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艦船関係
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977 帝国海軍などでは大和型戦艦が海軍高等技術会議等にかけられて案を検討する流れが知られてますが、アメリカやイギリスなどではどのような場でどのような人々が検討するのでしょうか?
Mk.63GFCS

  1.  多分、イギリスの場合は第2海軍卿Second Sea Lord and Deputy Chief of Naval Staffが人事・装備・インフラストラクチャーを管掌するとありますので、ここが中心となるのではと思っています。ただ、同国の場合は組織が非常にややこしいので、具体的な決定プロセスについては、不明です。
     中途半端な回答で申し訳ありませんが。
     
    hush


  2. ドレッドノートとインヴィンシブルはフィッシャー親分が子分共を一堂に集めて短期間にチャチャッと決めちゃってますね
    駄レス国務長官


  3. 英海軍はかなり複雑なようですね。
    米海軍はどうなのでしょうか?
    Mk.63GFCS



976  戦列艦等帆船の火薬庫の壁には静電気対策で銅板が張られていたそうですが、これはいつ頃から始まったのですか?

 船体の銅被服と同様、銅が高価だったころは鉛板が使われてたりしたんでしょうか?
おうる

  1.  ヴィクトリーとコンスティチューションの火薬庫には銅が張られています。しかし、それ以前の帆船がどうであったかが不分明であったので、gunpowder magazine copperで検索をかけたところ、1759年と1765年に建設されたイギリスの陸上火薬庫に銅板が使用されていることが分かりました。これらが造られた当時からそうであったかどうかは分かりませんが、18世紀には使われていたのではないかと思っております。
     なお、gunpowder magazine leadでは思わしい検索結果が得られませんでしたので、鉛が使われたかどうかまでは分かりませんでした。
     
    hush


  2.  わざわざ調べていただいてありがとうございます。

     ヴィクトリー号の火薬庫に銅板が張られているのは存じておりましたが、今改めて調べてみると、どうやら1800〜1803年の再建造の際に火薬庫の銅板が追加装備されたようです。
     ヴィクトリー号の船体の銅版被服は1780年に追加装備されたそうですが、火薬庫への銅板追加が1800年にされたということは、1780年当時はまだ静電気対策としての銅板貼り付けの有効性は認知されていなかったのか?と思いきや、陸上の火薬庫には1759年に銅板が採用されてるんですよね・・・うーん
    おうる


  3.  
    https://www.researchgate.net/publication/252891104_Lightning_and_Gunpowder_in_the_18th_Century
     上記によると、イギリス、Purfleetの火薬庫にフランクリンの提案により銅板が設置されたのは1780年のことだそうです。
     

    hush


  4.  パーフリートPurfleetの火薬庫は1765年に完成しています。したがいまして、これは改装された結果ということなのでしょう。
     しかし、独立戦争中になぜフランクリンがイギリスに協力するのだろうかという疑問が生じるのですが、インゲンホウスはフランクリンと旧知の間柄のオランダ人で、その頃、パリにいたフランクリンに目的を話さずに聞いたのではないかと思っています。
     
    hush


  5.  ということは、火薬庫の壁を銅板で覆って静電気火災を防ぐのはベンジャミン・フランクリンによる発明なんですかね?

     確かに彼は雷の実験でロンドン王立協会の会員になってますし、オクスフォード大学で名誉学位も授与されてますから、英国内でも一目置かれる存在であったことは疑いようもありません。「彼がパリの社交界でこんな話をしていた」という伝聞でも注目はされそうです。
     避雷針の発明者でもあるので静電気対策について知見を持っていてもおかしくないとは思います。
    おうる


  6.  lightning damageですので、静電気対策ではなく、落雷対策ですが、フランクリンのアイデアです。また、壁と床は鉛を仕込んでいます。ただ、このことは忘れ去られていたいたようで、1876年にかのマックスウェルが同様の勧告を行ったと書いてあります。
     翻訳サイトの精度が上がったので、随分と楽になりましたが、思い違いをしていたら御免なさい。
     
    hush


  7.  回答ありがとうございます。
     最初に読んだ本には静電気対策としてと書いてあったのでてっきり静電気対策だと思っていましたが落雷対策だったのですね。

     静電気対策だと思っていたので検索をかけてもそれらしい答えを見つけることができませんでしたが、 Lightning Damage Gunpowder Copper Sheet で検索しなおすことでいくつか有益な情報を見つけることが出来ました。

     まとめると・・・
     ベンジャミン・フランクリンは1749年に避雷針を発明。
     それから1751年6月までの間に雷が火薬を発火させる事を発見し、1753年には家屋を落雷から守る方法を発表。
     1767年にフランクリンは金属製のカップに通電したところ、カップの中には電気が流れない事を発見。
     1769年にイタリアのブレジアで落雷による火薬庫の爆発事故が発生。これを受けて1772年5月にイギリス議会(英国兵器委員会)はベンジャミン・ウィルソンとベンジャミン・フランクリンに火薬の製造と保管について諮問しており、両者の間での長い論争(電気の正と負とか避雷針の先は尖った方がいいとか丸い方がいいとか)が始まる。王立協会による大規模な実験等を経て同年8月にフランクリンの勧告を採用されパーフリート兵器庫が改修される。
     1775年アメリカ独立戦争勃発。1776年後半からフランクリンは渡仏し、外交官として働く一方で定期的にフランスの科学アカデミーの会議に参加、落雷から建物と火薬を守る方法についていくつかの勧告を行う。
     1777年1月、インゲンホウスは皇帝ヨーゼフ2世の要請で落雷から火薬庫を保護する方法について助言を求める手紙をフランクリンに出す。
     1777年5月にパーフリート兵器庫に落雷があったが損傷は軽微だった。当時フランクリンはフランスに滞在。ウィルソンは避雷針の形状について実験を継続。
     1780年5月にインゲンホウスは再度フランクリンに助言を求めたのに対して返信。この中で壁を鉛で裏打ちしたうえで銅板で覆い、接合部を半田で埋めることを勧告。鉛の裏打ちは建物を構成する石材が落雷時の爆発で飛び散るのを防ぐためのもののようです。

     フランクリンがイギリスを支援したというか、オーストリアを通じてイギリスに情報が渡ったと見た方が自然な気がします。インゲンホウスの母国オランダもアメリカを支援してますし・・・
    おうる


  8.  どうも、かなり訳文を間違って返答していたようですね。
     失礼しました。
     
    hush


  9. >>8、いえ、おかげで私にとっては非常に有益な手掛かりを得ることが出来ました。ありがとうございました。

     機械翻訳の場合、翻訳対象がPDFだと一つの文章の途中で改行があると、改行の前と後を別の文章として翻訳してしまうようです。なので、原文を一行ずつコピーして繋ぎなおして機械翻訳にかけなおすとだいぶマシな翻訳ができます。

     それはそうと、肝心の艦船への最初の採用例がまだわかりません。英海軍の艦船の採用は1780年ごろからで良さそうですが、>>7の経緯の通りだとすると米艦や仏艦にはもっと早い時期に採用されていると思うのですが、それを示す資料が検索できません。ヒットしてるいくつかの内に書かれているかもしれませんが、ヒットしたものの半数以上が電子書籍の記事で機械翻訳にかけられないデータばかりなので・・・
    おうる



975 連合軍がノルウェーに居る戦艦ティルピッツを警戒して
たった1隻のために多くの戦力と労力を割いていたのは有名な話ですが、
翻って太平洋戦線を見た時 連合軍はトラックから動かない大和・武蔵に対して
「あいつらがソロモン水域に出張って来たらヤバイ」みたいな
特別の注意を払っていたのでしょうか。
それとも、両艦がトラックに居ると把握していなかったとか
スペックを正確に認識していなくてさほど脅威とは感じていなかったのでしょうか。

