紫電改に関する基礎資料その1 : クロネコ(99/12/10 21:14)
Re:紫電改に関する基礎資料その1 : フッフール(99/12/11 22:46)
剣部隊はエリート部隊か? : BUN(99/12/12 11:01)
Re:剣部隊はエリート部隊か? : SUDO(99/12/12 12:28)
Re[2]:剣部隊はエリート部隊か? : クロネコ(99/12/12 16:13)
今回は零戦の味方です。 : BUN(99/12/12 17:08)
Re:今回も紫電改の味方です。 : クロネコ(99/12/12 18:49)
姿勢には敬服、でも数字が変! : BUN(99/12/12 22:40)
Re:ではもう一度ご意見をおねがいします。 : クロネコ(99/12/13 00:01)
52型丙は強いさ! : BUN(99/12/13 06:42)
Re:紫電改って、やっぱり二流機かな : SUDO(99/12/13 08:09)
海軍パイロットのための誉搭載戦闘機、それが紫電改 : SADA(99/12/13 10:55)
坂井三郎氏の紫電改評 : ATsu(99/12/13 12:40)
Re:坂井三郎氏の紫電改評 : SADA(99/12/13 12:51)
Re[2]:坂井三郎氏の紫電改評 : ATsu(99/12/13 15:04)
Re[3]:坂井三郎氏の紫電改評 : ささき(99/12/14 02:46)
Re[4]:坂井三郎氏の紫電改評 : BUN(99/12/14 10:56)
Re[5]:坂井三郎氏の紫電改評 : SADA(99/12/14 13:19)
彼等は零戦で出撃した。 : BUN(99/12/14 21:07)
紫電改の方が明らかに強いさ!(使いこなせなかっただけ) : SADA(99/12/14 13:40)
Re:紫電改の方が明らかに強いさ!(使いこなせなかっただけ) : ATsu(99/12/14 16:23)
日本機全部が高々度性能が不足していたのでは : SADA(99/12/14 17:52)
高度一万メートルにB29無し! : BUN(99/12/14 20:39)
高度一万メートルにB29無し!でも8000mからは来たみたい : SADA(99/12/14 21:58)
戦記本は真に受けちゃいけませんぜ。 : BUN(99/12/14 22:34)
既に戦争と呼べないような状況だったのですね・・・(;_;)/ : SADA(99/12/15 12:14)
Re:既に戦争と呼べないような状況だったのですね・・・(;_;)/ : 無頼庵(99/12/15 12:28)
我慢できないから紫電雷電の味方もする! : BUN(99/12/15 18:00)
Re:既に戦争と呼べないような状況だったのですね・・・(;_;)/ : SUDO(99/12/16 06:26)
Re[2]:既に戦争と呼べないような状況だったのですね・・・(;_;)/ : SADA(99/12/17 12:03)
Re[3]:既に戦争と呼べないような状況だったのですね・・・(;_;)/ : たかつかさ(99/12/17 15:08)
Re[4]:既に戦争と呼べないような状況だったのですね・・・(;_;)/ : SUDO(99/12/17 18:40)
Re:では紫電改を改修したらどうでしょうか : クロネコ(99/12/14 19:36)
Re[2]:では紫電改を改修したらどうでしょうか : 無頼庵(99/12/14 19:46)
Re[3]:では紫電改を改修したらどうでしょうか : 無限(99/12/15 09:42)
Re[2]:では紫電改を改修したらどうでしょうか : たかつかさ(99/12/15 01:35)
Re[2]:ではもう一度ご意見をおねがいします。 : SADA(99/12/14 14:18)
横空の紫電改 : BUN(99/12/14 21:00)
Re:横空の紫電改 : SADA(99/12/15 12:18)
Re:横空の紫電改 : クロネコ(99/12/16 22:19)
Re[2]:横空の紫電改 : BUN(99/12/17 06:01)
Re[2]:横空の紫電改 : SUDO(99/12/17 06:57)
この人、超エースではありませんか? : BUN(99/12/17 09:17)
Re:この人、超エースではありませんか? : SUDO(99/12/17 10:14)
武藤飛曹長の手柄は? : SADA(99/12/17 09:15)
Re:武藤飛曹長の手柄は? : BUN(99/12/21 06:51)
Re[2]:武藤飛曹長の手柄は? : SADA(99/12/21 17:02)
Re[2]:武藤飛曹長の手柄は? : クロネコ(99/12/21 19:16)
Re[3]:武藤飛曹長の手柄は? : BUN(99/12/21 20:34)
Re:姿勢には敬服、でも数字が変! : SUDO(99/12/13 01:28)
Re[2]:紫電改とは直接関係ありませんが : クロネコ(99/12/13 20:31)
Re:今回は零戦の味方です。 : クロネコ(99/12/12 19:20)
Re[2]:剣部隊はエリート部隊か? : BUN(99/12/12 22:52)
Re[3]:剣部隊はエリート部隊か? : SUDO(99/12/12 23:27)


2400 Root [2413] [2416]
紫電改に関する基礎資料その1
クロネコ(99/12/10 21:14)

掲示板にも書かれていましたが、局地戦闘機・紫電改に関する
本格的なテキストが新しく出版されました。
それに伴い、この議論ボードでも紫電改に関する議論が始まろう
としています。
私も紫電改に思い入れがあるので、議論が始まった際には
ぜひ参加させていただきたいと思います。

以下に海軍航空隊の米艦載機に対する主要な迎激戦の記録を
簡単にまとめてみました。
議論の際の基礎資料として利用して下さい。

空戦年月日/使用機(部隊)参加機数/損失:撃墜数/地域

1944.6.24 零戦(301空601)59機 24:6(1:0.25) 硫黄島
1944.9.12 零戦(201空)41機 40:23(1:0.58) 中部フィリピン・セブ
1944.10.12 零戦(台南空)37機 17:10(1:0.59) 台湾・台南
紫電(401)31機 14:10(1:0.71) 台湾・高雄

1945.2.16 零戦・雷電(302空/厚木)、零戦(252空308、311/茂原)
零戦(601空310/香取)合計97機 15:23(1:1.53) 米艦載機関東初空襲
1945.3.19 紫電改(343空/松山)54機 12:52(1:4.33) 343空初陣
1945.7.24 紫電改(343空/松山)21機 6:16(1:2.67) 呉空襲

*日本側記録による
*撃墜不確実は撃墜機数に含めていない
*作成には「零戦燃ゆ・渾身編」(柳田邦男/文藝春秋)を用いた


2413 [2400] なし
Re:紫電改に関する基礎資料その1
フッフール(99/12/11 22:46)

> 掲示板にも書かれていましたが、局地戦闘機・紫電改に関する
> 本格的なテキストが新しく出版されました。
> それに伴い、この議論ボードでも紫電改に関する議論が始まろう
> としています。
> 私も紫電改に思い入れがあるので、議論が始まった際には
> ぜひ参加させていただきたいと思います。

 クロネコさん,こんにちは。僕もその本を立ち読みしました(←買えよ,おぃ^^;)。その本によると米軍測定値 最大速度 高度6千メートルにおいて670キロというデータは紫電のものだったそうですね。僕はてっきり紫電改のものだと思っていました。では紫電改はどれ位出したのでしょう?


2416 [2400] [2417]
剣部隊はエリート部隊か?
BUN(99/12/12 11:01)

 「零戦燃ゆ」私も愛読しております。
でしたら、私も三四三空の搭乗員の技量水準についての資料を開帳しましょう。選りすぐりの搭乗員を集めて編成されたと言われる三四三空各飛行隊の連度は他の航空隊と比較してどの程度だったか推測する目安になると思います。
データは二〇年三月十日、あの初陣の空戦直前の状況です。

三四三空
戦三〇一 技量A10名 B5名 C32名 D10名

戦四〇七   A14名 B5名 C39名 D5名

戦七〇一   A11名 B13名 C20名 D6名


これに対して九州地区の決戦兵力だった零戦隊は、
二〇三空(特攻直掩、防空に活躍したエース谷水少尉のいた部隊)
戦三〇三   A17名 B9名 C6名  D25名

戦三一二   A8名 B5名 C6名  D32名

七二一空(神雷部隊、桜花の直掩隊)
戦三〇六   A11名 B11名 C11名 D12名

戦三〇七   A9名 B12名 C16名 D6名


このように、三四三空は訓練に集中できた幸運を利用して戦力外の未熟練搭乗員の底上げに努力していた形跡が見受けられるものの、実戦力となるA、Bクラスの搭乗員の数では五航艦の主力零戦隊とほとんど変わらない状況であることがわかります。

 くわえて、当時後方に展開していた三航艦の戦闘機隊の練度は更に悪かったことを考慮すると、少なくとも、沖縄正面に展開した零戦隊は決戦兵力として三四三空と同等の搭乗員の供給を受けていた精鋭部隊だったと判断できます。(通俗戦記の世界ではまるでGMの如く扱われる沖縄戦時の零戦隊の名誉をいくらか回復できたかな?)

