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武器、装備全般
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780 九二式車載十三粍機関銃の初速が745m/sとやけに低下しているのはなぜでしょうか。
同じ弾薬を使い、銃身長もほぼ変わらないホ式十三粍高射機関銃では800m/sです。
やはり失敗作だったのでしょうか
パンジャンドラム

誰か答えて下さい。

779 レーダーアンテナの回転方向ですが、ほとんどが時計回りのように思われます。
何か技術的な理由があるのでしょうか?
satoski

誰か答えて下さい。

778  航空機用ガスト式機銃において、不発弾のせいで射撃停止してしまった場合のコッキングはどうやってるんでしょうか?
 チェーンガンやバルカン砲やリボルビングキャノンみたいな動力式ではない通常の機銃だとコッキング用ワイヤが1本コクピットまで繋がっていて、それを引いてコッキングしたりしますけど、ガスト式の場合単純に同じ方式でやろうと考えるとコッキングワイヤは2本必要になりそうに思えます。
おうる

誰か答えて下さい。

777 ナイフ格闘術というものがあり、訓練が行われていると聞きます。
至近距離だと銃よりも格闘の方が巷で言われており、それは納得できるのですが、実際のところ弾切れや人質への誤射を恐れてといった理由を除いてナイフなどを使用することはあるのでしょうか。
というのは、実際に格闘になる前には互いに索敵/警戒を行ってるわけで、その段階で銃をしまってナイフ片手にうろうろするのはいくら何でも不利なのではないかと思います。
せつ

  1. ミス: 至近距離だと銃よりも格闘の方が速いと
    せつ


  2.  ナイフによる格闘戦が必要になるのは奇襲攻撃、特に相手気づかれずに接近する場合です。この時、銃器は、消音器を使っても多少とも音がしますので、ナイフを使用するほうが確実なようです。もっとも、銃器類の発達によりこの状況は随分と変わってきているようですが、特殊部隊等を中心に訓練が行われています。
     
    hush


  3. ありがとうございます。

    そのとき相手に抵抗されるのは想定されていますか?
    つまり格闘の訓練を行うのは多少抵抗されても助けを呼ばれる前に素早く倒すためですか?
    それとも単に奇襲が失敗した場合に身の安全を図るためですか?
    せつ


  4.  抵抗されたら奇襲になりません。したがって、すばやく倒すためでしょう。
     
    hush


  5. こんなのも有りますね。
    ttps://machida77.hatenadiary.jp/entry/20110523/p1

    暇人


  6. 一対一で向かい合って行うような格闘訓練は必ずしも現実に即したものではないということでしょうかね

    もちろん最初に除外した弾切れ等のどうしても銃が使えない場合の最終手段と言うのも念頭にあるのかもしれませんが

    せつ


  7. 非武装の相手を鎮圧する警備要員のような仕事もありますし、格闘訓練自体は意義のあることだと思います。
    しかしナイフファイティングとなると、実戦で活用する機会はほぼ無いんじゃないでしょうか。
    兵士というのは重武装で連携行動するプロの戦闘集団ですから、これを気付かれず奇襲するのは容易な事ではありません。
    それでも銃火器が使えるならまだしも、ナイフで攻撃を掛けるのは無理でしょう。

    また、「至近距離なら銃よりもナイフの方が」というフレーズは私もゲームで話題になったのを憶えていますが、流石に現実とは事情が違います。

    ナイフや拳は本当に手の届く範囲にしか攻撃できませんから、少し距離が離れたらお終いです。
    それに一撃繰り出すのに多少なりと予備動作が必要ですから、連続攻撃や複数人を相手取る事が難しいのです。
     一方で銃火器ならば、接近戦では見える範囲ほぼ全てに攻撃が届き、人差し指の動作だけで素早く強力な連打ができます。
    しかも、接近戦で銃火器を素早く扱うためのテクニックや、不意打ちで掴みかかられた場合の対処術なども相当に研究されています。
    仮に銃火器で武装した兵士がナイフで襲われたとしたら、近づかれる前に撃ち倒すか、
    咄嗟にバックステップで距離を取ったり相手を蹴ったり押しのけたりしつつ撃つでしょう。


    みがも


  8. 余談ですが…


    接近戦では(略)という類のフレーズはメタルギアソリッド3やバイオハザード4といったゲームで登場していましたが、
    圧倒的だったのはあくまでムービー内の都合のいい展開のみ、それも超人的な身のこなしが伴っていたと思います。
    実際にゲームプレイで真似しても大抵数発は撃たれましたし、現実ならその時点で人生がゲームオーバーになるのは言うまでもありません。
    また、奇襲をかける場合も消音銃を使って離れたまま無力化した方が圧倒的に速いし楽でした。
    他のゲームでもナイフファイトは大抵ハンデプレイやトロフィー扱いで、特別な優位は殆ど無いのが普通です。
    ゲームでさえこれですから、厳しい現実の戦場で任務達成に全力を傾ける軍隊が、わざわざナイフ攻撃を試してみる理由は無いわけです。

    本当に接近戦でナイフが強いのであれば、例えばSASの対テロ部隊は研究の末にMP5ではなくナイフを振りかざして突入する異形の部隊になり、
    影響されて各国も同じような対テロ部隊を設立して…日本の自衛隊ではCQB専門の対テロ・サムライソード部隊が…なんてことになりそうですが、実際はそうでもありませんよね。
    …ちょっと見てみたい気もしますが。



    みがも



776 こんにちは。砲兵に関する質問です。
『砲兵は戦場の神』とスターリンは言ったらしいですが、『砲兵は戦場の女神』という文言は誰が、あるいはどこの国でどの時代に生まれたのでしょうか?
少し調べたのですが、漠然とそう言われているだけで出典がありません。
詳しい方にご教授いただければ助かります。
ほへー

  1.  https://en.wikiquote.org/wiki/Talk:Artillery
     https://en.wikiquote.org/wiki/Artillery
     上記を見ると、女神と訳せるものはないようですので、邦訳する際に誤ったのかもしれませんね。
     
    hush



775 こんにちは。イギリスの王室騎兵乗馬連隊などの兵士が騎乗で衛兵任務につく時に装備している胸甲ですが、実用的な意味合いが含まれているのでしょうか?
それとも、王室の威厳などを表現する装飾なのでしょうか?
変事が勃発した場合、胸甲は邪魔になりそうな気もしますが、防刃ジャケットにはなりそうですし、正直わかりません。お詳しい方ご教示していただければ助かります。
カーツ

