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753 wikipediaのM1903の記事によるとM1903小銃の銃剣であるM1905銃剣は刃長16インチ(41センチ)で重量450gだったとあります。
一方で我が方の三十年式銃剣はと言いますと、刃長はやや短い40センチとほぼ同じですが、重量は700g。なんと、かなり重い様です。
更に、アジ歴 ref A03032152900 によると、実態として、敵に刺すとひん曲がるものが多く、両刃形状に改善する様に意見が出ている様なとんでもない代物でした。

我が方の銃剣は完成度において劣っていたのでしょうか。
着剣時の長さの為に80センチという銃身長を強いられたのならば、これは工作上手間がかかるだけでなく、命中精度にもよろしくないでしょう。

銃身は発砲時にバイブレーションを起こし、長い銃身はそれだけ発砲時の反動で座屈し易く、振動の周期も長く振幅が大きいものになってしまいます。これは60センチ級のM1903やKar98Kなどは命中精度が必ずしも低くなく、むしろM1903などはオリンピックにおいても多大な成果を残し高精度な小銃として名を馳せた事かも自明です。
短過ぎると今度は当たりませんが。
ともあれ、銃身を短縮し海外製品と同等品の銃剣を延長するという改良をなぜ取らなかったのでしょうか。そもそもなぜ日本軍の白兵戦闘の根本たる銃剣にこの様な粗末品が主力として採用されるに至ったか教えて下さい。アメリカのM1905からして、依存のスパイク式に多大な不満が持たれていた事から、近代化として採用されたものですし。
パンジャンドラム

  1. どうやら、英国の銃剣が三十年式のそれに非常に酷似していました。形状も大きさもだいたい同じです。例としたP.1907銃剣ですと、全長21.75インチ(刃長17インチ)で468gという情報に当たりました。
    刀剣鋼には全く詳しくありませんが。日露戦前でバレルを国産化できなかった時代ですから、銃剣に関しては金質が悪いまま制定し直される事なく最後まで使われたのでしょうか。
    パンジャンドラム


  2. 30年式銃剣がお粗末....昭和19年度中期以降なら当たるかも、昭和20年には簡易銃剣なんて物も作ってますから。
    日本刀でも刃筋が合わなければ簡単に曲がったり折れたりします。刺突した際に左右にブレれば曲がるかも知れません。
    これはどの国の製品でも同じでしょう。尤も短ければ大丈夫かも。

    日本刀式の切っ先より両刃式の切っ先にした方が刺突には有利ですが「日本刀式の方が士気が上がる」と聞いた事があります。
    >切り損ずる....銃剣の刃は先端から19cm程グラインダーで削って刃付けしてあるだけですから斬劇より刺突用です。
    尚銃剣の重量は所持の刃部を5cm程で切断した物(昭和18年度製位 小倉/光精機 海軍用)で290g 鞘共460g程度ですから700gは鞘迄入れた重量と思います。
    poran


  3. poran様、ありがとうございます。
    確かに両刃のGeW98の銃剣で思いっきりひん曲がった画像を発見しました。強度の件は各国似たり寄ったりなんですね。重量も、一般に流布する700gという数字が独り歩きしたものだったのですね。仮に鞘の重量170gを引けば530gで、諸外国のそれに何ら遜色するものではありませんね。正確な重量を調べてみたいと思います。アジ歴とかにありそうですし。
    しかしこれの形って本当に「かっこいい」以外の利点とか無いのでしょうか。想像するに、峰を分厚くできる為曲げモーメントに強く、斬撃で有利など…。まあどれだけ銃の方が負担に耐えられるかという話ですが、自分の命がかかっている時に銃の方が大事だ、という方はまずいないでしょうし。
    パンジャンドラム



752 日本海軍の艦載砲は末尾にローマ数字で〜型とつけますが60口径15.5cm砲はどのような種類があり、どう違ったのでしょうか?
また、どの型がどの艦に搭載されたのでしょうか?
Mk.63 GFCS

  1.  他艦や陸上砲台に転用されましたが、最上級にしか採用されなかったこの砲に、そのようなヴァージョンがあるとは思えないのですが。
     
    hush


  2. 予定ではもっと多くの艦に採用する予定があったとはいえ、最終的には長門型にしか採用されなかった41cm砲にすら複数種ある以上、採用した艦型が一つしかない=複数種存在しない、というわけではないと思います。
    Mk.63 GFCS



751  黒色火薬の燃焼速度について質問です。

 黒色火薬は燃焼速度が速すぎるため、黒色火薬を装薬として使用する火砲では長砲身化による初速の向上を図ることができませんでした。
 現在、装薬として使用される黒色火薬以外の火薬は粒子を大きくしたり形状を工夫して体積当たりの表面積を小さくするなどして燃焼速度を抑えています。
 黒色火薬も出来てから砕いて粉末にする前は大きな塊ですが、同じように形状や粒子の大きさを調整することで燃焼速度を抑えることはできないのですか?
おうる

  1.  桜と錨様のブログの2012年3月29日分の「黒色火薬と無煙火薬(続)」によりますと、出来ないそうです。
     
    hush


  2. >>1 回答ありがとうございます。
     拝見しました・・・が、駄目な理由は要するに黒色火薬の燃焼が不安定で粒の大きさを変えても燃焼速度が変わるとか限らないってことでいいんでしょうかね?
    おうる


  3.  燃焼速度が一定ではないので、黒色(褐色)火薬では無理ということでしょう。
     より詳しくはブログ主様に直接お聞きになったほうがと思いますが。
     
    hush


  4. 鍵となるのは硫黄木炭硝石の混合火薬と同一成分内で酸化が進む無煙火薬との燃焼伝播の違いです。

    my



750 変な質問だったらすみません。
第二次大戦中に、「十五糎榴弾砲」のみで構成された師団砲兵連隊というものは存在しますか?
本来は独立砲兵であるものが、固有の師団砲兵隊を持たない師団隷下に編入された場合も含みます。
パンジャンドラム

  1. えーと、日本軍の師団砲兵ということで宜しいのでしょうか?
    日本軍という前提で回答しますと、師団砲兵において15糎榴弾砲のみで編成された師団砲兵はありませんね。基本的には75mm野砲or山砲か10糎榴弾砲or一部山砲、優良部隊で15糎榴弾砲も装備してるくらいです(有名な話では山砲兵第27連隊など)
    編成を見ても、15糎榴弾砲のみの師団砲兵は私が知る限り聞いたことありません。
    みかん段ボール


  2. 師団砲兵ではありませんが、ペリリューでは歩兵第二連隊指揮下に10糎榴弾砲のみを装備した野砲兵大隊が付属しております。
    みかん段ボール


  3. いえ、日本軍に限らなくても結構です。
    あの後何か無いものかと必死に探していたら、近衛野砲兵第一連隊(近衛第一師団の砲兵)は野戦重砲兵第25連隊を改編したものと発見しまして、十五糎榴弾砲×24なのかなぁ?なんて考えてみたりしています。
    動機としては、十五糎榴弾砲だけの野戦重砲兵オンリーの重厚な火力の師団が見てみたいなぁ、というだけです…
    パンジャンドラム



749 フルの7.62mmNATO弾で3バーストのコントロールが可能な銃は、あるのでしょうか?
G3は、除きます。フルオートコントロールできるから、またBARに類するものもです。
青江

