スバル50周年悪乗り企画で44万おまけ
今年(2008年)は、スバル360発売−スバルブランド誕生から50年目にあたる。スバルのクルマに乗っているわけでもなく、知り合いが働いているわけでもないのだが、使おうとしていたネタがあるので、この機会にご紹介しておく。
『単座生活』をしていると、とかく世間と没交渉になっていけないのだが、この機会に乗じることで、なんとなく世の中に居場所があるような気分になれて嬉しい。
下の図版がそれである。「少年サンデー」(こちらも50年目だ)昭和39年3月22号掲載の広告。
「フォルクスワーゲンとフィアットとスバル」
富士重工「スバル360」の広告である。「兵器生活」読者諸氏であれば、実物を見たことがあるだろう。見たことのない、若い読者の方は、クルマ関係のウェヴサイトを見ていただければ、写真や解説があるから、実車の説明はしない。街中を行く「軽自動車」より、一回りも小さい、昔の「軽自動車」である。
少年雑誌の乗り物広告と云えば、荷台のところがビカビカ光ったり、ドロップハンドルの自転車を思い浮かべるのだが、小さいとは云え、これはオトナも乗り回すクルマである。誰に向けた広告だと不思議に思うところだが、
スバルは軽免許で乗れます 満16才になれば免許がとれます
こう云うカラクリが昔はあったのだ。
昭和39年当時では、排気量360cc以下の四輪、250cc以下の二輪自動車が対象となる。今の感覚で云えば、原付免許でスクーターを乗り回すようなもの。しかし実際のところは、義務教育を終えて社会に出た人が、勤め先のオート三輪、軽トラック、オートバイ・スクーターを乗り回しすための制度である。とはいえ、免許は免許であるから、取得すれば勤労青年スネかじり等しく自家用車を乗り回す権利だけはあるのだ。
昭和30年代に、排気量360ccの「軽自動車」が色々出たのは、良く知られている。国民所得低く低廉安価な自家用車と云えば、この程度のものしか供給出来なかったと云うのが本音のところなのだが、市場規模を考えると、軽免許所有者層までも取り込もうとしていた、と見ることも出来る。
時代背景はここまでとして、広告を見ていこう。タイトルは「フォルクスワーゲンとフィアットとスバル」。
スバルの広告なのに、ナゼ「フォルクスワーゲンとフィアット」が?
「フォルクスワーゲン」(この頃は『フォルクスワーゲンのナントカ』ではなく、『フォルクスワーゲン』と云う名前のクルマの意味である。自分は『ワーゲン』と呼んでいた)は、小金持ち向けの手頃な「外車」(今のベンツやBMWの安いモテルくらいのステイタス)で、「フィアット」なんて、子供の頃に見たこともなかったくらい、好きな人だけが乗るクルマ(昔も今も『イタ車』なのですね)程度に思っていただければ良い。こちらもウェヴをぐるぐる回ればだいたいのところは掴めるし、以下の話を読むには「ドイツのクルマ」「イタリアのクルマ」だけでも充分だ。
西ドイツのフォルクスワーゲンは、ドイツ語で国民車という意味。日本でも走っているし、世界の国民車って言はれるくらい人気があるんだ。フォルクスワーゲンは、スタイル(モデル)をかえないで、長い間、大量生産されてるんだよ。モデルチェンジがないと、流行おくれもないネ。
イタリアのフイアット600Dベルリオッタ。曲線をうまくとりいれた、カッコいい自動車だネ。4人乗り、最高時速110qすごい性能だ。イタリアの町や村…いたるところで走ってるんだよ。
さて、スバル、日本を代表するミニカーだネ。スタイル(モデル)をかえない。すばらしい乗り心地。気持よいスピード。西ドイツ、イタリアの自動車に負けないと評判なんだ。ミニカーでは、世界の代表車ともいえるネ。
「少年サンデー」読者を露骨に意識した「ネ」を多用したしゃべり言葉の中に、うっかり「言はれる」と云う歴史的仮名遣いが出てしまって面白い。
