織田信長の大日本帝国 : シャー・ルフ(01/3/12 16:14)
Re:織田信長の大日本帝国 : BUN(01/3/12 19:01)
Re[2]:織田信長の大日本帝国 : シャー・ルフ(01/3/13 11:45)
三段撃ち : 雪風2(01/3/13 12:07)
Re:三段撃ち : シャー・ルフ(01/3/14 12:27)
合戦図屏風を見ては? : BUN(01/3/14 12:48)
Re[3]:織田信長の大日本帝国 : アリエフ(01/3/13 12:27)
Re[4]:織田信長の大日本帝国 : シャー・ルフ(01/3/13 13:36)
Re[3]:織田信長の大日本帝国 : tackow(01/3/13 13:13)
長篠の戦に関する一考 : 伊号(01/5/25 05:54)
等身大の信長像を : BUN(01/3/13 14:01)
Re:等身大の信長像を : シャー・ルフ(01/3/13 14:08)
買わなきゃ駄目でしょう : BUN(01/3/13 14:18)
天佑を信じ、突撃します(笑) : シャー・ルフ(01/3/13 14:29)
ま、まあ、深呼吸してだね・・・ : 雪風2(01/3/13 14:38)
オススメの本 : k-mine(01/3/13 22:24)
教えてください : シャー・ルフ(01/3/14 12:39)
信長公記は・・・ : BUN(01/3/14 12:56)
Re:信長公記は・・・ : シャー・ルフ(01/3/14 13:43)
Re[2]:信長公記は・・・ : F2A(01/6/9 22:41)
「信長の戦国軍事学」なんてどうでしょう? : mikey(01/5/27 01:05)
Re:「信長の戦国軍事学」なんてどうでしょう? : tac(01/5/29 15:13)
Re[2]:「信長の戦国軍事学」なんてどうでしょう? : mikey(01/5/30 02:00)
Re[3]:「信長の戦国軍事学」なんてどうでしょう? : mikey(01/5/30 02:29)
Re:買わなきゃ駄目でしょう : FIX(01/3/13 14:38)
武田軍は何故、撤退せずに攻撃をしたのか : roht(01/3/23 22:48)
Re:織田信長の大日本帝国 : k-mine(01/3/12 19:33)
と、なると・・・ : 雪風2(01/3/13 10:22)
Re:と、なると・・・ : シャー・ルフ(01/3/13 12:07)
話は、脱線しちゃいますが・・・・・・ : シャー・ルフ(01/3/13 12:23)
Re:話は、脱線しちゃいますが・・・・・・ : 白熊(01/3/13 22:55)
なっちゃいけません! : k-mine(01/3/13 23:32)
了解しました!(笑) : シャー・ルフ(01/3/14 12:23)
スパイスで勝負 : FIX(01/3/13 12:55)
Re:スパイスで勝負 : P-kun(01/3/13 13:09)
Re[2]:スパイスで勝負 : シャー・ルフ(01/3/14 12:46)
Re[3]:スパイスで勝負 : 原田(01/5/14 04:33)
Re:と、なると・・・ : きくち(01/3/23 02:39)
Re[2]:織田信長の大日本帝国 : シャー・ルフ(01/3/13 12:00)
無理です。 : かっぱぎ(01/3/13 12:58)
やっぱ、無理ですか? : シャー・ルフ(01/3/13 13:28)
ハードウェアよりはナビのノウハウ : 雪風2(01/3/13 13:57)
ううむ・・・・・ : シャー・ルフ(01/3/13 14:05)
Re:やっぱ、無理ですか? : ペンギン(01/3/13 14:01)
Re[2]:やっぱ、無理ですか? : ooi(01/3/13 22:34)
Re[3]:やっぱ、無理ですか? : ペンギン(01/3/14 01:08)
Re:やっぱ、無理ですか? : さと(01/3/13 20:26)
やっぱ、無理です : k-mine(01/3/13 21:58)
誰か、教えてください! : シャー・ルフ(01/3/14 12:43)
すいません : k-mine(01/3/14 14:18)
シュークリーム : F4U(01/3/14 14:50)
Re:シュークリーム : ベルゼバブ(01/3/22 20:28)
Re:すいません : シャー・ルフ(01/3/14 14:55)
Re:織田信長の大日本帝国 : 匿名(01/3/12 19:41)
Re[2]:織田信長の大日本帝国 : とくめい(01/3/13 00:16)
Re[3]:織田信長の大日本帝国 : シャー・ルフ(01/3/13 12:12)
Re[2]:織田信長の大日本帝国 : シャー・ルフ(01/3/14 12:51)
信長と家康 : アリエフ(01/3/13 00:56)
Re:信長と家康 : BUN(01/3/13 06:06)
産業革命はできるか、否か : シャー・ルフ(01/3/13 12:45)
って、ゆーか : 雪風2(01/3/13 13:07)
おろおろ(笑) : シャー・ルフ(01/3/13 13:24)
Re:ありえそうなのは : PT(01/3/13 17:53)
Re:産業革命はできるか、否か : tackow(01/3/13 13:17)
[投稿者削除] : dg(01/3/13 17:49)
Re:信長帝国内政編 : dg(01/3/13 17:57)
Re[2]:信長帝国財投編 : dg(01/3/13 18:03)
Re[2]:信長帝国海外雄飛編 : dg(01/3/13 18:10)
Re[2]:信長帝国に秀吉登場 : dg(01/3/13 18:19)
商人団を仕切れる者は秀吉 : dg(01/3/13 18:38)
Re[2]:信長死去時の織田帝国 : dg(01/3/13 18:30)
織田帝国は続かない : k-mine(01/3/13 22:17)
どうして覇権国家を作りたがるのでしょう : FIX(01/3/13 22:43)
Re:どうして覇権国家を作りたがるのでしょう : ガンヘッド(01/3/14 00:11)
Re:どうして覇権国家を作りたがるのでしょう : さと(01/3/14 02:12)
集積した富が放つ魔力 : dg(01/3/14 09:46)
素朴な疑問 : 山家(01/3/20 20:34)
Re:素朴な疑問 : ペンギン(01/3/20 22:23)
Re[2]:素朴な疑問 : 山家(01/3/23 22:58)
Re[3]:素朴な疑問 : んがんぐ(01/5/13 16:40)
Re[4]:素朴な疑問 : アリエフ(01/5/13 22:39)
その一 中世の「日本」について : んがんぐ(01/5/20 17:41)
そのニ 倭冦について : んがんぐ(01/5/20 17:55)
その三 海外進出について : んがんぐ(01/5/20 19:00)


5123 Root [5124] [5126] [5127] [5130] [5166] [5168] [5182] [5345]
織田信長の大日本帝国
シャー・ルフ(01/3/12 16:14)

鉄砲の三段撃ちという画期的な方法を考えついたり、鉄でできた、船を作ったり、天守閣を初めて作った、織田信長ですが、天下統一の暁には、明に遠征し、インドまで、占領してみせるといった計画を立てていたようですが、彼の計画は、実行に移したら、できたでしょうか?それとも、豊臣秀吉と同じように、失敗するのでしょうか?つい最近、本屋で、読んでみたら、ポルトガルなどの船を研究して、外洋用の船を作る予定だったらしいですが、朝鮮のあの船、亀甲船でしたっけ?あれに勝てるでしょうか?もしも成功したら、その後の日本や、世界、そして、日本の国民性はどうなったでしょうか?では、安土城からGO!


5124 [5123] [5138]
Re:織田信長の大日本帝国
BUN(01/3/12 19:01)

三段撃ちは史実では無いらしいし、鉄船もどうも怪しい。天守閣は目的不明。
典型的な信長像というのは実際の存在ではなく現代人の持つ何ものかの投影による幻想に過ぎない、と片付けては味気なさ過ぎますか?


5138 [5124] [5140] [5144] [5151] [5158]
Re[2]:織田信長の大日本帝国
シャー・ルフ(01/3/13 11:45)

> 三段撃ちは史実では無いらしいし、鉄船もどうも怪しい。天守閣は目的不明。
> 典型的な信長像というのは実際の存在ではなく現代人の持つ何ものかの投影による幻想に過ぎない、と片付けては味気なさ過ぎますか?
                                                                                        味気なさすぎっす!(涙)BUNさん。しかし、三段撃ちは、史実ではないとすれば、武田勝頼の軍勢を撃破したのは、どうやって?鉄船も、あやしいのですか?NHKで、確か、結構前ですけど、放送をやっていたような・・・・・・じゃあ、宣教師達がみたのは、なんだったんだろう・・・・天守閣は、ええっと、なんかの本で、「中国の皇帝の城をまねたもの」とあったのですが・・・・・しかし、現代人の信長に対する「幻想」ってなんでしょう?自分でも考えてみたのですが、答えが出なかったのですが・・・・・・


5140 [5138] [5199]
三段撃ち
雪風2(01/3/13 12:07)



>                                                                                         味気なさすぎっす!(涙)BUNさん。しかし、三段撃ちは、史実ではないとすれば、武田勝頼の軍勢を撃破したのは、どうやって?