  1. フルロード弾使用のライフルで3バースト及びフルオートがコントロール容易なものは有りません。

    WWII戦中ドイツ軍はFG42を開発/運用しそれが不可能と痛感、 弱装である短小弾7.69X33 弾薬の開発のきっかけの一つとなりました。

    奇跡の発動機?誉


  2. >1.訂正します。
    誤:7.69X33 正:7.92X33


    〜?誉



748  大砲の製造方法について質問です。
 歴史で質問すべきかどうか悩みましたが、かつて関連する質問をこちらでしているのでこちらに投稿させていただきます。

 青銅砲ではグリボーバル・システム以降、砲身の内側を切削加工するようになっていますが、鋳鉄砲ではいつ頃から砲身内を切削加工するようになったのでしょうか?
おうる

  1.  調べてみましたが、鋳鉄砲の砲腔部を穿孔するようになった時期は分かりませんでした。ただ、フランスが砲身の材料を青銅(正確には真鍮だと思っています)から鋳鉄に変更すると同時に、行われたと思っております。
     というのは、マリッツが水力で動くドリルで砲身を穿つ方式を開発したのは1713年だからです。これは、垂直式で、砲身がドリルの上に降下する方式でしたが、あまりうまくいかなかったようです。これを水平式に改良して成功したのが1734年頃で、グリボーヴァルの前のド・ヴァリエールが1732年に着手した改革で採用されています。
     にもかかわらず、1765年に始まったグリボーヴァルの改革と1743年に亡くなっているマリッツがセットになっているのは、グリボーヴァルが砲身を短くしたからだと思っています。
     マリッツの発明により射程を犠牲にすることなく、砲身を短く、しかも薄くできたことは、機動性を増します。実際、世界初の自動車とされるキュニョーの三輪蒸気自動車はグリボーヴァルの支援下によるもので、大砲の牽引用でした。これは失敗作とされましたが、大砲の機動性は重要な課題だったのです。
     ならば、真鍮より比重の少ない鉄を使ったほうがとなります。鋳鉄で造った大砲は1390年代にフランクフルトですでに造られており、フランスでもリールで1412年に製作されています。1543年にはイギリスで実用に耐える鋳鉄砲が完成し、1670年代にはフランスでも同様のものができるようになります。したがって、実現には問題はなかったと思いますが、当時の鋳造技術では鉄は脆く、分厚い砲身が必要だったため、青銅製より重量が増えたのです。
     しかし、近代になると、銅が高騰し鉄の10倍の値段になった時代もあって、軍事用とはいえ、問題になってきます。その上、熱に弱く、連射すると、砲身が垂れるという問題が発生したことから、鋳鉄砲に関心が向きます。そこへ、技術革新により、薄くても壊れない砲身ができるようになったのです。このため、イギリスは曲射砲の砲身を1811年から鉄製に変更しています。
     もっとも、フランスの大砲が、いつ頃に鉄製になったかという肝心の所が分かりません。ただ、南北戦争で使用された12ポンド、ナポレオン(3世)砲、これは1853年の制定ですが、青銅製で、南軍は銅の不足から、1864年に鉄製に変更になっています。
     
    hush


  2.  あとで気づいたのですが、これはフランスだけを対象にした御質問ではないのですね。御免なさい。
     
    hush


  3.  回答ありがとうございます。

     ええ、フランスだけを対象にした質問ではありません。あと、ド・ヴァリエールとグリボーバルを間違えてましたm(_ _)m

     鋳鉄砲自体はド・ヴァリエールよりも先に登場していますが、砲身をドリルで穿孔する難易度は青銅より鋳鉄の方が断然高いはずで、難易度が違うのであれば実用化の時期も差があるだろうと想像しました。

     しかし、私も調べましたがド・ヴァリエール・システム及びその系列の工法以外については日本語で検索しても出てきませんし、そもそも使われたドリルの素材なんてニッチな情報は全くヒットしません。
     特殊鋼の安定的生産を可能にするハインツマンの坩堝鋼製法の完成が1740年なので、グリボーバル・システムの頃にはすでに特殊鋼のドリルが使われていた可能性もあるのですが、確証がありません(まぁ、当時は高マンガン鋼すら発明される前なので使われたとしても炭素鋼だろうとは思いますが・・・)。
     ひょっとして蒸気機関のシリンダーの加工方法を調べた方が早いかとも思ったのですが、蒸気機関の構造等について言及した資料はあっても製造方法に言及した資料は大砲以上に見つけにくく途方に暮れて質問させていただいた次第です。
    おうる


  4.  完全にあさっての方向の回答でした。申し訳なくて、もう一度調べてみました。その結果、1774年にウィルキンソンが鋳鉄砲の砲腔切削の特許を取ったという記述をWikipedia英語版 https://en.wikipedia.org/wiki/John_Wilkinson_(industrialist) で見つけました。そして、使用していたBoring barの写真 http://www.bbc.co.uk/ahistoryoftheworld/objects/rjRT56COSs2TfwLmTo5BgA も見つけたのですが、鉄であるということ以外は分かりませんでした。
     ただ、特殊鋼を使わなくても、ダイヤモンドや柘榴石のような硬い鉱物を使用すれば、切削は可能だとは思っております。
     
    hush


  5.  わざわざ調べていただいてありがとうございます。

     蒸気機関のシリンダーの切削加工もやはり同じ技術によって行われていたようですね。助かりました。ありがとうございました。
    おうる


  6. 蒸気機関のシリンダー加工はウィルキンソンの芯(軸)の出る旋盤(中グリ盤)の完成で始めて
    大気圧以上の圧力が扱えるシリンダー加工が出来るようになりそれで作られたワットの蒸気機関が
    1776年だったと思います、ウィルキンソンは大砲メーカーなので歴史的に砲加工が先になるでしょうか
    切削金物は炭素鋼でよろしいかと思います、刃先を砥ぎ直す手間が多くなりますが切削には十分です
    それと深穴加工用ドリルをガンドリルと称しますが銃砲の穴あけに用いられたからだそうです
    TU



747 海外の銃コレクターが持つ14年式拳銃ですが、二、三発撃てばすぐに装弾不良を起こしているのが散見します。実際の日本軍でも14年式は装弾不良を起こすのが常識だったんでしょうか?
ミネルヴァ

  1. 製造されて時間が経ってますので、弾倉口金の不良と弾薬の不適合が原因でしょう。
    ミッドウェイアームズの複製も安全の為減装薬だそうです。
    poran


  2. まず用語の訂正 誤:装弾不良 → 正:装填不良、送弾不良。

    所謂、装填・排莢不良=ジャムですが戦後70年も経た古い個体として銃各部品の疲れヘタリや変形、薬室部(ヘッドスペース含む)摩耗不良と
    弾薬不良が考えられます。

    弾薬不良は大きく分けて、異常燃焼、弱装薬、ケース不良の3つの要因の内、反動利用式拳銃ですのでまともに弾丸が銃口から離脱していたのなら、
    ジャムの原因から異常燃焼と弱装薬は除かれます。 (蛇足ながら、これが反動利用式の長所です)

    弾薬側が原因とするならケース不良や薬室とのマッチングが考えられます。
    現在においては、希少な旧帝国陸軍製8mm拳銃実包をバカスカ撃つ者はいないでしょうし、その気になっても不発がほとんどです。
    MIDWAY ARMS製のファクトリー弾も製造中止して20年は経つでしょう。
    よって、現在に8mm実包をバカスカ撃つとなるとそのMIDWAY ARMS製の多数回利用したであろうケース、又は38SPL等他ケースからの改造、
    そして現在はMIDWAY USAと社名を変えて他社(BERTRAM社)の8mmNAMBUケースを販売しておりますので それらケース自体(寸法形状、強度)、
    或いはリサイズ=再利用ケースの寸法直しに問題があるものと推測します。

    ttps://www.midwayusa.com/product/590029/bertram-reloading-brass-8mm-nambu-box-of-20

    以上です。

    軌跡の発動機?誉


  3. 私の見た十四年式拳銃の所持者の書き込みによると、弾倉にシリアルナンバーが刻印されており、違うと作動不良を起こすのだそうです。その人のは同じであるため、作動不良など皆無だそうで。米軍は火器を回収しても弾倉は破棄され、現存する日本軍機関銃はクリップ装弾の十一年式軽機が多く、その他は弾倉不足から射撃不能でありしばしばスクラップになったと推測されます。辛うじて生き長らえたものでも弾倉の供給難により7.62×39mm弾にコンバートされるものが多くあるほどです。
    十四年式拳銃の弾倉確保問題はその比ではないぐらいに深刻でしょう
    工作精度が甘く部品合わせによって作動を確保していた時代ですので、九九式軽機などの様によその弾倉を融通したとしても故障するのですから。
    パンジャンドラム



746 こんにちは。アメリカ海兵隊でM16A4をM4に交換する計画についてですが、M16A4は廃止しない、というのを見ました。主に後方には配備を続けるということ他に、moved to supportという単語も見ましたが、このmoved to supportとはなんでしょうか。前線部隊でも配備を続けるということでしょうか。英語力が無い私に教えていただきたいです。
みかん段ボール

  1. 元ネタはWiki 英語版 M16 rifle のM16A4 解説最後の文言でしょうか。
    ttps://en.wikipedia.org/wiki/M16_rifle

    Enough M4s are already in the inventory to re-equip all necessary units by September 2016, and M16A4s will be moved to support[24][185] and non-infantry Marines.[186]

     moved to support=支援に移行→支援部隊に配給

    [24]のリンクを見ると最後にこの文言です。
    excess rifles to Marine Corps Logistics Command, along with their rifle combat optics.

