ちょっと気になると夜も眠れない。

車両関係
Ans.Q

どうでも良いことなのに…、誰か助けて!


・ あなたが疑問を持っているなら、ここで記入してください。
名前:

*ここは新規質問投稿欄です。質問への回答ではありません。
[戻る]

394 九七式中戦車の主砲防盾装甲は厚さ50mmあって、数値だけ見れば37mmクラスの対戦車砲に耐えられる厚さです。
ところが、チハの戦歴・太平洋戦争の戦車戦を見ても、砲弾を弾き返したなんて情報、全然見かけません。
これって、実際の戦場では車体と砲塔ばかり砲弾が命中してしまい
防盾装甲で砲弾を防いだというケースは、一度も起こらなかったという事なのでしょうか
ここでは機銃弾(口径20mm以下)と、砲弾(口径20mm以上)は別物という前提で考えています
天手力男

  1. 主砲防盾とは戦車砲の砲架の事だと思いますが、あんな狭い場所に砲弾が命中するのはめったにあることではありません。戦場写真でも砲弾が命中しているのは見たことがありません。

    50mmと言う根拠が何なのかは分かりませんが、戦車砲の砲架の内側は穴だらけで50mmの強度などありません。37o砲弾が命中しても破損すると思います。

    Taki


  2. 数値だけみても明らかに防げません(汗)
    50oって連合軍の37o級、二ポンド砲には1kmで抜かれる数字です。
    アフリカ戦線でも50oクラス装甲では「先に当てたら勝ち」という状態で
    独逸軍も伊軍も3号、M13/40シリーズが遠距離戦で少なくない数が
    撃破されてます。
    誤解されてるのかもしれませんが連合の装備した37o砲って
    5p級の貫通力あります。(1km以上で顕著に下がる)
    ももんが


  3. 500m 1000m 1500m
    連合国
    37mm M6  65mm  54mm   45mm
    40o QF 77mm 66mm 57mm
    独逸
    5pKWK38L42 62mm 48mm 38mm
    5cmKWK39L60 83mm 65mm 50mm
    伊軍
    47mm47/32 37mm 27mm 20mm
    47mm47/40 53mm 46mm 39mm

    日本
    一式47o  77mm 66mm 50mm

    弾の種類で増減するのでメジャーな砲弾(まず搭載してたであろう)弾種の
    貫通力の一覧です、2ポンド砲は特殊砲弾なら近距離で100o越えの75mmクラスの貫通力がある砲弾もあります。
    イタリア軍の貫通がぱっとしないのは中途半端な口径で初速が低い(600台)
    ももんが


  4. 回答ありがとうございます
    厚さ50mmでは耐えられないというのは、ちょっと意外でした。
    自分の根拠は専らウィキペディアの情報をベースにしたものですが、検証不足だったのですね。
    言われてみれば、今までウィキのデータを鵜呑みにしすぎたのかもしれません。
    図書館の専門書籍の方も、少し拝見してみることにします。

    天手力男


  5. 出した数値も正直最大値()なので測定環境が
    恐らく全部違います(対象装甲やら)、角度は恐らく数値が大きいので
    0°だとは思いますが正直不安です。
    伊軍の主砲は元が歩兵砲ベースですので貫通がお察しなのですが
    恐らくAPHEの数値と思われます、APBC(Mod39砲弾)ですと約二割増し
    時期によって貫通は変わる点だけご理解ください
    ももんが



393 チーフテンの最大装甲厚のデータって、なぜ文献によってバラバラなんでしょうか?
ウィキペディアでは「砲塔側面下部196mm」
戦車研究室では「最大250mm」
タミヤの説明書では「前面装甲150mm」
なぜここまでバラツキがあるのですか?誰か実物を計測した者がいないのでしょうか
実車の仕様書とかにより正確なカタログデータが書いてあるのでは?
兵器の細かいスペック表は、資料によってややバラツキがあるのはみんな同じですが
どうもこういうところを気にしてしまうタイプなので

天手力男

  1. ・田宮模型
    あくまでイメージなのですが一度作られた解説マニュアルって
    改定されてるのでしょうか?(プラモ発売は制式化12年後の1975年)

