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767 お久しぶりです。少し気になっていたことがあるので少々。
日本陸軍は開戦時の広報写真やその他従軍者が撮影したと思われる写真を見る限り、南方に展開する際も師団規模で見れば6.5mmの軽機関銃を装備する例が多いような気がします。例えば第五師団のように九六式軽機関銃、他に第三三師団のように十一年式軽機関銃と九六式軽機関銃との混用という場合です。また、ここで少し過去ログを遡ったところ第四師団のように十一年式軽機関銃のみを運用した師団も少なくないとか。  そこでふと思ったのですが、開戦当初の1942年の頃にはフィリピン侵攻やビルマの戦い、シンガポールなどの戦場において九九式軽機関銃を配備した部隊は挺身連隊以外で存在しているのでしょうか?
みかん段ボール

  1. 南方軍の小銃/軽機は全て38式実包使用です。
    唯一99式を使用していたのは挺進部隊のみで昭和17年1月3日の第一連隊の海没事故の際、兵器本部から挺進部隊に損耗分の補給がされています。
    それとは別に南方軍は99実包の供給が無い為、挺進部隊の補給用に兵器本部に99実包の補給を依頼してます。
    お答えは「外には存在しない」です。
    poran


  2. なるほど。九九式実包の供給は無いんですか。
    大陸方面でも全ての時期を通して九九式実包の供給は少ないようですし、当初九九式実包は内地に優先的に供給していたんですかね。


    ところでふと思ったんですが、九二式実包/九七式実包は南方軍配下師団の九二式重機関銃や戦車連隊用の九七式車載重機関銃でも供給記録が存在するじゃないですか。 九二式実包はともかく九七式実包は九九式小銃/九九式軽機関銃にも転用可能ですので、可能性として九九式小銃/九九式軽機関銃を装備する部隊はあってもおかしくないのでは、と私は思うんです。無論、あくまで独自見解であって、裏付けする資料が無いのですが。
    みかん段ボール


  3. 昭和15年2月に92実包を97実包と同一に(97実包も底部直径を12mmから12.1mmに)改正し、97式実包を92式実包と改称する指示がでています。
    但し実施されたのは遅れて昭和15年9月以降生産の92実包からリムレスになり97式/99式と互換性のある薬莢を使用する様になりました。

    30連装弾板で供給される92式重機関銃用92実包と違い、5発装弾子で供給される97式車載重機用92実包は流用可能と思われるでしょうが、供給は97式車載重機を持つ部隊に限られています。

    92実包は99小銃で使用できますが、弾頭重量/装薬量が違いますので反動も多くなり推奨出来ません。



    poran



766  1857年に発生したインド大反乱(いわゆる『セポイの乱』)のきっかけは、新式銃のペーパーカートリッジに豚脂と牛脂が塗られていたことだと、昔習いました。
 ところが、「西洋ではペーパーカートリッジが1400年代から使われていた」とwikipediaに書いてありました。
 ペーパーカートリッジは便利だし、誰でも考えそうなアイデアですが、イギリス軍はなぜ、400年も採用しなかったのでしょうか?
 
PIAT

  1.  追加します。
     NHKの歴史番組によると、日本では、火薬と弾丸を紙で包んだ『早合』が戦国時代に使われていたと言っていました。
    PIAT


  2.  すいませんが、セポイの乱で使用された銃、つまりエンフィールドM1853ですが、これが、イギリスで紙製薬莢を使用した最初のものであるとする根拠は何でしょうか?
     
    hush


  3.  hush様 早速の質問 ありがとうございます。
     この件については、次のような高校世界史の参考書程度の知識しかありません。

    「イギリス軍はインド人傭兵(セポイ)に新式銃を支給したが、その銃は火薬と弾丸を油紙で包んだものを歯で破って銃口に押し込む構造になっていた。
     油紙には(ヒンズー教徒が神聖と考える)牛の脂と、(イスラム教徒が不浄と考える)の脂が塗られていた。
     自分たちの信仰を冒涜されたと考えたセポイ達は怒って反乱を起こした」

     私の知識は上記のとおりなので、イギリス軍が紙製薬莢を採用したのはこの時期だと考えていました。
    PIAT


  4. エンフィールド銃の前、即ちフリントロック非ライフリングマスケット銃・ブラウン・ベス(Brown Bess)の時代もペーパーカートリッジは存在します。

    但し、フリントロックですので全部の黒色火薬を銃腔内に充填するのではなく、火皿にも少々小分けする動作が必要です。


    ttp://historynet.com/wp-content/uploads/image/2011/MH/JAN/PowerTool.jpg

    ttp://www.cwjefferys.ca/brown-bess-or-tower-musket

    ttps://svartkrutt.net/articles/vis.php?id=6

    ttp://peashooter85.tumblr.com/post/161562860767/the-paper-musket-cartridge-today-when-one-thinks

    さて、エンフィールド銃以前にペーパーカートリッジがそれほどメジャーとならなかった理由は、
    英国以外の列強国も含め当時ヨーロッパでは紙が比較的高価であり消耗品として大量使用するには抵抗が有ったものと推測します。

    比較的安価 且つ 優れた紙質を大量安定供給出来る様に成るのは産業革命後半、つまり1830年前後と考えます。

    逆に安価に紙の入手が容易である日本・江戸時代に火縄銃用紙薬包が流行らなかったのは平和な時代を表していると思います。

    軌跡の発動機?誉


  5. >3
     早速の回答ありがとうございます。
    >4
     フォロー多謝。
     ただ、お示し戴いた図版の中には、薬嚢を噛み切る動作を見せているものがあります。
     セポイに支給された最初の銃がエンフィールド銃であるとは思えませんので、マスケット銃の時代にも同様の問題が生じたはずだと思っています。というのは、マスケット銃の紙製薬莢(薬嚢のほうが近いと思いますが)も、弾薬潤滑用の油が使用されているはずだからです。
     しかし、WikipediaのIndian Rebellion of 1857には、エンフィールド銃が支給された際に、企業側が彼等のタブーを冒す可能性を指摘したと書いてあります。
     したがって、マスケット銃の時代には問題にならなかったのが、この銃に替わってから叛乱を引き起こすまでになったのかという疑問が生じます。
     マスケット銃の時代には、油が口に触れなかったとか、成分が違ったとか、あるいは、彼等が蜂起するに至ったのは、単なる噂に踊らされたからとか、何らかの理由があったと思うのです。
     実は、その疑問が解消できなかったので、回答を差し控えていたのですが、もし、ご存じであれば御教示戴ければ幸いに存じます。
     
    hush


  6. 前に見た各世紀を纏めた歴史辞典では、反乱の原因となった「獣脂まみれの紙包を噛み切る。」という行為のクレームは、喧嘩を始める上でのいちゃもんみたいなものとありました。理由としては、セポイ達が英軍との戦闘では気にせずに装填作業を行っていた ということみたいです。
    余談ですが、セポイの反乱以降、英軍は現地軍に対しては旧式の装備しか支給しなくなったらしいです。
    コサイン


  7. 軌跡の発動機?誉 様

    「当時は紙が高価だったペーパーカートリッジが一般的でなかった」というのは驚きでしたが、紙の歴史を検索するとよく理解できました。

     昔のヨーロッパでは紙の原料は麻や綿のボロで、製法は当然ながら手漉きでした。
     昔は衣類が貴重で、英国王ヘンリー8世の財産目録に『麻の下着』が載っている(中野京子『怖い絵』)くらいでしたが、産業革命により繊維製品が大量生産されるようになり、1844年には木材からパルプを作れるようになり、紙の原料が大量に供給されるようになりました。
     製法面では、1798年に紙をすく機械が発明され、低コストになりました。
     
     ナポレオン戦争やアメリカ独立戦争の映画を見ていると、銃を撃つ前に水筒型の火薬入れから銃口に火薬と弾丸を入れ、棒で突き固めてから発砲するシーンがよくありましたが、当時、ペーパーカートリッジを使えなかった理由がよくわかりました。
     軍事面からみても、産業革命の影響は大きいと思いました。

    hush 様  コサイン様
     お二人のご意見を元に『セポイの乱』を検索し直すと、牛豚脂の件は反乱の一因に過ぎないことがよくわかりました。
     そのためか、反乱の名前も『インド大反乱』というように変わったそうです。

     この反乱を扱った『壮烈!カイバー銃隊』というハリウッド映画があり、英印混血のキング大尉(タイロン・パワー)の部下のインド兵たちは悩みながらも大尉に味方しますが、豚脂を塗った弾薬を使わず、ククリナイフ(グルカナイフ)を振るって夜襲をかけるシーンがありました。

    PIAT



765 旧軍に関する質問です。ご存じの方がいらっしゃいましたら教えてください。

97式操縦者用落下傘の縛帯ですが、陸海軍で形式が異なっていると思います。
手動索の留め具の形式のほか、陸軍の場合右腰にナスカン付きのゴム索がついていますが、海軍にはありません。このゴム索は何の機能があるのでしょうか?ちなみに、防研所蔵の教範には記述がありませんでした。宜しくお願いします。
紅豚

誰か答えて下さい。

764 日本海軍の艦載砲の名称における口径の表記には十五糎五砲のように小数点以下まで含めたものもあれば三十六糎砲のように四捨五入したものもあり、尾栓の形式の表記も「年」を含む物とそうでないものがあります。
これらはどういう理由から違うのでしょうか?
Mk.63 GFCS

  1.  似たような口径の異種砲と砲弾を間違う可能性を排除するためでは?
    おうる


  2. その場合、15.5cm砲は6inchの物と間違えない様にしたと思うのですが、そちらはそちらで6inch、152mmの物を十五糎と呼称してます。
    なぜ、十五糎二砲ではなく十五糎砲と呼称したのでしょうか?
    既に十五糎二砲と呼称される別の砲があったのでしょうか?
    Mk.63 GFCS


