ちょっと気になると夜も眠れない。

艦船関係
Ans.Q

どうでも良いことなのに…、誰か助けて!


・ あなたが疑問を持っているなら、ここで記入してください。
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*ここは新規質問投稿欄です。質問への回答ではありません。
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941 赤城の一般配置図(?)において飛行甲板長を基準として1ピクセルの面積を求め、選択範囲内の総ピクセル数から格納庫面積を概算してみましたところ以下のようになりました。
https://i.imgur.com/j5Km3fT.jpg
しかしながら歴史群像シリーズの「決定版 日本の航空母艦」では“改装後の「赤城」は約8640u、「加賀」は約1万60u(いずれも艦上部の常用機用格納庫〔2層〕の面積で補用機用の3層目は含まず)”と書かれています。
(引用した平面図の正確性もわからないところではありますが)自分が計算した値とあまりに差があったので、この赤城及び加賀の格納庫面積を約8640u及び約1万60uとする元となった1次資料は何でしょうか?
POIUYT

  1. https://i.imgur.com/boiYZw0.jpg
    すみません画像消えてました。
    POIUYT


  2. まずは著者の方がお答えになるのが宜しいんじゃないでしょうか
    駄レス国務長官



940 まだ使えるにも関わらず敵に鹵獲されるのを防ぐために自沈した軍艦の最も古い例は何でしょうか?
おうる

  1.  日本神話では国譲りの際に事代主神が船を傾けてとありますが…。
     それはともかくとして、英語版Wikipediaで自沈Scuttlingを調べると、イギリスの四等帆走フリゲート、サファイアがニューファンドランド東部のベイ・ブルズでフランス艦艇に封鎖され、捕獲を免れるために1696年9月11日に自沈しています。
     このあたりが、歴史に残る軍艦の確実な自沈例としては最も古いとは思いますが、他にもあるかもしれません。
     
    hush


  2. 回答ありがとうございます。参考になりました。
    おうる


  3.  木造艦艇をどうやって自沈させたのかと思って調べましたら、サファイアの乗員は2時間に上る勇戦の末に自ら火を放ったようです。
     https://nlarchaeology.wordpress.com/2012/05/18/he-sank-his-own-ship/
     したがいまして、キングストン弁を開いてというのを自沈と称するのなら、これは該当しないことになります。
     もっとも、キングストン弁が使われるようになったのは20世紀になってからですので、案外、日露戦争で自沈した艦艇あたりが嚆矢かもしれません。ただ、建造時期から考えて、これらの艦艇にキングストン弁が装備されていたかどうかは不明ですので、確実なのは第1次世界大戦となります。つまり、仮装巡洋艦カイザー・ヴィルヘルム・デア・グロッセとか、巡洋艦ドレスデンあたりです。
     以上、蛇足ですが。
     
    hush


  4.  「1904、5年露日海戦史」を見ますとアドミラル・ナフモフは「急に金氏弇を開きたり」とありました。
     
    hush


  5.  金氏弇の文字化けした字は合の下に升のノのないもので、ヴァルヴの意味です。
     
    hush


  6. >3.
    金氏弁はがんらい缶水(ごく初期)and/or冷却水を船底より取り入れるのが主目的でこれを船内に対して開放すれば浸水→自沈にも使えるってハナシですからモノ自体は蒸気推進初期から存在したんじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  7. >6
     いつもお世話になっております。
     実は、日露戦争時はアメリカでキングストン社が設立される以前なので、なぜ、存在しないであろう金氏弁を開くことができたのか不思議に思っていたのです。
    御教示により、これは、キングストン以前の冷却用海水注入弁を、ロシア海軍か、和訳した側が、一般的な呼称である「金氏」としたということが分かりました。
     御教示、厚く御礼申し上げます。
     しかし、缶水が海水だった時代もあるのですね。調べてみると、そのために塩害に強い銅製(木製もあったとか!)ボイラーが使われていたり、頻繁に塩落としをやっていたようで、これはこれで興味深いものがありました。
     それはともかくとして、であるのなら、もう少し時代が遡って、クリミア戦争時のセヴァストポリ攻防戦時に自沈したロシア艦艇の中に汽走フリゲートがおりますので、このあたりが嚆矢かもしれません。
     
    hush



939 新しい艦種である哨戒艦の新情報が待ち遠しくてウズウズしております。
今のところ公式に出ている話としては、
1000t級
乗員30名
とのことですが、海上自衛隊が「1000t級」と言う時は、
1: 1000t前後
2: 〜1100t
3: 〜1999t
のいずれを指すものでしょう?
satoski

