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艦船関係
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928  映画バトルシップで砲弾を抱えて運搬するシーンを見てふと疑問に思ったのですが・・・非装甲の甲板の耐荷重ってどれくらいで考えられているものなのですか?

 現代の船と帆船時代以前の木造船とで同じくらいだったりしますか?
おうる

  1. 造船は専門外なので一般論のみ。船に限らず建物の床の設計荷重とは、用途次第と言うしかありません。

    客船の客用甲板とバラ積み輸送船の作業甲板の設計荷重は同じになりえません。

    最低限、予想される積荷の重さと、波浪により打ち込む水の重量に耐える必要があります。

    この意味では「現代の船と帆船時代以前の木造船とで同じくらい」と言えるでしょう。しかし甲板で行われる作業と積載物に違いがある以上、別のものと考えたほうが良いと思います。
    タンジェント



927 防衛大臣 岩屋毅代議士が護衛艦「いずも」を空母化するよう改修し、F-35BライトニングIIの運用に前向きな姿勢を示すというnewsが報道されました。
私としましてはとても感慨深いニュースなのですが、1つ疑問があります。「いずも」に艦載機としてF-35BライトニングIIが配備された場合、運用するのは海自になるのでしょうか? それとも、航空自衛隊の部隊を受け入れることになるのでしょうか?
海のものとも山のものとつかない質問をするな、とお叱りを受けそうですがとても気になります。教えていただけたら嬉しいです。
74式

  1. 今の時点では、議論ボードへ行かれた方が良いと思われます。この際、先ず自分の意見と根拠を記した方が良いと思います。
    UK


  2. マンガ「空母いぶき」では空自航空隊という設定ですね。
    議ボ向けの話題な気がしますが、さしあたって事例の紹介をします。

    フォークランド紛争の英空母のハリアーは海軍航空隊と空軍部隊の混載だったという例があります。
    しかし、もともと英空軍のハリアーは空母搭載が目的ではなく、飛行場が破壊されても出撃できるVTOL攻撃機という位置づけでした。
    フォークランド紛争にあたっては、海軍のハリアーだけでは損耗予備が足りないのでやむを得ず空母に派遣されたという事情だったのです。
    そのほか、第2次大戦中のドイツ空母グラーフツェッペリンの搭載機はゲーリングが空軍所属を主張するなどすったもんだがあったのは有名ですね。
    同じように、ブラジル海軍で1960年に就役した空母ミナス・ジェライスの搭載機(S-2トラッカーなど)は空軍所属とされた例があります。空軍海軍の縄張り争いの結果で、あまり健全な理由とはいえませんね。

    空自と海自の関係性については見識がないのでコメントは避けます。
    超音速


  3. UK様
    議論ボードにはそういう使い方もあるのですね。教えていただきありがとうございます。
    74式


  4. 超音速様
    答えのない質問をしてしまい申し訳ありません。確かに議論ボードにスレッドを立てる事柄でした。お話大変興味深く拝見しました。たしかに海自、空自では企業風土といいますか組織風土みたいなものの違いがあって、簡単にはいかないのかもしれないですね。今の東アジア情勢は待ったなしの状態なので、なんとか形になれば良いかなと初心者なりに考え込むしだいです。回答していただきありがとうございました。
    74式



926 ここ最近日本海軍の砲弾について気になったので質問させていただきます。
日本海軍では戦艦用の徹甲弾には九一式爆薬などが用いられたそうですが、軽巡や駆逐艦用を含めた通常弾については炸薬は何を使用していたのでしょうか?
日本海軍趣味者

  1. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%B8%9D%E5%9B%BD%E8%BB%8D%E7%88%86%E8%96%AC%E4%B8%80%E8%A6%A7

    こちらはご参照されましたか?
    超音速


  2. 一応見ました。しかし、それ以外のサイトを閲覧しても下瀬火薬は太平洋戦争では砲弾ではなく手榴弾にだとか、九一式は徹甲弾のみ、九二式は主に40mm機銃弾にと戦艦、重巡、軽巡、駆逐艦などに搭載された通常弾に使用された爆薬について分からなかったので質問しました。
    日本海軍趣味者


  3.  桜と錨様の海軍砲術学校の中の砲術講堂>旧海軍の砲術>弾丸に「旧海軍の砲弾・銃弾・噴進弾一覧」に各砲弾の炸薬が記されています。
     
    hush



925 旧海軍の軍艦では分隊士が裸足で見回りをして、気合を入れていたと聞きます。裸足は危険だとおもうのですが、なにか理由があったのでしょうか。
ゲン

  1.  近代的なデッキ・シューズは1935年にアメリカのスペリーが開発したものです。
     それまでの靴は濡れた甲板上で使用すると非常に滑りやすく、転落する危険性があり、スペリー自身も海中に落ちたことがありました。このため、滑らない靴のアイデアを考えていたところ、自在に走り回る愛犬の肉球にヒントを得て開発したのです。
     したがって、彼以前では、濡れた甲板上を滑らずに動き回るためには、靴を履かずに、素足で動くほうが有効だったのです。
     実際、人前で素足を見せるのを極端に嫌がるイギリス人が、艦上生活では危険な靴を履かずに生活していました。実際、Navy Barefootで検索をかけると、いくつか実例を見ることができます。たとえば  https://www.reddit.com/r/HistoryPorn/comments/1n4sun/winston_churchill_inspecting_royal_navy_cadets/ は、チャーチルが練習艦を査察した際のものですが、少尉候補生は陸上であるにも関わらず、靴を履いておりません。また、 https://www.navy-net.co.uk/community/threads/any-idea-on-this-photograph-early-1900s.76732/ の写真はヴィクトリア時代のものですが、前3名中、2名は素足です。
     旧日本海軍はイギリス海軍の影響下にありましたから、水兵の日常は素足であり、その足を守るために甲板にささくれがないように磨いていたわけであり、鉄甲板では火傷するために、木甲板が必要とされたわけです。
     
