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社会、組織、時事
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264 皆さま、お世話になります。大東亜戦争当時、各衛戍地から出征した後の衛戍地についてなのですが、これらの師団司令部や旅団司令部は、ほぼ 無人になったのでしょうか。幾許かの衛兵が警備に当たっていたのでしょうか。私の住んでいる近辺に第24連隊の 衛戍地の跡地がありまして、ふと疑問に感じてしまいました。ご存知の方、お詳しい方、お教え頂ければ幸いです。
愛宕の社

  1.  師団出征時には留守師団が置かれ、留守師団長以下が任命され、出征部隊等への兵員補充、新兵の徴集や教育、担当する管区における防衛や警備などの業務を担当することになっています。
     なお、アジア歴史資料センターのリファレンス・コードC04123783600で留守師団司令部の編成が出てまいります。
     
    hush


  2. hush様
    迅速なご教示、ありがとうございます。衛戍地を出征した後はお教えのような措置がとられているのですね。大変ためになるお教えをお聞き出来勉強になりました。幼い頃何気なく遊んでいた24連隊跡地ですがお教えのような事を慮ると感慨深い思いになります。ご紹介のサイトでございますが、大変興味深く参照させていただきました。隅々まで閲覧したくなるすばらしい資料ですね。このようなサイトまでご紹介いただき本当にありがとうございます。
    愛宕の社



263  玉音放送の「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」のくだりですが、太平洋戦争開戦直後に東条英機や早大の総長が逆順で言っています。これは偶然なのでしょうか?それとも迫水久常らの記憶にあり、それを使ったのでしょうか?
http://worldjpn.grips.ac.jp/documents/texts/pm/19411216.SWJ.html
https://chronicle100.waseda.jp/viewer.php?img_name=3_1040.jpg
バツ

  1. もともとは達磨大師の「行じ難きを能く行じ、忍び難きを能く忍ぶ」で、成句になっていたのではないでしょうか。


  2.  さらに出典があったんですね。検索でも色々出てきました。ありがとうございます。
    バツ



262 第二次世界大戦のときのドイツ軍の重機関銃大隊について教えてください。重機関銃が集中配備されてるイメージですが、例えば師団の中でどのような働きを期待されていたのでしょう。トブルク包囲戦で大8重機関銃大隊が大きな損害を受けたエピソードを読み、そういえば、重機関銃大隊ってあまり聞き慣れないな、初めに突撃した様子なのになぜ歩兵大隊じゃないのかなと思った次第です。
Jack

誰か答えて下さい。

261 もし現在の日本が他国と戦闘状態に陥ったら、どの位の戦争遂行能力があるのでしょうか?精神的な事は抜きにして資源や兵力はどのくらいの期間の戦闘に耐えられるものなのか教えて下さい
おモチ

  1.  冷戦当時の話なので「現代」に含めていいかどうかわかりませんが、国会でソ連の侵攻を想定して似たような質問をされた国防長官が一週間程度は持ちこたえて見せるとか回答していました。
    おうる


  2. 日本に国防長官という役職はないはずです。
    Mk.63 GFCS


  3. 某所で突っ込まれていた様に前提条件無しには難しいものがあります
    例えば、米国とは密接な関係にありますから、かの国が参加するしないで大きく変わって来ます(微妙に言い方を濁してますが)
    今、一番可能性が高いであろう島嶼防衛戦でも、どの島?でもかわってきますし、本土侵攻でも国によって上陸作戦能力が大きく変わってくるです(さらに微妙)
    危なくて答えられない設定で無い限り、条件をつければ回答してもらえると思うですよ
    がちょう


  4. 回答ありがとうございます
    では上記の質問に相手国は中国で、アメリカの参戦はなし、また核の使用はないものとして諸島戦の想定としては対馬という条件をつけるとどうなるでしょうか?
    色々稚拙ですみません
    おモチ