    ・戦車研究室
    車体の「最大の装甲厚」の表示であって砲塔ではないとおもいますし
    戦車研究室さんで提示してる数値は必ずしも最新データ、実車の測定値とは
    限らないと思います(随時更新はされてるようですが)
    仕様書は軍機に関わる部分ですので一般人は見れません
    恐らくですが200o+装甲は主砲左右の狭い範囲ですが
    該当部分はあります(鋳造製溶接パーツの一部)のでまるっきり間違いでは
    ないとおもいます。

    ・wiki
    元データは海外の数値を引いてきてるようですが
    汎用データベースの数字を元に数値が記載されてる様子
    やたら詳細なので「書かれた当時は」それなりに
    信頼置けるソースが元だった可能性はありえますが
    個人的には???が付きます。

    田宮は論外として
    国内雑誌の数値ベースの戦車研究室vs海外の研究勢?の
    提示データという構図ですがそもそも「どれも間違えてる可能性もあります」
    ただwikiの数字を見るに「明らかに薄すぎる変な数字」が記載されてるので
    真に受けてはいけない気がします

    某戦車ゲームは開発者が実車の測定をしてデータに反映させるなど
    測定された事例はいくつかありますがチーフテンが該当するかは
    すいませんが分かりません。
    ももんが


  2. チーフテン戦車の装甲「最大厚さ」について、おそらく貴君の調べた数値は、少なくとも「ある時点」では、それぞれ根拠のある「正しい」数値でありましょう。

    ももんが殿の触れておられるとおり、「砲塔側面下部196mm」、「最大250mm」、「前面装甲150mm」、これらは全て同じ車体の別箇所の厚さであり、全部正しい可能性があります。それぞれ鋳造砲塔の下側、砲楯、車体前面だと思われます。

    バラつきの生じる原因ですが、記録者が何を以て「主装甲」と見做すかによる点のほかに、
    1. 同じ車種でも形式や製造時期により装甲板の厚さが変更されることがある。
    2. 殊に鋳造装甲の場合、厚さは連続的に変化しているので測り方により差が出ることがある。
      (上で「砲塔側面下部」と言っているのが該当、実例としてJS-3 戦車の断面図を画像掲示板にアップ)
    3.圧延鋼板も含め装甲に傾斜がある場合、「厚さ」は、純粋に板厚の場合と勾配を考慮した場合の二通りがある。
    4. これはメートル法規格の製品をヤード・ポンド法で計測、またはその逆の場合、記録上キリよく表記され、更に引用される場合に再換算され、誤差が積み重なることがある。

    他にもあると思いますが、これらから数値に差異が生じる事があると考えます。
    タンジェント


  3. ざっと検索してみましたが
    ・250o
    砲塔正面、主砲左右の所謂ほっぺと言われる部分が
    尤も厚いパーツが用いられており240o強
    ・196o
    砲塔基部の砲塔構成部分の根本継ぎ目の砲塔側が200oのリング状のはず
    ですので恐らくこの部分(側面という表現がおかしい、全周が正しい)
    ・150o
    wikiでも個人のブログでも「正面装甲は150o」と判を押したように
    同じ解説で む〜? とは思います

    タンジェントさんが指摘してるとおり
    ・提示されてる部分が部位は異なる(明示されてない)
    ・正面装甲150o は型式が明示されてない(7-8種類派生派居た気が)
    のでMk x は150oの物もあるかもしれない程度、装甲厚の表示も
    「複合装甲換算」「圧延(鋳造)の実厚」「防弾鋼換算」なのか表記基準があいまい
    ・測定された個体は本国仕様なのか輸出仕様なのか
    西側車両でモンキーモデルというのは思いつきませんが
    チーフテンは海外輸出品は車載部品が省かれたモデルになってる物も
    あるので「そういった個体も」程度に考えて貰えれば

    余談ですが某戦車劇画の大御所さんもやってるゲームの
    チーフテンは砲塔正面が350o(笑)まで盛られております。 
    ももんが


  4. 皆さん回答ありがとうございます。つまり、
    バリエーションごとによって厚さが異なる・装甲の傾斜角度も含めた数値
    長さの単位が異なる上に更に再計算される・本国仕様と輸出仕様の差
    情報の出どころそのものに誤りがある、という事ですね。
    そういえば、何年も前に見たウィキの更新前の記事には「装甲120mmm」と書かれていましたが
    当時は「確かに厚いけどそこまで重装甲ではないな」と拍子抜けしたのを思い出しました。