  3. 日本海軍の砲口径は、糎表記を始めた当初からcm以下の数字を四捨五入して制式名称に使っている様子です。
    (例として、日清・日露戦頃の57mm速射砲→六糎、47mm速射砲→五糎)
    十五糎五、十二糎七は先に制式されている類似口径の十五糎(152mm)、十二糎(120mm)と区別するためかと思います。
    ならば15.5cm、12.7cmも四捨五入して十六糎、十三糎と称すれば良さそうに思えますが、これらの口径砲を搭載し始めた艦艇はちょうど軍縮条約期間にかかっている事に気付きました。
    十六糎砲と称した場合、「16cm Gun」と直訳されると条約制限以上の砲を搭載している印象を与え、それを回避する意図があったかも知れません。

    なお、実口径410mmの戦艦主砲は、当初四十一糎と称していましたが四十糎と改めています。
    こちらは条約上限の16inch=406.4mmを3.6mmとはいえ逸脱している事の秘匿かと推測します。
    また、正20cmだった巡洋艦主砲を改修して条約上限の8inch=203.4mmとしたものについては、既存の20cm砲と弾薬互換性を失っていますが二十糎三とは称していません。(区別するため二号二十糎と称してはいます)
    これは条約発効時点で200mm=7.9inchの上限未満であったのを制限一杯に改修した事を秘匿する意図があったかも知れません。

    尾栓の形式は、単純に「その尾栓形式が制式された時の命名様式に沿っている」かと。
    明治期にも「年」を付さない四一式があります。
    大瀬千早


  4. なるほど、そういうことなのですね。
    すっきりしました。
    ありがとうございました。
    Mk.63 GFCS


  5. まあ、3.は一個人の推論の範囲を出ないので、そのまま丸呑みはなさらないようお願いします。

    大瀬千早



763 ANSQ.758と760で中距離弾薬が話題になりましたが、MP44(STG44)のリアサイトについての疑問が出てきました。
ドイツ陸軍は第一次対戦の戦訓より歩兵銃の射撃距離は400m位であった事、そしてこの戦闘距離に妥協した弱弾薬にすれば発射反動を抑えてフルオートマチック射撃も容易にできる理由から、中距離用短小弾に切り替えたMP44を登場させました。
しかし実際にはMP44のリアサイトの射距離目盛は800m迄あります。モーゼルKAR98Kが射距離目盛2000m迄有りましたので半分以下となってはいますが MP44は中距離400mと割り切ったのにどうして800mもあるのでしょうか。
リボルバーキッド

  1. Wikipedia英語版から一部を抜粋し機械翻訳しました。

    「1918年の春、ベルリンのドイツ軍将校のGewehrprüfungskommission(小火器校正委員会)の一部であるHauptmann(Captain)Pideritは、適切な小火器を使用してドイツ軍に中間ラウンドを導入することを主張する文書を提出しました。彼は、MG 08のMauser Gewehr 98ライフルから7.92×57 mmの範囲の2 km(1.2 mi)視線範囲の約半分、800 m(870 yd)を超えて銃撃戦が行われることはめったにないと指摘した。 」
    超音速


  2. >1.超音速さんの解説に続きます。

    MP44(STG44)の当初の運用狙いは、【短小弾薬を使用し小銃的運用としては中距離400m(解説により300,400,500と値に少々ズレ有り)とし、
    接近戦ではSMG代役となる所謂 現代のアサルトライフル】では有りません。

    距離800mを有効射程とする分隊軽機関銃(現代のSAW)を運用目的とした銃です。

    1938年ドイツ陸軍はMP44(STG44)の開発元になるMK42 性能要求を銃器各社に出しました。
    弾薬についてはポルテ社開発中の短小弾使用を検討に含めて下記内容です。
    (今回質問に関係する部位を英文にて抜粋します)

    ・Machine carbine.
    ・Trajectory, similar to rifle up to about600m.
    ・Precision semiautomatic fire up to 400m.
    ・Effective short burst fire up to 800m.

    Machine carbine/機関騎銃としながら単射400mより短連射の有効射程800mを要求するものは正に軽機関銃SAWの運用です。
    Mk42〜MP44(STG44)が800mスケールリアサイトを備える理由です。

    さて、出来上がった最終形のMP44(STG44)の運用について1944年当時のマニュアル(取説)を見てみますと
     (今回質問に関係する部位を英文に置換して抜粋)

    4. Rifle range
    ・Sighting range: 100 to 800m. 100m-wise adjustable.
    ・In addition, the intermediate distances are 250,350 and 450m adjustable.

    Use distance.
    For single fire up to 600m.
    For bursts up to 300m.

    5.Shot
    9 rounds / sec.

    当初要求は短連射有効射程800mに対し、現実は300mと現代のアサルトライフルであります。
    800mスケールは複数の射手による同時射撃による面制圧では効果有るかもしれませんがマニュアルでは言及しておりません。

    画像掲示板2 に StG44マニュアル関係ページを貼り付けました。No.4663

    以上です。

    軌跡の発動機?誉


  3. >1.2お二人の回答有難うございます。
    MP44(STG44)のリアサイト射距離目盛800mの意味が分かってきました。
    続けて質問なんですが、モーゼルKAR98Kの射距離目盛2000mについてはその根拠となる話や、銃マニュアルでで説明されているのでしょうか。
    リボルバーキッド


  4. >3.モーゼルKAR98Kの射距離目盛2000m〜根拠〜説明されているのでしょうか。

    残念ながら・・・・・
    ドイツ陸軍1935年頃発行のMauser kar98k のマニュアル(取説)見ても、1905年発行のGew98マニュアル見ても、
    リアサイトスケールの説明は単に100m毎、2000m迄存在する事しか説明されておりません。射距離に応じた射法説明はありません。
    但し、Gew98マニュアルはリアサイト説明直後に最大射程4000mである旨 書き添えてあります。

    よく考えれば肉眼の一般兵射手にとって1000m超えたマンターゲットとの距離を正確に標定する事は無理でしょう。
    戦闘中に肉眼で距離標定し自銃のリアサイトスケール調整をした上での正確な個別射撃は無理です。
     (現代はハンディなレーザー測距器が有りますので非常に便利な時代です。)
    この当時ですと、レンジファインダー付双眼鏡を持つ下士官 或いは小隊長の距離標定・指揮による一斉射が精々でありますし、
    その距離は迫撃砲の出番ですね。

    〜?誉



762 コンバット(古いな)などで負傷者がでると「サルファ剤!!」と言っていましたが、対するドイツ軍の救急キットにはどんな、なんと呼ばれていた薬剤備品が入っていたのでしょうか?

あと、Bf109tropタイプのサバイバルキットの中身が気になってしょうがありません。

どうかお教え下さい。
まるき

  1. ドイツ兵も同様のシチュエーションではドイツ語で「サルファ剤!!」と叫んでてもおかしくありません。
    米軍の救急キットの名称も「サルファ剤!!」ではないのですから。
    にも。


  2. すみません。質問が曖昧でした。改めて、ドイツ軍の救急キットには何が入っていたのでしょうか?

    特に特殊なシチュエーションで必要になるであろうBf109Tropのサバイバルキット何が入っていたのかが気になってしょうがありません。よろしくお願いいたします。
    まるき


  3. Sanitätstasche für Flugzeuge
    で、Google検索してみてはいかがでしょうか?
    しかし、セットS10011には、チューブ入りのBorsalbe(ホウ酸剤)ぐらいしか薬品らしい物は入っていないようです・・・。セットS1/S2にはアンプルや注射器など色々と入っています(*)。ドイツのサルファ剤、プロントジル(IG社商品名)も入っているかは分かりません・・・。また、S10012(冬期用)というのも有りますが、中身は分かりませんでした。

    【*】「WWIIドイツ空軍パイロット装備1939-45 Part2 [資料編]」(文林堂)掲載の写真から
    Luna


  4. すみません、ドイツ語が文字化けしましたので・・・
    Sanitatstasche fur Flugzeuge
    で、
    Luna


  5.  以前、同内容の質問に対して書き込み、今は手元に無いのですが『The German Army Medical Corps in World War II』という本があります。
    バツ



761 技術研究本部のアーカイブを漁っていたら67式75mm戦車砲リュウ弾と67式37mm高射機関砲エイ光自爆リュウ弾なるものが制式採用されているようなのですがこれはM24戦車/M15自走対空砲の国産砲弾を開発したという認識でいいのでしょうか。
この2種の砲弾について知っている方いれば教えてください。
貧乏紳士

  1. 要目を見ると米軍制式品と同等のようなので、何らかの事情で(国産のため?)それの制式要項を定めたものと思います。
    (N)



760 .758からの続きです。
1930年代前半にダグラス・マッカーサー参謀総長が「陸軍の小銃は.30口径以外認めない」という決定をし.276ピダーセン弾への更新が流れた事はよく知られています。ですがその理由は備蓄した既存の弾薬の在庫と互換性がなくなるからという事であり、.30口径の実包一般では無く備蓄されていた30-06弾と指定されていなければいけない筈です。当該の命令の具体的な文面は判るのでしょうか。

そしてWW2 が始まった30年代末から米地上軍には予算が付き、マッカーサー参謀総長在任時には不可能だった異種弾薬を使用する小火器への更新も可能に成り得ました。此処で前の30-06でなければならないとする命令を
1.全面的に変更し軽量弾薬を30-06に代わる小銃兵の小銃の弾薬とする
2.前の命令を全面的には変更しないが抜け道を作る。具体的には「小銃兵の小銃」以外の新しい小火器カテゴリを制定する
3.重く長い30-06使用小銃をそれが本務ではない非小銃兵にも持たせ続ける
史実では2.つまり非小銃兵の自衛火器たる「軽小銃」としてのM1カービンの採用となりますが、その弾薬の.30カービン弾の口径が、30-06でもないのに同じ.308インチである必要は、ありません。より口径を小さくして初速と口径辺りの質量を高めた方が弾道が低伸して、要求される300ヤード迄の命中精度と必要な威力をより軽量な弾薬で確保出来るのではないでしょうか。
後から.30カービン弾の尖頭弾化が試みられ結局しなかったそうですが、小口径化しなかったのなら何故せめて最初から尖頭弾にしなかったのでしょうか。

他の陸軍国では拳銃弾を使用する短機関銃に担われた「軽小銃(騎銃)」に対し、米軍は拳銃弾より弾道が低伸し長射程の.30カービン弾を使うM1カービンを採用しましたが、それとは別に.45ACP弾を使う短機関銃も使い続けています。従前短機関銃が担ってきた「近距離を連射で制圧する銃」を拳銃弾ではなく.30カービン弾を使用する銃に一本化すれば、短機関銃と違い中距離にも同じ銃で対応出来ます。が、何故米軍は短機関銃「も」使い続けたのでしょうか。
にも。

  1. >短機関銃と違い中距離にも同じ銃で対応出来ます。
    まさに将校用武器として短機関銃兼中距離銃=現代のアサルトライフルの思想を先取りして要求仕様を出しています。
    fully-automatic 、Fixed aperture sight.はSMG的要求ですし、Magazine 5to7 rounds.はPISTOL的要素です。
    フルオート銃でこの弾数じゃ矛盾するものですが!