ええと、良く話題になるんですがね。

三段撃ちの真偽に関しては諸説紛々で、はっきり言って
「タイムマシンが出来ない限りわからない」

といったところです。

懐疑派は、1000丁×3をズラっと横並びにして
射撃管制は不可能、という辺りに論拠を置くケースが多い
ですが・・・

長篠、すなわち設楽ヶ原の合戦において、
「三段撃ち」
が、主要素ではなくオプションであることは、ほぼ間違いない
と思います。

戦術的に勝負を決定したのは、それ以前の問題で、

1・3,000丁の鉄砲をかき集めたこと
2・集めたそれを集中運用したこと
3・馬防柵にて騎馬隊の足を止めたこと

3人一組で釣瓶打ちという光景は見物でしょうが、
これはオマケであり、上記3点で勝負はついていたと見るケースが
多いですね。


5199 [5140] [5203]
Re:三段撃ち
シャー・ルフ(01/3/14 12:27)

> 「タイムマシンが出来ない限りわからない」
そうですか、結局は、闇の中ですか、まあ、太平洋戦争でも、まだ、はっきりとわかっていないのが多い事からすれば、もはや、永遠の謎でしょうかね?                                                                                                              > 3人一組で釣瓶打ちという光景は見物でしょうが、
すいません、なに打ちなのか、読めません(涙)


5203 [5199] なし
合戦図屏風を見ては?
BUN(01/3/14 12:48)

「謎」と諦める前に長篠合戦図屏風を見ては如何?
馬防ぎの柵の「前」で川を障害にして「小グループ」で発砲してますよ。
川を濠代わりに利用し、土塁を盛り上げ柵を立てた織田徳川軍の陣地は「城」そのものです。もともと戦国時代の日本に騎馬突撃等有り得ませんが、こうした陣地線は馬で突入する性格のものではありません。三段撃ちの必要さえ無い堅固な陣地と見るべきでしょう。


5144 [5138] [5156]
Re[3]:織田信長の大日本帝国
アリエフ(01/3/13 12:27)

>三段撃ちは、史実ではないとすれば、武田勝頼の軍勢を撃破したのは、どうやって?
主な要因として、次のことが上げられます。
1 織田・徳川連合軍が武田軍の2倍以上の兵力を動員したこと
2 武田勝頼が武田軍を十分統率できなかったこと
2について、勝頼の母が武田本家により征服された諏訪家の人であり、武田家内部で勝頼派とそれに対抗する勢力との対立関係があったこと、そもそも武田軍団の実態は土豪勢力の連合政権であり、「人は城・・」と言われるほど強固な統率が取れているわけではなかったのです。ちなみに、
小説「武田勝頼」を書いた新田二郎は、信玄にとって親類筋に当たる武田家内部の有力人物が、信長と家康に寝返りを行っていたことが最大の原因だとしていますが。


5156 [5144] なし
Re[4]:織田信長の大日本帝国
シャー・ルフ(01/3/13 13:36)

>>三段撃ちは、史実ではないとすれば、武田勝頼の軍勢を撃破したのは、どうやって?
> 主な要因として、次のことが上げられます。
> 1 織田・徳川連合軍が武田軍の2倍以上の兵力を動員したこと
> 2 武田勝頼が武田軍を十分統率できなかったこと
> 2について、勝頼の母が武田本家により征服された諏訪家の人であり、武田家内部で勝頼派とそれに対抗する勢力との対立関係があったこと、そもそも武田軍団の実態は土豪勢力の連合政権であり、「人は城・・」と言われるほど強固な統率が取れているわけではなかったのです。ちなみに、
> 小説「武田勝頼」を書いた新田二郎は、信玄にとって親類筋に当たる武田家内部の有力人物が、信長と家康に寝返りを行っていたことが最大の原因だとしていますが。
>
                                                                                                                                    そうだったんですか、「人は城・・・」と言われていたから、さぞかし、強かったから、鉄砲で、武田軍を、殲滅と、てっきり思っていたのですが、正直いって、驚きました。    


5151 [5138] [5644]
Re[3]:織田信長の大日本帝国
tackow(01/3/13 13:13)

 私はあの辺の知識は乏しいのですが、長篠の戦いをトレースすると武田側の「自殺的攻撃」が目に付くという説をなんかで読みました。

 出陣前に一揉めあったようですし、その辺の事情も大きいのではないでしょうか?


5644 [5151] なし
長篠の戦に関する一考
伊号(01/5/25 05:54)

>  私はあの辺の知識は乏しいのですが、長篠の戦いをトレースすると武田側の「自殺的攻撃」が目に付くという説をなんかで読みました。
>
>  出陣前に一揉めあったようですし、その辺の事情も大きいのではないでしょうか?

これに近いのですが先ず武田軍の長篠の戦における主戦論者の武将の大半が戦闘に生き残り、非戦派の武将の大半が戦死しております。
他の方のご指摘にあるように鉄砲の動員数にはかなり疑問があり、むしろ、織田徳川連合軍の陣地建設による効果のほうが大きいようです。
又、長篠の戦において野戦にしては戦闘の時間が結構長い ことも注目されます。(詳細失念)
もし仮に鉄砲三千丁の一斉発射が現実だとしてそこに突撃したとするならあっとゆう間に攻撃側が壊滅すると思われます。
むしろ騎馬突撃を無効にする陣地構成に勝因があると思います。


5158 [5138] [5161] [5375]
等身大の信長像を
BUN(01/3/13 14:01)

>しかし、現代人の信長に対する「幻想」ってなんでしょう?

「信長が近代的な人物で、国際感覚に優れ独創的な手法と戦略によって新時代を築いた」
というのが「幻想」です。中世末期の戦国武将の持つ「合理性」と近代の合理性とは質的に異なるのは当然のこと。現代の基準で考えた戦国スターとしての信長は幻想です。

また、長篠の合戦は両軍の布陣と動きを地図上に描けば簡単に納得できます。長篠城の包囲を破られた武田軍は後方を脅かされ、撤退するか前方の織田徳川軍の陣地線に対して乾坤一擲の突破を図るしか道は無かったのです。当時の織田徳川軍には鉄砲が1000丁あったと言われていますが、それは織田家の鉄砲ではありませんし、しかも仮に鉄砲が一丁も無くとも優勢な兵力で包囲した織田徳川軍の勝利は疑えないでしょう。馬防柵等は、織田徳川軍が行った野戦築城の一部ではあっても、独創的な戦術でも無く、決定的な要因でも無いと言われています。

また織田信長は電撃的にその版図を拡大した訳でもありません。桶狭間の合戦から十年かけて交渉に交渉を重ねて美濃を取り、更に辛抱強く畿内に勢力を伸ばしたのです。

興味があるならば、奮起して最近とみに評価の高い「信長公記」でも読んでみては如何でしょうか。地図も忘れずにね。そうすればきっと等身大の信長像が見えて来るかもしれません。


5161 [5158] [5162]
Re:等身大の信長像を
シャー・ルフ(01/3/13 14:08)

> >しかし、現代人の信長に対する「幻想」ってなんでしょう?
>
> 「信長が近代的な人物で、国際感覚に優れ独創的な手法と戦略によって新時代を築いた」
> というのが「幻想」です。中世末期の戦国武将の持つ「合理性」と近代の合理性とは質的に異なるのは当然のこと。現代の基準で考えた戦国スターとしての信長は幻想です。
>
> また、長篠の合戦は両軍の布陣と動きを地図上に描けば簡単に納得できます。長篠城の包囲を破られた武田軍は後方を脅かされ、撤退するか前方の織田徳川軍の陣地線に対して乾坤一擲の突破を図るしか道は無かったのです。当時の織田徳川軍には鉄砲が1000丁あったと言われていますが、それは織田家の鉄砲ではありませんし、しかも仮に鉄砲が一丁も無くとも優勢な兵力で包囲した織田徳川軍の勝利は疑えないでしょう。馬防柵等は、織田徳川軍が行った野戦築城の一部ではあっても、独創的な戦術でも無く、決定的な要因でも無いと言われています。
>
> また織田信長は電撃的にその版図を拡大した訳でもありません。桶狭間の合戦から十年かけて交渉に交渉を重ねて美濃を取り、更に辛抱強く畿内に勢力を伸ばしたのです。
>
> 興味があるならば、奮起して最近とみに評価の高い「信長公記」でも読んでみては如何でしょうか。地図も忘れずにね。そうすればきっと等身大の信長像が見えて来るかもしれません。
>
                                                                                                              ご教授、本当にありがとうございます。さっそく、図書館にでも、行って、読んでみようと思います。    


5162 [5161] [5163] [5164]
買わなきゃ駄目でしょう
BUN(01/3/13 14:18)

>さっそく、図書館にでも、行って、読んでみようと思います。    

それなりのボリュームのある古典なんですから、図書館でチョイと読む訳には行きません。じっくり読むとなったら買わなきゃ駄目ですよ。
角川書店等から1000円程度で出ていたはず。一食抜きましょう。


5163 [5162] [5165]
天佑を信じ、突撃します(笑)
シャー・ルフ(01/3/13 14:29)