    天手力男


  5. 天手力男様
    チーフテンはバリエーションが多く、バージョンで砲塔の形状も変化してるので、相当な人でないと「xxバージョンのここの事では?」って言い当てられる人居ない気がします、150oで近そうなのはMk10の追加装甲が近いと言えば近い。
    ももんが



392 第二次大戦時アメリカ軍では使われずイギリス軍、イギリス連邦軍で使われたM6スタッグハウンド装甲車ですが、英語版wikiを抜粋すると「後方に2基の6気筒エンジンを搭載し、トランスファーケースを介してオートマチックトランスミッション(前進4速、後進1速)を介して両車軸を駆動していました。駆動方式は二輪駆動または四輪駆動を選択可能で、走行中はどちらかのエンジンを停止し、駆動系から切り離すことができました。さらに油圧式のパワーステアリングを装着。」とあります。この中でパワステは戦前から研究、開発が進んでたみたいですが、スタッグハウンド以外のグレイハウンド或いは軍用トラックの類いでもパワステは使用されてたのでしょうか?
まさのり

  1.  調べた限りではシボレーが製造した約1万台の軍用車両に搭載されたようですが、どの車両に搭載されたかが分かりませんでした。
     ただ、スタッグハウンドの生産台数が3000両前後ですので、この車両が独占していたわけではないようです。
     
    hush


  2. hushさん調べていただきありがとうございます。シボレーの軍用トラックはG7100代、G506とか結構作られてるし、ソ連にかなりレンドリースされてるし、CMPトラックを含めたら莫大な数になるので特定は難しいですよね。
    まさのり



391 昔ボナペより国内に帰ってきた?
95式軽戦車は一時のみの里帰りだったのでしょうか?

昭和56年5月21日に戻ったという事しかわかりませんが
触り放題で今考えると羨ましいい限りのほぼ完全体が
国内に居たというのを最近知りましてその後どうなってしまったのかと思い
質問させて頂きました。

最近戻ってきた95式の解説で過去一度も95式は一般展示も公開も
現存車両も存在しないと解説されており、ではこの95式はなんだ?
というのがきっかけとなります。
ももんが

  1. お恥ずかしい、自己解決しました。
    https://readyfor.jp/projects/type95HA-GO/announcements/94723
    ももんが



390 九七式中戦車新砲塔の無線機について質問です。
旧砲塔では通信用アンテナが手摺状に配置されており、新砲塔では車体後部フェンダー上に箱型や逆L字状のアンテナ用台座があるのは知っているのですが、実際の写真などを見る限りそれら台座やアンテナが無い車輌があるように思います。
九七式中戦車新砲塔は無線機が標準装備されていたのでしょうか?
匿名マン

  1. 97式中戦車 無線 で検索かけるとご質問の答えにたどり着けると思います。
    リンクフリーか不明なので直接ご確認ください。
     


    ももんが


  2. 上記の答え、の部分ですが
    概ね全車両アンテナ基部は有るのは確認できるが
    隊内無線が運用上不都合があり(偽装時に棒状アンテナは目立つ)
    外されてたのではないかという考察が紹介されてます。
    ももんが


  3. 九七式中戦車は当初から無線装置は標準装備です。当然、新砲塔チハもそうです。新砲塔の車体後部フェンダー上のアンテナ用台座は三式車輛無線機の棒状アンテナのためのものですが、三式車輛無線機は昭和18年の制式決定で、九七式中戦車の生産は昭和18年までですから、最後の1年間に生産されたものぐらいにしか取り付けられていません。それ以前は旧砲塔と同じ九六式無線機で、新砲塔には鉢巻きアンテナはないので車体に竿を立ててそれに空中線を張って使用していました。

    Taki


  4. 回答ありがとうございます。
    ももんが様から教えていただいた考察の方調べましたが偽装で外して代わりに弾薬を増加させていたというのは興味深い内容でした。

    TAKI様の話も台座タイプは三式車輌無線機用という話も非常に勉強になりました。
    竹竿アンテナで気になったのは竹竿アンテナはフロントフェンダーと後部の金具に取り付けてその竹竿同士にアンテナをつなぐタイプのように見えるのですが、主砲が干渉する問題はなかったのでしょうか?
    もしくは戦闘時は外すものだったのでしょうか?