  1.  あの胸甲は装飾でしょう。胸甲騎兵が登場した当時だと、あの程度でも銃弾を防げる場合もあったようですが、現代の貫徹力の増したものでは対抗できないと思われるからです。
     現在、イギリスの胸甲連隊はライフガーズとブルーズ&ロイヤルズですが、各2ヶ中隊が王室騎兵連隊、1ヶ中隊が王室騎兵乗馬連隊に派遣されています。後者が一般に知られる儀仗兵としての騎兵ですが、前者は戦闘部隊です。そして、Household Cavalry Regiment(王室騎兵連隊)等の後で画像検索してもらうと分かると思いますが、前者は通常の戦闘服を着ています。また、後者においても、胸甲をつけるのは騎乗している場合であり、徒歩で移動している時はつけていません。
     もしも、あの胸甲が防刃の意味を持つのであったら戦闘時はもちろん、徒歩時につけていないというのは解せません。また、変事に遭った時ということですが、王宮警護に当たるのは儀仗兵のみではありません。
     たとえば、エリザベス女王が出かける場合は黒服姿の護衛がつきます。当然、王宮内にも護衛はいるでしょう。したがって、近衛兵という王族用の護衛担当を意味する職名は持ってはいても、儀仗兵でしかないので、威儀を正すためだけに時代遅れな胸甲をつけていると考えるべきだと思っています。
     
    hush


  2. hush様

    おはようございます。 お礼が遅くなってしまいまして申し訳ありません。
    キルゴア中佐の件に引き続き、ご教示していただき誠にありがとうございます。
    胸甲についてなのですが、やはり儀仗的な意味合いが強いのですね。
    ご高説のとおり、歩行の胸甲騎兵は胸甲を着用していませんし、その辺りからも装飾的意味合いを感じました。
    疑問に対して、確かな裏付けが取れました。 大変参考になるお話本当にありがとうございました。
    カーツ



774  砲弾(銃弾)の加工法の歴史について質問です。
 砲身の切削加工はド・ヴァリエール・システムが最初ですが、砲弾(あるいは銃弾)生産の際に切削加工を施して精度を確保するようになったのはいつからでしょうか?
 ペクサン砲あたりからかと想像していますが、いまいち確認しきれておらず難儀しています。
おうる

  1.  そういう切削加工により精度を高める必要性が生じるのは、後装式施条砲が出てきてからではないでしょうか。ライフルと噛み合わすためには、それまでの詰物をして間隙を塞ぐ程度では効果が薄いからです。そして、施条の後端に装填するには後装式でないと難しいからです。
     もっともフランス人はミニエー銃やライット・システムを開発して前装式でも可能な施条銃や砲を作っていますが、前者はコルクを、後者はリベットを使用することによって施条溝を追従できるようにしたもので、弾体そのものの精度はあまり求めていないと思われます。
     ペクサン砲は1820年代の開発ですが、フランスで後装式施条砲が開発されたのはその50年後の1870年ですので、当然、これも前装式です。したがって、その砲弾は球形ではありませんでしたが、精度を求めるようなものではなかったと思っております。
     おそらくは、アームストロング砲以降でそのような加工が始まったのではないかと愚考致しておりますが、その厳密な始まりについては私の能力を超えるものですのでお許し下さい。
     
    hush


  2.  回答ありがとうございます。
     球形ではない砲弾の使用が始まったのがペクサン砲ですが、前部は球形砲弾と同様で後部の円筒部分が「サボ」だというのは分かっていたのですが、そのサボ部分が何でできているのか?がわかりませんでした。
     サボである以上発射ガスをシールする機能があるはずなので、金属製であれば切削加工によって精度を出している可能性があるのではないかと予想していたのですが、裏付けとなる資料を見つけることはできませんでした。
     お説に従えば確かに少なくともライフル砲が開発されるまで待たねばならないかもしれません。
    おうる


  3.  あのサボsabotは木製だと思っています。サボるという言葉の語源にもなったフランス語のサボタージュsabotageは、木靴sabotで機械を壊したからという説がありますように(この説は現在では怪しいとなっていますが)、木靴だからです。
     また、砲弾の図 https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/c1/Paixhans_Shell_and_Sabot.jpg では、サボ部分の色が砲弾部分と異なっており、違う素材であることを暗示しています。
     そして、WikipediaでSabotを検索しますと”in classic times, wood or papier-mâché – in muzzle loading cannons)”とあって、前装砲の時代には木や紙張子製の(サボが使われた)とあります。
     当時の常識で考えると、射程は重要視されません(しばしば、ピストルの弾が届く範囲と書かれています)。しかし、船体を貫いて内部で爆発することがペクサン砲の場合重要ですから、空気抵抗が少ないほうが低延し撃速も速くなりますので、円錐弾のほうが有利です。ところが、球形弾だったので(実はその確証を持っていませんが)、サボを用いたのだろうと思っています。
     余談ですが、ペクサン砲は、海戦史を近世と中世を分ける大きな要素であると思っています。そのターニング・ポイントはクリミア戦争にあり、そこで汽船と鉄船、それに榴弾、つまり、ペクサン砲という近代海戦の重要要素が使われたからです。そして、榴弾の使用は野蛮であるとして列強の介入を生みますが、その真意は海戦の目的が変わったからだと疑っています。つまり、ナポレオン戦争までの海戦では帆柱や索具を破壊することにより船の運航を止め、接舷して乗組み、船を拿捕した賞金を分配することにより、強制徴募された水兵のやる気を維持させていたのです。しかし、榴弾は船体を破壊します。拿捕から破壊に変わったことにより、海軍の維持に支障が出ることを列強は心配したのではないかということです。
     そのことから、ペクサン砲については注目していたのですが、御質問のお蔭で同砲についての理解が深まりました。感謝申し上げます。
     なお、砲弾の切削加工というのが鑢がけまで含むのでしたら時代はもっと遡ると思いますし、たとえば、ライット・システムの場合はライフルとリベットがうまく噛み合う必要がありますので、そこで切削加工は必要だっただろうとは思っています。
     
    hush


  4.  Wikiの「砲弾」のページの左にあるリンクから英語版へ飛んでみると、初期の球形の榴弾は木製のサボをリベットで固定しているのですが、記事を読んでみるとどうも信管を前方に向けるため&輸送の際の安全確保というのが理由のようです。
     ただ、そこで挙げられていた例はいずれも英軍の臼砲用の榴弾の話でペクサン砲についての記述はありませんでした。
    おうる