> それなりのボリュームのある古典なんですから、図書館でチョイと読む訳には行きません。じっくり読むとなったら買わなきゃ駄目ですよ。
> 角川書店等から1000円程度で出ていたはず。一食抜きましょう。
                                                                  了解しました!!!!!!!!!!!貧乏人ですが、かたぁ〜〜〜い、財布の口を開けて、本屋へ、突撃します!!!!!!!!!しかし、ゴマちゃん人形の中に入れてあったヘソクリは、無事だったかな?(笑) 


5165 [5163] [5178] [5200] [5655]
ま、まあ、深呼吸してだね・・・
雪風2(01/3/13 14:38)


>                                                                   了解しました!!!!!!!!!!!貧乏人ですが、かたぁ〜〜〜い、財布の口を開けて、本屋へ、突撃します!!!!!!!!!しかし、ゴマちゃん人形の中に入れてあったヘソクリは、無事だったかな?(笑) 
>

まず、見つけても直ぐ買わないで、ちょっと読んでみてからに
しましょうね。

で、もし、
「まだ、この『信長公記』は自分にはちょっとキツいなぁ」

と思ったら無理する必要はないから、またここで
「オススメ本、おせーて」
とでも書けば、様々な難易度の本を紹介してもらえると思いますよ。


5178 [5165] なし
オススメの本
k-mine(01/3/13 22:24)

 学研から「長篠の戦い」というそのものズバリの本が出ていなかったかと・・・うろ覚えで恐縮ですが。
 文庫本だったと思います。
 最近の説では「三段撃ちはなかった」が定説になりつつあるようで、「勝頼は必ずしも判断を間違えてはいなかった」説もあるようです。


5200 [5165] [5205]
教えてください
シャー・ルフ(01/3/14 12:39)

BUNさんが言っていた本って、「光秀こそ、我が後継者」って本に、そんな文章が、あるやつですか?違ったら、信長についての本をぜひ、教えてください。


5205 [5200] [5206]
信長公記は・・・
BUN(01/3/14 12:56)

「信長公記」は信長の祐筆、大田牛一が書き残した記録です。個々の合戦の描写は最も精度が高いと言われていますので、大いに参考になるでしょう。ただ、信長と同時代に書かれた記録ですから文章は当然、古文です。男らしく根性で一気に読み貫く不退転の覚悟の無い者には桶狭間や長篠の謎は解けないのです。がんばりましょう!


5206 [5205] [5705]
Re:信長公記は・・・
シャー・ルフ(01/3/14 13:43)

> 「信長公記」は信長の祐筆、大田牛一が書き残した記録です。個々の合戦の描写は最も精度が高いと言われていますので、大いに参考になるでしょう。ただ、信長と同時代に書かれた記録ですから文章は当然、古文です。男らしく根性で一気に読み貫く不退転の覚悟の無い者には桶狭間や長篠の謎は解けないのです。がんばりましょう!
古文ですかっ!?ううむ、まあ、ど根性で、がんばります!(苦笑い)


5705 [5206] なし
Re[2]:信長公記は・・・
F2A(01/6/9 22:41)

>古文ですかっ!?ううむ、まあ、ど根性で、がんばります!(苦笑い)

「信長公記」なら、ニュートンプレスの歴史新書の現代語訳がよいです。初心者にはお勧めです。


5655 [5165] [5687]
「信長の戦国軍事学」なんてどうでしょう?
mikey(01/5/27 01:05)

長篠合戦限定ではないですが、信長の軍事的側面の解説としては、
 「信長の戦国軍事学」藤本正行著(ISBN4-89691-294-2)
が個人的にはおすすめです。
この本でも、「三段撃ち」だけでなく「三千挺」という数値に関しても、例えば池田文庫本「信長公記」の該当箇所の記述が
 「千挺ばかり」の千の字の右肩に三の字が小さく加筆されて「三千挺ばかり」になっている
といった具合に、否定されています。

長篠合戦に限定した場合だと、
 「長篠・設楽原合戦の真実」名和弓雄著(ISBN4-639-01540-2)
かな?
雑誌ですが、歴史群像No.13 1994年6月号 辺りも面白いですね。


あと、信長に関してではないですが、関連しそうな事についてちょっとだけ。

1.南方への出兵
史実では、秀吉は朝鮮に出兵してますが、当初は朝鮮ではなくフィリピン等の南方に目が向いていた、との記述を読んだ事があります。
どうして南方から西方に、秀吉の矛先が移ったのかは判りません。
何がしかのロビー活動(^^;が行われたのかもしれませんね。

2.和製洋式?帆船
時代は下りますが、江戸の田沼意次の時代に、洋式帆船と中国のジャンク船を掛け合わせたような構造の船が、企画されたそうです。
軍船ではなく、運送力の向上目的にですけど。

なお、上記の(1)(2)については、うろ覚えで出典も明記できません。
申し訳ありません。


5687 [5655] [5692]
Re:「信長の戦国軍事学」なんてどうでしょう?
tac(01/5/29 15:13)

挺」という数値に関しても、例えば池田文庫本「信長公記」の該当箇所の記述が
>  「千挺ばかり」の千の字の右肩に三の字が小さく加筆されて「三千挺ばかり」になっている
> といった具合に、否定されています。

ちなみに角川文庫の「信長公記」では、千挺を採用しています。もっとも別働隊(後方遮断部隊)に五百挺持っている馬廻衆を投入したうえでのことですから、実際にはもっと多くの鉄砲を用意していたとは思いますが。

少なくとも信長公記には三段打ちの記述はありませんしね。ただ「とにかく鉄砲を打ちまくられて退けた」という趣旨の記述があるのみです。鉄砲だけではなく、弓・槍による損害もかなりあったのではないかと思います。


5692 [5687] [5693]
Re[2]:「信長の戦国軍事学」なんてどうでしょう?
mikey(01/5/30 02:00)

>> 挺」という数値に関しても、例えば池田文庫本「信長公記」の該当箇所の記述が
>>  「千挺ばかり」の千の字の右肩に三の字が小さく加筆されて「三千挺ばかり」になっている
>> といった具合に、否定されています。
>
> ちなみに角川文庫の「信長公記」では、千挺を採用しています。

その様ですね。
「信長の戦国軍事学」の結びによると、「原本信長公記」と角川文庫本に記載されている数量の違いが、ある意味、藤本氏の原点の様です。

太田牛一自筆の「信長公記」に、建勲神社本と池田文庫本があるそうですが、
鉄砲の数については、
・建勲神社本 :「千挺ばかり」と記述
・池田家文庫本:「千挺ばかり」の右肩に「三」の字が加筆
となっています。
で、池田家文庫本を底本とした内閣文庫所蔵の「原本信長公記」では、
『加筆の三の字が本文中に組み込まれ、完全に「三千挺ばかり」になっている』
様ですね。

「信長の戦国軍事学」の48頁と49頁に、建勲神社本および池田文庫本の該当箇所の写真が載っているので、興味のある方はどうぞ。


5693 [5692] なし
Re[3]:「信長の戦国軍事学」なんてどうでしょう?
mikey(01/5/30 02:29)

>>> 挺」という数値に関しても、例えば池田文庫本「信長公記」の該当箇所の記述が
>>>  「千挺ばかり」の千の字の右肩に三の字が小さく加筆されて「三千挺ばかり」になっている
>>> といった具合に、否定されています。
>>
>> ちなみに角川文庫の「信長公記」では、千挺を採用しています。
>
> その様ですね。
> 「信長の戦国軍事学」の結びによると、「原本信長公記」と角川文庫本に記載されている数量の違いが、ある意味、藤本氏の原点の様です。
>
> 太田牛一自筆の「信長公記」に、建勲神社本と池田文庫本があるそうですが、
> 鉄砲の数については、
> ・建勲神社本 :「千挺ばかり」と記述
> ・池田家文庫本:「千挺ばかり」の右肩に「三」の字が加筆
> となっています。
> で、池田家文庫本を底本とした内閣文庫所蔵の「原本信長公記」では、
> 『加筆の三の字が本文中に組み込まれ、完全に「三千挺ばかり」になっている』
> 様ですね。
>
> 「信長の戦国軍事学」の48頁と49頁に、建勲神社本および池田文庫本の該当箇所の写真が載っているので、興味のある方はどうぞ。

用語の不統一(^^;。
「池田文庫本」は、全て「池田家文庫本」と置き換えて読んでください。
チェック漏れです、申し訳ありません。


5164 [5162] なし
Re:買わなきゃ駄目でしょう
FIX(01/3/13 14:38)

> 角川書店等から1000円程度で出ていたはず。一食抜きましょう。

学生は貧乏なのです。
1食抜いただけで1000円も出てくるわけがありません。
2食抜きましょう(涙)


5375 [5158] なし
武田軍は何故、撤退せずに攻撃をしたのか
roht(01/3/23 22:48)

武田軍は後方を脅かされ、撤退するか前方の織田徳川軍の陣地線に対して乾坤一擲の突破を図るしか道は無かったのです。

武田軍は何故、撤退せずに攻撃をしたのか理解出来なかったのですが、何かの書籍か放送で、「武田勝頼は攻撃を仕掛ければ、織田徳川連合軍の中に裏切者が出るように工作しており、この工作が成功したと信じ、よって勝利を信じていた。」との説を知りました。真実であればこれこそ信長の謀略であったと思います。また勝頼はまんまとこれにのってしまったのではないでしょうか。