    早々にこのフルオート機能は諦め将校用中距離銃としてそのまま開発継続したのがM1CARBINE=将校用.357MAGNUM軽量ライフル銃です。
    よって陸軍歩兵用基幹小銃とは考えていません。要求性能に歩兵銃並の攻撃要素を求めていません。

    米陸軍制式小火器の便覧と言えるマニュアル TM9-2200 (1943年発行)には各銃について以下の通り用途説明しております。

    TM9-2200 Small Arms Materiel & Associated Equipment より

    ・M1903 LIFLE・・・OFFENSIVE SHOULDER WEAPON
    ・M1LIFLE(GARAND)・・・ OFFENSIVE SHOULDER WEAPON
    ・M1CARBINE・・・・・・LIGHT WEIGHT OFFENSIVE OR DEFENSIVESHOULDER WEAPON
    ・各種PISTOL・・・・・ LIGHT DEFENSIVE HAND WEAPON
    ・各種SMG ・・・・・・PISTOL弾使用のAUTOMATIC WEAPON


    30-06弾薬使用のLIFLEは攻撃専用、M1CARBINEは軽量・攻撃兼護身用の要素を持ちます。


    尚、M1CARBINEの弾〔薬莢〕に30-06の弾丸をセットしたテスト用高圧弾が存在する事を補足します。
     ttp://www.oldammo.com/30CarbProofB.JPG

    一般兵のM1CARBINEでの誤使用防止の為に意図的に30-06の弾丸をセットして弾薬長を長めにしています。
    弾薬長が長い為純正ボックスマガジンには入らず、テストに使用するには機関部から薬室に1発づつ手込めします。

    軌跡の発動機?誉


  2. 最後の質問、「短機関銃」と弾薬に何を使うか決めてない呼称ではなく
    「.45APC弾の様な拳銃弾を使う軽小銃・騎銃」と書いて、「.30カービン弾を使う銃」と正確に対応させるべきでした。すみません
    発端は「M3グリースガンの様な銃を新規に開発するのなら何故.30カービン弾を使用実包にしない?」という事でしたので。グリースガンのあの形状と極力ブレスでというコンセプトを引き継いで.30カービン弾を連射する銃は出来なかったのかと思うのです。でこれがガーランドやカービンのガス圧機構を踏襲しその機関部を載せる台枠をプレス鋼で、では形状がグリースガンとは似つかない、史実のアサルトライフルとあまり変わらないデザインになりそうです。

    軽小銃の使用弾薬は.357マグナムがモデルというのは出発点で、現に.30カービン弾は口径を.308インチ縮小しています。軽とは云え拳銃ではなく小銃なのですから銃身長の許す範囲で、弾薬の大きさ辺りの初速・口径比り質量を極力高くして弾道を低伸させるのが性能上有利で、開発が決まった1940年前後には既に.22口径の弾重のある尖頭弾は複数登場し普及し始めてるのです。そしてどうしてもタンカーガーラントに拘るなら、20年代に試験され良好な結果をだした.276ピダーセン弾を使用するそれを採用すべし。逆に非小銃兵の自衛用としては少し重いですが…
    にも。


  3. 銃の作動機構の問題でしょう。
    シンプルブローバック(ストレートブローバック)は閉鎖構造を持たない、とても簡単な作りです。強力なスプリングと重い遊底の質量だけで後退を遅らせているだけの代物で、場合によってはボルトアクションライフルより安価に製造できてしまう。
    もちろんこの作動方式では閉鎖能力が低く、強力な実包は使えません。例外はあるでしょうが。
    .30カービン弾といえ、拳銃弾から見ればマグナム実包にもなる強力な実包である事に変わりません。
    この弾を使う以上、しっかりとした閉鎖機構を備えた銃が必要になります。
    M1カービンもロータリーボルトのちゃんとした閉鎖機構を持っています。ガス圧作動なのでガスピストンも付いています。
    9mmパラベラムや.45ACPといった拳銃弾を使用し、オープンボルトで近距離で弾をバラまける安価で短い兵器、SMGは一種のトレンドといっても過言ではありません。
    クローズドボルトでセミオートでSMGよりは精度の良いカービン、高速で拳銃弾を発射し近接戦闘での手数で圧倒できる安価なSMG、両者にそれぞれ美点がある以上並存可能です。
    パンジャンドラム


  4. >当該の命令の具体的な文面は判るのでしょうか。
    ttps://www.outdoorlife.com/happy-100th-birthday-30-06
    下から1/3あたり
    前略 the army's chief of staff that he didn't want a new service round of less than .30 caliber. His name was Gen. Douglas MacArthur, and his decision saved the .30/06.

    和訳・・・陸軍参謀長は新弾薬に .30口径未満は望まなかった。となるでしょう。
    これを言われた関係者にとっては既制式の30-06弾薬をそのまま使用しろの命令同然です。


    >「近距離を連射で制圧する銃」を拳銃弾ではなく.30カービン弾を使用する銃に一本化すれば、短機関銃と違い中距離にも同じ銃で対応出来ます。が、何故米軍は短機関銃「も」使い続けたのでしょうか。

    言い換えれば .30カービン弾使用のセミオート/フルオート兼用サブマシンガンを開発すればよかったのでは? という事ですね。

    何回も書きますがM1CARBINE銃の狙いは・Weight no more than five pounds.のLIGHT RIFLEです。 約2.5kg以下の軽量銃です。

    さて、一般にSMGは近接戦闘で弾幕を張れる軽く軽便な火器と思われていますが間違いです。結構重いものです。
    WWII〜現代もまともな軍用SMGは重量4〜5kgあります。
    例え小銃弾より非力な拳銃弾でも数百発/分の連射反動を抑えるためには、この位の銃重量が必要で有ります。
    それこそLIGHT WEIGHT 5LBの銃で.30CARBINE弾薬≒.357MAGNUMでフルオート銃を製作したら一般人の体格では抑えきれない品物になります。
    よって後年開発されたフルオート銃M2,M3 CARBINEは使い物にならない銃です。大失敗作です。
    WWII戦後世界中の西側軍隊でM1CARBINEは使用されるも、M2,M3 CARBINEを見かけない理由がこれです。
    小銃弾薬のフルオートは重量10kgは必要なMG・機関銃、拳銃弾薬フルオートは重量4〜5kgのSMG短機関銃であります。
    使用弾薬と銃の重量サイズで運用住み分けがされています。

    余談ですが、現代の5.56mm口径で代表される、超軽量弾丸×超高初速で射撃反動をある程度抑えつつ
    運動エネルギーは所要値持たせるセミオート/フルオート兼用銃として成功したM16系は奇跡の大成功と言えるでしょう。
    但し、中近距離専用ですし、スポーツハンティングとしてもビッグゲームは無理です。

    〜?誉


  5. >3
    .30カービン弾を使うM3グリースガンは試作されてた様です。推測するにAPIブローバックでは?
    私が考えてたのは、ロータリーバレルによる閉鎖なら
    精密加工しなければいけない部位を重心・ボルト周りに限れ史実のグリースガンのデザインをあまり変えずに済むかなと云った処です。で消炎器とリコイルブースターを兼ねた漏斗を銃口に付けます。
    >4
    >よしんば新弾薬を制定するとしても、その口径は30-06の.308インチを下回ってはならない。
    その命令が戦後も活きてたとすれば、.30カービン弾は勿論.308ウィンチェスターの様な実包が制定された理由も良く判ります、納得です。しかしそれにしてもせめて尖頭弾に出来なかったのかとは思います、普通に尖頭弾化すれば史実の丸頭弾の.30カービン弾より尖頭弾化の分長くなり銃側の互換性が無くなりますが、戦後からでも.308ウィンチェスターの様な中途半端でなく尖頭弾化した.30カービン弾をNATO標準として採用すれば其の儘突撃銃となったのにと思います、サルボ計画によって戦前の参謀総長による命令を正式に覆させ、小口径高速弾を主流化させる”理性の狡知”なのでしょう。そして小銃兵の銃を中距離迄当たるように連射したい事と非小銃兵の自衛用として軽い小銃が欲しい事を、全く同一の銃で要求する事が不可能だったとしても使用弾薬から何から違えなければならないとは成らない。現に次代の対手たる赤軍改めソビエト軍がAKとSKSの組み合わせで実施した事です。