  5. あのぅ、対馬に設定するのはヤバイんじゃ?
    某国の方々が土地を買いあさり、買い占めが終ったらウチの国のもんじゃーとやってるらしいので。日本の国の法の下で認められた所有権であるから、そんなことが認められるハズが無いのだが本人達はわかってて言ってるかもしれない所が厄介。
    また、日米安保下で対馬に中国が侵攻となるとアメリカは黙ってないんじゃ?
    というか半島を占領せずに、日本本土とも韓国とも激近の対馬へ直接侵攻するなんて、両国の航空基地を黙らせないと。
    と、ネガティブファクターが多いので、そういったシナリオは想定されておらず、どの程度耐えられるかは見積もりをしていないんじゃないでしょうか。
    自衛隊の想定するシナリオでは、どの程度もちこたえられるとみているのでしょうか?とかの方が回答を得られやすいと思います。
    で、私も答えが知りたいのでご存じの方がいらっしゃれば教えて欲しいです
    普段はROM



260 何故、天皇家はこんなに長く続いているんでしょうか?現在の天皇陛下は明治になって、反徳川の為に奉り上がられて陸海軍を統括する神様なってからです。それが戦後には象徴になっています。初期天皇の頃は、大和朝廷を平定した為政者であったはずです。それが武士の時代になって、本来ならこの時期に滅んでもおかしくない存在だったと思うのですが、それが何故ほそぼそでも日本の中枢として君臨することが出来たのでしょうか?
直改仁香

  1. 武士の時代になって〜の件についてですが、鎌倉・室町・徳川の各幕府は朝廷(天皇)から征夷大将軍に任命されています。安土桃山期の秀吉は関白ですね。
    権威付けに利用してから滅ぼそうにも、武家の中にも少なからず尊皇の家はありますし南北朝以降はその辺のからみの因縁もありますから、うかつな事は出来ないんじゃないでしょうか?

    普段はROM


  2. とんでもなくむつかしい問題で、日本史の重要なテーマの一つといっても過言ではないくらいですから、はっきり言って「わからない」が正解でしょう。
    ただし武士の時代になったからと言って天皇家は一気に力を失ったわけではなく、鎌倉時代は幕府と天皇家の二重政権の様相を呈しており、特に西日本において天皇家は侮れない力を有していました。また後醍醐天皇という特異な天皇の存在があったとはいえ、天皇家は鎌倉幕府を打倒することのできる力を有していたのです。
    7j6hkvs


  3. 武家の多くは極めて遠いながら皇家に祖を持ってます。(その様に信じていたり都合上そういう事にしているケースも含め)
    これは大名等の家臣そのまた家臣にも言えて、皆が尊皇ではないにせよ滅ぼそうとすれば足元が崩れるおそれもあります。
    また滅ぼそうとする勢力に敵対勢力がいれば勢力糾合の口実にされて、それなりの力を持つのは確実でしょう。敵対勢力の無い安定状態なら反乱を誘発しかねないですから薮をつつく事などせず、害が無い限りは権威を利用するのが得策というものでしょう。
    普段はROM



259 日本の海軍軍令部について質問します。

「軍令部」という名称はどういう経緯(由来)で決まったのですか?
軍令部は英語ではGeneral staff officeで参謀本部の英語表記と同じですし、明治20年代ぐらいまでは海軍参謀部や海軍参謀本部という名称が用いられていました。
それが「参謀部」や「参謀本部」から「軍令部」という名称に変更され、海軍から「(陸軍参謀本部と同格にするため)免償を参謀本部にしたい」と上奏されたのも却下されています。

1、「軍令部」という部署名(単語)の由来について教えてください。
2.「参謀部」から「軍令部」という名称に変更された経緯・理由と、参謀本部への改称が却下された理由について教えてください。
おうる