 また、このABCDの等級分けは開戦当時と同様の形式ですが、選別基準はマリアナ海戦後九月に改訂されています。
 開戦当時のAクラスは部隊勤務二年九ヶ月程度、Cクラスで飛行学生終了後錬成部隊で九ヶ月の訓練を受けた新人とされていましたが、この当時のAクラスは以前のCクラス程度の技量に緩和されていました。

 剣部隊はこんな状況でしたので、有名な三月十九日の初陣であんなに撃墜戦果が挙げられるはずもないことが、このデータからも間接的に理解できますね。


2417 [2416] [2418] [2425]
Re:剣部隊はエリート部隊か?
SUDO(99/12/12 12:28)


>  剣部隊はこんな状況でしたので、有名な三月十九日の初陣であんなに撃墜戦果が挙げられるはずもないことが、このデータからも間接的に理解できますね。

C級でも編隊空戦戦術の訓練をすれば、1/3程度の戦力として計算出来るのではないかと思います
A級を1、B級を0.7程度として、D級を戦力外として見ると

戦301 34
戦407 30
戦701 26
平均 30

戦303 25
戦312 15
戦306 22
戦307 22
平均 21


数量が圧力として作用すること
零戦隊が編隊空戦へ充分な適合をしていたのか不明
もっと差は生まれるかも知れませんが
この時点で、精鋭5航戦は2/3の質しか無いことになります
勿論、レーティングの問題は有りますが
当時の状況からすれば、相当な精鋭部隊だったとは言えます

加えて、零戦隊は特攻の護衛としての侵攻戦闘ですから
優勢な敵機の待ち伏せを受けるのです
特攻の護衛です、危険でも離脱は同胞として出来ないでしょう
剣隊は沖縄で待ち伏せてるF6F/F4Uと同じ立場ですから
困難度はずっと低くなる

大本営発表ほどではないのは当然としても
それなりには戦えたのではないかとは思います

で、結局、この戦闘の、双方の「本当の」損害はどうなんでしょ


2418 [2417] [2420]
Re[2]:剣部隊はエリート部隊か?
クロネコ(99/12/12 16:13)

そうですね、侵攻戦闘と邀撃戦闘では性質が異なるというSUDOさんのご指摘は正しいと思います。

そこで私は、やはり2月16日の首都圏における防空戦闘が最も比較の対象として適切ではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
比較されるべきことは以下のようなことだと思います。

・彩雲偵察機の運用、地上無線電話による管制・誘導
・紫電改の局地戦闘機としての性能
・編隊空戦の徹底による効果

私としては、紫電改の持つ幸甚性(防弾鋼板、防弾ゴムシーリングなど)が零戦に比べ効果があったのではないか、と感じているのですが、みなさんはそれに対してどう思われるでしょうか。


2420 [2418] [2422] [2423]
今回は零戦の味方です。
BUN(99/12/12 17:08)

 成る程、侵攻と邀撃では戦闘の性質が異なる、と。
 確かにその通りかもしれないので、三四三空が侵攻、制空作戦に参加した二十年四月の戦闘の中で得数字が両機種別に判明しているものにつき、零戦隊と戦果/損害を比較してみると、
たとえば、四月十二日の制空戦闘では、零戦隊は撃墜20以上、未帰還14、紫電改は撃墜23、未帰還13を報告しています。
 また、四月十四日の機動部隊攻撃では三四三空が零戦隊を誤って攻撃し、両隊合わせて総勢135機の大編隊が全て増槽を投下してしまい全戦闘機が引き返さざるを得ないという大失態を演じています。無線電話、地上管制等がうまく行ってなかったひとつの証拠です。裸で突入した特攻機はどう思ったことでしょう。

 また2月の関東地区空襲は横空からの1機から3機程度を除き紫電改は参加していないと思われる、零戦と陸軍機中心の空中戦ですが、三四三空の初陣よりはるかに戦果が挙がっていたことは「零戦燃ゆ」にもある通りです。
地上管制も編隊空戦も無い戦いでしたが、三四三よりも撃墜数は数倍確認されていますから、零戦の方が活躍した、との結論は導けますが紫電改をどう比較できるのでしょうか?
 お教え願えれば、「幸甚」です。


2422 [2420] [2424]
Re:今回も紫電改の味方です。
クロネコ(99/12/12 18:49)

>  お教え願えれば、「幸甚」です。

すみません。「幸甚」は誤った語法でした。私が誤って記憶していたものです。「耐久性」ではちょっとニュアンスが異なるかな、と思ったのでうろおぼえの用語を使ってしまいました。
(どなたか適当な用語をご存じの方がいたら教えて下さい。)

さて、2月16日の関東地方空襲についてですが、
「零戦燃ゆ・渾身編」p.461には2月16日の各部隊ごとの戦闘状況が列記されています。
それによると横空を除く零戦隊合計で
零戦/224機出撃/損失30/撃墜33
(撃墜には撃破・不確実を含まず)
というデータが出てきます。
これを343空の初陣と比較すると
零戦:撃墜/出撃機数=0.15、損失/撃墜=0.91
紫電改:撃墜/出撃機数=0.96、損失/撃墜=0.23
ということになり、
必ずしも「零戦の方が活躍した」とはいえないと思いますが、
いかがでしょうか。

無線電話・地上管制についてはあくまで松山の話で、鹿屋・大村に展開後は難しかったと思います。


2424 [2422] [2431] [2434]
姿勢には敬服、でも数字が変!
BUN(99/12/12 22:40)

> これを343空の初陣と比較すると
> 零戦:撃墜/出撃機数=0.15、損失/撃墜=0.91
> 紫電改:撃墜/出撃機数=0.96、損失/撃墜=0.23
> ということになり、
> 必ずしも「零戦の方が活躍した」とはいえないと思いますが、
> いかがでしょうか。

 数値を計算したところは頭が下がりますが、基本的にいけません。
ベースにした数字が延べ出撃機数を含んでいますよね。谷田部空の63機と筑波空の48機を。三四三空の初陣を延べで数えてしまうと百機前後になりませんか?

 もともと、この戦闘はクルスクの戦車戦のように浜松から群馬、千葉、茨城までの広域で朝7時過ぎから夕方4時前まで七波にわたる沢山の空中戦の集積なのです。全体を合計して見るのは間違いです。
 上記二つの十一連合航空隊の実戦部隊ではない練習航空隊は装備機の構成から見ても、翌十七日の出撃分も合計したか、零式練戦まで含めた出撃機数の疑いもあります。また、一部の隊は会敵していません。 ですから出撃数合計は半分程度ではありませんか?
 個別の空戦で見て行くと、浜松上空で戦われた二一〇空の零戦14機は敵50機と交戦、16機撃墜、未帰還1機を報告しています。
 その他の空戦も実戦部隊は報告上ではかなり善戦しています。

 また、大事なことですが、著者の柳田邦夫氏も本文中で、2月16、17日の空戦を善戦したと評価しているのに対して、三四三空の3月の戦果について米軍報告の数字を挙げて「互角以上の戦い」と苦しく表現している点です。
 しかも当然のことながら三四三空の初陣も大きな空襲の中のひとつの空戦に過ぎず、他の部隊や陸軍機、高射砲等が戦果の無いはずもなく、非常にあやしい数字なのです。

 そしてこの空戦を戦った零戦隊は第三航空艦隊の九州進出に伴い沖縄戦に参加して先に記したように紫電改に劣らない活躍をしています。
 また、紫電改優位に見える対B29戦でも、零戦の活躍は紫電改に劣りません。
例 4月22日B29邀撃 紫電改32機出撃 2機撃墜 2機撃破 自爆2機に対して、同日の零戦は笠野原基地から集成部隊35機が出撃、2機撃墜、7機撃破、未帰還1機でした。
 こうした例はいくつか挙げられますが、そもそも三四三空は大規模な出撃が比較的少ないんですね。主に四月中と、六月後半以降に数回の対戦闘機戦を経験しているに過ぎません。
 ですから零戦の方が実績として、どう見ても善戦していると言わざるを得ません。

