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307 2022年6月、電力逼迫のさなかですがネットで「東京湾には原子力空母も原子力潜水艦もいるじゃないか」という話題を目にしました。
艦載原子炉ならばかなり大規模な発電能力は期待できると考えられますが
送電方法等まで考えた場合に実用性はどの程度有るのでしょう
ボーン

  1.  それは1939年に電力不足に陥ったタコマ市に空母レキシントンが1ヶ月間に渡って電力を供給したことから思いついた話かなと思います。
     しかし、東京湾にいる原子力空母も原子力潜水艦もアメリカのものですから、日本に電力を提供する義務はありませんし、そのような要請があっても、貴重な軍事力を回すようなことはしないでしょう。
     たとえ、それを首肯したとしても、現在のアメリカの原子力空母も原子力潜水艦も、レキシントンのようなタービン・エレクトリックではありません。原子炉で作った蒸気でタービンを回してスクリューを回しているので、発電能力は小さいのです。
     これが、フランスのように原子力タービン・エレクトリックだったとしても、今日の都市が必要とする電力は1939年のタコマが必要とした電力とは桁違いです。
     したがって、実用性はない話かと思われます。
     
    hush


  2.  1939年>1929-30年
     失礼しました。
     
    hush



306 艦船の板の方に書こうかと思いましたが、1国の建艦政策にかかわることなのでこちらの方で質問させていただきます。

第二次世界大戦時のイタリア海軍の重巡建艦方針について質問します。

イタリア海軍では高速軽防御のトレント級重巡2隻の後、前級から一転して列強でも有数の防御力を有するザラ級重巡4隻を建造しています。

ここまではいいのですが、ライバルのフランス海軍がザラ級に対抗して防御力強化型のアルジェリー級以降の防御重視の建艦方針に転じたにもかかわらず、7隻目の重巡ボルツアーノでは、元の高速軽防御のタイプに回帰しています。
これはどのような理由があったのでしょうか?

イタリアの軽巡を見るとジュッサーノ級からアブルッツイ級まで一貫して大型重防御化しており、また高速で雷装が必要なら、大型駆逐艦ともいうべきカピタニ・ロマーニ級を計画整備しています。

このような一連の流れの中でボルツーアノの建造目的が分かりません。イタリア海軍の重巡建造方針が迷走していたのでしょうか?


備後ピート

  1.  よくは分かりませんが、ボルツアーノの起工は1930年、アルジェリーの起工は31年ですので、アルジェリーの対抗馬ではないでしょう。だとすると、それ以前の高速化するフランスの大型駆逐艦や巡洋艦に抗するものだったのではないでしょうか。
     なお、ザラ級は、魚雷発射管を装備すると重量的に条約に収まらないと判断されて諦めただけですので(実際には超過)、ボルツアーノの場合、装甲を犠牲にした分、搭載可能となったのでしょう(実際には超過)。
     
    hush



305 お願いします。
防衛省より他省庁へ出向した方々の身分ですが、自衛隊員の身分を保持しているのでしょうか?
また、他省庁から防衛省に出向してきた場合、その方の身分は自衛隊員になるのでしょうか?
防衛省から他省庁への出向は実際にあるようです。 他省庁から防衛省への出向は確認する事ができませんでした。お詳しい方、いらっしゃいますでしょうか。よろしくお願いいたします。
ゆき風

  1.  防衛省からの出向例 http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2008/2008/html/kc318000.html を見ますと、2等海佐(参事官補佐)とありますので、自衛官です。
     防衛省への出向例 https://www.tokyo-np.co.jp/article/148854 こちらの場合、事業主体も審査する側も国土交通省の職員であることが問題とされていますので、http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2010/2010/html/ms341000.html の事務職員等に含まれるものと思われます。したがって、こちらの場合は、自衛隊の隊員となりますが、自衛官ではありません。
     
    hush


  2. hushさん、詳しい解説をありがとうございます。
    私は昔、自衛官と自衛隊員の区別を知らず、必死で検索した事がありました。
    なかなか、知らない方も多いように感じる事もあります。
    ニュース記事でもたまに間違えていることもあるようですね。
    防衛省への出向の例もあるとのこと、貴重なお話を伺うことが出来、大変嬉しく感じました。
    心よりお礼を申し上げます。
    ありがとうございました。
    ゆき風


  3. 本質問に気づくの遅かったので、質問者がいるかは分かりませんが、人事院の資料を上げておきます。公務員はこの法則があてはまり、自衛官であろうとも法律で決まっているので同じです。

    https://www.jinji.go.jp/kenkyukai/koureikikenkyukai/H20_17/h20_17_betten/h20_17_betten_01.pdf
    じゃんご