  5.  Wikipediaのペクサン砲には、1858年版のペニー・サイクロペディアからの引用として、「ペクサン将軍は、同一径の銃砲から発射した場合、球形弾よりも円筒・円錐弾の方が、空気抵抗が少なく、弾道が直線に近づき、撃速も大きくなるとして、早くから円筒・円錐弾を推奨した一人である」と書いてあります。このため、空気抵抗を減らすためにサボを使用したと考えました。
     また、砲弾の日本語版のほうには臼砲の砲弾にサボは使われなかったありますが、英語版にはそのような表記はなさそうですね。
     
    hush


  6.  ペクサン砲に関する日本語の解説文を読むと、「サボ」ではなく「送弾筒」と書いてあるものがあります。もしかしたら、英文から訳した人が「サボ=送弾筒」と理解していて単純に「サボ」を「送弾筒」と記しただけなのかもしれませんが、仮にペクサン砲の砲弾のサボが本当に送弾筒であれば飛翔中に分離するものなのかもしれません。
     実際、球形の炸裂砲弾で敵船内で炸裂し、それによって破片をばらまくことを考えると砲弾に対してやけに大きすぎるサボは破片の分布に影響を及ぼしそうな気もします。
     だとすると、空気抵抗対策としてのサボという仮説は成り立たない可能性があります。
    おうる


  7. >6
     確かにそうですね。それで、少し漁ってみましたら、板谷敏彦著「日本人のための第一次世界大戦」の中に「(ペクサン)の砲弾はまだ球形でしたが、それに接続する円柱形の装弾筒とともに装填され発射する仕組みでした」とあり、 https://ncode.syosetu.com/n1918en/5/ の解説や、図から考えると、私の理解が間違っていたようです。
     失礼致しました。
     
    hush



773 ペーパーカートリッジの話が有りましたので前から疑問だった布製カートリッジの存在についてお聞きします。
嚢砲で装薬が絹に包まれています。
大和や他の戦艦等の主砲も同じだったはず、では、装薬銃と弾丸を絹で包んだ小銃弾てあったのでしょうか?
青江

  1. 所謂先込めマスケット銃用ペーパーカートリッジを布に置き換えたものは見ません。
    この手の物は発射薬を銃口から充填する際、カートリッジの端を千切る(口で噛み切る)必要がありますから布だと素早い作業がし難いです。

    後年、元込銃となりメタルカートリッジ(金属薬莢)が実用化する時期の試行錯誤としてライフル銃用布カートリッジは存在します。

    例えば↓これです。リネン 麻布でカートリッジ本体が作られています。
    防湿防水の為に適度にワニスが塗られています。

     ttp://www.horsesoldier.com/products/firearms/cartridges-and-gun-tools/22975

    フィールドで一般兵が使用する環境を考えれば、直ぐにメタルカートリッジ(金属薬莢)主流になる事が感じ取れます。

    軌跡の発動機?誉



772 勘違いや知識不足があったら御容赦下さい。
セミオート拳銃のスライドストップに関する質問です。
多くの大型拳銃にはスライドストップが付いていますが、中型・小型の拳銃には見当たりません。例外はあるにしても、両者の大きな違いは銃身が固定されているか否か(発射に伴いチルトする等)にあると思われます。
このような認識で良いとして、中型・小型の拳銃にスライドストップが無い理由は何でしょうか?
オンディーヌ

  1. 質問者です。
    何を持って大型と言うかは甚だ曖昧ですが、概ね9×19o弾よりも大きな弾丸を用いる、と御理解いただければ幸いです。
    オンディーヌ


  2. >Q. 中型・小型の拳銃にスライドストップが無い

    中型クラスなら内臓式のスライドストップを持つ新旧拳銃は多々有ります。
    ワルサーPP/PPK/PPKS, SIG P230 他、俗に言うオープンホールド機能です。

    恐らく質問者さんは中型・小型拳銃で外装式のスライドストップを見かけない事を質問されているのでしょう。

    その理由ですが、自動拳銃の射撃はその反動で大概に於いて親指がスライドストップに触れる事が起き、
    その結果スライドオープンホールド ⇒ 射撃中断させてしまう恐れが有るからです。 片手撃ち、両手打ち共にその恐れが有ります。

    しかしながら、大型自動拳銃の場合は意図的に親指と外装式スライドストップの位置関係に距離を取れますので備える事が出来ます。
    或いは、ワルサーP38の外装式スライドストップの直ぐ横グリップが盛り上がっているのも
    射撃時に親指がスライドストップに簡単に触れない為の防止策です。
     ttps://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/2/2b/Walther_P38_1943_Whermacht.jpg/1280px-Walther_P38_1943_Whermacht.jpg

    中型・小型拳銃は握っている親指と外装式スライドストップに距離を取れませんので外装式は諦める事になります。

    尚、コンバットシューティング用カスタム部品としてエクステンドスライドストップ(レバー部延長タイプ)が有りますが、
    弱装弾低反動の場合か、本件を理解し充分に訓練された射手でなければ使用お薦め出来ません。

    軌跡の発動機?誉


  3. 言葉足らずの質問を御理解いただき、また、明快な御教示、有難う御座います。
    お手数をお掛けしました。
    オンディーヌ



771 ロシア軍について質問です。現在のロシア空挺軍(陸軍)の兵士は冬場、スノーカモの下にどのような戦闘服を来ているのでしょうか?普通にデジタルフローラの迷彩服でしょうか?それと空挺軍(陸軍)が冬場に履く現用のブーツはなんでしょうか?空挺軍か陸軍、どちらか片方でも良いので教えて頂けたら幸いです。
いわのふ