かめ

  1.  写真撮影により、同級の主砲が18インチである可能性は指摘されていましたが、一般には16インチであるとされており、速力は正しく認知されていますので、それほどの脅威とは思われていなかったのではないでしょうか。また、18インチ砲搭載と認識していても、当時のアメリカの保有していた戦力から考えても、対抗可能と思われたのではないかと思っています。
     あと、スケートによる大和雷撃は、暗号解読による待伏せですし、F13等による写真撮影も行われていますので、場所の特定はされていたと思います。しかし、アメリカにとっては、日本艦隊の撃滅より、要地の攻略のほうが重要であり、その際、脅威となるのは航空兵力ですので、そちらのほうが重視されたと思っています。
     ティルピッツに対する絶対の対抗兵力を持たないイギリスとは、随分と意識が異なっていたのではないでしょうか。
     
    hush


  2. 詳しく有りませんが、大和型に対しては1の通り。16インチ艦と捉えられていたのでしょう。

    片やティルピッツの件ですが、英軍はやたら独軍の艦船を警戒していた面も無いでしょうか。シュペー追撃戦。ビスマルク追撃戦。凄い反応ですよね。
    暇人


  3. hush様、暇人様、丁寧なご説明 ありがとうございました。
    大和型戦艦の活動についての評価の話をネットでつらつらと漁っていて、
    「両艦はトラックに居るだけで大きな脅威を与えて 相応の戦力を
     対抗のために割かせており、出撃しなくとも前線に貢献していたのだ」
    との主張を見たので質問いたしました。
    実際の所はそれほど大きな脅威を与えていたわけではないのですね。
    (甘く見ていたわけではなく、戦力的に対抗可能という意味で)

    かめ


  4. トラック泊地の件に付いては、米軍はほぼ計画通りに対日戦を実行しました。
    最初の時期に無理にトラック泊地を攻める必要も無かったかと。

    結局、トラック泊地は侵攻が進むにつれて空襲でボコボコにされてしまう訳ですから。
    暇人



974  859の質問をしたものです。
その後、戦後に移送された艦について時々調べていて他の疑問が出てきました。
戦後大量のUボートが英軍に引き渡されています。そしてこのほとんどをイギリス海軍は大西洋で雷撃で撃沈処分しました。
 
 英国はドイツの降伏によってアメリカからの物資支援が終わり国民は敗戦国と大して変わらない窮乏生活だったと聞きます。しかも戦後のイギリスは英国病と言われるほど何十年もの財政赤字国になりました。

 そのイギリスが不足する金属の塊であるUボートを高価な魚雷を使ってボコボコ沈めたのでしょうか?
Uボートの金属は解体処理してリサイクルするほうが高くつくようなものなのでしょうか。
そうだとしても魚雷を使わず注水した方が安上がりだと思います。
また戦後イギリスは財政難でトラファルガー海戦の戦利品だったフランス艦の返還をフランスに申し出て断られ、これも雷撃処分しています。
 タダならアメリカ辺りの富豪や博物館などいくらでも引き取り手はあるでしょうし、解体しても木製家具や内装の好きなイギリス人に貴重な材料として売れたと思います。
 またボロ倉庫で小銭取って展示しておいても、大西洋に引っ張り出して雷撃処分するよりお得だと思います。

 武士は切腹。軍人は銃殺みたいに軍艦は雷撃処分といった考えがイギリス海軍にあったのでしょうか?
トロッター

  1.  デッドライト作戦Operation Deadlightで沈められたUボートの多くは砲撃や爆撃により撃沈されており、雷撃というのは少数ではないでしょうか。
     また、戦後のイギリスで不足していたのは食料等の生活必需品であり、不要になった自国の軍艦だけでも、屑鉄のほうはかなりあったのではないでしょうか。
     それよりも、「戦後イギリスは財政難でトラファルガー海戦の戦利品だったフランス艦の返還をフランスに申し出て断られ、これも雷撃処分」という部分のほうが気になっています。戦後を第2次大戦後の理解しますと、トラファルガー海戦の戦利品だったフランス艦が、フィッシャーが木造軍艦の整理を行っていることもあり、その頃までどれだけ残っていたかという疑問がありますし、そのような木造艦に雷撃を行う理由が分かりません。もしよろしければ、出典を教えてもらえないでしょうか。
     なお、降伏したUボートのリストは https://uboat.net/fates/surrendered.htm に載っており、Operation Deadlight submarine torpedoでGoogleの書籍検索を行うと、Black Flagという本が出てきますが、この本の最後のほうに、かなり読めない部分はあるのですが、各艦の処分状況が出てまいりますことを付記しておきます。
     
    hush


  2.  いつもありがとうございます。
    帆船の雷撃処分の映像は、今回の疑問のかなり以前に見たNHKの番組です。
    確か1950年前後の映像です(マスト無し。1隻のみ)。年は正確に覚えていないのですがフランスに断られて処分したということで、とんでもなくもったいないことをするなぁと強く印象に残っています。その後Uチューブでも偶然見かけたので間違いないと思いますが船名等調べてみます。

     Uボートについては魚雷以外も使ったのですね。私の調べ方が足りませんでした。すみません。
    ただ金属は魚雷・砲弾等の費用をかけて海に廃棄するほど余裕があったと思えません。 軍人はいちいち銭勘定しないだけかもしれませんが。


    トロッター


  3. >2
     御教示多謝。
     こちらで船名を調べたところ、インプレカブルHMS Implacableでした。ただ、 https://www.youtube.com/watch?v=xTl7tphyvJY で公開されている動画を見ますと、艦上で士官が爆破スイッチを押した直後に爆発が起きていますので、雷撃ではなく、遠隔操作による爆破です。
    >魚雷・砲弾等の費用をかけて
     魚雷は高価ですが、砲弾や爆弾はずっと廉価ですし、戦争が終わっても、そのような爆発物を大量に持っていても、経年変化等を考えると、どこかで処分すべきでしょう。そのような時、実艦標的として使用するのは、悪くない方法かと思われます。
     ところで、戦後のイギリスで金属が不足していたと主張されていますが、何かデーターでもお持ちなのでしょうか。日本では、開高健の「日本三文オペラ」にあるように、あるいは5円玉に穴が開けられたという話があるように、戦後は金属が不足していますが、イギリスではそのような話を、調べても出てこないのですが。
     なお、一部のUボートは解体されていることは、1で示したリンク先でも確認できると思います。
     
    hush


  4. >Uボートについては魚雷以外も使った
     1で申しましたように、雷撃は少数です。
     
    hush


  5. 確かに、金属類が極度に不足したと言うお話は聞きませんね。まあもしかしたら種類によっては不足だったかもしれません。
    1939〜1945年の総計となりますが銅(鉱石)に関しては現在のザンビアから1640.8(1000トン単位)、
    これにカナダ・米国からの輸入もあったでしょうから不足では無さそうです(日本比)。
    鉄鉱石は3480.6(同。日本の3倍)で、亜鉛は英連邦構成諸国(カナダ・オーストラリア)からの輸入が主、
    錫はマレー半島が英国にとって主産地でしたから日本参戦後はボリビア鉱山を押さえている米国や
    ベルギー領コンゴからの輸入に頼ったと思われます。アルミ関係はボーキサイトが英領ギアナから
    6695(同。開戦後インドネシア・マレーを押さえている日本の5倍)ですから、これも不足していなかった感じ。
    但し一次製品の生産量は大戦期間中比較だと日本408(同)に対して英国240.5(同)+再生アルミが437.6(同)
    他のマンガン・ニッケル・クロム・モリブデン・タングステン・バナジウム・コバルト等に関しても主産地が英連邦・植民地・
    米国(同盟国)傘下の鉱山が主産地でしたから、態々再生金属を使うより安価に精製出来たのでは無いでしょうか。
    何れも鉱石・原料に関しては全ての数量が英国に来たわけでは無いですしドイツ側の潜水艦作戦で厳しい時期があったかもしれませんね。
    ちなみに数値や場所は「レアメタルの太平洋戦争」より抜粋しています。
    精錬に関して、知識が皆無に近いですので突っ込まれても反論できませんが。
    陸奥屋