304  300で、現代のアメリカ海軍、海上自衛隊の食事担当が軍人になっていると書きました。これは食事が兵食になっており、士官用の食事が供されていないからですが、イギリスはどうなのでしょうか。また、レセプション等で特別な料理を出す場合は誰が作るのでしょうか。Culinary specialistがそのようなものまで作るのでしょうか。それともケータリング業者を頼むのでしょうか。そこが気になって、いろいろと調べてみたのですが、イギリスの海軍士官が兵食を食べているような記述が見つからず、さりとて、士官用の食事がいまだに供されているのかよく分からず、いまだに結論が出ていません。出典を含めて御教示いただければ幸いに存じます。
 
hush

  1. 参考になればとおもいます。

    https://www.royalnavy.mod.uk/news-and-latest-activity/news/2019/june/14/190614-high-praise-for-hms-duncan-chefs

    https://www.royalnavy.mod.uk/news-and-latest-activity/news/2016/may/04/160504-navy-chef-selected-for-the-culinary-olympics

    上の記事ではケント公が訪問したときのレセプションの食事を提供したとありますし、下の記事ではロイヤルファミリーが訪艦したときに料理を提供したとありますので、海軍のスタッフが作っているのは間違いないと思います。
    じゃんご


  2. 参考資料はレセプション等、特別な料理についてでした。
    じゃんご


  3.  御教示多謝。
     大変、有益な記事を紹介していただきました。
     ローリーは地上の施設ですが、オーシャンとブルワークでということですので、イギリス海軍もアメリカと同じ潮流の中にあるようです。
     イギリスの士官も兵食を食べている可能性が高いようです。
     ありがとうございました。
     
     
    hush



303 戦艦大和沖縄特攻作戦時の、第2水雷戦隊司令官古村啓蔵少将の履歴を見ていて、ふと疑問に思ったので質問させていただきます。

古村少将は第2水雷戦隊司令官の前に第1航空戦隊司令官を務めています。私の中では菊花紋章を持つ「軍艦」からなる〇〇戦隊、○○航空戦隊の司令官は、菊花紋章を持たない駆逐艦からなる○○水雷戦隊の司令官より「格上」だと思っていたので、この転任はきわめて異例な人事に思えます。

日本海軍においてはほかにも○○戦隊司令官→○○水雷戦隊司令官のコースをたどった人物はいたのでしょうか?

それとも水上特攻という異常事態の実施時において、残存する数少ない有力な部隊を有能な人物に指揮させる、序列等などにかまっていられない、という極めて特例中の特例にあたる事例なのでしょうか?
備後ピート

  1. >○○戦隊司令官→○○水雷戦隊司令官
     他は木村進の第10戦隊>第11水雷戦隊>第10戦隊だけですが、これは意味合いが異なります。
    >格上
     駆逐隊は軍艦と同格だと思いますし、それを明記した文献は存じません。
      
    hush


  2. hush様、回答どうもありがとうございます。しかしながら私が問題にしたのは個々の艦の格上、格下ということではなく、部隊としての戦隊と水雷戦隊の序列では戦隊の方が格上として扱われていたので、逆の場合の指揮官の転任は異例ではないかということです。

    帝国海軍において少将級の提督があまたいる中、逆コースの例が木村少将と古村少将の2人しかいないということが、まさに戦隊と水雷戦隊の「格」を表しているのではないでしょうか?

    また第1艦隊においては第1戦隊司令官が艦隊司令官を兼ね、第2艦隊においては第4戦隊の司令官が艦隊司令官を兼ねるという場合が多々ありますので、当然戦隊司令官は水雷戦隊司令官より「格上」という表現になりました。そのうえで表記の古村少将の場合は異例ではないかとの質問をしたのですが、私の誤解ないし認識不足だとしたら、どうもすいません。
    備後ピート


  3. >2
    >個々の艦の格上、格下ということではなく
     「菊花紋章を持たない駆逐艦からなる」とあるからです。
     http://www.warbirds.jp/ansq/7/G2000471.html にあるように司令部の定数は戦隊でも水雷戦隊でも一緒ですので、各司令官、参謀の卒業期を根拠に書かれるのなら分かりますが、それを根拠にすることに意味があるのかと疑問に感じたからです。
     逆に言えば、どちらが格上かというのは卒業期の比較ぐらいしか判断材料はないですが、明文化されたものは見た記憶がないという意味です。
     もっとも、ここの293の3への御返答はありませんので、卒業期の重要性について納得されていないのかもしれませんが。
     
    hush


  4.  菊の御紋を持たない艦船が格下だというのなら、海上護衛総隊はどうなるんですか?
    おうる


  5. おうる様。おうる様は大井篤著「海上護衛戦」を読まれていないのかも知れませんが、実際の開設当初の海上護衛総隊はお世辞にも連合艦隊と「同格」とは資材的(構成艦船・航空機を含む)にも人材的にも言えないものでした。

    その最盛期の昭和19年中期でさえ、護衛船団の司令部は速成教育を受けた応召の予備役士官が中心で、船団司令官は永野修身海軍元帥と海兵同期の応召の老大佐が務めるありさまでした。大井篤大佐はこの現状を改善するため大いに苦慮を重ねますが、海軍中央部の無理解は最後まで連合艦隊第一主義が占めていたと思われます。