    hush


  2. 皆裸足だったのですね。ありがとうございました。
    ゲン


  3. >2
     ただ、多分、士官は艦上でも靴を履いていたと思います。旧海軍の艦上写真を見ると、足まで写っているものが少ないのですが、靴を履いているからです。
     兵員も、通常は何らかのもの、 http://navgunschl.sblo.jp/article/176540046.html によりますと、少なくとも戦闘時は「底がゴムの布製ズック又は厚手の地下足袋を多く着用した」そうです。実際、 http://www.furukabe.com/EQhaw020c.html は、横浜震災とありますので、1923年の関東大震災の際のものと思われますが、イギリスの水兵が裸足であるのに、士官と、日本側の水兵は靴を履いています。
     にもかかわらず、甲板士官が裸足であったのは、濡れた木甲板が危険であったという以外に、ささくれがないかを確かめる意味合いもあったのかもしれません。また、汚れたところにも入っていく必要があるので、靴を汚さないためという理由も考えられます。
     ただし、だんだんと鉄甲板に変わっていくと、滑り止めもついてきますので、素足である必要性はあまりなかったとは思います。
     「皆裸足だったのですね」とお書きになられているので、旧海軍では常に裸足であったように思われていそうですので、慌てて追記させてもらいます。
     なお、1の「水兵の日常は素足であり」は、ちょっと自信がなくなってきましたので、削除させてもらいます。
     
    hush


  4.  空母大鳳で最後の火災が発生する前、ガソリンが充満しているので靴裏の鋲で火花が飛ばないように注意するよう伝令が走ったとかいう話がありましたね。

     船上で裸足だったか何か履いていたかというのは歴史的にどうだったんでしょうか?
     ローマ海軍は鋲付きのサンダルを履いていたようですし、ヴァイキングも船と共に靴が発掘されています。もっとも、ヴァイキングのは船そのものが葬式用で靴も副葬品である可能性があるので。航海中に船乗りが履いていたかどうかを証明するものではありませんが・・・北海や北大西洋で裸足というのもちょっと・・・いや、寒さに強い白人なら平気なのか?
    おうる



924 資料の紹介、ありがとうございました。
一般の人間が撮影できるかも気になるのですが、乗員が乗艦を撮影できるのかとかも気になっています。
無許可でやる事は無いと思いますが。
空飛ぶ広報室はすぐに買ってみます。
Mk.63 GFCS

  1. すいません。
    ミスしたのでもし消せるなら消してください。
    Mk.63 GFCS



923 軍艦の写真撮影についての疑問です。
軍艦の写真は勝手に行ってよいものではないのでしょうが、撮影する場合はどういう手続きを取るのでしょうか?
もちろん、誰がいつ、どの艦のどこを撮影するのかで違うのでしょうが、教えてください。
Mk.63 GFCS

  1.  旧海軍の場合は、アジア歴史資料センターの検索窓に、軍艦 撮影と入力しますといろいろ出てまいります。
     特に、リファレンス番号C12070665200などは、敗戦直前のものですので、興味深いかと思います。
     戦後、特に昨今の日本はかなり自由で、自衛艦しか存じませんが、制止されることはほとんどありません。
     ただ、海外は、国によっては艦艇だけでなく、橋や、駅、空港等も制限される場合があります。ただし、それを撮影する手続きについては存じません。
     あと、有川浩の「空飛ぶ広報室」(幻冬舎文庫)は、舞台が航空自衛隊である上に、小説ですが、自衛隊の公報の考え方が窺い知れて興味深いです。
     
    hush


  2. 資料の紹介、ありがとうございました。
    一般の人間が撮影できるかも気になるのですが、乗員が乗艦を撮影できるのかとかも気になっています。
    無許可でやる事は無いと思いますが。
    空飛ぶ広報室はすぐに買ってみます。
    Mk.63 GFCS
    Mk.63 GFCS



922  戦艦や巡洋艦といった砲艦の主砲塔旋回速度の要求性能はどのように決められたのですか?

 重量や予算の事を考えると無駄に速い旋回速度なんか必要ない事は簡単に理解できます。かといって決戦距離での反航砲戦で敵艦を追尾できないほど遅いのは問題外でしょう。
 じゃあ想定する砲戦距離で敵艦を追尾できれば十分かと言うと、1海里の至近距離で相対速度70ノット(彼我ともに35ノットだとして)で反航する場合でも目標を追尾するために必要な旋回速度は毎秒1.1度ほどもあれば十分なはずですが、実際の戦艦の主砲塔の旋回速度はだいたい毎秒2〜4度くらいあります。
 1発撃ってから次弾装填完了するまでに真反対にいる敵に砲を向けるような事でも想定していたのであれば毎秒4度というのも理解できますが・・・
おうる

  1. 砲戦は直進とは限らず転舵しつつ行うことが多いですから艦の回頭速度より砲塔の旋回速度が遅くてはマズイんじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  2. 回答ありがとうございます。

    しかし、それだと砲塔の旋回速度は回頭速度+追尾に要する速度以上でないとまずいと思うのですが、毎秒2度では不足するのではないでしょうか?

    ちょっと回頭速度の具体的な値が見当たらないので確認しきれないのですが・・・
    おうる


  3. トーゴーターンが2分で13点(146.25度)の回頭ですから平均すると毎秒1.2度ですね
    ヂャットランド海戦のヂェリコー本隊は50秒で8点(90度)ですから平均毎秒1.8度です
    戦艦なら毎秒2度もあればギリ充分じゃないでしょうか


    駄レス国務長官


  4. 回答ありがとうございます。返信遅くてすみません。

    ということは自艦の旋回速度+敵艦追尾に必要な角速度を基準に決められているということでしょうか?
    おうる


  5. 主力艦の場合は射撃開始前の交差針路において砲塔は既に敵(的)艦に指向されており>3.の事例の如く彼我の対勢変化(艦としては回頭)に応じて砲塔も時々刻々追尾するモノと考えられますので「自艦の旋回速度+敵艦追尾」のように二つを加算する必要は無いんじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  6. では、砲塔の旋回速度は何を基準に要求性能を決めてるのでせう?
    おうる