    [185]のリンク(過去アーカイブ)を見ると、海兵隊員多数がカタールで訓練している写真の下に、こんな文言が出てきます。
    the M16 would be used exclusively by support personnel in communities like logistics or admin.

    [186]のリンクではこんな文言が出てきます。
    Non-infantry Marines will continue carrying the M16A4.

    しかし・・・海兵隊さん5.56MM M318MOD0 OR MOD1 なんてダムダム弾に近い弾を使用してよろしいんでしようか。

    以上です。

    軌跡の発動機?誉



745 ガスト式の大型機関銃について教えてください。
戦前の日本で存在する小型砲を使いガスト式の機関銃を開発することのネックはどの様なものが在ったでしょうき?

青江

  1. どなたからも回答が無いようなので・・・ライセンスとか?
    おうる


  2. 下のANSQ744 の課題と似てます。 ガスト式に限らず高発射速度にした場合、
    機関部に1つしかない薬室の過熱対策が解決出来ず降参でしょう。

    現代西側の高発射速度機関砲 VULCANガトリング式、ADEN,DEFA, MAUSER等リボルビング式も結局は多薬室機関砲です。


    軌跡の発動機?誉


  3. ロシアのgsh30-1はリボルバーカノン並の発射速度で薬室1つです。薬室の周囲は冷却水タンクになってます。
    ガスト式のgsh30-2も似たような対策をしているのかも?
    戦前の日本が真似れるのかは分かりませんが...
    はちばす



744 十一年式軽機関銃について質問です。十一年式軽機関銃は日中戦争でかなり悪い評価だったようですが、写真などで太平洋戦争での使用も確認できます。すぐジャムるのになぜ九六式軽機関銃や九九式軽機関銃が配備されていた太平洋戦争
日本軍オタ解放戦線

  1. ミスった…太平洋戦争でも十一年式軽機関銃が使われていたのでしょうか。また、太平洋戦争中の評価は如何なものでしょうか。
    日本軍オタ解放戦線


  2. 旧日本軍の場合、銃・砲はすべて官製ですので、官費によって整えられた生産ラインは休眠することはあっても完全に閉じられることは少ないです。
    九六式、九九式が採用されてからでも、前線から殺到する軽機関銃への需要に応えるために休眠ラインを再開し、旧式であっても十一年式が再生産されるのです。
    ラインをすべて新型に切り替えられれば無問題でしょうが、官営ということがネックになってるよい例でしょうね。

    十一年式の評価に関しては、九六式とともにレトロフィットされた新型薬室を備えた後期生産型であるなら調子は悪くないと思われます。
    機構的に軍用としては弱い部分がありますので、注意して使わないといけないでしょうけども。
    ただ、年式から分かるように、50年近く使われた銃ですから、予備・後備の兵でもかつて扱った、という人が多いのではないか、とも思います。
    某動画投稿サイトなどで、九二式や十一年式などを大事に、かつ調子よく作動させているのをよく目にしますが、祖父もこれらの銃で戦ったのだな、と思うたびに胸熱になります。
    R&R


  3. 書き間違い。

    50年ではなく二十数年ですね。

    失礼しました。
    R&R


  4. 新型に兵器を更新するには、教育/弾薬の交換等多大の期間が必要です。
    九九式は戦闘態勢に無い部隊から配備されています。満州/新編成/内地部隊からで臨戦態勢にある支那派遣軍は終戦まで基本的に38式です。(開戦時の南方軍も38式です)
    99式の最高生産数は19年に86万挺作っていますが全部隊を装備替えするには到底足りないのです。
    当然38式使用部隊の交換用兵器が必要ですから、38式は19年1月迄、96式は18年7月迄生産されています。
    部隊に依っては96式と11年式が混在していた部隊もあります。(11年式の在庫が多かった事もあるでしょう)
    poran


  5. 十一年式軽機関銃は大正11年末から12年にかけて十一年式は2万発の連発試験を行い、90回の射撃不良(うち薬莢不良17回排莢不良20回)に留まるなどのもので、つまり210発に一回の故障なわけですから、所謂ショーシャとか62式とか改修前L85のそれに比べれば遥かに連発銃の体を成しているのですよ。
    更に1939年には九六式軽機関銃同様に薬室形始を変更して抽筒性能を大幅に向上させており、それ以降のものは排莢不良や薬莢膠着などは格段に減っております。
    2万発撃って90回の故障のうち37回は薬室周りの形状不良ですから、残り43回のクリップ送弾不良がメインと考えれば、せいぜい3〜400回に一回故障程度です。
    そこまでの欠陥銃とは思えません。耐用限界を迎えていないそれまでの分を全て破棄しなければならない理由とは?
    パンジャンドラム


  6. 技術本部発行の「軍事と技術」に十一年式の注意点がまとめられた特集がありますが、あらゆる部品に亀裂が入る欠陥品としか形容できない内容です。実用性が無いとはこういうことなんだな、と納得できますよ。
    BUN


  7. BUN様
    私はその資料を持っていたいのですが、「ここに亀裂が入らないか点検怠るな」的な一般部隊向けの本なのか「ここに亀裂がよく発生し改善要す」的な改善要求なのかでニュアンスが変わってきませんか?
    点検マニュアルだとすれば、九二式重機をはじめそもそも国軍機関銃が念密なメンテナンスとその体制のもと運用される前提ですので、「○○を点検せよ」は必ずしも「○○が頻繁に壊れる」を意味しないでしょう
    もちろん「○○が頻繁に壊れる」などと明記あれば疑いなく欠陥銃ですが…
    どの様なものでしょうか
    パンジャンドラム


  8. ×その様な資料を持っていたい
    ○その様な資料を持っていない
    パンジャンドラム


  9. 特に日本は北満の厳寒期をも想定せねばならない為、零下何十度という温度を想定せねばなりません。
    鉄系材料(炭素鋼)は特に、低音で硬くそして脆くなる低温脆性があり、マイナス2〜30度ではもう常温に比べてかなりボロッボロになる事は知られていると思います。
    低温脆性破壊(脆性破壊では亀裂は表面から進行する)などを特に注意したという事も当然考えられますし、つまるところ点検マニュアルは安全寄りに設定していてもおかしくないと思います。
    もちろん九九式軽機関銃や独ソ機関銃などは極寒だろうと戦場を選ばず作動しています
    し、十一年式が九六式などより射撃故障多く信頼性に劣っていたから、上記の点検の様に「火の無いところに煙は立たない」の理屈で、やはり比較して割れやすかったのは確かにあるかとは思いますが、しょっちゅう壊れる様なものであるとは寡聞にして聞いた事がありません。
    パンジャンドラム