    末期の昭和二十年になると、もはや護衛すべき船舶も無く、B29の機雷投下もあって海上護衛総隊は事実上その行動を逼塞させられています。

    備後ピート


  6. >5
     海上護衛総隊司令長官の司令長官 
     https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7%E4%B8%8A%E8%AD%B7%E8%A1%9B%E7%B7%8F%E5%8F%B8%E4%BB%A4%E9%83%A8#%E6%B5%B7%E4%B8%8A%E8%AD%B7%E8%A1%9B%E5%8F%B8%E4%BB%A4%E9%95%B7%E5%AE%98%E3%83%BB%E5%8F%82%E8%AC%80%E9%95%B7 を見れば、遅まきながら海上護衛の重要性に鑑み、連合艦隊と「同格」以上を目指したものと捉えるべきでしょう。
     
    hush


  7. >>5. 永野修身って海上護衛総隊に関わってましたっけ?
    おうる


  8. 「永野修身元帥と海兵同期」=海軍兵学校28期(明治30年卒業)の「予備役大佐」の意味で書いたのですが…
    備後ピート


  9. どちらかといえば、1航戦司令官の方がピンチヒッターだったんじゃないですか。

    時系列的には、レイテ沖海戦前に、
    (1)1航戦を直率した小沢第3艦隊長官の3航戦直率
    (2)3航戦司令官だった大林少将(43期)が第3艦隊参謀長に異動
    (3)第3艦隊参謀長だった古村少将(45期)が指揮官不在となった1航戦司令官に就任、本土に残留

    その後
    (4)1航戦司令官は古村少将から大林少将に交代

    ですから、捷号作戦の際の大林少将の第3艦隊参謀長、古村少将の1航戦司令官への就任が異例中の異例で、古村少将の2水戦司令官就任で元に復したのではないかと。

    若狭玄


  10. >9
     フォロー多謝。
     それが正解でしょうね。
     
    hush



302 日本軍の大本営って、戦前&戦時中の国民からは
どんな風に見られていたのですか?

現代の『漫画で学ぶ日本の歴史』などに登場する大本営は
軍人たちはすぐ頭に血がのぼる、論理的な反論でも黙れ!問答無用!と
すぐ大声で喚きたてる。時には軍刀を抜いて相手を脅すなど・・・
横暴で高圧的に振る舞うシーンがよく出てくるのですが、
現実でも大体そんな感じでしたか?

天手力男

  1.  雲の上の存在です。
     天皇の関係機関ですから、一般人が窺い見ることも近づくこともできません。
     HNから考えますと、このあたりはよく御存知かと思いますが、天皇は神とされていたからです。
     直立不動の上、畏れ多くも畏くも天皇陛下のとやらなければ殴られるわけで、そんな畏れ多くも畏くもある場所のことを考えることもないわけです。
     内実がどうであったか私も存じませんが、そのようなことが伝わってくるのはずっと後のことです。
     
    hush


  2. >現実でも大体そんな感じでしたか?

     大本営会議自体は天皇臨席で行われる会議ですので、大声を出したり抜刀するような真似ができたとは思えませんが…
    おうる


  3. >2
     たしかに大立ち回りをした相沢事件は陸軍軍務局ですし、南雲が井上に印を押せと鬼の形相で日参したのは海軍軍令部ですね。
     作者の方が勘違いしているのかもしれませんね。
     大本営参謀で報道担当をした人などは、業務の関係からか物腰の低い人が多かったようです。
     
    hush



301  旧日本軍では士官学校時代の成績がその後の役職や出世に常に影響したそうですが、成績優秀な出世コースでなく最下位の士官は退役までのほぼお決まりのコースがあったのでしょうか?
タブ

  1.  士官学校ということは陸軍ですので、そちらの方はよく分かりませんが、海軍でしたら、艦の運用長か、防備隊か掃海隊、駆潜隊等の分隊長あたりで予備役というのが通り相場かなとも思います。もっとも、その防備隊の分隊長から海軍大学校へ入校する人もおりますし、木村昌福のように兵学校の成績は低く、各種学校の高等科を一つも経験しなかったノーマーク組だったのに、中将まで累進する人がいるように、その経過は様々です。
     旧日本陸軍の場合は専門外ですが、海軍の場合は、ハンモック・ナンバーによって、自動的に一定のコースを辿るというのはなさそうに思います。
     
    hush


  2. こちらも参考にしてみて下さい。
    http://www.nids.mod.go.jp/publication/kiyo/pdf/bulletin_j9_1_4.pdf
    じゃんご


  3. 他にも藤井非三四著の陸軍人事という本があります。
    面白い本でしたが、私は門外漢なので正しいかは良く分かりませんが、今の官僚の出世に似ているなと思いましたね。前の期を追い越してはいけないとか。
    じゃんご


