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車両関係
Ans.Q

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293 馬匹牽引砲の前車と砲(弾)車の連結方法のあらましを教えてください。
特に、初期から、ルーズな軸と輪で傾くことが可能だったのか、よりソリッドな方法あったのかについて、馬車が後者であることと関連して関心がございます。

誰か答えて下さい。

292 統制エンジンの怪

九八式軽戦車などに搭載された空冷の統制6気筒(日野重工 DB52)は130馬力/2000回転と、出力がやや高めです。(参考までに九八式6トン牽引車に搭載された水冷の統制一○○式(いすゞ DA50)は120馬力/1800回転です。)

しかし12気筒の空冷統制エンジン(三菱AC)は240馬力/2000しか出ないようです。
これはなぜでしょうか。こちらは過給器無しでも260馬力出てもいい気がするのですが。それともSA12200VDみたいにデチューンされているのでしょうか。

パンジャンドラム

誰か答えて下さい。

291 日本陸軍の十五糎榴弾砲は弾重量が少な過ぎると思うのですが、42〜43kgが主流だった米独の同級火砲と比べて榴弾効力面での違いはどの様になっているのでしょうか。炸薬比が高いと破片が粉々になり却って威力を減じるということも考えられますが。
パンジャンドラム

  1. カテゴリを間違えました。申し訳ありません。
    パンジャンドラム



290 九〇式野砲、三八式野砲、三八式改造野砲(短)の砲車および砲弾車、四年式一五溜の砲弾車の、運動時の重量を、できれば陸軍の文書の出典元とともにお教え下さい。
四年式一五溜の砲身車砲架車だと砲兵戦術講授録原則之部第三款野戦重砲兵に「砲身車及砲架車の両区分を以て運動し 重量は両車輌共約二○○○瓩」とあるように、ということです。

  1. 九〇式野砲の砲弾車以外の重量は「日本陸軍兵器資料集」並木書房に載ってます。書き写すのは面倒なので本を見てください。この本は泰平組合カタログの復刻ですから、陸軍文書に等しいです。
    Taki


  2. 多謝。



289 イギリスの巡航戦車は共通の頭文字Cを付ける事になっていたようですが、歩兵戦車には共通の頭文字は設定されてなかったのでしょうか?後チャーチルは紛らわしいとは思わなかったのでしょうか?
ヘルにゃんこ

  1.  イギリスの歩兵戦車はマチルダ、ヴァレンタイン、チャーチルですので、頭文字は共通しておりません。むしろ、ビショップ(司教)、プリースト(司祭)、セクストン(寺男)、ディーコン(助祭)と教会関係の名をつけた自走砲や、カンガルー、テラピン(スッポン)、ディンゴ、リンクス(ヤマネコ)というように動物名をつけた装甲車のほうが目立っているように思います。
     なお、巡航戦車はMk.VにカヴェナンターからCを頭文字とする愛称をつけたようですが、これは巡航を意味するCruiserに由来します。
     チャーチルの場合は国威発揚の意味でつけられたようですが、その頃は、巡航戦車の形式も少なく、まさかCで始まる名がその後何十年も使用されるとは思わなかったのでしょう。
     
    hush



288 日本海軍の将官用の乗用車について聞きたいのであります。海軍航空隊や陸戦隊の士官クラスになるとスタッフカーとして九五式小型乗用車が使用されていますよね。
では将官になるとどの車種を用いていたのでしょうか? 陸軍の場合民間の輸入車だったり、日産70型やフォード三七式やトヨタAA型のような車輌を使っていたそうですが、海軍だけはいくら調べてもわかりません… 個人的には海軍でも将官は輸入車を個人で購入したり、上記の車輌を使っていたと思っています。しかしこれには根拠が無いのでご教授していただけないでしょうか。
みかん段ボール

  1. 挙げられているような乗用車です。J-Tank 26号に海軍自動車教習の写真が掲載されていますが、写っているのはフォード、ビュイックなどの外国車とトヨタAB型です。
    Taki