  6. >5
     フォロー多謝。
     精錬に関しましては、戦争終了まで、あれだけの原材料を運び入れて兵器類を製造できるのですから、問題があるはずはないでしょう。
     
    hush


  7. >6
    いえいえ
    いずれにせよ、ドイツが英国の屈服を諦めた理由の一つに米国の援助もあるでしょうが、
    この(当時としては)無限に近い英連邦や植民地のベースメタル・レアメタルの存在もありそうですね
    話が大きくなってしまいましたが。
    陸奥屋



973 1935年に満州国で行われた大典観艦式の詳しい内容(参加大型?艦船名と御召艦名)を御教示ください。
映像を見たのですが、後部に展開された天幕の関係で順天型砲艦と定辺型砲艦の見分けが付かず
困惑しています。多分、後部天幕がある艦船が御召艦だと思われるのですが・・・。
あと映像では9月9日になっているのですがWikiあたりですと10月10日となっているのも謎です。
どちらが艦船名・日付は本当なのでしょうね。
陸奥屋

  1.  アジア歴史資料センター リファレンス・コード C05034111200はどうでしょうか。
     
    hush


  2. >hushさん
    ありがとうございました。
    どうやら定辺型砲艦が御召艦で9月9日が正解なようですね。

    陸奥屋



972 翔鶴型空母を建造した横須賀、神戸の船台と武蔵を建造した長崎の船台の差はどういうものだったのでしょうか。
チャカ

  1.  多分、幅だと思うのですが、各船台のサイズを記した資料を見つけられずに今に至っています。
     
    hush



971  イタリアのヴィットリオ・ヴェネト級戦艦は軽量化のために燃料タンクを小さくしていますが、これはどのくらいの効果があったのでしょうか?
 他の条約型戦艦では重量削減のために燃料タンクの大きさに気を払っている記述を見かけていないので気になっています。
ナマケモノ

  1. 逆に質問させて下さい。「軽量化のために燃料タンクを小さくした」とは初めて聞き(読み)ました。出典は、何でしょうか。
    私は、行動予定海域が地中海であるため、航続距離が短いという説明を信じていました。
    UK


  2.  Wikipediaのヴィットリオ・ヴェネト級戦艦の項には、たしかに「設計段階で燃料タンク自体の大きさを小さくして浮いた重量を武装や防御に回した結果であった」と記されているのですが、これは英語版、イタリア語版の同項には記載がありませんし、菅見の限りでは他に見当たらない記述です。その上、その出典も記されていないのですが、基準排水量は満載排水量から燃料と予備水を除いたものですから、それでワシントン条約における制限から逃れる何らかのメリットがあると思えないのです。どなたが書いたのか知りませんが、私にはよく分からない記述です。
     
    hush


  3.  調べなおしてみたところ、ベルッゾー式タービンという軽量だが巡航時の燃費が良くない機関のせいで航続距離が短くなったという記述をみつけました。
     出典がよりにもよって艦これwikiですが、ジュゼッペ・ベッルッツォが設計したタービンがヴィットリオ・ヴェネト級に使用されたという記述がイタリア版wikipediaにありましたし、アメリカ合衆国特許第1,865,551号がベルッゾー式タービンらしき記述なので、燃料タンクが小さいという記述よりは信憑性があると思います。
    ナマケモノ


  4.  Ermingo Bagnasco著”The Littorio Class: Italy's Last and Largest Battleships”に”It was also determined that the dry weight of the entire propulsion machinery would be 2,200 tons and that the minimum weight of the liquids (lubricants, water for the boilers, etc.) contained in them would be about 155 tons.”とあり、同級の機関重量は合計で2350tとなります。これは大和級の4000tはもちろん、金剛級の2700tよりも小さいのに、13万馬力を発生させています。
     Wikipediaの記述は、軽量高出力の機関を採用することにより浮いた重量を武装や防御に回したが、機関の特性により、航続力が犠牲になったが正しいのかもしれません。
     
    hush


  5.  なるほど、ヴィットリオ・ヴェネト級の航続距離か短い原因は燃料タンクではなく、機関にあるということで間違いないようですね。
     ご回答ありがとうございました。
    ナマケモノ


  6. 4>挙げられた文献は読んでいませんが、世界の艦船No,394号の牧野茂(旧海軍造船官)著「日米戦艦比較論」によると、大和の機関重量は電気関係を含めて約6400トン、含めないと5300トンです。なお、米国のNC型とSD型(蒸気条件は、約450℃、40気圧)は電気を含めて3499トン、3637トンです。なお、伊戦艦の蒸気条件は、世界の艦船654号によると、大和と同じです。何等かの誤りがないでしょうか。
    5> 丸スペシャル115号によると、計画段階の大和の試案であるA−140F3(Dが6万HP、Tが7,5万HP)では、航続距離が16ノット4900海里で艦の長さは246m、航試排水量は61000トンであり、航続距離が7200海里のなったF4では248m、62545トンとなっています。
     さらに、前記世界の艦船654号によると、英国のヴァンガードは、12ノットで5500海里です。伊戦艦は16ノットで4580海里です。
     従って、5のようなことは考えられません。
    2> 伊戦艦は、海軍大臣の判断で、対外的には3,5万トンとするが、最初から4万トンを超える設計です。なお、米国の戦艦が4万トン以下なのは、6インチ副砲を廃止し、両用砲の防御装甲は廃止し、高温高圧のタービンを採用し、速力を抑えたことによります。
    UK


  7. >6.
    伊ヴェネト級の機関の重量対出力は130,000/2,405=54(shp/t)で仏リシリュー級の150,000/2,865=52(shp/t)や米アイオワ級の212,000/4,797=44(shp/t)を抜いて列国最高です(世艦753号 ド級戦艦のメカニズム「機関」参照)
    半面ヴェネト級のベルッツオ式タービンは巡航タービンを持たないので巡航燃費は列国最悪です
    従って>4.の見解はおおむね妥当と言えるでしょう

    また計画段階の大和試案の計画値を持ち出していますが実際に建造された各級の実測値と比べる意味が判りません
    あと英戦艦は軒並み航続力が小さくヴァンガードはKGV級よりもむしろ劣る程度です
    駄レス国務長官


  8. >7
     フォロー多謝。
     しかし、専門の方の仰ることは重みがありますね。
     
    hush


  9. 機関部の重量は、牧野氏と伊、仏戦艦とでは、区分(定義)が相違するからと思われます。
    大型艦の場合、航続距離を多少変えてもボイラ等は実質同じなので、基準排水量はそう変化しません。勿論、公試排水量は、燃料分は変化しますが。
    伊戦艦は、地中海での作戦を考えている為、そう航続力が短いとはいえないと思います。
    本来の質問への回答になりますが、戦艦に限らず、兵器の開発に当たっては、条約、予算等の制約の下で可能な限り使用者(軍人)の要求を満たすべく種々の案が検討されます。伊戦艦も、全ての要求を満たすと4万トンを超え、3.5万トンの制約に収めることは困難なため、最終的には海軍大臣の判断で対外的には3.5万トンで押し通すことになったそうです。しかし、あまり超えるのは問題となります。その結果、航続距離を含めて種々の妥協がなされたと思います。其の辺の話に、脚色がなされたのではないでしょうか。
    UK


  10. >9.
    >区分(定義)が相違するからと思われます。
    区分は「船体・機関・兵装・防御・燃料と水」なので大きな相違は無いと考えます
    同一尺度による>7.の文献では米ノースカ級121,000/3,286=37(shp/t)大和型150,000/5,083=30(shp/t)ですから伊ヴェネト級が重量対出力最高という結論は変わりません