  10. あらゆる部品に、という所が実用性が無いとされている理由のでは?
    私も詳しく知りたい


  11. 一見で「これはいかんな」となるレベルで察する程酷い書き方をされているとは…つまり亀裂まみれ、と。
    しかし点検箇所が多くても特段おかしい話ではないと思いますが、まぁ「火の無い所に煙は立たない」訳で、絶対壊れないならその様な事(亀裂)を書くはずがないので、壊れるには壊れるのでしょうが…
    しかし厳寒期の北満の寒さは知られている通りですし、その温度では低温脆性でかなり脆くなる事から、その件は何しも通常の気温でボロボロという事を指すとは限らない様な…
    アジ歴で「軍事と技術」で検索してみると案の定これがヒットしましたが、上記の出典はこれでしようか。
    表紙「満蒙に於ける兵器使用上の注意 第1部 極寒時の注意」
    C14011063700
    表紙だけで中身は確認出来なかったのですが。
    パンジャンドラム


  12. 分割連投失礼します。
    表紙「満蒙に於ける兵器使用上の注意 第1部 極寒時の注意」

    満蒙ニ於ケル兵器使用上ノ注意 第一部 極寒時ノ注意 「軍事と技術」第六巻第一号附録 満蒙ニ於ケル兵器使用上ノ注意 第一部 極寒時ノ注意 本書は今回在満部隊の為に技術本部に於て、兵器保存要領並西比利亜事変当時同部発行に注意書中より必要の事項を蒐録し、且之に所要の事項を追加して編纂せられたものてあつて、上司の許を得て之を「軍事と技術」の附録とした内地部隊の方々も予め研究して置いて、万一の場合兵器の威力発揚に遺憾なきを期せられん事を切望する次第てある (本書ハ元来在満部隊ニ於ケル使用ノ便ヲ顧慮シ五部ニ分割編纂セルモノヲ一部ニ取纒メタル為若干重複ノ部分等アリ)
    パンジャンドラム


  13. >11,12
    中身を確認したいのでしたらどうぞ。何の役に立つのかは存じませんが。
    C14011063800 目次
    C14011063900 緒言
    C14011064000 第1章 通則
    C14011064100 第2章 銃砲類
    C14011064200 第3章 測機及眼鏡類
    C14011064300 第4章 自動車類
    C14011064400 第5章 器材類
    C14011064500 第6章 化学兵器
    知ったかぶり


  14. 十一年式は軽機のはしりであるため、塵埃に対する考慮が不足していたことです(次の96式では排莢口/蹴子に覆が付いてます).....まあ弾倉の形式から塵埃の影響は避けられないのですが。

    最大の問題は工業力の問題から製作図が無く、摺動部の公差の設定がなされていなかった事です。
    組立は工員が部品を現物合わせで軋む部分を鑢で削って組み立てていたのです。
    公差が合っていない部分が故障の原因となり、使用中の衝撃により部品に反起/損傷を起こす連鎖が起きていたのです。
    (重機も同様の状態なのですが日露戦争前から30年以上同一の方式で作っていたのでそれなりのノウハウが出来ていたのでは無いでしょうか...塵埃の問題が少なかったこともあります)

    実際の戦訓等を見ると「塵埃に依る故障」ばかりが目立ちます。
    上海事変での戦訓では「軽機故障の主たるものは弾送り不良にして新銃に於いて其率大なり 之が原因を探求するに一般に射手沈着を欠くの外飛散する土砂の侵入火薬残渣の除去不十分の為 摩滅僅少にして遊餘少なき新銃の機能を害す」
    となっており塵埃の影響をなくすため弾倉の形式変更の希望がでています。

    取説を見ると薬莢切れの原因は弾薬の形状過少が原因となっており、実包/装弾子に至るまでサイズの誤差が多かったものと思われます。手動で装填/脱包する小銃と違い自動火器では故障の原因となりかねません。
    ノモンハン事件に於いてですが37粍砲/13粍機銃弾にサイズ過大(当然過小もあった筈ですが...)で装填不能の弾丸が2割あったそうです、昭和20年のケキ砲の取説にも装填不能の弾薬に付いての記述があります。
    工業力の限界だったのかも...
    poran


  15. >>13様
    最近忙しく御礼遅れ申し訳ありません。情報提供ありがとうございます。一見したところ部隊向けのものですね。

    >>poran様
    新銃において故障頻発するのは九二式重機においても同様です。
    https://www.digital.archives.go.jp/das/contents/pdf/S48B0500730000/0657.pdf
    のPDF30枚目(67枚中)に「最近補給セラルル重機関銃二在リテハ此ノ如キ故障噴出ス」とあり、至る所に破損が続出しています。
    というのも、戦前は摺り合わせは丁寧に行われており、戦時の量産において製造にかけられる時間が無くなったという事です。かつての部品の合わせは三年式も十一年式も同様の条件ですから、どちらかは良くて一方は駄目という事は考えにくいのです。
    逆に言えば、十一年式が工作精度落ちているという事は、九二式であろうと避けられない事です。
    設計に起因する欠陥は私も以前の質問で述べている通り、薬室傾始の問題が大きいのでしょう。96式も同様の問題を抱えていたのですし。これが日本製機関銃の抽筒性能を著しく落としていた事は間違いありません。あと三八年式実包の薬莢が薄いのと真鍮に鉛を添加していない(する様になったのは米軍の12.7mm弾を解析してから気付いたそうです)事による真鍮合金の性能の低さでしょう。
    パンジャンドラム


  16. 昭和28年「陸戦兵器の全貌」岩下賢蔵大佐は、製作図が完全になったのは99式制定頃からで、「材料の形状並びに品質、熱処理の時期、部品の硬度、寸法並びに誤差の範囲、即ち公差、部品と部品に必要な隙間の範囲、即ち公隙、仕上げ面の精度、バネ類の強度、着色、鍍金、組立方式」に至るまで表示される様になった。
    昭和10年頃までは寸法、公差、公隙、バネ強度等の表示が無く、鑢作業が多く、リミットゲージ方式は使用していたが完成部品の寸法の乱れと相俟って交換性はおろか射撃機能も不十分だった。と書かれています。

    11年式軽機の機能射撃検査の際、故障が生じると機関銃の神様と自他共に許す古参の職工長が鑢と金槌でおまじないの程度の修正を施すと不思議に合格したそうです。しかし之では根本的な解決は不可能でした。不良程度の軽易な場合はいつ故障するか判らないのです。
    寸法、公差、公隙の誤差の集積も考えられていませんでした。

    薬室傾始の問題もその一部ですが、根本的な原因は工作法/精度にあるのです。
    戦線からの報告を受け少しずつ修正されていますが構造上完璧には未だ遠かったのでしょう。

    私は現代の技術で作ったらあれほどの悪評は受けなかったのでは無いかと思っていますが...
    poran


  17. poran様ありがとうございます。
    もちろん九九式の様な機関銃に比べて見劣り甚だしいのは事実です
    これや三年式でも実際に機関部にも塗油される様にしたのは工作精度の悪さに対する対策ですし。
    しかし工作上の問題は当時の日本軍のあらゆる機関銃に共通する問題です
    塗油を怠らなければ作動した三年式や九二式も同様であるからして、十一年式がそこまでの欠陥では無いと考えています。
    もっとも、実戦では機関銃種に関わらず新銃において故障がよく起きる傾向という様な事態ですが。ですが、という事は戦前から生産されている分はどうかとか。連発試験において改良前ですらあの数字とか。
    私が言いたいのは、九九式軽機関銃に越した事はないのは前提で、何も「即座に部隊から下げなければならない代物か」という話です。
    須川氏の実射では200発を故障なくうちきり、実包の方に問題があり、昭和13年以降の実包ならば問題ないとするものもあり、この銃に関しては諸説あります。連発試験の結果と対応するものです。陸軍士官学校の「兵器学教程」には「戦闘射撃における故障発生率は210発に1発なり」ともあります。
    なんだか、「誉エンジン悪玉論」に通ずるものを感じます。
    戦意高揚映画では薬莢膠着を起こしており、やはり故障としては排莢不良が問題だったと思います。薬莢が膠着して無理に引き抜こうとすると破断が起き、本来ならば分解しないと対処不能な故障となります
    その原因にもちろん工作精度も関わってはくるでしょうが(工作精度が悪ければ正確な寸法形状の薬室にならない)、薬室設計自体がまかり通らないものであればいくら精度良い個体でも故障は免れません。そういう意味で設計が悪いと書きました。
    パンジャンドラム