    匿名マン


  5. 実際に竿を立てている新砲塔チハの写真では車体後部に竿を2本立てて空中線を張ってます。砲身が干渉するためなのかはわかりませんが。


    Taki



389 M51スーパーシャーマンですが、ウィキには「105mm砲の反動は強烈で車体全体で反動を受け止めた、とあります。
 となると、砲身を真横に向けて発砲すると車体が横転する恐れは無かったのでしょうか?
 あるいは、砲身を左右に向けられる範囲が決まっていて、それ以上には向けるな、といった制約があったのでしょうか?
REW

  1. https://combat1.sakura.ne.jp/M50.htm
    こちらのサイトには105ミリ砲を載せる為、砲塔、砲身の改造と初速を落とす。特殊な弾丸の使用等が書いてありますが
    まさのり



388 英語版ウィキペディアの3号戦車の項目の中に「外国での導入例」として日本の事例が取り上げられています。概要としては以下の通りです。

・日本が3号戦車を2台購入。新型戦車の研究調査目的
・技術的に時代遅れとなった時期に日本に到着

・3号戦車
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Panzer_III

以下、ご質問です。

1 日本が実際に3号戦車を購入し、勢力圏内で受領した事実はあるのでしょうか
2 日本が同戦車の購入を検討したり、独側に提案した事実があるのでしょうか
3 日本が同戦車を技術面や戦術面で参考にした事例はあるのでしょうか
4 独が同戦車の売却や提供を日側に打診、もしくは議論として検討した事例はあるのでしょうか

このうち、1は戦史叢書や『深海の使者』などで確認したことはなく、間違いだと思っていますが、単に知らない可能性があるため、伺う次第です(柳船や対英米戦前の船舶輸送などの中身は余り把握していません)。2と4はオルタナティブの話です。実際の物や金の動きは実現しなくとも、案として検討された内容が回り回って誤解され、大きくなった可能性があるため、こういう事実があったのか否か伺う次第です。3もこの流れと関係しますが、どちらかと言うと興味関心で、独側の中型戦車に対する日本側の評価が知りたいです。

なお、上記で引用した文章には脚注で出典がついています。ちょっと古い年代となりましたが、一応は英語での書籍(小冊子?)のようなものに見え、執筆者には執筆者なりの根拠がありそうです。他方で今みで読んで理解してきた独側との軍事交流のなかで、同戦車の導入ないし検討に関する記述を見たことがなく、皆様のお知恵を拝借したく質問しております。何卒宜しくお願い致します

タバスコ

  1. 分かる範囲でですが日本がドイツから購入した戦車について

    ・4号戦車は二両購入して履歴も残っている
    故に同時に3号も候補か契約した可能性はありますが
    ヲタ歴30年の自分も聞いたことがないです。
    ・5.6号I戦車も購入しているが上記4号含めて開戦後の為届いたものは一両もない

    日本の開戦前には当時の最新鋭ともいえるFw190やBf109、Ju88も
    購入、受領できてますので購入の可能性はありえなくはないですが
    日本側に受領されたという記録も写真も一枚も現在までないというのが
    実情ですし日本の戦車開発に関する書籍でも触れられたことは
    過去一度も無いと思いますので個人的には眉唾かなと感じます。

    答えとしては個人的な範囲と前置きしますが
    1.受領していないと思われる
    2.生憎分かりません
    3.戦車設計においては日本は日本独自で開発を続けてましたが
    乗員配置等では参考にした可能性はあります
    戦術については参考にしたくとも真似したくともできなかったというのが実情
    4.これも2と同様です


    ももんが


  2. 兵頭氏の機関銃の本に長5cm砲と75mm砲の各1両の3号戦車を購入したとあります。しかし、日本に届いた形跡なしともあります。

    Taki


  3. 3号戦車購入に関しては下記の公文書に記録があります。34Pです。
    https://www.digital.archives.go.jp/img.pdf/1723819

    Taki


  4. 三号も購入してたのですね勉強になりました。

    ももんが


  5. お2人ともご回答を頂き、ありがとうございました。大変勉強になりました。

    3号戦車の件はもちろんですが、4号戦車のことも全く知りませんでした。しかも突撃砲の購入も・・・
    日の丸を付けた可能性のある独戦車を想像すると、年甲斐もなくワクワクします。