  1.  そういうことはさっぱり分からないのですが、空挺軍を意味するロシヤ語Воздушно-десантные войска Российской Федерацииで画像検索すると分かるのではないでしょうか。
     
    hush



770 ドイツ軍の第一次世界大戦の火砲、15cm sFH 13 について質問です。
私はこの手の欧州製火砲の細かい資料には極めて乏しいのですが、各型ごとの砲列砲車重量と牽引重量・射程を教えて下さい。14口径型と、17口径型、それとsFH13/02と云われる戦時省略型について。17口径で2250〜70kgというのは軽過ぎないかと思ってしまったので、念の為の質問です。
パンジャンドラム

  1. 自分も専門外ではありますが、こちらのサイトが詳しそうです。いかがでしょうか。

    ttps://www.lovettartillery.com/index.html
    超音速


  2. >>1超音速様
    非常に詳しいサイトを教えて下さり、非常に感謝しています。
    しかし軽いですね。写真を見るに砲身の短い本来のsFH 13で射撃時2.1〜2.2トン、牽引時でも2.8トン程度ですか。
    我が方の四年式は14.6口径で射撃状態2.8トン程度、牽引状態では2194kgの砲車と2145kgの砲架車に分解しなければならなかったというのに…。
    パンジャンドラム


  3. そうですね。
    目立つ違いとしては四年式は最大仰角65度という点でしょうか。

    あと砲身長ですが、ドイツ式の口径長だと尾栓も含むので、17口径でも実際は四年式とほぼ同じような気がします。初速と射程もほぼ同じですし。
    超音速


  4. >>3
    では、14口径のsFH 13の所謂砲身長(尾栓前端から砲口まで)は、四年式より数口径ほど短くなるという事ですね。安心しました。
    ではもっとフェア(?)な比較として、17口径(鯖読み)のsFH 13の重量が余計気になってきました。少なくとも2.2トン程度なのは砲身長が短い14口径のデータですし、砲身を延長したり各種の変更を行ったせいでかなり重くなっている筈です。これで真っ当な軽さである方向が見えてきました。
    パンジャンドラム


  5. 、と調べているとL/17でも2250kg…
    やっぱり異常に軽いです。砲弾重量は42kgありますので、36kgで尖鋭弾なら射程は更に延伸されますし。
    なぜこんなに軽く作れるのでしょうか?仰角が普通である点は確かにそうですが、それなら多くの同級火砲に当てはまりますし、頭一つ飛び抜けております。
    まぁ、「グダグダ言っても軽いもんは軽いんだからしゃーないやろ」、という尤もな突っ込みができてしまうので、以降はこの火砲、ここまで軽く作れたのはどうしてか、という火砲軽量化の話題について併せて質問したいです。
    パンジャンドラム


  6. あとは見た目の違いぐらいですけど、
    英軍のBL6インチ26cwtに比べると車輪が明らかに小さくて細身ですね。
    足回りの強度を低く想定してるのかもしれません。

    専門外ゆえに言及できるのはここまでです。
    あとはもっと詳しい方の回答を待ちましょう。
    超音速



769 九九式(長)小銃の射撃精度やリコイルは九九式短小銃と比較してどの様なものだったのでしょうか。4.1kgと重量がある為、体感リコイルに関してはいくらかマシだと思われますが、射撃機能全般に関して、やはり九九式短小銃と比べてさほどの優位は無かったから短縮してもオッケーだったのでしょうか。
パンジャンドラム

  1. 九九式小銃・短小銃の開発責任者の銅金少将は戦後の著述※1で 7.7mm大口径化による発射反動増大は当然ながら
    “短小化により尚更反動増大なる為 九二式実包の装薬量3.0gから九九式実包2.8gに減装とした解決策とした”
     旨の記述をしております。 ※1 陸戦兵器総覧


    因みに九九式小銃・短小銃の外観差異として、銃身長さ以外の一般的に知られていない珍しいものが存在します。
    九九式小銃・短小銃表尺目盛(リアサイトスケール)は基本両方とも1500mでありますが、
    初期の九九式小銃(長い方&東洋工業製)で1700mのものが存在します。

     ・実銃画像として ホビージャパン社2013年発行“帝国陸海軍 小銃 拳銃画報”の99式小銃記事、
     ・表尺目盛部品1700mとしての画像↓。これらも”廣”の刻印有りますので東洋工業製です。
     ttps://www.picclickimg.com/00/s/NzAwWDEyNDE=/z/4bgAAOSwMxJb3ype/$/ORIGINAL-JAPANESE-ARISAKA-WWII-TYPE-99-REAR-SIGHT-_57.jpg

     ttps://www.ebay.com/itm/264119121872

    私見として、九九式小銃(長い方)は僅かながら初速が大ですので生産当初は目盛1700m装備を検討/製造したものではないかと推測します。

    軌跡の発動機?誉


  2. 奇跡の発動機?誉様、回答ありがとうございます。
    九九式長小銃での九二式実包を使用した際のリコイルは、九九式短小銃でのリコイルに相当しないのでしょうか。
    やはり重量が重い事とフロントヘビーである事、ブラストの低減などが一応の効果はあった様に思えます。
    パンジャンドラム


  3. 九二式実包の装薬量って日本軍の文書だと2.85gもよく見られます。九九式実包と装薬の種類の統一があったようですが、初速は衰えていません。
    でもこれだと九九式実包と0.05gしか違いません。自衛隊の7.62×51も10%減装しただけで初活力は76%に減少した事例があるので、数パーセント減らしただけでガクっと落ちるという事もあり得るのでしょうか。これだと私には、九九式実包がむしろ不経済に思えます。装薬の割に全然飛ばないのですから。
    また九九式実包の導入というのは短小化ありきの様にも受け取れますが、では九九式(長)小銃のみの制式化となれば採用されなかったという事でもあるのでしょうか。

    パンジャンドラム


  4. 支那事変の戦訓に「三八銃は長すぎる」がありますし。
    九二実包との差は弾頭形状と重量です。

    ちなみに初速を示すと以下の通りです。

            九九式実包       九二式実包     四式実包
    九九式小銃     740         730        
    九九式短小銃    730         720        721
    九九式軽機     715         705        706
    九七式車載重機   760         740
    九二式重機     760         740        733

