ドイツのジェットエンジン開発が.... : 橘花(99/12/15 00:47)
Re:ドイツのジェットエンジン開発が.... : ささき(99/12/15 05:26)
Re[2]:ドイツのジェットエンジン開発が.... : 橘花(99/12/16 00:50)
ドーリットルショックとは : J(99/12/16 06:31)
[投稿者削除] : SADA(99/12/16 09:17)
Re:ドーリットルショックとは : SADA(99/12/16 09:21)
Re:ドーリットルショックとは : アリエフ(99/12/17 22:13)
Re[3]:ドイツのジェットエンジン開発が.... : ささき(99/12/16 07:28)
Re[4]:ドイツのジェットエンジン開発が.... : アリエフ(99/12/17 22:39)
Re[5]:ドイツのジェットエンジン開発が.... : なんでや?(99/12/18 12:34)
Re:ドイツのジェットエンジン開発が.... : BUN(99/12/15 09:16)
Re:ドイツのジェットエンジン開発が.... : フッフール(99/12/15 16:43)
塗装もデザインのうち? : ささき(99/12/15 17:24)
Re:塗装もデザインのうち? : まなかじ(99/12/15 23:51)
Re[2]:塗装もデザインのうち? : ささき(99/12/16 07:01)


2481 Root [2489] [2492] [2499] [2500]
ドイツのジェットエンジン開発が....
橘花(99/12/15 00:47)

ドイツのジェットエンジン開発がもうすこし速ければ
先の大戦はもうすこしちがった歴史として残ったのでせうかねぇ....
疾風や橘花がもう三年はやく開発され実践に大量投入されていたら....というなんかのアリガチなフィクションとして論じてみたい方いらしたら、意見きかせてくださいね(^_-)
それにしても、日本の旧海軍の飛行機ってなんであんなにデザインセンスが悪いんでせうかねぇ....まだ旧陸軍のほがデザインとしてはボカァ〜好きだなぁ〜。


2489 [2481] [2504]
Re:ドイツのジェットエンジン開発が....
ささき(99/12/15 05:26)

> ドイツのジェットエンジン開発がもうすこし速ければ
> 先の大戦はもうすこしちがった歴史として残ったのでせうかねぇ....
いえ、エンジン自体は早く完成していました。He178 の初飛行は
1939 年です。1941 年には曲がりなりにも戦闘機のカタチをした
He280 が完成しています。やろうと思えばこの時点でジェットを
実戦投入することもできたはずですが、ドイツは踏み切りませんでした。
これは私の推測ですが、恐らく彼らは自国製レシプロ戦闘機の
実績に自信を持ちすぎ、あえて新奇なジェット(速いだけが取り得で
操縦は重く加速上昇力は悪く航続距離は短くてエンジンの信頼性は
ズタボロ)に兵器としての必要性を見出さなかったのでしょう。
いちど He280 を蹴ったあと頭上に B-17 が舞うようになり、それに
P-51 が着いて来るようになって Bf109 や Fw190 では歯が立たなく
なり、慌てて Me262 を採用したのが 1943 年…もう手遅れでした。
しかし 1941 年の段階で雲霞のような四発重爆来襲を予想しそれに
備えることは非現実的でしょうし、仮にそんなことを言い出せば総統
閣下の逆鱗に触れて罷免されるのは目に見えています(^_^;)
ドイツに関しては新兵器・新技術の実用化が多少早まっていても
大きく歴史は変わらなかったと私は思います。むしろ戦略的・政治的
決断の方向性が少し違っていれば、大きく歴史が変わっていた
可能性があると思っています。