 話は変わりますが、三四三空の紫電改の燃料は89オクタンと思われる航空八九揮発油だったようです。源田司令からの補給要請に訓練用に八九揮発油三万リッターと記録が残されています。
 だから何キロ出たとかは私の守備範囲外ですが・・・。

 もうひとつ、最近まで三四三空の所管鎮守府を間違えていまいたが、三四三空は横須賀鎮守府所属の部隊でした。どうでもいいようだけれど、結構意外でした。

 
 

 


2431 [2424] [2437] [2463]
Re:ではもう一度ご意見をおねがいします。
クロネコ(99/12/13 00:01)

あわてて確認したところ、たしかにご指摘の通り、谷田部空と筑波空には「のべ」が含まれていました。
そこで、谷田部空と筑波空を外し、210空を加えて再度計算してみました。
零戦計127機出撃/損失16/撃墜39
零戦:撃墜/出撃機数=0.31、損失/撃墜=0.41

しかし、柳田さんは「二日間にわたった空戦の日米の実際の損失スコアを比較すると、日本側80機(地上の損害を除く)に対し米側60機であった」と記述しています。
そうすると損失/撃墜=1.33ということになります。

次に、343空のスコアですが、たしかに52機撃墜という数字には若干疑問が残ります。
そこで、343空が52機のうち75%、50%を撃墜したという場合の数値を出してみました。343空は少なくとも26機は撃墜しているでしょう。

75%/343空が39機を撃墜した場合
紫電改:撃墜/出撃機数=0.72、損失/撃墜=0.31
50%/343空が26機を撃墜した場合
紫電改:撃墜/出撃機数=0.48、損失/撃墜=0.46


BUNさんの強調されている「零戦の方が(紫電改よりも)実績として善戦している」というご意見については私も反論はありません。その通りだと思います。
しかし、ほぼ2000馬力級のエンジンを積んだ紫電改が零戦よりも戦闘能力が劣っていたとは私には思えません。
紫電改は航続距離は短いし、発動機・脚などに弱点はありましたが、局地戦闘機としては零戦52型より戦闘能力が高かったのではないかと私は単純に思うのです。(説得力のあるデータがあげられないのが残念ですが)

BUNさんは、零戦52型の方が紫電改よりも戦闘能力が高かったと思われているのでしょうか。ぜひご意見をお聞かせ下さい。


2437 [2431] [2438] [2462] [2472]
52型丙は強いさ!
BUN(99/12/13 06:42)

>343空は少なくとも26機は撃墜しているでしょう。

柳田邦夫氏は「零戦燃ゆ」の中でどうも15機と受け取れる記述をしていませんか?この数字を12機の損害に対して「互角以上」と表現しています。日本側報告の話をしているので若干話はズレますが、現実としてグラマンを圧倒した訳ではないことが判ります。

 さて、SUDOさんからは両機種の投入量の差を指摘されていますが、何と、ぬかりなく邀撃体勢がございます。今まで述べた空中戦は、

4/22空戦、紫電改34機 零戦37機(352空、203空)
これは両者とも特攻援護の制空任務です。
またB29との戦闘は既述の如く、
4/21 紫電改32機 零戦35機です。

更につけ加えますが、沖縄方面最後の大戦闘となった菊水十号作戦での両者の比較です。

6/22 紫電改50機、7機撃墜 未帰還5機 (攻撃隊収容任務で喜界島上空制空任務で敵と交戦
   零戦 41機 7機撃墜 未帰還7機 (桜花直掩任務。ちなみに発進成功した桜花は6機中1機、まるで音速雷撃隊。)

零戦が場合によっては、より少数でより過酷な任務に堪え、戦果も挙げていたことが少しは分かっていただけたでしょうか。
 そして何よりこの数字を挙げた零戦は、あの重くて鈍いと一方的に批判される52型丙、または53型との比較であることもお忘れ無く!

> BUNさんは、零戦52型の方が紫電改よりも戦闘能力が高かったと思われているのでしょうか。ぜひご意見をお聞かせ下さい。

投入した人材、機材に対して、効果が同等、もしくは零戦有利なのですから、紫電改の戦闘能力が高かったというのは戦後作られた伝説に過ぎません。

紫電改伝説は、源田実の著書の発表と、その映画化「太平洋の翼」(面白いですよ)の公開、それを受けた少年漫画で「零戦より凄い飛行機があった」として例の名作が連載され、60年代後期までに10年ほどの時間をかけて形成されたものです。

 機体としてのポテンシャルはあったとは思いますが、重武装も、防弾装備も戦果を増やし損害を減らすことが出来なかったのですから、辛いところですが、実りが無い試みだったことは数字が証明しています。


2438 [2437] [2439] [2441]
Re:紫電改って、やっぱり二流機かな
SUDO(99/12/13 08:09)


>  機体としてのポテンシャルはあったとは思いますが、重武装も、防弾装備も戦果を増やし損害を減らすことが出来なかったのですから、辛いところですが、実りが無い試みだったことは数字が証明しています。

なるほど、零戦と変わらなかったんですね
何故、紫電改は零戦と同等の結果しか残せなかったのでしょう

やっぱり性能が出ていなかったから?

52丙:全備重量2955kg
53型:全備重量3150kg
紫電改:全備重量4000kg

栄21型:離昇1130馬力、1100馬力/2850m 980馬力/6000m
栄31型:離昇1150馬力、1230馬力/2800m 950馬力/6800m
(ハ115Uの数値を流用)
紫電改は、52丙の1.35倍、53型の1.27倍重い
機動部隊の艦載機相手だと低空戦闘主体でしょうから
栄の1速高度で考えると
1485〜1587馬力発生させて、ようやく同等となります
ほとんど誉のカタログ数値に匹敵します
誉の1速全開高度は2000mですから
カタログが出ていても、3000mでは零戦よりも鈍いかも

ちなみに、雷電21は3435Kg、2速1510馬力/4150m
紫電改よりもはるかに良好な馬力荷重でしょう
疾風は3750Kgなので紫電改より軽く、そして速い

零戦より少し速いけど、かなり鈍いのが紫電改
雷電は、取りあえず強引な加速性能で使い道がある
疾風は、紫電改よりも軽快で、ずっと高速

なんだ、紫電改って全然駄目ぢゃん(爆)


2439 [2438] なし
海軍パイロットのための誉搭載戦闘機、それが紫電改
SADA(99/12/13 10:55)

撃墜戦果とか、馬力荷重とか、数字の話は逃げます(笑)
今日は資料を持ってきてないので。

> 零戦より少し速いけど、かなり鈍いのが紫電改
> 雷電は、取りあえず強引な加速性能で使い道がある
> 疾風は、紫電改よりも軽快で、ずっと高速
>
> なんだ、紫電改って全然駄目ぢゃん(爆)

 やはり、編隊を組んでズーム&ダイブで
戦う飛行機だったでしょうね。急降下
最終速は雷電より速かったようですから。

 ただ、雷電・疾風と比較して圧倒的に
優るのが視界。米軍テストでは、雷電の
視界は疾風よりいい、とされていますが、
その雷電よりも視界が広かったことは疑い
用も無いでしょう。

 海軍パイロットは、艦上戦闘機に慣れて
いたせいか、視界に関しては必要以上の
物を要求したようで。


2441 [2438] [2442]
坂井三郎氏の紫電改評
ATsu(99/12/13 12:40)

> 零戦より少し速いけど、かなり鈍いのが紫電改
> 雷電は、取りあえず強引な加速性能で使い道がある
> 疾風は、紫電改よりも軽快で、ずっと高速
>
> なんだ、紫電改って全然駄目ぢゃん(爆)

ということは坂井三郎氏の紫電改批判も以外に間違いではない、という結論になるのかな?

以前「あなたはどっち?」で同じネタが出た時には「いやいや紫電改はいいひこーきだ」という意見が多数でしたが。


2442 [2441] [2445]
Re:坂井三郎氏の紫電改評
SADA(99/12/13 12:51)

> ということは坂井三郎氏の紫電改批判も以外に間違いではない、という結論に
>なるのかな?
>
> 以前「あなたはどっち?」で同じネタが出た時には「いやいや紫電改はいい
>ひこーきだ」という意見が多数でしたが。

でも彼は、雷電や烈風には触れてないじゃん(爆)


2445 [2442] [2456]
Re[2]:坂井三郎氏の紫電改評
ATsu(99/12/13 15:04)

>> ということは坂井三郎氏の紫電改批判も以外に間違いではない、という結論に
>>なるのかな?
>>
>> 以前「あなたはどっち?」で同じネタが出た時には「いやいや紫電改はいい
>>ひこーきだ」という意見が多数でしたが。
>
> でも彼は、雷電や烈風には触れてないじゃん(爆)
>

あ、なるほど。

ただ、以前近所の模型店で立ち読みした日本人のエースについての書籍(ちなみに英語です。信憑性についてはなんともいえません)では、
「雷電をあまり好まなかった坂井氏とは対照的に赤松中尉は…」と赤松中尉のコーナーにありましたので、やはり好印象は持っていなかったのでは?