287 九四式六輪自動貨車の九八式20mm高射機関砲搭載型について質問です。
wikipediaの記述を見る限り、車載型九八式20mm高射機関砲の車台については日産製自動貨車と豊田製自動貨車が整備されたとは書かれていますが、九四式六輪自動貨車を車台に使用したのは試験時のみという風に受け取れるのですが、実際に高射機関砲を搭載した九四式六輪自動貨車は量産されたのでしょうか?
みしま

  1. 九四式六輪型の量産は確認できません。部隊で使用中の写真は日産やトヨタしかありません。
    Taki


  2. 試作のみだった可能性が高いわけですか。ありがとうございました
    みしま



286 ネットでアメリカ製シャーマン ファイアフライという記述を見ました。これはイギリスの17ポンド砲を積んだファイアフライをアメリカでも量産した。ということでよろしいのでしょうか?それともアメリカのM1対戦車砲
M1対戦車砲を積んだイージーエイトのことうを指してるのでしょうか?(
まさのり

  1. ”シャーマン ファイアフライ”で検索をかければ詳しい解説が出てくる質問なので簡単に答えます。

    シャーマン ファイアフライは、英国ウーリッチ造兵廠でM4中戦車の75mm砲を17ポンド砲に換装、装備の一部を英国式に変更したものです。つまりアメリカ製の車体に英国製の17lb砲を積んだものです。これ以外にシャーマン ファイアフライは存在しません。

    アメリカは採用を検討して、M4A3ベースのファイアフライ中戦車を試験しましたが、M1戦車砲を積んだタイプの計画が進行中のため採用せず。1945年に、どうやら間に合わなくなり慌てて106両のシャーマン ファイアフライを英国に発注したものの終戦で取り消しています。
    タンジェント


  2. タンジェントさん回答ありがとうございました。
    因みにM1対戦車砲とM10GMC、M18GMCが積んだ
    76.2ミリ砲は同じと考えてよろしいのでしょうか?
    まさのり


  3. 申し訳ないありません。M18GMCはM1搭載でした。
    M10GMCのみです。
    まさのり


  4. M10GMCはM7装備です。

    まさのり殿、上でも書きましたが、ウィキペディア辺りを調べてから質問されることを御勧めします。
    タンジェント



285 ソ連軍が使用した事で有名な「ピアノ線トラップ」について質問です。
履帯にピアノ線が絡まって溶ける事で、固まって動けなくなる。
ノモンハンでは連隊長車はじめ、これで動けなくなって対戦車砲で仕留められた車両が多数いました。
しかしやられた当事者の認識をみるとどうも、「不覚!」、「痛恨の、、、」みたいな印象でしかないようです。実際それより後にもこの戦術が活躍した事例を聞きません。
そりゃ、「戦車が無力化できる!!」、というほどのものだったら以降の戦車の突撃は封殺される事になるわけですから、これに対しては何らかの対策があるのでしょうか。

私としては、この話を聞くたびに「え、こんなんで日本戦車止められちゃうの…ファンやめようかな…」と心が重苦しくなるわけです…()
パンジャンドラム

  1.  詳しいことは、わかりませんが、やはりノモンハンで、その「ピアノ線トラップ」に苦しめられたので見つけ次第、榴弾で吹っ飛ばしたのかもしれないです。
    板野ファン