5126 [5123] [5135] [5139] [5201]
Re:織田信長の大日本帝国
k-mine(01/3/12 19:33)

 まるで中華料理店でプリン・ア・ラ・モードを注文するような怪挙なお題ですが、戦国時代も大好きなので参加しちゃいます。
 信長という人は現代人から見ても極めて合理的な人物でした。恐らく、朝鮮半島には侵略しなかったのではないかな、と想像します。
 朝鮮半島に領土を広げても経済的なうまみはほとんどないので、進出するとしたら南、つまりフィリピン方面だったと思います。
 現に当時商人を中心に多くの日本人が海外に出ており、フィリピンやタイに日本人街があったそうです。
 信長は非常に経済に明るく、超合理人だったので、武力による海外進出より交易による海外進出のほうを採ったのではと思います。
 後に秀吉や家康が天下を取った時、平和になったので膨大な浪人が出ました。また、当時の大名は領土を広げることによって家臣の支持を得ていました。その武士達の不満をそらすための朝鮮出兵であり、天草の乱には多くの浪人者が参加しました。
 もし、信長の天下統一が完成したら、豊富な財源をバックに多くの傭兵を抱えていた信長軍がどうなっていたか、個人的に大変関心があります。
 信長は朝鮮や明ではなく、ヨーロッパ諸国を見据えていたと思います。


5135 [5126] [5141] [5143] [5146] [5371]
と、なると・・・
雪風2(01/3/13 10:22)


>  信長という人は現代人から見ても極めて合理的な人物でした。恐らく、朝鮮半島には侵略しなかったのではないかな、と想像します。
>  朝鮮半島に領土を広げても経済的なうまみはほとんどないので、進出するとしたら南、つまりフィリピン方面だったと思います。
>  現に当時商人を中心に多くの日本人が海外に出ており、フィリピンやタイに日本人街があったそうです。
>  信長は非常に経済に明るく、超合理人だったので、武力による海外進出より交易による海外進出のほうを採ったのではと思います。

と、なると・・・

かなりの高確率で、17世紀初頭に訪れるであろう西欧諸国の
スパイス産地争奪戦に巻き込まれることになりますね。
衝突回避も難しいでしょう。

さて、顛末や如何に?


あるいは日本が16世紀中に英・和蘭先んじて産地を制圧、
重要な貿易物資として占有して、交易のイニシアティブ確保?


5141 [5135] なし
Re:と、なると・・・
シャー・ルフ(01/3/13 12:07)

と、なりますと、かつて強大であった、オスマン・トルコ帝国同様、しだいに、ヨーロッパ諸国に押されて、じわじわと、敗退していくのでしょうか?なんか、残念です、ああ〜、白人に、一泡ふかせたかったなぁ〜と思うのは、自分一人でしょうか?


5143 [5135] [5183] [5185]
話は、脱線しちゃいますが・・・・・・
シャー・ルフ(01/3/13 12:23)

織田信長は、よく、「合理的な考えをもつ人物」といった、評価等をよく耳にしますが、彼は、なぜあれほど、勢力を広げられたのでしょうかね?なんでも、「西洋的な考えを持つ人物」だったらしいのですが・・・・・・・・・・「現代人から見ても合理的な人物」ああ、ぜひなってみたいものです。(雑な文章ですいません、みなさん。)


5183 [5143] なし
Re:話は、脱線しちゃいますが・・・・・・
白熊(01/3/13 22:55)

> 織田信長は、よく、「合理的な考えをもつ人物」といった、評価等をよく耳にしますが、彼は、なぜあれほど、勢力を広げられたのでしょうかね?なんでも、「西洋的な考えを持つ人物」だったらしいのですが・・・・・・・・・・「現代人から見ても合理的な人物」ああ、ぜひなってみたいものです。(雑な文章ですいません、みなさん。)
>

信長氏は
ぶっ壊すのが好きな人だからなー
四方八方に敵作って必ずしも合理的とはいえないかもしれませんね。
彼が上司だと疲れるだろうな。部下は。


5185 [5143] [5198]
なっちゃいけません!
k-mine(01/3/13 23:32)

> 織田信長は、よく、「合理的な考えをもつ人物」といった、評価等をよく耳にしますが、彼は、なぜあれほど、勢力を広げられたのでしょうかね?なんでも、「西洋的な考えを持つ人物」だったらしいのですが・・・・・・・・・・「現代人から見ても合理的な人物」ああ、ぜひなってみたいものです。(雑な文章ですいません、みなさん。)
>
 なぜ天下にあれほど近づけたかというと、合理的な人だったからです(笑)。人を見るとき彼は決して感情に流されませんでした。能力があればバンバン出世させる、そのかわり駄目な奴は簡単に首を切る。利用できるから足利義昭を使う、利用価値がなくなったので追放する、邪魔をするので比叡山も燃やす。簡単ですね(笑)。
 初めて西洋人から地球は丸いと聞いたとき、周りの誰もが理解出来なかったのに信長だけ「なるほど、理にかなっている」と答えたそうです。この「理にかなってる」というのがミソ。彼は西洋的というより理系の人だった、と考えるべきでしょう。
 しかしこういう人ほど仕えていて大変な人はいません。なにしろ勤続何十年のベテランといえども「使えない」と判断されたら追放されてしまいます。ミスるとあるいは結果を出せないと恐ろしいまでにつるし上げられます。私そういう会社にいましたけど、ついていけなくて(体壊しちゃって)辞めてしまいました。
 こういう人って能力は高く評価されますけど愛されないので孤独だしあんまりなんない方がいいと思いますよ(笑)。


5198 [5185] なし
了解しました!(笑)
シャー・ルフ(01/3/14 12:23)

>  なぜ天下にあれほど近づけたかというと、合理的な人だったからです(笑)。人を見るとき彼は決して感情に流されませんでした。能力があればバンバン出世させる、そのかわり駄目な奴は簡単に首を切る。利用できるから足利義昭を使う、利用価値がなくなったので追放する、邪魔をするので比叡山も燃やす。簡単ですね(笑)。
>  初めて西洋人から地球は丸いと聞いたとき、周りの誰もが理解出来なかったのに信長だけ「なるほど、理にかなっている」と答えたそうです。この「理にかなってる」というのがミソ。彼は西洋的というより理系の人だった、と考えるべきでしょう。
>  しかしこういう人ほど仕えていて大変な人はいません。なにしろ勤続何十年のベテランといえども「使えない」と判断されたら追放されてしまいます。ミスるとあるいは結果を出せないと恐ろしいまでにつるし上げられます。私そういう会社にいましたけど、ついていけなくて(体壊しちゃって)辞めてしまいました。
>  こういう人って能力は高く評価されますけど愛されないので孤独だしあんまりなんない方がいいと思いますよ(笑)。
確かに、仕えるほうからしてみれば、疲れますよね(汗)k-mineさんは、それを身をもって体験したようで・・・・・やっぱ、リーダーは秀吉のようなのが、一番いいですかね?織田信長は、能力は高いけど、孤独だし、やっぱなるのは、やめておきます(笑)


5146 [5135] [5150]
スパイスで勝負
FIX(01/3/13 12:55)

ようは、彼等は保存に有利な調味料が手に入ればいいんですよね。
醤油じゃいけませんか? 醤油じゃ。
紫蘇と梅干も付けちゃります。

そして、欧州人の食文化を木っ端微塵にうち砕いたるのです。


5150 [5146] [5202]
Re:スパイスで勝負
P-kun(01/3/13 13:09)

> 醤油じゃいけませんか? 醤油じゃ。
醤油はたしか運んでみたけど
ヨーロッパまで日持ちせんかったから
だめだったていうことをどっかから聞いたような気が・・・
梅干しならおっけえですな(笑)


5202 [5150] [5578]
Re[2]:スパイスで勝負
シャー・ルフ(01/3/14 12:46)

>> 醤油じゃいけませんか? 醤油じゃ。
> 醤油はたしか運んでみたけど
> ヨーロッパまで日持ちせんかったから
> だめだったていうことをどっかから聞いたような気が・・・
> 梅干しならおっけえですな(笑)
                                                                                                              スパイスで勝負ですか、しかし、アジア等で取れるスパイスならともかく、日本の食べ物って、西欧人に、受け入れられるでしょうかね?             


5578 [5202] なし
Re[3]:スパイスで勝負
原田(01/5/14 04:33)

>>> 醤油じゃいけませんか? 醤油じゃ。
>> 醤油はたしか運んでみたけど
>> ヨーロッパまで日持ちせんかったから
>> だめだったていうことをどっかから聞いたような気が・・・
>> 梅干しならおっけえですな(笑)
>                                                                                                               スパイスで勝負ですか、しかし、アジア等で取れるスパイスならともかく、日本の食べ物って、西欧人に、受け入れられるでしょうかね?             
> ルイ何世かは醤油が好きだったらしいです。 レスピが伝わったという話でしたが・・グルメ漫画より。 
醤油だったら奪い合う必要も気が・・。

受け入れられたらかなり早く味の素(グルタミン酸)による中華料理症候群が発生することだけは確実(笑)




5371 [5135] なし
Re:と、なると・・・
きくち(01/3/23 02:39)

> かなりの高確率で、17世紀初頭に訪れるであろう西欧諸国の
> スパイス産地争奪戦に巻き込まれることになりますね。
> 衝突回避も難しいでしょう。
> さて、顛末や如何に?