  4. まぁ、どちらの資料を読んでも士官学校での成績もありますが、陸軍大学校や帝國大学を卒業したかなどの最終学歴が何であったかに左右される世界だったようです。

    スマホ投稿で間違ってタップしちゃって、細切れになってゴメンなさい。
    じゃんご


  5. >2-4
     質問は最下位の士官は退役までのほぼお決まりのコースがあったのでしょうかですが。
     
    高林水門


  6. 陸軍では士官學校を卒業して隊附になったあと、陸軍大學校を受驗し合格すれば末は将官と云ふ出世コースに乗ります。陸大に行かなかった人は其のまゝ隊附を續け尉官までは年功序列で一齊に同時進級し少佐から上は抜擢進級となります。陸大出身者が優先して進級し将官ポストも独占するので非エリートコースの人は進級が遅れ長い時間をかけて少佐か中佐まで行き其處で現役定限年齢(定年)を迎え後備役編入が普通となります。運がよければ(事故を起こさず他の人より運がよく能力も優れていれば)大佐の聯隊長になります。大佐になって實役停年(少将に進級する為の大佐の経験年數)を越えていれば定年時に少将になり直ちに待命、後備役編入となります(此れを營門少将と云います)。他の階級でも實役停年が満たされていれば少佐は定年時に中佐、中佐は大佐に進級のうえ停年退職となります。これは恩給額を少しでも多くしようと云ふ事でしょう。
    軍人志望の少年が「せめて大佐の聯隊長になりたい」と抱負を述べると大人達から「せいぜい少佐がよいところ」と笑われたのでありました。
    他の官吏と比べて官等から見れば大佐は本省課長、中佐は筆頭課長補佐、少佐は課長補佐と云ふところです。
    あるめ


  7. >6
     やはり陸軍というのは人数が多いだけに、昇進がきついのでしょうね。
     あるいは、これは軍縮期の話であるのかもしれませんが、海軍の場合、兵学校卒業生であり、大過なく健康で普通に勤務していれば大佐になれるというのが内則です。実際、海兵17-47期で少尉に任官した3407名のうち、將官になったもの826名、同時期の陸軍が17547名中2476名、百分率でいうと海軍24.2%に対して14%ですから、2倍近い差があったそうですが、大佐だと、もっと開きがあったのでしょうね。
     興味深い情報をありがとうございました。
     
    hush


  8. コースはともかく問題なく勤め上げれば最下位でも佐官まではいけたのですね。
    ありがとうございます。
    タブ



300 お世話になります。宜しくお願いいたします。

出典がはっきりせず大変申し訳ないのですが、discoveryチャンネルかヒストリーチャンネルのアメリカの航空母艦を特集した番組で「空母には海軍、海兵隊、少数の文民、合計6000名ほどの人員が勤務している・・・」みたいな紹介がされていました。あまり詳しくない私でも海兵隊員が乗艦しているのは知っていたのですが、この「少数の文民」というのがよく分からないのです。番組中では詳しく触れられておらず、大変気になっています。 無知なりに海軍省、国防総省の官僚やCIAなどの諜報機関の職員なのかな?と想像しています。「空母 文民」で検索してみましたがヒットしませんでした。くだらない質問で申し訳ないのですが、とても知りたいです。お詳しい方いらっしゃいますでしょうか?お教え頂きたいです。宜しくお願いいたします。
ゆき風

  1. 例によって小説からの知識なので確実ではありませんが、軍医以外の専門医、例えば歯科医とか精神科の医師は文民である場合があるようです。
    他にも「軍属」に分類される民間人の専門家、造船所の技師、新型兵器の技術者などメーカーからの出向員も含まれると考えられます。
    情況次第で変わり、居ない場合もありますし、空母のような大型艦だと悩み事専門のコンサルタントが居る場合も(軍属とは限らないようですが)
    タンジェント


  2.  US Warship CivilianでGoogle検索をかけるといろいろ出てきますが、1で書かれているようにメーカーからの出向者、中には、コピー機の技術者が修理のために派遣されていたり、海兵隊員訓練用のインストラクターや福祉リクレーションの担当者までいたようです。
     とはいえ、一番多いのは1で書かれている出向者で、PofWがビスマルク迎撃のために造船所の関係者を乗せたまま出撃したことを思い出しました。
     
    hush


  3. タンジェントさん、hushさん、おはようございます。

    詳しくお教えくださりありがとうございます。医療関係者や技術関係の方々が文民の場合があるんですね。
    軍医は軍人だけと思っていたので良い勉強になりました。
    hushさんから頂きましたアドバイスで検索したところ、おっしゃる通りヒットいたしました。
    なかなか検索下手で情けないです。 それで、いろいろ閲覧していたところ、海軍犯罪捜査局という項目に行き当たりました。私はこの海軍犯罪捜査局という部局を知らなかったのですが海軍の憲兵隊とは別の部局で海軍・海兵隊などの犯罪を捜査する部署とのことでした。この部局の特別捜査官は陸軍とは違い、文民で構成されており、航空母艦にも乗艦をしていると紹介されていました。この方々もおそらく少数の文民乗組員に計上されていたと思いました。知らないことばかりで好奇心が疼きます。お二人には大変感謝いたしております。
    お教えありがとうございました。
    ゆき風