  18. あ、言葉足らずでした
    当時の、というのは九六式以前の十一年式の主力の頃で言いました。
    しかし三八式歩兵銃が大震災の後工廠移転に伴ってP&W社から生産ラインを委注し、交差を記入してもらって昭和8年から千種工場で部品共通化されたものが生産されましたが、軽機関銃は九六式以降に限られますかね。そもそも入れ替わりの時期的に1941年で生産終了(名古屋工廠史では生産再開説がありますが)ですし。
    パンジャンドラム


  19. 支那事変以降11年式軽機の故障の対策に乗り出した陸軍は幾多の制式改正を加えています。
    制式改正は新規製作分からの改正が多いのですが11年式は既製作分も修正しています。
    前記の岩下大佐も「昭和10年頃までは」と書かれています。
    昭和14〜5年頃にはかなり改善されている筈です。

    しかし一度付いた悪評はなかなか忘れられません、昭和16年の兵器学教程にも例の210発が記載されています。これは大正の記録が掲載されているわけで余程軍内部の悪評が凄かったのでしょう。

    >「即座に部隊から下げなければならない代物か」
    96式よりは劣ると思いますが十分使用できると思います。
    11年式軽機は銃身保護のため最大300発程度(腔中温度322度)の連射を指定されていますが、点射なら多数弾の射撃が可能とされています。
    (間違えている方が多いのですが、日本の機関銃の予備銃身は温度が上がったので交換する使い方はしません。 本銃身に何かあった場合の「予備」の銃身なのです)

    質問は38式編成の部隊に99式を使用しないのか? と云う意味に捉えたので4のお答えになったのですが...

    私見ですが、事変でで歩兵が支那軍の射撃に制圧され重機のみが活躍し「小銃は銃剣の台としてしか役立たない」と云われたのは陸軍の射撃教育そのものに問題があったと思っています。

    poran


  20. 支那事変の戦訓では小銃隊はとにかく射撃を嫌い、中隊長の命令なくして発砲しない、技能としては一般小銃兵の射撃甚だ劣悪、一般小銃兵の火力に期待せずとまでされますね
    そして「小銃手は突撃のみに使用するのが可」という結論が多数を占めましたが、肝心の突撃技能は突きの一辺倒で単純、体格に勝る米兵に劣り、手榴弾投擲戦では手榴弾に勝る中国兵に苦戦、というもので、小銃兵に関していえば小銃射撃と突撃の両方においても敵に劣る弱兵が集まった集団でした。
    そんな日本軍歩兵が突撃し敵を追い詰める事が出来たのはひとえに、重擲弾筒の砲撃による突撃発起点確保と重機関銃での正確な連続点射に加えて、唯一小隊で射撃の用をこなす存在である選抜射手による軽機が射撃戦闘を行ったからに他なりません。
    歩兵小隊の射撃戦においては小銃ではなく軽機が主力なわけですから、十一年式が真に使用に耐えないものであれば日本軍は軽く一蹴されていたでしょう

    日本軍の小銃射撃ですが、射撃の構えの図がありますがそれを見るに構えに問題があると思います。膝を張りすぎです。私自身実弾射撃の経験があるわけではないですが、普通に考えて脇の閉じすぎも膝の張りすぎも極端なのは良いいはずがありません。力がこもり過ぎてしまうのです(エアソフトにおいても同様)。射撃はあらぬ方向に動こうとする体の筋肉の不随意運動との戦いであり、正しい姿勢でリラックスして撃てるものが良く当たる、というのが私の聞く実弾射撃経験者の談です。
    つまり伏射で膝をつき、銃床を左手で支えて、二脚に据えた10kgの重量物で優良射手が運用する時点で外すわけがないのです
    「沖縄戦で軽機関銃の正確無比な射撃に苦しめられた」と「日本のライフルマンの射撃は下手」は何ら矛盾しませんからね
    その意味で軽機は小銃兵の有象無象よりまだまともな射撃を見込めます。だから支那事変でも最前線で射撃戦闘を行ったのは十一年式ですし、もちろんその機能において十一年式が実戦でZB26に押され、国軍内でも後の九九式のそれに及ぶべくもなかった事は事実です。
    パンジャンドラム


  21. 失礼しました。小銃の構えは当時の銃床握把一体のスタイルであれば各国大差ありませんでした。即座に訂正します。かなり右手の肘(↑では何故か膝に誤変換されてしまいました)は水平に近いところまで上げています。私はエアソフトでやってみたところ肩にフィットする様な感はありますがその角度に拘ると無理な力が入ってしまいやり辛く考えていました。私の早とちりだった様です。
    日本の小銃兵の射撃が下手な具体的理由はそもそもまともに良く狙っていないとか考えられますが実際のところよく分かりません。
    パンジャンドラム


  22. >>21
    これについては当てになるデータを一切持ってはいませんが、単純に実弾射撃訓練で費やす弾数の差ではないかな、と勘ぐってしまいます。
    当時の標準サイズの小銃に対して、標準を大きく越えるほどの反動の小ささを誇る6.5mm弾を使用するのに命中率が悪いとなったら、それぐらいしか理由が考えられないのですが・・・
    R&R


  23. 戦訓には「我が狙撃動作は概して時間を要し、第一発を射撃する前に敵に先んじられ死傷を生じ敵のため制圧せらる」とあります。
    軽機は「脚の最低高高過ぎ射手の死傷が多い」とあります。
    教育の射撃弾数が少なかったのと共に小銃/軽機共に伏射はかなり上体を起こした姿勢で目標として大きかったのでは無いでしょうか?

    99式のエアガンをお持ちなら脚を立てて伏射姿勢を取ってみて下さい。(実物と比べても略同型です)
    米人の「脚が長すぎる」との批評が判ります。(長すぎると云うより射撃姿勢が違うのですが...)

    38式の谷型照門は正しく照準するのが難しく最後期型と99式が孔照門になった理由です。
    また100mの照尺も同様新設されました。(300の照尺で100mを撃ったら上方に外れるだけでしょう)

    上海戦では、この状況を打開するため200挺試作した眼鏡付小銃を教育用に配布していた各学校/師団から回収して戦線に投入しています。
    之が世に云う38式狙撃銃です。
    P


  24. 済みません、途中でリターンを押してしまいました。

    poran 


  25. ピープサイト導入の経緯は知っていますが、Kar98Kも同様である為、V型照門でも機能上そこまで差し支えないと考えていました。三八式においては土嚢に委託射撃や通常姿勢の伏射なのでノッチサイトの照準さえ慣れれば、やはりこれという要素は思い当たりません。なんというか射撃の各要点に関して全般的にダメだったのかもしれません。

    また九九式短小銃初期型などの単脚は伏射時に有効だったという評を寡聞にして聞きません。実戦の伏射では使われなかったのでしょう。軽機の二脚は私にも長過ぎると思いますが、あの長さは対空射撃も意識してのものでしょうかね?軽機の写真を見るに小太りな私にはあの上体を起こした姿勢でいったい何分持つだろうかという不安さえあります。が、その構えを見るに肘をついて丁度いい高さに見えます。肘を地面について引きつけて構える分には適正な長さだったのでは、と思います。だからこれといって単脚の様に照準しづらいという事は無い筈とは想像しますが…

    また射撃前に先制されるのは問題ですね。しかしこればかりは如何ともし難い様な気もします。撃たれている側の兵士の心理的な問題でろくに当たらない、という類の問題で済むならなら、まだ装備や教育の欠陥ではないのでいいのですが… まあ実態はともかく結果として小銃の射撃劣悪に関して、軽機は積極的な射撃戦を行っていたという結果はあるわけですから、如何にもショーシャや62式の如き故障銃では全くもってまかり通らなかったでしょう
    2万発の連発試験では空挿弾子脱落不良27回、送弾不良26回、薬莢膠着17回、空薬莢蹴出不良20回、ですので、特に重大な故障たる薬莢膠着は17回です。回数の面では主な故障ってクリップまわりのものですね。
    この210発に1回の故障というと、一回の故障対処(チャージングハンドルの操作でポロっと薬莢が抜ける程度の排莢不良の場合もあれば、クリップ脱落不良で、ホッパー内の弾薬を外してクリップを改めて落として、などで済む場合もある)で300発ぐらいは連発出来るわけなので、果たしてそこまで使用に耐えないか、というのが私の考えです(あ、ずっと同じ事ばかり言ってます、すみません)
    パンジャンドラム