    >ボイラ等は実質同じなので、
    単に蒸気性状が同じだから機関重量も同等と言うワケでは無く方式や構成で著しく変わります

    >本来の質問への回答になりますが、
    本来の質問はそこではありませんね
    駄レス国務長官


  11. 本来の質問は、燃料タンクを小さくした効果です。
    もうこれだけにしましょう。
    UK


  12.  イタリア語版WikipediaにV.V級の燃料搭載量はビスマルク級の7,700tより3,700少ない4,000tという記述がありました。両艦とも基準排水量が41,000tぐらいですから、V.V級が燃料タンクの小さい戦艦というのはそれほど間違った記述でもないようです。
     ところでイタリアの戦艦はプリエーゼ式水雷防御というものを搭載しているのですが、図を見ると他国の戦艦が採用している液層防御よりも燃料が入る場所が少ないような感じがしなくもないのですが、もしかしてこれのせいで燃料搭載量が少なくなっているのではないのでしょうか?
    ナマケモノ


  13. >10.
    燃料搭載量は作戦上の要求によって決まり伊ヴェネト級は地中海全域往復+戦闘分で4,000トンの計画ですから防禦その他によってそれ以上削られたワケではないと思いますけど
    駄レス国務長官


  14. >12
     リットリオ級は案外と小ぶりなんですよね。 http://www.kbismarck.com/genedata.html こちらの表が分かりやすいと思うのですが、ビスマルクはもとより、リシュリューよりも全長がかなり短い。幅もそうですが、吃水はあまり変わらない。排水量はかなりあるのですが、装甲は厚いのに総重量はかなり軽いし機関重量もそうです。不思議な艦形だと思うのですが、この結果として燃料タンクが小さいというのはあり得るでしょう。
     もっとも、日本を含む欧米列強のうちで、イタリヤだけは航続距離をあまり気にしなくてよいので、燃料タンクが小さいというのは優先順位が低いというだけで、武装や装甲のために小さくしたとまではいえないと思います。
     なお、プリエーゼ・システムPugliese systemについては、たしかに嵩張るのかもしれませんが、外筒部分に液体を入れることになっており、燃料をいれることも可能だと思っています。ただ、”The Littorio Class: Italy's Last and Largest Battleships”に掲載されている燃料タンク(ここには常備3700満載4228tとあります)の位置を見ていますと、どうやら、ここは燃料タンクとしては使っていなかったようです。
     

    hush


  15.  すいません、かぶりました。

    hush


  16.  なお、”The Littorio Class: Italy's Last and Largest Battleships”はGoogleで書籍検索を行いますと読めます。リットリオ(ヴィットリオ・ヴェネト)級を調査されるのでしたら、有意義かと思いますので、いらぬことかと思いますが、紹介させていただきます。
     
    hush



970 いつもご教授頂きまして有り難うございます。

スペイン航空母艦「プリンシペ・デ・アストゥリアス」は、2013年2月6日退役後どのような運命を辿ったのでしょうか?
「競売に掛けられた」などのお話も聞きましたが、現状どのようになっているのかわかりません。

彼女は退役後どうなったのかお教え頂きたく、宜しくお願い致します。
Ranchan

  1. スペインのコトはスペイン語のウィキ ↓
    https://es.wikipedia.org/wiki/Pr%C3%ADncipe_de_Asturias_(R-11)

    上記によればスペインのSurus Inversaとトルコの合弁企業が2016.9.26にスクラップとして240万ユーロで落札しトルコのAliagaに曳航の上同地で解体とのコト
    駄レス国務長官


  2. ご回答有り難うございます。

    案外まだどこかでモスボール保存されてるのかも・・・と思ったのですが、彼女もすでに「歴史上の艦」になっていたのですね。(合掌)

    Ranchan



969 ww2の戦艦建造時についての質問です。
日本海軍は大和型を戦艦のスタンダードとして量産しようとしていたのだ、という記述を見かけたのですが、戦艦を量産する際には
1 主砲製造の砲熕技術
2 装甲製造の生産力
3 造船、造修能力の拡充
主にこれらのボトルネックがあるように見受けられました。
日本が大和型を量産しようとした場合、一番ボトルネックになるのはどれなのでしょうか。
チャカ

  1. あ、あと機関の製造能力もありますね。
    自分の知識ではこの四点を比較することができず、皆さんの力をお借りしたいです。
    よろしくお願いします。
    チャカ


  2. 海軍は戦時下での戦艦の建造はあきらめました。
    大和型4番艦の111号艦は開戦により建造中止→解体されました。
    なので、対米開戦なし、予算・人員無制限という前提ということにしてしまうと

    1.の砲熕技術については46p45口径砲の製造なら可能ですが、計画にあった改大和・超大和用の砲については厳しいでしょう。

    2.の装甲製造の生産力についても同様で、大和型用の410oVH鋼の製造で限界だったようです。
    さらなる大口径砲に対応する防御は、防御方法そのものを再検討する必要があるとされていました。

    3.の造船・造修能力については大分県の大神に工廠を増設する計画がありました。
    大和型の建造には対応しているのではないかと思われます。これで呉・横須賀・三菱長崎と合わせて四隻同時建造ができるでしょうか。

    追加でご質問の機関製造能力は大神工廠の増設で賄えるかなとおもいます。

    アビシニアン


  3. 御回答ありがとうございます。
    つまり戦争がなく、大神工廠があれば大和型を量産しようとした海軍の計画は
    成功する可能性が高いという理解で良いのでしょうか。
    あと、神戸や佐世保には既存の工廠があったと思うのですが、そこが大和型を作れないボトルネックが何かあったのでしょうか。
    チャカ


  4. それ以外に装備品(測距機、方位盤、高射装置、電探)および燃料の製造能力というのもあると思います。このへんはかなり厳しいのではないかと思います。
    また、ご質問にあった佐世保、神戸の造船能力ですが、佐世保の設備は規模が小さく戦艦の新規建造は不可、川崎神戸は防諜上の理由で使用できないでしょう。
    また、大和型の量産で補助艦の建造をかなりあきらめる必要があるのではないかと思います。老朽化した重巡・軽巡・駆逐艦の建造をあきらめざるを得ないという点から戦艦の量産はしないという結論になるのではないでしょうか。
    アビシニアン


  5. なるほど、ありがとうございました。
    チャカ


  6. 私の知っている限りでは、神戸(川崎造船)は、船台の幅が少し足りなかったからです。このためもあるのでしょう、川崎はもっと大型の艦船を建造可能な造船所を計画していたようです。
    UK


  7. >4
     基本的に同意致しますが、「佐世保の設備は規模が小さく戦艦の新規建造は不可」とあるのが、少し気になっています。と言うのは、ここの第7船渠で武蔵の艤装を行っているからです。現在は佐世保重工業第4ドックとなっていますが、我々の世代では日章丸を建造したドックであり、昨今ではアメリカの原子力空母が使用可能な4ドックの一つです。建造船渠として使えるかどうかは存じませんが、規模が小さいとまでは言い切れないと思っています。
     川崎神戸の場合は、機密保持という問題もありますが、船台での建設には問題が多いということで、D計画の戦艦は船渠建造に切り替わったと聞いたことがあります。
     また、大神(おおが)工廠については、後に台湾の高雄に建設予定地が変更になっていますが、D計画の必要費用44億円の過半を占める24億円であったことはともかくとして、中に入れる工作機械をどうするのかという疑問があります。と言うのは、当時の日本では、精度の高い工作機械は輸入に頼っていたからです。しかも、これは、大和級の主砲塔防楯に使われた650mmの装甲用にドイツから導入した1万5千t水圧プレスがという話ではなく、旋盤だとか、中ぐり盤だとかいうような普通の工作機械の話なのです。
     「対米開戦なし、予算・人員無制限という前提」ということですが、1939年にアメリカは鉄、屑鉄の対日輸出規制を行っています。そして、当時、日本に輸入されるの鉄の半分はアメリカからのものであったのですから、その影響は看過できないものと思っています。
     また、ドイツは1939年にイギリス、フランスと戦争を始めています。つまり、これらの国の工作機械の輸入はかなり厳しいということになります。
     したがって、これらの工作機械の輸入先はアメリカとなるわけで、実際、海軍は1937年から41年の間に総額2000万ドル以上、円に換算すると8600万円もの工作機械と航空機部品を購入しています。ただ、そのためには外貨が必要になるわけですが、戦前の日本が輸出できたのは生糸や綿製品を中心とする繊維製品がほとんどです。
     もし、アメリカが工作機械の輸出制限を行えば、かなりの隘路に突入する可能性が高いですので、アメリカの対日禁輸なしという前提も必要かと思っています。
     