    .30カービン弾の尖頭弾は後から1942年頃に試作され流れたそうですが、どの様なものだったのでしょうか。既存の丸頭弾の.30カービン弾を使う銃に合わせて尖頭弾化するには実包の長さを変えないようナガンリボルバーの様に弾丸をめり込ませる必要があります。
    にも。


  6. >>5
    これは失礼しました。3丁の試作に終わったT29ですね。シンプルブローバックのM3グリースガンを踏襲したまま.30カービン弾を閉鎖出来るとすれば、コッキングレバーが許容し得ないほど凄まじく重かったのでは?、と想像します。APIブローバックならその限りではないでしょうが、SMGへの採用実績は芳しくないようです。

    レバー遅延ブローバックは如何でしょうか?基本的にはシンプルブローバックの発展形で、閉鎖のスプリングの力をレバーのテコの力で強化しています。こちらはSMGでのに限らず自動小銃や汎用機関銃への採用実績もあり、.30カービン弾のサン・クリストバル・カービンにも使用されている機構です。

    .30カービン弾のポテンシャルの高さは私も認めるところです。ストッピングパワーもとある韓国人が60人近くを殺害した様に、決して侮れるものではありません。この実包を使用するSMGが設計でき、いくらかのコスト増加に目を瞑るだけの余裕があればと悔やまれます。
    戦車にはSMGが携行兵器として搭載されていたのは知られています。例えばですがM26パーシングでは、乗員分5挺のグリースガン、M2カービン1挺が標準装備でした。こうした需要の多さは、いくらか凄まじい速度で拡大していた米軍にとって、この様に様々な兵種にSMGを供給する事は必須だったのでしょうが…
    パンジャンドラム


  7. 抜けてました。
    こうした需要の多さは、いくらか凄まじい速度で拡大していた米軍にとって、想像を絶するものだったと想像できます。この様に様々な兵種にSMGを供給する事は必須だったのでしょうが…
    それまでのトンプソンの半額で製造できるグリースガンは米軍にとってそれなりに受け入れられるものだったのではないでしょうか。
    やはりSMGの最大要求項目は、SMGとしての能力と並んで、努めて安い事にあったと思われます。
    sage


  8. 上のHNはミスです
    パンジャンドラム


  9. >5..30カービン弾を使うM3グリースガンは試作されてた様です
    >6.T−29
    M1CARBINEのSMG化ではなく、既存のSMGを.30 M1CARBINE口径に変更でしたか。
    M3グリスガンの.30 M1CARBINE口径タイプ試作=M3A1 SMG T-29については↓
    ttp://ww2.rediscov.com/spring/VFPCGI.exe?IDCFile=/spring/DETAILS.IDC,SPECIFIC=10210,DATABASE=objects

    ボルトを重くしたりスプリングの長さや強さをトライ&エラーしている様です。

    >5. 尖頭弾化した.30カービン弾をNATO標準として採用すれば〜
    所詮.30 M1CARBINE弾≒.357MAGNUM弾は拳銃弾です。 その弾道性能では
    歩兵基幹小銃弾にはなり得ません。

    弾丸ドロップ、弾丸エネルギー共に元々の要求300ydが使える上限です。
    ドイツStG44=MP44 用弾薬 7.92X33 KURZ 弾にも全てに劣ります。
    ttps://www.thefirearmblog.com/blog/wp-content/uploads/2016/02/qgMfgCz.png

    ttps://www.thefirearmblog.com/blog/wp-content/uploads/2016/02/AARRzEW.png

    弾道性能向上・威力向上の為に尖鋭弾丸化するなら、薬莢のボトルネック型化含めて別の弾薬開発に向かうべきでしょう。

    〜?誉


  10. あ、皆さま連投大変、大変申し訳ありません。グリースガンのコッキングハンドルは早々に無くなってます。ともあれ、コストカットの塊の様な代物です。MP40すら上回る徹底ぶりで、一説にはステンガンと同等の生産性を求められたそうです。
    .30カービン弾を使い、そこそこの閉鎖力を持たせれば強力なSMGが誕生した事は疑いありませんが、どうも当時の米軍の要求のそれとは随分テイストが違っている様です。
    パンジャンドラム


  11. >6.
    私は遅延ブローバック式を好みません、条件の変動に弱く、精密な加工を要求する割に信頼性に欠ける印象があるので。尺取遅延式を使ったピダーセン自動小銃も薬室にグリースを塗らなければいけなかったそうですし。

    弱い拳銃弾をでカービンサイズの銃で発射するという余裕を、工作精度を必要としないシンプルブローバックでの動作による生産性に振った、MP18(M1カービン以上に軽量なモーゼルC96のカービン型を退けて採用された)以来の大戦型短機関銃は、時間等資源が逼迫した時期に迅速に供給できる「代用突撃銃」として秀でた判断で、その完成形に近いM3短機関銃がその目的に沿う優れた製品である事には全く同意します。しかし此処では、当時の米国にはより「本物の突撃銃」に近い銃を供給出来たのではないか?という話をしています。で、MKb42→StG44からAKとSKSの組み合わせという「正解」が既にある以上、それとはなるべく違った、史実の米軍の使った銃のかたちからなるべく変えずにそう出来ないかと考えたのです。
    (尖頭弾化した.30カービン弾を共通弾薬とする、軽量なセミオートのみのカービンと、プレス鋼で製造して生産性を高め且つ連射が当てられるように設計されたアサルトライフル、というのがより正解でしょうが、それだと将に既に有る通りなのであまり面白くないのです。)

    ドイツの「正解」を承けた赤軍→ソビエト軍のM1943実包は、非小銃兵の自衛火器から分隊支援軽機迄総て自動化した上で同一の弾薬で賄う用兵兵站双方の理想を実現しましたが、カービン・突撃銃用にはやや強すぎ銃が重くなり、カービンと突撃銃を直ぐには一本化出来なかった(AKMで一本化)、一方で支援用としては弾道が物足りない。それを超えるには.30口径の呪縛を払うしかない訳で、後の先たるサルボ計画由来の小口径高速弾は前述の理想をより高い次元で実現しましたがそれでも色々不満が挙がってるのは皆様御承知の通り。

    にも。


  12. 横から失礼します。
    尖頭弾化.30カービン弾というのは、7.62×39oの弾頭を.30カービンの薬莢にはめこんだような弾になりますかね。弾頭重量も近いようですし。
    .30カービン弾は初速1990fpsで弾量110gr、
    射距離300yardでドロップ量49インチ・存速1033fps
    射距離400yardでドロップ量117インチ・存速920fps
    射距離500yardでドロップ量226インチ・存速840fps

    7.62×39o弾を.30カービンと同じ初速で撃ったと想定すると、
    射距離300yardでドロップ量35インチ・存速1329fps
    射距離400yardでドロップ量80インチ・存速1175fps
    射距離500yardでドロップ量150インチ・存速1065fps

    本来の7.62×39o弾(弾量124gr)は初速2350fps
    射距離300yardでドロップ量24インチ・存速1593fps
    射距離400yardでドロップ量55インチ・存速1390fps
    射距離500yardでドロップ量104インチ・存速1222fps

    尖頭弾化で射程がいくらか伸びるとはいえ7.62×39o弾には敵わないわけです。
    33mmのストレートネック薬莢ですから当然ですね。
    このような威力の銃器を主力として配備するかは、運用者の評価しだいでしょう。
    超音速


  13. >.12
    尖頭弾化するだけで.30カービン弾の性能こんなに向上するとは。でも一旦量産が始まると互換性を損なう改変は困難になる訳で、こんな勿体無い事をしたのは30-06を使わない銃に主力小銃の職掌を侵してはならないという縛りでもあったのかと邪推してしまいます。

    書き込みの要領を得ませんが、30-06(主力小銃、狙撃銃、近接支援火器)、.30カービン(士官無線手等非小銃兵)、.45APC(短機関銃と拳銃)、と3種類の弾薬を分隊に供給するよりは、非小銃兵の自衛火器たる「軽カービン」と弾薬を共有出来る短機関銃・突撃銃たる「重カービン」が可能だったのではないかという事です。尖頭弾がより望ましいですが史実の丸頭弾でも成り立ちますし、拳銃も.30カービンにするならw
    にも。


  14. .30カービン弾が丸頭弾でその可能性を充分引き出せなかった悔やみがサルボ計画による.30口径の打破と小口径高速弾の登場を促したのなら“歴史の狡知”として「帳尻」が取れるのでしょう。
    にも。


  15. >>11
    トグル遅延式とレバー遅延式は遅延ブローバックであっても似て非なるものです。レバー遅延式なら同じ遅延ブローバックでも最もハードルが低い印象です。構造はかなり単純で複雑というほどのものではありません。まぁ、「ディレード」なので閉鎖ではないのはご愛嬌。ピダーセンは特に薬室にフルートなど持たないので輪をかけて排莢が大変だったそうで、この対処法あまりは当時知られていなかったのかな?とも思います。仮にしたとしてもフルート加工してもそこにカーボンが付着して掃除が面倒になりますしね。そんな開発当時の状況では確かに仰る通りかもしれません。

    >>しかし此処では、当時の米国にはより「本物の突撃銃」に近い銃を供給出来たのではないか?という話をしています。
    分かりました。ではここではコスト面などの話は見なかった事にしましょう。
    開発可能かどうかで言えば、十中八九可能でしょう。
    その突撃銃とm1カービンの混成は面白そうですが、「何故ならなかった」とはおそらく分隊レベル以上での弾薬需要を考慮していたという可能性は無いでしょうか。
    今でさえ歩兵中隊から30口径機関銃を排するのは(自衛隊やフランスなどいくらか事例はありますが)二の足踏みするというレベルなのに、流石に中機関銃以上まで弱装弾を使うほど割り切れるとは思えません。機関銃は弾食い虫ですからね。
    パンジャンドラム


