着眼点にはうなづくのだが…

水中移動砲塔


 新兵器の考案に至る道は、新技術応用型と目的実現型の二つに大別される。
 原子核の分裂と云う科学者の発見と、それを実際に行える技術があって、それは核兵器と云う新兵器に結実したし、空を飛ぶ機械がなければ爆撃機と云う兵器と、それを用いた戦術も生まれなかった。逆に第一次大戦の塹壕戦がなければ、戦車が地上を我が物顔に這い回る事も無かったはずである。

 航空機が爆弾を搭載し、眼下にある構造物その他に対して攻撃を行うようになったのは、第一次大戦少し前のことであり、航空機からの爆撃で戦艦を屠る可能性が立証されたのは第二次大戦の前であり、各国はそれぞれの事情にあわせて航空機による艦隊攻撃を研究していたわけであるが、欧州に再び戦乱巻き起こるや、それらの研究成果は実践に移されることになる。


 ドイツが行った航空機による英国艦隊への攻撃とその戦果は、日本においても喧伝され、兵器ファンの間に「軍艦対飛行機」論争を勃発させた事は「兵器生活」でもご紹介しているが、科学雑誌の新兵器考案企画にあっては、以下のごとき新案兵器が掲載されるに至ったのである。
 「子供の科学」昭和15年8月号に掲載された「水中移動砲塔」がそれである。

 空中艦隊の新防御法
 水中移動砲塔

 今度の欧州大戦で、数万噸の鋼鉄の軍艦が空中からのたった一個の爆弾に抗しがたく、もろくも撃沈させられたということが伝えられいる。質に於ても量に於ても何千分の一にもすぎない小さな飛行機が巨大な軍艦の最大の恐怖であるとしたならば、軍艦も商船も従来のような防御方法だけでは安心していられない。ここに着想されたのがこの浮標式な水中旋回砲塔である。この旋回砲塔は数個の高射機関銃を装備し十名以内の少数の人員によって操作され、艦隊根拠地或は前進基地に艦船をめぐってその周囲に多数備えられる。シュナイダー・プロペラによって左右前後いずれの方向にも自由に操縦される。このシュナイダー・プロペラは電気モーターで操られるが、その原動力はディーゼル・エンジンによって蓄電池に貯えられた電力を用いる。電信室、展望鏡、水中聴音機、水中発信機等の通信設備は勿論備えられているし、錠を下して固定させて各砲塔間に潜水艦網を張って潜水艦の侵入を防ぐことも出来るようになっている。
 文章は編集部、イラストを誰が描いたのかはどこにも表記されていないので不明である。
 上にあげたのが、その全図である。画面中央の戦艦を囲んでいる火星人の乗り物みたいなモノが「水中移動砲塔」で、その構造が右の囲み図に描かれている。「十名以内の少数の人員によって操作され」とあるが、図を見る限りではもっと大勢乗り込んでいそうである。

 表題は「水中移動砲塔」で、本文は「水中旋回砲塔」と首尾一貫していないが、上図のように水面上に旋回砲塔を突きだした形状をしている。砲塔の下には電信室とおそらくは射撃指揮所が設けられ、水面下には発動機、蓄電池、推進装置等の機械類がある。重油庫が喫水線近くにあるのが、おわかりいただけるだろうか。

 「シュナイダープロペラ」は、「フォイトシュナイダープロペラ(V.S.P)」とも表記される推進方式で、プロペラの回転方向を変えると、推進方向がそのまま変わり、舵いらずで小回りが利くのが売り物である。タグボートに使われた推進方式である。「櫓」の動きをプロペラで代用したものである、と云う説明のされ方もある。
 立ち泳ぎをしながら火縄銃を撃つ、と云う日本泳法(俗に古式泳法と云う)の技を、メカとして面白くしたようなものと云える。


シュナイダー・プロペラの働きを示す図


 砲塔同士を繋ぎ、防潜網を張ることで、潜水艦による攻撃から艦隊を守ります。中の人も大変だ(笑)。

 「水中旋回砲塔大活躍の図」である。軍艦のまわりは水柱、地上は炎上中では読者が眉に唾を付けても文句は云えぬ。それともこれがために爆弾の艦への直撃は免れていると云うことなのか? カットしてしまった図の上には煙を吹いた飛行機が描かれているから、「これで良いのだ」とこれ以上のツッコミはしない。
 身も蓋もない云い方をすれば、この兵器は地上や艦上にある対空砲を水上に持ってきただけのシロモノである。航空機による攻撃が艦隊あるいは港湾に対して脅威である、と云う事実がこの兵器が考案された背景であるから、当時の発想で考えれば、強力な航空兵力を用いて、敵航空兵力を撃滅するのが第一にやるべきことであり、あとは主力艦や要地に対空火器を増強すれば事は足りる(笑)。
 艦のスペースには限りがある、と云うことであれば移動砲塔ではなくて、対空火器を搭載した「防空駆逐艦」「防空巡洋艦」で周囲を固めてみても、目的は達成できる事は云うまでもない。強いてこの兵器のメリットをあげれば、防空用艦艇よりコンパクトに作り上げることが出来ることくらいなのだが、コンパクトになると、今度は資材の補給や戦闘海域への移動と云う面で艦艇より不利になってしまう。

 「防空駆逐艦」「防空巡洋艦」から「イージス艦」まで防空用艦艇は色々と作られてきたが、純粋な水上対空砲座は例を見ない。「モニター艦」と呼ばれる浅い喫水の船体に、大口径砲を搭載した艦は、一見これに似ているが、狙う相手は空にはいないし、不細工ではあるがれっきとしたフネである。強いて例をあげれば、レーザー砲を搭載し、衛星軌道上で敵を待ちうける「戦闘衛星」くらいであろう。これまた空想の域を出ない兵器である(笑)…。


 帝国陸軍は本土決戦に備え「浮沈特火点」と云う今回紹介した「水中旋回砲塔」に極めて似た兵器を試作しているが、それは陸上の要塞に見られる隠顕式トーチカを海上に持ち出したモノと云うべきであろう。

 浮沈特火点1型である。「日本陸軍の傑作兵器駄作兵器」(佐山 二郎、光人社NF文庫)に掲載されている図を元にパワーポイントで描いたモノである。
 円筒形の本体の中央に37ミリ砲(20ミリ連装機関砲もテストされたが試験結果は悪く、単装のものが取り付けられることになっていた)が備え付けられている。この型は水中移動を考慮しておらず、戦闘直前までは海中に沈んでおり、ここぞ!と云う時に浮上、砲後ろのハッチから兵員が飛び出して37ミリ砲で射撃をする。乗員は二名で、最大48時間にわたり沈降していられる。詳細は同書を参照されたい。
 敗戦直前に考案された、海中に潜んで敵を襲撃する兵器としては、帝国海軍の「伏龍」が有名である。「伏龍」は潜水夫が敵艦艇を水中から爆弾で攻撃すると云う、「水中自爆テロ」と今なら呼ばれるべきものであるが、陸軍はあくまでも「特火点:トーチカ」と云う「兵器」に走ったところが興味深い。

 この兵器の考案者が、かつて「子供の科学」の愛読者であったのかは、知るよしも無い。