  2.  本来、戦車は鉄条網や塹壕等の障碍物を乗り越えるために開発されたものです。したがって、戦車の履帯に鋼線が絡まって動けなくなるというのは、ありえないことのように思います。しかし、「藤田兵器研究所」様が公開されている、ノモンハンの再現実験の写真では、見事に絡み付いて、これは、除去しないと動けないだろうと思われます。
     http://www.horae.dti.ne.jp/~fuwe1a/newpage443.html
     戦車が使用された当初は、塹壕を突破されて恐慌をきたしたドイツ軍ですが、すぐに塹壕の幅を広げて対処しています。同様に、鉄条網においても、改良は加えられたはずです。特に、ソ連は冶金に関してはすばらしい技術を持っています。当然、鉄条網に関しても、材質の改善を行い、切れにくく、絡まりやすいものを開発していたはずです。
     お示ししたページでは、「陸軍歩兵学校築城研究班が再現したソ軍の低鉄条網で、実物よりも太めの鉄線を利用して作製されている」とあるように、日本では、ソ連の鉄条網と同じものは作れませんでした。ここでは、実際の材質についての記述はありませんが、鉄線ではなく、一般に書かれているようにピアノ線だと思っています。
     ところで、ピアノ線というのは、バネ鋼の一種です。つまり、炭素鋼であり、工業用としてはワイヤーやコイルバネ、それにPCコンクリートの緊張材として使われていますので、ごく身近なものです。しかし、飛燕に搭載された200mmマウザー砲が日本国内でコピーできなかったのは、使用されているバネを再現できなかったからだとされるように、世界レヴェルのピアノ線も国産できませんでした。
     また、ノモンハンで日本の主力だった戦車は97式中戦車だそうですが、これの出力は150馬力(170馬力と書いてあるものもあります)だそうです。そして、それを達成するための機関重量は1.2t(全体では2.5t)、排気量は21.7リットルを要しました。しかし、150馬力といえば、現在の日本では1ボックス・カーの標準出力ですし、昔のスバルのディーゼルの2リッターが150馬力を出しています。実際、ほぼ同時代のソ連のBT7戦車に搭載されたディーゼルは(T34等にも搭載されています)、排気量が38.8リットルもありますが、450馬力を出しています(これの最終形は700馬力までいっています)。
     もちろん、ドイツのII号戦車の搭載したガソリン・エンジンは140馬力と、97式より非力ですが、その代わり、97式より6tも軽い8.9tの重量しかありません。実際、鈍重で知られたドイツのティーゲル戦車よりも1t当たりの出力は低く、ソ連のピアノ線の強度がどれだけは存じませんが、動けなくなるというのもむべなるかなと思います。
     真偽不明ですが、ヴェトナム戦争でも、同様の方法で戦車を動けなくしたという記述もあり、これは、対戦車戦ではありふれた防御法のようです。ただ、日本の場合は、ノモンハンで初めて出遭ったので、きちんと対応できなかったということでしょう(1会戦分の砲弾補給にも苦労した旧日本軍に、見つけた鉄条網のすべてに榴弾を発射するようなことはできなかったと思いますが)。
     参考:http://www.luzinde.com/meisaku/tanks/chi-ha.html
     
    hush


  3.  200mmマウザー砲>20mm
     重巡洋艦か。
     
    hush


  4. 回答ありがとうございます。
    で、でた、旧日本軍弱小列伝…確か2005年ぐらいからある古いサイトらしいですね。
    馬力の割に車体が重いのは事実ですが、車体が重い分突進してきたときの慣性力、それを引き止める際の衝撃荷重、ピアノ線で耐えられるものでしょうか。むしろ二号戦車の方が動かなくなりそうな気もします。あとノモンハン事件に参加したチハは4輌ですので主力とはちょっと呼べない様な気が…撃破されたのはこの1両だけですね。
    でもともあれチハ以下の戦車はピアノ線でひっかかると見て間違いないでしょう。
    しかし疑問なのがその後です。
    ならばなぜその後の連合軍はチハに同様の戦術を使わなかったのか?という話です。
    ここまで出来過ぎた話なら敢えて使わない手はない、ならば使うに使えぬ事情があったのかもしれない、あるいは言い方を敢えて悪くすると相手が少々間が抜けていたという見方もできますか、ともあれピアノ線戦術というのを他に寡聞にして知りません。本当にありふれているのでしょうか。
    パンジャンドラム