  16. 因みに私の推察で申し訳ありませんが、当時の米軍の機関銃のウェイトとは現在のGPMGの比ではないものだったのではないでしょうか。射耗弾数の比率を知りませんが、恐らく発射弾数の多くは機関銃でしょう。当時の一般兵士の発砲率は心理的背景から8割以上が近接戦闘でも発砲していないというかなり低い実態で、これがいくらか改善されるのはベトナム戦争以降です。
    仮に分隊レベルでの装備はいくらかスマートになっても、全体としてみるとやはり第一次大戦の様にバリバリと機関銃が制圧する様な戦闘である傾向はあるのではないでしょうか。根幹をなす機関銃の方に引っ張られたとしたら30-06弾は必然です。.45ACPに関してはコスト云々も関係ないこの会話の前提となってはフォローの必要はありませんが。
    やはり今と違って、大袈裟でもなんでもなく数十人単位で命を預ける兵器というべき代物だったので、それに引っ張られての30-06弾という事なら合点はいきそうなものですが。
    パンジャンドラム


  17. 細かな弾薬の話の前に大前提を考える必要があるのではないでしょうか?
    アメリカの騎兵、つまり西部劇に出てくるアレそのものですが、は、もともと大陸陸軍とは少し異なった発達をしてきています。
    有名なのが McClellan saddle で、腹帯を鞍骨につける(引き裂き力が働き重く頑丈な鞍骨が必要)のでなく、前後に振り分けて鞍骨の上を巻くこと、他国では埋める隙間を残す等で大幅な軽量化を果たした、優れてはいるが変わった鞍です。1857にテスト、1885に本格制式化されますが、1913の荷鞍にも発展し、最後は1928です。
    儀仗兵以外の、いちおうは実戦向けの騎兵部隊そのものも1944あるいは戦後までしつこく編成されています。
    弾薬も同様に、30-06の前から30-40が使われています。歩兵用の小銃の単銃身型でなく(拳銃弾を使用する短機関銃に担われた「軽小銃(騎銃)」も少し違うでしょうね)、別の弾種を使うのはアメリカの騎兵の伝統であり当然であったのではありませんか?

    つまり、「新しい小火器カテゴリを制定」ではなく、伝統的なカテゴリーをセミオート化した、ではありませんか?

    大陸型の騎兵では射撃は下馬、もしくは静止時の馬上から(鞍の上に立って構えているドイツ騎兵のよく見る写真がありますね)が原則で、襲撃の際は刀や槍が原則でした。
    が、日本騎兵が私物のモーゼルを使ったように、踏ん張れない馬上でも扱える軽量の銃器が有用なことが次第に知られていきます。が、モーゼルは「手槍」です。歩兵小銃の騎兵用ではなく、抜刀襲撃時の刀槍の近代版なわけです。
    さて、西部劇では襲撃中に盛んに馬上射撃している米騎兵ですが、1930にはどう規程されていたのでしょうか?
    知っている範囲の戦後事情から後知恵で類推するより、当時の米陸軍の騎兵操典に当たるほうが早道ではないでしょうか?




759 三八式歩兵銃などは、M98アクションなどのメジャーなライフルに比べてロックタイムが長いのでしょうか…?
gew98のウィキペディアを見ると、こんな事が書いてありました。
撃針の移動距離は以前のモーゼル機構よりも短縮され、射手が引鉄を操作してから撃針が薬莢の雷管を突くまでの時間(ロッキングタイム)を減らす効果があった。

ということは、ボルトアクションが完成されたM98以降のモーゼルアクションはロックタイムに改善が加えられていると。

しかし、三八式のもとの三十年式は、M93モーゼルという少し古いタイプのモーゼルアクションが下敷きです。コックオンクロージングの。
このまま受け取るとまるで、M93モーゼルがベースの三八式は少々分が悪いと見えます。
そして直接確認した情報ではないですが、ターク高野氏曰く、「三八式はロックタイムが遅い」と評したという書き込みが。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1389112443

軍用銃なのでトリガーが重いのはいくらか目をつむるとしても、ロックタイムが長いとちょっと距離が離れるだけで差がついてしまいますが、三八式/九九式などは大丈夫なのでしょうか。
パンジャンドラム

  1. 言い方を変えます。大丈夫かどうか、ではなく三八式のロックタイムはM98アクションからみれば劣るレベルにあったのでしょうか。大丈夫じゃなかったら採用されませんね。
    僕は全般的に有坂銃がそう遅れをとるものであって欲しくないという気持ちではあります。
    パンジャンドラム


  2. 所謂ストライカータイプ・ボルトアクションライフルのロックタイムとは具体的にどれくらいか御存知ですか。
    射撃競技用銃、狙撃専門銃で3ミリセック、レミントン700で3〜5ミリセック、一般の軍用ボルトアクションライフルなら5〜8ミリセックです。
    その数値比較すれば短いものと長いもので2倍以上の開きですが、解りやすく書けば3〜8/1000 秒です。

    ベンチレスト射撃の様な超精密射撃で弾着測定して云々をしない限り、一般の人間はこの1000分の何秒の発火差を感じ取れません。

    むしろ弾薬メーカー違いや発射薬&雷管による差異の方が発火時間に影響が大きく、経験豊富な射手なら良い弾、悪い弾を感じ取れます。

    さて、コックオンクロージングはファイアリングトラベル量が長めになり易い傾向は有りますが(設計次第です)、
    それを補うべくファイアリングスプリングを強い物にすれば解決します。
    (38式に限らず)実際に神経質なシューターがカスタムスプリングに交換して自己満足します。

    最近定説になりつつあるコックオンオープニングが優れ、コックオンクロージングは劣るという話は狭い視野です。
    旧陸軍がコックオンクロージングに固執したのは、短いトラベル量で撃発するより、
    長いトラベル量=慣性大+強いスプリング使用による強い撃発力を優先した為です。

    以上 これも小生同好の仲間内での認識です。

    軌跡の発動機?誉


  3. 奇跡の発動機?誉様、具体的な情報を交えていただき非常に参考になります。
    ロックタイムの長さというのはその次元の話でしかないのですね。

    そして恐縮ながらもう一つ質問をさせて下さい。とても実銃に詳しいと見えましたので。トリガーについてです。
    日本軍兵士の射撃に関しては諸説あるのですが、トリガーの性能はどうだったのでしょうか。オーソドックスな2ステージトリガーでしょうか?そしてトリガープルやトリガーストロークのほどは、軍用銃としてのM98系統の銃(Gew98やKar98K、vz.24)には遜色しないものだったとみてよいのでしょうか?
    パンジャンドラム


  4. >3. オーソドックスな2ステージトリガーでしょうか

    旧日本陸軍の小銃は30年式小銃の時代より38式、99式迄、モーゼル式2ステージトリガーです。
    そのトリガープルは3〜3.5kgと標準的な重さです。4式小銃は知りません。

    >3.日本軍兵士の射撃に関しては諸説
    実際の戦闘中に心技一体で出来ていたかどうかは個人能力の問題ですが、一応旧陸軍教範は引鉄の扱いについて指導しています。

    例えば“小銃、軽機関銃、拳銃射撃教範 軍令陸第三号”の第2編第1章第1節 射撃の方法の項

    第59 前略・・・銃把を確実に握り食指の第二節或いは第一節根を引鉄に掛け其の第一段を圧し次に食指の前部2節を曲げて第二段を圧し極めて微弱なる力にて終に撃発し得るに至らしむ。

    第60 激発の要領は据銃と同時に引鉄の第一段を圧して呼吸を止め照準を始めると共に躊躇することなく第二段を圧し正しく照準し得たるとき撃発し得る如く極めて微弱の力を加えるものとす。

    以上 回答します。

    〜?誉


  5. ありがとうございます。知れば知るほど世界水準の銃だと分かりました。
    サイトの見易さは(三八式後期型以降)SMLE no.4同様にピープサイトにし、トリガーも2ステージを備え問題なく、ロックタイムも普通。射撃を損なう様な要素はありません。
    パンジャンドラム



758 M1カービンの開発や存在の意義は何でしょうか。
将校の持つM1911ピストルの威力不足、そして砲兵部隊、輸送部隊等の支援部隊用軽量自動小銃LIGHT RIFLEとして開発された事はいろんな銃書籍やインターネットで書かれています。 しかしアメリカ陸軍がM1カービンを開発スタートした1940年はアメリカも第二次世界大戦に参戦するのは時間の問題の頃です。 先に制式化したM1ガーランドを大量生産する事を重点的に考えるべきで、そんな時期に新型小銃と専用弾薬を開発した判断は何だったのでしょか。私が陸軍トップなら軽量自動小銃がほしいのならM1ガーランドの短小化(実際にタンカータイプがあります)と弱装弾の組合わせでよいだろうと指示すると思います。
リボルバーキッド

  1. >リボルバーキッドさん
    はじめまして。
    兵頭二十八氏は、拳銃では指揮官としての(言ってみれば突撃時の)姿勢を示しにくいので、軽量な小銃(のような物)を開発し、「指揮杖」の代わりに士官に持たせたのだ、というような趣旨を述べられていたと思います。
    日本陸軍の小隊長の日本刀(戦場ではまさに指揮杖の役目しか果たさない)よりは戦場での安心感もありそうです。
    弱装弾も悪くないとは思いますが、常装弾との誤配が頻繁に起こりそうですし、全然違う銃弾は却ってよいのではないかとも思われます。
    R&R


  2. あと、M1911の威力不足とは、戦場における通常の交戦距離では、という理解でよろしいでしょうか。
    25〜50ヤード程度の距離ならば、今日でも.45ACPはかなり有力な対人弾だと思っています。

