奢侈品等製造販売制限規制に対する販売者の見解とその後
「兵器生活」と表題にありながら、近頃全然軍事ネタが無いと、呆れ果てている読者諸氏も多いかと思わる昨今であるが、物件の入手のしやすさが比較にならないので、今回も銃後モノなのである。
先日、古本屋で見つけたのが、下のパンフレットである。
ドイツ総統のそっくりさんが、おねーちゃんを見ているイラストの、「FRONT 盛夏特篇号」である。
「FRONT」と云えば、東方社が刊行していた、あまりにも有名な宣伝雑誌のタイトルを思い出していただかなければならないのだが、これは、五庫貿易と云う貿易会社が発行していたものなのだ。だから
海外流行洋品の輸出入で有名な五庫貿易と本ブックとは姉妹関係にありますから常に斬新な流行品が合理化された米国式の会員組織の購買機関のシステムによって、毎号フロント誌上の新発表品が、地方の方でも居ながらにして、手軽にお求めになれます。
と謳っている。要するに通販カタログ※なのだが、「シーズンを魁ける欧米の服飾品の流行傾向を伝え、これが選択上の趣味の向上をはかり、洗練された都会人としての資格を与える文化的なクラブです」(同誌記載の会則より)とあるように、取扱商品は、舶来品ばかりなのである。
「盛夏号」なので、取扱品もこう云うモノで、舶来品らしく、米国のカタログから持ってきたとおぼしきイラスト、写真が掲載されている。ベルト付き海水パンツ、サングラス、サポーター(形状はふんどしそのまま)と、高校生になってから、泳ぎに出たことの無い主筆にとっては、無関係なモノばかりである。
無関係ならば、「兵器生活」のネタになるわけもないのだが、問題なのは、これの発行が昭和15(1940)年夏と云うことである。昭和15年といえば「紀元2600年」で、翌年末には真珠湾攻撃だと云う事なのである。
今は非常時じゃあないのか? 贅沢は敵だ、の時代なんじゃあないのか??
…と云われても仕方ない、と云う思いは編集者にもあるわけで、「酷暑の戦線へ慰問袋を贈りましょう」と、とって付けたようにレイアウトされている(兵隊サンのイラストが可愛い)。このページにある文章の最後は
聖戦下のこの夏を、君よ海に鍛えよう。
と結ばれているのだが、聖戦下だろうが夏は夏、戦争なんか忘れて早く海に行こうぜ! と読めなくもない。
「国策に協力致しましょう」の文字も空しい「海・あのテこのテ指南」である。その一部
問 彼女を誘ってビーチの喫茶店へゆきアイスクリームを飲んだのはいいが、ガマ口を忘れたのに気がついたらどうします?
答 わけないです。もう一杯思い切って気まえよく彼女に御馳走しといて、ちょっと泳いで来るって、ザンブリととびこむんです。そして物の一分もしてから「助けてくれェ、をやらかすんです。誰だって死にかけてる奴にアイスクリーム代は請求しませんよ
「アイスクリームを飲む」、「ガマ口」と云う言葉が古めかしいが、書いてあるネタは、少し前の「プレイボーイ」あたりにありそうなものてある。
これは男物専門なのか、と読者諸氏が誤解をされるといけないので、女性モノも紹介しておく。
「海辺用品」と書いて「ビーチ・グッズ」と読ませるわけです。国防婦人会の人(戦時中の写真に登場する割烹着にタスキスタイルのオバチャン)が見たら激怒しそうなものであるが、愛国婦人会幹部の子女あたりは、コッソリこんな格好をしていたのかもしれない。
地味に見えるページであるが、このページで注目するのは「E アメリカン・パンチイ」の「パンチイ」と云う表記である。説明には「アメリカで大人気のショート・バンティ。」(何故か解説では『パンティ』だ)とある。こう云う史料を目にすると、一部の日本人はアメリカが好きだったのだ、と云う実感がわく。「多数」だったのかもしれない。大東亜戦中の「鬼畜米英」が、敗戦後の「カムカムエブリボデイ」に替わるのも頷ける。
もう一つの注目株は「H ピコピコ・パズル」で、どう云う遊び方をするのか皆目わからないのだが、解説には「人を食った百パーセントのインチキ味に微苦笑ものです。」とあるスグレモノ(笑)。価格は48銭なのだが、注文した人はいたのだろうか…。
絹靴下が妙に艶めかしい婦人装身具のページ。「D純銀製花言葉指輪」の説明に「十月からは欲しくてもありません」とある。これは、施行の日付から「七・七禁令」と称された、「奢侈品等製造販売制限規則に基づき、指輪の販売が10月7日をもって禁止されるためである。
今回紹介している「FRONT」は、印刷納本が昭和15年7月27日と云う、この「奢侈品等製造販売制限規則」が施行されて間もない時期に出ており、着物業界から八つ裂きにしても足らないくらい憎まれた(この規則をネット検索すると、講談社『昭和二万日の全記録』あたりをネタにした記述か、地場織物産業の戦時中に関する記事をいくつか読むことができる)規制が、流通〜消費者サイドでどう受けとられたかを知ることが出来る。
贅沢に7・7令 皆さん時局に順応しましょう! 國分圭之輔
まだ高すぎる!