  5. >4
    >ノモンハン事件に参加したチハは4輌
     それは失礼しました。

     ピアノ線で戦車が動かなくなるというのは、かなりショッキングな話なわけですが、これを鉄条網に戦車が突入し、炭素鋼製のワイヤーに絡みついてとなっていたらどうでしょう。
     また、2で提示致しました「藤田兵器研究所」様の記事によりますと、さまざまな対処法を考え出しています。また、鉄条網自体も、その気になれば見つけられるものと思われますので、迂回すればよいということになります。
     逆に、ソ連軍のほうから見るとは、対戦車障碍に、ワイヤー・カッターも何もなしに直接突入したよということなのでしょう。
     実際の所、これはトラップというより、ドイツの使用した「チェコの針鼠」と同じで、戦車を迂回させるためのものと考えたほうがいいのではないかと思っています。
     もっとも、ノモンハンのように、トラップになってしまったこともあるようで、tank barbed wire等で画像検索をすると、らしいものがヒットします。
     したがって、連合軍が「チハに同様の戦術を使わなかった」のではなく、旧日本陸軍が、これを対戦車障碍と認識し、対抗策を打ち出したり、迂回したということでしょう。
     
    hush


  6. なるほど、ありがとうございます。できれば起動輪や転輪のほうに工夫などされていることを期待していたのですが、やはり回避で十分対処していたのですね。
    しかし結局はこの程度の設置に当座の処置でお茶を濁さざるを得ないところに、仰った様なチハの車格馬力不足による限界が垣間見えました。
    パンジャンドラム


  7. 戦車第三連隊の七月二/三日の戦闘詳報では150米で発見出来たがピアノ線の抗力を侮り不用意に通過した戦車が被害に遭った。静かに通過した場合は通過出来た部隊があった。但し九七式中戦車と九七式軽装甲車の履帯は絡まり易い、と有ります。一応ピアノ線にかかり行動不能となり破壊された戦車は九七式×1 八九式×1 が戦闘詳報から読み取れますが遮蔽地でペンチで排除した車両が相当有った様です。
    poran


  8. poran様回答ありがとうございます。なるほど、勢いよく突入すれば勢いよくピアノ線が絡まってしまう…、確かにその通りの結果になっていますね。
    あと車種ごとの違いについても興味深いです。九七式軽装甲車は誘導輪が接地している事もいくらか関係があるのかもしれませんね。
    あと九五式軽戦車は馬力荷重に優れるので損害も抑えられた、とかも考えられます。
    ともあれ、ピアノ線というのものがわざわざ回避せずとも日本戦車装甲車にとってかならずしも確実な防御ではないのですね。少し安心しました。
    パンジャンドラム


  9. 95式と89式甲からなる戦車第四連隊の戦闘詳報にはピアノ線は出てこないのです。
    被害は我が戦車砲の射程外よりする45粍対戦車砲と戦車砲であるとなっています。
    対戦車砲は目標小で陣地変換が早く、戦車の稜線よりする砲塔射撃も発見しがたく損害を受けたのです。
    「ソ連戦車の走行射撃は脅威では無いが停止射撃の精度は極めて高い」と有ります。
    又ソ連軍は装甲車を餌として我が戦車を釣り出す等の戦法を使用したそうです。

    両連隊の戦闘詳報は大威力の戦車砲が必要としています。
     
    第三連隊の軽装甲車で手榴弾で破壊されたと思われる車両が1両有ります、これがピアノ線にかかった車両かも知れません。(他の命中団は砲弾では無く小口径の徹甲弾のみ)

    poran


  10.  石弘之、紀美子著「鉄条網の世界史」(2019年、角川ソフィア文庫)を読んでいましたら、以下のような記述がありましたので、参考までに引用しておきます。
     たとえば、日本の戦車部隊が悩まされた「低張鉄条網」である。直径40〜50センチほどの輪状や格子状にした鉄条網を地面に敷き詰めたものだ。
     そこに日本軍の戦車が突っ込むと、無限軌道(キャタピラ)を動かしている起動輪や転輪に絡みついて動きが取れなくなる。とくに、草原に隠すように幾重にも設置された場合には効果は絶大で、立ち往生したところをしばしば速射砲で撃破された。
     以上
     
    hush



284 毎度世話になってます。
実は日本陸軍で九七式中戦車の増加装甲型と鹵獲M3軽戦車について興味があるのですが、実際に増加装甲九七式中戦車やM3軽戦車に乗っていた元戦車兵の手記とかはございますでしょうか?あれば実際に運用した側視点からのM3軽戦車や増加装甲型九七式中戦車の評価を知りたいです。
みかん段ボール