    M1ガーランドの.30-06弾は、たとえ弱装弾にしてもカービンモデルではコントロールが難しいかも、とも思います。
    ただ、.30カービン弾は、今度はその弱威力が問題ともされていますので、果たしてこれが成功作だったか、となると難しいところかもしれません。
    その(弱威力と引き換えの)扱いやすさは、競技用としてならいい線いってるのではないかとも思いますが…
    昔、コンバットマガジンにM1カービンの国産化モデルであるホーワニュー300を実際に使っていた様を描いたエッセイ(?)が連載されていましたが、あれはどこまでが創作かわからないのであまり参考にはならないかもしれません。

    自分には結論が出せそうにないです。
    長文失礼いたしました。
    R&R


  3. >弱装弾でよい
    肝心の戦場での互換性無いですよね。無いなら生産そして携行が楽になる軽量弾薬の方がずっと良い
    >そんな時期に新型小銃と専用弾薬を開発するなんて
    そう判断した当局者がいました。1930年代前半に米陸軍参謀総長を務めたダグラスマッカーサーです。その在任時に陸軍の小銃は.30口径でなければならないという決定をしました。
    当時米国は世界最大の工業国で且つ世界大戦の仮想敵国からは大洋を隔ててます。実際に戦争の危機が迫るまで地上軍には予算は付けられませんでした。この時期だからこそ、専用弾薬を必要とする新型小銃を開発する余力が生まれたのです。しかし.30口径でなければならないという軍縮時代の決定を覆すには至らなかったであろうため、逃げ道として弱装の.30口径弾を使う小銃を非小銃兵の自衛火器という名目で開発する事で、軽量弾薬を使う小銃の優位性を知らしめようとしたと、私は考えます。
    既に開発の済んでただろう.276ピダーセン弾を使うM1ガーランドに統一するのがよりベストに近かったのかも知れませんが…
    にも。


  4. >逃げ道として弱装の.30口径弾を使う小銃を
    間違い。
    >逃げ道として弱威力であっても.30口径の弾を発射する軽量弾薬を使う小銃を
    に訂正
    にも。


  5. >しかし.30口径でなければならないという軍縮時代の決定を覆すには至らなかったであろうため、逃げ道として弱装の.30口径弾を使う小銃を非小銃兵の自衛火器という名目で開発する事で、
    訂正
    >しかし、.30口径でなければならないという軍縮時代の決定を覆すには至らなかったであろう為に逃げ道として、弱威力であっても.30口径の弾を発射する軽量弾薬を使う小銃を非小銃兵の自衛火器という名目で開発する事で、
    にも@更に訂正。


  6. 結論から言いますとM1CARBINEとは、歩兵総監George A. Lynchが自分の経験より将校用.357MAGNUM軽量ライフル銃として陸軍退役土産に採用させたものです。
    George A. Lynchは自身の若い頃の経験〔ウェストポイト卒業後の最初の任地フィリピンで米西戦争後のモロ族反乱やWWI従軍〕より、
    最後の役職/歩兵総監になった1930年代後半から退役間近1941年にかけてM1CARBINEの元となる要求仕様を出しています。
    まとめますと以下の通りです。
    ・Effective range 300yd.
    ・Caliber greater .25 inches.
    ・Weight no more than five pounds.
    ・Semi-automatic with fully-automatic capability.
    ・Fixed aperture sight.
    ・Magazine holding between 5to7 rounds.

    彼の戦闘経験から将校用銃としても、護身用.45ACPのピストルでは射程不十分、300ydで銃撃し敵を倒せる銃が必要。
    又、WWIにアメリカ軍が民間用ウィンチェスターM1907 自動ライフルを非制式・限定的に投入しておりその軽便性に着目。
    そして丁度1935年頃には.357MAGNUM弾薬が世に出ております。

    これらを集約されたものが上記要求仕様になったと考えられます。その開発最終結果がM1CARBINEです。
    但し、M1GARANDの量産に影響を与えない様 M1CARBINEは全量民間会社(確か9〜10社位)で生産されました。
    M1GARANDと違い米国陸軍兵器廠はその量産にノータッチです。


    実物を見れば以下の点で、M1CARBINEが歩兵銃としては考えられていない事が解ります。

    銃本体・・・・
    銃身前半は露出し初期のタイプは銃剣ラグも付いていません。
    即ち銃剣戦闘を想定していないハンティングライフル/スナイパーライフルの如く銃身だけが裸で突出しているわけです。
    要求仕様に銃剣の必要性は触れてません。
    (銃剣戦闘を考慮する当時の歩兵銃は木製ストックが銃身先端近くまで延長されそのストック先端に銃剣ラグを備えます。)

    初期のタイプのリアサイトはL型フリップの150,300ydの2段です。中・近距離用です。要求仕様の通り。

    支援部隊用補助銃として扱う場合、銃をタスキ掛けに背中に背負い易いようスリング取り付け位置を側面にしたので、その形状呼称より騎兵銃=CARBINEとしている。


    弾薬・・・.357MAGNUMのセミリムドタイプです。
    .30CARBINE弾薬はウィンチェスター.32SL弾薬を元にした。という内容で多くの銃関係書物に記述されておりますが、言葉足らずです。
    ◎薬莢長と発射薬を見れば.357MAGNUMと全く同じものです。
    即ち小銃弾薬用緩燃焼の発射薬ではなく 拳銃用(マグナム用)速燃焼発射薬です。
    弾丸形状が遠射向き尖鋭弾ではなく 拳銃用蛋形弾(ラウンドノーズ)なのも成程という事です。
    〔因みに速燃発射薬の為にM1CARBINEのガスポート位置は一般的なガス圧利用自動銃に較べ手前・薬室近くに備えました。現在でもM1CARBINEタイプのこの方式ショートストロークピストン式/別称タペット式のライフル銃を見かけない理由です〕
    その弾丸威力・軍の要求仕様は有効射程300ydでしたが、M1CARBINEの18in長銃身で撃つと110gr弾丸は初速2000f/s迄加速され、
    まさに300yd時点での存速(1000f/s)エネルギーは.357MAGNUM 50〜100yd付近の威力とほぼ同じものを実現しています。
    口径=弾丸径.30正確には.308としたのはM1GARANDと銃身加工用治工具の共用と思われます。

    これらが小生同好の仲間内でのM1CARBINEの認識であります。

    尚、M1GARANDの短小タイプであるタンカーは戦中少量150挺試作品どまりであり(その必要性があまり無し)、
    戦後とある銃メーカーが最初は短小タイプへの改造キット販売、後年短小タイプ完成銃を販売したものの筈です。
    M1GARANDタンカーは戦中の量産実在品ではありません。

    以上 長文失礼しました。

    軌跡の発動機?誉


  7. 6.に書き忘れました。補足します。

    ・WW1限定投入のウィンチェスターM1907自動ライフル
    ・.357MAGNUM弾薬開発メーカー
    ・M1CARBINE主開発メーカー
    全てウィンチェスター社です。

    よそ様のページですが小生の回答に近い記事を書かれていますので紹介します。
    ttp://mgdb.himitsukichi.com/pukiwiki/index.php?%BC%AB%C6%B0%BE%AE%BD%C6/%A5%A6%A5%A3%A5%F3%A5%C1%A5%A7%A5%B9%A5%BF%A1%BC%20M1907

    〜?誉


  8. M1カービンの開発背景を調べるときにはピストル代用(実際には代用にはなっていない)と決めて眺めるのではなく、M1903以降の.30口径小銃はモーゼル98と同じようにカービンタイプが反動により実用にならなかった点も考慮した方が良いと思います。
    近代的小銃でカービンタイプが何とか実用になったのは6.5o口径の小銃だけです。
    BUN


  9. >8. 反動により実用ならなかった

    カービン・短小化するにあたり直接的な意味では反動はあまり関係ありません。
    短銃身化により発射薬が銃身内で燃焼しきれず、かなりの発射薬が銃口外で燃焼します。
    つまり銃口炎が過大になります。発射音も過大になります。(それらによる反動増化も僅かながら有るかもしれませんが。) 
    銃身が短くなったのでマズルジャンプも大きくなります。よって射撃してて、いやになります。

    その対策は小口径化&短小化=発射薬量減と速燃焼発射薬の採用です。

    WWII時代のフルロード弾・軍用小銃に較べて現代のアサルトライフルは小型化≒短銃身化されていますが、
    それは単純に小口径短小化弾薬としただけでなくWWII時代のフルロードライフル弾薬に較べてやや速燃焼の発射薬を採用しているものと考えてよいです。

    〜?誉


  10. 反動でも発射炎でも良いのですが、モーゼル88以降の.30口径級の小銃弾でのカービン銃は成功していないということです。
    M1911やトンプソンの置き換えという名目は確かに存在しますが、それは単順に拳銃を置き換えるという意味ではなく、それらを携行していた兵種の装備として開発されたということです。だからこそ空挺部隊の主力銃にもなる訳です。
    これらは開発と審査の経緯を追って行くと納得できると思います。
    BUN


  11. 開発の目的、意義として1で紹介されている説はちょっと現実離れした奇説の類ですが、質問にある通り、米陸軍の軍需部は弾薬の種類が増加することを懸念しています。
    それでも.30-06弾のカービンタイプが採用されなかったのはもともとM1903小銃が中銃身小銃の先駆け的存在で、実用上、短銃身化の限界にあったからです。
    携帯しやすい形状で夜間射撃に適する発射炎で、反動が小さい銃を得るには新弾薬が必要ということは1938年の研究開始時からほぼ自明のことだったと思われます。審査項目でも反動は重要な審査ポイント(銃器ですから当然かもしれませんが)として盛り込まれており、「反動」というものの解釈の違いもあるとは思いますが審査で競合した銃の中には反動過大によって落とされたものもあります。