  26. 伏射の際、単脚を実際に使った方は曲がり易いのと錆び易いので往生したそうです。
    あの上体を起こした姿勢が帝国陸軍の射撃姿勢なのです。
    陸軍は単脚は狙撃に有効と判断しており、38式最後期型より採用しています。

    11年式の1番多い故障は装弾子落下不良で、これが起きると壓梃を上げて弾薬を抽出して引っ掛かった装弾子を外すのですが、簡単な割に手間が掛かるのです。
    その原因が装弾子のサイズ不同であり、装弾子落下口を拡大する事で解決したのです。

    poran


  27. 十一年式も逐次制式改正されていますからね。十一年式の最終形は210発に1回の故障だった頃のそれとはまた別の結果になっていたでしょう
    90回のうち薬室まわりの不良に絡む37回とクリップ脱落不良の27回が相当数緩和されたとすれば
    まあホッパー式ですから送弾機構の複雑さはありますが、初期に比べてだいぶマシになったという印象です
    パンジャンドラム


  28. 十一年式軽機関銃の話題に以下助言いたします。

    >5. 十一年式は2万発の連発試験を行い、90回の射撃不良〜210発に一回の故障〜連発銃の体を成しているのですよ。

    時代の違いが有るものの現在に於いては、例えば1万発の連発試験で許容される射撃中断マイナートラブルは数回迄です。
    銃本体主要部の破損や交換などメジャートラブルは大甘にしても1〜2回迄。
    それ以上の発生は連発試験/機能試験の即刻中止です。

    十一年式軽機は連射機能に問題有るのは歴然ですが、当時の帝国陸軍は列強国装備としてとにかく軽機関銃を欲したのでしょう。
    とにかく制式し漸次改良してゆく考えです。

    >6.軍事と技術 十一年式軽機の特集

      ・昭和5年8月号 “十一年式輕機關銃の損傷に就て”
      ・同 上 9月号 “十一年式輕機關銃の損傷予防”
    ・昭和10年5月号 “十一年式輕機關銃現地改修に於ける所見”

    等でしょう。 これらを丹念に調べて下さい。

    軌跡の発動機?誉


  29. 十一年式軽機関銃の助言2

    >23.23. ピープサイトの採用
    人間の眼は目標+照星+照門の三つを一度に焦点を合わせ難いものです。
    WW2ドイツ陸軍は兵士速成対策として歩兵小銃をピープに切り替える代わりに、
    眼の焦点が一つとなる光学式簡易望遠照準器 ZF41(低倍率1.5)を大量に配りました。

    〜?誉


  30. 十一年式軽機関銃の助言3

    >23.26. 単脚モノポッドの必要性と長さ
    満州/モンゴル方面=ノモンハンでの戦訓からです。
    伏射時モンゴルの草原高さに合わせてあの高さにしています。 低いと草が邪魔して狙えません。
      ttps://www.jiji.com/news/handmade/special/feature/v2/photos/20110803end_of_pacifi_war/01117442.jpg

    一部の者達は99式小銃のモノポッドを無用とする傾向がありますが、現在でもカメラ撮影で応急的にモノポッドを使用する方がおりますね。

    〜?誉


  31. 十一年式軽機関銃の助言まとめ
    この軽機は箱型弾倉をケチったのではなく歩兵小銃弾薬をバラのまま機関銃に給弾するという先見性を持って開発スタートしたものです。
    現実的には5発クリップ(正確にはチャージャー)をホッパーに充填する方式になり機能性に一部問題は有りますが、
    小中隊単位で歩兵移動に随伴出来る機動性のある機関銃を列強諸外国に遅れることなく配備した。貢献大きな銃です。

    以上 長文失礼しました。

    〜?誉


  32. >23.23. ピープサイトの補足
    ピープは接眼距離が近いので初心者が射撃照準に慣れやすく兵士速成に有利なので小銃にピープサイトを採用します。
    ベテランや慣れれば接眼距離が遠く、目標+照星+照門の三つに焦点を合わせ易い凹照門の方が照準精度は上です。
    小出し投稿すみません。何故か長文投稿すると”不適切用語有り”と跳ね返されますので!

    〜?誉


  33. 軌跡の発動機?誉様、有難う御座います。

    私は故障状況を説明したかっただけで、31.の結論には完全に同意致します。

    単脚についてですが、単脚を最初に付けたのは97式狙撃銃で昭和13年2月制式上申しています。
    同時期99式の設計主要条件に「最近制式にせる軽脚をつけるものとす」とありノモンハン以前からの決定です。

    23.での試製眼鏡付小銃に付いて戦線投入数を295挺に訂正します。出先から記憶モードで書き込んでしまい失礼致しました。

    poran


  34. ZB26の日本軍制式制定文書によれば射撃高はZB26は高姿勢395mm、低姿勢305mm
    九九式は高姿勢360mm、低姿勢328mmですので、2cm少々の違いですね。
    そもそも軽機の二脚というのは当時は日本に限らずあんなもので、現代のGPMGなどに見られる様な短く簡素な作りになったのは戦後からでしょう。
    脚が長いというのは欧米人との体格の違いもあるでしょうね。そこらへん海外軽機の設計を鵜呑みにしたのか?、とは断言できませんが、オチキス社の軽機も背が高い二脚を使用しています。おそらくそのまま輸入したZB26も日本人同様に小柄な中国兵にとっても二脚での構えが少々無理なものなのに成らざるを得なかったのかもしれません。
    軽機の土嚢委託射撃というのは頻繁に行われたのでしょうかね。
    パンジャンドラム


  35. >30.33. ノモンハン以前からの決定です。

    そうです。ノモンハン事件の前です。 事件での戦訓とは書きませんでした。
    事件の数年前から起きている西満州/モンゴル地区=ノモンハン地域の国境紛争小競り合い戦闘時からの要望・戦訓です。

    今の眼で見れば射撃時に、しなる針金製単脚は剛性不足ですね。

    >34.軽機の二脚 〜当時は日本に限らずあんなもので、現代のGPMGなどに見られる様な短く簡素な作りになったのは戦後から

    これは上記単脚とは違う必要性から来ています。
    機銃での伏射姿勢が低すぎると連射銃口爆風が地上の砂塵を巻き上げて大変なことになります。
    列強国の機銃脚は経験上その影響が出難い高さとしてあの位になりました。

    戦前の機銃はせいぜいラッパ式フラッシュハイダー・消炎器が付いている程度ですが、
    戦後の機銃で二脚が短い銃は下向爆風を抑える形状工夫されたフラッシュハイダー兼マズルブレーキが装着されているものです。

    今回の助言のほとんどは小生同好の仲間内での小火器についての認識です。

    〜?誉



743 旧日本軍の将校用長靴と鉄帽を身に付けた状態で、身長は元のそれより何センチ程高くなるのでしょうか?
アルフォンヌ

  1. 郷里にある古い隧道についての戦時中の逸話の中で、当時としては大柄な将校さんが約1m92〜3cmの天井に鉄帽を度々擦っていたとのくだりがあるのですが、この場合の元の身長が大体どれぐらいになるのかが知りたい次第です。

    また、以前その隧道が災害時の資材の置き場か何かに使われた際に女性自衛官の方が同様にヘルメットを擦っていたそうなのですが、現用の陸自のブーツと88式ヘルメット(フリッツタイプらしいので)でも同じくらいの嵩増しになるのでしょうか?