  1. 2は違いましたね。
    ×:〜1100t
    ○:〜1099t
    satoski


  2.  海上自衛隊のきり型護衛艦は3400t型護衛艦と呼ばれていましたが、5番艦から基準排水量で50t増えたので、3500t型に変更されています。このことから考えると、下二桁を四捨五入するというのが海上自衛隊の慣例ではないでしょうか。
     もっとも、艦型も決まっていない状態ですので、本当に1000t級なのかどうかは、3900t型FFMの選定前の観測ではもっと小さかったことを考えあわせると分かりませんが。
     
    hush



938 艦艇の排気についてです。

煙突と舷側(艦尾)排気と、おおきく二種類あるかと思いますが、数としては煙突の方が圧倒的に多いように思います。

舷側排気は重心を下げたり、煙路を短く出来たりと、とくに小型艦艇ではメリットは大きいと思うのですが、何故あまり流行らないのでしょうか?
satoski

  1. すいません、「舷側(艦尾)排気」というのは「艦尾排気も含む」の意味です。舷側=艦尾、という意味ではありません。
    satoski


  2. 排気口は大きな開口部なので低い所に有ると荒天時や傾斜時に船体内部に大量に浸水し易いからじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  3.  舷側排気はいくつかの問題点があります。舷側が汚れやすい、煙路が短すぎて排気効率が下がる場合がある、そして、舷側に開口部があるので、浸水時に不利であるという点です。また、艦艇の場合、攻撃を受けた際に弱点になる可能性もあります。
     特に、海上保安庁のはてるま級巡視船の場合、開口部が甲板に近いので、煙が上がってきて不評だと聞いております。しかも、船体塗色が白ですので、一航海ごとに舷側を洗う必要が生じるようです。次級から煙突配置に戻したのも、仕方がないことかもしれません。
     もちろん、仰られるような利点もあるので、搭載する機関との兼ね合いもありますが、弱点を克服するような設計をすればよいのでしょうが。
     
    hush


  4. 舷側排気は排気ガスが海水と混じり環境汚染になるのがデメリットです。
    マルヤ


  5. 後方ではなく舷側排気の場合、排煙が側面に排出されることになりますが、桟橋が足りずにいわゆるメザシ係留を行うともろに僚艦に排煙を向けることになります。
    救助や立ち入りなどのために接舷の機会が多い巡視船でも相手に高温の排煙を振りまくのは不味いでしょう。
    後任伍長


  6. 皆様書き込みありがとうございました。
    ご教示頂いたデメリットの中にはこれまで意識していなかった観点もあり、大変勉強になります。
    これらデメリットの回避を考えると、新たな解決策を用意するより、枯れた技術である煙突で無難・確実に対応することを選ぶのがよく理解できました。
    satoski



937 練習戦艦「比叡」は昭和11年度の海軍特別大演習時、羅針艦橋、一番砲塔、後部煙突を白く塗装しております。
これは大演習の統監艦を示すものだと聞きますが、他に類似の塗装をした艦を存じません。

統監艦の塗装規定及び、他統監艦での塗装事例の写真などございましたらご教示頂けませんでしょうか。
(戦艦「比叡」の統監艦塗装時の写真でも結構です。)
よろしくお願いいたします。
Ranchan

  1. 全くの素人ですが白塗装はあくまでも御召艦ではないでしょうか。
    昭和11年は統監艦イコール御召艦で、他の年もイコールであったときがあったかもしれません。
    AB



936  日本海海戦で降伏したネボガトフ提督は軍事裁判にかけられ、有罪を宣告されています。
 『坂の上の雲』によると、裁判では「なぜ自沈しなかったのか?」が争点となり、ネボガトフ(及び司馬遼太郎)は不可能だったと主張しています。
 さて、質問させていただきます。
 海戦において、敵に軍艦を引き渡すのを防ぐため自沈するのは難しいのでしょうか?
 また、実際に海戦中に自沈した例はあるのでしょうか?