    英語版ウィキペディアの3号戦車の項目は前半は根拠あり、後半はまだ分からない、ということですかね。ただ先入観を持つことなく、史料にもチャレンジしたいと思います。これら戦車はその後どうなったのか・・・現地でも日本に引き渡されたのか、などなど色々と調べてみます。
    タバスコ


  6. 余談ですがティガーI戦車も購入したみたいです。
    https://pepeprism.hatenablog.com/entry/2021/10/07/113752
    まさのり


  7. 〉まさのりさま

    3号、4号なども言及ありましたね。勉強不足でした。
    6号戦車のように、3号、4号などのその後が分かると良いのですが。
    ありがとうございました。
    タバスコ



387 初めて書き込みます。
古典的名著、バランタイン版世界大戦ブックスNo15「ドイツ機甲師団」の最終章に、1945年3月21日のキュストリン〜ベルリン間の戦車戦が取り上げられています。末期の東部戦線でのドイツ戦車部隊の善戦を記録したものですが、登場するドイツ軍部隊は何なのでしょうか?
調べてはいるのですが、未だに解決していません。
よろしくお願いします。
豹スキ!

  1.  その本を持っていませんが、1945 年のキュストリンの没落Küstrins Untergang im Jahre 1945 https://www.vfdgkuestrins.de/texts/kohlase/kunt1945.html というドイツ語のページのパート2に2月22日現在のキュストリン要塞の部隊表が載っています。
     翻訳サイトで見た感じではかなり詳しいので、これではどうでしょうか。


    hush


  2. ご教示ありがとうございます。
    2月22日現在の部隊表では、「M.-Bataillon z. b. V. Panzer-Truppe Nr. 346」なる部隊がありますが、よくは解りません。
    パート5の記事に3月18日から22日にかけてミュンヒェベルク師団の名前が見えるので、そちらの方かなと思っています。
    豹スキ!



386 九七式中戦車の改造案
チハの装甲25mmでは、37mm対戦車砲の徹甲弾に打ち抜かれてしまいますが、
エンジン出力に余裕がないから、装甲を厚くすることも
大幅に増加装甲を取り付けることもままならない。
そこでふと思ったのですが、大和型戦艦の装甲技術を応用すればいいのではないでしょうか?
(陸軍海軍の協調性の悪さという問題は別として)
主砲塔に使われていたVH甲鉄。この大和型のために新開発された装甲板と同じ材質にすれば
装甲厚25mmでも米軍の37mm対戦車砲に耐えられると思いますか?

天手力男

  1. 回答じゃなく、素人質問になりますが
    先ず質問の趣旨は単純に、チハの装甲25ミリと同じ距離でVH甲鉄25ミリは37ミリ対戦車砲を弾く事が出来るか?との事でしょうか?
    それともVH甲鉄でチハを同じ装甲厚で製作しての話でしょうか?
    あとVH甲鉄で製作する際のコスト、生産性、適性←鋼は硬くなると脆くなる。もしVH甲鉄の比重が重かったらとか
    を度外視の想定でしょうか?
    申し訳ないですが
    まさのり


  2. 捕捉します。
    チハの装甲厚25mmを変更せずに、材質をVH甲鉄で製造するという事です。
    あと自分はVH甲鉄の技術的特性といったものは知らずに、ただ単に大和型の装甲技術を利用すれば
    チハの装甲厚を変更せずとも、対戦車砲に耐えられるのではないかと漠然と思っただけです。
    天手力男


  3. 厚さが25mmのままでは結局のところ大した防御力強化は見込めないのではないでしょうか。
    極論すれば防御効果が20%向上したとしても30mm相当にしかならない訳ですし。
    元自


  4. 4.有効性はさておき、当時の主力艦の防御装甲板は最高機密です
    戦車の装甲を世界中の国が海軍のより強い(と一見見える)装甲を
    転用しなかったのは単に情報漏洩するリスクが当然あるから問題外で
    議題にすら上がらなかったのでしょうか?(そんなこと言いだせば狂人扱い)

    ももんが


  5. >>4 もっと単純に厚さが違いすぎて転用できなかったからじゃないですか?
     どれだけ大きくて厚い装甲板を造れるかって結局「炉」の大きさ次第なんですよ。
     一枚の装甲板の大きさの上限は一つの炉で一度に溶かせる鋼分だけです。