    宜しくお願いします。

    アルフォンヌ


  2. 天井そのものではなく、梁に当たったのでは?
    katu


  3. 世界の艦船1977年3月号の岡田幸和氏著「艦内生活と人間工学」に引用されている艦艇人間工学資料によると、我国の艦艇の床高さ(天井から下方に出ている小骨を無視するか否かは不明)の決定では、平均身長1649mm(以下略)、標準偏差106、靴の高さ30、鉄帽の高さ40、敷物の厚さは余裕(25)に含めるため無視、従って最低1850mmとなっています。身長は現在はもっと高くなっているかも知れませんが、その他は同じと思います。また、陸海軍による違いも少ないと思います。
    UK



742 SMLE No.1 Mk,3に狙撃眼鏡を載せたものは画像検索などで比較的よく見つかるのですが、同Mk.5に狙撃眼鏡を載せたもは全く見つけられません。
SMLE No.1 Mk.5は狙撃眼鏡を載せての運用はされなかったのでしょうか?
DDK

  1. SMLE No.1 Mk.5は改悪して当たらなくなったからでしょう。
    銃口金具(NOSE CAP)の直後に、銃剣取付補強金具をハンドガード金具(STOCK BAND)の様に追加したことが
    銃身を締め付けてしまったのでしょう。 元々命中精度の良くないSMLEが更に悪くなったものと思います。
    それに気が付いた英軍造兵部門はMk.5を少量生産で止め、Mk.6=次のNO.4の習作でフローティングバレル化しております。

    帝国陸軍の44式騎銃初期型でも同様な失敗をして命中精度を下げてしまい、後で銃身に触らない構造に直しています。

    当たるライフルというものはフローティングバレルが理想ですが、軍用ライフルは銃口付近に負い紐環(スリングリング)や
    銃剣マウントを備えなければなりませんので設計が難しいものです。

    軌跡の発動機?誉


  2. なるほどそういう理由があったのですね。
    軌跡の発動機?誉さん、回答ありがとうございました。
    DDK



741 熱帯の国でも戦闘帽としてフェルト製のベレー帽を採用している軍隊が多いですが、暑くて困らないのでしょうか?

暑いところでは、日本軍が採用していた日よけ付きのキャップが最も合理的だとおもうのですが。

PIAT

  1.  実のところ、ベレー帽を戦闘帽として使用している熱帯の国というのを存じませんが、可能性としては、旧宗主国が使用していたのが伝統として残っているのではと思っております。
     なお、陸上自衛隊の91式略帽はベレー帽だそうです。
     

    hush


  2. hush様 お礼が遅れて申し訳ありません。

    戦闘帽という表現は不正確だったようですね。
    congo army や kenya army で画像検索すると迷彩服にベレー帽の軍人がよく登場します。また、タイの洞窟からの少年救出作戦でもベレー帽をかぶった軍人がよく見られました。

    アメリカ陸軍では、一時すべての兵士にベレーを着用させていたのに、暑いし、片手でかぶれないとの理由で、戦闘服着用時は野球帽に似たパトロールキャップに戻したとwikipediaで読みました。

    暑い国が作戦じにもベレー着用にこだわるのは、軍人らしさを重視しているのでしょうか?



    PIAT


  3.  WikipediaのMilitary beretには、コンゴは載っておりませんが、様々な国が採用しており、仰るように暑い国も混じっています。そして、多くの国で、コマンドーや空挺部隊、憲兵のような特殊な兵種の将兵が被っているように思われます。
     これは、傭兵の一部が重い兜を拒否し、ベレー帽を被ることにより、勇を示したことに由来すると考えています。
     その一方で、ベレー帽というと画家を想像する方も多いかと思いますが、これは自由の象徴だからです。というのは、古代ギリシャで解放奴隷に特殊な形状の帽子を与えたという故事があったからだそうです。
     これは、ベレー帽発祥の地であるバスク(ガスコーニュ)がスペイン、フランスに分割統治されながら、その文化を捨てなかったことにも由来するのではないかと思っています。
     そして、この2つの理由から、武力解放、革命の象徴ともなったのではないかと思うのですが、その代表例はゲバラです。彼はコンゴ動乱にも参加していますが、それにあやかってベレー帽を被るというのもあるように思います。
     もちろん、1で示しましたように、旧宗主国の影響というのもあるとは思いますが、多分、材質は国情にあわせて改良されていると思っております。
     
    hush



740 銃にトーションスプリングが使われずらい(使われない)のはなぜですか?
板バネ

  1. 単に私の確認不足なだけかもしれません。

    板バネ


  2. いくらでも使用されています。
    例えば ”TRIGGER SPRING” をキーワードに画像検索してみてください。巨万とヒットします。
    COIL SPRING、TORSION SPRING それぞれ半々位の採用でしよう。

    軌跡の発動機?誉


  3. これは失礼しました、TORSION SPRING とはトーションばねのことでしたね。
    今更ながら訂正と言い訳をさせていただきますと、私が本当にいいたかったのはTORSION BAR SUPRING のことでしてどうもWIKI ではトーションバーは一般的な英語でTORSION SPRING と訳すようでしたのでそのまま鵜呑みにしてしまいました、カタカナを使ったのもまずかったですね反省します。
    どうかそれを踏まえた上で回答願えませんか?


    板バネ


  4. さらに訂正しますsupring→springです(顔真っ赤w 3時まで起きているからダメなんだ、とまたもや言い訳w)

    板バネ



739 結局、「保弾板の連結運用」は、行われていたのでしょうか
私が確認する限りは、実際の動画・写真を見ても、連結して運用しているカットは「1つたりとも」存在していません。
アジ歴で確認できる資料も、保弾板の連結運用には触れられていません。
私が思うに、保弾板の連結運用は少なくとも「殆ど行われていなかった」のではないでしょうか
パンジャンドラム

  1. まず初めに私はないことの証明ができません、私の意見は行われたに近いものでありますがyes noで質問に答えることは出来ません、本当にごめんなさい。
    その上で言わせてもらえますと。
    1 歩兵操典などが軍令として制定された、これによって軍事理論の研究には許可が必要となり現行の戦術に批判的な研究は不可能であった。
    2 新兵器 新戦術の研究をすることはできたが全員更迭か退役させられた。
    3 二次戦の陸軍のほとんどは攻撃にのみ価値を感じていたが日露戦を経験していた軍人の多くはそうではなかった。ようだ
    4 そういった軍人は連隊長や分隊長に更迭もしくは退役後満州に閉じ込められた。らしい
    3、4は個人的に怪しいと感じているところ
    一旦切ります。



    板バネ


  2. 続きです。
    上が私の知っていることでそこから考えるに。

    後方では考えられなかったが前線では使われた、軍令を破るため記録には載せなかった
    もしくは使うのは最後の時だった。

    以上が私の保弾板の連結運用に関する考察です。
    もちろん行われていないとも考えられますが、生存した人の自伝によればそこまで腐ってはいないと私は感じました。
    ほとんどが推察で資料がないため回答とは言えないものとなりましたが740で質問をした身として書かせていただきました。

    板バネ


  3. 保弾版を連結した場合、その保弾版が装填位置に送られるまで二番は保弾版を高姿勢で保持する必要があるでしょう。
    それに反し二番が最終弾に続いて装填すれば連射も可能でしょう...熟練度に依りますが

    射法は3発乃至5発点射ですし、薙射は銃身保護のためそれほど連射は行いませんから連結の必要が無かったのでしょう。

    poran


  4. 1〜2は私にはもはや返事の付けようがないのでコメントは控えさせていただきます。

    また、poran様、その場合は一旦チャージングハンドルを操作しなければならないのでは?
    パンジャンドラム


  5. いえ、確認したところその必要は無い様でした。
    点射に努めるのは承知していますが、動画を見る限りでは保弾板の一連あるいは数連を指定しての連射の方が頻繁に見られます(音は後付けですが)
    https://youtu.be/NSX097c8OJk
    連結の必要があったとすればここだと思いますが必要性だけあっても肝心の強度不足により実用性がなくあまり多用されなかったのかもしれません。

