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艦船関係
Ans.Q

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1080 1077の回答についている伊勢の動画についてですが
艦首の菊の紋章がないように見えます。
1 動画が不鮮明だがついている
2 攻撃中、または放置中に勝手に脱落した
3 実質、廃艦になった時点で菊の紋章を放置するわけにいかないので取り去った
4 戦後、金箔を剥がすために外した
5 米軍の戦利品、または伊勢関係者が記念品として持ち去った
くらいが想像できるのですが実際はどうなったのでしょうか?
タブ

  1.  敗戦直後、連合軍がやってくる直前、不敬になってはいけないということで、呉工廠が各艦から艦首紋章を撤去し、焼却したと言われています。
     
    hush


  2. ありがとうございます。
    ところで焼却にしたということは木製だったのでしょうか?
    金属板を打ち出した物に金メッキしたと思っていました。
    タブ


  3. >2
     当初は砲金製だったようですが、艦の大型化に伴い、重量の関係でチーク材に金箔をはったものに変更されており、潜水調査で確認された大和のものも木製でした。
     なお、2014年に潜水母艦駒橋の紋章が現存していることが確認されましたが、これも木製です。これが、新造時のものかどうかは存じませんが、仮にそうであったとすれば、同艦の竣工は1914年で、直後に軍艦となっていますので、大正時代以前に変更になったということになります。
     
    hush


  4. 木製の御紋章に金箔を施したものです。
    戦艦「三笠」「陸奥」重巡「青葉」に取り付けられていた実物の菊花紋章が現存しているので、機会があればご覧になられるといいと思います。
    Ranchan


  5. すみません、かぶりました。<(_ _)>
    Ranchan


  6. >5
     いえいえ、三笠の艦内の保存されているあれが木製だとすると(だから、ダンス・ホールになるまで荒廃しても盗られなかった)、同艦内にある和泉のそれと合わせて、明治期には材質が変更になったということが分かって参考になりました。
     なお、上記以外に迅鯨、香取のものが現存していますことを付記しておきます。
     
     
    hush


  7.  あっ、6の香取は戦艦のほう、迅鯨は潜水母艦のほうです。
     
     
    hush



1079 零式五連装魚雷発射管の重量を教えてください!

ながらゆき

誰か答えて下さい。

1078  昔の大砲は火薬の量を変える事で射程を調節してました(今でも榴弾砲や迫撃砲はある程度は装薬量調整しますが)が、艦載砲で火薬量を一定にして仰角で射程を調節するようになったのはいつごろからですか?
おうる

  1.  興味深い質問をありがとうございます。普段、そういうことをあまり考えないので、面白そうだ、調べてみたいという欲求が湧いてくるのです。
     ところで、艦砲は、帆船時代から梃子や楔を用いて仰角を調整しています。もっとも、これは相手の船体ではなく、帆走設備を狙うためのものですが、射程の調節のためと書いたものもあります。ただ、帆走時代の艦砲はピストルの射程を超えると命中しないと言われるぐらいですので、あまり意味はないでしょう。
     したがって、射程の調整に仰角が重要になってくるのは、砲身にライフリングが施された19世紀、特にアームストロング砲が登場する世紀末の頃ではないでしょうか。
     
    hush


  2.  回答ありがとうございます。

     確かに帆船時代の戦列艦が砲の仰角を調節していたのは存じていますが、あれは多分射程の調整というよりは、船の傾きの分を補正するためだったんじゃないかと思う次第です。

     ただ、帆船時代でも陸上目標に対する艦砲射撃はやっていますし、それなりに遠距離射撃になりますから、射程の調節自体が必要なかったわけでもないだろうとも思います。

     そういう場合でも火薬の量は一定だったんでしょうか?
     臼砲艦みたいなのはともかくとして、艦載砲で火薬量の調整をやめちゃったのはいつからなのか気になります。
    おうる


  3. 此処を御覧になりましたか。参考になるかと

    http://navgunschl.sblo.jp/article/126725437.html
    タンジェント


  4. あと艦砲ではありませんが、分離装薬を使う榴弾砲では、現在でも射距離に応じて装薬を減らします。

    http://www004.upp.so-net.ne.jp/weapon/propellant.htm
    タンジェント


  5. >>3,4 回答ありがとうございます。

    リンク先は知ってはいましたが、じっくり読んだことはありませんでした。参考になりました。

    一応、薬嚢を使う砲では装填する薬嚢の数を変更して強装/弱装に切り替えていたものがあったことは承知しております。
    現代の榴弾砲や迫撃砲でも装薬量を調節するものがある事も。