  1.  御質問を拝見してからいろいろと考えたり調べたりしているのですが、正確なところは分かりませんでした。したがいまして、以下は推測を多く含んでおりますが、御寛恕戴ければ幸甚に存じます。
     1 軍令という言葉については、他ならぬ軍令第1号に「陸海軍ノ統帥ニ関シ勅定ヲ経タル規程ハ之ヲ軍令トス」とあります。つまり、軍に関する勅令の略したもので、天皇の指示を隷下部隊に伝えるという意味です。したがって、軍令部は、その伝達機関となります。そして、この軍令という名称は1886年の海軍条例の中に見られるようですが、所管していたのは御存知のように参謀本部海軍部で1893年の海軍軍令部条例を定めて海軍軍令部となるまでは、機関名としては使用されていません。
     2 参謀本部という名称が却下されたのは、山県有朋の反対にあったからです。戦時大本営条例では、陸海軍の作戦用兵の責任を負うのは、陸軍の軍令機関である参謀本部の長である参謀総長となっていました。つまり、海軍は陸軍参謀総長の指揮を受けるということになり、これに反発していた山本権兵衛は明治天皇に上奏し、陸軍と同等の地位を求めます。そこで、天皇は元帥府にこの件を諮るように求めたのですが、却下されます。しかし、天皇は山県に再考を命じた結果、陸軍が折れ、海軍は陸軍と同等となります。日露戦争の直前、1903年のことです。
     ただ、海軍が求めた陸軍と同じ参謀本部という名称は採用されず、海軍軍令部となります。これは、参謀本部という名称に陸軍がつかないのに対して、海軍という名称をつけることにより、陸軍の優位性を示したかったということでしょう(1933年になってようやく海軍という冠称が外れて軍令部となります)。
     もちろん、海軍としても参謀本部とならないのなら、海軍参謀部という名称で我慢できるはずがありません。その名称では、参謀本部の下にあるという印象をもたれるからです。したがって、旧来の海軍軍令部という名称を使ったのは、せめてもの抵抗だったのでしょう。
     では、なぜ、海軍は参謀部という名称を軍令部に変えたのかということになるのですが、これは陸海軍での参謀の役割の違いではないかと思っています。
     もともと、参謀は高級指揮官の補佐でしかないわけですが、ドイツ軍は、司令官より参謀のほうが有名であることが多く、モルトケのように参謀総長の名で全軍を指揮するようなことが起きます。そして、その衣鉢を継いだ旧日本陸軍も同様で、参謀が立案した作戦を司令官が承認するだけという印象があります(もちろん、これは私個人の印象でしかないのですが)。これに対し、海軍が範としたイギリスでは、そのようなことはありません。参謀が立案した計画を鵜呑みにするような司令官はいらないのです。ですから、旧日本海軍においても、対馬海峡に布陣するとか、真珠湾を攻撃するというようなことは、司令長官が決めたことです。
     したがって、司令官、司令長官の下にあるはずの参謀の名を冠する参謀部という名称は、陸軍においては当然の名でしょうが、海軍においてはそうではなかったと、愚考いたしております。
     
    hush


  2. 回答ありがとうございます。

    そうなんですよね・・・ググっては見たんですがどうもはっきりとした答えがどうしても出てこなくて質問させていただきました。
    わざわざ調べていただいてありがとうございました。
    おうる


  3.  山本権兵衛で卒論を書いたというのが同僚におりましたので聞いてみましたら、私の考えと同じことを申しておりました。やはり、参謀というものに対する陸海軍の見解の相違が由来だったようです。
     
    hush



258 戦時中、日本の詔勅精神振興会なる組織からヘルマン・ゲーリングに刀が贈られたと聞きました。
詔勅精神振興会とはどのような組織か、何の為に刀が贈られたのか、贈られた刀の刀身と拵えはどのようであるか、疑問に思いました。回答お願いいたします。
質問者1

  1. >どのような組織か

    国威発揚の為の物なのでしょう。
    検索すると同じ様な名前の団体を見る事が出来ます。

    >何の為に刀が贈られたのか

    ヒトラー、ヒムラー、シュペーアとか贈られた人の名を見ます。

    第一次世界大戦で独逸の敵となった日本は同盟国となった物の、非常に印象が悪かった様です。それを変える為に、日本博とかを独逸で開催した様で・・。

    と、当然、ナチスの高官は来なければならず、来たからには日本側もそれなりなもてなしをしなければならなかったのでは無いでしょうか。

    ヒトラーユーゲントが来日した際、全員に小刀を贈呈したとの情報も見ました。
    暇人


  2. 暇人様、御回答ありがとうございます。自分では殆ど情報を見つけることができなかったので、大変勉強になりました。
    質問者1



257 洗車内でうんちするときは
どうやってするのでしょうか

  1. 軍事に無関係な質問は遠慮願います。
    UK


  2. 洗車=戦車です
    a


  3. 戦車 戦闘中 トイレ でググってみてください。色々あるみたいですよ。
    olduck



256  先日、警官が刺殺されて拳銃を奪われ、その拳銃で民間人が殺害されるという悲劇的な事件がありました。
この事件を受けて、「拳銃を狙って警官が襲われる危険があるから、警官は拳銃を持たない方がよい」「警官が銃を持たないイギリスを参考にすべき」との意見が散見されました。
さて、イギリスの警察は銃なしに、どのような方法で治安を維持しているのでしょうか?
PIAT