  4.  軍官に乗ってる文民(民間人)で一番ポピュラーなのは料理人じゃないですかね?
     軍属の料理人を乗せている海軍って結構多いと思います。
    おうる


  5. >4
     今、そんなに乗っていますかね。
     民間委託になっていなければ、アメリカも海上自衛隊も軍人Culinary specialistですし、イギリスもそうではないかなと思っております。
     
    hush


  6. 従軍聖職者は多くの場合軍人ですが、軍属である場合があるようです。旧日本帝国軍では、神官や僧侶の資格を持った徴兵軍人が従軍聖職者の役割を果たす場合がありましたが、軍属の従軍僧が多数でした。

    なお調理人は、映画「沈黙の戦艦」でもそうでしたが、殆どが軍人のようです。

    以上、例によって小説からの知識で申し訳ない。
    タンジェント


  7. タンジェントさん、お礼が大変遅くなり申し訳ありません。
    勝手に解決済み扱いにしてしまっていました。
    せっかく良いお話を伺いできたのに失礼をしてしまいました。
    改めてお礼を申し上げます。
    ありがとうございました。
    ゆき風



299 ご年配の方には常識以前の質問になるかとは思いますが…。

旧日本軍の徴兵制において、当然陸軍に召集される方と海軍に召集される方がいるわけですが、海軍に召集される方は訓練その他の都合上、船員や漁師など海上生活の経験のある方が優先されていたのでしょうか?それとも全くアトランダムに選別されて、訓練で矯正することを前提として樵出身の水兵とか、船頭主出身の陸軍兵卒とか珍しくなかったのでしょうか?
備後ピート

  1.  その前に、船員や漁業関係者は徴兵されないと思います。もちろん、志願すれば別でしょうが、特殊技術を持つ者は徴兵検査で合格しても、徴兵されなかったようです。このあたり、資料が残っていないので分からない部分はありますが、商船学校出の船員は予備士官となり、その他船員は一般船舶の運航にあたっており、漁師は漁業にいそしむ傍ら、人間レーダーとして哨戒線を形成していたわけです。
     
    hush


  2. 徴兵の基準は身体の健康が優先されます。その結果、水兵の中に泳げない者がたくさんいます。戦後に学校教育で水泳が普及するまで、日本人の大半は泳げなかったのです。

    BUN


  3. >2
     そうですね、海軍兵学校で泳ぎを覚えた人は結構いますからね。
     そのあたり、昔、自分のページで書いたことがありますが、海水浴場であって、海水泳場でないことが端的に示しています。
     
     特殊技術の中には運転免許があり、叔父はこれを持っていたがために徴兵されずにすんでいます。もっとも、徴用はされており、鈴鹿海軍工廠で物資輸送に従事していたと聞いています。
     
     
    hush


  4.  その後、他のことを調べていましたら、50T以上の漁船となっていましたので、漁師がすべて徴兵猶予になるわけではないようです。
     
    hush


  5. 陸軍は徴兵制で海軍は志願制が原則で所要人員が足りない場合だけ徴兵となっておりました。陸軍は兵科兵種別を決める時に優先すべき職業を大まかに決めていました(船頭や樵は工兵(渡河や木工)、自働車運轉手は輜重兵など)。海軍は海兵團に入れてから選別してゐたようです。けれど太平洋戰争になると海軍も急膨張して兵隊が不足し徴兵が増えてしまいました。
    陸軍聯隊區の主宰する徴兵檢査で海軍を志願すればそっちにいくのですが、志願しなくても海軍に入れてしまう事が増えてきて、餘り娑婆の職業とは繋がらない形になってゆきました。
    あるめ


  6. >5
     フォロー多謝。
     そういうふうになっていたのですね。
     
    hush



298 第二次大戦時の赤軍の兵力単位について不明な点があるので質問します。

第二次大戦時欧米の兵力単位が師団→軍団→軍となっているのに対し、日本軍及び赤軍の兵力単位はは師団→軍→方面軍(あくまで邦訳によります。念のため)となっていると理解していました。

しかるに第二次大戦中の赤軍には上記とは別に「軍団」が存在することを、このたび知りました。この「軍団」の位置付けが良く理解できません。上記の兵力単位のどこに位置するのか、また、1941年開戦時の「軍団」と1944年大戦後半時の「軍団」が同様の規模の兵力単位を示すのかも良く分かりません。

このあたりの赤軍組織について詳しい方、素人にも分かるようにざっくりとでいいのでご説明ください。

備後ピート

  1. 「第二次大戦中の赤軍には上記とは別に「軍団」が存在する」とはどのような編制を指しているのかを教えてください。
    1941年の軍団も、1944年の軍団も、基本的な編制は変わっていません。
    少々趣きが違うのは1930年代に編成された機械化軍団ではないかと思います。
    BUN