PIAT

  1.  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%B5%B7%E6%B5%B7%E6%88%A6
     実際に自沈している艦があります。
     
    hush


  2.  ゴミ取り権助が自沈したのを忘れていました。
     
     海戦中の自沈は不可能ではないのに、ネボガトフが降伏を決意した理由がわかりません。
     降伏には部下の命を救うという大義名分がありますが、損害が大きくても戦い続けるのがロシア軍の伝統だと思います。

     ナボガトフは単に怖気づいたのでしょうか?
    PIAT


  3. >2.
    危なくなると勝手に戦線離脱して中立国の港に遁入し終戦まで抑留されたフネが露海軍には多いですけど
    駄レス国務長官


  4.  中立国に逃げ込む行為は敵に艦を奪われないので、降伏よりもマシな行為だと思っていましたが、早い話が戦場から逃げたわけですね。
     ロジェストヴェンスキー司令官は「ウラジオストックへ行け」と命令していましたが、中立国で抑留された艦長は処分をうけたのでしょうか?

    PIAT


  5. >2
     自沈したのはドミトリー・ドンスコイだけではありません。
    >4
     裁判で有罪になったのは、ネボガドフとコロン参謀長の2人だけと「坂の上の雲」に書いてあったと思うのですが、同書を見つけられませんので、確認が取れていません。
     それはともかくとして、マニラで抑留された防護巡洋艦オレーグ、アウローラ、ジェムチュクの各艦長は処分を受けておりません。また、第1巡洋艦戦隊を率いていたエンクィスト少将も同様で1907年に中将で退役し12年に死亡しています。
     なお、ロシアの公刊戦史「1904、5年露日海戦史」には「(エンクィスト)少将の比行為は何等犯罪的ならず(原文片仮名)」と書かれてあり、同戦隊のマニラ回航を肯定しています。オレーグ艦長が乗員の反対を押し切って上海回航を決めたのに対して、アウローラから移乗してきた少将は、24時間の在泊しか認められない同地より、マニラのほうがいいと指示しています。ともに、損傷した状態で日本艦隊と対するより、修繕の後に浦塩に向かおうとしたという釈明が認められたということでしょう。したがって、アメリカの官憲により抑留されたというのは慮外のことと考えられたのでしょう。
     これに対し、ネボガドフの降伏については「五千の生霊を救はんが為」と称しているが、「比際我艦隊の名誉の為に碧血を流すも決して無益にはあらざるなり」に始まって数行を費やした後に「臆病」と断定しています。
     もっとも、ジェムチュクはともかくとして、オレーグとアウローラは高速の防護巡洋艦であり、修繕されて通商破壊戦に使われたらかなり厄介なものです。したがって、「逃亡」は事実だとしてもそれなりの意味があります。
     しかし、ネボガドフの与えられた艦艇は老朽艦ばかりです。これらが艦隊に加えられたのはニコライ2世の意向だったようですが、足手まといにしかならないものです。それでも、インペラートル・ニコライ1世は、浅間、出雲等に損傷を与えておりますが、包囲した日本艦隊と交戦できるようなものではありません。したがって、交戦は犬死でしかないのです。しかも、そのような艦艇でというのは、皇帝の判断が間違っていたというのと同義ですから、自らの責任で降伏を選んだネボガドフは、なかなか人間味のある人物だったようにも思います。
     
    hush


  6.  先ほど確認したところでは、「坂の上の雲」には軍事裁判のことは書いてありませんでした。大変失礼致しました。
     
    hush



935 大和型の対空火器等についての疑問です。
大和型戦艦は改装で対空火器や高射指揮装置、機銃管制装置を増備しますが、あの配置は理に敵ったものなのでしょうか?
もしそうでないとすれば、どう配置するのが理にかなっているのでしょうか?
Mk.63 GFCS

  1. 主砲副砲の射界(旋回限度)を避けて最大数を配置しようとすればおのずから艦の中央部に密集することになるでしょう
    特に大和型は上構が比較的コンパクトに出来てるのでなおさらでしょうね
    駄レス国務長官