当時の日本はなんだかんだ言っても鉄砲大国です。海軍力のある国と結びついたら強いかも。

タイでの日本人傭兵の活動は有名ですね。山田長政でしたっけ。
あと1623年、モルッカ諸島のアンボン島にあったイギリス商館がオランダの攻撃を受けて滅ぼされたっていう事件で、商館を護衛して戦死した犠牲者の中には、相当数の日本人傭兵が居たそうです。
海軍力を持つイギリスと同盟していれば、東南アジアでかなりの勢力になったんじゃないだろうかと思います。

300年早く日英同盟を結んでいたら・・・
日本は小競り合いを繰り返しながら、太平洋戦争みたいな無謀な戦争を避ける知恵をつけられたかもしれません。

でも、戦争にあけくれるぐらいなら鎖国していたほうが・・


5139 [5126] [5147]
Re[2]:織田信長の大日本帝国
シャー・ルフ(01/3/13 12:00)

>  まるで中華料理店でプリン・ア・ラ・モードを注文するような怪挙なお題ですが、戦国時代も大好きなので参加しちゃいます。
>  信長という人は現代人から見ても極めて合理的な人物でした。恐らく、朝鮮半島には侵略しなかったのではないかな、と想像します。
>  朝鮮半島に領土を広げても経済的なうまみはほとんどないので、進出するとしたら南、つまりフィリピン方面だったと思います。
>  現に当時商人を中心に多くの日本人が海外に出ており、フィリピンやタイに日本人街があったそうです。
>  信長は非常に経済に明るく、超合理人だったので、武力による海外進出より交易による海外進出のほうを採ったのではと思います。
>  後に秀吉や家康が天下を取った時、平和になったので膨大な浪人が出ました。また、当時の大名は領土を広げることによって家臣の支持を得ていました。その武士達の不満をそらすための朝鮮出兵であり、天草の乱には多くの浪人者が参加しました。
>  もし、信長の天下統一が完成したら、豊富な財源をバックに多くの傭兵を抱えていた信長軍がどうなっていたか、個人的に大変関心があります。
>  信長は朝鮮や明ではなく、ヨーロッパ諸国を見据えていたと思います。
                                                                                                                                                          プリン・ア・ラ・モードって何か、庶民であるシャーには、わかりましぇん(笑)どっかの本で、書いてあったのですが(それがどの本だったのかは、忘れてしまったのですが)織田信長が、もしも、ヨーロッパ遠征をすれば、短期間で、占領可能だ。といった事が書いてあった本があったのですが、ヨーロッパ勢を撃破し、第二のジンギスカンになる事は、可能でしょうかね?     


5147 [5139] [5154]
無理です。
かっぱぎ(01/3/13 12:58)

織田信長が、もしも、ヨーロッパ遠征をすれば、短期間で、占領可能だ。といった事が書いてあった本があったのですが、ヨーロッパ勢を撃破し、第二のジンギスカンになる事は、可能でしょうかね?     
>

結論を先に言うと無理です。確かに当時の日本は陸上戦力に関しては最大動員兵力数、練度、火力装備率など世界最強と言って良い実力を持っていました。真正面から同数勢力で会戦を挑めば勝てる可能性はなかなか高いでしょう。
ですが、海軍が駄目です。数十門〜百門の砲を装備する帆走戦艦を多数保有する欧州側に対し、日本側は沿岸海軍の域を脱していません。
時代が下がって秀吉の時代でさえ朝鮮水軍に勝てず、敗退しつづけているところを見ると、欧州勢に勝負を挑んだところで陸上兵力を敵地に送り込む前に制海権争いに敗北するのが関の山だと思います。


5154 [5147] [5157] [5159] [5174] [5176]
やっぱ、無理ですか?
シャー・ルフ(01/3/13 13:28)

> 織田信長が、もしも、ヨーロッパ遠征をすれば、短期間で、占領可能だ。といった事が書いてあった本があったのですが、ヨーロッパ勢を撃破し、第二のジンギスカンになる事は、可能でしょうかね?     
>>
>
> 結論を先に言うと無理です。確かに当時の日本は陸上戦力に関しては最大動員兵力数、練度、火力装備率など世界最強と言って良い実力を持っていました。真正面から同数勢力で会戦を挑めば勝てる可能性はなかなか高いでしょう。
> ですが、海軍が駄目です。数十門〜百門の砲を装備する帆走戦艦を多数保有する欧州側に対し、日本側は沿岸海軍の域を脱していません。
> 時代が下がって秀吉の時代でさえ朝鮮水軍に勝てず、敗退しつづけているところを見ると、欧州勢に勝負を挑んだところで陸上兵力を敵地に送り込む前に制海権争いに敗北するのが関の山だと思います。
                                                                                                                                                          でも、織田信長は、種子島から、流通してきた鉄砲を、大量生産して、保有していましたし、信長だったら、ひょっとしたら、鉄船+ポルトガル船みたいな、強大な、戦艦を作ってたかも(根拠もないですし、個人的な予測ですが)でも、信長だったら、ほかの日本人と違って、特に根拠はないですけど、「何か」できそうな、感じはするのですが・・・・・ 


5157 [5154] [5160]
ハードウェアよりはナビのノウハウ
雪風2(01/3/13 13:57)


>                                                                                                                                                           でも、織田信長は、種子島から、流通してきた鉄砲を、大量生産して、保有していましたし、信長だったら、ひょっとしたら、鉄船+ポルトガル船みたいな、強大な、戦艦を作ってたかも(根拠もないですし、個人的な予測ですが)でも、信長だったら、ほかの日本人と違って、特に根拠はないですけど、「何か」できそうな、感じはするのです


戦艦が出来ても、航法の成長なくしては無意味です。
で、信長の頃から少しして、西欧諸国は大航海時代に
突入しますが・・・

この航法というノウハウは、個人の才覚で作り上げられるような
シロモノではありません。
失敗前提のような、無謀とも言える冒険を繰り返し、少しづつ
蓄積されるものです。

では、何故、西欧諸国がワザワザそんな冒険をしたかというと・・・

それによって莫大な利益が得られると分かっていたからです。

早い話、スパイスがそれに当たります。

スパイスというと、なんとなく胡椒をイメージしやすいですが、
17世紀のヨーロッパで、命を懸けるに値したのは、
「ナツメグ」です。
特に、エリザベス朝のロンドンの医者達が、
「ナツメグはペストに効く」
と言い出してからは(もちろん、ガセ)、現地で調達した価格の
600倍の値がついたそうで、小袋一つ持ち帰うことが出来れば、
召し使い付の家を持てたそうです。
ところが、その産地が何処か、彼等には分かりません。
シルクロード経由、アラブ経由の取り引きの際に、風の噂に聞く
ばかり、
「どうも遥か東、その南の島に、たわわに実ってるらしいぞ」

そして、いざ、船出。何隻もの船が出て、そのほとんどが帰らず、
船員を消耗品のように扱って数え切れない犠牲を払い、
一粒のナツメグも手に出来ず帰還する験を山と重ねて、
少しづつ、少しづつ、砂粒を数えるようにして航法のノウハウ
を重ね、船の改良を重ね、
いつしか気付くと、スパイスレースに参加しなかった国家との
海軍力の差は、どうあがいても埋められないところまで広がっていた訳です。

信長一人で埋まる差とは、私には思えませんね。


5160 [5157] なし
ううむ・・・・・
シャー・ルフ(01/3/13 14:05)

ううむ、やはり、信長一人で、西洋諸国との「差」をうめることは、やはり、不可能ですか、しかし、当時のスパイスって、そんなに、貴重で、高価だったとは、知りませんでした。確か、幕末に、蒸気船を自力で作った藩がいくつか、ありましたが、物が作れたとしても、それを使う「技術」がなくれば、宝の持ち腐れですか・・・


5159 [5154] [5181]
Re:やっぱ、無理ですか?
ペンギン(01/3/13 14:01)

 お船の話にはしっちゃうけれども、船材に杉を使う時点で松材などより脆弱になるし、マニラロープが作れなかったら遠洋航海に使える強靱な艤装ができたかどうかが不安。
 過去ログにもあるけど、個人的には鉄船=薄銅板船と考えているのですが。


5181 [5159] [5189]
Re[2]:やっぱ、無理ですか?
ooi(01/3/13 22:34)

>  お船の話にはしっちゃうけれども、船材に杉を使う時点で松材などより脆弱になるし、マニラロープが作れなかったら遠洋航海に使える強靱な艤装ができたかどうかが不安。

ううん、松材もかなり脆弱と言う話が有ったと思うのですが・・・出典が出てきません、ごめんなさいm(__)m
 和船の航海能力も侮れません、復元したら予想以上に高い事がわかってびっくりってな話もありますし(大阪市の浪速丸だっけか)。

 確かこの和船侮れない説は同人誌で読んだんですよね、んで、そこに出典があったはずなんだけどもその同人誌が出て来ないのです、申し訳無い。


5189 [5181] なし
Re[3]:やっぱ、無理ですか?
ペンギン(01/3/14 01:08)

>  確かこの和船侮れない説は同人誌で読んだんですよね、んで、そこに出典があったはずなんだけどもその同人誌が出て来ないのです、申し訳無い。
 
 はい、和船だってあなどれません。ジブやバーグが無いくせに風上へ遡行もできますから。ただ超長距離になった場合の艤装品が問題なんですよ。


5174 [5154] なし
Re:やっぱ、無理ですか?
さと(01/3/13 20:26)

でも、織田信長は、種子島から、流通してきた鉄砲を、大量生産して、保有していましたし、
>

ヨーロッパと喧嘩するとそれまで輸入していた硝石が手に入らなくなりますね。どうやって手に入れます?