  7. 用兵側が要求しても造兵側で技術的に困難なこともありますから一義的には決められないでしょう
    日本戦艦で36cm連装・41cm連装で毎秒3度だったものが46cm三連装で毎秒2度となったのは技術的制約によるものです
    駄レス国務長官



921 航空母艦「鳳翔」は新造時には右舷にアイランド型艦橋を持っていましたが、「飛行機から見て邪魔」との評価により間もなくフラッシュデッキ型航空母艦に改装されています。
しかしほぼ同世代の英空母「ハーミス」や「イーグル」は右舷に艦の大きさから見て不釣合いとも思えるほどの巨大なアイランドを持ち、両艦ともに戦没まで変わりませんでした。
「ハーミス」や「イーグル」は14cm砲や15cm砲を搭載しており、そのため射撃指揮設備が必要だったのは分かりますが、それは「鳳翔」も同じです。

英空母では「艦橋は邪魔」との評価はされなかったのでしょうか?
(英空母においては、航空機運用より砲火管制の方が重視されたということなのでしょうか?)

宜しくお願いいたします。
Ranchan

  1. 島型艦橋はずっと大型の翔鶴型ですら邪魔なのでフラッシュデッキ型に改造して欲しいと要望される邪魔ものです。
    どこの海軍でも着艦機の立場からは邪魔なのです。
    島型艦橋に他のメリットがあっても邪魔なものは邪魔なのです。

    鳳翔の場合は着艦技術が確立しない時期に、吉良大尉の転落事故も絡んで、とにかく安全に着艦させようとの工夫が優先されて改装されています。
    日本で母艦への着艦法が安定したものとなったのは昭和十年代に入ってからです。
    BUN


  2. ご回答有り難うございます。

    その当時は英国には航空機側にアイランドを我慢し受け入れるだけの経験・技量があったが、何もかも初めての日本にはそんな実力・余裕はなく、アイランド型空母を受け入れ運用することはできなかったのですね。

    個人的には、それにしても「ハーミス」「イーグル」両艦のあの巨大なアイランド型艦橋は本当に必要だったんだろうか・・・と思えてなりません。
    Ranchan


  3. 英海軍には着発甲板の中央に艦橋構造物と煙突を持つ奴も有りましたからそれに比べれば大分マシと思われたんじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  4. ハーミズ、イーグルは砲戦観測用のスポッティングトップを外して眺めればレキシントンに似ていますし、その後のフューリアスは赤城、加賀のタイプシップです。イギリス海軍にとっても島型艦橋は邪魔ものだったことがわかります。ただフラッシュデッキ型の運用上の不便さに気づくのも早かったということでしょう。
    BUN



920 WWIIの帝国海軍が艦橋の窓に使用していたガラス厚はどれくらいあったのでしょうか?
もし分かれば当時の列強国(現在の海自の護衛艦などでも)の状況なども教えていただければうれしいです。
酸素

誰か答えて下さい。

919 イタリアの戦艦が使用したtc鋼というのが第二次大戦で最高の表面硬化鋼と聞いたのですが、これはどの様な物だったのですか?
また、これについて書かれた資料や書籍等はありますか?
Mk.63 GFCS

  1.  tc鋼というのはTerni Cemented armorの略だろうと思っております。この鋼については、ネット上では、一部でこの時代の最高の装甲という評価が書かれたものもありますが、真偽は存じません。ざっと検索した限りでは、テルニ社(後のOTO))の開発したニッケル鋼のようですが、専門外ですので、”Terni Cemented armor”等でお調べ下さい。
     
    hush


  2. わかりました。
    もう少し調べてみます。
    Mk.63 GFCS


  3. ネットの情報から推察すると、種類としては、炭和・表面硬化甲板(cemented)(hardened)で、表面の炭和層(網)の組成が優秀で、非常に硬かった様ですね。
    因みに、ご存知かとは思いますが、戦艦大和のVH甲板は非炭和・表面硬化甲板(non cemented)(hardened)で、これは410mm厚の装甲を作るに至って、炭和層は不要とされた為です。

    炭和=浸炭によってセメンタイトを形成すること
    Luna


  4. ところで、表面硬化鋼の表面硬化がどこの部分を指すのか曖昧な文章がネット上を問わず多いようです・・・。浸炭によって出来た炭和=セメンタイト層(網)を言うのか、表面焼入れによって出来たマルテンサイト層を言う(含む)のか・・・曖昧で分かり辛いです。
    ウィキペディア(日本語)のクルップ鋼の解説では、テルニ鋼(*1)はニッケルとクロムを含むクルップ鋼のライセンス版だそうですので、クロムカーバイドの析出したセメンタイトの超硬化層を最表層に、マルテンサイト組成の硬化層を表層として、裏層は硬化層を裏打ちする為に充分な厚みを持った靭性の高いソルバイト層になっていたと思います。
    一方、浸炭を行わないVH甲鈑はシンプルにマルテンサイト層が表面硬化層です。410mm甲鈑では、135mmがマルテンサイト層でした。最表面数ミリ(*2)の硬さでは浸炭された戦艦長門のVC甲鈑の方が硬い訳ですが、戦艦大和のVH甲鈑135mmのマルテンサイト層は隔絶したものでした。
    この表面硬化作業にはちょっと面白い話があって、VH甲鈑製造以前までは、表面焼入れ作業に際して、甲鈑を加熱炉から取り出す時期をただ一人の熟練者以外は決定できなかったそうで、その人が病気の時は操業を中止していたそうです。VH甲鈑製造以降は論理的学術的手法に変更されたそうですが、まるで刀工か何かみたいですね。テルニにもそんな職工が沢山居たのかも・・・。

    【*1】テルニはイタリアの都市、製鋼所の名前でテルニ鋼はテルニ式塩基性平炉で製鋼
    【*2】佐々川清「装甲鈑製造についての回顧録」によると浸炭深さ約7ないし10mm
    Luna



918 英空母「ヴィクトリアス」は戦後イラストリアスグループ航空母艦中、ただ一隻大改装を受け他艦より10年以上長命でしたが、なぜ「ヴィクトリアス」が改装対象に選ばれたのでしょうか?