    hush


  8. hushさん、回答ありがとうございます。
    つまり、工作機械の調達が最大のボトルネックになるという理解でよろしいでしょうか?
    チャカ


  9. >8
     鄭重な御礼をありがとうございます。
     ただ、工作機械の不足はボトルネックの一つになったという可能性を申しただけで、最大かどうかは存じません。もっとも、アメリカの対日禁輸が史実通りに行われたとしたら、量産が完成した頃には動かす燃料がなくなっていただろうとは思っています。したがって、しいて、最大の問題を挙げるとするのなら、燃料問題ではなかったかと思っています。
     
    hush


  10. >7
    hush様
    おっしゃるように第七船渠は大和型の艤装、修理を行うために整備された船渠ですので、この船渠では建造は行わないとおもわれます。
    アビシニアン



968  艦船の自動消火スプリンクラーはどのように普及していますか?

 自動消火スプリンクラーは19世紀初頭にアイディアが登場し、建物用としては19世紀末ごろから実用化し始めているようです。日本では大正10年に初の国産スプリンクラーが登場したという記事を見つけました。

 戦後、外国商船が火災を起こした際、作動した消火用スプリンクラーが散水しすぎたせいで沈没してしまった事例はありますが、その事件までは非常に有効な消火設備と考えられていたと思います(その事件を踏まえて、消化能力はそのままで散水量を抑えたミスト式のスプリンクラーが登場)。
 商船よりもダメコンをより重視しなければならない軍艦においてどのように普及していったか、概要を知りたく思い質問させていただきます。
おうる

  1.  スプリンクラーって、そんなに役立ちますか。火薬庫に引火しそうでしたら緊急注水でしょうし、油類があるところでしたら役に立ちません。もちろん、現用艦艇にはスプリンクラーはあるようですが、居住区等を含む限定された場所だけのように思います。
     客船の場合は設置が義務付けられていますが、ほとんどが居住区ですので、これはむしろ当然です。しかし、艦艇の場合は、爆発物はある、可燃性液体もある、だったらスプリンクラーよりも、各所にある消火栓からの注水のほうが主になると思いますし、水以外の消火剤を用いたほうが有効なのではないでしょうか。もっとも、昨今のスプリンクラーは、ハロンガスも出るのよという技術革新がされているというのなら御免なさいなのですが。
     
    hush


  2. 1.米ソの盛んな核実験による死の灰で我国がおお騒ぎしていた昭和30年代中期、欧米の軍艦は死の灰を洗い流す装備を設置しており、それを作動させている写真を何度か見た記憶があります。現在の軍艦では、スプリンクラー等は、消火だけでなく他の用途も考えて設置されているのではないでしょうか。
    2.散水しすぎて沈没?転覆ではないでしょうか。結果は同じかな。
    3.復役直後のアイオワ級戦艦の砲塔内の爆発事故時に、世界の艦船に掲載された写真では、ホースで消火しているようです。但し、砲塔内は映っていません。
    UK


  3.  この件について、つぶやいておられる方がおられました。
     http://navgunschl.sblo.jp/pages/user/search/?keyword=%8A%CD%92%F8%82%CC%83X%83v%83%8A%83%93%83N%83%89%81%5B&tid=seesaa_hotspot&hid=167&c=12&search=1&ic=shift-jis
     なるほどと思ったようなしだいです。
     
    hush



967 英海軍戦艦について、ネルソン級以降の艦が主砲を真正面に対し零距離射撃を可能とさせるために、艦首甲板に傾斜を設けなかったのは、ジュットランドの戦訓から遠距離砲戦は敵を取り逃がす可能性が高い為、敵発見と同時に可能な限り接近し、近距離砲戦で敵艦隊を確実に仕留めるという思想に基づいての設計であったという認識でよいのでしょうか?
また、それに関連して英海軍戦艦の水平装甲が日米戦艦と比較して薄かったのも、近距離戦を重視していたからなのでしょうか?

  1. ヂャットランドの戦訓に近距離砲戦志向ってのは無かったと思いますけど
    駄レス国務長官


  2. http://www.warbirds.jp/truth/torpedo4/18.html

    参考までにこちらをお読みください。
    というか「魚雷は大人になってから」は全章お読みくださるのがよいと思います。
    超音速


  3. お二方、解答ありがとうございます。
    歴史群像2017年10月号に、英海軍はWW1以降、近距離戦を重視し、ネルソン級がネルソンという艦名になったのも、かつて敵艦隊に旗艦ごと突撃してこれを見事撃破したネルソン提督の精神にあやかってつけられたということも含めて書かれている古峰さんの記事がありますが、これは違うということでしょうか?


  4. そもそも英戦艦は伝統的に艦首シーアが小さいので何も「ネルソン級以降」に限ったハナシでは有りませんね
    それとネルソン級は鈍足なので敵に「可能な限り接近する」というのも実際問題難しいんじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  5. なるほど。浅学で申し訳ないのですが、ではR級やQE級も真正面への零距離射撃ができたということでしょうか?
    近距離戦を重視したという思想と、それが実際問題として難しかったというのはまた別の話ではないでしょうか?


  6. やって出来ないことはないでしょうかけど船体と乗員へのダメージが大きいので普通はやらんでしょうね
    ヂャットランドの発砲実績でも殆どは首尾線より30度以上舷側に振ってます
    あとハードウェアが実現し得ない運用思想は検証不能ではないでしょうか
    駄レス国務長官


  7. >1
    それは、単に造船官的見地からの教訓ばかりを読んでいるからからでしょう。

    BUN


  8. >7.
    そんなことも有りませんけど講談本の類は読んでおりません
    駄レス国務長官


  9. 「近距離戦を重視」という書き方だと遠距離は軽視してるように読めてしまいますが、実際は遠距離もちゃんと対応してますよね。
    濃霧や悪天候の中いきなり遭遇戦もありえるとの考えでしょうから、「近距離戦も想定」という表現でいいんじゃないでしょうか?
    超音速


  10. 遠戦にせよ近戦にせよ全砲塔を敵艦に指向すべきで一部砲塔が使用不能となる首尾線上に敵艦を見るのは良策とは申せませんね
    仮にネルソン級が充分高速であったとしても逃げる敵艦の航跡には入らず横距離を取って並行進路で進むのが他海戦の戦訓に照らしてもベターじゃないでしょうか

    駄レス国務長官


  11. ちなみに「零距離射撃」のイミ ↓
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B6%E8%B7%9D%E9%9B%A2%E5%B0%84%E6%92%83

    小職は「水平射撃」のコトと解釈しました >6.
    駄レス国務長官


  12. ジュットランド海戦後の研究は複雑精緻な艦隊運動の見直しと近距離砲戦の再評価に向かいます。何も艦首方向に砲を水平にして撃つばかりという話ではありません。
    これは講談本などではなく、ちゃんとした文書と研究が残っていますから、駄レスさんもこれから読む分野が増えて良かったではありませんか。

