珍兵器でも新兵器

素直なモノの見方をしようよ4万5千おまけ


 新年度が始まり、新しいクラス・ゼミ・職場に入った当座は、周りすべてが自分よりも賢く感じられたり、大馬鹿にしか見えなかったり、私をキライなんじゃあないか、と思ってしまったりと、無駄な気苦労が絶えないものである。それが高じると「中央線は人身事故の影響で大幅にダイヤが乱れております」云々の不幸に行き着いてしまうわけで、深夜残業帰りに「西武新宿線−中井駅で人身事故のため停止中」なんて掲示を見るほどイヤなものはない。

 昔の雑誌の何が面白いかと云えば、今日評価が定まっている(覆される時もある)過去が「現在」だった頃、思わぬ評価・紹介をされているのを見つける事に尽きる。戦闘機の型式なんて無きに等しかったり、諸元が空白だったりする中で、「アレはすごい」「コレはダメ」と語られているのや、今の生活と全然接点の無い物事が、「知っておかねばならぬ」とヘンに力瘤が入っているのを見ると、気が休まるのである。
 もちろん、現在出回っている、古本古雑誌に当事者が作成した資料を組み合わせ、著者がカネと時間をかけて整理された成果まで積み上げられた著作は、今日の評価とのズレ、今日における意味などがいっぺんに把握でき、主筆もおおいに刺激を受けている事は否定しない(そう云う本があればこそ、古本古雑誌でのズレを見つけられるのだ)。
 「兵器生活」のコンテンツが基本的に記事図版をまんま復刻しているのは、自分が「面白い」と思ったところを読者諸氏にも楽しんでいただきたいのと、自分のセンス不足で気づけなかった部分をも、拾っていただけたらいいなあ、と思っている。
 今回ご紹介するのは、隣組防空気球線の項で言及した、英国の「PAC」(パラシュートアンドケーブル)と云う、防空兵器−落下傘のついたケーブルを空中に打上げ、飛行機を引っかけるモノ−が、戦時中にどう紹介されていたのか、である。
 掲載誌は、国防科学雑誌「機械化」昭和19年8月号。タイトルは「ロケット式急設阻塞弾」である。「ロケット」と云う言葉そのものが、新兵器と等しいくらいの重みがあった時代を感じさせる文章である。以下記事の全文を記すが、例によって仮名遣い・漢字は今のものに、原文と段組が異なるため、適時改行読点を補っている。


ロケット式急設阻塞弾
三鷹航空株式会社研究部長 谷本弘


ロケットも空想時代を離脱する
 科学する盟邦ドイツは四発の大型機より、ロケット砲弾を放して、敵の自慢とする空の要塞も忽ち火の玉と化さしめているのみか、地上からもロケット砲を用いて、数千に及ぶ空襲敵機も一挙に撃墜する大戦果は、日夜我々の耳にも伝えられた処である。それのみかベルリン特電の伝える処によれば、十二時半という白昼、ベルリン上空に突如約二〇條の白線の尾を引いた流星が、西から東へ飛び去って市民をアット驚かした。これこそドイツの秘密新鋭機ロケット飛行機が、プロペラの音響と異なる爆音をたてて高度八〇〇〇米を、米国新鋭機を遙かに凌駕する速度で飛行したものだと噂されている