なお、初期のジェット機開発についてはここが詳しいです。
http://www.soton.ac.uk/~genesis/

> 疾風や橘花がもう三年はやく開発され実践に大量投入されていたら....というなんかのアリガチなフィクションとして論じてみたい方いらしたら、意見きかせてくださいね(^_-)
日本の航空エンジン開発史を調べればわかりますが、無理です。
それまで単列星型しか経験のなかった日本のエンジン設計者は、
二重星型14気筒 1000 馬力の「栄」を完成させるまでに血みどろの
試行錯誤を経ています。「誉」は「栄」の経験に基づいて作られた
エンジンですが、1000 馬力エンジンの基本設計を大きく変えること
なく(言い換えれば 2000 馬力エンジン開発に必要な基礎実験の
手数を飛び越えて) 2000 馬力を出させようとした無理なエンジンです。
それでも、これが未完成ながら実戦投入に間に合ったということは
むしろ驚きに値します(呑気に基礎実験なんかやってたら実用化の
前に戦争は終わっていたでしょう)。
不十分な資料と急迫する戦局の中でとにもかくにも初飛行に間に合った
橘花のネ20開発については奇跡的とも言えるペースです。あれを
三年早くするためには日本工業史そのものを書き換える必要がある
でしょう。
だいいち、連戦連勝のニュースに酔う 1942 年にジェット機が完成
したところで、その戦術的価値を見出せる人材が日本にいるか
どうか?…本土防衛戦闘機の必要性が急浮上したドゥーリットル・
ショックの直後なら、これを追い風として正式採用される可能性は
ありますね。

> それにしても、日本の旧海軍の飛行機ってなんであんなにデザインセンスが悪いんでせうかねぇ....まだ旧陸軍のほがデザインとしてはボカァ〜好きだなぁ〜。
雷電がありますよ…紫電も。あの野暮ったいスタイルが私には
たまらないのです(^_^)


2504 [2489] [2506] [2508]
Re[2]:ドイツのジェットエンジン開発が....
橘花(99/12/16 00:50)


> ドイツに関しては新兵器・新技術の実用化が多少早まっていても
> 大きく歴史は変わらなかったと私は思います。むしろ戦略的・政治的
> 決断の方向性が少し違っていれば、大きく歴史が変わっていた
> 可能性があると思っています。
>
> なお、初期のジェット機開発についてはここが詳しいです。
> http://www.soton.ac.uk/~genesis/
>

いろいろ詳細にありがとうございます。
ついでに、お聞きしたいのですが、
戦略的な面にのみ限って言えば
具体的にはどのようなものでしょうか?
東(対ソ)でせうか西(対米英)でせうか?


> それまで単列星型しか経験のなかった日本のエンジン設計者は、
> 二重星型14気筒 1000 馬力の「栄」を完成させるまでに血みどろの
> 試行錯誤を経ています。「誉」は「栄」の経験に基づいて作られた
> エンジンですが、1000 馬力エンジンの基本設計を大きく変えること
> なく(言い換えれば 2000 馬力エンジン開発に必要な基礎実験の
> 手数を飛び越えて) 2000 馬力を出させようとした無理なエンジンです。
> それでも、これが未完成ながら実戦投入に間に合ったということは
> むしろ驚きに値します(呑気に基礎実験なんかやってたら実用化の
> 前に戦争は終わっていたでしょう)。

なるほど...「誉」自体がミラクルだったわけですね。
なぜに、そこまで旧帝国は可能ならしめたんでせうか?
技術者のレベルの高さでせうか?


> 不十分な資料と急迫する戦局の中でとにもかくにも初飛行に間に合った
> 橘花のネ20開発については奇跡的とも言えるペースです。あれを
> 三年早くするためには日本工業史そのものを書き換える必要がある
> でしょう。
> だいいち、連戦連勝のニュースに酔う 1942 年にジェット機が完成
> したところで、その戦術的価値を見出せる人材が日本にいるか
> どうか?…本土防衛戦闘機の必要性が急浮上したドゥーリットル・
> ショックの直後なら、これを追い風として正式採用される可能性は
> ありますね。
>

すいません、浅薄なもので「ドゥーリットル・ショック」ってなにかよく解りません.....もし、よろしければ教えていただけますでせうか?


>> それにしても、日本の旧海軍の飛行機ってなんであんなにデザインセンスが悪いんでせうかねぇ....まだ旧陸軍のほがデザインとしてはボカァ〜好きだなぁ〜。
> 雷電がありますよ…紫電も。あの野暮ったいスタイルが私には
> たまらないのです(^_^)

そうですね、雷電と紫電はいいですね。
あと、震電や秋水もね。
でも、ボクが嫌いなのはスタイルじゃなくて
色やマーキングなんかのデザインなんです。
とくに色がワンパターンすぎる....
プラモでも、かならず暗緑色に明灰白色ばっかりで
塗装がプラモの醍醐味であるボクにとっては
ちょっち食傷気味.....
なにか当時の海軍には事情があったんでしょうね...たぶん。
もし、その事情もしってるのなら教えていただけたら
これ幸いっす(^^ゞ