    BUN


  13. >9
    それは想定する、ではなくもっと積極的な姿勢です。
    切り縮めて考えてはいけないと思います。
    BUN


  14. >12.
    戦策の改定とかじゃなくて研究レベルの話なんですか? 
    駄レス国務長官


  15. 戦策そのものが変っています。ネルソン級の低速でそれができるのか、という駄レスさんの疑問にも答える内容もあるんですよ。面白いからぜひこの時期のことを調べてみてください。
    BUN


  16. 先生方が登場してしまったけれど、どうも違和感が有ったので。

    >また、それに関連して英海軍戦艦の水平装甲が日米戦艦と比較して薄かったのも

    これ、時期にも拠るのでは無いでしょうか?
    同じ様な設計思想で作られた同時代の戦艦群。
    特に日本は、英艦を祖としています。
    同時代、各国変わり無く見えますが。

    末期の装甲厚となったのは、日本がワシントン条約を破棄して第二次改装をしたあたりじゃないでしょうか?米軍もそれに近い時期に改装していると思いますが。

    ユトランド沖海戦の戦訓を活かしたのは、まずは、フッド。建造中に変更して水平防御の強化をしています。日本では長門型。途中で設計に盛り込んで水平防御の増強をしています。

    ここ、興味深いですよ。

    艦砲と装甲(略) で検索して下さい。
    暇人


  17. >15.
    主力艦だけじゃなく飛行機や潜水艦を動員して近距離砲戦に持ち込むってハナシでしょうか
    とすると大分最初のお題とかけ離れて来ますね
    余り面白そうじゃないのでもう寝ます


    駄レス国務長官


  18. 一夜明けても進展が無かったので一言
    鈍足の主力艦でも活躍させるにはあらかじめ敵艦の行動力を減殺して近戦を強要するコトだとすれば冒頭より言われてる艦首方向水平射撃とか艦名の由来(先代「ネルソン」は巡洋艦)とか敵陣突破の突撃精神とかはあまり関係無いハナシじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  19. 英海軍は当時日本海軍を第一仮想敵とし、想定された戦場はスコールや霧が多発するマレー沖や南シナ海だったと思うので、確実に得られる視程が十数キロだと考えられたというのも関係しているのではないでしょうか?敵もまた近距離戦を強いられるだろうという想定でしょうか。
    結果論かもしれませんが、日本海軍もまた、主砲仰角の増大など行っていましたが、やはり決定打となるのは近距離戦であると考えていたようです。


  20. >19.
    >確実に得られる視程が十数キロ

    それだと北海よかむしろ良いくらいですけど
    駄レス国務長官


  21. >20
    それだけが近距離戦を重視した理由であるとは言っていません。他にも航空機攻撃の影響で回避運動を強いられる為、遠距離砲戦で必須となる整然と列を組んでの艦隊運動が困難になるであろうと予測されたことなどもあげられます。


  22. >19.
    >確実に得られる視程が十数キロ

    それだと北海よかむしろ良いくらいですけど
    駄レス国務長官


  23. >21.
    >他にも・・・・・ことなどもあげられます。

    他にも有りましたらなるたけいちどきに書いていただけると助かります
    んで距離十数キロ以下が近戦であるとお考えでしたら主砲仰角(度)が射程(km)とほぼ対応するコト(15度で15km前後)より少なくとも「艦首方向水平射撃」の当否は判断可能と思いますけど

    >22.は誤送信です
    駄レス国務長官


  24. >19

    そんな事は無いのでは無いですかね。
    2万を超える遠距砲戦が起こり、その破壊力が分かった訳です。

    命中率が良かろうが悪かろうが、喰らうと一撃で轟沈ですよ?
    無視出来ないでしょう?

    日本海軍は、2万〜3万で訓練していたという資料を見ます。
    因みに1万以下が夜戦時の砲戦距離だそうです。

    ビスマルク追撃戦時のフッドの射撃開始距離とか調べて下さい。
    暇人


  25. >15.
    Doctrine and Fleet Tactics in the Royal Navy, by Dr. James J. Tritten, November 1994 に拠れば大艦隊戦策は1924、1928、1929年に改定されてるようですけど(P22-23)ネルソン級は1922年2月の華府条約を受けて設計開始、同年半ばに設計完了および建造契約締結、同年末に起工ですから「戦策の改定がネルソン級の設計に反映された」は時系列的に無理がありそうですね

    >24.
    フッドはまさしくビスに対して逆丁字で急接近して最初は艦首砲塔しか使えず艦尾砲塔を参加させようと転舵直後に爆沈しちゃってますよね
    駄レス国務長官


  26. >25

    ユトランドの英巡戦の損害がドイツより大きかった理由に、射撃時の手順が挙げられていますよね。次発を急ぐ為に弾薬庫の扉を開けていたとか。

    フッドは遠距離戦をしていれば良かった所を近距離番長に殴りこみをかける形になって、結果轟沈。副砲弾薬庫の爆発で主砲弾薬庫が誘爆したとか。

    また開けっ放しだったという事は無いのですかね。
    暇人


  27. >26 弾薬庫の扉でなく、弾丸を装填中に、装薬を入れている薬缶の蓋を開けていたです。
     遠距離戦をしていれば良かったは、誤り。水平防御が甘い。遠距離戦は不利。なお、転舵は全砲門を相手に向けるため。
     副砲弾薬庫の爆発でなく(これが理由であれば、軍艦の設計とはいえない。wikiの記載は常に参考程度に)、後部第3砲塔基部あたりの主砲弾の命中で轟沈しました。多分、遅動信管がうまく作動して、弾丸が暴れまくって装薬缶等を幾つか破壊した後爆発した。
    以上、初期の世界の艦船の旧海軍技術将校の記事。特に、ネルソン型戦艦の考察記事。その他、海底のフッドが発見された直ぐ後に出版された本(名称はわすれた。尚、この本は、相当信用が置けると思います)。
    UK


  28. >27.
    主砲のタマを込めるそばで装薬を薬缶から取り出してたってコトでしょうか?
    不要となった空き缶はどうしてたんでしょうか?
    駄レス国務長官


  29. >27

    フッドの水平防御はそれまでの巡戦より強化されていますが・・・。
    ビスマルクの水平防御も強いですね。

    高初速な砲を持つビスマルクに距離を詰めたのは間違いだったとの資料をみました。でも、重要部の水平防御を見るとビスマルクの方が上に感じます。
    結局、どっちでも一緒だったのですかね。

    >初期の世界の艦船の旧海軍技術将校の記事

    貴重な資料ですね。
    真実がそこに有るのかも知れません。

    でも、ガセネタの巣窟のサイトに2001年に潜水調査されて主砲弾薬庫だか装薬庫だか直撃が分かったと書いて有りました。

    戦後、すぐの時代。経済的にも厳しい時代だと思います。
    沈んだ戦艦の潜水調査なんかすぐにしたのでしょうか?

    ガセネタサイトに書いて有る2001年が正解なのでは無いでしょうか?