  2. 中央部に集中配置するのは分かります。
    気になってるのは各高角砲、機銃、高射機、機銃管制装置が効率良く敵機に対し射撃出来る配置になっているのか、です。
    Mk.63 GFCS


  3. 仰るところの「効率」の定義は何でしょうか?
    駄レス国務長官


  4. 機銃を除く各装置は、ただ設置するだけでは機能を発揮できません。高角砲を挙げるならば、砲塔等を旋回させる動力や動力線(電線や信号戦等)の設置、弾丸等の保管場所、その高角砲への供給機構等から種々の制約があります。従って、雷撃機に対して最も効率がよいであろう艦の前方に配置したりすることは困難です。
    UK


  5. 素人丸出しの言葉になりますが、より早く、より多くの敵機を撃墜する事、でしょうか。
    Mk.63 GFCS


  6. >5.
    それは配置だけの問題でしょうか?
    駄レス国務長官


  7. 配置だけに関して申せば高角砲は上構中央に上下2段に千鳥に機銃は前後艦橋周囲と上甲板に指揮所は比較的高所の視界の広い所といった具合に配されてますので後付けの割には良く考えられた配置ではなかったかと思いますけど

    駄レス国務長官


  8. 勿論、配置だけで決まるものではないと分かってます。
    今、気になるのが配置という観点から見た場合についてなだけです。
    Mk.63 GFCS


  9. >8.
    であれば個々の射界の広さとか隣接火器との干渉の少なさとか海面からの高さ(波しぶきが掛からない)とか煙突との位置関係(煤煙や熱気が掛からない)とか指揮所との位置関係(離れ過ぎない)とか被害局限(爆弾・砲弾1発で多数が沈黙しない)とかの視点で吟味すりゃ好いんじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  10. 自分で考えた事も一応ありますが、素人が考える事より専門家が考える事の遥かにレベルが高いのは道理です。
    そして、ここでなら「当時の専門家は……と考えていた」、「今の専門家は……と考えている」等の情報を誰かが知っているかもしれないと思いました。
    それ以外に、純粋に他人の意見も聞けますしね。
    Mk.63 GFCS


  11. であればご自身の考えを紹介した上で他人の意見を仰ぐほうが宜しいんじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  12. 質問サイトで質問をするのに何故自分の意見を繰り出す必要があるのでしょうか?
    私が望んでいるのは自分の考えが正しいのかどうかではなく、あくまで実際の専門家はどう考えているのか、他の人はどう考えているのかを知ることなのですが?
    Mk.63 GFCS


  13. 当時の専門家が現代の素人より遥かにレベル高ければ史実配置がとうぜん理にも叶ってるわけでしょう?
    後世の専門家は発射速度とか旋回速度とか給弾経路とか過度の集中配置とかイロイロ指摘するでしょうけど当時の機材で実現できなければ無意味ですよね?
    駄レス国務長官


  14. で他人の意見(1,4,7,9)を聞いた結果にご不満であれば桜と錨氏とか現代の専門家にお訊ねになれば宜しいかと
    駄レス国務長官


  15. 色んな兵器について当時運用した人や技術者が書籍等で「こうすべきだった」という意見をいくつも残しているということはより理にかなった、より理想的な物があったということです。当然、大和型の対空砲配置についても「より理想的な配置があったという可能性は0ではない」と私は考えてます。
    Mk.63 GFCS


  16. そしてその「より理にかなった配置」がもし本当にあるのらばそれがどういうもので、どういう理由から来、何故出来なかった(もしくはしなかった)のかが知りたいのです。
    Mk.63 GFCS


  17. 桜と錨先生にもお尋ねしたいですが、既に何度も質問をして迷惑をかけておりますし、先生のサイトやブログは質問サイトではないので先に質問サイトであるこちらに質問として投稿しました。
    Mk.63 GFCS


  18. とことん追求して結果を公にされるよう期待します
    駄レス国務長官



934 4連装砲搭の戦艦を設計した国はフランス、イギリス、アメリカなどがありますが、
他の国ではこのような戦艦は設計されなかったのでしょうか?
ナマケモノ

  1. 設計初期段階で良ければ日本海軍でも八八艦隊掉尾6艦で4連装砲塔が計画されてますけど
    駄レス国務長官


  2. 八八艦隊ということは41cm4連装砲搭ですか、
    フランスの38cm4連装砲搭の重量が2500tですから、普通に考えればそれよりも重くなるわけで、
    大和型の46cm3連装砲搭の重量の2800tに迫るかそれ以上になってしまいそうなんですが、
    当時の日本の技術力でそんな砲塔が作れるのでしょうか?
    ナマケモノ