     たとえば100L溶かせる炉で1m四方の装甲板を造ろうと思ったら、単純計算で100mmまでの厚さしか作れません。100L溶かせる炉で2回に分けて鋼を溶かして1m四方200mm厚の装甲板を造ろうとしてもできないんです。

     では逆に薄い方はというと100Lの炉で鋼を溶かして1m四方25mm厚の装甲を造ろうと思ったらひどく効率が悪くなります。かといって10平米10mm厚の装甲板を造ろうと思ったら今度は溶けた鋼が型に流し込まれる際に型の中に広がりきる前に先に流し込まれた分が先に冷えるなどして品質が均質でなくなります。
     赤熱した鋼をローラーで引き延ばしていくような圧延鋼板なら違うでしょうが、海軍の戦艦などに使われる分厚い装甲板は鋳造ですから生産設備が違いすぎて技術転用が難しいんだと思います。
     実際に面積と厚さの関係にどこまでの自由度があるかはわかりませんが、200mm以上あるような軍艦の装甲を造る設備で25mmの装甲板を造ろうなんて無理が出てくるのではないでしょうか?

    おうる


  6. >>5
    戦艦用舷側装甲は鋳造じゃなく鍛造では?
    大和型戦艦建造時に装甲鍛錬用の15000トン水圧鍛錬機を新規導入してますし。
    元自


  7. >>6
     鍛造でも一度鋼を溶かすのは同じですし、ローラーで引き延ばす圧延鋼板ではないのだから炉の容量と装甲版のサイズの関係に制約は出るのでは?
    おうる


  8. >>7
    横から失礼します。

    軍艦用の装甲も圧延鋼板ですね。以下第7表などのように、鋼塊を鋳造(Φ2660〜2910)→水圧機で鍛錬(〜1100mmt)→圧延機で圧延となっています。巡洋艦等の砲塔や水平装甲など、艦艇用でも25mm程度のNC装甲は多く用いられているので、薄いものを作れないことはないんじゃないかと。
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/tetsutohagane1955/53/9/53_9_1119/_pdf
    なお複数の溶解炉からの溶湯で一個の鋼塊を作る方法は当時から用いられており、上記第7表のように大和型の410mm装甲は70t平炉3基の合わせ湯で鋳造した160t鋼塊から製造されています。
    ぱやーん


  9. VH甲鉄は均質圧延鋼板ですから25mmでは37mm徹甲弾は防げません。
    弾径と装甲厚は比例関係にあり、装甲厚は弾径以上にあることが望ましいのです。下記ぱやーん氏の提示した資料を読み解けば分かります。
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/tetsutohagane1955/53/9/53_9_1119/_pdf

    もともと、チハ車の主要部装甲厚の25mmは30mmを必要とする軍の意見に対する回答であり、25mm厚でも表面浸炭処理により30mm相当の防御力があるとして採用されたものです。つまり、VH甲鉄からVC甲鉄にしたようなものですからVH甲鉄に戻したら30mm厚が必要となるのです。

    戦車も軍艦と同様に小口径弾防御の表面硬化装甲(VC相当)から靭性に重きを置く均一圧延装甲(VH相当)に変移していますが、これは対処弾径が軍艦同様に増大して来たからであり、それ相当の厚さを必要としています。
    えさたく


  10. VH甲鈑は浸炭をやめただけで均質装甲ではなく表面硬化装甲の一種です。
    expery



385 タイガー戦車後期型や一部のパンサー戦車の鋼製転輪は、ゴムをサンドイッチ状に内蔵してるとのことですが、履帯に接する部分が鋼製である以上、それまでのゴムリング式転輪に比べて走行時の振動が激しくなる、したがって乗員の疲労や走行間射撃の精度が落ちるなどの欠点は生じなかったのでしょうか?生じたとしても資源節約の観点から許容できる程度のものだったのでしょうか。
備後ピート

  1.  転輪に使われるゴムは車両の振動を抑えるものではなく、騒音を抑えるものです。戦車の転輪のゴムに車両の振動を抑制するほどの緩衝能力はありません。
    おうる


  2. ゴム内蔵式にしたのは、ゴム資源の節約のため(小径になる事による資源節約とこすれないので摩耗軽減ができる)であり振動は一般的な外装式と変わらないとされています。しかし、履帯との接触部が金属同士なので騒音が大きくなるという欠点があったとされています。
    えさたく