    暇人


  30. >初期の世界の艦船の事旧海軍技術将校の記

    あぁ、済みません。
    つまりは、旧海軍技術将校の記は2001年以降だった訳ですね。
    暇人


  31. 27の一部修正
    海底のフッドではなく、ビスマルクでした。
    26の誤りの指摘の追加
    21000ヤードの距離でビスマルクとプリンツオイゲンを見誤るほどの吹雪気味の悪天候です。遠距離砲戦は困難です。
    28への回答
    不要となった空き缶(薬きょうではない)の処理は、何処の国でも、当然我国と一緒だと思います。なお、ユトランド沖海戦で、敵弾が砲塔内で爆発したドイツの巡戦が、装薬に引火して爆沈することがなかったのは、弾丸を装填後に素早く蓋を開けて装薬を薬室内に入れることを徹底していたから。ドッガーバンク海戦の教訓(被弾したがうまく逃げ帰った巡戦の調査。蓋を閉めていた薬缶内の装薬は、敵弾が砲塔内で爆発しても燃えたりしていなかった)によります。
    29と30への誤り等の指摘
    調査はビスマルクの話、それともフッドの話。ビスマルクの場合には、最後には何発も命中弾をきしています。海軍の技術将校の記事は、初期の世界の艦船に掲載されていました。当然、昭和40年ごろ。
    UK


  32. >31.
    >21000ヤードの距離でビスマルクとプリンツオイゲンを見誤るほどの吹雪気味の悪天候です。遠距離砲戦は困難です。

    当日の写真では吹雪いてませんけどね
    あと艦型を見誤ったとしても測的は出来てるんですけどね
    2万を超えてりゃ充分遠距離砲戦じゃないですかね

    >不要となった空き缶(薬きょうではない)の処理は、何処の国でも、当然我国と一緒だと思います。

    >27.の通りなら砲室内に溜まる空き缶をどんどん下に下ろさねば邪魔になって仕方が有りませんけどね
    本邦含む各国とも同じようにやってたんですかね
    駄レス国務長官


  33. >31

    あぁ、でも命中した時の距離やら、装甲の具合やら判っていると推測する事は出来るかも知れませんね。
    暇人


  34. >32

    >当日の写真では吹雪いてませんけどね

    そんな事も言うのですね。大笑いです。

    >31

    >遠距離砲戦は困難です。

    ビスマルクは試射?でしたっけ、そんなのを繰り返し命中弾を得たののが確か6回目とか。困難だったですかね。


    暇人


  35. >34
     ”Weather- Seas were not especially rough and the wind was not strong. Visibility was also good” http://www.hmshood.com/history/denmarkstrait/ranges.htm
     ”In the early morning of 24 May, as the first lights of dawn were about to appear in the sky, the weather improved and the visibility increased.” https://www.kbismarck.com/denmark-strait-battle.html 
     吹雪とは書いてないですね。
     
    hush


  36. ビスマルクとプリンツオイゲンを21000ヤードの距離で見誤る程「の吹雪気味」を、「視界が良好でない」とします。従って、遠距離砲戦の定義如何ですが、あまり遠距離では水柱による弾着の修正は困難であったと思われます。なお、砲戦開始の時点では多少天候は良好であったでしょうが、決戦前夜及びその後は霧が発生したり等しています。
    次に、海はかなり荒れていた(波が高い)様です。そしてこれが、キール運河を通過可能とするため喫水を浅くして艦幅を広げたビスマルクに有利に作用したそうです。
    UK


  37. >36.
    そのご様子では動画も見たこと無さそうですね
    https://www.youtube.com/watch?v=VEG31MuTF_M

    ときに空き缶処理の件は結局どうなったんでしょうか
    駄レス国務長官


  38. >32,35

    済みません。ちょっと呑み過ぎて違う解釈をした様です。
    暇人


  39. >36

    自分は質問に対して非常に違和感を感じてフッドまでいった訳です。
    御大やらhush先生の御意見も是非とも伺ってみたいものです。

    >英海軍戦艦の水平装甲が日米戦艦と比較して薄かったのも、近距離戦を重視していたか
    暇人


  40. >39.
    ポストヂャットランドタイプの日米戦艦と比較すれば心持ち薄い(大和は別格)とは言えプレヂャットランドタイプよりは格段に厚いので近戦重視とは言い難いんじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  41. そもそも敵艦が突如近距離に出現するワケ無いので遠戦で互角以上でなければ近戦に持ち込めないんじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  42. 今更で恐縮ですが、当時の英海軍が近距離戦志向であったことを大前提で質問したんですけどもそもそも近距離戦志向であったこと自体が否定的な意見が散見されます。
    当時の英海軍が近距離戦志向であることは、WW1後の教範類の改正を見れば明らかです。遠距離砲戦自体は戦術的な選択肢を増やし、もしそれが成功するのであれば有効であるとも認識されていましたが、敵主力艦隊の殲滅という目的を達成するための手段として最適ではないと考えられています。
    何故そこまで敵主力の殲滅に拘っているかというと、当時の英海軍の仮想敵は日本海軍であり、遠距離砲戦に徹して敵を取り逃がしてしまった場合、それは戦争の長期化に直結し、対日戦の最終フェーズである巡洋艦隊による対日海上封鎖の実施が出来なくなる危険性があったからです。



  43. >そもそも敵艦が突如近距離に出現するワケ無い

    本当にそうならイラストリアス級航空母艦は装甲空母として建造されることはなかったでしょうね。あと、高角砲以外の対水上火力を持った航空母艦が建造されることもなかったでしょう。


  44. 当時の英海軍の戦争計画については、Royal Navy Strategy in the Far East 1919-1939という本に詳しく書いてありますのでご一読なさってはいかかでしょうか?
    Amazonでも購入できたと思います。



  45. >42.
    >当時の英海軍が近距離戦志向であることは、WW1後の教範類の改正を見れば明らかです。

    その改正とネルソン級の設計は時系列上どういう前後関係になってるんでしょうか

    >44.
    >Royal Navy Strategy in the Far East 1919-1939という本に詳しく書いてありますのでご一読なさってはいかかでしょうか?

    その本にはネルソン級が艦首水平射撃をするように造られたと書いてあるんでしょうか
    駄レス国務長官


  46. >その本にはネルソン級が艦首水平射撃をするように造られたと書いてあるんでしょうか?
    書いてあったらここで質問していませんよ。
    説明をしていたらキリがないので一度お読みになってください。英語を読むのが面倒であるのなら、歴史群像の2017年10月号でもいいと思いますので。
    話はそれからにしましょう。


  47. >46.
    >説明をしていたらキリがないので一度お読みになってください。

    その本の要約だと1924年に対日戦策が決定されたとありましたがネルソンは翌年の進水に向けて鋭意建造中ですから基本設計に影響を与えたとは考え難いでしょう
    ネルソン起工前の近戦決定が無ければ質問自体ナンセンスじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  48. >40

    その通りです。

    で、違和感を覚えたのでちょこちょこ書き込んでしまいました。

    フッド=第一次大戦時代の巡戦と違うでしょう?との思いが強く有ります。

    それまでの常識が違うと教わったのは、ここです。

    何時までも昔のままの考えは違うと思います。
    暇人


  49. Old Lady の話が一度も出ませんね。

    ちょっと残念。
    暇人


  50. BUN先生。

    どうしたのですか?
    是非ともその御回答を閲覧したいのですが。

    戦術的には、低速なネルソン級が距離を詰めないのは良策と思われます。


    暇人


  51. >50.
    コチラの先生からの御回答も期待したいですね
    http://navgunschl.sblo.jp/article/186305006.html
    駄レス国務長官


  52. warbirdsがこんなに伸びるのはかれこれ何年ぶりだろう。
    ダメな感じの流れになってるけど…。
    いい国


  53. 36の追記
    砲戦時の日照はともかく、当日の天候は吹雪気味です。例えば、
    (1)ビスマルクは、霧を利用して前夜から追跡してくる英重巡をまこうとしたが、英重巡がレーダを装備していたためできなかった。
    (2)プリンツオイゲンをのがすためビスマルクが反転してきたのを、レーダーを休ませていたため、英重巡が気付かなかった。
    等は有名です。
    37空き缶の処理
    例えば、世界の艦船に、福井静夫が記されているネルソン型戦艦の考察をお読み下さい。
    UK


  54. >53.
    論点が判っていませんね
    駄レス国務長官


  55. >46.
    >話はそれからにしましょう。

    Friedman, Naval Firepowerに英海軍は1927年戦策までは遠戦主義で近戦重視は翌年改定以降とあり1927年竣工のネルソンの基本設計とは無関係と判明しましたのでこのハナシはここまでにしましょう
    駄レス国務長官