  3. >2.
    詳しくはコチラ ↓ で検索願います
    http://gazo.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/hiraga2/items/browse
    駄レス国務長官


  4. 平賀譲デジタルアーカイブによると弾薬や水力機など諸々を含めた砲塔重量でも2780tなので、
    少なくとも46cm3連装砲搭よりは軽いということですね。
    ナマケモノ


  5. 旋回部重量だと
    ・45口径41cm連装 825トン
    ・同  三連装 1,110トン   
    ・同  四連装 1,380トン
    ですが前述のように計画初期段階なので実際には2〜3割増えるでしょう
    ちなみに実艦では
    ・45口径41cm連装   892トン(長門・陸奥 原型)
    ・同        1,020トン(長門・陸奥 改装)← 加賀・土佐用を一部改造
    ・45口径16in三連装 1,450トン(ネルソン、ロドニー)
    ・45口径46cm三連装 2,265トン(大和・武蔵)
    駄レス国務長官



933  木造帆船のビーチングについて質問です。

 木造帆船が全盛だった頃、長期航海の際は浅瀬や砂浜に船体をまるごと乗り上げさせて船底を掃除していますが、その乗り上げる際(および離岸する際)の具体的な手順や注意点、よくあった事故例等について教えてください。それらを詳しく知れる資料の紹介でも構いません。
おうる

  1. かなり以前、30年前ぐらいになるかもしれません。ハヤカワ文庫のキャプテンホーンブロワーのシリーズの一冊を読んだところ、(シリーズで読んだのはその一冊だけ)おうる様の書かれたように海岸に乗り上げた船体を傾斜させて船底の掃除をする場面がありました。当時、読めもしない洋書に手を出して辞書を横に置いて帆走軍艦の構造や戦闘について書かれたものを読んでいたこともありますが、戦史や構造・建造について書かれたものはあっても、船としての実際の運用について書かれたものは無かったように思います。日本人が書いたものや翻訳されたものも同様だと思います。学生の時に出入りしていた洋書屋さんが陸戦・海戦とも中世からナポレオン戦争にかけて詳しい人で、いろいろ教えてもらいましたし、その手の洋書の多いところでしたが、ほんとに詳しいものは洋書でも新しい本という印象はありませんでした。キャプテンホーンブロワーには無風の時にボートを降ろして漕いでロープで船を引っ張る場面もあったように思います。小説ではありますが、よく読めば木造帆船・帆走軍艦の実態を知ることができるのではないかと思います。私の語学力と財布の事情でおうる様のお役に立てそうもありませんが、ご参考までに。

    ごんたった


  2. ホーンブロワーのシリーズと書き込みましたが、ハヤカワ文庫でも別の海洋冒険もののシリーズだったような気がしてきました。
    ごんたった



932  その昔、福井氏の著作で海防艦、五百島、八十島を知りました。元の寧海の高角砲6門の配置に心躍らせました。
 質問は、あれだけ素敵な武装の両艦が、あんなチープな武装で海防艦になったかということです。
 高速だし艦体も大きいのに納得できません。時期からして高角砲も足りなかったのでしょうか。
4式射撃装置

  1.  この2隻については、回航後放置されていたように、日本側も持て余していたようです。武装が立派過ぎて復原性が悪く、外洋を航行するのを躊躇うような船だったからです。
     したがって、再就役に当たっては、海防艦兼航空基地移動用輸送艦として、上部構造を一新するとともに、武装を思い切り減らし、マストも単檣にしております。高角砲があれだけだったのは、そういう理由です。もちろん、45口径3年式12cm高角砲は、(大正)3年式ということからも分かるように旧式な砲ですが、2000門以上も生産されていますので、不足していたからというのは考えにくいです。
     ただ、この砲の発射速度は毎分10発程度ですので、濃厚な弾幕を張るには25mm機銃のほうが有効であったと考えられたのではないかと考えております。
     
    hush


  2.  hush様、回答ありがとうございました。よくわかりました、納得です。持て余しものだったのですね。
     また訊いて申し訳ないのですが、高射装置は何を使ってるのでしょう。4式ですか。
     それと、旧装備の8cm高角砲6門については砲側照準なんでしょうか。
    4式射撃装置