#近いうちに買いに行ってきます(笑)


2456 [2445] [2460]
Re[3]:坂井三郎氏の紫電改評
ささき(99/12/14 02:46)

> ただ、以前近所の模型店で立ち読みした日本人のエースについての書籍(ちなみに英語です。信憑性についてはなんともいえません)では、
> 「雷電をあまり好まなかった坂井氏とは対照的に赤松中尉は…」と赤松中尉のコーナーにありましたので、やはり好印象は持っていなかったのでは?
坂井氏の著書「零戦の真実」には赤松中尉について言及があり、
彼が雷電でグラマン(F6F)を叩き落としたことに触れて「海軍広しといえ
どもインターセプターである雷電でグラマンと渡り合えるのは彼くらいの
ものだろう」と評価しています。遠まわしに「とても自分にゃできない」
と言っているとも取れますね。
坂井氏は「格闘戦など愚の骨頂」「空戦は先手必勝、一撃離脱」と
いう近代空戦の正論を主張しており、大戦初期の対 P-39 戦の
記述では零戦の上昇力を利した一撃離脱の様子も書かれています
が、やはり「最後の手段」として格闘戦での有利性は置いておき
たかったようですね。特にガダルでの一騎討ち、硫黄島でのタコ
殴りから生還したのは零戦の格闘性能あってのものですから、
イザという時に格闘戦に引き込めない重い飛行機での空戦には
不安がつきまとったのではないでしょうか?


2460 [2456] [2461]
Re[4]:坂井三郎氏の紫電改評
BUN(99/12/14 10:56)

赤松中尉はグラマンを雷電で撃墜したのでしょうか?
2月の関東空襲では赤松中尉は零戦で出撃していませんか?
その後、P51を撃墜したことはあるようですが、詳細はよくわかりません。
どちらにせよ、赤松中尉も戦闘機とやるなら零戦が良い、と
判断していたのではないでしょうか?


2461 [2460] [2477]
Re[5]:坂井三郎氏の紫電改評
SADA(99/12/14 13:19)

> 赤松中尉はグラマンを雷電で撃墜したのでしょうか?
> 2月の関東空襲では赤松中尉は零戦で出撃していませんか?
> その後、P51を撃墜したことはあるようですが、詳細はよくわかりません。
> どちらにせよ、赤松中尉も戦闘機とやるなら零戦が良い、と
> 判断していたのではないでしょうか?

 すいません、私、太平洋戦の戦記本はほとんど持ってないんで、丸図解「雷電・
烈風・百式司偵」よりの引用なんですが、「2月16日の米艦上機の関東来週では・・・
中略・・・赤松少尉、坪井大尉など、
一部の積極派がF6Fと戦い、坪井大尉が一機を撃墜して雷電での対戦闘機戦闘に自信を
深めた」とあります。

 さらに「苦戦を強いられたのはP51との戦いで・・・中略・・・逆に6月の赤松少尉の
ようにP51を追い込んで落とした例もある」
と書かれています。

零戦ではなさそうです。

 この本の別の個所には「雷電分隊」ともあることから、厚木に着てからの赤松中尉は
零戦に乗る機会すらなかったのではないかと想像しているのですが。
(ま、これは考えすぎだろう)


2477 [2461] なし
彼等は零戦で出撃した。
BUN(99/12/14 21:07)


> 零戦ではなさそうです。
>
>  この本の別の個所には「雷電分隊」ともあることから、厚木に着てからの赤松中尉は
> 零戦に乗る機会すらなかったのではないかと想像しているのですが。
> (ま、これは考えすぎだろう)
>

赤松中尉、坪井大尉は雷電分隊なので勘違いした上に尾鰭をつけた解説がありますが、良質な資料の中には雷電分隊所属で当日零戦で出撃したと正確に既述したものも多くあります。 ここを取り違えると雷電の評価が少し変わってしましますから大事なことだと思います。

搭乗機は零戦です。


2462 [2437] [2467]
紫電改の方が明らかに強いさ!(使いこなせなかっただけ)
SADA(99/12/14 13:40)

>  機体としてのポテンシャルはあったとは思いますが、重武装も、防弾装備も
> 戦果を増やし損害を減らすことが出来なかったのですから、辛いところですが、
> 実りが無い試みだったことは数字が証明しています。

普通に考えれば、機銃の威力がより大きく、速度が50km/hも速くなればそれだけ戦い
やすくなりますよね。不評たらたらの紫電ですら「零戦より弾丸の命中率がいい」と
いう評価は受けてます。

 機体の性能を超えた戦いだったのではないでしょうか。

そうそう、
http://www.wpafb.af.mil/museum/air_power/ap18a.htm
に、紫電改についての説明書きが有ります。
最初の一段落を訳してみます。誤りが
有ったら遠慮無く突っ込み願います。

「この日本の戦闘機は第二次大戦の最後の年に製造された。初期の製造上の問題に加え、B29による本土空襲のために部品不足に悩まされ、わずか428機しか作られなかった。
この機は太平洋戦線での最優秀万能戦闘機の一つであったことが立証されている。
しかしながらB29に対する有効な迎撃機としては高々度性能が不足していたし、エンジン開発に困難を極めた。」

 太平洋戦線での最優秀万能戦闘機の一つだったのですよ。紫電改は。敵が認めたの
だから間違い無いです(^^;;

 となると、零戦と同様の戦果しか残せなかったのは、「使い方がまずかった」と
いうことに帰着しますね(強引)


2467 [2462] [2469]
Re:紫電改の方が明らかに強いさ!(使いこなせなかっただけ)
ATsu(99/12/14 16:23)

> 「この日本の戦闘機は第二次大戦の最後の年に製造された。初期の製造上の問題に加え、B29による本土空襲のために部品不足に悩まされ、わずか428機しか作られなかった。
> この機は太平洋戦線での最優秀万能戦闘機の一つであったことが立証されている。
> しかしながらB29に対する有効な迎撃機としては高々度性能が不足していたし、エンジン開発に困難を極めた。」

最後のところは(かなり意訳してますが)
「困難なエンジン開発により高高度性能が不足し、B29の編隊に対する有効な迎撃機とはなれなかった。」

としたほうがよろしいかと。

ところで、同じ誉搭載の疾風についての解説で「高高度性能の不足」について書かれているのを見たことがないのですが、これはどうしてなんでしょうか?どちらのエンジンも二速加給機装備ですよね?

#もっとも私が見た資料の数が少なすぎるといえばそれまでなんですが…


2469 [2467] [2475]
日本機全部が高々度性能が不足していたのでは
SADA(99/12/14 17:52)

> 最後のところは(かなり意訳してますが)
> 「困難なエンジン開発により高高度性能が不足し、B29の編隊に対する有効な迎撃機とはなれなかった。」
>
> としたほうがよろしいかと。

なるほど。私の訳は最後の文章がちぐはぐになってましたね。

> ところで、同じ誉搭載の疾風についての解説で「高高度性能の不足」について書かれているのを見たことがないのですが、
> これはどうしてなんでしょうか?どちらのエンジンも二速加給機装備ですよね?