2506 [2504] [2509] [2510] [2527]
ドーリットルショックとは
(99/12/16 06:31)

ドーリットルショックとは、42年はじめ頃にアメリカの空母が陸軍の重爆撃機を積んで日本近海に忍びより、
重爆を発艦させて奇襲的な爆撃を日本各地にし、直進して中国の基地に着陸した会戦によって日本側が受けたショックです。
重爆隊の指揮官がドーリットルです。

4月ごろだった(かな?)のでわずか2ヵ月後にミッドウェイに慌てて攻撃したのが良く分かります。

陸軍は海軍の積極作戦に消極的だったのですが、これによって帝都の空が危ないと分かると米空母を野放しにしてはいけないことが分かり、海軍の積極作戦に賛成する風潮に流れたのです。

ミッドウェイ作戦は愚策じゃないんですが敵をなめすぎてたというか・・・味方の情報力を過信していたというか・・・


ところでアリエフさんが言った映画ミッドウェイって三船が英語喋ってるやつのことだったんですか?
私はミッドウェイってタイトルのはこれしか見たことがありません。


2509 [2506] なし
[投稿者削除]
SADA(99/12/16 09:17)

投稿者によって削除されました。(99/12/16 09:17)


2510 [2506] なし
Re:ドーリットルショックとは
SADA(99/12/16 09:21)

> ドーリットルショックとは、42年はじめ頃にアメリカの空母が陸軍の重爆撃機を積んで日本近海に忍びより、

中爆ですね。当時B-17が受領されているんですから。
B-24も半年後にオーストラリアに派遣されてますし。

> ミッドウェイ作戦は愚策じゃないんですが敵をなめすぎてたというか・・・味方の情報力を過信していたというか・・・
 目標がなんだったのか。敵艦隊にしろ、ミッドウェー島にしろ、それに対し戦力を集中していなかった作戦は
愚策以外に呼びようがないでしょう。


2527 [2506] なし
Re:ドーリットルショックとは
アリエフ(99/12/17 22:13)

> ところでアリエフさんが言った映画ミッドウェイって三船が英語喋ってるやつのことだったんですか?
そのとおりです。


2508 [2504] [2528]
Re[3]:ドイツのジェットエンジン開発が....
ささき(99/12/16 07:28)

> いろいろ詳細にありがとうございます。
> ついでに、お聞きしたいのですが、
> 戦略的な面にのみ限って言えば
> 具体的にはどのようなものでしょうか?
> 東(対ソ)でせうか西(対米英)でせうか?
やはり対英戦が片付く前に対ソ戦をおっぱじめたのが一番手痛い
失敗だと思います。スターリン側には対独戦の準備がなかったので
ヒトラーの目には「絶好のチャンス」と映ったのでしょうが、ドイツは
陸軍空軍とも広大なロシアの大地に踏み込む準備はできていま
せんでした。ソ連が全面戦争体勢に入る前に首都を落としてカタを
つける、というヒトラーの目論見は最強の敵「冬将軍」に阻まれ、
春の雪解けによって泥濘と化した大地に自慢の機動軍団は足を
取られ、グズグズしているうちに遥か戦線後方に疎開した軍事工場
から大量の T-34 や Il-2 が生産されて投入されるようになりました
が、長距離重爆を持たないドイツ空軍には生産拠点を叩く力が
ありませんでした。
そもそも戦争というのは政治行為の一形態であり、始めたときに
終結の目標を念頭に置いておくべきです。ヒトラーの戦争には
(ポーランド侵攻あたりは別として)それが感じられません。
武力によって全世界をドイツ人中心に改造し、第三帝国千年の
栄光を実現することだけが目標だったようですが、そんな事が
実現可能であったとは考えられません。優れた新兵器の力で
たとえ一旦は武力征服を完了しても、いずれ反乱勢力が勃興して
きたり、あるいはナチス内部の政治的抗争から内紛が起こり
分裂していたでしょう。あの戦争は初めから「負ける以外に終わり
ようのない」戦争だったと思います。しかしヒトラーがもっと現実を
冷静に把握し、ムチとアメを使い分けることのできる政治家だったら…
EU成立は50年早かったかもしれません(ただ 1930 年代経済が
完全に破綻したドイツにおいて、まともな政治家がまともな政治を
行うことは不可能だったでしょうけど)。