姉妹艦の「イラストリアス」「フォーミダブル」、改良大型化した「インドミタブル」「インプラカブル」型ではだめだったのでしょうか?
宜しくお願いいたします。
Ranchan

  1.  二段式格納庫が問題だったのではないでしょうか。このため、戦時中、コルセアですらも天井までの高さが不足して運用が困難になっています。したがって、戦後の機体の大型化にともなって一段式に改修は計画されたようですが、予算の関係で実施できなかったようです。
     残る3隻のうち、イラストリアスとフォーミダブルは戦争中の損傷が大きく、特攻機の突入を受けたものの比較的軽微な損害に留まったヴィクトリアスが選ばれたのではないかと愚考致しております。
     
    hush


  2. イラストリアス級の改装は六隻全てに実施する計画でしたから格納庫の様式は関係ありません。初期艦の16フィート天井の格納庫も後期艦の14フィート天井の格納庫も新しい基準の17フィート6インチには足りないので、下部格納庫甲板以上は新造となる改装だからです。
    BUN


  3. では戦時中の損傷が改装艦の選定に影響したかと言えばこれも断言できません。最初に選ばれた二隻はヴィクトリアスと特攻機により損傷したフォーミダブルだからです。フォーミダブルは改装艦に選定されてから状態の悪さが認識されて改装計画から外されています。
    BUN


  4. そしてヴィクトリアスも改装に適した状態であったわけではありません。
    また、インドミタブル、インプラカブルは計画当時にまだ第一線にあったため改装が後回しにされましたが、ヴィクトリアスの次に工事に入る予定の艦はインプラカブルでした。

    BUN


  5. イラストリアス級の近代化改装計画は六隻全てが対象だったものの、予算の関係で延期と縮小を繰り返した結果、ヴィクトリアスのみに実施されたのです。
    BUN


  6. お二方様ご回答有り難うございます。

    『ヴィクトリアス』が改装第1艦に選ばれたのは
    「戦後早期に予備役編入され第一線を離れていた」
    「姉妹艦より戦傷がまだましだった」

    「ヴィクトリアス」1隻で終わってしまったのは
    「予算の都合上最初の改装対象艦『ヴィクトリアス』しか改装できなかった」というのが真相のようですね。
    「どこの国でも海軍最大の敵は『予算』である」と聞いた覚えがありますが、よく言ったものです。

    でも「フォーミダブル」の状態が悪いのならば、修理ついでに大改装してしまうか、あるいは最初から損傷度合いがまだましだった「イラストリアス」を選んでおけばいいのに・・・とも思えます。
    Ranchan


  7. 六隻全てを改装する計画でしたから艦の状態を見て選ぶ必要は無かったのです。
    ヴィクトリアスも工事途中に不具合が発見されたものの工程が進み過ぎ、改装後に短命で退く要因の一つとなっています。あれこれ選んで一隻を工事した訳ではないのです。
    BUN



917 司令塔の有効性についてお聞きします。
大和型やアイオワ級などは司令塔を持ち、厚い装甲を施していますが実際にここに砲弾が直撃した場合、中の人間や機材はどうなるのでしょうか?
装甲が持ちこたえたとしても能力を喪失するならいらない気もするのですが、ちゃんと保護することが出来たのでしょうか?
Mk.63 GFCS

  1. >実際にここに砲弾が直撃した場合、中の人間や機材はどうなるのでしょうか?

    以下は1916年のヂャットランド開戦のひとコマ(某著より引用)
    −(ヒッパー隊の)殿艦「フォン・デア・タン」は1919、「リヴェンジ」の1弾を後部司令塔基部に喫した。弾片は司令塔のスリットから内部に突入し、塔内の全員を死傷せしめ、有毒ガスは付近の換気口から機械(タービン)室内に侵入した。−

    >装甲が持ちこたえたとしても能力を喪失するならいらない気もするのですが、

    こらまた大胆なご意見ですね
    上記にも「後部司令塔」とあるようにとうぜん前部司令塔もあります
    司令塔に限らず死活的に重要な機能は主副2系統備えることが望ましいワケです
    1ヵ所しか設けられないときは艦橋や砲塔がもしもの時に機能分担するコトでしょう
    駄レス国務長官


  2. >1.
    × 開戦
    〇 海戦

    駄レス国務長官


  3. 正直な話、訳(趣旨)が判らない質問に対して、ピントはずれな回答がなされていると思います(ダレス閣下、御免なさい)。
    司令塔とは、大艦巨砲主義の時代において、砲戦時に艦長、司令官、司令長官等が内部に入って、細いスリットから外部の状況を見ながら各種の指示を出すところです。また、国や時代により多少の相違もあるでしょうが、操艦のための設備もあります。このため、日米の戦艦では、バイタルパートに準じた、あるいは同等の装甲防御がなされています。艦長等がやられては、適格な指示ができないと考えられたからです。
    一方、砲戦時の測距等は主砲や事実上無防御の艦橋に設置された測距儀等で行い、弾着観測は(多分)事実上無防御の艦橋で行い、射撃に必要な計算等は防御区画内の方位盤等で行ないます。
    しかし、考えようによっては、必ずしも必要ではありません。そこで、英国では、KGV級戦艦では廃止しています。ビスマルクとの砲戦では、POWの艦長は艦橋にいました。
    次に、回答の後部司令塔というのも変だと思います。後部艦橋の誤解あるいは誤記ではないでしょうか。但し、小生は、挙げられた本は読んでいませんが。
    さらに、巡洋戦艦は、速度のために防御を犠牲にした艦種です。従って、28センチ砲を搭載した巡戦の防御が38センチ砲に対して不充分であっても何ら不思議ではありません。