縁の下からでは無理でしょうか・・・?(笑)

鉄砲、使えないような気がします。


5176 [5154] なし
やっぱ、無理です
k-mine(01/3/13 21:58)

でも、織田信長は、種子島から、流通してきた鉄砲を、大量生産して、保有していましたし、信長だったら、ひょっとしたら、鉄船+ポルトガル船みたいな、強大な、戦艦を作ってたかも(根拠もないですし、個人的な予測ですが)でも、信長だったら、ほかの日本人と違って、特に根拠はないですけど、「何か」できそうな、感じはするのですが・・・・・ 
>
 当時の武士団というのはそれぞれの「家」で構成されていました。つまり、個人店の集まった商店街みたいなモンです。そして出兵に関する費用は全て自分持ちで、全ての報酬は後払いでした。だから、気に喰わない事があると戦場から帰ってしまうとか、金がないという言い訳をして出兵しないこともあったそうです。
 秀吉の朝鮮出兵時、明軍が撤退した跡に行って見るとトイレやかまどの跡(兵力が分かる)が跡形もなく片付けられているのを見て日本軍はびっくりしたそうです。
 つまり戦国兵団というのは近代軍とはまだいえない存在だったのです。一方のヨーロッパ諸国は年代的にはもう少し後になる30年戦争がきっかけで近代軍へとなっていきます。
 本能寺の変があったときに信長は49歳。天下に一番近かったとはいえ、東北、関東、中国、四国、九州は未制圧。10年では国内を制圧するのが精一杯で本格的な海外出兵は難しいでしょう。その頃には信長の寿命が尽きているのではないかと(笑)。


5201 [5126] [5207]
誰か、教えてください!
シャー・ルフ(01/3/14 12:43)

>  まるで中華料理店でプリン・ア・ラ・モードを注文するような怪挙なお題ですが、                                                                       プリン・ア・ラ・モードってどこの国の、どういう食べ物なのでしょうか?結構おいしいんですか?それは?どなたか、教えてください。        


5207 [5201] [5210] [5212]
すいません
k-mine(01/3/14 14:18)

 言ってるのは私だ(汗)。
 喫茶店に行くと(あるいはファミレスでも可)プリンの周りに生クリームとかフルーツとかが乗っかってるやつがあるでしょう。あれです。
 ア・ラ・モードってくらいだから原産地はフランスだと思いますけど詳しくは知りません。
 蛇足ですが外国人は「シュークリーム」って分からないみたいです。メニューのデザートに「靴クリーム」と書かれているのでびっくりするみたいですよ。何ていえば通じるのかご存知の方がいたら教えてください。


5210 [5207] [5365]
シュークリーム
F4U(01/3/14 14:50)

>  蛇足ですが外国人は「シュークリーム」って分からないみたいです。メニューのデザートに「靴クリーム」と書かれているのでびっくりするみたいですよ。何ていえば通じるのかご存知の方がいたら教えてください。

シュークリームはフランス語で(chou a la creme )キャベツの意味らしいです。
英語では cream puff 。

実はお菓子のHPも持っている。恥ずかしので別名を使ってます(笑)



5365 [5210] なし
Re:シュークリーム
ベルゼバブ(01/3/22 20:28)

> 実はお菓子のHPも持っている。恥ずかしので別名を使ってます(笑)
>
>
話はそれますが、そのページを見てみたい・・・
アドレス教えてくれませんか?
(ちょっとお菓子に興味があるベルゼバブ。)


5212 [5207] なし
Re:すいません
シャー・ルフ(01/3/14 14:55)

>  言ってるのは私だ(汗)。
>  喫茶店に行くと(あるいはファミレスでも可)プリンの周りに生クリームとかフルーツとかが乗っかってるやつがあるでしょう。あれです。
>  ア・ラ・モードってくらいだから原産地はフランスだと思いますけど詳しくは知りません。
>  蛇足ですが外国人は「シュークリーム」って分からないみたいです。メニューのデザートに「靴クリーム」と書かれているのでびっくりするみたいですよ。何ていえば通じるのかご存知の方がいたら教えてください。
                                                                                                              すいません、生まれてから、一度も、喫茶店に入った事がないです(笑)ファミレスなんて、我が家の財政状況では、「夢のまた夢」ですから、そこまで行くのは不可能だし、ううむ、南蛮人の食べる物は、摩訶不思議じゃというのが、このシャーの結論です(爆)    


5127 [5123] [5129] [5204]
Re:織田信長の大日本帝国
匿名(01/3/12 19:41)

ある知り合いが織田信長が北からアラスカに、そしてアメリカ大陸に進出していたら面白かったと申しておりますが。


5129 [5127] [5142]
Re[2]:織田信長の大日本帝国
とくめい(01/3/13 00:16)

フィリピンの要塞駐留軍はわずかなので占領はたやすい。いっきにオーストラリアまで南下し植民地を作り、返す刀で 東インド会社との利権争いで英国と衝突、兵站線が両者ともに長いのでそこで膠着、消耗戦に・・・


5142 [5129] なし
Re[3]:織田信長の大日本帝国
シャー・ルフ(01/3/13 12:12)

> フィリピンの要塞駐留軍はわずかなので占領はたやすい。いっきにオーストラリアまで南下し植民地を作り、返す刀で 東インド会社との利権争いで英国と衝突、兵站線が両者ともに長いのでそこで膠着、消耗戦に・・・
                                                                                                                                                          架空戦記のような話ですが・・・・・     明を脅かしている、タタール・オイラートのモンゴルの部族や、女真族と、共同で、攻め、明を挟撃し、北京を占領。次に、手薄なフィリピンを攻略し、東南アジアを、制覇。そして、インドへ攻め入り、スペイン・ポルトガル等と、植民地争奪戦・・・・・・といった戦いが起こるのでは?と、思っていたのですが、これは、やはり、「荒唐無稽」ってやつでしょうかね?         


5204 [5127] なし
Re[2]:織田信長の大日本帝国
シャー・ルフ(01/3/14 12:51)

> ある知り合いが織田信長が北からアラスカに、そしてアメリカ大陸に進出していたら面白かったと申しておりますが。
それは無理なのでは?寒さで耐えられず、ドイツ軍が、ロシアに、侵攻したのと、同じ結果になるのでは?


5130 [5123] [5132]
信長と家康
アリエフ(01/3/13 00:56)

よく世間一般で信長と家康は対照的に見られているようですが、最近の研究によると、江戸時代初期、崩壊の危機に瀕した明を救援するための海外出兵が幕府内でかなり真剣に検討されていたそうです。しかし、朝鮮出兵による国内経済の疲弊から完全に立ち直っていない状態で、危険な賭けに出ることを止めたという訳で、家康というのはかなり現実的でバランスの取れた政治家だったと思います。また、江戸時代の鎖国政策も蟻の這い出る隙間もないほどのものではなく、私的な貿易(密貿易)がかなり行われていたとか。国家として積極的な海外進出政策を止めただけで、元禄の頃まで国内経済は成長路線だったし、海外交易にあまり依存する必要もない。要するに、リスクを犯してまで拡張政策を取る必要性が少なかったのです。
ところで、信長があと30年生きていたとして、そのままキリスト教容認、積極的海外貿易の政策を継続していただろうか?彼は専制国家的な体制を目指していたようですが、キリスト教の勢力が拡大し、自分にとって危険だと感じるようになれば徹底的に弾圧したでしょう。海外交易もそれがかえって余計なトラブルを国内に持ちこみかねないようになれば、家康以上に厳しく取り締まったかもしれない。信長が年取っても若い頃の政策をそのまま継続するという保障はないと思いますね。


5132 [5130] [5145]
Re:信長と家康
BUN(01/3/13 06:06)

信長も海を越えての戦はしなかったのではないですか?
信長の勢力は所詮近畿周辺のローカルなもので、世界どころか関東に進出しかけた辺りで破綻しているのですから彼にとっての軍事的新世界はまず小田原あたりが限界なのではないかと。とても海外侵略は不可能でしょう。私には信長は新時代を切り開く者ではなく中世最後のヒーローに見えます。


5145 [5132] [5148] [5152]
産業革命はできるか、否か
シャー・ルフ(01/3/13 12:45)

織田信長が、生きていれば、産業革命も、できただろうと書いてあった本もありましたが、スペイン・ポルトガル、そして、エリザベス1世率いる、「大英帝国」に、勝利したら、の話ですが、・・・・・・さすがに、無理ですかね?