  1. 参考までに、日本と英独仏伊の警官数と殺人事件数のデータを挙げさせていただきます。
          千人当たりの警官数   十万人当たり殺人事件数
    日本     2.0         0.31
    イギリス   2.7         0.92
    ドイツ    3.0         0.84
    フランス   3.6         1.58
    イタリア   4.1         0.78

    イギリスの警官が銃を持っていないのは有名ですが、治安は悪くないようです。       
    PIAT


  2.  1966年にロンドン警視庁に銃で武装する部署「銃器部(Firearms Department)」を設立しており、地方警察でも銃で武装した部隊を設立しているので「銃無し」というのは語弊があるかもしれません。

     対テロ作戦等犯人が武装した凶悪事件はSASに委託してました。
    おうる


  3. 警官が銃を持たなくても治安が良いというのは素晴らしいことだと思いますが、簡単な事でもありません。
    日本ですら警察官は昔から拳銃を携帯しているのですから、そこにはちゃんと理由があるのです。

    英国の場合、銃を持たせないことを原因に犯罪が減った…というわけではないのでは?
    「拳銃を持たない英国のお巡りさん」というお国自慢であって、携帯しないことが具体的な犯罪抑止として機能しているわけではないのだと思います。
    それも、そんな流儀などとても尊重してくれそうにない国際テロリズムなんかが起こり得る昨今でもあり、
    英国内でも武装に関する議論が起こっているようです。


    みがも


  4. おうる様 情報をいただき、ありがとうございます。
    いただいた情報を元に、「イギリスの警官が銃を持たずに治安を維持している方法」を私なりに考えました。
    @ 銃を持っていないのは制服のパトロール警官であり、私服警官を拳銃を携帯しているし、自動小銃を持った部隊も待機しており、銃は十分活用されている。
    A 警官の数が多い。大陸諸国よりは少ないが、人口あたりでは日本の1.4倍近くの警官がいる。
    B 制服警官の主な業務は複数でパトロールであり、日本のように一人で交番で待機していたりしないので、相棒の支援が受けられる。
    C 制服警官は業務を治安維持に専念しており、日本のように落とし物や道案内には対応しない。
     外務省のホームページでは、「イギリスは凶悪犯罪は少ないが、窃盗や置き引きが多い」と書いてありました。
     また、泥棒に遭っても被害額が少ないと受け付けてもらえない、とのネット記事もありました。

    みがも様
    「拳銃を持たない英国のお巡りさんというお国自慢」はおもしろいですね。
    銃だらけのアメリカをあてこすっているのでしょうか。

    進歩派の意見として「イギリスを見習え」を目にしますが、警察の在り方を根本的に変える必要があると思いました。


    PIAT



255 日本では自衛官も旧軍人も副業は原則として禁じられていますが、アメリカでは軍人の副業はどの程度認められているのでしょうか?

私の知る限り、次のような例があります。
@ アイゼンハワー元帥は1948年からコロンビア大学の学長を務めました。
  元帥は終身現役ですから、副業にあたると思います。
A コリン・パウエル元統合参謀本部議長の趣味は古いボルボの修理というのは結構有名ですが、自伝を読むと、現役時代、30台以上の古いボルボ車を修理して販売し、「中古車ディーラーの免許を取ろうかと思った」とジョークもかいています。
趣味の域を超えており、日本なら問題となると思います。

また、アメリカの小説では、非番の警官が射撃教官や警備員のアルバイトをする記述がありますが、軍人はどうでしょうか?