    US


  4. >3
     ビスマルクとの交戦時にリーチ艦長が艦橋にいたのは事実ですが、KGV級に司令塔はあります。もっとも、装甲厚は3-4インチで、弾片防御程度のものですが。
     あと、第1次世界大戦時のドイツ巡洋戦艦の防御が38cm砲に対するものではなかったかもしれませんが、かなりの防御力を有していたことは有名です。
     質問は、アイオワ級等の司令塔は充分な装甲を有していたが、それだけで大丈夫だったのかということでしょう。それに対して、スリットから弾片が突入した場合は塔内の全員が死亡したという実例を即時に出されてきたのは、専門家の意見として謹聴に値するものだと思っております。実際、アイオワ級でもスリットはあるのですから。
     
    hush


  5. 4> 
    (1)一部訂正させて頂きます。KGV級戦艦では、「事実上」廃止しています。
    (2)本来の質問は、第1行目に「司令塔の有効性についてお聞きします。」とあります。これは、「司令塔の『防御の』有効性についてお聞きします。」という趣旨でしょうか。
    (3)「装甲が持ちこたえたとしても能力を喪失するならいらない気もする」と記されていますが、どの様な事実、事項を念頭においてらっしゃるのかが不明確です。また、司令塔の役割をどの様に考えていらっしゃるのかも不明です。

    UK


  6. >3
     フォン・デア・タンは前後部に司令塔を持ち、前部は250mm、後部は200mmの装甲に囲まれています。
    >5
     質問に「砲弾が直撃した場合」とありますので、防御についてと考えておりましたが、質問者ではありませんので、御本人が書き込まれるのを待ちます。
     
    hush


  7. 質問のしかたが悪かったようですいません。
    お聞きしたかったのは
    1.大和型やアイオワ級は装甲で守られている司令塔を持っていますが、戦艦からの砲撃が直撃した場合、装甲が持ちこたえたとしても中の人員、機材は大丈夫だつたのか。
    2.もし装甲が耐えても中が壊滅的被害を受けるのならば「装甲で守られた司令塔」は必要ないのではないか?
    普通に指揮機能を持つだけの部屋を設ければよかったのではないか?
    この二点です。
    Mk.63 GFCS


  8. >7
     直撃を受ければ問題を生じるでしょう。
     しかし、艦橋には防御力は実質的にはありません。したがって、3で仰ってられているプリンス・オヴ・ウェールズのケースや、武蔵の被爆のケース等、直撃を受けた場合、指導部が全滅、もしくは、それに近い状態に簡単に陥ります。後者の武蔵の場合、艦長が負傷、航海長以下が死亡しており、第2艦橋で副長が操艦を継続しています。青葉や、サン・フランシスコ、アトランタでも艦橋への直撃により指揮官が死亡しています。
     これに対し、司令塔は艦橋よりも目立ちません(アイオワ級の場合は艦橋内にありますが、大和級の場合は艦橋基部にあります)し防御力もあります。したがって、一撃で機能を喪失する可能性は低くなります。これが司令塔の存在意義であると思っています。
     もっとも、3で仰っていることは歴史的には正しくて、KGV級の司令塔ではネルソン級よりかなり薄い装甲となり、真珠湾で沈められたアメリカ戦艦の改修時には巡洋艦の司令塔並に薄められています。アイオワ級の場合は改造されませんでしたが、モンタナ級が実際に建造された場合、その方向にいった可能性は高いと思っています。一方、他の国の海軍はどうだったのかは存じませんが、第2次大戦終了までに、他に司令塔の全廃もしくは軽装甲化したという話は聞きません。
     現在では砲撃される可能性は低いですが、操舵室やCICに弾片防御のケブラー程度は装備されています。
     
    hush


  9. >7.

    Q1.
    大丈夫ではありません
    >1.参照

    Q2.
    オールオアナッシングの極論に走り過ぎてると思います
    飛来するのは大口径の戦艦の主砲弾だけじゃありません
    補助艦艇含む中口径以下の砲弾や飛行機の機銃掃射もあります
    大口径弾にしたって装甲を正撃する確率はきわめて低く多くは斜撃や至近着弾の弾片を弾き返すケースとなるでしょう
    駄レス国務長官


  10. >3
     ビスマルクとの交戦時にリーチ艦長が艦橋にいたのは事実ですが、KGV級に司令塔はあります。もっとも、装甲厚は3-4インチで、弾片防御程度のものですが。
     あと、第1次世界大戦時のドイツ巡洋戦艦の防御が38cm砲に対するものではなかったかもしれませんが、かなりの防御力を有していたことは有名です。
     質問は、アイオワ級等の司令塔は充分な装甲を有していたが、それだけで大丈夫だったのかということでしょう。それに対して、スリットから弾片が突入した場合は塔内の全員が死亡したという実例を即時に出されてきたのは、専門家の意見として謹聴に値するものだと思っております。実際、アイオワ級でもスリットはあるのですから。
     
    hush


  11.  御免なさい10は間違いです。
     可能であれば、削除してください。
     
    hush


  12. 『司令塔に直撃弾があっても内部の指揮機能は保全されるか』という質問に対して、司令塔ではなく非装甲の艦橋において被害があったことを挙げるのは不適当ではないかと思われます。
    単に『直撃であれば防御されるとは言いがたい』『ただし小口径砲弾・弾片に対する防御は期待できる』だけで良いのでは、と。
    むらーびと


  13. 暇を見つけて、司令塔に大口径弾が直撃した事例を調べてみたのですが、なかなか見つかりませんね……。
    ただ、司令塔と同じように『重装甲であり』『内部に精密機械をおさめている』主砲塔への直撃弾があった場合に(裏面剥離を除けば)貫通されない限り砲撃能力を保っておりますし、司令塔の機能は保たれるのではないでしょうか。

    一方で、hush様が指摘されているように、新戦艦群の司令塔が巡洋艦程度の装甲しか持たないあたり、大口径弾への対応よりも中小口径砲弾・弾片への防御へと力点が移っていることも事実ですね。
    このあたり、用兵側・設計側の意図の変化を感じられるようにもおもいます。
    むらーびと


  14. >3

    無知識であまり裏付けもとっておりませんが・・・。
    日本海軍の場合、司令が居て艦長が居るケースが自分の知識の中では多いです。自分の頭の中では、艦長は防空指揮所やら戦闘艦橋で指揮。

