷却後空気の排出調
節用にカウルフラップを装備せねばならず、その直後に乱流が発生し
やすい。
以上を考えると、ほとんどお勧めできません。「Fw190」のように、
空冷機からの換装を楽に行いたい場合のみに採用されるべきでしょう。
2.機種下面(エンジン下部)
利点:@環状式より推進力の強くなる、よりプロペラ先端に近い空気があた
るため冷却効率は高い。Aエンジンに近いため冷却液を送るパイプが
短くて済む。B機首からの距離が短いため、境界層が厚くならない。
欠点:@ほとんど(開口部面積)=(冷却器面積)なので、抵抗が大きい。Aプ
ロペラ直後にあるので、プロペラ後流の戻り抵抗が発生する。Bプロ
ペラ直後にあるので、プロペラ効率が悪くなる。C冷却後空気の排出
口をうまく設計してやらないと、その直後に乱流が発生する。
利点、欠点とも環状式に似ています。ただし、「彗星」のようにオイル
クーラーを前に出して別に配置すれば、その分だけ開口部面積が小さくでき
ますので、環状式よりは抵抗が小さくなる可能性はあります。なお、戻り抵
抗は環状式ほどではありません。
3.胴体前部下面
利点:@ラジエータを胴体にある程度埋め込み式に装備できるため開口部面
積を若干小さくできる。Aわりとプロペラに近いため、比較的冷却効
率は高い。Aエンジンに近いため冷却液を送るパイプが短くて済む。
C重いラジエータを重心近くに積むので重量バランス的に有利
欠点:@開口部が発生する乱流が主翼に干渉し、抵抗を大きくしたり主翼の
効率を下げたりする。A機首からの距離がややあるため、境界層が若干
厚くなる。B胴体下面に懸架ラックを装備しにくい。
利点も多いのですが、あまり採用されてないことからして欠点の@を解消す
るのがかなり難しいようです。しかし、それさえうまくいけば、かなり良い
装備位置だといえます。
4.主翼内
利点:@前面投影面積が増えず、その意味での抵抗は小さい。A重いラジエー
タを重心近くに積むので重量バランス的に有利。
欠点:@冷却空気の吸入口が少なからず主翼に乱流を発生するA冷却空気の
排出口が翼上面、または下面となるためその部分の主翼の効率を著し
く損ねる。Bその部分のみ翼断面形が他の部分と異なるため、空力特
性も他の部分と変わり好ましくない。
欠点がかなり致命的です。単発機で最初からこの位置にラジエータ装備を
考えていて最後まで守り通した機体は第二次大戦機に関して言えば私の知る
限りでは存在しません。ちなみに、P−39のラジエータは胴体下部で、こ
のタイプではありません。
5.主翼下面
利点:@ラジエータを主翼にある程度埋め込み式に装備できるため開口部面
積を若干小さくできる。Aラジエータ配置の自由度が高い。Bプロペ
ラから遠いのでプロペラ効率は良い。
欠点:@冷却空気の吸入口が少なからず主翼に乱流を発生するAラジエータ
が存在する部分の主翼としての機能が損なわれる。
ラジエータの部分は翼形をしていませんから、当然あまり揚力を発生しま
せん。ただし、損失は主翼のみにとどまり、胴体に対してはほとんど悪影響
がありませんので、それほど悪い位置でもありません。
6.胴体後部下面
利点:@ラジエータを胴体にかなり埋め込み式に装備できるため開口部面積
を小さくできる。Aラジエータ配置の自由度が高い。Bここの後方(
真後ろ)に何もないので、ここで発生した乱入が機体に影響を与えな
い。Cプロペラから遠いのでプロペラ効率は良い。
欠点:@機首からの距離がかなりあるため、境界層が非常に厚くなる。Aエ
ンジンからの距離が遠いため冷却液を送るパイプが長くなる。B重心
からの距離がややあり、重量バランス的に不利。C胴体下面に懸架
ラックを装備しにくい。
総合的に見てやはり、この位置が一番よろしいのではないかと思われます。
この位置を採用している機体が一番多いようですし・・・。なによりも、自
由度が高いというのは設計者が自分の腕を存分にふるえていいのではないで
しょうか。
どうでしょうか?ただ、これは、あくまで目安ですから実際に良い/悪いを決定
するのは、最初の方にも書いた通り周辺を含めた設計によります。実例をあげるな
ら、「彗星」は機首下面であまり良い位置ではありませんが、基本的に良い位置の
「飛燕」よりも効率的には優れています。それは、先ほども書いた通り、オイル
クーラーを分離して開口部面積を小さくしたのと、直後に爆弾倉がある関係で胴体
下面に段差がありません。これに対し「飛燕」は厚くなった境界層をそのままラジ
エーターまで送ってますし、排出口もストンと断ち切ってあって乱流がかなり発生
していると思われます。
さて、最後に「P−51B」のラジエータの優れた面をもうひとつ。それは、排
出口の設計を巧妙にやって、最大速度時に一番開口面積が小さくなるようにしたこ
とです。これにより、そこを通る空気の流速が速くなり、そこで発生するはずの乱
流を発生させなくしています。この手法はF−1のグランドエフェクトカー時代に
ベンチュリー効果といわれて盛んに使われていた理論です。ただし、時々いわれる
ラジエータを通って熱せられたうえに流速が速くなった空気がジェット効果を生み
出していた、というのは、ほぼ間違いでしょう。これを証拠づけるものとして「排
出口をふさいで飛んだら最大速度が50q低下した」というのがあげられています
が、これについては「飛燕」の設計者である「土井武夫さん」もいわれているとお
り、排出口をふさげばラジエータ経路に空気が滞留し、吸入口は空気で垂直に切り
立った壁と同じになり、抵抗が20%も増え速度にして40qは低下する(この数
字は土井さん自身があげられている)のだから当たり前なのです。ジェット機の熱
量は圧縮した空気に燃料を加えて爆発させて得られるものです。「P−51B」の
場合の温度の上昇は土井さんは20〜25゜と言っておられますからジェット機の
場合とは温度の桁が違います。考えられません。
最後の最後に「P−51B」と同様に優れているラジエータ配置を持った飛行機
を紹介しておきます。それは「Bf109F〜」です。理由は「P−51B」の場
合とほぼ同じです。
さて、いかがでしょう。少なくとも同じラジエータ位置で良かったり、悪かった
りする理由は解っていただけたりではないかと思います。あとは皆さんで実機にあ
てはめてみて、機種ごとに良いか悪いかを判断してください。今回は、長々と失礼
しました!
*なお、文中の土井武夫さんの記述に関する部分は「丸メカニックbR7 三式戦
飛燕&五式戦」から引用しました。