一段二速では高度8000m以上はきつかったんじゃないでしょうか。

また例の「雷電・烈風・百式司偵」からの引用ですが、
「零戦は上昇力では大差がなかったが、高々度では雷電より戦闘しやすかった」とあります。もっとも、雷電の弁護をするなら、
・高々度性能は元々要求に入ってなかった
・零戦に比べてより武装・防弾を強化している
と言えますが・・・。

ようは、同じように馬力不足状態に陥る高々度では、零戦の方が翼面荷重の低い分,機動をしても高度の失い方が少なかった
ようなのです。


2475 [2469] [2478]
高度一万メートルにB29無し!
BUN(99/12/14 20:39)

> 一段二速では高度8000m以上はきつかったんじゃないでしょうか。

ちょっと待っていただきたい。
そもそもB29は一万メートルの高度から爆撃なんかしません。

例に上げた紫電改や零戦(雷電の集成部隊「竜巻部隊」も邀撃したので比較しやすいですよね)が九州上空で邀撃した20年4月の邀撃戦では六千m以上の高度で侵入した記録すら殆どありません。戦闘は全て中高度以下で戦われたのです。

 また、効果が少なく失敗に終わった二十年春までの初期の高々度精密爆撃も、多くが六千m〜九千mの高度で行われています。

 B29の爆撃と、それに対する邀撃戦の多くはは中高度以下で行われたのです。この辺、戦記等にも広く誤解されているように思われます。

 初期の偵察機や数少ない高々度侵入例に苦労した話が強調されて伝わってしまっているだけで、高々度性能は日本の防空戦闘機にはあまり必要のない条件でした。(米軍資料 日本空襲の全容を参考)

だから、高々度性能で零戦と紫電改を比較しても全く意味がありません。使われなかった性能より、他の面での比較が重要と私は考えます。


2478 [2475] [2479]
高度一万メートルにB29無し!でも8000mからは来たみたい
SADA(99/12/14 21:58)

> そもそもB29は一万メートルの高度から爆撃なんかしません。

でも当の米軍が「高空性能が不足していた」って言ってるんだし。(笑)

> 例に上げた紫電改や零戦(雷電の集成部隊「竜巻部隊」も邀撃したので比較しやすいですよね)が九州上空で邀撃した
> 20年4月の邀撃戦では六千m以上の高度で侵入した記録すら殆どありません。戦闘は全て中高度以下で戦われたのです。

ええ、九州では「サイパンから距離が遠いため10000メートルも高度を取ったり、速度をはやくするとガソリンの
消費量が多くなって帰れなくなるらしい」とありましたね。

 
>  B29の爆撃と、それに対する邀撃戦の多くはは中高度以下で行われたのです。この辺、戦記等にも広く誤解されて
> いるように思われます。

 邀撃にあがった本人も誤解している?まさか。六月一日からの関西地区への爆撃では、侵入高度8000mから9000mほど
だったと相沢大尉の手記にあります。中旬までに4回ほど。雷電だとあっと言う間に高度が下がるので、一撃をかけて
それっきりだったそうで。

>  初期の偵察機や数少ない高々度侵入例に苦労した話が強調されて伝わってしまっているだけで、高々度性能は
> 日本の防空戦闘機にはあまり必要のない条件でした。(米軍資料 日本空襲の全容を参考)

 確かに4回なら数としては少ないかもしれません。でも、その一回に300機から400機もの大編隊でやってきているのです。

 高々度性能は無視できるでしょうか。
(もっとも、数で比較にならないので逆の意味で高々度性能は不要だったかもしれませんが(;_;))

 そうそう、東京方面は9000m〜10000mでやって来て、偏西風に乗って一気に投下・離脱されて捕捉は困難、と伊藤
大尉の手記にありましたね。この時もすでに200機近い機数でやって来たようです。


2479 [2478] [2495]
戦記本は真に受けちゃいけませんぜ。
BUN(99/12/14 22:34)

>  邀撃にあがった本人も誤解している?まさか。六月一日からの関西地区への爆撃では、侵入高度8000mから9000mほど
> だったと相沢大尉の手記にあります。中旬までに4回ほど。

それは多分以下の空襲でしょう。
この時の侵入高度はやや高い傾向にありますが、多分、梅雨時の為(20年は天候不良、凶作の年)雲を避けたのではないかと思います。
それでも、攻撃高度は以下の通り。

六月一日大阪空襲は攻撃高度18000から28500フィート。
六月五日神戸空襲は攻撃高度13650から18800フィート。
六月七日大阪空襲は攻撃高度17900から23150フィート。
六月九日川西航空機鳴尾工場19400から21200フィート。
同日、 川崎航空機明石工場16700から17400フィート。
同日、愛知航空機名古屋工場16700から20700フィート。

どうでしょう?意外に低い高度で来てますよね。

>  そうそう、東京方面は9000m〜10000mでやって来て、偏西風に乗って一気に投下・離脱されて捕捉は困難、と伊藤
> 大尉の手記にありましたね。この時もすでに200機近い機数でやって来たようです。

それをやっていたのは20年初頭までの高高度精密爆撃戦術を採っていた際の話です。効果が無いために悪名高きカーチス・ルメイが登場したのです。3月から5月頃までが低高度夜間焼夷弾攻撃の時期です。
この戦術も5月の東京空襲で、我が夜間戦闘機の大戦果(これは立派で、しかも事実)により中止され、以後中高度爆撃が中心となります。日本の軍需産業が本格的に打撃を受け始めたのはこれからでした。

戦記本で読むB29空襲はひとつの面が誇張され過ぎる傾向があります。


2495 [2479] [2497] [2501] [2505]
既に戦争と呼べないような状況だったのですね・・・(;_;)/
SADA(99/12/15 12:14)

> それでも、攻撃高度は以下の通り。
>
> 六月一日大阪空襲は攻撃高度18000から28500フィート。
> 六月五日神戸空襲は攻撃高度13650から18800フィート。
> 六月七日大阪空襲は攻撃高度17900から23150フィート。
> 六月九日川西航空機鳴尾工場19400から21200フィート。
> 同日、 川崎航空機明石工場16700から17400フィート。
> 同日、愛知航空機名古屋工場16700から20700フィート。
>
> どうでしょう?意外に低い高度で来てますよね。

 うーん、ということは、
単純平均が19341フィート=5895m。それに対し「一撃をかけるとそれっきりだった」
雷電。そして、零戦も「上昇力では大差が無かった」のですから、高度6000mも
上がれないクズ戦闘機ばっかりだったんすね、日本は。こりゃ高々度性能以前の問題だ。


2497 [2495] なし
Re:既に戦争と呼べないような状況だったのですね・・・(;_;)/
無頼庵(99/12/15 12:28)

> 上がれないクズ戦闘機ばっかりだったんすね、日本は。こりゃ高々度性能以前の問題だ。
>
どんな飛行機も、上がって突っ込めばタコ殴りされる状況なので、零戦・雷電・紫電改の差異は僅少な物として消し飛んでしまったのかも知れません。
もし、陸軍の戦果に機種依存性があれば「有意差あり」と思いますが如何でしょうか。


2501 [2495] なし
我慢できないから紫電雷電の味方もする!
BUN(99/12/15 18:00)

> 雷電。そして、零戦も「上昇力では大差が無かった」のですから、高度6000mも
> 上がれないクズ戦闘機ばっかりだったんすね、日本は。こりゃ高々度性能以前の問題だ。
>
自分で書き込みながら、紫電改、雷電を打つ手があまりに痛みますので(笑)、立つ側を変えさせていただきます。

多分、その手記は6月1日の邀撃戦闘のことを書き残しているんだと思います。この日だけ侵入高度が高いのは、元にした資料を良く読むとやはり悪天候の為なようで、護衛のP51、135機(これは強敵ですね)が全て途中で引き返しており、しかも天候が原因で29機ものP51が墜落しています。そんな中で、攻撃を実施し、撃墜数機と損傷機多数の損害を与えたのだから「立派なもの」でしょう。
さらに次の神戸空襲では撃墜数機に加え、損傷機は130機以上を数えました。高度が下がれば撃墜戦果も上昇する傾向にあります。ただ、この連続攻撃のうち、最後の航空機工場への攻撃は、全く邀撃機が上がらず、戦果もゼロでした。当たり前のことですが邀撃側が邀撃する事、しかも十分な機数で上がる事が戦果を上げる必須の条件でした。それが出来なかったのは、要するに戦争に負けていたからなのですが、それにしてもB17に対して100キロも高速で、更に大型、堅固な爆撃機に対して良くぞ戦ったと評価したいところです。

紫電改にしても、私は紫電改の価値はまさに「紫電改であること」そのものだと思います。
仮に零戦で源田司令以下の剣部隊が編成されていても、ほぼ同じように戦果は上がったのではないかとも想像できるのですが、もし零戦で編成された三四三空という大航空隊があったとしたら、結局他の零戦隊と同じく、分割投入され圧倒的に不利な空戦に巻き込まれ短期に消耗していったのではないかと考えられます。
実際に、今回比較の対象からはずした空戦の中には少数の零戦が圧倒的多数の敵機に遭遇し大損害をだした記録も多くあります。
高性能、重武装を期待された紫電改であるからこそ、こうした集中運用が終戦まで継続され戦果を上げつつも曲がりなりにも戦力として残存し得たのではないでしょうか。

微妙な整備を要求する誉発動機もこうした集中運用がなされた結果、一般部隊の零戦とほぼ同等の稼働率を維持できたのだと思います。これは彩雲などが大きく期待されていたにも関わらず、稼働率が20%以下の状態(20年4月20日頃数日の記録あり)で、まるで軍用機として考えられない低稼働率であったのと対照をなしています。