  2. すいません。正直言ってBUN様の解答の趣旨が私にはよく理解できません。

    これはwikiからの要約ですが、1943年のクルスク戦時のボロネシ方面軍の戦闘序列は、第6親衛軍、第7親衛軍、第38軍、第40軍、第69軍、第1戦車軍、第35親衛狙撃兵軍団、第2親衛戦車軍団、第5親衛戦車軍団と軍と軍団が混在しています。

    私が知りたいのは、師団<軍団<軍<方面軍なのか師団=軍団<軍<方面軍あるいは師団<軍=軍団<方面軍なのかという兵力単位の大小の関係性なのですが…。

    赤軍の兵力単位上の「軍団」は欧米流の「軍団」と比較することや、日本軍が「軍団」と邦訳するのが不適当な微妙な存在なのでしょうか?

    少なくとも第一次大戦のロシア軍は欧米流の師団→軍団→軍→方面軍の構成を取っていたと思うのですが…。

    備後ピート


  3. 独ソ戦時ソ連軍の大半を占める歩兵部隊については開戦前から1945年5月まで、師団、軍団、軍、フロント(概ね独軍の軍集団に相当)といった構造に変化はありません。各軍管区の予備兵力は別として師団、軍団、軍、フロントの階層で構成されているのです。
    それでも巨大な軍隊ですから例外はあり、例えば開戦時の北方フロントでは第7軍は下に軍団を持たず師団4個を直轄で持っています。師団、軍、フロントの1例ですが一般的ではなく、他の14軍、23軍には歩兵軍団があり、こちらが標準的です。
    開戦時から終戦まで、師団と軍の間に軍団があるのが普通なのです。

    ただし、これは歩兵部隊に於いての話で、戦車部隊、機械化部隊では事情が違います。
    上に挙げた開戦時の北方フロントの第14軍は第42ライフル軍団を持つと同時に戦車師団を軍直轄で持っています。突破作戦時の予備として第1戦車師団を第1機械化軍団から分離させて直轄で持っているのです。
    では、第1戦車師団を分派した第1機械化軍団はどうなっているかと見れば、こちらはフロント予備として間に軍を介さずフロント直轄です。
    このように機械化部隊は普通より小さな単位で直轄部隊として組み込まれることが多く、師団、軍団、軍、フロントという標準的なスタイルからはみ出しがちです。

    さらに開戦後、ソ連軍は戦車師団を編成せず、機械化軍団、戦車軍団は戦車旅団や独立戦車連隊などから編成されます。師団、軍団、軍、フロントではなくて、旅団、軍団、軍、フロントといった構造に変わります。
    そして開戦時と同じく、機械化ぶたい、戦車部隊は予備としてフロント直轄で運用されることもあります。

    「日本軍とソ連軍は師団、軍、フロント(日本なら方面軍)という構造だ」というのは単なる誤解で、ソ連軍は基本的に師団、軍団、軍、フロントの構造を一貫して維持しています。
    ただ、機械化部隊、戦車部隊では事情が違う、ということです。

    BUN


  4. BUN様、素人にも良く分るように懇切丁寧に説明してくださり、ありがとうございます。赤軍独特の兵力単位が良く分り、かのフジ出版「バルバロッサ作戦」「焦土作戦」を読んで以来の長年の疑問に区切りがつきました。

    当時大学生で図書館で借りてきた表紙カバーの無い、分厚い黒い表紙の両書を読んでいて「あいつは暇さえあれば辞書を読んでいる」と友人らに揶揄されたのも今では懐かしい思い出です。
    備後ピート



297 日露戦争の頃の露国海軍士官俘虜という表を見ますと、中将、少将、中略 大尉、専科二等大尉、専科中尉、少尉、専科少尉、少尉補とあります。
この「専科」と何なのでしょうか?
戦闘兵科では無い士官の方と愚考しましたがご存知の方おられますでしょうか。
3式団子

  1.  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E8%BB%8D%E3%81%AE%E9%9A%8E%E7%B4%9A#%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E5%B8%9D%E5%9B%BD%E8%BB%8D%EF%BC%881700%E5%B9%B4%E4%BB%A3%EF%BD%9E1917%E5%B9%B4%EF%BC%89
     上記にあります「ロシア帝国海軍の階級呼称一覧」を見ながら考えてみたのですが、うまく適合しません。
     ただ、専科二等大尉の二等に注目すると、一覧のкапита&#769;н 2-го ра&#769;нга(Kapitan 2-ga Langa)に2が含まれており、他には、水兵以外では、数字を含むものがありません。もっとも、これは二等海佐と訳すはずのものですので、尉官ではありません。ただ、御質問の中略部分に佐官階級が含まれているかどうかが分かりませんが、もし、他に二等という言葉を含むものがなければ、専科二等大尉はкапита&#769;н 2-го ра&#769;нгаである可能性が高いと思っております。だとすれば、佐官待遇の尉官という意味で「選科」とつけたのかもしれません。だとすれば、これは特別という意味なのかなとも思っております。また、もしそうなら、選科少尉というのは、少尉待遇の下士官という可能性があります。
     なお、少尉補は、1886年まで旧日本海軍で使用されていた階級です。
     
    hush


  2. 早速の御回答頂きましてありがとうございます。
    「専科」が付くのは尉官のみでして、大佐、中佐、大尉となっており少佐がありません。
    英語版wikiなど見て原語が何で合ったのか探してはいたのですが良く分かりませんでした。
    3式