    質問で想定しているのはガレー船や帆船に積まれていたような鋳造滑腔砲で、松明で火をつけて発砲するような奴です。

    そういえば薬嚢はいつ頃から使われてたんでしょうか?
    16世紀末にグスタフ・アドルフが紙の薬嚢を使ったらしいという話はどこかで読みましたが・・・
    おうる


  6. 世界の艦船No.212号は、艦砲の今昔の特集の(1)ですが、筑土氏と堀氏(元海軍技術大佐)の往時の艦砲、射法、火薬等についての解説が記されています。これによると、17世紀には俯仰角を調節していたようです。17世紀のスエーデン軍艦ヴァーサ(wasa)の24ポンド青銅砲と砲弾と装薬の写真が掲載されています。
    なお、今日と異なり、海戦で装薬の量を調整して射距離を制御するのは困難だったと思われます。何しろ、1880年頃までは、発射時機(原文通り)は砲側の射手に任せ、弾着観測も射手や砲長が行っていました。
    US


  7. >>6
     回答ありがとうございます。

     帆船の場合は船体が左右に傾くので、風下側の砲は上向きにしないと海面撃っちゃうし、風上側は下向きにしないと上空へ飛んで行ってしまうので俯仰調節はかなり早い段階からやっていたであろうとは思っています。

     想像ですが一番最初に大砲を船に乗せた時は、陸上での大砲と同じ打ち方をしただろうと思うのです。
     だとすれば最初は火薬量の調節によって射距離を変えようとしたのではないかと・・・ただ、揺れ動く船からの砲撃は遠距離では当たらないし、陸上目標を艦砲射撃する場合はともかく、それ以外の対艦砲撃では必中距離に寄ってから撃つのが基本になっていきますし、火薬量の調整による射距離の調節という行為そのものがなくなっていったのではないかと・・・

     そのようなプロセスが実際にあったとするならば、それはいつ頃、どのように成されたのかが知りたいのです。
    おうる


  8. 1. 6: USをUKと訂正します。
    2.ガレー船をwikiで調べると、初期は弩級等を船首に備え、後に大砲が搭載されており、更にググっていくとそれらの大砲の詳細まで辿れます。これによると、海戦では砲弾の持つ運動量が問題だったそうです。更に後の時代の射距離の修正は装薬量の調節ではなく、(最初から)仰角の調節だったようです。ともかく、陸上と異なり、目標も撃つ方も動いていることによります。

    UK


  9. >7
     砲耳は15世紀からありますので、陸上の砲においても俯仰調節により射程を調整していたでしょう。もちろん、3で紹介されているように装薬量による調整も行っていたはずです。
     ただ、俯仰調節は1で申したように、重い砲身を人力で動かすため、梃子や楔を用いることになります。陸上の場合は、固定目標が多く、射撃間隔も悠長なものですのでそれでいいのですが、揺れる艦内では、船の動揺に追従させるのは困難で、適当な傾斜になった時を選んで砲撃を行っています。
     にもかかわらず、艦内で俯仰調節を行うのは、高所にある目標、たとえば相手の帆柱とか、崖の上の砲台を狙うという場合です。
     https://en.wikipedia.org/wiki/Naval_artillery#Artillery_ranges
     を見ていますと、18世紀の時点で全弾命中が期待できる近距離射撃は僅か5ヤード(4.5m)、4-5斉射で15-20%の命中が期待できる中間距離が30ヤード(27m)、1-3%しか命中が期待できない遠距離でも800ヤード(720m)でしかありません。
     滑腔砲の時代、7で書かれているように、ほとんどの海戦が中間から近距離射撃で行われていますので、射程を変えるというのはかなり特殊な状況でないとあり得ないと思います。その時、装薬の量を変えるのは当然でしょうが、3のリンク先にありますように「火薬量の調整による射距離の調節」がなくなるのは、20世紀前後ではないでしょうか。
     