各国はロケット兵器実用に必死
 このように素晴らしいドイツのロケット兵器戦果に続いて、世界の列強はロケット砲、ロケット爆弾、ロケット通信、ロケットグライダー、ロケット魚雷、ロケットボート、ロケット潜水艦、ロケット飛行機等々、海陸空に及んで広くその実現研究に邁進し今や欧州の戦場に出現する兵器は、総てをあげてロケット兵器に置き換えられんとする情勢にあるといっても、あながち過言ではあるまい。
 即ち米国に於いてはバズーカというロケット砲を大量に作り出しているし、ソ連でもカチューシャという電気仕掛のロケット迫撃砲を戦場に持ち出し、有翼弾丸は火を吐きながら、ドイツ軍に向かって放たれているのだ。ところが中立国筋の情報によれば、最近ドイツでは五〇〇瓩の長距離ロケット砲弾を装填するロケット砲を大量生産中で、これをドーバー海峡沿岸に配置し、ロンドンを連続砲撃せんと計画中なれと報じている。
 しかし英軍に於いても、優秀なドイツ新兵器に対抗せんがためロケット式急設阻塞弾という新兵器を計画して、突風のごとく襲い来るトイツの大空襲機にそなえているが、果たしてこのロケット式阻塞弾とはいかなるものであろうか。  
 ここまでが導入部である。「これからはロケットの時代だ」として、盟邦ドイツ(『科学する』とわざわざ書かなければならぬほど、ドイツ=科学の図式が確立していた。これが後の『ドイツの科学は世界一ィィィィィ』につながる)の対空ロケット弾−「四発の大型機より」、「地上から(略)空襲敵機も一挙に撃墜」と、誇張された報道が入っている−、ジェット戦闘機(この時代はジェットとロケットの区別は現代ほど厳密なものでない)に、中立国経由で建造が伝えられている「長距離ロケット砲」−V2号か?−が紹介され、米国にはバズーカ砲が(帝国陸軍の鉄獅子たちを血祭りにあげている事実には眼を伏せて)紹介され、ソ連はカチューシャ(松井須磨子の名を思い浮かべた読者もいたことだろう)と、主要交戦国(イタリアはすでに脱落)がこぞって「ロケット兵器」を装備し、「総てをあげてロケット兵器に置き換えられんとする情勢」だとしている。
 「ロケット」を「ロボット」に置き換えても意味が通りそうな文章ではある。

 欧州列国の状況を記して、最後にイギリスの「ロケット式阻塞弾」に言及して本題に入っていくのだが、その兵器の今日の評価を知っていると、ここまで盛り上げておいてアレですか、と気力が萎えるのだが、ネタ一つ作らねばならないと云う事情があるので、先を急ぐのである。
ロケット式急設阻塞弾の構造
 商船の防空手段として、英国雑誌に図解入りで掲載された一つのロケット利用計画があった。それは敵機来襲と同時に射ち出されるロケットは、長い針金の一端を引いて空中に舞い上がる。そして針金が船体に固定された他端のところまで伸びきると、ロケットは自動的に離れ去りその後には、パラシュートが開いて針金を空中に懸吊する。
 敵機が接近して来れば、蜘蛛の巣に引掛かる昆虫のように敵機を針金に引っかけ落とそうという、阻塞気球の代用ともいうべき、急設阻塞パラシュートであった。
 また、射ち出された弾丸が空中に分解し、パラシュートとこれにぶらさがる針金とその重りに変化して、敵機を撃墜せしめようという図解入り新兵器が、本誌に発表されたことがあったように思うが、本新兵器、ロケット阻塞弾もこれ等に良く、共通した点を持っている。

 即ちロケット発射機は重量六五〇〇瓩で、矩形の砲身部分は四列五段となり、発射管二〇本を有している。高低射界は二〇度より八〇度、方向射界は三六〇度に手動を以て自由に砲手は操作し得る。
 発射は総て電気仕掛を以て、一列置きの一〇弾宛が各々直列に結ばれて同時に発射される。弾丸一個の大きさは直径一七・八糎、長さ一〇〇糎あり、重量一六瓩で円筒形頭部及び円錐形推進部よりなっている。
 電気点火と共にロケット弾は、尾部より推進薬の噴射瓦斯を吐きながら前進し、最高点五〇〇乃至八〇〇米に達すると延期信管が作用して小炸薬に点火し、円筒形内の内容物を空中に放出する。この内容物は、直径二米の大落下傘及び直径一米の中落下傘及び径二〇糎の小落下傘の他に径一粍、長さ二七〇米のピアノ線及び二三八瓦の爆弾よりなっている。
 これ等の作用効果は図解により解ることと思うが、その要旨を説明すると、空中に放出されると同時に大落下傘と中落下傘は、長いピアノ線を空中に展張するように開傘して、秒速五乃至六米で降下する。小落下傘と二三八瓦の弾薬は大落下傘の下部にぶら下がっているが、計画通り飛行機が連結されたピアノ線に引っかかると、自動的に大落下傘は外れて小落下傘及び爆薬が残る。他端には中落下傘があり、これを引っぱって進む飛行機は、抵抗の大きい中落下傘のために忽ち機体に爆薬を引き寄せる。勿論爆薬は機体に接触と同時に爆発して、ドイツ軍飛行機を破壊しようというもので、万一飛行機に引っかからぬ場合は、地上降下の危険を予防するため、或る高度まで落下した頃、自動的に自爆するようになった、手のこんだ新兵器である。 

