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ESDジュラルミンの採用が零戦の成功のひとつと言われていますが、同時代では中島飛行機や川崎重工はなぜ使わなかったのでしょうか。張力がかなり強いという画期的なジュラルミンのようです。又、その後の各社の設計にはどう反映されたのでしょうか。 NO |
- ESD超々ジュラルミンは海軍機には積極的に使われています。中島の機体にもです。
片
- 片様、早速のご教示有難うございました。中島飛行機も積極的に使ったということは、疾風も使っているという理解でよろしいのでしょうか。
NO
- はい。主桁フランジはESDです。
片
- ついでに申し上げておきますと、中島は中島でも、陸軍機体の太田製作所と海軍機体の小泉製作所は技術的に均一ではありません。事実上別会社と見なして考える方がわかりやすいです。
片
- 便乗質問で申し訳ないのですが、日本軍機に使われていたアルミは
南方のボーキサイトを輸送船で内地へ運び、電気分解してアルミとしていたのでしょうか?
それとも中国大陸方面や貿易によって第三国から輸入していたのでしょうか?
戦局が悪化するにつれて南方からの資源輸送は困難になっていったと思いますが
戦闘機製造にどのような影響を与えたのでしょうか?
よろしくお願いいたします。
大仏おばはんぶちゅ
- 蘭印ビンタン島のボーキサイト資源の確保は、戦争そのものの動機のひとつでもあるほどの重要性を持つものだったように思います。
大戦途中からは、必要とされる軍用機生産量に対して、国内アルミ生産が絶対量で不足してしまうことが明白に予想されました。そこで行われたのが、木製部品、鋼製部品などの代用材の使用を広範囲に拡大すること、さらには、木製機、鋼製機の開発です。
後期の日本陸海軍機では、翼端、テールコーン、尾翼の木製化は普通に行われていましたし、20年度後半以降の生産計画では、一式戦、四式戦生産内の一定パーセンテージで胴体後半木製化が実施されようとしていました。
片