    hush


  10. >>8、9

    回答ありがとうございます。
    おうる


  11.  砲身の俯仰による弾丸到達距離の制御は、しっかりした砲架の存在があってこそ可能であると思います。木造帆走軍艦の時代の様に、ロープで止めた木製の台車に砲身を置き、全体をクサビや金てこでカンで微調整する様では大したことはできません。しかも台車は剛性の小さい木造艦の甲板に乗っていますから。鉄製のしっかりした砲架ができる様になり、かつそれらをしっかりした船体に据え付けられて初めて仰角による距離調節ができるようになったでしょう。最初は錬鉄製だったかも知れませんが、ベッセマー法により、鋼が大量・容易に得られる様になった1870年代から近代的砲架の採用が普及してしたのではないでしょうか。
     英軍が鹿児島を砲撃したとき、アームストロング砲(?)を使った様ですが、絵で見る限り、昔ながらの代車方式に見えました。
    電気戦艦


  12.  11.の最後、代車方式は誤りで、台車方式が正しいです。
    電気戦艦


  13. >英軍が鹿児島を砲撃したとき、アームストロング砲(?)を使った様ですが、絵で見る限り、昔ながらの代車方式に見えました。

    横から失礼します。
    アームストロング110ポンド後装砲のことですね。レプリカがHMSウォーリアに展示されていると思います。
    砲架の形式はピボットガンというものです。
    レール状の台座(キャリエージ)の上を車輪つき砲架が前後移動し、台座は前端にピボットがついて旋回できるもので、1810年代には既に登場しているようです。
    俯仰角の調節はスクリュージャッキのようなものが使われます。

    ただし射撃戦術が本質的に変わってないと思われるので、ご質問の本題とは外れるものです。
    門外漢が失礼しました。
    超音速


  14. >13
     11は、1で私が書きました「特にアームストロング砲が登場する世紀末の頃ではないでしょうか」という文言に対するものではないかと思っています。
     ただ、9で申しましたように7のリンク先により、私の勘違いであったことは明らかですので、上記は間違いです。
     
    hush


  15.  御免なさい、14で書いた7のリンク先は3のリンク先の間違いです。
     年はとりたくないないです。
     
    hush


  16. >>11〜14 皆さん回答ありがとうございます。

     基本的に火薬量の増減による艦載砲の射程距離の調節自体がかなり非現実的であろうことは理解しています。

     火砲が船に搭載されるようになったのは14世紀ごろかららしいですが、当時あったのは棒火矢のような物でここで質問の対象としている大砲が登場するのは15世紀に入ってからです。
     15世紀半ばには砲耳が出来ていますが、車輪付きの砲架が登場するのは15世紀の末ごろまで待たねばなりません。
     船に本格的に大砲が詰まれるようになるのは16世紀からのことらしいので、案外車輪付きの砲架の登場が船への大砲装備のきっかけになっているのではないかと想像します。

     ただ、15世紀は砲耳のある大砲と無い大砲が混在していますし、16世紀に入ってからも砲耳のない射石砲が船に搭載されたような記録もありますので、火薬量の増減による射程の調節自体が全く行われなかったという訳では無いと思います(モンス・メグって結局、船上から撃ったことあるんですかね?)。

     しかし、質問は火薬量増減による射程の調節がいつまで行われたか?ではなく、火薬量を一定にして俯仰角調節によって射距離を調節するようになったのはいつごろからなのか?なので、答えとしては船が大砲を積み始めた当初からそうだったと、ここでは結論付けたいと思います。
    おうる


  17. >16 モンス・メグって結局、船上から撃ったことあるんですかね?
     Wikipedia日本語版にはグレート・マイケルに載せたという記載はありますが、英語版にはありませんし、”Mons Meg” ”great michel”あるいは”Mons Meg” ”michel the great”の組み合わせで検索をかけても思わしい結果は出てきません。そこで、日本語版の記述の真偽を疑うわけですが、この記述は2012年の最初の版からあります。ただ、すぐにこの記述に要出典という注記が入り、2015年にこれが消えています。そして、この注記を消した人物については、その「会話」を見る限り、多分に問題があるようです。したがって、Wikipediaにあるからといって、鵜呑みにはできないと思っています。
     計画は別として、大和の46サンチ砲、フューリアスの18インチ砲を超える艦砲が実装されたのかどうかというのは興味深いものがありますが。
     
    hush


  18. >>17 回答ありがとうございます。

     やはりサイズ的にモンス・メグが乗る場所が無いんですよね。

     中央の最上甲板は既に左右に砲座が設けられているし、船の全幅が11mしかないのに全長4mの大砲を乗せても装弾作業自体が困難でしょうし・・・かといって船首楼改造してもフォアマストがど真ん中を貫通してるはずなんでモンスメグが入る空間を確保できそうな気がしません。
    おうる



1077 伊勢型は航空戦艦に改装された際に、後部甲板に貼られていた木甲板を剥がさずに格納庫を設けたのでしょうか?
私は剥がしてしまったと思っているのですが、その場合甲板は何も加工されず鉄板が露出した状態だったのでしょうか?