  3. >2
     せっかくですが、その手の知識は持ち得ておりません。むしろ、そのようなハンドル・ネームをお持ちなぐらいですから、そちら様のほうがよくご存じかと思います。
     
    hush


  4. ありがとうございました。先の戦時中に正統な高射装置に限らず、対空戦闘に苦闘、奮戦した機器をもっと知りたいと思います。
    4式射撃装置



931 ドイツのポケット戦艦についてお伺いいたします。

2番艦「アドミラル・シェーア」と3番艦「アドミラル・グラーフ・シュペー」は塔型艦橋を採用していますが、WW2時のドイツ大型艦で塔型艦橋を採用したものはこの2艦しかありません。
しかも「アドミラル・シェーア」は戦時中にも関わらず艦橋を丸ごと取り替えるという荒療治をしてまで塔型艦橋を撤去しています。
「『アドミラル・グラーフ・シュペー』の戦没を受け、残された『リュッツオウ』との識別を困難にするため」と聞いたこともありますが、それだけの理由であれほどの大工事をするものか?とも思います。

彼女達の塔型艦橋はそれほどの失敗作だったのでしょうか?
宜しくお願いいたします。
Ranchan

  1.  http://www.warbirds.jp/ansq/21/B2001810.html
     こちらによると、重量が課題で復元性に問題があったようですね。
     
    hush


  2.  課題>過大
     
    hush


  3. ご回答有り難うございます。
    過去ログは毎回検索しているのですが、見落としていました。
    「アドミラル・グラーフ・シュペー」も艦橋を改装する予定だったとは。

    でも船体から見て、そんなに巨大な塔型艦橋でしょうか?
    実は艦橋が重すぎるというより、ポケ戦の船体の復元性が不良だったのでは・・・という気も致します。
    Ranchan


  4.  艦橋が巨大かどうかは主観によりますので、私には分かりません。もっとも、前方からはかなりの面積があるように見えますが、奥行きはないので仰られることは分かります。ただ、戦前に是正せよという勧告が出ているぐらいですから、重量が過大であったというのは間違いないでしょう。そして、改装後の姿を見ると、覆いを取り外しただけのような感じですので(もっとも、Wikipediaには”The heavy command tower was replaced with a lighter structure”と書いてありますので、交換したのでしょうが)、あまり変化はないようにも思います。
     http://www.kbismarck.com/scheer.gif
     ただ、この艦橋は軽合金を多用して重量軽減に努めてはおります。そして、このことが開戦後であるにも関わらず、5ヶ月間もかけて大きな改装を施した理由かも知れません。
     この軽合金が何を指すのかは不明ですが、アルミニウム合金の可能性が高いと思っています。そして、この金属の融点は、鉄よりかなり低く、ガス焜炉ででも、薬缶を空焚きすると穴が開きます。
     したがって、ラ・プラタ沖海戦で何らかの問題が生じていたとしたら、換装の理由にはなると思います。もっとも、このことが問題視されるのは50年も後のフォークランド紛争ですから、あくまでも仮定の話です。
     違っていたとしても、アルミニウムは重要な軍事物資ですから、貴重な資源だったとは思います。もちろん、当時の技術では二次利用でどれだけの品質が保たれたかは分かりませんが、電解しなくてもよいということを考えただけでも、エネルギーの節約にはなるでしょう。
     
    hush



930 竣工時の高雄型(鳥海は戦没時まで)には水偵格納庫がありましたが、この格納庫にシャッターは付いていたのでしょうか?
GUY

  1.  同級に格納庫が設置されたのは爆風除けだと理解しておりますので、扉は設置されていたはずです。ただ、それがシャッターかどうかは、分かりませんでした。
     一応、シャッターは明治時代からあり1903年からは国産も始めていますし、アメリカやフランスの艦艇で採用されています。また、大淀のそれもシャッターのようです。
     ただ、大和の場合は扉だったようですので、これで決定とはいかないと思います。
     あまり役に立たない回答ですが…。
     
    hush


  2. ありがとうございます。
    同時期のニューオリンズ級重巡にはシャッターが付いていて、模型でも再現が為されていましたが、鳥海の模型には扉もシャッターもありませんでしたので、常時開放しっぱなしだったのか?と疑問に思い質問させて頂きました。
    GUY