    司令は司令塔の様な印象が有ります。
    暇人


  15. >13.
    >司令塔の機能は保たれるのではないでしょうか。

    司令塔に大口径弾が直撃しなくとも至近弾の破片がスリットより突入して内部の人員を死傷した例としては>1.の他にも日本海海戦における「日進」があります
    以下「三十七八年海戦史」より引用
    ― 就中午後四時過前砲塔ニ中リ炸裂セル巨弾ノ破片ノ如キハ飛ンデ司令塔ニ入リ三須第一艦隊司令官ヲ傷ツケ第一艦隊参謀海軍中佐松井健吉及ビ下士卒三名軍属一名戦死シ(後略)
    この状況では司令塔の機能は保たれるとは言いがたいでしょう
    駄レス国務長官


  16. お話を聞かせて頂いた限り、厚い装甲を施していてもやはり安全とは言い難い様ですね。
    Mk.63 GFCS


  17. だからと言って装甲が一切無用と言うハナシではありません
    駄レス国務長官


  18. 良くわかりました。
    ありがとうございました。
    Mk.63 GFCS



916 大鳳の爆沈についてお尋ねします。
多くの記述に「突然爆発した」とあるので、上層部(少なくとも小沢中将)は危険を認識していなかったことが示唆され、この意味ではこの事象は人災と言えます。

さて、どの記述を見ても前部エレベーター口を塞いだために、ガソリン蒸気が格納庫に充満して爆発に至ったとあり、定説のようになっていますが、これはどうなんでしょう。
奥宮正武氏の著作を見ると、司令部付として大鳳に乗艦していた塩山技術大佐という人が、この閉塞作業に立ち会い、それが終わって艦橋で報告したのが一四〇〇頃(ちなみに被雷が〇八一〇で爆発は一四三二)とあります。

(1)つまり閉塞作業が終わってから爆発までの時間が短く、作業をやろうがやるまいが結局爆発は起こったのではという疑問が生じます。このあたりの経過に詳しい方がいましたらご教示ください。あと、前部エレベーターが止まった位置はどこでしょう?
(2)ダメージコントロール責任者(運用長?)が不慣れだったとの記述を見たことがありますが、これの真偽のほどは?
(3)爆発の危険を認識し、進言した者はいなかったのでしょうか?
(4)実際問題格納庫の喚気を行う抜本的方法はあったのでしょうか?

以上、ご教示いただければと思います。

とおり

  1. (1)のみ
    ガソリン蒸気は比重3〜4で空気(同1)よか重いので上方に拡散せず低所に停留しますから前部エレベーター口を塞いだこと自体は無関係じゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  2. なるほど、駄レス国務長官さんは定説の中の因果関係には否定的なわけですね。

    ちなみに、ガソリンタンクの中身の投棄というのは技術的に困難だったのでしょうか。
    とおり


  3. >2.
    被雷時に亀裂を生じた軽質油タンクは水線下ですから汲み出すにしても時間が掛かりますし艦周囲の海面に広がればまた問題になるかと
    活性炭みたいなのを大量に投下して吸着させるなんてのは如何でしょうか(思いつき)

    駄レス国務長官


  4.  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%B3%B3_(%E7%A9%BA%E6%AF%8D)
     こちらは御覧になられましたでしょうか。Wikipediaですので、正しいのかどうかは存じませんが、(2)以外は大体の回答が出ています。
     なお、藤井非三四著「レアメタル」の太平洋戦争(2013年Gakken)に、大鳳の軽質油管が、物資不足のために、白銅ではなく、鋼製であった可能性を指摘している部分があります。このため、接合部が外れて艦内に燃料が漏れたという考えです。
     また、 https://www.jstage.jst.go.jp/article/ran/46/0/46_KJ00001929649/_pdf は、興味深いのでご一読をお勧めします(2は1ページ目しか見つかりませんでした)。
     
    hush


  5.  https://www.jstage.jst.go.jp/article/ran/47/0/47_KJ00001930024/_pdf
     こちらが2です。
     
    hush


  6. >3

    給油のために格納庫まで配管が来ていますよね(違います?)。そこから先で何か捨てる手段がなかったのかなと。

    >4, 5

    すみません、なんとWikiを見落としていました(引用文献の「丸」にヒントがありそうですね)。しかし「大爆発1,2」の文献は良いですね。理論的に状況が考察されており、ガソリン漏出とか混合気爆発のイメージが具体的になりました。多謝です。

    ちなみに火気厳禁などの話はあちこちにありますね。そんな状態で戦闘できるはずもないですが、なぜ艦長が一時避退の判断をできなかったのかが疑問です(実態を把握していなかった?or把握していたが、爆発しないと思っていた?or手遅れと思って放置した?)。


    とおり


  7. >6
    >そんな状態で戦闘できるはずもない
     なぜ、そう思われるのですか。爆発の瞬間、艦は着艦を行っています。
    >なぜ艦長が一時避退の判断をできなかったのか
     船体放棄という意味でしょうか。艦は、事態に対応しようとしているのに、放棄しようという艦長がいたら、そちらのほうが問題でしょう。
     
    hush


  8. >6.
    >給油のために格納庫まで配管が来ていますよね(違います?)。そこから先で何か捨てる手段がなかったのかなと。

    引火物を広範囲に撒き散らさず可及的速やかに局所に閉じ込めるべしというのが>3.の主旨です
    駄レス国務長官


  9. >7

    爆発の原因はご紹介いただいた文献2(あるいは巷の定説)によるとガソリンと空気の混合気になんらかの火花etcの着火とありますね。多分着火の元は永久に分からないかと思いますが、文献2にある機体の着艦(前部エレベーター付近での排気炎かブレーキの摩擦etc)だったと仮定しますと、この時は敵機が来ていないので、着艦自体は通常の飛行作業とあまり変わらない状態と思われます。しかし、それが原因で爆発が起こったとすると、これは艦自体が戦闘どころか、通常の作業にも耐えない状態になっていたと結論できます。
    (ちなみに戦闘とは敵の攻撃を受けている状態をイメージしております。おそらく塞いだ前部エレベーター部に銃撃を受けただけでも爆発したのではないでしょうか。つまり、戦闘時には非戦闘時よりも爆発の機会がはるかに多くなることが容易に推察されます)