> なるほど...「誉」自体がミラクルだったわけですね。
> なぜに、そこまで旧帝国は可能ならしめたんでせうか?
> 技術者のレベルの高さでせうか?
「せうか」はやめていただけませんか(笑)
技術者のレベルが高かったことは確かだと思います。
飛躍的な独創はあまり期待できないかわり、既存技術の理解と
飲み込みは驚異的に早く、トラブルの続出に直面しても投げ出さず
ひとつひとつ地道に解決してゆく忍耐強さを持っている国民性が
よい方向に働いた例だと思います(誉が兵器として適切だったか
どうかはさて置いて)。今の「電子立国」日本にも似た要素は多い
ですね。疾風や紫電改の実力は日本で伝説化しているほど強く
なかったにせよ、「たかがアジアの小国が」と日本をナメきっていた
アメリカを驚愕させ日本人の評価を変えさせるだけのものは持って
いたと思います。

> なにか当時の海軍には事情があったんでしょうね...たぶん。
> もし、その事情もしってるのなら教えていただけたら
> これ幸いっす(^^ゞ
 日本海軍はやること全てに「ダンディズム」を求めていたようです。
もともとは航海術を学んだイギリスに手本を取ったものですが、
太平洋戦争頃には「葉隠」「茶道」「花伝書」などの文化を取り込んだ
純日本風のものになっていました。駆逐艦や空母の命名基準にその
真骨頂が出ていると思います。
 海軍にとって地味な塗装はワビ・サビの心境を表現したものだったの
ではないか?と思います。


2528 [2508] [2536]
Re[4]:ドイツのジェットエンジン開発が....
アリエフ(99/12/17 22:39)

> そもそも戦争というのは政治行為の一形態であり、始めたときに 終結の目標を念頭に置いておくべきです。ヒトラーの戦争には
(ポーランド侵攻あたりは別として)それが感じられません。

41年の独ソ戦の場合、主目標をウクライナ方面とモスクワ方面のいずれにするかヒトラー自身が迷っていて、一極集中できなか
ったことが最大の問題点だったと思います。どちらでもいいから当面の目標を明確にし戦力を集中させていれば。

しかしヒトラーがもっと現実を冷静に把握し、ムチとアメを使い分けることのできる政治家だったら…

38年頃までのドイツを経済恐慌から立ち直らせた彼の経済産業政策は、当時、国際的に評価高かったのです。そのとき総統を辞めていたら、今でも優れた政治家として評価されているかもしれない。


2536 [2528] なし
Re[5]:ドイツのジェットエンジン開発が....
なんでや?(99/12/18 12:34)

> 38年頃までのドイツを経済恐慌から立ち直らせた彼の経済産業政策は、当時、国際的に評価高かったのです。そのとき総統を辞めていたら、今でも優れた政治家として評価されているかもしれない。

ヒトラーの政権獲得時には、世界恐慌は既にボトムをすぎていたので、ドイツの経済発展は、世界経済の回復に負うところが少なくなかった、との指摘もあります。また、その産業政策には莫大な資金の調達を必要としましたが、それらは帝国銀行総裁兼経済相であった シャハトが採用したメフォ手形による手形融資(この手形を帝国銀行が割り引くことによってなされる融資)や長期国債によって行われました。しかし、これらによる資金調達は国家としてのドイツの支払能力をはるかに超えるものでした。一方で、ヒトラーの産業政策である「四か年計画」は採算性を全く無視したものでした。「再生産を行わない」軍需物資の生産に多くの資本を投下したのみならず、当時、自動車の普及率があまり高くなかったにも拘らずに行われたアウトバーンの建設や、ヒトラーの威信を飾り立てるために行われた首相官邸、ナチス党の党本部の建設。それらのために必要な原料は外貨不足のため輸入できず、ドイツ国内では採算性を度外視した劣悪な原料の産出が行われました。そのため、シャハトは後にこの経済・産業政策に反対して経済相を辞任、ヒトラーにその危険性を警告したためその怒りにふれ帝国銀行総裁の職を罷免されました。
もっとも、ヒトラーもこの危険性がわからなかったわけではありませんでした。ただ、彼の提案した解決策は「これらの危険性を回避するために、ドイツは生存圏問題を解決しなければならない」というものでした。つまり、彼の産業経済政策は戦争を前提としてはじめて成り立つものであり、その意味で第二次大戦は彼にとって必然であったともいえるのです。