  3. こちらで独り言をつぶやいてる方が居られます
    http://navgunschl.sblo.jp/

    No.935についても独り言を期待しております
    駄レス国務長官


  4. >3
     御紹介多謝。
     
    hush



929 旧日本海軍小中艦艇の砲塔防御は日本軍は軽防御、米軍はそれなりの防御だった思いますが今日的にどちらが正解だったのでしょうか?
大鳳

  1. http://www.warbirds.jp/ansq/2/B2000384.html
    http://www.warbirds.jp/ansqn/logs-prev/B001/B0003118.html

    こちらの過去ログはいかがでしょうか。
    超音速



928  映画バトルシップで砲弾を抱えて運搬するシーンを見てふと疑問に思ったのですが・・・非装甲の甲板の耐荷重ってどれくらいで考えられているものなのですか?

 現代の船と帆船時代以前の木造船とで同じくらいだったりしますか?
おうる

  1. 造船は専門外なので一般論のみ。船に限らず建物の床の設計荷重とは、用途次第と言うしかありません。

    客船の客用甲板とバラ積み輸送船の作業甲板の設計荷重は同じになりえません。

    最低限、予想される積荷の重さと、波浪により打ち込む水の重量に耐える必要があります。

    この意味では「現代の船と帆船時代以前の木造船とで同じくらい」と言えるでしょう。しかし甲板で行われる作業と積載物に違いがある以上、別のものと考えたほうが良いと思います。
    タンジェント



927 防衛大臣 岩屋毅代議士が護衛艦「いずも」を空母化するよう改修し、F-35BライトニングIIの運用に前向きな姿勢を示すというnewsが報道されました。
私としましてはとても感慨深いニュースなのですが、1つ疑問があります。「いずも」に艦載機としてF-35BライトニングIIが配備された場合、運用するのは海自になるのでしょうか? それとも、航空自衛隊の部隊を受け入れることになるのでしょうか?
海のものとも山のものとつかない質問をするな、とお叱りを受けそうですがとても気になります。教えていただけたら嬉しいです。
74式

  1. 今の時点では、議論ボードへ行かれた方が良いと思われます。この際、先ず自分の意見と根拠を記した方が良いと思います。
    UK


  2. マンガ「空母いぶき」では空自航空隊という設定ですね。
    議ボ向けの話題な気がしますが、さしあたって事例の紹介をします。

    フォークランド紛争の英空母のハリアーは海軍航空隊と空軍部隊の混載だったという例があります。
    しかし、もともと英空軍のハリアーは空母搭載が目的ではなく、飛行場が破壊されても出撃できるVTOL攻撃機という位置づけでした。
    フォークランド紛争にあたっては、海軍のハリアーだけでは損耗予備が足りないのでやむを得ず空母に派遣されたという事情だったのです。
    そのほか、第2次大戦中のドイツ空母グラーフツェッペリンの搭載機はゲーリングが空軍所属を主張するなどすったもんだがあったのは有名ですね。
    同じように、ブラジル海軍で1960年に就役した空母ミナス・ジェライスの搭載機(S-2トラッカーなど)は空軍所属とされた例があります。空軍海軍の縄張り争いの結果で、あまり健全な理由とはいえませんね。

    空自と海自の関係性については見識がないのでコメントは避けます。
    超音速


  3. UK様
    議論ボードにはそういう使い方もあるのですね。教えていただきありがとうございます。
    74式


  4. 超音速様
    答えのない質問をしてしまい申し訳ありません。確かに議論ボードにスレッドを立てる事柄でした。お話大変興味深く拝見しました。たしかに海自、空自では企業風土といいますか組織風土みたいなものの違いがあって、簡単にはいかないのかもしれないですね。今の東アジア情勢は待ったなしの状態なので、なんとか形になれば良いかなと初心者なりに考え込むしだいです。回答していただきありがとうございました。
    74式



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