PIAT

  1.  アメリカの場合、公務員の副業は許されています。
     というより、公務員に限らず、勤務時間外に副業してはいけない国のほうが珍しいです。
     むしろ、勤務時間外は個人の自由なのですから、それを束縛するのはおかしいというのが世界の論理です。
     今の勤め先はインターナショナルで、南米系を中心にいろいろな国の人がいますが、仲良くなってくると、なぜ、日本人は遅刻するなとうるさく言うのに、終業時間は守らないのだとか本音が出てきます。
     なるほど、世界はそうなっており、日本は大きく取り残されているのだなと思う次第です。
     
    hush


  2. hush様 私も副業禁止はおかしな風習だとおもいます。

    軍人をはじめとする官吏・公務員は副業禁止ですが、退職後は関係企業に再就職し、企業のために影響力を行使することが当たり前のように行われていました。
    民間企業でも副業禁止が普通でしたが、変わりつつあるのは良いことだと思います。

    ところで、官吏・公務員の副業禁止は、明治政府の商業蔑視からきていたと推測しています。
    明治政府が手本にした帝政ドイツでは、大実業家クルップの宮廷席次は新任少尉よりも下だったと(今はなき)第一次大戦サイトに載っていました。
    また、フィクションですが、20世紀初頭の英国情報部を描いたギャビン・ライアル『スパイの誇り』では、商人と自称した主人公をオーストリア陸軍騎兵少佐が「夕暮れの前に石の下からはいだす虫並みの人間と判定した」と書いてあります。

    アメリカはビジネスの国ですから、副業にも寛大だと思います。
    PIAT



254 戦艦の料理長の階級はどのくらいですか?

  1.  戦艦の料理長というだけでは、どの国のことをお聞きになっているのか分かりませんが、仮に旧日本海軍のことだとします。その場合、兵員用と士官用では、思いっきり違ってきます。以前、どこかで書いた記憶があるのですが、食事の内容が全然違うのです。
     兵員用でも、民間の一般庶民、陸軍の兵員食に比べるとかなりよかったようですが、士官用は、昼は洋食のフルコース、夜は和食です。しかも、料亭や客船でコックを務めるような人が作っています。しかし、そのような人を徴兵したのではなく、雇っております。割烹、あるいは割烹手と呼ばれたそうですが、軍属ですので、階級はありません。
     一方、兵員用は烹炊員長と呼ばれる上級の下士官が指揮を執っていたそうですから、一等(上等)兵曹あたりの主計兵が任じられていたのではないかと思っております。
     
    hush



253 太平洋戦争末期の日本で食糧の配給が遅配・欠配・不足気味になり、工場労働者の労働効率が落ちるなか、一番成績が良かったのは法務省の官僚が律儀に規定通りの量を支給していた刑務所の囚人労働者だった。

と、いう話を日本経済史みたいな本で読んだ覚えがあるのですが本当でしょうか。
バツ

  1.  本当かどうかは存じませんが、博物館となった網走監獄のHPにはそのように書いてあります。
     http://www.kangoku.jp/kangoku_hiwa10.html
     
    hush


  2.  ほんとうのようです。

     吉村昭著『破獄』に詳しく書かれており刑務所の食事は、あの時代でもよかったようです。
     
     海軍から発注された艦艇の建造に関する本で、書名は忘れましたが、工場労働者、学生そして囚人労働者、この三者の中で最も作業能率がいいのが囚人労働者で、学生は怠けてばかりと書かれてました。
    板野ファン


  3.  ありがとうございました。興味深い話だと思います。囚人の支給量については海野洋『食料も大丈夫也』に参考文献付きで書かれていたので、また調べてみたいと思います。
    バツ



252 歩兵第88連隊について質問です。
歩兵第88連隊は編成替え前は独歩第1連隊として自動車化編成でしたが、歩第88連隊に編成替えを行なった後も自動車などを装備して居たのでしょうか?

みかん段ボール

誰か答えて下さい。

251 日本海軍の昇進に関する規定はどうなっていたのでしょうか?
この階級になるには何年間勤務していないといけない、こういう役職を経験していなければならない、という決まりはあったのですか?
あったとすればどういうものですか?
Mk.63 GFCS

  1. 僕の読んだ本の中では雨倉孝之『帝国海軍将官入門』『帝国海軍士官入門』『帝国海軍下士官兵入門』が昇進についてもエピソード豊かに書かれており面白かったです。その他には『日本陸海軍総合辞典』が主要将官・ポストの経歴・人事を網羅しています。
    バツ