2492 [2481] なし
Re:ドイツのジェットエンジン開発が....
BUN(99/12/15 09:16)

> それにしても、日本の旧海軍の飛行機ってなんであんなにデザインセンスが悪いんでせうかねぇ....まだ旧陸軍のほがデザインとしてはボカァ〜好きだなぁ〜。

 陸軍系デザインとか海軍系デザインといったものは存在しません。個々の機体と開発元によっておおまかな特徴はありますが、嫌いであれば論じなければ良いだけのことです。


2499 [2481] なし
Re:ドイツのジェットエンジン開発が....
フッフール(99/12/15 16:43)


> それにしても、日本の旧海軍の飛行機ってなんであんなにデザインセンスが悪いんでせうかねぇ....まだ旧陸軍のほがデザインとしてはボカァ〜好きだなぁ〜。

 いえいえ,零戦は美しいですよぉ。雷電は確かにずんぐりしていますがよく見ると意外に均整のとれたスタイルをしていると思います。紫電は野暮いですが,川西は飛行艇屋なので戦闘機の設計は初体験だったから仕方ないです。彼らの本来の仕事の集大成である2式大艇はデザイン,性能共に秀逸だと思います。 

 


2500 [2481] [2502]
塗装もデザインのうち?
ささき(99/12/15 17:24)

> それにしても、日本の旧海軍の飛行機ってなんであんなにデザインセンスが悪いんでせうかねぇ....まだ旧陸軍のほがデザインとしてはボカァ〜好きだなぁ〜。
塗装に関して言えば、たしかに海軍機は地味ですね。灰色ベタ塗りか緑の
塗りわけ塗装に機体番号、せいぜい頑張って胴体に帯を巻くくらい。
343 空の菅野機が黄帯二本を巻いたのは例外塗装でした。ましてや 352 空
青木中尉のようにイナヅマ二本を胴体側面にデカデカと描き込んだのは例外
中の例外ですね。でも地味だから渋くていい、という人もいます。

陸軍機の塗装は派手ですが、無塗装銀の上に原色でイナヅマやら矢印を
デカデカと描き込んだ姿は「埼玉の暴走族みたい」という人もおり(^_^;)
必ずしもデザイン的に優れている、とも言えません。

私個人的には陸軍機の塗装は好きです。特に 244 空の小林照彦少佐機の塗装
なんか好きですね。小林少佐の上記には何種類かあるようですが、迷彩塗装の
上に青帯を入れた機体(24号機)は昔一生懸命プラモを作った思い出もあって
一番好きです(^_^)


2502 [2500] [2507]
Re:塗装もデザインのうち?
まなかじ(99/12/15 23:51)

いやはや、日本軍の飛行機(陸海軍ともに)の塗装の醍醐味は、ベリベリのペカペカに剥げまくった塗料にこそ。艦上機と水上機以外は、みんな剥げちょろけ。いい味出してます。


2507 [2502] なし
Re[2]:塗装もデザインのうち?
ささき(99/12/16 07:01)

> いやはや、日本軍の飛行機(陸海軍ともに)の塗装の醍醐味は、ベリベリのペカペカに剥げまくった塗料にこそ。艦上機と水上機以外は、みんな剥げちょろけ。いい味出してます。
艦上機でも中島97艦攻は剥げまくってますね。マダラ迷彩にしたのか
とうがってしまうくらい。
紫電改なんて残された写真を見る限り外板ベコベコで塗装は剥げ剥げ
(神聖なる「日の丸」まで剥げてる機体があります)なんですよね。あれ
って模型で再現するのは難しいです(;_;)

あ、ところで私の発言「244空」はもちろん「244戦隊」の間違いです。
ハズカシ…(*^_^*;)


FlasH BBS Pro v1.41 [Shigeto Nakazawa]