    末期の統一歩兵用弾薬たる四式実包は九九実包と装薬量/弾頭形状は同じですが弾頭重量が重くなっています。
    poran


  5. >3.
    ※1.文面は銅金少将本人の考えとしては99式短有りきとして記述されていると読み取れます。

    薬量については確かに両者公称値:九二式普通実包薬量2.85g 、九九式普通実包薬量2.8g ですね。
    銅金少将が特殊弾薬の薬量3.0gと勘違いされたものか、或いは実際薬量3.0g だったのかは不明です。

    >4.
    それほど銃身が長くない九二式重機が常に初速が高い面白いデータです。
    この表から見るに九九式軽機が最も低初速、つまり射撃反動が最も軽いものと考察されます。

    〜?誉


  6. ありがとうございます。九二式重機や九七式車載重機の700〜721mmの銃身長の方がかえって初速が高いのですね。むしろ長小銃の80cm弱があまりにも不経済に見えます。基線長は稼げますが。しかし数センチ銃身が長いだけでここまで初速がスポイルされるのでしょうか。素人である私には驚きを隠せません。
    九二式実包から九九式実包になる際に、たかが0.05g(割合にして2%)の装薬減らしただけで、マズルエネルギーが一割以上奪われるのには、腔内弾道学・燃焼の観点から矛盾はないのでしょうか。自衛隊の減装NATO弾は、10%の減装で76%(弾重ともに9.461〜9.655g、初速838m/s→731m/s)まで落ち込みましたから、必ずしも装薬量と等価でない事は察しがつくのですが。
    ともあれ装薬2.8g使って九九式実包程度なら、あまりに装薬の不経済で、これなら2.85gで威力射程ともにある九二式実包を何とかものにする方向に…(するとまたリコイル問題が)、何て思ったりします。

    また、九九式普通実包は九二式普通実包と異なり被甲がマンガン黄銅製で、相当多量がガス漏孔、規制子、活塞に付着して射撃後冷却で固まり除去一層困難になり、機を見て手入れせよと九九式軽機のマニュアルには書いてあります。かなり厄介と見えます。
    一方で弾丸の経始・被甲の材質を異にする為、九九式実包を使えば命数は著しく増大するともありますので、やむにやまれぬ事情というものでしょうかね…
    九二式実包と九九式実包の良いところ取りで、銃身命数、被甲の金質、マズルエネルギーなどをある程度バランスさせた実包というのものがあれば…とは思いますが、四式普通実包はその様な立ち位置に近いのでしょうか。
    パンジャンドラム


  7. !!
    ふと計算してみたら九二式重機から発射された九九式実包での初速をもとにマズルエネルギーを算出すると3407Jでした。
    これは、もしや装薬量を九二式実包に合わせているのでしょうか。薬莢は同じですので、弾だけすげ替えたとか。
    銃身長の短い方が初速が高いカラクリはこれではないでしょうか。
    パンジャンドラム


  8. >4.poranさんの初速表

    以下 発射薬量は事実上2種弾薬に差異は無いとして考えるに、

    ・九九式普通実包・・・11.8g弾丸 且つ 平底。(俗にS弾)
     九二より軽い弾丸及びガス圧により平底が圧開してガスシールになるので初速が大きく出し易い。

    ・九二式普通実包・・・13.2g重弾丸 且つ ボートテイル。(俗にD弾)
     重い弾丸と船尾形はガスが抜け易いので初速は伸びない。但し遠射弾道的には有利。

    この表はいずれの銃も九九式普通実包使用の方が初速大となっていますので結構信用できるものです。

    さて、銃身長が九九式小銃(長)より僅かながら短い九二式重機が二種の弾薬共一番初速が高い理由は薬室形状の相違もあるものと推測します。
    即ち、一般に機関銃・自動銃は手動銃に較べてフォーシングコーンやスロートがきつめに設計・工作され、初速増加を期待します。

    >7.
    今回の質問はリコイル・反動についての比較ですから運動エネルギーで考えるより運動量保存則 m1v1 = m2v2 が適切です。

    九九式普通実包は単純に1割ぐらい九二より反動が減る事になります。

    〜?誉


  9. >>8
    作用反作用で表せるのは存じています。しかしリコイルは銃の重量・慣性モーメントなどがひじょーーに大切である事は言うまでもありません。
    形式上、「リコイル」にそうした要素まで含まないというのなら誤用をお詫びします。もしそうなら便宜上「体感リコイル」とさせていただきます。
    ここで九九式短小銃が悪化したリコイルというのは、>>1をストレートに受け取ると九二式実包→九九式実包へのカートリッジの力の低下に相当するものと見て良いのでしょうか。
    また銃口からのブラストの多寡もあると思われます。
    作用反作用のみで、銃の重量を考慮しないと、三八式騎銃の方が、三八式歩兵銃より反動が小さい事になってしまいます。
    パンジャンドラム


  10. あ、大変失礼しました。>>9は私が良く読んでおりませんでした。運動量保存則でちゃんと銃の重量を考慮していましたね。お詫びします。
    つまり九九式短小銃の方が8%弱重いが、12%近く弾丸重量が重く初速は同じ
    つまり九九式短小銃+九九式実包より九九式長小銃+九二式実包の組み合わせの方が若干リコイルはマイルドで、同じ九九式実包を使うなら長小銃の方が8%弱リコイルが軽減される、と。
    となると4.1kgの九九式長小銃で11.8g/740m/sだとv2は2.13m/s
    3.7kgの三八式歩兵銃でv2は1.91m/s
    と、反動は一割程度で済む為、リコイルで歩兵を買うということはなかったかもしれません。ただし時代にそぐわないのは承知しています。

    そして九二式重機の方が初速が高い件、納得しました。銃身と弾・ガスを如何に緊密にするかという事ですね。
    九九式小銃でかのような工夫が出来れば、3400ジュールほどと、本来の30口径級に遜色ない性能を出せたと思うのですが、歩兵銃でその様な緊密さを出すと、今度は装弾不良を起こしやすい為、クリアランスが必要でしたね。
    パンジャンドラム