フォルクスワーゲンは「国民車」で「流行おくれもない」質実剛健なクルマ、フィアット600(こちらは『日本でも走っている』と書かれていない事に注意)は「カッコいい」、「すごい性能」のクルマ、として捉えられている。そこに「さて、スバル」と続くと、読む人はドイツの質実剛健とイタリア高性能のいいとこ取りをしているようクルマと勝手に錯覚してくれるわけで、さらに「ドイツ、イタリアの自動車に負けないと評判なんだ」とダメを押している(誰の間で評判なのだ?)。
なんともうまいもんだネ。
この広告には、もう一つトリックがある。フォルクスワーゲンもフィアットも「軽免許では乗れない」。
フォルクスワーゲンは排気量1000ccから始まって、最後は1300ccまで発達した、普通の乗用車である。このころだと1200ccのモデルが出ているので、排気量はスバルの約3.3倍もある。フィアットは実際のところは700cc近くあり、約1.9倍だ。重さも同じくらい違う。
広告の画は、どれも同じような大きさに描かれているが、スバル360の長さは3メートル弱、フィアットは3メートルと20センチほど、フォルクスワーゲンは4メートルもある。零戦とヘルキャット、九七式中戦車とパンサー中戦車を比べるようなものである。
スバル360の大きさを1としてサイズをあわせると、こんな感じになるはずだ。
並べるとこれくらい違う
大きさを調整することで、三つのクルマがあたかも同じカテゴリーに入るかのように思わせるテクニックが使われているわけだが、さすがに広告本文では「ミニカー」と云う言葉を使い、逃げ道に遺漏がないようにしている。
ついでに云えば、日本の貧乏な若者が、フォルクスワーゲンやフィアットを買うなんてことはありえないので、広告側は平然と「外車」を褒め称え、でもウチのクルマで充分でしょ? とささやくのである。
気になるわれらがスバル360の性能は、
と云うものである。フィアットの時速110qには及ばないが、ガキんちょのアタマで考えれば同じようなもの。余談だが、パーマンの「時速91キロ」が、微妙に狙った数字であることが良くわかる。
画を良く見ると、「ドイツ」「日本」の文字が上(社会主義リアリズム的に云えば未来の方向だネ)向きなのに、ナゼか「イタリア」の文字は、微妙に下向きに見え、「ホントはイタリア抜きでやりたいんだよネ」と絵描きが云っているように感じられるのは、私の乱視のせいだと信じたい。
フォルクスワーゲンが暗い灰色をしているのは、どう平和的にみても、「ドイツ戦車」を意識しているとしか考えられない。広告のワクまで「国防色」に見えてくるのは、「戦記ブーム」の反映なのだろう。
本稿タイトルに「枢軸」と入れたのは、もちろん「日独伊三国同盟」を意識しているからで、広告屋さんも、広告主も想いは(きっと)同じだ。米国資本帝国主義者に押さえつけられた自動車市場を解放すべく、日独伊三国があらためて(精神的かつ先方の同意も得ずに)手を結んだ、世界に冠たる歴史的大同団結広告であると云える。
この広告から40年以上たった今では、日本の自動車産業は、もはやドイツ、イタリアのフンドシを借りる必要も無くなっているわけで、もう、こんな広告が作られることも無いのだろう。面白い広告なのだが、日本のクルマって、この頃は自信がなかったんだなあ…と云うことが実感できる広告だ。「ミニカーでは世界の代表車」と胸を張られても、返す言葉がない。
(おまけのおまけ)
フィアットと云えば、「フィアット500」が良く知られている。この広告で使われているのが500だったら、もっと面白くなったのになあ、と残念でならない。
「フィアット500」は近頃三代目が出、フォルクスワーゲンも「ニュー・ビートル」(あまり好きなカタチはしていないが)があるのだから、新「スバル360」(R2はありますが…)が出てもよさそうなモノである。
フォルクスワーゲンもスバル360も「スタイル(モデル)をかえない」と大見得を切っていたのだが、結局それが通用しなかったのは周知の通り(セールスマンは泣いたんだろうなあ…)。モデルチェンジって、絶対やらねばならない事なのだろうか、と、今なおデザインを変えないロングセラー商品の存在もあることを知ると、評判の良かったモデルのデザインは生かして、中身を最新にしていく、と云うやり方があってもいいよなあ、と思ってしまうのである。