  1. 増加装甲型九七式中戦車については戦車第7連隊史に、ルソンに行くときにボロボロになった増加装甲型を無理やり持たされた戦車兵の方の手記があります。しかし、増加装甲型の評価と言ったことは書かれていません。

    鹵獲M3軽戦車に乗っていた方の手記と言うのは読んだことがありません。しかし、M3軽戦車についての評価でしたら、戦車第7連隊史には日本戦車より装甲、貫通力共に優秀だと書かれています。特に、どこを外して組み立ててもネジがぴったり納まるのには驚いたとあります。これは米国の規格化された部品精度の高さを示している物です。
    Taki


  2. そうでしたか・・・増加装甲の評価が分からないのはちょっと残念ですね。ありがとうございます。
    みかん段ボール



283 艦載車輌についての質問なのですが、アメリカ海軍のMD-3や海上自衛隊のP-25j艦載救難作業車の駆動方式は、どういったものなのでしょうか?
具体的には内燃機関なのか、それともバッテリー駆動なのかをお教えください。
ネットで色々と調べてみましたが、情報にたどり着くことが出来ませんでした。
くだらない質問と思われるかもしれませんが、よろしくお願いします。
初心者

  1.  md-3 tow tractor diesel、md-3 艦載救難作業車 ディーゼルでGoogle検索を行うとヒットしますので、ディーゼルのようです。
     
    hush


  2.  md-3 艦載救難作業車ではなく、P-25j艦載救難作業車でした。
     失礼しました。
     
    hush


  3. >>hush様
    ご回答ありがとうございます。 リンク先早速拝見しました。 ディーゼルなんですね。

    フライトデッキのみではなくハンガーデッキでも使用されるので、内燃機関では問題が

    あるのでは?と思っていたのですが大丈夫のようですね。

    それにしても、エンジン排気量が6700 CC というのは少し驚きました。

    艦載機を牽引したり、最悪の時はフライトデッキから艦載機を投棄する事を考慮すると

    それぐらいの排気量、馬力が必要なのですね。

    詳しい情報のリンク先のご紹介ありがとうございました。
    初心者



282 九八式高射砲牽引車(コヒ車)とはどのような性能の車両だったのでしょうか?一式半装軌装甲兵車(ホハ車)とはエンジンなど技術的な関連性があったのでしょうか?
豆狸

  1. コヒ車の性能です。
    http://www3.plala.or.jp/takihome/ko-hi.htm

    コヒ車とホハ車には直接の関連性はありません。開発メーカーも違いますし、エンジンも違います。
    Taki


  2. >1.
    Taki樣 お返事ありがとうございます。関連して質問させてください。

    コヒ車のエンジンはどういったものだったのでしょうか?見たところハ号のものと馬力だけは同じに見えるのですが、ハ号のものと互換性があるのでしょうか?

    添付されたHPのコヒ車の性能なのですが、これは「小」ほうのものなのでしょうか?「大」のほうのものなのでしょうか?
    豆狸


  3. コヒ車のエンジン水冷直列6気筒ディーゼルです。水冷ですからハ号のものとは違います。エンジンの仕様を見るとロケ車と同じです。

    前に挙げたページは小型です。大型はこちらです。
    http://www3.plala.or.jp/takihome/98large.html

    大型はエンジン出力が若干大きくなっているのですが、これは元資料の違いによる差異でエンジン自体は同じだと思われます。


    Taki


  4. >3.
    Taki様 ありがとうございます。
    ちなみにコヒ車が水冷式を選択したのにはどのような背景があったのでしょうか?
    素人考えだと量産性、整備性ともに空冷のほうが良い気もするのですが…。
    豆狸