    BUN


  12. みなさん、いろいろな回答ありがとうございました。 軌跡の発動機?誉さんのM1カービンは357マグナムライフルである回答には肯定否定は置いといてびっくりしました。
    しかし自分的にはまだアメリカが第2次世界大戦参戦覚悟の時期にわざわざ新型小銃と専用弾薬を開発した真相についてモヤモヤです。
    それに海兵隊はM1カービンを基本小銃として大量採用しています。 M1カービンの何が気に入ってそうしたのか、まだまだいろいろ疑問が出ますが自分でも調べてみます。
    リボルバーキッド



757  僧兵というと頭に裹頭を付けたイメージが定着していますが、兜をかぶることは無かったんでしょうか?
 僧だけじゃなくて寺男が武装している例もあったそうなので、絶対に裹頭でなければならなかったということは無いとは思うのですが、それらしい資料を見つけることが出来ません。
おうる

  1. 本願寺顕如の画像です。

    ttp://ishikawa-rekihaku.jp/collection/detail.php?cd=GI00218

    兜らしきものをかぶっています。ただし、この絵は18世紀に描かれたものですので、当時の人の「戦う顕如のイメージ図」になります。
    顕如は僧兵か?という疑問があるとおもいますが、では僧兵とは何か、という「そもそも論」になります。

    桜ヶ丘


  2.  「平家物語」の「南都炎上」には、「南都にも老少嫌はず七千余人、兜の緒を締め」とあります。 https://santalab.exblog.jp/19950628/ この南都は、南都北嶺の南都で、興福寺のことで、その前に登場する大衆(だいしゅ)が僧兵のことです。また、この続きには https://santalab.exblog.jp/19950630/ 「落ち行く衆徒の中に、坂の四郎永覚と言ふ悪僧」の装束として「帽子兜に五枚兜の緒を締め」と書かれていますが、この悪僧というのは、荒法師の意味で、これも僧兵です。
     「平家物語」は鎌倉時代の成立とされ、この話の時代である平安末期の姿そのままかどうかの確証はありませんが、概ね、その通りかと思いますので、兜を被っていたと思ってよさそうです。
     ただ、1で仰っておられるように、僧兵というのは、存外に広い概念を持ちます。Wikipediaの僧兵の項を見てもらえば分かりますが、平安時代から秀吉の刀狩にかけて、日本中に存在しており、時代と宗派等により、かなり異なっております。そういう中で、根来衆等は傭兵として使用されたぐらいですから、兜を被っていたはずです。また、寺によっては、配下の侍をそのように扱っていた場合もあり、当然、僧侶の姿はしておりません。また、神仏混淆ですので、神人(じにん)と呼ばれた人達も含ませる必要もあろうと思います。
     もっとも、御質問は裹頭(かとう)をつけたとありますので、あの頭巾の下に兜をつけていたかということでしょうが、そのあたりの確実な答えは持っておりません。ただ、胴巻をつけているのに、兜をつけないというのも解せぬ話ですし、冒頭の「七千余人、兜の緒を締め」から考えても、帽子兜と呼ばれたヘルメット状と考えられているものはつけていたでしょう。また、絵図に登場する僧兵の被り物は、他の者がつけているものよりゆったりとしており、おそらくは剃髪をしていないということを考えても、やや大きいように思いますので、つけていたのではないでしょうか。
     
    hush


  3.  回答ありがとうございます。

     やはり兜は付けてたんですね。
    おうる



756 52Cmの銃身を持つフェロド小銃が42Cmほどの銃身しかない騎兵銃より初速が劣るのは、何故でしょうか?

青江

  1. ・38式騎銃=銃身長約483mm、公称初速708m/s。
    ・FEDOROV M1916=銃身長20in(約520mm)、初速2,150F/S(約654m/s)。

    両者同じ6.5mm38式実包を使用するも、銃身がやや長いFEDOROVの方が明らかに初速が低いです。

    その理由を結論から述べるなら、急遽代替採用した6.5mm38式実包とFEDOROV銃側ライフリング及びチャンバーとのマッチング不足と推測されます。

    ttp://modernfirearms.net/en/assault-rifles/russia-assault-rifles/avtomat-fedorova-eng/

    当初、FEDOROV M1916はFEDOROVオリジナルの6.5弾薬を使用するものとして設計・生産されましたが、
    その当時ロシアではこの6.5mm弾薬生産の余裕無き為、急遽日本の6.5mm38式実包に変更・輸入に頼りました。
    その際、生産済み銃側はリチャンバー(38式実包に合わせたインナースリーブ圧入)と弾道相違による照準器取り換えだけで、
    ライフリングは元FEDOROVオリジナル6.5mm用のまま転用したものと思われます。
    FEDOROVオリジナルの6.5弾薬のライフリング仕様は不明ですが、日本6.5mm38式実包とはマッチングせず、この場合ガス抜け大で初速が出なかったものと推測します。

    尚、1915年という時期より6.5mm38式実包・減装弾を使用したとは考えられないです。

    以上 質問1行に対し回答が20行近くになってしましました。

    軌跡の発動機?誉


  2. 日本の三八式実包はメトフォード式という珍しいライフリングのものを、若干深掘りにする方式を採用しています。
    ここらへんちょっと特殊なので、戦時のやっつけでは適合しなかった可能性があります。もともとフェドロフは独自規格の6.5mm弾を使用するつもりでしたが、英国および日本からの供給のある三八式実包に不本意ながら変更を強いられた経緯があります。
    パンジャンドラム



755 現在の猟銃のストックのスタイルについて質問です。
現代の猟銃(ボルトアクション、ポンプアクション)の、一ピース構成のストック(昔ながらのクラシカルなストック)は、グリップの親指および水かきが乗るところはかつてよりかなり深くドロップしており、更にグリップの小指付近がかかるところは垂直に切り立っており、ハーフピストルグリップ(?)的な様相を呈しています。
かつてのボルトアクションライフルはグリップがストレートに近い(か、あるいはその部分が長いため一見でハーフピストルに見えても握れる部分に関してはグリップは水平型)です。
私はこの変遷が具体的に「○○だから○○で」という説明を寡聞にして知らず、今に至るまで必然のようにただ「そうなっている」としか認識していませんでした。
具体的に何のメリットや比較検討があってこの様な変遷を辿ったのでしょうか。
現代では三八式のストックを載せ替えて使うシューターもいると聞きます。
しかしあのような複雑な形状がメジャーになった理由がいまいち分かりません。
パンジャンドラム

  1. 競技用ライフルしか扱ったことがない身ですが、私の体験が参考になればと思います。
    私の感覚としては、グリップは銃身に対して垂直にセットされている時、銃を支えるために右腕にかける力が最少となり、楽に構えられるように思えます。
    つまり、グリップの形状の変遷は撃ちやすさを追求した結果だと考えます。

    現在、競技用ライフルはストックとグリップが分離したアサルトライフルのような形状のものが主流です(屋内競技用だと)。競技用ライフルは「できるだけ力を要さずに、しっかりと銃を構える」ことが重要で、そのために各所が可動し、射手1人1人に合わせた調整ができるようになっています。
    しかし、グリップの取り付け角度は銃身に対して垂直で固定されています(左右には振れる)。つまり、ほとんどの競技射手にとってグリップは垂直であることが好ましいと感じているのであり、私の感覚もそこまで特異なものではないのでしょう。

    なお、無理やり調整すれば15度ぐらいの角度はつけられるのですが、実用的でないのでお勧めしません。
    冷泉


  2. さて木製のストックですが、競技用ライフルでもハーフピストルグリップの様なものが、廉価版として現役です。
    ただ、グリップ部分を細く絞り込むため、古くなったり、乱暴に扱ったりすると(競技用ライフルを乱暴に扱うシチュエーションはそうそうないのですが)、そこで折れてしまうことがあります。

    つまり、強度や工作のしやすさを考えるなら水平型のグリップがよく、射撃精度を考えるなら垂直型の方が好ましい、ということではないでしょうか。
    水平型から垂直型への変遷は、工作技術の向上や大量生産の必要性の低下によると推測します。

    回答というよりは意見になってしまい申し訳ありません。
    冷泉


  3. 1900年ぐらいまでのライフルのストックはまさに直線的な作りでした。
    だいたい1900年以降のものから、親指の部分に谷間を作ったり小指のかかる部分に段差をつけたりと握りやすく改良が行われました。
    しかし歩兵用ライフルだと、銃剣格闘をしたり銃床で人や物を叩いたりするので強度の関係でグリップ部分をあまり細くできません。

    乱暴な使い方を考えなくていい猟銃・競技銃・狙撃銃等と昔の歩兵用ライフルとは条件が違うと思います。

    門外漢が失礼しました。
    超音速


  4. 小職は軍公用銃が専門で民間猟銃については浅学ですが、一応 猟銃についても勉強しましたので少々回答します。

    猟銃界知る人ぞ知る 白井邦彦氏 昭和30年代の著作本より、本件質問ストック(銃床)形状について抜粋します。
    (時代が古いので、これら解説は猟銃≒特に水平2連散弾銃を基本想定している事を注意点とします)

    要約
    1.ストレート・グリップ
     最も基本形で敏捷な肩付けが出来、どんな角度に対しても楽に銃のスイングが出来る。
      短所:反動で手が滑りやすい。よって初心者は握りが不安定になりやすい。
    2.ハーフ・ピストル・グリップ
    1.とほぼ同様だが、やや握りの安定度が増す。
    短所:銃の大振り(大きなモーション)は多少制約を受ける。

    ※両引き(引鉄がダブル)の銃は1.か2.の銃が適する。
    何故なら両引銃は 初矢と後矢で引鉄を引くときに握り位置を多少ずらすから。

    3.ピストル・グリップ
    握りの安定度が増します。
    短所:頭上にかぶってくるゲームに対して方向転換動作が妨げられる。

    ※引鉄を引くとき握り返さない単引銃に向いている。

    4.フル・ピストル・グリップ
    握りの安定度が非常に良い。
    短所:俊敏な肩付けやスイングが出来ない。
    よって 射撃角度の少ないトラップ射撃や緩慢なスイングで構わない鴨猟に適する。