  2. 昇進に関する勤務期間に関する規定ですが、在ったと思います。実際の期間は、皇族の昇進の状況を調べれば判ると思います。
    その根拠ですが、昭和59年の朝日新聞の毒ガス写真事件で、その嘘を暴いた産経の理由に、「写真を持ち込んだA氏が、当時の階級から判断される年齢に比べて若い」ことを挙げられます。即ち、陸軍では階級ごとに昇進に必要な期間が定められており、しかも皇族で無い限りその期間で昇進することはまず無かったそうです。陸軍でかかる期間が定められておれば、当然海軍にも相応の規定があったと思います。また、皇族であれば、多分かかる期間で昇進したでしょうから、年代や戦時と平和時で多少の相違もありえますがかかる期間も具体的に判ります。
    原典でなく、推測なのはご容赦下さい。
    UK


  3. 各階級ごとに進級に必要な勤務年限があります(手元にその数字はないです、すみません)。この年功要素に勤務評定・成績などを加味して進級用の順位名簿が作成され、上の階級に欠員が出ると、名簿上位の人から先に進級して行く仕組みになっております。ちなみに戦時には、欠員が多量に出ただけでなく、その最低必要年限が短縮されたため進級が早まりました。

    とおり


  4. なるほど、やはり規定があるのですね。
    調べてみます。
    Mk.63 GFCS


  5.  1で取り上げられた本は文庫本で出ておりますし、非常に読みやすく分かりやすいものなので、申し上げるようなことは何もないのですが、「海軍人事取扱内規」というものが防衛研究所戦史研究センターに所蔵されているようです。公的には、そこに記載されていると思われる内規に従って昇進していくと思われますが、インターネット公開されておりませんので、実物を見ておりません。
     ただ、実際にどの程度の年数で昇進していくかは、拙サイトの http://hush.gooside.com/name/Biography/BIndex.html#anchor33452 を御覧戴ければ、ある程度分かるかとは思っております。
     なお、例外も多いのですが、大型艦の艦長を務めていないと将官になれないとか、中将1年目は司令官にはなれても、司令長官になれないというのもあり、これらは慣例に従っている可能性はあろうかと思っております。
     
    hush


  6. hushさん、ありがとうございます。
    さっそく、サイトの方を利用させて頂きます。
    Mk.63 GFCS


  7. >6
     いえいえ
     ところで、以前、艦船のほうで御質問になられていた大和の幹部のほうも記しておきました。よろしければ、そちらも御覧下さい。
     http://hush.gooside.com/name/y/Ya/Yamato/Yamato.html#anchor308517
     
     
    hush


  8. 大和関連含め確認させて頂きました。
    本当にありがとうございました。
    Mk.63 GFCS


  9.  予科練出身者は卒業後、五年半経過すると年功序列により少尉任官すると終戦により予科練中退した人が、おっしゃっておりました。
    板野ファン


  10. 時間切れかも知れませんが、陸軍の実役停年は、少尉から大佐までは2年、但し大尉と中将は4年、少将は3年だそうです。御質問の海軍も、大同小異と思われます。
    出典:三根生久大著「陸軍参謀」、文春文庫
    UK


  11. 1920年よりの海軍武官進級令には
    第四条 海軍武官の進級に必要なる実役停年左の如し
     各科少将 三年 各科大佐 二年 各科中佐 二年 各科少佐 二年 各科大尉 五年 各科中尉 一年六箇月 各科特務中尉 三年 各科少尉 一年 各科特務少尉 二年 一等下士官 二年四箇月 二等下士官 一年四箇月 三等下士官 一年四箇月
     戦時又は事変の際海軍大臣の定むる処により前項の進級に必要なる実役停年を半減する事を得
    第五条 休職又は停職中のものは之を進級せしむる事を得ず
    第六条 実役停年は勤務日数に海上勤務日数を三分の一及び海上勤務にあらざる航空勤務日数の三分の一に当る日数を加算し之を算出す

    とあります。それ以前は海軍高等武官進級条令及び海軍准士官下士任用進級条令に拠っておりました。艦隊勤務や空中勤務は進級に有利であったのですね。
    あるめ



250  何かの本(『はだしのゲン』の評論集だったか?)で、被爆後の広島に於いて「アトミック書店」なる本屋があった、という話を読んだのですがこれは本当でしょうか?現在でも「アトミックゴルフ」という店はあるみたいですが…。http://www.atomicgolf.jp/
バツ

  1. 「アトム書房」のことでしょうか。


  2. 記憶違いで、それかもしれません。
    バツ


  3.  検索で出たのを読ませてもらいました。なるほど、進駐軍相手のスーベニアショップか。
    バツ



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