296 映画「燃ゆる大空」で整列した訓練生に訓示する中で〈皇国空軍の勇士〉と言うセリフが出てきます。
1940年の映画で軍の検閲がかなり厳しい時代と思うので言い間違いが通ったとも思えません。旧日本陸軍では航空隊は空軍という通称で呼ばれていたのでしょうか? 
トロッター

  1.  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E6%A4%9C%E9%96%B2#%E8%84%9A%E6%9C%AC
     該当する項目がなさそうですね。
     なお、海野十三が1933年に出した「空襲下の日本」という文章には「帝国空軍」と出てきます。また、邦字新聞には「日本空軍」と書かれたケースが散見されます。
     
    hush


  2.  リンク先を https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E6%A4%9C%E9%96%B2 に変更します。
     
    hush


  3. 航空部隊を空軍と呼ぶことは当時、普通にありました。例えば航空兵団が創設された際の徳川好敏航空兵団長が各隊長に向けた訓示(昭和11年11月9日)で徳川兵団長は「無敵空軍を速やかに建設し明日の戦争に備うる」と述べています。
    ときどき読み違えられ、誤解されますが、この発言は「空軍独立を望む」といった将来の展望を述べたものではないことが、訓示の前半で「本年東京の不祥事件」(2.26事件のこと)を挙げて軍紀風紀の緊粛を求めていることからもはっきりしています。そんな時期にそんな場で軍制改革を煽ったならば、いくら徳川男爵でも即刻解任されていたことでしょう。
    BUN


  4. 作家やマスコミがどう呼ぶかはさておき、軍の内部、しかも公式な場で航空兵力を「空軍」と呼ぶことがあった、ということです。
    BUN



295  軍用機の機長について質問します。
 過去ログを見るとと、日本軍では機長は特に決まっておらず、搭乗員の中で最先任の将校が就くもので、操縦員とは限らないとのことでした。
 『メンフィス・ベル』や『決戦攻撃命令』のようなアメリカ製戦争映画を見ると、主任パイロットが常に機長になっています。
 民間機でも機長は主任パイロットですが、日本軍は例外だったのでしょうか?


PIAT

  1.  機長は英語でpilot in commandと言うそうです。操縦士の長です。ポルトガル語のPiloto em comandoも同じです。ところが、イタリア語のcomandante di un aeromobile、ロシア語のКомандир воздушного суднаは航空機の長、フランス語のCommandant de bordは船長です。そして、英語のpilot in commandはアメリカ英語で、イギリス英語ではcaptainなのです。そこから考えると、機長は操縦士ではなく、他の人がやっており、操縦士に指示していた時代があったということになります。ところが、おそらくはアメリカで、操縦士が機長を兼任するようになってpilot in commandという呼称が生まれ、ポルトガルなどはこれに追従したのだと思われます。
     では、操縦士が機長になる前はどうであったかというと、航法士、もしくは爆撃手が任じられていたそうです。
     したがって、旧日本軍だけでなく、他の国でも操縦士以外の人が機長となるケースもあったのではないかと思っています。もっとも、私の語学力ではそこまで調べる力も気力もないので、他の証拠はと言われると困るのですが。
     
    hush


  2. hush様 外国語の情報を調べていただき、ありがとうございました。

     軍隊では自分で銃を撃ったり、機械を操作したりする者よりも、命令する者が上官なのが普通だと思います。
     通常の場合、水雷艇の艇長は、操舵したり機関銃を撃ったりせずに、例えば「取り舵一杯」とか「右45度の敵水雷艇を撃て」とか命令すると思います。
     また、戦車の車長も、通常は砲手や操縦手に命令するのが仕事です。
     航空機では操縦手が機長つまり指揮官になったのはなぜでしょうか?
    PIAT