よろしくお願いいたします。
ほりよし

  1.  https://www.youtube.com/watch?v=ywEnuZ8u4no
     私にはよく分かりませんので、実際に御覧になられてはおうでしょうか。
     
    hush


  2. >1.
    質問は飛行甲板じゃなくて格納庫甲板だと思いますけど・・・
    普通に考えて木甲板剥がさないとその上に恒久的な構造物は建てられないと思いますがその後に格納庫甲板としてどんな表面処理したかまでは残念ながら判りかねます
    駄レス国務長官


  3. >1
    すいません。格納庫内部が見えないので参考になりそうもないです。
    >2
    そうです。格納庫甲板のことをお聞きしたかったのです。

    ご意見ありがとうございます。
    ほりよし


  4.  大変、失礼致しました。
     
    hush



1076 帆船の推力を計算したいのですが、19世紀以前の帆船の一般的な帆布の基本風力係数ってどれくらい見積もるべきでしょうか?
おうる

  1. ”帆 抵抗係数”で検索してみたところ、下記URLの文書が見つかりました。
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jawe/36/3/36_271/_pdf

    この文書では真横から風を受けた時の係数として1.5を採用していますが、
    あくまでもFRPで構成された今世紀的硬帆船を想定しての値です。
    歴史的・伝統的な帆船の場合、この値よりは相当に劣るのではないでしょうか。

    そも2、帆布製の帆は受ける風向風速に応じて形状が変わる上にそれを多数密集して配置しているとくれば性能の推定には結構な工夫がいりますし、
    実際の運用においてどのような風を受ける事が多いのか等を考えると目安となるような値を出せるのかな?
    それとも、逆に各船のLinesもしくは主要寸法と抵抗を推定して、
    帆布面積と船速の実績から推力係数を求めればいいのか?けど、風向風速が分からないとどうしようもないな・・・
    そういうわけで御質問はとても難しい問題だとおもいます。

    日本丸や海王丸の設計ではどうしたのかな?
    アメリカスカップ関連でそういう事を研究した論文があるかも?

    定性的な上にハテナマークだらけで恐縮ですが、以上です。
    2X4B-523P


  2. >>1
     回答ありがとうございます。

     建設工事現場の足場に張るシートの基本風力係数が1.4台だったので、麻布を使っていた昔の帆布はもっと低いのではないかと思うのですが、それらしい数値が見付からないので質問させていただきました。

    おうる


  3.  関連して質問させてください。「フォーンブロワーシリーズ」に『パナマの死闘』というのがあります。その中に、ほとんどべた凪状態の中で相手艦を追跡するところがあります。F艦長は部下に命令し、帆桁に上り、海水を帆に掛けさせます。繊維が膨潤し隙間がなくなり、少しでも推進力を増やしたい、という考えのようです。結果がどうであったかよく記憶していません。このような手段は本当にあったのでしょうか。作者フォレスターはかなり資料を集めているようですので、かなり本当かなとも思います。
     数十年昔、競技用ヨットの帆の材質が、ナイロンからテトロンに変わるころ、ナイロンセールの使用者が、何か風がぬける感じがする、と言っていました。布の隙間を空気が流れることはあるようです。
    電気戦艦