5148 [5145] [5153] [5167]
って、ゆーか
雪風2(01/3/13 13:07)

> 織田信長が、生きていれば、産業革命も、できただろうと書いてあった本もありましたが、

むしろ、そのイケてる仮説の載ってる本が知りたい私であるよ。


5153 [5148] なし
おろおろ(笑)
シャー・ルフ(01/3/13 13:24)

>> 織田信長が、生きていれば、産業革命も、できただろうと書いてあった本もありましたが、
>
> むしろ、そのイケてる仮説の載ってる本が知りたい私であるよ。
                                                                  必ず、思い出して、探してきます!!!!!!!!でも、こちらのボケて、間違えて、書いていたら、すいません。 


5167 [5148] なし
Re:ありえそうなのは
PT(01/3/13 17:53)

> むしろ、そのイケてる仮説の載ってる本が知りたい私であるよ。

小室直樹氏が昔、信長をテーマに書いた本の中にそんな記述があったようななかったような……件の本はおそらく段ボールの奥底にまだ残っているはずなので暇な時に確認してみます。

あとは佐藤大輔氏が信長が海外に進出する小説書いてたのと、本宮ひろ志氏の「夢幻の如く」(原作小説があるらしいのでそっちの方が可能性大)ですかね。

書籍にこだわらなければ、かつて「GE・TEN」というシミュレーション・ゲームで信長の海外進出を扱った奴がありました。

何にせよ、信長を過大評価しすぎでしょう。


5152 [5145] なし
Re:産業革命はできるか、否か
tackow(01/3/13 13:17)

でも、そういう「帝国」ってのは長続きしたためしが少ないですから「産業革命」は無理っぽいんじゃあないでしょうか??


5166 [5123] なし
[投稿者削除]
dg(01/3/13 17:49)

投稿者によって削除されました。(01/3/13 17:49)


5168 [5123] [5169] [5170] [5171] [5172]
Re:信長帝国内政編
dg(01/3/13 17:57)

東洋史西洋史を問わず、乱世というのは大軍拡期であり、統一なったあかつきには大軍縮がまちかまえている.逆説的に言えば、統一後の軍縮をスマートに行えた政権が長続きするわけである.
信長には子が大勢いた.となれば、統一後の体制もあらかた想像できる.織田本家を中心に、分家に要地の所領を与え、血族以外の功臣には10-20万石程度の「基本所領」+能力役どころによって「職能所領」を与える織田封建制度というものが考えられる.これは、永久に所領を保証する必要がなく、常に新規事業で競わせることのできる仕組みである.


5169 [5168] なし
Re[2]:信長帝国財投編
dg(01/3/13 18:03)

当時の武士団は、所領1万石あたり250-300人の兵力と、馬・鉄砲などの軍役を負担していた.
というわけで、単純に軍縮すると、家臣どもが楽になってしまう.小人暇になれば良からぬことをたくらむ恐れもある.そこで信長は、軍役にかわって一大公共事業を課すると思われる.すなわち国道幅は3間半、用水路整備、河川改修、沼沢地の水田化、そして忘れてはいけない再検地によって帝国の税収確保を図っただろう.


5170 [5168] なし
Re[2]:信長帝国海外雄飛編
dg(01/3/13 18:10)

武士どもの身分が封建制によってある程度固定され、しかも平和時ということで多少は行儀よくせねばならないのだが、中にはエネルギーがありあまってしょうもない奴がいる.信長にはお抱え商人団、すなわち堺・博多の商人に加え、なにせ楽市楽座であるから、新興の連中にもチャンスを与えて古株と競わせることを忘れはしない.こうして、ルソン助左エ門、神屋宗堪、淀屋、銭屋、さらには小西行長なども半武士半商に戻ってとと屋を開業、信長帝国商人団はしだいに充実する国力を背景に南に進路をとることになる.


5171 [5168] [5173]
Re[2]:信長帝国に秀吉登場
dg(01/3/13 18:19)

魔神のごとく働いた信長にも、やがてお迎えがきた.このとき、有力家臣の一人秀吉は、養子秀勝のツルでまんまと織田家の連枝となりおおせていた.すなわち、古株家臣の柴田(越前で基本20万石)・丹羽(若狭で基本20万石)・明智(丹波で基本20万石)らに対し、織田一族ということで播磨一国50万石の大封を所有し、他の古株どもからの妬みに堪えつづけていた秀吉は、満を持した行動にでる.


5173 [5171] なし
商人団を仕切れる者は秀吉
dg(01/3/13 18:38)

ルソン(フィリピン)、高砂(台湾)、コーチ(北ベトナム・ハノイ付近)、アンナン、さらにはシャム、ジャワにまで支店網を広げる日本人商人団を取り仕切るのにふさわしい近江系家臣たちを縦横に働かせて、信忠の期待に答えていった.
石田三成、増田長盛らは、商業手形から外国為替、複式簿記に始まり、帝国の信用を司る中央銀行に相当する組織を整備していった.おりしも、佐渡の国に空前絶後の規模の大金山が開発され、織田帝国はその金の信用を背景にアジアのみならずインド、イスラムなどと三角貿易を広げていく.当然、英東インド会社との激突が避けられない情勢になっていくのである.


5172 [5168] [5177]
Re[2]:信長死去時の織田帝国
dg(01/3/13 18:30)

なんといっても中央集権+封建制度であるから、織田宗家を受け継いだ長子・信忠は800万石という途方もない直轄領を所有している.だから、古株家臣の不満組が一族のものをそそのかそうにも、次男・信雄は尾張50万石、三男・信孝は伊勢50万石程度.4男・秀勝は播磨50万石、これは実質的に秀吉が仕切っている.織田体制にあって特別待遇を受けていた徳川家も駿河・遠江50万石では、とうてい織田宗家に逆らうことなど思いもよらない.宗家信忠は、若いころより「藤、藤、」と気軽に秀吉と話せる仲で、関係は非常に良い.


5177 [5172] なし
織田帝国は続かない
k-mine(01/3/13 22:17)

 信雄がね、粗忽な人なんですよ。安土城に火ィ付けちゃうし(失火の説もあり)、家康にそそのかされて秀吉にけんか売っちゃうし(しかもその時天下人気取り)、そのくせ簡単に秀吉に丸め込まれるし。しかも信長という人は味方より敵が常に多い人でしたから、続いたかなあ。
 ほら、よく名物社長が亡くなったら潰れちゃう会社ってあるでしょう。ものすごーーーく怖い人の後ですからね。勝頼の方が楽だったろうと私は思いますね。
 秀吉もねえ、天下取るような人だからなかなかどうして喰えなかったと思いますよ。現代の政治家だって腹の中読めないのに器量が全然違うからなあ。


5182 [5123] [5187] [5191] [5192]
どうして覇権国家を作りたがるのでしょう
FIX(01/3/13 22:43)

 見てて思うのですが、どうして皆さん、海外覇権に憧れるんですか?
 鎖国しないだけじゃ不満ですか?
 200年分の足止めを食らわないだけじゃ不満ですか?
 植民地にならず、国が傾くほどの大出兵もやらず、もちろん鎖国なんて馬鹿をしたあげくそのロスを補おうと暴走して周辺諸国に迷惑かけまくるような真似はしないで、そこそこ貿易したり戦争したりながら、まっとうな中規模国家として発展していくという選択肢は無いのでしょうか。
 「他国から後ろ指さされるような国にならない」という目標は過小に過ぎますか?


5187 [5182] なし
Re:どうして覇権国家を作りたがるのでしょう
ガンヘッド(01/3/14 00:11)

現在から過去を振り返った上での現実的理想論とifな妄想からくる趣味的理想論の違いなんではないでしょうか?ifな妄想は楽しいものなんです(笑)


5191 [5182] なし
Re:どうして覇権国家を作りたがるのでしょう
さと(01/3/14 02:12)

>  見てて思うのですが、どうして皆さん、海外覇権に憧れるんですか?

「天下に手をかけるまで行った男に天下を取らせてみたい。」「その後の日本を治めさせてみたい。」といった所でしょう。少なくとも彼の家臣やら半属国の領主の天下より面白そうな物が見られそうです。それがこうじて「海外覇権」を夢見る人たちも居るのでしょう。

そんなわけで私なりに考えてみた織田信長が天下をとった後

朝鮮に何度か出兵して大失敗。失意のうちに死亡。

その後は信忠しだいでしょう。私は徳川幕府と変わりばえしないような気がします。


5192 [5182] なし
集積した富が放つ魔力
dg(01/3/14 09:46)

類は類を、
富はさらなる富を呼び寄せるのです.
集積した富は、妖しい魔力を放ち、
その所有者を覇業にかりたてるものです.