 PAC(パラシュートアンドケーブル)の概要である。「歴史群像アーカイブ1 知られざる特殊兵器」収録の記事(廣田厚司)によれば、1940年に開発され、UP(無回転砲弾)兵器に発展したとあるが、口径は3インチ(7.62センチ)あるいは2インチ(5センチ)で、「機械化」の記事にある「17.8」センチとはずいぶん開きがある。
 図ではドイツ軍機が、この新兵器で仕留められる様子が描かれているが、ドイツ大使館から抗議は無かったのだろうか?
 図解には細々とした説明があるので、拡大したものも掲載しておく。

 新兵器の構造が理解できたところで、著者の評価に至る。

 ロケット阻塞弾を使用する英軍
 英軍はこれ等の諸元を有するロケット阻塞弾を、高射砲の代用というよりは、むしろ低空よりの攻撃機を阻止するための補助兵器として戦艦、要塞地、港湾並びに重要都市防空に相当大かがりな使用をやっているようであるが、未だドイツ新鋭機がこれに引っかかって破壊または墜落した話はあまり聞かない。

 しかし何百機となく束になって飛来する爆撃群の鼻先に、ボカボカと本弾を射ち出せば、いかに勇敢なるドイツ機でも、落下傘に連絡される針金網や爆発する煙光が邪魔になって、爆撃進路を変ずるより外ないであろう。即ち本機の最大特長は敵機搭乗員に不安な精神的効果を与えて、低空よりする確実なる攻撃を断念せしむる点にあるといえよう。何にせよ性能及び構造は秘密にしているので、具体的な細部は知ることが出来ないが、我々も、我々の手によって日本軍独特の新鋭ロケット兵器を持ち出し、一日も早く敵米英を打倒しようではないか。 
 「未だドイツ新鋭機がこれに引っかかって破壊または墜落した話はあまり聞かない」と云うものの、「効果アリ」と云うのが著者の評価である。現代の評価である「歴史群像アーカイブ」の記事は、「溢れるアイデア、乏しい戦果」のコピーと「イギリスのトンデモ対空兵器」のタイトルですべてを物語っているのだが、本文を読めば、「いかに勇敢なるドイツ機でも」と記述された−米軍が帝国海軍攻撃機に使用していたら、「このやうな姑息な手に引っかかる我が海鷲は太平洋上何処を探しても居ない」と絶対書かれるだろう−「精神的効果」であるが、廣田氏の記事には「攻撃に熱中するパイロットの神経をほんの少し惑わしたにすぎなかった」とある。これに驚いて攻撃進路を変えるようなら、砲弾銃弾飛び交う中、攻撃は出来ないと云うことか…。

 珍兵器が、あたかも有効な兵器として捉えられているこの記事は、情報(見たり聞いたり読んだりする外に、自分のアタマの中に沸いてくるモノも含む)と、どうつきあわなければならないのかを考えさせてくれる。こうやってネタを公開し続けていても「世間に届いているんだろうか?」「ピントのズレた、モノ知らずな文章を書いて良い気になっているだけじゃあないのか?」と、時々思い悩むのだが、少なくとも本人だけは面白いと思っているので、来月も続けようという気になっている。

 「ロケット」は、モノを運ぶ手段にすぎない(ロケット本体の大きさに比べ『荷物』である核弾頭や人工衛星の何と小さいことか!)。「機械化」の記事は、「ロケット」に過剰な期待を持ちすぎているように感じられてならない。そのあたりも含めて、「ロケット」と「ロボット」は似ている。
 そして「日本軍独特の新鋭ロケット兵器」は「桜花」と散り、新鋭ロボット兵器は、「鉄人28号」からモビルスーツまで命脈を保っているのであった。