  4. >3. 「フォーンブロワー」は間違いで、「ホーンブロワー」が正しいです。またF艦長ではなく、H艦長が正しいです。失礼いたしました。
    電気戦艦


  5. >3
     ナイロンとテトロン(ポリエステル)の差異はあまりないのですが、吸水性、吸湿性についてはナイロンのほうが高いようです(というより、ポリエステル単体には吸水性はないそうです)。もし、これが原因で「風が抜ける」と言われていたのでしたら、ホーンブラワーの命令は、大変だけどやらぬよりましというということになります。麻の方が、ナイロンより吸水性が高いのは確かですから。
     
    hush


  6. >5
    hush様 ありがとうございました。記憶に残るテトロンセールの感触は、ゴワゴワしていて、糸と糸の間がしっかりしまっていて、水など通さなかったです。織り方が緻密なだけでなく、後でなにか熱加工したのかも知れません。ナイロンはもっと柔らかく隙間があった気がします。もっとも経年変化によるかも知れません。ホーンブロワーの措置の妥当性については今後も考えていきます。
    電気戦艦



1075 20世紀初頭アルゼンチン海軍がアメリカに発注した戦艦「リヴァタビア」と「モレノ」について質問します。
この両艦は前部マストがアメリカ式の篭マスト、後部マストが単脚墻(のちに拡大して3脚墻)という変則的?な配置になっています。なぜ同時期のアメリカ戦艦のように前後マストとも篭マストにしなかったのでしょうか?
識者の皆様宜しくお願いします。
備後ピート

  1. 両艦は米国建造とはいえ、仕様は米英独まぜこぜですね。
    英艦は一時期、軽量化のため後墻を廃止しておりましたので、それに倣ったように思えますね。
    超音速


  2. 仕様と重量ですか…。確かにこの時期の各国の弩級艦は試行錯誤の連続といった感じですね。単に現在の目で見て変則的に見えるだけ…。
    ありがとうございました。
    備後ピート



1074 いつもご教授頂きまして有り難うございます。

10年以上前に16インチクラスの主砲を搭載した「長門」(1920年竣工)や「メリーランド」(BB-46)(1921年竣工)が登場済みで、同じヨーロッパには既にネルソン型戦艦もあるのに、ヨーロッパの「新戦艦」(独:ビスマルク型戦艦、仏:リシュリュー型戦艦、伊:ヴィットリオ・ヴェネト型戦艦)は、なぜみんな揃って38センチ砲で、16インチ砲を搭載しなかったのでしょうか?

英国のKGV型戦艦は第二次ロンドン条約に縛られたまま先行建造したので14インチ砲で我慢しているのは分かりますが・・・。
ヨーロッパでは16インチクラスの砲を開発できていなかったのでしょうか?

宜しくお願いいたします。
Ranchan

  1. 「魚雷は大人になってから」はお読みになられましたか?
    超音速


  2. >1
    はい、拝読させて頂いています。

    おそらく「魚雷は大人になってから・番外編2」の「リシュリュー」解説文中に「16インチ砲にしなかったのは製造能力の問題だと思う」とあることをご指摘なのだと思いますが、質問文中に述べさせて頂きましたように、BIG7が登場してから結構な時間が過ぎています。
    それだけの時間、16インチ砲のための研究も開発も準備もしていなかったとは思えないのです。

    16インチ砲戦艦より38センチ砲戦艦の方が、当時の独仏伊各国のニーズに合った戦艦となると判断された・・・ということなのでしょうか?
    Ranchan


  3.  ドイツのH型やソ連のソヴィエツキー・ソユーズ級は16インチ砲搭載艦として起工されていますし、フランスのアルザス級戦艦には同砲に変更するプランもあったようです。
     したがって、研究も開発も準備もしていたと考えるべきでしょう。
     
    hush


  4. 独、仏、伊の新戦艦は充分な数の補助艦艇が少ないことが原因の一つでしょうが30ノット以上の速力を要求されました。また、建造計画時には条約やコストの制約もあり、35000トンの基準排水量という一応の制約もありました。この場合、8門以上の16インチ砲を搭載すれば、35000トンに収めるのは困難です。実際、仏は4連装の砲塔を2基とも前部に集中配備したけれども38000トン強となり、独と伊は41000トンを超えています。15インチでこれです。独とソの16インチを搭載する戦艦は、5万トンを超えています。
    なお、米国のノースカロライナ級は、無理をして16インチ砲を搭載していますが、実際の最大速度は27ノット以下であり、更に実際の基準排水量は37000トン以上と言われています。
    出典は、初期の世界の艦船の福井氏等の説明。
    更に、
    UK