    では、着火の原因が艦内の火花だったとします。これはさらに性質が悪く、交戦とは関わりなく、通常に、当たり前に艦内で起こっている事象の範囲内で着火・爆発が起こったことになります。従って、この場合も、戦闘どころか通常の作業にも耐えない状態だったということが分かります。
    つまり、結論としては、一四三二の時点では、如何なる手段を取っても手遅れだったということです(奇跡的な幸運が無いかぎり)。

    では、被雷した〇八一〇直後にすでに手遅れになっていたのでしょうか。百パーセントとは言えませんが、よほどヘマをしない限り、爆発の危険は無かったと考えられます。その後も艦内では第二次攻撃の準備をしており、着艦した飛行機もたしかあったと思います(つまり火花も結構出ていたと思われますが、爆発しなかった)。

    従って、手遅れでない状態(〇八一〇)から、手遅れ(一四三二)に至るまで、どこかに分水嶺となるべき時期があったと考えられます。爆発するかどうかは多分に運の要素も絡むと思われますが、その分水嶺時期以前に戦場から避退し、修理に専念していれば、艦の喪失は防げた可能性があるというのが私の結論です。
    もちろん、分水嶺がいつなのかは誰にも分からないでしょうが、少なくとも戦場から避退しなかったゆえに最善の対策は取れていなかったと思います。

    ちなみに、常識的に考えれば、ガソリン漏出個所は前部エレベーター下方付近ですから、混合ガスを格納庫に充満させないためには、後方(たとえば後部エレベーター)から前方に流れる気流を作るべきだったと考えております。多分当時もこれを考えた人はたくさんいたと思われますが、戦場にいては、そんなこと(最低限、艦尾を風上に向ける)ができるはずもなかったということでしょう。

    「文献2」にあるガソリン気化をかなり防げる手段(泡沫消火剤)に当時の人が思いいたらなかったのが残念です。



    とおり


  10.  攻撃する相手を見つけ、搭載機を発艦させ、収容し終わるまでを戦闘と考えておりました。したがって、用語の解釈の違いなのだろうと思いますが、戦闘時でなく、作戦時とすべきでした。失礼しました。
     大鳳の格納庫側面は爆発事故が起きた場合に吹き飛ぶように開口部を鉄板で覆っています。実際、乗員は側壁を破壊していますが、これは、前期の開口部の蓋を外したという意味だろうと思います。さらに、換気装置を最大にしております。また、泡沫消火装置は1921年に日本でも発売されており(これがフォーマイトFormiteという会社のものだったので、泡沫と名付けられたとか)、 http://www.shippai.org/fkd/cf/CB0011023.html によれば、大鳳は泡沫消火装置を採用しています。
     したがって、当時としては考え得る限りの対策を立てており、指導部としては、魚雷1本程度ではこの艦は沈まないと信じていたのだろうと思っています。つまり、実態は把握していたが、作戦行動を停止するほどの状況下になかったということなのでしょう。
     
    hush


  11. >10

    >つまり、実態は把握していたが、作戦行動を停止するほどの状況下になかったということなのでしょう。

    多分、指導部は爆発するとは思っていなかったのでしょう。


    ちなみに泡沫云々は、「大鳳の大爆発1」p64、「2」でも言及があります。
    とおり


  12. >11
    >言及があります
     はい、ありますが、大鳳には装備されていなかったような書き方ですので。
     
    hush


  13. >12

    ご指摘感謝いたします。
    とおり


  14. 前後部エレベーターを両方下げられれば格納庫内の通風をはかれた、ということなのかもしれませんが、そもそも前部エレベーターが上から1mくらいで停まって動かなくなっているのですから、その後にその1mを埋めて上を飛行機が通れるようにした措置とは無関係に「駄目」だったのじゃないかと思います。

    上記見解にたつならばあまり意味のある論議でもないことだとは思いますが、「閉塞作業」というよりは「地ならし」であるわけですから、一四〇〇になって突然塞がったわけでもないのではないかと思います。


  15. >14

    ご指摘ありがとうございます。私もそのようなイメージを抱いています。
    前部エレベーターの止まった位置が飛行甲板艦下1m程度ということなので、甲板の厚さや天井の鉄骨等を考えれば、塞いでなくても通風孔たりえる隙間はもっと狭かったかなと想像しています。

    あとは、格納庫内にある、防火鎧戸なるものの隙間を塞いで、混合気を前方の空間に限局できなかったのかとか、逆に全部開放して、後部エレベーターから、格納庫内を吹き抜ける気流を作れなかったのかとか、いろいろ疑問が生じるわけです。
    (このあたりは、塩山大佐の著作もあるようなので、ある程度情報が得られるかなと考えています)



    とおり



915 以前、あとから追加してしまった物を改めてここに追加します。
昭和11年制定され大和型戦艦等に適用されたという檣楼施設標準の詳細な内容はどういう物だったのでしょうか?
また、それ以前はどうなっていたのでしょうか?
Mk.63 GFCS

誰か答えて下さい。

914  艦船の旋回性能について質問です。

 漠然とした質問で大変恐縮ですが、蒸気機関普及後の艦船に求められる旋回性能(用兵側の要求と実際の性能とそれに対する用兵側の評価)は歴史的にどのように推移しているのでしょうか?

