アームストロング・ホイットワースAW.15アタランタ

 1931年にインペリアル・エアウェイズ社が新規航路としてナイロビ〜ケープタウン線とカラチ〜シンガポール線を開拓するにあたり、その路線に投入すべくアームストロング=ホイットワース社に発注した大型旅客機である。
 これらの路線のフライトは全行程が熱帯気候であり、地形上も困難な地帯を翔破していかなければならないため、特に事故の機会が少なく安全で、且つ乗客の不快さを最小限にとどめることが求められた。
 これに対してアームストロング=ホイットワースは、鋼管骨組に合板外皮の構造の流線型外形に、すっきりした片持高翼にサーバルIIIを四発装備の上品な設計で応えた。
 機体規模に対する出力には十分な余裕を見てあり、乗客及び手荷物のスペースも豊富に用意されている。

 原型機は1932年6月20日に初飛行し、9月には性能試験を終えて正式発注に移った。
 1933年までに原型機を含めて8機が製作された。会社の方針変更によりAW.15はカラチ〜シンガポール線に集中投入されることになり、1933年7月には運行が開始され、1939年9月まで無事故で運行された。
 第二次大戦が始まると、AW.15は全機が徴用され、1940年10月に編成された英連邦インド空軍の義勇沿岸哨戒航空隊に配置され、インペリアルエアウェイズのクルーがそのまま乗組んでインド洋の対潜哨戒飛行に使用された。
 この間、1機のみが早くに事故で失われたが、残る7機のうち2機は部品供給用に引退し、3機は1942年12月まで、残る2機は更に軍のクルーに交代して1944年まで飛行を続けた。

(文章:まなかじ)


7号機「アストリア」号 インド空軍在籍時の機影です

戦前の客席風景です。優雅そのものといった感じです。客席からの視界は良好で、対潜哨戒にも有効でした

諸元
全幅27.43m
全長21.79m
全高4.57m
離陸最大重量9,500kg
武装なし
発動機アームストロング=シドレー・サーバルIII 空冷星型10気筒 340馬力
最大速度251km/h (914m)
巡航速度210km/h
実用上昇限度3,900m
航続距離640km
乗員/乗客3名/17名

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