5345 [5123] [5346]
素朴な疑問
山家(01/3/20 20:34)

 このHPに来ること自体、まだ2度目で、こん
な書き込みをしていいのか、僭越極まりないこと
ではないか、と思うのですが、敢えて書き込ませ
て下さい。
 16世紀から17世紀の日本にとって、海外に
出て行く必要が果たしてあったのでしょうか。そ
の必要性が、私には思いつきません。
 当時の欧州では、香辛料の必要性、キリスト教
の布教活動(例えば、イエズス会)等、経済生活や
宗教活動に関連した理由を思いつくのですが、日
本では、そんな必要性(動機と言うべきかも)が、
思い当たらないのです。
 時機を失した書き込みだと思い、本当に失礼な
ことかもしれませんが、そんなことを思ってしま
った次第です。


5346 [5345] [5376]
Re:素朴な疑問
ペンギン(01/3/20 22:23)

>  当時の欧州では、香辛料の必要性、キリスト教
> の布教活動(例えば、イエズス会)等、経済生活や
> 宗教活動に関連した理由を思いつくのですが、

 個人的には、進出に成功したからその理由が説得力を有するのだと思う。
 秀吉の朝鮮侵攻がもう少し遅ければ、対外貿易の主導権を握る(生糸や陶磁器)ために博多を中心に、軍備強化(特に硝煙)のために島津が琉球に行ったような行動も取りえたかもしれない。まあ、距離的な関係で日本人町への支援程度だろうけど。
(南蛮船といっても大多数は、長崎と上海の往復で利鞘を稼いでいるものだったし)


5376 [5346] [5575]
Re[2]:素朴な疑問
山家(01/3/23 22:58)

最初の書き込みの際に、少し書き込みも足りな
かったかもしれません。どんな事をするにして
も、ある程度の基盤がいると私は思うのです。
 当時の欧州の歴史を考えると、聖地奪回の十
字軍が行われた後、イスラム諸国の活動により、
地中海はまだ完全にはキリストの海とは言いか
ねるという時代で、欧州諸国が宗教的基盤から、
海外雄飛を目指すのは、私としては納得のいく
ことです。
 香辛料貿易にしても、ヴェネツィア、ジェノ
バが、ペルシャ湾や紅海を通じた交易活動を行
う時代があり、そのうえで、スペイン等がアジ
アを目指したわけではないか、それによって、
利益が上げられることを、スペイン等は分かっ
ていたからこそ、アメリカや喜望峰を目指した
のではないか、と私は思うのです。
 当時の日本の情勢を、私なりに考えるところ
では、中国相手ならともかく、東南アジアとの
貿易では、国内の金銀が奢侈品貿易で流出する
のがオチではないか、硝石がいるといっても、
国内が統一された以上、硝石の輸入は制限した
方が、国内の治安維持に役立つのではないか、
と思えてしまい、鎖国すべきでは、と後知恵か
らすれば間違っているかもしれませんが、そん
なことを、つい考えてしまいます。
 それを思うと、当時の日本が海外に積極的な
活動を行うことは無かったのではないか、と、
私は思うのです。


5575 [5376] [5577]
Re[3]:素朴な疑問
んがんぐ(01/5/13 16:40)

 私も新参者で緊張しています。これからもよろしくお願いします。海外進出の背景となる基盤について思いを馳せるのはなかなか鋭く、また楽しい考察だと思います。
 例えば、中世の東〜東南アジア交易圏について調べてみられてはいかがでしょうか。(当時はまだ『日本』という国家も『日本人』も存在しなかったとは思いますが、以下では便宜上『日本』という概念を使用します。)当時、昆布やナマコ等の海産物を始め、高値で取り引きされる日本製品(?)も存在するようです。
 当時この島々に存在したであろう豊かな天然資源はなかなかどうして侮れないとは考えられませんか。私はこれに加えて工作技術に対する順応性も考慮して、経済面での海外進出は、覇権を握れなかったとしても充分にあり得たと思います。
 もしかしたら鉄砲を算盤に持ち替えてアジアを闊歩したかもしれない我々の先祖達の可能性について想像を巡らせるのはどうでしょう。それでも鎖国しますか?


5577 [5575] [5602] [5603] [5604]
Re[4]:素朴な疑問
アリエフ(01/5/13 22:39)

いくつか、指摘させてもらいますが
「(中世)当時はまだ『日本』という国家も『日本人』も存在しなかったとは思いますが、」
それなら、中国、韓国の文献に「倭寇」と書いてあるのはどういうことなんでしょう。主に日本列島に住む人間の集団を指して「倭」又は「倭人」と言っていたからでは。例え、古代、大和王朝が「日本」という国号をあまり使っていなかったとしても、中国、韓国からは自分たちと異なる民族集団あるいは国家とみられているわけです。そもそも、他の集団から異なるものと認識され、そのような扱いを受けることによって、国や民族としてのアイデンティティが生じるのではないでしょうか。

 それから、江戸時代、「鎖国」下の日本は新大陸と並ぶ世界有数の金銀産出国で、日本の金銀が大量に中国に輸出されていました。それなりの経済交流があったわけです。今日の研究で「鎖国」に関する従来のイメージは大幅な修正を求められています。むしろ、西洋諸国のように、日本が南方を植民地化して重商主義貿易を行う必要性がそれほどあったのか、ということを考えなくてはならないでしょう。


5602 [5577] なし
その一 中世の「日本」について
んがんぐ(01/5/20 17:41)

いくつかに分けて私の理解をお答えします。瑣末事かも知れませんが。
 確かにアリエフさんの御指摘通り、外国からは区別されていました。外交上、「日本」という国は存在していました。その証拠に足利義満は「日本」国王で、勘合貿易の「日本」国側の最終責任者です。外国からみれば、恐らく平安朝の頃から「日本」国は存在してみえたとおもいます。ところが、その住民たちのリアルな感覚は現在我々が抱くものとは異なるのではないでしょうか。常々外国人と接したり国内を移動する商人や中央の統治機関で重要な権限を有する人々や貿易港、大都市の住民を除けば、大半の人々が最初におもい描く「国」とは、まず山城やら武蔵やらではなかったかとおもいます
例えば日向国の人にとって、「みちのく」のイメージはエキゾチックだったかも知れません。
 安土桃山時代の人でさえ「お前は日本人か」
と聞かれれば「ん?まあ…な」って程度がせいぜいで、多くの人にとっては馴染みの無い言葉ではなかろうかと。例え「日の本六十余州」だろうが、大名が朝廷から叙任されようが、実際は連合国家と国家連合の間を揺れ動きながら緩やかにまとまって江戸時代に向かっていったのだとおもいます。さて、信長の時代の「日本」は果たして単純に国家と言い切れるでしょうか。そして、「日本人」とは一般的な共通理解だったのでしょうか。全く無かったとするのは誤りですが、中世にこれらの概念がどれほど確固たる物であったかは私には疑問におもわれるのです。
 なんかくどくなっちゃったなあ。
 


5603 [5577] なし
そのニ 倭冦について
んがんぐ(01/5/20 17:55)

「倭冦」は楽しいので(侵略が楽しいとか、殺人が楽しいという意味ではありません。悪しからず)御自分で調べてみては。時期によって異なるようですが、本物の「倭人」の海賊衆や商人、食いつめた中国人や朝鮮人、元の残党の一部やもっと南方の人々などから構成されていたようです。それらの集団で使われていた言葉も興味深いです。


5604 [5577] なし
その三 海外進出について
んがんぐ(01/5/20 19:00)

この基になった議論の性質上、植民地政策とか重商主義とかを考えちゃうのはもっともです。これは、もう、信長のせいにしちゃえ。
 さて、戦国の世も終り疲弊した民と開発すべき土地とお手伝い普請と動員および武装の解除が幕府と大名の抱えた現実だったとおもいますつまり、巨大な内需と失業者の群れです。日本列島を開発したければ、不必要な輸入品なんかにお金を使われたり、資本が海外に流出するのは避けたいとこでしょう。それに、物騒な南蛮人なんかがうろつき始めています。勝手に外交なんかされちゃかないません。徳川幕府成立時点では鎖国政策は皆さんの御指摘通り合理的のようです。また、大名の小遣い稼ぎのためかどうかは知りませんが、江戸時代が全国的な商品開発の時期であったのも無視できないと思います。
 ですが、準備期間が必要であったにせよ、鎖
国政策は200年以上も続けるべきものであったとは思えないのです。フィリピンに行く機会があ
って案内して頂いた方に日本町の日本人のお墓の話を聞きましたが、墓に彫られた名前が次第に現地風に変わって行く様が読み取れるのだそうで、現地と同化するのが悪いこととは断言できませんが、これは明らかに鎖国の影響でしょう。その後起こる不幸な衝突から考えてみても
情報源が限定されやすい、近隣諸国の人々にと
って身近に日本人のモデルが無いから理解され難いなんてデメリットの方が大きかったかな、と。健全な貿易国家として成長した場合の可能性なんかを、つい、夢想してしまうのです。


FlasH BBS Pro v1.41 [Shigeto Nakazawa]