384 王虎の転輪はそれまでの猫シリーズの挟み込み転輪と違い単にずらす様に転輪を配置していますが、問題は起きなかったのでしょうか?
ペンダント

  1.  修理が面倒であった…転輪を交換するために最大14個の車輪を取り外す必要があった
     車両を鉄道で輸送するには、各車軸の外側の車輪を取り外し、より狭い軌道を取り付ける必要があった
     回答がつかないので、調べた感じではこのようなところでした

    hush


  2. ヤークトティーガー初期のポルシェサスペンションの「単にずらす式転輪」は履帯を捩じる力を発生させ問題を起こしています。Gg 24/800/300 リンクの新履帯が原因であると疑われ、3号車ではフェルディナントの履帯を使っていますが、やはり同じ問題が起きています。
    ポルシェサスペンションは中止され、ティーガーIIと同じ転輪に戻していますが・・・・・・それで問題は改善されたということのようですね。



383 初めて質問させていただきます。
M4、4号などの戦車において、非戦闘時には操縦手、通信手席はハッチを上に開いて頭を出し視界確保して運転してるようですが、戦闘中などハッチを締めてるときはどうしてるのでしょうか
席に座ったまま前にかがんで操縦してるのでしょうか
戦闘が長引くと疲労度半端ないと思うのですがご教示ください
ひでぼん

  1.  もちろん、中に座席があります。その場合、潜望鏡なりスリットから外を観測しながら運転します。日本の戦車の場合は車長が観測しながら、足で下にいる操縦士に右左折を指示していたようですが。
     https://encrypted-tbn0.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcR_jz3oWEQUmODQCkJ1gCJbSx8_I72aBk_8Hfpvn57iMw4CkE8HOz7uniBAfGW5dUDYaK4&usqp=CAU
     上記が一番分かりよいと思ったのですが…

    hush


  2.  もしかすると、操縦手と書かれているのは砲塔内にいる車長のことでしょうか。
     でしたら、M4の場合、車長席は上下します。
     https://qph.cf2.quoracdn.net/main-qimg-72a0ef56a0737dc3b32fb8207367a311-pjlq
     
    hush


  3. 質問者です。
    hush様、早速の回答ありがとうございます。

    お断りですが質問は車長のことではありません。

    M4は映画フューリーのティーガーとの戦闘シーン見る限り、通信手席はハッチ閉めても車内でかがんでるようには見えません。
    ならば頭出してるときは席に何かクッション状のものを敷いてるのか腰浮かせてるのか?
    現代の車みたいに何かシートの高さ調整機構があるのか。

    4号についてもタミヤの新作4号G型のボックスアートなんかは砲塔から3名体乗り出しドライバー席から頭一つ出てるのに通信手のハッチは閉めたまま。中で一人だけ体かがめてるんですかね。

    疑問は尽きません。
    ひでぼん


  4. >3
     だとすると、砲手と装填手ですね。
     https://youtu.be/DN4TJpPRhSQ
     を見ると簡易座席があります。
     座面の上に立って外を見ているのではないでしょうか。

    hush


  5. hush様
    いや、砲手でも装填手でもありません、砲塔ではなく車体の話です。

    じつはM4について正解を見つけてしまいました。
    https://www.youtube.com/watch?v=hzj2BP86XUM
    の5分10秒前後、レバーで座席高さが調整できるようです。

    某質問サイトでも同様の質問がされており、パンターなども高さ調整できるようですね。

    映像で確認できるもの探してみようと思います。ありがとうございました。
    ひでぼん


  6. >5
     何だか、こちらが勘違いしていたようで、すいません。
     つまり2で紹介したシートでいいわけですね。調整できる高さが違いますが。

    hush


  7. hush様
    いや、砲手でも装填手でもありません、砲塔ではなく車体の話です。

    じつはM4について正解を見つけてしまいました。
    https://www.youtube.com/watch?v=hzj2BP86XUM
    の5分10秒前後、レバーで座席高さが調整できるようです。

    某質問サイトでも同様の質問がされており、パンターなども高さ調整できるようですね。

    映像で確認できるもの探してみようと思います。ありがとうございました。
    ひでぼん



382 帝国陸軍のタンクデサントについて
九五式軽戦車は後部にドラム缶を取り付けて、そこに兵員を乗せていたようですが
九四式&九七式軽装甲車のような更に小型の戦車では
どうやってタンクデサントしていたのでしょうか?
天手力男