    パンジャンドラム


  6. 通常だと装填時に槓桿を引き直さないとならないと思うのですが、槓桿を引かずに其の侭連射していると思われる画像も有ります。(前の保弾板が撃ち終わる寸前に装填してます)
    二番の熟練度に拠るのかも知れませんが、姿勢はやはり高くなる様です。

    槓桿を引き直すのは1秒も掛りませんから、連射に見えるかも知れません。

    重機の取説が見つかりませんが、99軽機ですと銃身保護の為連射は通常300発迄に制限されています。
    重機も余り変わらなかったと記憶してます。

    強度ですが、当然装填した保弾板は重すぎて撃ち終わる寸前でなければ二番が保持する必要が有るでしょう。

    poran


  7. リー・アーメイの軍事大百科 機関銃編という番組で九二式の実写の際にチャージングハンドルを操作せずに次々と流し込んでいたら記憶があります。(因みに保弾板の装填は難しく、コツが要りますから、それにもたつく彼らでは連結の必要性はあったでしょうね)
    もしかしたら編集でカットして連発しているように見せていたのかもしれません
    パンジャンドラム


  8. 明治39年「野戦に置ける機関砲の研究」では日露戦争に於ける機関砲の使用実績から保式機関砲の編成/戦術を論じています。
    当時露兵は堡塁より上体を起こして応戦しており、突撃も密集隊形を取っていたため「保式」の射撃法は「薙射」を主とし毎分540発位の急射撃をが多かった様です。
    緒戦時は位置を秘匿し肝心の時に一挙に急射撃をするのが肝要とあり、防御のみならず、友軍の突撃と退却の援護に最適との記述も有ります。

    「保式」は背の高い三脚架で射手(当時は1番)は三脚上の腰掛けに座り射撃しており、地面に65cmの穴を掘って掩体陣地を作っていました。
    この状況なら装填手(当時は2番)が姿勢を高くして、連結射撃も可能かも知れません。

    38式以後は低姿勢の日本式の三脚架になると同時に戦闘法も変化し薙射を主とする好目標が少なくなったので点射に変わってきたのでしょう。
    でも連結部分は名残として残っていたのかも...

    保弾版ですが3回の使用が限度だった様です。(歩兵の弾薬が流用できた保式/3年式は再使用が出来たでしょうが、92式実包は保弾版で補給されてましたから特殊実包以外再使用はしなかったでしょう)

    poran


  9. いや、どうやらオープンボルトの機関銃は構造上、2回目以降のコッキングが不要なものが多い様ですね。ブレダM37もその様ですし。

    あと、>>保弾版ですが3回の使用が限度だった様です。(歩兵の弾薬が流用できた保式/3年式は再使用が出来たでしょうが、92式実包は保弾版で補給されてましたから特殊実包以外再使用はしなかったでしょう)

    ここがよくいまいち飲み込めないのですが、どういう事でしょうか。
    保弾板自体の物理的な再使用限度は7〜8回、或いは20回という情報が見られますから、運用上の都合という事でしょうか。三回が限度と言われると三回以降はもう使えなくなるかの様に聞こえますので。
    それに特殊実包以外とはどういう件か分からないのですが…。
    そもそもの数が普通実包より少ない特殊実包の類は特定の保弾板に何度も使われるという事ですか?外形は同じはずですが…

    パンジャンドラム


  10. 日露戦争では薙射を主用したため補給に問題があり歩兵の弾薬を流用して、戦場で保弾版に最装填してました。その際に3回程度の使い回しが出来たと云うことです。

    何度も使い回していると見える、米国での射撃を見ても装填に苦労している様に見えます。

    >特殊実包以外とは
    92式普通実包は保弾版に装填して紙函に入れて補給されました。
    鉄甲/曳光実包は通常の5発装弾子3個入りの紙函で補給されたからです。
    poran


  11. そういう事でしたか。
    ところで機関部の破損が多かったのと三十年式実包の薬莢切れ問題を抱える保式機関砲で最終防護射撃の様な数百発を連発する様な激しい運用が出来たのでしょうか?
    三八式の様に塗油装置も無いですし、ボルトやエキストラクターは貧弱なままでしたから。
    保式はどうも作動が怪しい様な…。ショートリコイルが上手く真似出来なかった馬式よりは使えたものでしょうが
    パンジャンドラム


  12. 三八式の様に→三八式でそうした(追加した)様に
    パンジャンドラム


  13. やはり故障は多かった様で、該本には以下の記述があります。

    現今採用ノ機関砲ハ機関精巧ナルヲ以テ自然ノ結果多数ノ弾丸発射ノ後ハ往々故障ノ続発スルヲ免レス故ニ使用ノ点ニ深キ注意ヲナシ戦術上ノ要旨ニ鑑ミ善ク其特性ヲ利用シ好所ニ威力ヲ発揚スルノ道ヲ請セサルヘカラス換言スレハ濫リニ之ヲ用フルコトナク瞬間ニ多数ノ弾丸ヲ集中スルヲ要スル時期ト場所ニ用ヒ以テ戦闘の効果ヲ収ムル如クセサルヘカラス

    要するに故障を防ぐ為「普段から使用せず、好機に一挙に射撃せよ」ですね。
    当然故障の排除法の熟達と熟練砲手の損耗防止も説いています。
    日露戦役後の著述ですので国軍機関砲として改良保式が最適と有ります。(馬式とレクサーとの比較)
    poran


  14. ありがとうございます。実際の運用法には機関銃の信頼性も絡んできますからね。もしかして保式での故障の反発した経験から、戦後のいずれかの時期において機関銃用法が変わり急発射を行わなくなったとすれば皮肉ですね。三年式機関銃は実包への塗油がある限り非常に高い信頼性を誇っていますから、三百発の連発は無理なく可能だったかと思います(薬室の形状は悪かったですが)

    パンジャンドラム


  15. 300発は常用限度で「1500発に至るも銃の機能には影響無きも銃身加熱のため銃身命数を短縮するを以て特別の場合以外常用限度を超えるへからす」とありますので300発しか連発出来ないわけではありません。
    書き足りず失礼しました。

    国軍の機関銃は予備銃身を1本しか供給されてませんから銃身の摩耗は一大事だったのです。
    一応銃身の命数は1万発程度とされていますが使用法に依ってはかなり少なくなったでしょう。

    支那事変で作戦間銃の更新ができず、数万発射撃した92重機は1500の照尺で射撃して5〜600米に散乱して弾着した記録があります。
    poran


  16. 1500発ですか?回転不良は無く?凄いですね。それは三年式や九二式の値ですか?出来れば情報元を教えて下さい。
    身内贔屓も多少含まれるかも知れませんが、旧陸軍の重機は「非常に高い信頼性と耐久性」を備えるもので、いざとなれば最終防護射撃も可能なものであったと考えています。
    そこでの急発射時の実態を知りたくて質問しました。
    以前の質問と被るのですが三年式以降の機関銃はどれだけの信頼性でどれだけの連発が可能なのでしょうか
    パンジャンドラム


  17. 各種の戦訓を見ても重機に関しては「特殊実包の補給が少ない」等の不満があるのみで「機構は堅牢にして且つ故障少なし歩兵兵器中さも信頼するに足る」等の褒め言葉ばかりです。

    >どれだけの連発が可能
    一概にはいえません.....射弾1発に付き1度銃身温度が上がると考えるのが普通ですから自ずと.....

    戦前の「偕行」には中々興味のある記事が多いですよ。
    尤も深読みが必要な事が有りますけど。
    例えば11年式軽機の装弾子排出孔の拡大の実施記事から装弾子のサイズの不同を疑う.....当時はJIS規格ですらDINの6割でしかなく、精密工業は無いと云ってもよい時代でしたから。
    手力で装填する小銃には少々の誤差は許されますが、精密機器たる軽機には0.1粍の誤差でも故障となります。
    そう考えて調べていくと面白いですよ......やりきれなくなる事も在りますけど。



    poran



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