圧倒的に不利な戦局の下、必死の空中戦闘を戦った紫電改の足跡には絶望的反撃と言い切るには余りある共感があります。


2505 [2495] [2524]
Re:既に戦争と呼べないような状況だったのですね・・・(;_;)/
SUDO(99/12/16 06:26)


> 単純平均が19341フィート=5895m。それに対し「一撃をかけるとそれっきりだった」
> 雷電。そして、零戦も「上昇力では大差が無かった」のですから、高度6000mも
> 上がれないクズ戦闘機ばっかりだったんすね、日本は。こりゃ高々度性能以前の問題だ。

上から急降下したら、そりゃ高度失いますよ(笑)
もう一撃かけるには、前上方へ回り込まないといけない
速度差が大して無いのだから「それっきり」は当然
無理に直下方から襲撃したら防御砲火に食われるのは
既に前年の戦闘で経験しているはずです

更に雷電21型のエンジン全開高度は4150m零戦は6000m
5000m以上での余力は雷電よりも零戦の方が上でも不思議ではないです


2524 [2505] [2525]
Re[2]:既に戦争と呼べないような状況だったのですね・・・(;_;)/
SADA(99/12/17 12:03)

> 上から急降下したら、そりゃ高度失いますよ(笑)
> もう一撃かけるには、前上方へ回り込まないといけない
> 速度差が大して無いのだから「それっきり」は当然

降下すれば、当然高度は速度に変換されます。その高度で
十分な余力があるなら追い越してズーム上昇、第二撃を
がけられると思いますが・・・

> 更に雷電21型のエンジン全開高度は4150m零戦は6000m
> 5000m以上での余力は雷電よりも零戦の方が上でも不思議ではないです

そうなんですよねぇ・・・。
せめて二段過給器か、三速過給器が欲しいとこですね・・・。


2525 [2524] [2526]
Re[3]:既に戦争と呼べないような状況だったのですね・・・(;_;)/
たかつかさ(99/12/17 15:08)

> 降下すれば、当然高度は速度に変換されます。その高度で
> 十分な余力があるなら追い越してズーム上昇、第二撃を
> がけられると思いますが・・・
雷電の場合、馬力の割に速度が出ていないことから
考えるに、空気抵抗が大きいのではないでしょうか。
つまり、降下して位置エネルギーを運動エネルギーに
転換する際にロスが大きいのでは無いかと推測します。
位置エネルギーと運動エネルギーの総和を
いかに保持するか(損失分をエンジンが補填するか)が
ダイブ・スーム機動を行なう上での要点だと思います。

ちと話題がそれますが、最高速がレシプロと大差の無い
初期のグロスター・ミーティアがP51との模擬空戦で
圧勝したのもそういうことでは無いかと推測しています。


2526 [2525] なし
Re[4]:既に戦争と呼べないような状況だったのですね・・・(;_;)/
SUDO(99/12/17 18:40)

>> 降下すれば、当然高度は速度に変換されます。その高度で
>> 十分な余力があるなら追い越してズーム上昇、第二撃を
>> がけられると思いますが・・・

そういった事例は幾つか記されてます
単に、低空では速度は出ないってだけでしょう
追跡側1.5倍優速の法則を考えると
500kmぐらい出てるB-29をつつき回すには
750ぐらいの最大速度が望ましいのです
600前後の戦闘機では防御火器の射程外を大回りして
回り込むのは、例えズームを使っても困難です


> 雷電の場合、馬力の割に速度が出ていないことから
> 考えるに、空気抵抗が大きいのではないでしょうか。

これはどうでしょう

疾風は680、雷電は670を米軍の調査で発揮しています
それに疾風が高度6100m、雷電は高度5060mでの数字です
680/6000の疾風が、5000mで670出るのでしょうか?

完調の誉は2速で1700馬力/6000m、火星は1510馬力/4150m
馬力で大きく勝り、重量でもそれほど劣るわけでもない
 疾風は自重2680、全備3750
 雷電は自重2574、全備3435

雷電の空力は悪かったのでしょうか?


2472 [2437] [2473] [2484]
Re:では紫電改を改修したらどうでしょうか
クロネコ(99/12/14 19:36)


BUNさんとSUDOさんの一連の議論を伺っていると、双方とも頷ける主張なのでどちらも正しいのだろうと思います。
そこでお二人(あるいはその他のみなさん)にお伺いしたいのですが、もし1945年夏頃に紫電改のマイナーチェンジを行うとしたら、どのような改修をするのが適当だったと思われますか。
どうしたら紫電改のポテンシャルを高められ、また改修機の戦術がグラマンF6Fに対して有効であっただろうか、ご意見をお願いします。
また川西の技術者や海軍がどのように考えていたか、資料をお持ちの方はぜひ提供して下さい。


2473 [2472] [2493]
Re[2]:では紫電改を改修したらどうでしょうか
無頼庵(99/12/14 19:46)

クロネコさん、それ、「何となく言いたいけど私の能力不足で上手く言葉に出来なかった」事です。
紫電改の凄みは、「日本機に稀有の発展性」であると常々思っていたのです。
そう言う意味では真の「未完の大器」かな。と
とりあえず、ハ-43搭載の改-5でどうでしょう?
馬力荷重だけとっても、烈風、陣風を上回りますし
機首のラインも、空力的に無理が無いように見えます。
少なくとも、烈風よりは遥かに高性能と思えますが、如何でしょう?


2493 [2473] なし
Re[3]:では紫電改を改修したらどうでしょうか
無限(99/12/15 09:42)

> とりあえず、ハ-43搭載の改-5でどうでしょう?
これって実際計画されていた様ですよ。今度調べておきます。


2484 [2472] なし
Re[2]:では紫電改を改修したらどうでしょうか
たかつかさ(99/12/15 01:35)


>また川西の技術者や海軍がどのように考えていたか、
>資料をお持ちの方はぜひ提供して下さい。
ワタシの手持ち資料と言えるのは「精密図面を読む」酣燈社
第4巻の「陣風」の性能要目と図面だけです。

ここから判断するならば、海軍航空本部は
「思考停止」「無い物ねだりを続ければ何かが出来る」
(とてつもなく要求課題で、エンジンも武装も試作さえ
出来ていないものを指定している)
川西は
「高々度での冷却と安定の問題についてあまり学んでいない」
(誉に延長軸を付けて機首を絞り、なおかつ尾翼容積が
『紫電改』と大差無い)

ただし、これを低中高度用の制空戦闘機であるとして
性能を下方修正して解釈するならば
「最高速と高速での旋回性能を追求する路線」
と見なせます。
紫電改の改修についての推測材料にはなるかもしれません
ので、一読を勧めます。


2463 [2431] [2476]
Re[2]:ではもう一度ご意見をおねがいします。
SADA(99/12/14 14:18)

> しかし、柳田さんは「二日間にわたった空戦の日米の実際の損失スコアを比較
> すると、日本側80機(地上の損害を除く)に対し米側60機であった」と記述しています。
> そうすると損失/撃墜=1.33ということになります。

この二日間のスコアは、碇義郎著「紫電改」では、日本側数値
撃墜:275機
撃破: 50機以上
自爆未帰還:61機で、米軍側のキング元帥の報告書は
撃墜:392機
地上撃破:177機
損失:49機
となっています。このように、スコアは大きく食い違うのです。当てになるのは互いの
損害のみ。と言っていいでしょう。

 さて、この中には横空の紫電改が入って
いるわけですが、羽切少尉が1機、武藤
飛曹長が2機、岩下大尉が1機。合計4機を
確実に落としているわけです。
 審査部戦闘機隊も山本大尉、増山上飛曹、平林一飛曹らが共に邀撃に上がり、
後上方から理想的な攻撃をかけ多数の敵機を落とし新聞に載った、とあります。
後上方からなら、ひとり3機ぐらいいくと思いますが、ま、仮に審査部のスコアを
合計1機としてみても、・・・横空だけで5機。

 5〜6機の紫電改で、撃墜スコアの一割になるんです。審査部がもっと落としていれば、
よりひどいことになります。

 他の迎撃戦と違う点としては、この日、「敵機動部隊が関東地区を襲う公算大」と、
敵の襲撃に対しかなりの迎撃態勢が整っていたことでしょうか。


2476 [2463] [2496] [2517]
横空の紫電改
BUN(99/12/14 21:00)


>  さて、この中には横空の紫電改が入って
> いるわけですが、羽切少尉が1機、武藤
> 飛曹長が2機、岩下大尉が1機。合計4機を
> 確実に落としているわけです。