  11. おっと、誤字しました。九九式短小銃+九九式実包の方が九九式長小銃+九二式実包よりリコイルがマイルド、ですね。

    あとこれで気になってしまうのが、いよいよ0.05gの装薬量の差とは何のために行われたのか分からないという事です。常識的に考えて2%の差が5%や10%のマズルエネルギー差をもたらすとは考えにくいですし、これは殆ど意味がなかったと見るべきでしょうかね。
    パンジャンドラム


  12. 出典を書いておりませんでした。
    これは終戦後のGHQ提出書類の6.5〜7.7粍弾の部です ....英文で書き誤りの訂正が在る事から下書きと思われます。
    以前4式実包を調べていた際に見せて頂いたもので、この部分だけ写させて頂いたものです。
    poran


  13. >11.薬量について
    小職は九二式普通実包公称薬量2.85g を信用できません。
    九二式普通実包は、昭和11年に高腔圧対策として三番管状薬に変更しておりますが、その際の薬量増減についての資料は不明です。

    一般に管状発射薬は緩燃焼ライフル用発射薬です。
    今迄の速燃焼薬から緩燃焼薬に変更した場合同等の弾丸初速を得るには10〜20%薬量増加させるのが常套手段です。

    然るに昭和11年以降の九二式普通実包の薬量が初期制定時と同量のまま2.85gとは考えにくいものです。

    〜?誉


  14. >>13
    九九式軽機関銃のマニュアルにそう書いてあるので、流石にその様な手落ちはないと思いたいですが、双方の記載に誤りがないとみるなら、無煙小銃薬乙の3.0gだったものが三番管状薬の2.85gになったのでは?
    にわかには信じ難いですが、無煙小銃薬乙は最大腔圧が上がりすぎる癖に、全然飛ばない、ろくでもないようなやつだったのではないのでしょうか。
    つまり、緩燃焼薬にして装薬を増やして対応せねばならないところを、むしろ逆に緩燃焼薬の方が高性能だったが故に、少ない量で同等の効果を達成できていたという事は?

    例えば、九九式戦車砲も、薬莢内スペースは小さくても、初速は100m/sぐらい上がっています。本来薬莢に規定以上の装薬を詰めると、最大腔圧が上がりすぎてしまい危険な事は言うまでもありませんから、当時の日本にはこれを克服する様な躍進を手に入れていた事になるのではないでしょうか。
    パンジャンドラム


  15. 制式当初は、記録を確認する上では無煙小銃薬乙の3.0gだった筈です。
    パンジャンドラム


  16. 昭和八年の九二式重機関銃弾薬九二式普通実包制式制定の際は無煙小銃薬乙 2.85gになってます。
    三番管状薬に変更された際の薬量変更の記述は有りません。

    昭和二十年の陸軍兵器・弾薬諸元表には
    七粍七銃 九九式普通実包   四番小銃薬又は三番管状薬2.8g
    九二式普通実包   四番小銃薬2.75g 又は 三番管状薬2.85g
    となっています。
    しかし、九九式普通実包以外は表記された全てが4番小銃薬の方が0.1g少なくなってますので誤記かも知れません。


    >14 九九式戦車砲
    九九式戦車砲 九四式榴弾は四一式山砲 九四式榴弾と同一です。
    砲身設計の差ではないでしょうか。
    poran


  17. >九九式戦車砲

    あっ失礼しました、確認しないで着込んでしまいました。
    研究原簿には増装薬で初速が上がってましたね。

    但し九九式戦車砲を搭載した二式砲戦車が配備された頃は100m/s程の初速の増加では徹甲威力が不足していることが明らかで、対戦車用には窄甲榴弾を使用する事になっていました。
    窄甲榴弾は初速の増加は不要であり、榴弾も補給にも便利で有るため四一山砲用を使用していたと思われます。
    poran


  18. popan様、ありがとうございます。
    失礼しました。曳光弾のものでした。
    一応、九二式曳光弾は昭和9年の時点では3gとなっています。九二式曳光弾ですが。「雷管及び装薬種は九二式普通実包と同一にして」とありますので、少なくとも曳光弾は無煙小銃薬乙3gである事は決まりです。C01001355000
    普通弾より装薬量が多いという事になります。
    となると九二式普通実包の3gの装薬とはここから出た数字で、そうでないとするならば、別種類の装薬で達成されたものでしょう。或いは銅金氏の記憶違いという事かもしれませんが。
    ともあれ九二式普通実包は2.85gの無煙小銃薬乙で決まりですね。
    三番菅状薬での装薬量も2.85gというのが誤記であり、かつそれが陸軍内で拡散してしまっている可能性が少し高まってきました。
    パンジャンドラム


  19. 前記のGHQの書類に徹甲弾と曳光弾のデーターが有りましたので載せます。
        
           九二式徹甲実包       九二式曳光実包
    九九式小銃     760                
    九九式短小銃    750      
    九九式軽機     735         
    九七式車載重機   780         
    九二式重機     780           810

    弾量が軽いとはいえ大分初速が上がります。
    私見ですが、銃身命数の確保の為、通常使用する九二式普通弾を2.85gに減装したのではないでしょうか?
    九九式普通実包の試験の際も3gから始めたのでは?