 魚雷登場前は衝角戦術に対応することを求められ、魚雷登場後は魚雷を回避する事が念頭に置かれたのではなかろうかと思うのですが、だとしたら潜水艦以外からの水上艦にたいする雷撃の可能性が無くなった現代は何を基準に旋回性能を求めてるのかわかりません。また、爆撃や雷撃を回避する上で個々の艦の旋回性能について、用兵者たちが満足していたのか不満だったのか・・・目立った問題を抱えていた一部の艦についてしかわかりません。
 機関の性能と速度に関する資料は割と見つけられるんですが、旋回性能に関する資料はなかなか見つけられず困っています。
おうる

  1.  現代の水上艦艇に対する主たる脅威は、機雷を除けば、対艦ミサイルと魚雷、それに空爆であり、回避よりも、いかに探知し迎撃するかに重点がおかれると思います。したがって、速度や旋回性能は以前よりも重視されないはずです。
     超低空から飛来する対艦ミサイルや航空機、ステルス機、潜水艦からの脅威に対応するのに、旋回性能がよいということは重要かもしれません。しかし、直前まで探知できなかった場合、より重要なのは近接対空火器や欺瞞装置の即応能力ではないでしょうか。
     高速が有利とされた時代の細長い船型は、現代では必要とされていませんし、可変ピッチ・プロペラの採用により、旋回能力は随分と改善されているはずです。しかし、旋回性能がよければ回避できるかというと、それは二義的なものになろうかと思います。
     したがって、現代の艦艇に求められる旋回性能は、一般船舶と同じく、衝突回避が基準になろうかと愚考しております。
     もちろん、浅海域や機雷の敷設される海域での行動が求められる場合は別問題となりますが、それは質問のご趣旨に沿うものではないと思います。
     また、用兵者が満足していたかどうかというのは、対艦ミサイル、特にシー・スキマーの脅威が重視される以前の話でしょうが、艦種によって、艦によって異なると思います。つまり、巡洋艦や駆逐艦のような艦艇の場合は高速力発揮との兼ね合いになるでしょうが、松級のような駆逐艦の場合はどうかと考えていくと、あまりに広範となり、資料も持ち合わせておりませんので、お許しください。
     
    hush


  2. 対艦ミサイルがホップアップ機動を取る理由の一つに『レーダー反射面積を増大させるため』とあることを考えると、現代艦艇であっても回避運動を行うこと(そのために旋回性能を求めること)は有り得るのではないでしょうか
    むらーびと


  3. >2
     SSM-1B(90式艦対艦誘導弾)の場合、飛翔速度は1150km/h、秒速に直すと319m/sです。そして、目標の約30kmでレーダーの探知可能位置に到達します。そこから、ポップ・アップする場合、通常のシー・スキマーは目標の10km手前で行います。したがって、仮に30km手前で探知した場合1分30秒の、10km手前での探知の場合は30秒の余裕があります。
     その30秒から1分30秒で急速回避をしてレーダー反射面積を最小にするとします。しかし、回避行動は人の命令で行うものですから、タイム・ラグが生じます。また、船は自動車のようにすぐに舵は効きませんし、相手はレーダーで追尾してきます。しかも、30ノットで航行していたとしても、56km/h、秒速16m/sの移動速度でしかないのです。
     このこと考えると、探知面積を極小化するより、自動化されたCIWSで迎撃したり、チャフやフレア、ECM等で無効化するほうが有効なのです。
     実際、SSMがポップ・アップPop-upした時に迎撃されて撃墜される率が高くなってきており、このため、初期のものは別として、現代の対艦ミサイルはポップ・アップしないのが通常になっていますが、これは回避能力の向上に由来するものではないのです。
     したがって、対艦ミサイルのために旋回性能を向上させるというのは、ないよりはましという程度のものであり、二義的なものということになるのです。
     
    hush


  4. 実際、アーレイ・バーク級や本邦のDD・DDGの旋回性能は(全長や排水量を考慮すれば)相当にコンパクトなものです
    あれが『衝突回避のため』のみであるとは、到底思えませんが……

    前後方向に長さのある艦艇の場合、正横を向けているよりは正対した方がレーダー反射面積(あるいは被弾面積)は各段に減少することは想像に難くないことと思いますが、いかがでしょうか


    むらーびと


  5. >4
     「衝突回避のためのみ」と書いた記憶はないのですが…。私が書いているのは、「現代の艦艇に求められる旋回性能は(中略)衝突回避が基準」であり、「対艦ミサイルのために旋回性能を向上させるというのは(中略)二義的」であるということです。したがって、対艦ミサイルに対する防御としては、「探知面積を極小化するより」、「近接対空火器や欺瞞装置の即応能力」のほうが重要であるというのが主旨です。ただ、そのように読まれてしまったのは、私の文章能力の問題でしょうし、煽るような書き方になった部分は反省すべきかなと思っています。
     それはともかくとして、現代の艦艇が旋回能力を向上させたのは、1で申しました「高速が有利とされた時代の細長い船型」が採用されず、安定したプラットフォームと搭載兵装の合理的な配置のために全長が短縮された結果であろうと思っております。
     
    hush


  6. 対艦ミサイルには止まっているも同然の水上艦ですが、魚雷 (現代なら当然誘導タイプ) には旋回性能を高めるとこで、回避ないしは被害を局限する可能性が高まるのではないでしょうか。
    DDかず


  7. >6
     ですから、1で「潜水艦からの脅威に対応するのに、旋回性能がよいということは重要かもしれません」と書いておりますが。
     
    hush


  8. >7
    その戦術的意図で高い旋回性能を得ているのではないのでしょうか。一般船舶基準や全長短縮による結果ではなく。
    DDかず


  9. >6
     あっ、御免なさい。
     7ゆえに衝突回避が基準ではないということですね。
     そういう意味では、ガスタービン、電気推進といった、急速に全力発揮できるとか、可変ピッチ・プロペラの採用というのは、攻撃回避という努力の現われなのでしょう。
     ただ、仰られるように誘導魚雷で攻撃された場合、旋回回避って、どこまで有効なのかと思っております。また、最近の魚雷は非常に高速なものも現れていて、多分、非誘導型だと主もいますが、200ノットに達するものも現れています。
     したがって、回避よりも、デコイのようなもののほうが有効であり、それより前に、ステルス化のように、見つからないようにすることのほうが肝要であろうとは思っています。
     
    hush


  10. >8
     一般船舶基準で考えると、明らかに現代の軍艦は高機動です。
     これは比較対照物があまり違いすぎますが、VLCC(30万総トン級の超大型石油タンカー)だと、直角に曲がるのに10-15分、最小旋回半径は900mで、一周するのに30分、満載状態では、全力から静止まで3-4kmもかかってしまうわけですから(8kmという資料もあります)。
     したがって、「衝突回避が基準」というのは極論です。撤回します。
     御指摘感謝申し上げます。
     
    hush



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