横須賀空に紫電改が5機も6機もいたのでしょうか?
ヨー104号機が紫電であることや、当時の戦闘詳報は紫電と紫電改を区別していない事などから紫電改はもっと少数、1機か2機。雷電に到ってはゼロなのではないかと推測しています。確証はないんですが・・・。


2496 [2476] なし
Re:横空の紫電改
SADA(99/12/15 12:18)

> 横須賀空に紫電改が5機も6機もいたのでしょうか?
> ヨー104号機が紫電であることや、当時の戦闘詳報は紫電と紫電改を区別して
> いない事などから紫電改はもっと少数、1機か2機。雷電に到ってはゼロなのでは
> ないかと推測しています。確証はないんですが・・・。

まあ、紫電も紫電改も飛んでしまえば
似たようなもんですし・・・(^^;;


2517 [2476] [2518] [2519] [2520]
Re:横空の紫電改
クロネコ(99/12/16 22:19)

2月16日の空戦についての資料を調べているうちに、横空の紫電改に関する記述を見つけたので以下に書き出してみます。

・羽切松雄氏(元横空戦闘機隊・海軍中尉)の記録

昭和20年2月16日 横須賀空
零戦10機、紫電改2機出撃
指揮官 塚本大尉
第二小隊長 羽切少尉 紫電改1号機
2番機 志賀上飛曹 零戦
3番機 山崎上飛曹 零戦
4番機 大原上飛曹 零戦
第三小隊長 武藤飛曹長 紫電改2号機

午前7時半発進
羽切少尉F6F一機撃墜
横空の戦果
敵機5機を撃墜、未帰還1、被弾機2
17日は戦果なし

出典:伝承・零戦第3巻(秋本実編/光人社)

戦記には信用できないものもありますが、私が読んだ限り、この記述は比較的信用できるものだと思います。


2518 [2517] なし
Re[2]:横空の紫電改
BUN(99/12/17 06:01)

 ありがとうございました。
あの分厚い全三巻の本をよくぞ読み返して頂きました。
 やはり機数は少ないんですね。今まで、横空に残された紫電改はひょとしたら試作機でオレンジ色だったのではないか等と想像して楽しんでいました。


2519 [2517] [2521]
Re[2]:横空の紫電改
SUDO(99/12/17 06:57)

> 2月16日の空戦についての資料を調べているうちに、横空の紫電改に関する記述を見つけたので以下に書き出してみます。
>
> ・羽切松雄氏(元横空戦闘機隊・海軍中尉)の記録
>
> 昭和20年2月16日 横須賀空
> 零戦10機、紫電改2機出撃
> 指揮官 塚本大尉
> 第二小隊長 羽切少尉 紫電改1号機
> 2番機 志賀上飛曹 零戦
> 3番機 山崎上飛曹 零戦
> 4番機 大原上飛曹 零戦
> 第三小隊長 武藤飛曹長 紫電改2号機
>
> 午前7時半発進
> 羽切少尉F6F一機撃墜
> 横空の戦果
> 敵機5機を撃墜、未帰還1、被弾機2
> 17日は戦果なし
>
> 出典:伝承・零戦第3巻(秋本実編/光人社)
>
> 戦記には信用できないものもありますが、私が読んだ限り、この記述は比較的信用できるものだと思います。

12機出撃で、5機撃墜、うち1機が紫電改
出撃した操縦者の技量が同等だったとすると
零戦は10機出撃で4機撃墜、戦果率40%
紫電改は2機出撃で1機撃墜、戦果率50%
戦果率は25%向上

なるほど、性能から見ても納得できる差異ですね
そして、この戦果率は
彼我の状況、操縦技量、戦術等で覆る程度の差でもある

これが紫電改と同等以上に奮戦した零戦隊の数字に出てるのでしょう
紫電改は零戦よりも強いけど
圧倒的に強いわけではなかった、そうゆう事なのですね

恐らく、それなりのベテランだと思われる横空の零戦の戦果を見ると
ベテランの駆る零戦は紫電改と同じぐらいに手強く
十分に強力な戦力で有ることが読みとれます
また、損失が零戦からしか出ていないとするなら
紫電改の速度と防弾は生存に有効に働いたと見なすことが出来ます

紫電改は精鋭でない部隊にこそ必要だったのではないか?
射撃精度が高く、高速で防弾が優れた紫電改は
射撃が下手で、旋回が下手で、撃たれる確率の高い新米を
戦力とするために必要な飛行機だったのでは無かったのか

343空が精鋭部隊だったのなら
零戦52型甲でも使えば良かったのです
(軽量化した52丙とかでもOK)
たぶん大して戦果は変わらなかったのでは?

なんて事をふと考えてしまうわたし(^^;;


2521 [2519] [2522]
この人、超エースではありませんか?
BUN(99/12/17 09:17)


>> 第三小隊長 武藤飛曹長 紫電改2号機

毎度、SUDOさん、徹夜でしょうか?
この武藤飛曹長というのは「空の宮本武蔵」こと
武藤金義氏ではありませんか?
比較に使うには特殊な例かと・・・。


2522 [2521] なし
Re:この人、超エースではありませんか?
SUDO(99/12/17 10:14)

> 毎度、SUDOさん、徹夜でしょうか?

いえ、早朝起床です(爆)
深夜のサーフィンは翌日に響くんで(^^;;
早寝早起きおこちゃまモードにするようにしてます(;_;)


> この武藤飛曹長というのは「空の宮本武蔵」こと
> 武藤金義氏ではありませんか?
> 比較に使うには特殊な例かと・・・。

ですよね(^^;;

でも、この場合の数字には彼の撃墜カウントは入ってないので
彼の存在は、基本的に無視しても良いのではないかと・・・

それに、武藤曹長程では無くても
今までの考察に上げられた部隊にもエースは居たのでは?

考えれば考えるほど
紫電改はエースよりも新米に向いた飛行機なんですよね
となると、エースの存在がより大きく影響するのは
零戦部隊の方なのではないかと思うのです
零戦隊の戦果のうち
A級以外の人間が稼いだ数値はどうだったのでしょう
また、同様に、343空では

もし、その数字が出てくるなら
結構面白い事が判るかも知れませんね(^^;;


2520 [2517] [2573]
武藤飛曹長の手柄は?
SADA(99/12/17 09:15)

> 2月16日の空戦についての資料を調べているうちに、横空の紫電改に関する記述を見つけたので以下に書き出してみます。
>
> ・羽切松雄氏(元横空戦闘機隊・海軍中尉)の記録
>
> 昭和20年2月16日 横須賀空
> 零戦10機、紫電改2機出撃
> 指揮官 塚本大尉
> 第二小隊長 羽切少尉 紫電改1号機
> 2番機 志賀上飛曹 零戦
> 3番機 山崎上飛曹 零戦
> 4番機 大原上飛曹 零戦
> 第三小隊長 武藤飛曹長 紫電改2号機
>
> 午前7時半発進
> 羽切少尉F6F一機撃墜
> 横空の戦果
> 敵機5機を撃墜、未帰還1、被弾機2
> 17日は戦果なし
>
> 出典:伝承・零戦第3巻(秋本実編/光人社)
>
> 戦記には信用できないものもありますが、私が読んだ限り、この記述は比較的信用できるものだと思います。

 さあ、困りました。歴史群像の「紫電改」ではもっと派手な戦果になっていたからですが、
 武藤飛曹長は単機に別れ、4機を叩き落としたというのです。さすがに、機数は信じ難いですが、撃墜があったことは
事実だと思うのです。
 空戦中のパイロットの撃墜機数自己申告ほど信じ難いものは無いのですが、「碇義朗著・紫電改」では「地上で空戦の
様子を見ていた人が居た」というのですからなにがしかの撃墜はあったとおもうのですが。


2573 [2520] [2582] [2585]
Re:武藤飛曹長の手柄は?
BUN(99/12/21 06:51)


>  さあ、困りました。歴史群像の「紫電改」ではもっと派手な戦果になっていたからですが、
>  武藤飛曹長は単機に別れ、4機を叩き落としたというのです。さすがに、機数は信じ難いですが、撃墜があったことは
> 事実だと思うのです。

まさか日本語版が出るとは思わなかった、ヘンリー・サカイダ「日本海軍航空隊のエース1937〜1945」では、武藤飛曹長は横空の同僚と共に紫電改で出撃、4機を撃墜したとあります。
 また、この時の敵機はVF82のF6Fとのこと。
更に、この時の空戦は新聞記事となり、武藤飛曹長の戦果は12機撃墜4機撃破を「単機で」成し遂げたと報道された様で、この時の「神話」が今日まで伝わっている(空の宮本武蔵伝説とそれにまつわる誤った記録として)、 との内容でした。