    ※単引銃専用。

    5.モンテカルロ型
    銃床上線と狙線が並行なので頭を傾けずに頬付しやすい。
    首の長い人や肩の下がっている人に適する。
    軽い銃で強装弾使用の場合や射的競技にも向いている。

    ※3.〜5.ストックにチークピース(頬当て)を付け、頬付安定度を増す事も多く見受けられる。

    抜粋 以上。


    小職が軍用銃の視点から補足するなら、備わる照準器との関係も大事です。

    銃側照準器照準線と射手の視線の軸線合わせのし易さが関係します。
     ・照準線が低いタンジェントサイト小銃はストレート・グリップが多いです。
     ・照準線が中間高さのピープサイト小銃はハーフ・ピストル・グリップが多いです。
     ・照準線が高くなる望遠スコープ付小銃、アサルトライフル直銃床はピストル・グリップ/フルピストル・グリップが多いです。

    又、銃剣格闘のし易さはストレート・グリップ小銃が適するのは言うまでもない事です。

    英語版Wiki-stock も形状について解説しています。 但し、その長短所には触れていません。
     ttps://en.wikipedia.org/wiki/Stock_(firearms)

    現代の代表的狙撃銃のレミントンM24のストックが白井邦彦氏の解説では3.ピストルグリップに当てはまります。
    英語版Wiki-stock 解説図ではsemi-grip stock BとC の中間位になります。

    以上 長文失礼しました。

    軌跡の発動機?誉


  5. 皆様ありがとうございます。なるほど、滑り止めですか。確かに、ショートフォアグリップみたいに、ハンドガードのサポート(小指がかかる事で滑らない)として存在していますからね。
    しかしピストルグリップは対策としてベクターSMGみたいに銃身の後ろに持ってくるスタイルがある様に、グリップを中心とした回転モーメントが発生しやすいですよね。一ピース型のグリップも同様で、水平型に対してグリップを下にベンドさせればさせるほどピストルグリップの角度に近くなり、発射時の回転モーメントは強くなるのではないでしょうか。あるいは現代の一ピース型ストック(散弾銃やボルトアクションに見られる)でも深く握り込めば旧来の一ピース型とその点ではそう大差無いのですかね?
    パンジャンドラム


  6. またストレートグリップの滑り易いという問題の他に、銃床打撃や銃剣刺突といった軍用銃特有の事情は失念しておりました。参考になります。
    細身でかつ適度に下に曲がったグリップの方が保持しやすいですからね。
    現代の二連散弾銃やボルトアクションライフルの様なスタイルを、ドイツのKar98Kの様なラミネートストックで強度問題を解決してやれば、WW2の時点で握りやすくて理想的な軍用歩兵小銃の実現が出来た可能性もありますかね。
    パンジャンドラム


  7. >4.各種ストックタイプ
    言葉だけでは理解し難いので、WAR BIRDS画像掲示板2の No.4662 にイラストをアップしました。

    ・38式歩兵銃はハーフピストル・グリップ
    ・MAUSER Kar98Kはハーフからピストル・グリップへの移行期と言えるでしょう。
    ・モーゼル系のストックタイプ色々
    ttps://firearms.net.au/military/index.php?option=com_content&view=article&id=48&Itemid=73

    >6.ラミネートストックは 木単体モノストックに較べて重くなりがちで、個人的には好みでは有りません。
     Kar98kではモノストックに較べてラミストックは300g位重いです。7.92mm弾10発分位重くなる事を意味します。

    〜?誉



754 H&K P7シリーズの、スクイーズ・コッカーの操作方法等について御教示下さい。ネットで調べても、いまひとつピンときません。
@マガジン装填から初弾発射までの操作。
A次弾以降の発射に際する操作。
B途中で射撃を中断する場合の操作。
Cその後、射撃を再開する場合の操作。なお、BCに際しては、マガジン交換は無いものとします。
宜しく御願いします。

オリオン

  1. H&K P7はオーソドックスなセミオートマチックピストル・グリップセフティー付と変わりない射撃・装填操作です。
    グリップを強く握る事によりスライドストップのリリース出来る事がプラス機能と言えるでしょう。

    ttps://www.youtube.com/watch?v=56JcBJzNVek

    ttps://www.youtube.com/watch?v=7t37NYss_ck

    慣れると一番撃ち易い9mmオートだと言う方もおりますが、見ての通りグリップ部全体が大きいので手の小さい人には不評です。
    元々がたいが良いドイツ人警察向けの銃ですから!!

    面白いのはH&K P7オーナーマニュアルに9mmX19, 9mmLUGER, 9mmPARABELLUM 使用可と書かれている事です。
    ポリゴナルライフリング+遅延ガス機構による高腔圧を逃がす副次効果により軍用弾、民間市販弾の共用性を持っている事を意味します。

    普通のピストルは共用性保障外です。
    とある民間用市販ピストルを輸入して軍用弾を恒久的に使用した結果、数百発で銃をダメにした極東亡国の特殊部隊がおりました。

    軌跡の発動機?誉


  2. >1 パソコン不調のため、お礼が遅れました。申し訳ありません。

    通常はスライドの後退に伴ってコックされるのに対し、スライドの後退とは別にグリップを強く握ることによってコックされる。 別の言い方をすれば、排莢と次弾の装填はスライドの動きにより行なわれ、コックはグリップを強く握ることによってなされるため、スライドの動きとは別の操作が必要、と思い込んでいました。
    スクイーズ・コックを素直に(?)解釈した思い込みです。ありがとう御座いました。
    オリオン



753 wikipediaのM1903の記事によるとM1903小銃の銃剣であるM1905銃剣は刃長16インチ(41センチ)で重量450gだったとあります。
一方で我が方の三十年式銃剣はと言いますと、刃長はやや短い40センチとほぼ同じですが、重量は700g。なんと、かなり重い様です。
更に、アジ歴 ref A03032152900 によると、実態として、敵に刺すとひん曲がるものが多く、両刃形状に改善する様に意見が出ている様なとんでもない代物でした。

我が方の銃剣は完成度において劣っていたのでしょうか。
着剣時の長さの為に80センチという銃身長を強いられたのならば、これは工作上手間がかかるだけでなく、命中精度にもよろしくないでしょう。

銃身は発砲時にバイブレーションを起こし、長い銃身はそれだけ発砲時の反動で座屈し易く、振動の周期も長く振幅が大きいものになってしまいます。これは60センチ級のM1903やKar98Kなどは命中精度が必ずしも低くなく、むしろM1903などはオリンピックにおいても多大な成果を残し高精度な小銃として名を馳せた事かも自明です。
短過ぎると今度は当たりませんが。
ともあれ、銃身を短縮し海外製品と同等品の銃剣を延長するという改良をなぜ取らなかったのでしょうか。そもそもなぜ日本軍の白兵戦闘の根本たる銃剣にこの様な粗末品が主力として採用されるに至ったか教えて下さい。アメリカのM1905からして、依存のスパイク式に多大な不満が持たれていた事から、近代化として採用されたものですし。
パンジャンドラム

  1. どうやら、英国の銃剣が三十年式のそれに非常に酷似していました。形状も大きさもだいたい同じです。例としたP.1907銃剣ですと、全長21.75インチ(刃長17インチ)で468gという情報に当たりました。
    刀剣鋼には全く詳しくありませんが。日露戦前でバレルを国産化できなかった時代ですから、銃剣に関しては金質が悪いまま制定し直される事なく最後まで使われたのでしょうか。
    パンジャンドラム


  2. 30年式銃剣がお粗末....昭和19年度中期以降なら当たるかも、昭和20年には簡易銃剣なんて物も作ってますから。
    日本刀でも刃筋が合わなければ簡単に曲がったり折れたりします。刺突した際に左右にブレれば曲がるかも知れません。
    これはどの国の製品でも同じでしょう。尤も短ければ大丈夫かも。

    日本刀式の切っ先より両刃式の切っ先にした方が刺突には有利ですが「日本刀式の方が士気が上がる」と聞いた事があります。
    >切り損ずる....銃剣の刃は先端から19cm程グラインダーで削って刃付けしてあるだけですから斬劇より刺突用です。
    尚銃剣の重量は所持の刃部を5cm程で切断した物(昭和18年度製位 小倉/光精機 海軍用)で290g 鞘共460g程度ですから700gは鞘迄入れた重量と思います。
    poran


  3. poran様、ありがとうございます。
    確かに両刃のGeW98の銃剣で思いっきりひん曲がった画像を発見しました。強度の件は各国似たり寄ったりなんですね。重量も、一般に流布する700gという数字が独り歩きしたものだったのですね。仮に鞘の重量170gを引けば530gで、諸外国のそれに何ら遜色するものではありませんね。正確な重量を調べてみたいと思います。アジ歴とかにありそうですし。
    しかしこれの形って本当に「かっこいい」以外の利点とか無いのでしょうか。想像するに、峰を分厚くできる為曲げモーメントに強く、斬撃で有利など…。まあどれだけ銃の方が負担に耐えられるかという話ですが、自分の命がかかっている時に銃の方が大事だ、という方はまずいないでしょうし。
    パンジャンドラム


  4. >>3
    >しかしこれの形って本当に「かっこいい」以外の利点とか無いのでしょうか。

    銃剣以外の用途に使用することを考えているのでは?
    銃剣単独でナイフとして使用したり・・・あと、現代の陸自が使用している銃剣はスコップとして使うことを前提にしているので海外の銃剣に比べてワザと大型に作られていると聞いたことがあります。
    おうる


  5. 剣として使うには曲げに強い片刃型の方が向いていますね。
    しかしどうも重量は530g程度な筈ですがあまり情報がありませんでした。
    材質は陸軍規格の刀剣鋼でしょうから粗末なものではない筈ですが…
    パンジャンドラム



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