  1.  こんな写真がありました。
     https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/7f/Type_94_tankette_column.png
     
    hush


  2. 回答ありがとうございました
    後で考えてみれば、これだけ小さかったら一人乗せるだけで
    限界ですね・・・
    天手力男


  3. 我国では、単なる兵員輸送であり、ソ連が行ったような(本来の意味での)タンクデサントはなされていないのではないでしょうか。
    失格


  4. 行われています。サイパンやペリリューでは戦車に歩兵を載せて突撃しています。

    Taki



381 m1戦車のAGT1500とt-80のGTD1250。
どちらもエンジンのサイズ自体はさほど変わらないにも関わらず、パワートレインのサイズは明らかにm1の方が大きい様です。
では逆になぜt-80のパワートレインはこんなにもコンパクトに出来たのでしょうか?
(変速機のサイズ差については知っていますがそれ込みでも差が大き過ぎないか?と感じたので質問させて頂きます)
ペンダント

  1. AGT1500はパワータービンの後ろにエンジン本体よりも巨大な熱交換器が一体化しており、燃費改善と共に排気温度を下げる&騒音を低下させる効果があります。
    GTD1250は比較的単純なラッパ型の排気口があるだけなので、排気のエネルギーはそのまま捨てます。 車体側にサイレンサーが付いているのかもしれませんが。

    またAGT1500は軸流式コンプレッサーですが、GTD1250は遠心式です。
    遠心式コンプレッサーはエンジンは太くなるけど全長は軸流式の半分程度で収まるので、戦車の様にパワーユニットに入れるならコンパクトになるでしょう。

    サイズ的にはGTD1250の方が有利ですが、M1は待ち伏せ任務でも8時間おきに燃料補給だそうで、それより大幅に燃費が悪そうなGTD1250だと燃料の心配が大変かと。
    また、高温の排気ガスは被発見率を上げると想像できます。


    わんける


  2. GTDの図面見てどうなってんのかさっぱりだったんすけどあれ遠心式だったんですね。
    ありがとうございました
    ペンダント



380 米国から英国にレンドリースされた、戦車、装甲車の車載機関銃はM1919機関銃で、英国の戦車、装甲車の車載機関銃はベサ機関銃で、両銃とも口径、リムの有無と全く違う弾丸を使用してます。更にブレン軽機関銃も0.303ブリティッシュと口径が違う弾丸を使用してます。この違いで兵站上問題なかったのか?と思えばwikiに以下の記述が有りました。
「王立装甲軍団への弾薬供給網が、もともとイギリス陸軍のその他の兵科とは独立していたことも影響している。」
これはどういう事で何で独立してるのでしょうか?
まさのり

  1. wikiのその記事は、英語版からの直訳のようですね。
    ドイツ語版では、次のようになります。

    ブレンはイギリスの.303イギリス弾薬カートリッジに変換することができましたが、ベサでは不可能でした。これを行うには、弾薬ベルトと装填機構をイギリス製のリムカートリッジに改造する必要がありました。したがって、リムレスケースを備えたオリジナルの 7.92 mm モーゼル キャリバーは維持される必要がありました。(中略)この兵器の弾薬の供給を確保するために、英国にこの目的専用の工場が建設されました。兵站上の問題を制限するために、ベサは機甲部隊にのみ支給され、歩兵には支給されなかった。


  2. そして、王立装甲軍団の兵站がなぜ独立していたかといえば、英国陸軍が、成り立ちの異なるふたつの軍隊が統合されたものだったからであり、そのひとつが王立部隊であったから、ということに由来しています。


  3. 片さん、ありがとうございます。英国陸軍は海軍や空軍みたいにロイヤルが付かないなど、色々事情が有りそうですよね。元々、戦車は海軍が作ったものだから王立なのかな?とも思いました。(笑)
    まさのり


  4. >3
    >戦車は海軍が作ったものだから王立なのかな?
     残念ながらTank Corpsだったものが1923年にジョージ5世王「大佐」によりRoyalのタイトルを与えられたのが由来です。
     なお、イギリス陸軍にRoyalがつかないのは議会により臨時召集されるものという建前があるからです。
     
    hush


  5. hushさんありがとうございます。
    まさのり



[管理人専用]

管理者 F4U : Ans.Q v1.40 [Shigeto Nakazawa]