  3. >2
     飛行機がアメリカで発明されたからでしょう。
     貴族社会でしたら、運転は使用人の仕事ですが、そうではないアメリカでは、自分で運転する人が多かったと思っています。
     たとえば、人形劇のサンダーバードでは、ペネロープは、自分が運転できるにも関わらず、執事のパーカーにFAB1を運転させています。ところが、トレーシー兄弟は、キラノという執事がいるにもかかわらず、自分で操縦しています。言うまでもなく、ペネロープはイギリスの貴族の娘ですが、兄弟の父であるジェフ・トレーシーはアメリカ空軍の退役大佐です。
     また、ライト兄弟にしろ、カーティスにしろ、なぜ、飛行機を作ったかというと、自分が操縦するためです。
     したがって、乗員が増えても、操縦士が機長であるというのは、アメリカでは不思議ではなかったわけですが、ヨーロッパ各国では、共和国フランスですらCommandant de bordであり、操縦士は指示を受けて操縦する者という立場にならざるを得なかったのです。
     そういう中で、ポルトガル語のPiloto em comandoが、アメリカ英語と同じく、操縦士の長というのは、異質なのですが、これはブラジルのポルトガル語なのかもしれません。
     というのは、ブラジル人にとって、飛行機の発明者は、ブラジルのコーヒー農園主の息子で、ライト兄弟の初飛行の3年後にヨーロッパで最初に飛行機を飛ばしたサントス・デュモンだからです。そして、ブラジルは、差別に不寛容な国ですから、操縦士だから指示を受けるものであるという発想が出てこないわけです。
     
    hush


  4.  民間で発生したというのも大きいと思います。
     ライト兄弟、カーティス、ラングレーはもちろん民間人で、サントス・デュモンに至っては飛行機の軍事利用に反対し続けた人物ですので、2で仰っているような軍の指揮系統とは無縁です。
     ところが、飛行機と同時期に開発された潜航艇のほうは、民間にはあまり関係のない代物です。もちろん、ブッシュネルも、ホーランドも民間人ですが、軍の要望によって開発しています。したがって、タートルのように1人乗りから発達しても、操縦者が艇長になるということはなかったわけです。
     
    hush



294 大日本帝国の陸海軍においては、士官が結婚する際に結婚相手の親戚まで調べられると聞きました。下士官においてもこのようなことはあったのでしょうか?
また、結婚相手が水商売のために許可が下りず、海軍を辞めて愛を貫いた士官の話をききましたが、他にも認められない条件はあったのでしょうか?
ちはや

  1.  http://storage2017.jugem.jp/?eid=9
     上記あたりが分かりやすいと思いますが、下士官においても同様です(徴兵中は結婚できませんので、引き続いて軍籍に残った場合となります。なお、明治時代の兵曹長は士官となります)。
     不許可になるのは、そこにあるように「本人もしくは直近の血族に禁治産者や犯罪者がいない者」ですが、国籍条項もあるはずです。
     芸妓に関しては身請けしていれば法的には問題はなく(顰蹙を買って私的に制裁を受けたようですが)、知人の養女にしてという方法が取られたケースもあるようです。
     なお、山田風太郎の「エドの舞踏会」で知ったのですが、明治の元勲の妻には芸妓出身の人が多く、軍人では山本権兵衛の妻が有名です。
     
    hush


  2. >不許可になるのは→許可になるのは

    hush



293 戦前の陸軍において、陸軍大臣、参謀総長、教育総監が「陸軍3長官」と呼ばれ一応同格の存在であったと理解しているものです(大前提)。
特に陸軍省と参謀本部の権限は軍政、軍令と別れていても同格で戦時下に色々な軋轢を起こしている印象があります。

これから類推して海軍でも「海軍3長官」、海軍大臣、軍令部総長、連合艦隊司令長官はほぼ同格と理解していたのですが、終戦後米内光政海軍大臣が無条件降伏を肯んじない豊田軍令部総長と、大西軍令部次長を呼びつけて激しく叱責する場面があったことを知り、陸軍の3長官と海軍の3長官では内部の力関係に大いに差があるのかと思ったしだいです。
これはもともとそういう序列だったのでしょうか?それとも貴下の艦艇のほとんどを失い、相対的に軍政の方が軍令の立場より優位に立った結果としてのことだったのでしょうか?
備後ピート

  1.  米内が兵学校の何期か、また、豊田、大西の両名が何期か考えてください。また、天皇の判断に異議を唱えられないのですから、立場は関係ないでしょう。なお、連合艦隊司令長官は、軍令部の命令を受けて行動する建前ですので、鎮守府司令長官、方面艦隊司令長官等と同格でしょう。
     
    hush


  2. hush様。早速の解答ありがとうございます。しかし海軍兵学校の卒業期がそこまで重要な要素しょうか?多少の疑問が残ります。ですが現実にそうなっている以上その点は無視できないでしょう。鈴木貫太郎首相などはそれよりはるかに先輩ですが。

    もし海軍大臣が前任の嶋田繁太郎海軍大将だったら、このような場面は、果たして現出したでしょうか?いろいろ興味のわくところです。

    また陸軍においても、陸軍大臣阿南大将が梅津参謀総長と河辺次長を叱責するような場面がありえたのでしょうか?

    IfにIfを重ねることはあまり意味がないこととは思いますが、個人的には非常に興味深く思えたので、あえて質問したしだいです。いろいろ無知をさらけ出して汗顔の至りです。

    備後ピート


  3. >2 海軍兵学校の卒業期がそこまで重要な要素しょうか?
     もちろん、重要な要素です。
     
    hush



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