  5. 統制エンジンの時に牽引車のエンジンを水冷式とした理由が次のように述べられています。

    1)重負荷作業に使われる車輌だから重量が重くてもかまわない。
    2)水冷式の方が構造が簡単堅牢である。
    3)シリンダーの片消耗や焼着がすくない。
    4)ピストンの材質に鋳鉄を用いることができる。

    コヒ車の水冷式についても同じだと思われます。


    Taki


  6. >5.
    Taki様 そういう経緯から水冷式が選択されたとは知りませんでした。
    本当にありがとうございます。
    豆狸



281 二重差動装置(ダブルディファレンシャル)とクレトラックは同じですか?


まやん

  1.  https://en.wikipedia.org/wiki/Tank_steering_systems
     こちらのWikipediaの表記によると、クレトラックCletrac DifferentialはControlled differentialに分類され、Double differentialはControlled differentialとは別に立項されています。
     したがって、ダブルディファレンシャルとクレトラックは別物だろうと思いますが、専門外の領域ですので、そちらで御判断いただければと思っております。
     
    hush


  2. おかげさまで、リンク先の単語を元に検索を繰り返し理解できました
    似た作用をする別物でした
    大まかですが↓
    ・クレトラック⇒ディファレンシャルブレーキシステム、遊星平歯車式デフから延びたシャフトに取り付けたブレーキの左右の操作で曲がる
    ・ 二重差動装置(ダブルディファレンシャル)⇒その名の通りデフを左右2つ取り付け、その動きに差をつける事で曲がる

    ちなみに、[クレトラック]は商標名だったようです(どうりで検索してもトラクターばかり出てくる訳です)

    ありがとうございました
    まやん



280 戦後の数年間フランスやルーマニアでパンター戦車がしばらく使われていたという話の中で

純正のマイバッハエンジンがパーツないので
フランスじゃシャーマン用フォードGAAや果ては星型のR975や30発クライスラーA57とか
ルーマニアじゃBT-7からばちってきたミクーリンM-17とか
奇怪なエンジンを無理矢理積んで運用されていたとか噂を聞いたのですがまことですか…?
どれも500馬力級のエンジンだし出力的には一応動くでしょうがエンジンルーム無理矢理入るのでしょうか?

一応ドイツでもGT101ガスタービン積んでみたりBMW132空冷星型積んでみたりした試作車はありましたが…

流石にあの30気筒のA-57エンジンは入らない気がするのですがどうでしょう…?
SAND

誰か答えて下さい。

279 続けて質問させてください。
日本軍の戦車の回収方法についてですが、日本軍には装甲回収車セリは試作止まりで、おそらくほとんどの戦車隊に配備されてないと思います。一部部隊は九五式野戦力作車を装備していたようですが、力作車の車重、クレーンの性能的に主力中戦車のチハを回収できるようには思えません。
とすれば、日本軍は戦車の回収はどうやっていたのでしょうか。自走可能ならともかく、故障や脱輪の場合は自力では無理ですし。
もしかして別の戦車で牽引したのでしょうか?戦車連隊の編成を見る限り、整備中隊も何故か戦車を所有してますし。最初は予備車輌かと思っていましたが、実は牽引用だったりするのでしょうか?
みかん段ボール

  1. そうです。戦車は自分と同じ戦車を牽引できます。力作車が正規の回収車ですが、多くの部隊では戦車で代用していました。

    Taki


  2. なるほど、やはり戦車による牽引ですか。編成書類上にある、整備中隊にも戦車がある理由はやはり牽引用なんですね。ありがとうございます
    みかん段ボール


  3. >整備中隊にも戦車がある理由はやはり牽引用なんですね。

    整備中隊にある戦車は予備車輌ですが、回収車としても使用していました。「戦車隊教練規定」には「予備戦車は通常欠損戦車の補充に当てるものとする又故障戦車の救助に任せしむ」とあります。つまり、予備戦車で回収車を代用していたと言うことです。

    Taki



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管理者 F4U : Ans.Q v1.40 [Shigeto Nakazawa]