この本、控えめな表現と、丁寧な取材がなされており、洋モノの日本機本だといって決して侮れません。他にも、西沢広義飛曹長の最期について乗機を考察したり、便利でなおかつ面白いですよ。


2582 [2573] なし
Re[2]:武藤飛曹長の手柄は?
SADA(99/12/21 17:02)

> まさか日本語版が出るとは思わなかった、ヘンリー・サカイダ「日本海軍航空隊のエース1937〜1945」では、
> 武藤飛曹長は横空の同僚と共に紫電改で出撃、4機を撃墜したとあります。
>  また、この時の敵機はVF82のF6Fとのこと。
> 更に、この時の空戦は新聞記事となり、武藤飛曹長の戦果は12機撃墜4機撃破を「単機で」成し遂げたと報道された様で、
> この時の「神話」が今日まで伝わっている(空の宮本武蔵伝説とそれにまつわる誤った記録として)、 との内容でした。

 うーむ、僚機と一緒でしたか。でも4機はすごい。零戦だと、弾を使い果たしていたのでは?防弾のきいたF6F相手には
7.7mmではきついでしょうし、20mmの弾丸数は紫電改の各銃250発×4丁(記憶モード)に対して、その1/4(これまた
記憶モード)ですし。紫電改だからなし得た記録ではないでしょうか。

> この本、控えめな表現と、丁寧な取材がなされており、洋モノの日本機本だといって決して侮れません。他にも、西沢広義
> 飛曹長の最期について乗機を考察したり、便利でなおかつ面白いですよ。

うぃ、職場近くの本屋を襲撃してきます。


2585 [2573] [2588]
Re[2]:武藤飛曹長の手柄は?
クロネコ(99/12/21 19:16)

>  また、この時の敵機はVF82のF6Fとのこと。

VF−82の戦闘記録を読んだところ
「グレゴリー・バック大尉の分隊が厚木付近で日本戦闘機編隊と遭遇、分隊は6機撃破を主張」
「F6F1機が着艦に失敗、パイロットは駆逐艦が救助」
と記述されており、戦果はともかく、相手がVF−82であることはほぼまちがいないようです。

ちなみにVF−82は
CV−20ベニングトン号(Bennington)に搭載
戦闘航海 1944.9−1945.6
使用機 F6F−5、5N、5P
他飛行隊よりも練度の高い操縦士で編成された
といった部隊でした。

ところで武藤飛曹長の件ですが、「宮本武蔵」伝説は、相模湾上空の空戦の様子が一乗寺の決闘に似ていたので生まれたという話をどこかで読んだ記憶があります。


2588 [2585] なし
Re[3]:武藤飛曹長の手柄は?
BUN(99/12/21 20:34)

> VF−82の戦闘記録を読んだところ

言い出した以上、自分で調べるつもりでしたが、恐れ入りました。有り難うございます。

> ところで武藤飛曹長の件ですが、「宮本武蔵」伝説は、相模湾上空の空戦の様子が一乗寺の決闘に似ていたので生まれたという話をどこかで読んだ記憶があります。

私も古くは「丸」エキストラ版から、最近の本まで色々なところでこの話を読んだ記憶がありますが、いざ調べようとすると、なかなか載っていませんね。
この空戦の報道は翌日の新聞に載ったとのことなので、どなたか「当時の新聞を記憶している方!」か情熱溢れる方、教えてください。


2434 [2424] [2452]
Re:姿勢には敬服、でも数字が変!
SUDO(99/12/13 01:28)

空戦等では数量は二乗で効いて来るとも言いますよね
投入量の多かった零戦と数量の少ない紫電改
陸軍と共同戦闘になると対抗してか水増し報告が多発すること
これらを含めて考えてみたらどうでしょう

つまり、投入数量と喪失、そして敵機の数量
この場合戦果は計算に入れなくても良いのではないかと

理由は
1:水増し報告や誤認から信頼性が皆無
2:艦爆や艦攻の撃墜も含まれる

侵攻側の戦力と
その侵攻側の「戦闘機」喪失をみない事には
どっちが善戦したのかとは言えない

まあ、敵戦闘機の損害の中には対空砲火も有るのですが
全体としてみれば一つの傾向は見られるのではないかと

てな訳で、誰か、その辺りの資料をぷり〜ず(ぉ


2452 [2434] なし
Re[2]:紫電改とは直接関係ありませんが
クロネコ(99/12/13 20:31)


今年の夏休みに私がアメリカで買ってきた本のなかに、個々の米艦載機部隊について概説した本がありました。
その本のなかに各飛行隊の実戦投入期間における搭乗員損失数が記載されていたので、1945年以後に編成された飛行隊の搭乗員損失数にかぎり以下にまとめてみました。
(1945年1月以前に編成された飛行隊の1945年だけにかぎった損失については分からなかったので。)
私は表をまとめていて「意外にグラマンも墜ちているんだな」と感じたのですが、みなさんはどのように感じられるでしょうか。

1945年以後に編成された21飛行隊の搭乗員損失数
飛行隊/搭載空母/実戦投入期間(月)/使用機/搭乗員損失数
VF-84 CV-17 Jan-Jun45(5) F4U/F6F Lost6
VF-85 CV-38 Jan-Sep45(8) F4U/F6F Lost8
VBF-85 CV-38 Jan-Aug45(7) F4U Lost9
VBF-12 CV-15 Jan-Jun45(5) lost0
VF-53 CV-3 Jan-Mar45(2) F6F Lost1
VBF-3 CV-10 Feb-Mar45(1) F6F Lost0
VBF-9 CV-16/CV-10 Feb-Jun45(4) F6F Lost6
VF-46 CVL-22 Mar-Jun45(3) F6F Lost6
VF-83 CV-9 Mar-Sep45(6) F6F Lost6
VF-34 CVL-26 Apr-Sep45(5) F6F Lost2
VF-87 CV-14 May-Sep45(4) F6F Lost2
VBF-87 CV-14 May-Sep45(4) F6F Lost5
VBF-1 CV-20 Jun-Sep45(3) F4U Lost4
VBF-6 CV-19 Jun-Sep45(3) F4U Lost10
VBF-16 CV-15 Jun-Sep45(3) F6F Lost3
VF-86 CV-18 Jun-Sep45(3) F6F Lost3
VBF-86 CV-18 Jun-Sep45(3) F4U Lost1
VBF-88 CV-10 Jun-Sep45(3) F4U Lost9
VF-91 CV-31 Jun-Sep45(3) F6F Lost3
VF-94 CV-16 Jun-Sep45(3) F6F Lost2
VBF-94 CV-16 Jun-Aug45(2) F4U Lost11
・搭乗員損失合計 97人
1飛行隊あたり平均損失4.6人
・1945年6-9月のみ実戦投入された飛行隊
損失合計 46人
1飛行隊あたり平均損失5.1人
一ヶ月あたり平均損失(1飛行隊)1.7人

出典:U.S.NAVY Fighter Squadrons in World War U
By Barrett Tillman, Specialty Press, 1997


2423 [2420] なし
Re:今回は零戦の味方です。
クロネコ(99/12/12 19:20)

> (関東空襲から)紫電改をどう比較できるのでしょうか?

「局地戦闘機」としての零戦52型と紫電改の戦闘能力が比較できるという意味です。


2425 [2417] [2426]
Re[2]:剣部隊はエリート部隊か?
BUN(99/12/12 22:52)


>C級でも編隊空戦戦術の訓練をすれば、1/3程度の戦力として計算出来るのではないかと思います

SUDOさん、沖縄戦時の宇垣五航艦ですよ。
C,Dクラスはやな方の任務の要員でしょう。全く空戦してないんじゃないでしょうか。


2426 [2425] なし
Re[3]:剣部隊はエリート部隊か?
SUDO(99/12/12 23:27)

> >C級でも編隊空戦戦術の訓練をすれば、1/3程度の戦力として計算出来るのではないかと思います
>
> SUDOさん、沖縄戦時の宇垣五航艦ですよ。
> C,Dクラスはやな方の任務の要員でしょう。全く空戦してないんじゃないでしょうか。

ええ「戦力外」だとは思うのですが
343空の場合は戦力に含めるべきではないかと思ったので
公正にするために零戦隊でも計算に含めてみました

しかし、見てると
紫電改と零戦で大差無いのは興味深いですね
両者の最大速度程度しか違わないんですね

やっぱり宣伝って重要なのね(ぉぃ


FlasH BBS Pro v1.41 [Shigeto Nakazawa]