天を回す、くるりと回す

書き間違いで230,000おまけ


 中野の有名古書店で貸本漫画の棚を見ていたら、こんなモノを見つけたのである。


背表紙です

 第二次世界大戦血湧き肉踊る
 人間魚雷回転
 ヒモト タロウ
 文華書房

 読者諸氏が、ここで「?」あるいは「!」と思っていただいたことを前提として、以下のページは作られている。

 これは確実な戦果獲得・戦局挽回を願う帝国海軍が、と云うよりは、現場の熱誠が生み出した、一死必中の特攻兵器「人間魚雷」をテーマにした漫画であるらしい。

 しかし、「人間魚雷回天」と表記しないか?

 と心の中でツッコミを入れつつ、棚から取りだしてみると、


表紙

 やっぱり表紙も「人間魚雷回転」なのである。どう見ても手描きのタイトルであるから、装丁者が確信を持って描いたとしか思われない。
 「これはネタになる」と価格を見れば、他の本を買った方が良いくらいの値札であるが、即戦力(手軽なネタ)としては申し分ないので、お金を払って持ち帰る。
 さっそくページを開いてみると…


中身はこんなものです

 漫画家さんの方は、「人間魚雷回天」と(これも手描きで)タイトルが描いている。ネタとしてはこれで終わりなのだが、青い文字が全然無いと詐欺みたいなので、このページの語句を書き出しておこう。

 米輸送船団の三隻を
 轟沈した
 大型魚雷
 これぞ海中特攻兵器
 人間魚雷回天で
 あった

 神風特攻機の命中率
 二十三パーセントに対して
 この回天は百パーセントであり又
 特攻機の爆弾二百五十キロから
 五百キロに対し
 回天は千五百キロの爆弾を
 頭部にもっていた
 どんな巨艦も一撃のもとに
 撃沈することができた回天!
 ではその人間魚雷回天の
 たんじょうから終末までの
 お話をしましょう

 「米輸送船団の…」は、この見開きページの前にあった描写をさす。
 特攻機の命中率23%と100%、爆弾250〜500キロと1500キロ(魚雷の弾頭を『爆弾』と呼んでいいのか?と云うツッコミはさておき)、航空機による体当たり攻撃より、回天による体当たりの方が効果が高かった、と云わんばかりの内容である。
 なんにせよ「体当たり」が前提になっているところに悲しいモノを感じる。
 漫画本編の内容は、「人間魚雷回天のたんじょうから終末まで」の言葉通りのモノであり、中身の紹介をしてしまうと、本当に「回天」の誕生から終末までを書かなければならなくなるので省略。
 「回天」そのものについては、「『歴史群像』太平洋戦史シリーズ36 海龍と回天 知られざる帝国海軍特殊潜航艇2」(学研)等、色々と書籍に書かれており、そもそも「人間魚雷回転」と云う表記に感動を覚えた人向けに、この文章は書かれているのだから、あえて説明するべきモノでもないが、これで終わりにしてしまうと月一回の更新を楽しみにしている読者諸氏に申し訳がたたないし、「回天って何?」と、このネタのどこが面白かったのかがわからなかった、不幸せな読者諸氏も少なからずおられるものとして、少しだけ説明をしておこう。

 「回天」は、人間が操縦する魚雷である。魚雷は<魚形水雷>の略称で、水雷が水中で爆発することで船舶に損害を与える兵器であることを呑み込んでいれば、魚雷とは魚のようなカタチをして、水中を移動して標的を撃砕するモノであることは容易に御理解いただけよう(となると『爆雷』は何なんだ、と云う疑問は無視する)。
 魚雷は軍艦から撃ち出したり、航空機から投下せしめるものであるから、「人間魚雷」は大砲の弾丸や、投下爆弾に人間が乗り込んで、目標に正しく命中するよう操作させるのと同じ事をやらせているわけである。つまり「人間魚雷」の乗員は出撃すれば命は無い。
 ※第一次大戦中のイタリアや、二次大戦中のイタリア・英国のように魚雷(あるいは同程度の大きさの水中移動体)を、隠密移動手段として利用する「人間魚雷」もある。こちらの<魚雷>は水中移動手段に過ぎず、目標に到達したら、人間は携行した爆薬を仕掛ける等の作業を行い、再び<魚雷>で安全地帯まで退避する。