    >16 九九式普通実包以外は表記された全てが4番小銃薬の方が0.1g少なくなってますので誤記かも知れません。
    上記書類でも2.8gでした、訂正致します。


    >13 佐々木 信之氏(弾屋弾吉商店)は無煙小銃薬乙/三番管状薬/四番小銃薬はセルローズ系無煙薬で成分は変わらず形状が違うだけと述べられています。

    反動の話が変な方に進んでしまい申し訳御座いません。
    poran


  20. >>19 poran様
    いえ、私がもともと九二式実包と九九式実包の怪について抱いていた疑問も合わせて話していたので、全く問題ないです。

    ともあれ、九二式実包が一度たりとも装薬量が3gであった時代は…ないかも知れませんね。2.85gと2.8gの装薬量の差で、ここまでの威力差を生じてしまったのは、実包とバレル・薬室の緊密さによるものという説明が最もしっくりきます。
    燃焼には全くもって疎いのですが、たかだか2%の装薬減少による違いで威力がそれ以上落ちることはあり得ませんよね。
    陸自のNATO減装弾は、10%減らしていますが、ここまでくると腔圧が331MPa→262M Paと落ちてしまって、エネルギーも76%程度まで落ち込んでいますが。
    しかし装薬量10%減で威力が24%減るなら、2%減量させても5%しか落ちないという事には?(これは流石に適当過ぎますかね?)
    ともあれ0.05gの差とは、日本軍は何がしたかったのでしょうか。
    パンジャンドラム



768  イギリス軍はボーア戦争で機関銃という殺人機械の威力を熟知したはずなのに、第一次大戦初期に機関銃を軽視したのはなぜでしょうか?
 検索すると、「白人相手の戦争では殺人機械を使わないという人種差別」「殺人機械に頼ることは軍人の名誉を汚すという騎士道」といった精神的な理由がみられますが、軍事的な理由はなかったのでしょうか?
PIAT

  1.  「イギリス軍が機関銃を軽視していた」という資料を読んだわけではありません。
     機関銃の採用についてヘイグ大将が「1000に2丁で十分だ」と発言し、ロイド=ジョージ首相が「ヘイグの言った数字を2乗して2倍し、更に2倍せよ」と言ったというエピソードや、開戦後2年も経過したソンム会戦で英軍が独軍の機関銃に突撃を繰り返したことから判断しました。

     私の認識が誤っており、英軍が機関銃を重視していたということもありえますので、どうか皆様のご意見をお願いします。

    PIAT


  2.  第1次大戦以前にヨーロッパで起きた戦争というと普仏戦争となりますが、ここで、フランス軍は機関銃の前身ともいうべきミトラィユーズを使用しています。しかし、その運用がまずかった上に、数も少なかったために失敗に終わっています。このため、ボーア戦争や、日露戦争、さらには北清事変等で威力を発揮したにも関わらず、機関銃の評価は低かったのです。
     ソンムの場合は、機関銃に対する軽視よりも、事前攻撃の効果が少なく、ドイツ軍の陣地が思っていたよりも強固であったこと、それに攻撃部隊と司令部との連絡が取れなかったことが大きいと思っています。
     実際のところ、戦前、イギリスのヴィッカーズ社が受注した機関銃は、年間11丁という少なさでしたが、戦時中の4年間で6万丁を受注しています。他社も含めると25万丁となり、急速に受容されたということでしょう。
     
    hush


  3.  ミトライユーズは、昔読んだポール・ケネディ著『大国の攻防』でフランス軍の秘密兵器と書いてあったので興味を持ちましたが、実物は『子連れ狼』の機関銃を円形にしたような銃で少しがっかりしたのを覚えています。
     ミトライユーズの失敗が後々まで尾を引いたというのは、興味深いですね。
     ヨーロッパの軍人たちは、アジアやアフリカの戦争は参考にならないと考えたのでしょうか?

     
    PIAT


  4.  途中で入力してしまったので、続きを書きます。

     出典は覚えてないのですが、こんな説があったので、紹介します。
    @ WW1前夜の軍人たちは、来るべき戦争は機動線になると考えていた。
    A 機関銃は弾薬消費量が膨大になるが、輸送手段が馬と荷車しかない当時ではすぐに玉切れになる使えない兵器と考えた。
    B 戦争が始まったら、すぐ塹壕戦になり、弾薬の補給に困らなかったので、機関銃が大いに役立った。
     

    PIAT



767 お久しぶりです。少し気になっていたことがあるので少々。
日本陸軍は開戦時の広報写真やその他従軍者が撮影したと思われる写真を見る限り、南方に展開する際も師団規模で見れば6.5mmの軽機関銃を装備する例が多いような気がします。例えば第五師団のように九六式軽機関銃、他に第三三師団のように十一年式軽機関銃と九六式軽機関銃との混用という場合です。また、ここで少し過去ログを遡ったところ第四師団のように十一年式軽機関銃のみを運用した師団も少なくないとか。  そこでふと思ったのですが、開戦当初の1942年の頃にはフィリピン侵攻やビルマの戦い、シンガポールなどの戦場において九九式軽機関銃を配備した部隊は挺身連隊以外で存在しているのでしょうか?
みかん段ボール

  1. 南方軍の小銃/軽機は全て38式実包使用です。
    唯一99式を使用していたのは挺進部隊のみで昭和17年1月3日の第一連隊の海没事故の際、兵器本部から挺進部隊に損耗分の補給がされています。
    それとは別に南方軍は99実包の供給が無い為、挺進部隊の補給用に兵器本部に99実包の補給を依頼してます。
    お答えは「外には存在しない」です。
    poran


  2. なるほど。九九式実包の供給は無いんですか。
    大陸方面でも全ての時期を通して九九式実包の供給は少ないようですし、当初九九式実包は内地に優先的に供給していたんですかね。


    ところでふと思ったんですが、九二式実包/九七式実包は南方軍配下師団の九二式重機関銃や戦車連隊用の九七式車載重機関銃でも供給記録が存在するじゃないですか。 九二式実包はともかく九七式実包は九九式小銃/九九式軽機関銃にも転用可能ですので、可能性として九九式小銃/九九式軽機関銃を装備する部隊はあってもおかしくないのでは、と私は思うんです。無論、あくまで独自見解であって、裏付けする資料が無いのですが。
    みかん段ボール


  3. 昭和15年2月に92実包を97実包と同一に(97実包も底部直径を12mmから12.1mmに)改正し、97式実包を92式実包と改称する指示がでています。
    但し実施されたのは遅れて昭和15年9月以降生産の92実包からリムレスになり97式/99式と互換性のある薬莢を使用する様になりました。

    30連装弾板で供給される92式重機関銃用92実包と違い、5発装弾子で供給される97式車載重機用92実包は流用可能と思われるでしょうが、供給は97式車載重機を持つ部隊に限られています。

    92実包は99小銃で使用できますが、弾頭重量/装薬量が違いますので反動も多くなり推奨出来ません。



    poran


  4. ありえませんでしたか… てっきり流用できるから使ってると思ってました。ありがとうございます。
    みかん段ボール



766  1857年に発生したインド大反乱(いわゆる『セポイの乱』)のきっかけは、新式銃のペーパーカートリッジに豚脂と牛脂が塗られていたことだと、昔習いました。
 ところが、「西洋ではペーパーカートリッジが1400年代から使われていた」とwikipediaに書いてありました。
 ペーパーカートリッジは便利だし、誰でも考えそうなアイデアですが、イギリス軍はなぜ、400年も採用しなかったのでしょうか?
 