今回政府が発令した奢侈品の製造と販売禁止令は、国民の戦時新生活建設への一助として、当然の措置である…が、その遅きに過ぎたことと、その水準の余りに高きに過ぎた憾みがある。
『三百五十円以上の丸帯』『二百五十円の毛皮の襟巻』は十月七日以後売ってはならん…なんてこんな手ぬるい事では真剣な田舎の銃後の人が怒るのも無理はない。
手近な男子の身辺雑貨についても、カフスボタン一つに十円也も贅沢なら、二十円の帽子もまだまだ贅沢である。
街に禁令の波紋
聖戦下三年の街から、非常局的な贅沢品に見事にシャットアウトを喰わせた七・七禁令が与えた幾多の波紋を銀座の街に拾ってみる…。
某用品店 高いものがええという…この店は人のいいお客様ばかりをお相手としている店で二円五十銭位のネクタイが八、九円から十四円位売れていたのだからオッタマゲタものである。さすがに気の強いので定評あるこの店のオヤヂも”今度ばかりは弱った”と溜息をついているとのことである。
某洋服店 この店も相当のもので…”註文服百三十円の基準となったのだから、今迄八九十円のものを百三十円頂けることになったようなものですから…”とのこと。成程!
時局と実用品
とにかく、今回の発令目的は悪性インフレの波に乗って国民が時局の認識を忘れんとするのを、国令をもって締める…というところにあるので、今後は…今迄とてもそうであったが、七・七令の範囲内で、充分身だしなみも調えていかれるし、しかも若さを失わないものが『お買物上手』でいくらもある筈である。
他の流行誌の如く、手のとどかないようなものを揚げ、それに批判もなくただ直訳的な説明を加えて読者にそのまま註入することは一つの罪悪である。
常に本誌で、その徹底した主張とこれが実行を指導してこられた川邊邦彦氏に敬意を表する次第である。諸君のポケット・マネーで購入が出来、またそれが贅沢品でなく、自由に諸君の手にとどく『実用品』を色々と考えて、現下の情勢に順応して行く点は、誠に時代に即した親切なことである。
吾々は、諸君と共に今回の政府の七・七令の発令に双手を挙げて賛意を表するものである。
事前検閲を意識して、あきらかに当局に追従している文章ではあるが、「田舎の人達がガミガミ云うよーだからアレですが、ボク達には関係ありませんね」と書いてあるようなものである。これで、五車貿易の取扱品目が、舶来品とは云え、極端に高級なものでは無いことがわかる。
例えば、カタログで紹介されている夏用の「高級シルク・リネン地盛夏服(上・下)は、会員特価の47円2銭で、禁令で規定された「既製品又は半既製品たる背広服三つ揃夏物にして一着に付販売価格六十円を超ゆるもの」を下回っているし、夏用ワイシャツは特価6円25銭で、これも「ワイシャツ(カッターを含む)にして一枚に付販売価格十円を超ゆるもの」と云う制限には引っかからない。もっとも、指輪は駄目だし、ハンカチ、靴下は収まるか収まらないかと云う有様である。
「他の流行誌の如く、手のとどかないようなものを揚げ、それに批判もなくただ直訳的な説明を加えて読者にそのまま註入する」と云う文章は、今でも通用する言葉であるが、時局下にあっても実用としてのお洒落が出来、自分達の商売は安泰だと、このような規制を、自分達には関係無いこととして傍観しているツケは、昭和15年11月の「国民服令」、大東亜戦争勃発と、昭和17年2月の衣料切符制度開始、業界再編と云うカタチでまわって来て(国家権力を甘く見てはいけないのだ)、「FRONT」自体は、「働く人の生活必需服装雑貨の指導雑誌」と、編集方針を転換して、ハイキング情報や、写真の撮り方などを掲載(昭和17年6月号)するのだが、ついにこの雑誌を成立させていた通販部門「フロント・サービス部(代理部)」の活動停止を宣言するに至る。
時局のため、こんなにカッコ悪い表紙になりました
活動停止を全国15万(発行者の弁である)読者が知るや、
俄然多数の読者諸君より代理部継続に対する激励や、在庫品の照会−など相次ぎ誠に感銘に堪えざるものがありました。(略)この感激に対策として種々各部と接渉協議の結果読者諸君の熱望に応える最後の案として特に急遽本号を特輯し発行となった次第です。
と、最後の力を振り絞って発行されたものが
この昭和17年10月号である。「七・七禁制」から二年、よくやったなあ、と主筆は感心してやまない。本号の内容は商売とはまったく関係のない読み物(紹介するのも気の毒である)で、最後に商品一覧が掲載されているのだが、「百パーセントのインチキ味」のスグレモノ?「ピコピコパズル」が
ピコピコ 憎ッくきはルーズベルトとアメリカのこのインチキ智慧玩具!
と、紹介されている。価格は送料込みで45銭と、値下がりしているのだ!やっぱり売れなかったらしい(笑)。
※本文では「通販カタログ」と書いたが、「FRONT」昭和12年2月号は、レビュウ紹介記事等、読み物の分量が多い。