  56. ネルソン級の主砲は軽量高速弾を使用する近距離砲戦向きなのでは?
    navweapsの貫徹力データで15インチ砲と比べても25000ヤードでの舷側装甲貫徹力はほぼ同等で甲板装甲貫徹力は劣ってますし、砲のデータを見る限り遠距離砲戦より近距離砲戦を前提にしている気がします。
    ネルソン級を近距離砲戦重視型として建造、実艦の完成に合わせて戦策を近距離砲戦重視に切り替えた、と考えた方が自然なのでは……。
    薩摩


  57. >56.
    とは言っても米メリーランド級の主砲とスペック上大差無いですし造兵だけでなく造艦・造機含めたコンセンサスが出来てないコトには基本計画がまとまらないんじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  58. 近距離砲戦重視、というコンセンサスがあるから近距離砲戦に向いた軽量高速弾を使用する主砲を開発したのでは?
    少なくとも25000ヤードでの甲板装甲貫徹力において15インチを下回る威力が問題となっていないのであれば遠距離砲戦重視を前提にしていたとは考えにくいものがあります。
    その上で「実艦がまだ就役していない」からひとまず変更予定の戦策をそのままにしておき、「近距離砲戦対応戦艦(ネルソン級)」の就役と同時に戦策を改定したのではないか、と当方は推測しているだけです。
    遠距離砲戦重視のままであれば25000ヤードでの威力において舷側装甲貫徹力がほぼ同等、甲板装甲貫徹力に劣る16インチ砲を採用する理由が見当たらないと思えます。
    15000〜20000ヤードでの威力は15インチに対し甲板装甲貫徹力でほぼ同等、舷側装甲貫徹力で若干上回る事から見ても近距離砲戦における舷側装甲に対する威力重視と想定するのはそれほどおかしなことではないのでは?
    薩摩


  59. ネルソン級の主砲(16in 45cal BL Mk1)はもともと超フッド級用に開発済みのものの流用ですからその辺の背景も考えないといけませんね
    思うに排水量制限がきつい割に技術力が伴わないので造ってみたら近戦にしか使えないポンコツ戦艦だったってオチかも知れませんね
    駄レス国務長官


  60. 超フッド級はG3級巡洋戦艦の事で良いのでしょうか?
    navweapsにはG3級用の主砲として開発されたとあるので……。
    薩摩


  61. そのnavweapsには「不充分な射撃実験に基づき高速軽量弾は大落角で貫徹力大との理論の元に開発された」とあるのでもともとは遠戦用ってコトでしょう
    出来上がってから貫徹力不足その他モロモロの不具合が判明したため仕方なく近戦志向に振ったと言うのが事実じゃないんでしょうか
    駄レス国務長官



966 こんばんは。日本海軍の空母の飛行甲板について、とあるブラウザゲームのサイトで日本海軍の空母は復元性を求めて軽量化にこだわったので飛行甲板の強度が不足していた、実際に飛行甲板の歪みが生じていた云々という記述を見たのですが、これは事実なんでしょうか?
日本海軍趣味者

  1. 初期の空母というものは、大体が他の艦種からの改造です。
    強度甲板の上に格納庫が有り、その上に飛行甲板が有ります。

    日本だけの話では無いのです。

    因みに日本を打ち負かしたと云っても過言では無いエセックス級。
    台風でひしゃげた飛行甲板の画像を見る事が出来ます。
    暇人


  2. 飛行甲板が船体強度の一部を受け持つ強度甲板でなければ艦載機の運用に支障を来たさない範囲で強度や歪をある程度受容して軽量化に努めトップヘビーを抑制するのは至極当然のハナシではないでしょうか

    駄レス国務長官


  3. 先生が登場してしまったけれど、蛇足。

    強度甲板上に飛行甲板が有る空母はの歪み(伸縮)を防止する為にエクスパンションが甲板上に設けられています。

    飛行甲板に強度が求められた理由。
    それは、爆撃対策です。

    日本だと大鳳以降。
    装甲空母ですね。御蔭でトップヘビーを抑える為に格納庫は1段とせざるを得ず、結果、従来の船より搭載機数で劣ります。

    強度甲板が飛行甲板だった空母には、龍鳳が有りますが、あれは補助空母なのでしょう。
    暇人


  4. 日本空母の飛行甲板は質問の通り、軽量化のために簡易な構造になっています。加賀では穴あき鋼鈑を使用したために格納庫への雨漏りがあったほどです。
    飛行甲板の強度見直しは爆撃対策とは無関係で、英米の空母では搭載機の重量増大に従って次第に強化されていますが、日本の場合、大鳳以降、新設計の空母が事実上存在しないため飛行甲板の強度は赤城、加賀当時のままで、着艦による変形が認められていました。
    さらに戦時中の飛龍型では工作不良のため軽構造の飛行甲板に竣工時から歪みが生じ、直下の格納庫天井の垂れ下がりが見られた艦もありあす。

    また、飛行甲板が強度甲板となるのは装甲だけが理由ではなく、隼鷹などもそうですね。
    BUN


  5. 客室取っ払っているから強度甲板なんですね。
    暇人


  6. なるほど。それほど航空機の発達は凄かったんですね。皆様ご教授ありがとうございました。
    日本海軍趣味者



965 BB-58戦艦インディアナの対空火器配置が知りたいのですが、同艦の(可能なら真上に近い角度の)空撮写真などは無いものでしょうか?

サウスダコタ級戦艦は段階的に対空火器を増設していった印象がありますが、インディアナの(特にボフォース40mm4連装)機関砲の装備位置が知りたいです。

状態としては竣工時がいいですが、資料的に厳しいようでしたら判明している年代で構いません。
現役時代の対空火器の配置が知りたいので宜しくお願いします。
GUY

  1. こんなのどうでしょうか
    https://www.reddit.com/r/WarshipPorn/comments/3c2eks/excellent_overhead_shot_of_south_dakota_class/
    駄レス国務長官


  2.  あと、こういうページもあります。
     http://www.navsource.org/archives/01/58a.htm
     
    hush



964 巡洋戦艦天城について質問です。史実の太平洋のパワーバランスを崩さず、天城だけを太平洋戦線に登場させ、さらに天城がミッドウェー以前の南雲機動部隊に随伴するという設定にするなら、どのようなシナリオが最適でしょうか?史実にないアメリカの戦艦、巡洋戦艦は数隻なら登場させてもアリとします(真珠湾攻撃で大破させて退場させれば、少なくとも太平洋戦争でのパワーバランスは保たれるため)。色々突っ込みどころはあるかと思いますが、よろしくお願いします。
9号

  1. 仮想世界の話は、ギロンボードにでも言って下さい。
    UK


  2. 華府条約も関東大震災も無いような仮想世界のハナシでしたら思い切り自分の都合の良いように好き勝手に作っちゃえばいいんじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  3. 架空のお話は余程バックボーンがしっかりした前提を示して頂かないと、
    ほぼ個人の主観や感情論のみの答えになってしまいます。
    ここの掲示板の主旨から少し離れてしまうのでは無いでしょうか。
    陸奥屋


  4. 既にギボでも出てます。
    このへんとか参考になるのではないでしょうか。

    http://www.warbirds.jp/BBS/c-board/c-board.cgi?cmd=one;no=4860;id=


    Jack(激務)


  5. 申し訳ありません。掲示板の趣旨を理解せず書き込んでしまいました。以後気をつけます。回答してくださった皆様、ありがとうございます。
    9号


  6. あえてこの質問に答えるとするなら、ワシントン条約が(陸奥の件さえなければ本来は)未成の戦艦・巡洋戦艦のすべてを認めないとするものでしたから、この条約後も生き残って存在する「巡洋戦艦 天城」があるとするならば、長門に前後して建造された艦ということになります。当然、実際に計画された天城よりも旧式な設計だっただろうことになるでしょう。うっかりすれば36センチ砲搭載艦です。

    そんなにムシのいい話はない、ということです。


  7. 掲示板の趣旨が、というよりも、「史実」の一部を改変することの難しさ、としてご理解いただけると良いのではないかと思います。



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