 帝国海軍は来るべき艦隊決戦に備え、遠距離から撃て、かつ航跡が見えづらい魚雷(酸素魚雷)を開発・装備していたのだが、当時の魚雷は発射時に設定された進路をひたすら進むしかない。敵艦船は魚雷を避けようとするから、確実に命中させるには、1.大量の魚雷で逃げ場をなくす、2.こっそりと近づいて寝首を掻く、のどれかの方法をとる必要があった。1.の方法が王道であったことは云うまでもないが、「回天」は3.命中するまで追い掛ける、と云う新たな方法論を(人間が操縦すると云うやり方で)目指した兵器なのであり、その実現に尽力したのは2.の方法をとる「甲標的」(『九軍神』で有名な特殊潜航艇)の乗員であった。

 「回天」は、倉庫に積まれていた九三式魚雷(酸素魚雷)に、操縦者用の区画を継ぎ足したもので、最大速力30ノット(時速約56キロ)で航続距離2万3千米を走り、12ノット(時速約22キロ)では7万8千米進む。ただし目標を確認するために潜望鏡を使用するには、3〜5ノットの低速航行の必要があり(波しぶきで外が見えなくなる)、かつ燃料消費と速力に対応した姿勢制御を、一人で行わなければならないなど、相応に訓練された乗員が必要であり、かつ敵の居場所までは大型潜水艦(潜水艦1隻に回天4または5隻を搭載する)に運んでもらう必要もあった。
 「『魚雷』なんだから魚雷発射管から撃ち出せばよさそうなもんじゃあないか」と云う素朴な疑問を持たれる方もおられようが、操縦区画を継ぎ足した関係で、発射管には収まらないのである。


「人間魚雷回転」に掲載された説明図、実物はもっとスリムです


遊就館で配布している「人間魚雷 回天」リーフレットに記載されている図
実物のカタチはこんな感じである(マンガの方も、基本的な構造は変わらないことがわかる)

 漫画の中で「百パーセント」の命中率とされた回天の戦果はどうであったか?

 昭和19年11月の初出撃は、潜水艦3隻に回天12隻を搭載して泊地攻撃に向かったが、潜水艦1隻は回天を発進させる前に撃沈。残った回天8隻のうち3隻は故障で出撃出来ず、5隻が出撃して大型タンカー1隻を撃沈した。
 上記タンカー撃沈を含め敗戦までの戦果は、撃沈:タンカー1、歩兵揚陸艇1、駆逐艦1、輸送艦1、撃破・損傷:駆逐艦3、輸送船4で、出撃した回天は48なので単純に計算すれば23パーセント、「百パーセント」とはとても云えない。また、撃沈された母艦(潜水艦)は7隻にのぼる。「必中」とは云うものの、攻撃を成功させるのが極めて困難であることがわかる。回天が関わった戦闘で沈めた一番大型の戦闘艦が、母艦の伊五八が沈めた重巡洋艦インディアナポリスであったのも、やりきれないものがある…。

 「回天」そのものについての説明はこのくらいにして、この漫画本が、いつの刊行なのかについても記述をしなければならないのだが、奥付には発行年月日の記述がない。これは、発行時期を書かないことで、常に新しい本として流通させようと云う出版側の戦術で、貸本漫画に見られるものである。

 「貸本マンガ史研究」(貸本マンガ史研究会、こう云う研究団体も、世の中にはあるのだ)2001年6月号の「『全国貸本新聞』から作った貸本マンガ関係年表」(三宅 秀典)によると、1961(昭和36)年8月4日に、9月1日からのマンガ定価を160円に値上げすることが承認され、12月25日に全国漫画出版協会が、貸本全連にさらに10円の値上げを要請している。「人間魚雷回転」の定価は170円であるから、少なくとも1961年12月以降の刊行で、その後1965(昭和40)年2月10日に、マンガ出版社が定価を200円から220円に値上げしたことに対する抗議、と記述されているので、1964年の定価は200円、63年は180〜190円あたりと推測できる。

 よって、「人間魚雷回転」の刊行は1962(昭和37)年であると結論づけてみたが、このあたりはマンガ研究者の見解を待ちたい。「回天」が「回転」と表記されても大事にならなかった、おおらかな時代でもあったのである。

※「回天」の詳細については、先に紹介した「『歴史群像』太平洋戦史シリーズ36 海龍と回天 知られざる帝国海軍特殊潜航艇2」(学研)や、「『グランドパワー』別冊 第二次大戦までの モンスターとミジェット潜水艦」(デルタ出版)に色々と書かれている。簡単なものとしては、遊就館に「人間魚雷 回天」(全国回天会)と云う一枚モノの読み物があり、かつ実物も見ることができる。

 本文記載の回天による戦果については、「海龍と回天」に掲載された「回天の戦闘記録」(奥本 剛)、「人間魚雷『回天』秘史」(上原 光晴)の記述を主筆がまとめたもの。出撃数や戦果の数え間違いの責は主筆にあります。