PIAT

  1.  追加します。
     NHKの歴史番組によると、日本では、火薬と弾丸を紙で包んだ『早合』が戦国時代に使われていたと言っていました。
    PIAT


  2.  すいませんが、セポイの乱で使用された銃、つまりエンフィールドM1853ですが、これが、イギリスで紙製薬莢を使用した最初のものであるとする根拠は何でしょうか?
     
    hush


  3.  hush様 早速の質問 ありがとうございます。
     この件については、次のような高校世界史の参考書程度の知識しかありません。

    「イギリス軍はインド人傭兵(セポイ)に新式銃を支給したが、その銃は火薬と弾丸を油紙で包んだものを歯で破って銃口に押し込む構造になっていた。
     油紙には(ヒンズー教徒が神聖と考える)牛の脂と、(イスラム教徒が不浄と考える)の脂が塗られていた。
     自分たちの信仰を冒涜されたと考えたセポイ達は怒って反乱を起こした」

     私の知識は上記のとおりなので、イギリス軍が紙製薬莢を採用したのはこの時期だと考えていました。
    PIAT


  4. エンフィールド銃の前、即ちフリントロック非ライフリングマスケット銃・ブラウン・ベス(Brown Bess)の時代もペーパーカートリッジは存在します。

    但し、フリントロックですので全部の黒色火薬を銃腔内に充填するのではなく、火皿にも少々小分けする動作が必要です。


    ttp://historynet.com/wp-content/uploads/image/2011/MH/JAN/PowerTool.jpg

    ttp://www.cwjefferys.ca/brown-bess-or-tower-musket

    ttps://svartkrutt.net/articles/vis.php?id=6

    ttp://peashooter85.tumblr.com/post/161562860767/the-paper-musket-cartridge-today-when-one-thinks

    さて、エンフィールド銃以前にペーパーカートリッジがそれほどメジャーとならなかった理由は、
    英国以外の列強国も含め当時ヨーロッパでは紙が比較的高価であり消耗品として大量使用するには抵抗が有ったものと推測します。

    比較的安価 且つ 優れた紙質を大量安定供給出来る様に成るのは産業革命後半、つまり1830年前後と考えます。

    逆に安価に紙の入手が容易である日本・江戸時代に火縄銃用紙薬包が流行らなかったのは平和な時代を表していると思います。

    軌跡の発動機?誉


  5. >3
     早速の回答ありがとうございます。
    >4
     フォロー多謝。
     ただ、お示し戴いた図版の中には、薬嚢を噛み切る動作を見せているものがあります。
     セポイに支給された最初の銃がエンフィールド銃であるとは思えませんので、マスケット銃の時代にも同様の問題が生じたはずだと思っています。というのは、マスケット銃の紙製薬莢(薬嚢のほうが近いと思いますが)も、弾薬潤滑用の油が使用されているはずだからです。
     しかし、WikipediaのIndian Rebellion of 1857には、エンフィールド銃が支給された際に、企業側が彼等のタブーを冒す可能性を指摘したと書いてあります。
     したがって、マスケット銃の時代には問題にならなかったのが、この銃に替わってから叛乱を引き起こすまでになったのかという疑問が生じます。
     マスケット銃の時代には、油が口に触れなかったとか、成分が違ったとか、あるいは、彼等が蜂起するに至ったのは、単なる噂に踊らされたからとか、何らかの理由があったと思うのです。
     実は、その疑問が解消できなかったので、回答を差し控えていたのですが、もし、ご存じであれば御教示戴ければ幸いに存じます。
     
    hush


  6. 前に見た各世紀を纏めた歴史辞典では、反乱の原因となった「獣脂まみれの紙包を噛み切る。」という行為のクレームは、喧嘩を始める上でのいちゃもんみたいなものとありました。理由としては、セポイ達が英軍との戦闘では気にせずに装填作業を行っていた ということみたいです。
    余談ですが、セポイの反乱以降、英軍は現地軍に対しては旧式の装備しか支給しなくなったらしいです。
    コサイン


  7. 軌跡の発動機?誉 様

    「当時は紙が高価だったペーパーカートリッジが一般的でなかった」というのは驚きでしたが、紙の歴史を検索するとよく理解できました。

     昔のヨーロッパでは紙の原料は麻や綿のボロで、製法は当然ながら手漉きでした。
     昔は衣類が貴重で、英国王ヘンリー8世の財産目録に『麻の下着』が載っている(中野京子『怖い絵』)くらいでしたが、産業革命により繊維製品が大量生産されるようになり、1844年には木材からパルプを作れるようになり、紙の原料が大量に供給されるようになりました。
     製法面では、1798年に紙をすく機械が発明され、低コストになりました。
     
     ナポレオン戦争やアメリカ独立戦争の映画を見ていると、銃を撃つ前に水筒型の火薬入れから銃口に火薬と弾丸を入れ、棒で突き固めてから発砲するシーンがよくありましたが、当時、ペーパーカートリッジを使えなかった理由がよくわかりました。
     軍事面からみても、産業革命の影響は大きいと思いました。

    hush 様  コサイン様
     お二人のご意見を元に『セポイの乱』を検索し直すと、牛豚脂の件は反乱の一因に過ぎないことがよくわかりました。
     そのためか、反乱の名前も『インド大反乱』というように変わったそうです。

     この反乱を扱った『壮烈!カイバー銃隊』というハリウッド映画があり、英印混血のキング大尉(タイロン・パワー)の部下のインド兵たちは悩みながらも大尉に味方しますが、豚脂を塗った弾薬を使わず、ククリナイフ(グルカナイフ)を振るって夜襲をかけるシーンがありました。

    PIAT



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