「接吻・カード」で33万5千おまけ
「教科書やミリタリー雑誌ではとりあげられない<戦前・戦中>の断片を、図版と文章で読むことで、当時どのような軍事・生活情報が一般に流通していたかを探索する」と云うお題目はあるものの、当初の意気込みは息切れしつつあり、今回も生活ネタに走る。正確に云えば、「生活」ですら無い。
「FRONT」昭和12年2月号広告より
「接吻・カード」突如入荷!
と、題された、「FRONT」(五車貿易)昭和12年2月号に掲載された広告である。「突如入荷!」と大上段に出たものだが、一体何なのか?
おゝ
接吻とは神が
人間に与えた
最大の恍惚境(エクスタシー)
です。
さツと開けば、シモンヌの、ジョンクロの 悩ましくも真赤な唇…
ぱツ! と刹那に飛付くというのが、このキッス・ミー・カードですから、どなたも御用心が肝要! 肝要!
ここまで読んで広告下の写真を見ると、なるほど「Kiss Me Please」(キスして頂戴)と書かれている。そして「Hollywood's Charrmig Lip of the MOVIE STAR」(聖林 映画スタア魅惑の唇)と続く。広告文面に「さツと開けば(略)悩ましくも真赤な唇」とあるから、このカードを開くと、あこがれのスターのキスマークが印刷されているのだろう。関取の手形のようなものですね。
商品となっている「唇」は、
男(1)ウィリアム・ポエル
(2)ロバート・テーラー
(3)クラーク・ゲーブル
(4)フランショ・トーン
女(5)シモンヌ・シモン
(6)クローデット・コルベール
(7)ヂンヂャー・ロヂャース
(8)ジョン・クロッフォード
の八人である。戦前洋画ファンであれば、たちどころに顔や唇、立居振舞が思い浮かばれるのだろうが、あいにく主筆はこの方面不勉強につき、一部にそんな名前を見たような記憶が…、と云う程度である。
図版も説明もナシでは読者諸氏に申し訳が立たないので、手持ちの写真くらいは掲載しておこう。
ヂンヂャー・ロヂャース(Ginger Rogers)
「Look」1939.12.5より
※現代では「ジンジャー・ロジャース」表記
ウィリアム・ポエル(William Powell 左)
「Look」1937.6.8より
※現在は「パウエル」と表記される
クラーク・ゲーブル(Clark Gable)
「Look」1937.5.11より
映画史の資料は無いので、たった三人ではあるが、こんなところでご容赦願いたい。図版の出元の「Look」(アメリカのグラフ雑誌である)は、たまたま手許にあったものを使っただけで、米国出版史上でどのような位置付けにあるのかも、実は知らないのだ(笑)。
「シモンヌの、ジョンクロの」とあるくらいだから、ネタの送り手としては、この二人の図版は欲しいところなのだが…。「ジョン・クロッフォード」(現代では『クロフォード』と表記される)を「ジョンクロ」と表記しているのに注意。
閑話休題。この広告、商品そのものが不要不急なモノであるがゆえに、その広告文面も、なかなか味わい深いものとなっている。
あツ! 危い! 五秒…十秒…じっと見つめただけでも心臓がハタと止り、 あなたの官能は震え、瞳は妖しくも情熱に燃上るというスゲえものです。
人気爆発! 売れる売れる。とにかくアメリカで発売以来、僅に一週間で五百万を売尽したという近来のレコード・ヒットもの…
ポケットに、ハンド・バッグに秘めて、ゲーブルよろしい! コルベールOK! …と、いつでもあなたの御随時にスリルが楽しめるというものでございます。
昭和12(1937)年と云えば、およそ70年前のことであるが、「スゲえもの」 「ゲーブルよろしい! コルベールオッケェェェイ!」と云うあたりは、現代と変わらぬノリを思わせている。その一方で「スリルが楽しめるというものでございます」と云う、商人言葉が、一昔前に流行った「ミスマッチ感覚」を思わせる。
コンなふざけた商品(送料とも2枚一組40銭〜8枚一組1円10銭もするのだ、昭和13年の高田馬場〜所沢の電車代が47銭だと云うのに!)の使い道は何か? それは
プレゼントに…サロンの御笑い草に絶好品!
サア! どなたもお早く、お早く、お早く!!
但し、心臓に自信のない方は御遠慮下さい!
カフェー・ダンスホール・玉突き場、社交場でお使い下さい、と云うわけだ。このカードがどれだけ売れ・使われたのかは不明であるが、そんなモノがあった、などと云う話も聞かないから、五車貿易社員が、せっせと銀座でバラまいたのではないだろうか…。
「心臓に自信のない方は御遠慮下さい」に、当時「接吻」と云う言葉が持っていたインパクトの大きさが感じられるのである。
※五車貿易の「FRONT」については、「世は非常時のはずだけど」「誰が買うんだ こんなモン」に関連記事アリ
(おまけのおまけ)
「Look」誌の1937年8月31号の記事にあった写真である。
クラーク・ゲーブルと、ジョン・クロッフォードのロウ人形製作の図