1073  KGV級の砲塔の前盾について疑問があります。
 同世代の他の戦艦の前盾は傾斜がついたものばかりなのに、KGV級の前盾はなぜ垂直になっているのでしょうか。
ナマケモノ

  1.  砲塔開口部を小さくするためだといわれています。
     仰角を大きく取ると、どうしても砲塔天蓋部もしくは前盾傾斜部の開口部が大きくなりますが、遠距離砲戦の場合、鉛直に近い角度で砲弾が降ってきますので、これは弱点になります。
     同級の場合、砲耳を前進させることにより、開口部を極小化するとともに、前盾を傾斜させないことにより、上方からの砲弾からの被害を小さくしようとしたようです。
     なお、同級の砲塔側面は傾斜しており、この部分では傾斜装甲の利点を活用しているようです。
     
    hush


  2. 3万5千トンに収めるため砲塔の重量軽減と砲室内部容積確保の面もあるかと
    駄レス国務長官


  3. >2
     それは最初に考えたのですが、それならば砲塔側面を傾斜させたのはなぜかと思うのです。
     
    hush


  4. >3
    天蓋面積の縮減じゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  5. >4
     それはありそうですね。
     
    hush


  6.  なるほど、垂直な前盾にすることのメリットはわかりましたが、デメリットはなかったのでしょうか。
     イギリスだけしか採用していないのが気になりますし、そのイギリスですら次級のライオン級戦艦では傾斜した前盾に戻っているのを見ると、それほど良いものではなかったのではと思うのですが。
    ナマケモノ


  7. >6
     砲耳を前進させたことにより、砲身ならびの砲塔の平衡をとることが困難になったこと、俯仰角機構が複雑になったことが挙げられると思います。
     長官閣下が2で仰ったように、3万5000tに納めることは、フェアであることが絶対のかの国においては、至上命題ですので、同級の設計は、かなり無理をしたと思っています。
     したがって、そういう頚木から解放された次級が、同様の垂直前盾を採用しなかったのは、当然のことであったのでしょう。
     
    hush


  8. 1. 前盾の傾斜角について
    我国は、比較的天候が良く、見晴らしも良い小笠原辺りでの大遠距離砲戦を想定していたため大和の主砲の最大仰角は45°と大きく、これに併せて砲塔前盾の傾斜は45度としています。なお、この場合の最大射程は40800mです。(42000mは、仰角が50°のときです。)
    米国もほぼ同様であり、前盾の傾斜は、ノースカロライナとアラスカで40°、アイオワでは37°です。
    主に北海で行動するビスマークは9°、シャルンホルストは20°です。そう遠方の敵を砲撃する機会は少ない事、初速が比較的早い事が考慮されたことと思われます。
    中間の気象、海象の場所で戦闘する機会が多いと思われる仏と伊の新戦艦は30°です。英国もQE、レナウン、バンガードは30°です。但し、ネルソンは20°です。
    結局、想定される戦闘で最良の結果をもたらす角度が砲やその付属設備の構造等を考慮の上決定されたと思います。
    さらに、観測装置や、レーダーの出現もあるため、事情を複雑にしているだけのことと思われます。
    2、落下角について
    大遠距離砲戦でも、砲弾は鉛直方向から飛んでくることはありません。
    次に、英国が想定していた戦闘距離は1.5万m前後と思われますが、14から16インチ砲では落下角は15程度となります。従って、(他にも理由はあったでしょうが)30°に傾斜させる利点も少ないと思われます
    UK


  9. >8
     1 意味が分かりませんが。
     2 私が言っているのは遠距離では鉛直に近いと言っているのであって、鉛直だと申しておりません。もっともKGVの14インチ砲を仰角40.7度で発射した場合は33380m先に50.3度の落下角度、撃角では40度弱となりますので、誇大表現と言われたらそうなのですが。
     イギリスが想定していた砲戦距離の想定の根拠は知りませんが、イタリア、ドイツの戦艦と砲戦を交わした際は、20km以上先から発射を開始しています。
     
    hush


  10. >9
    1、前盾は、大鑑巨砲主義のもとで攻防のシステムの重要な構成要素です。これの傾斜角だけを見ていては駄目。当然、不統一となります。想定される海戦及びその気象や環境、更には大砲や照準装置を考慮して最良の角度が選定されていると思われます。ナマケモノ氏は、それらを考慮せずに傾斜角だけを見て不統一と言っているようです。
    2、安全戦闘距離(大和ならば2〜3万m)になる前に2,3度は試射をする必要がある等のため、実際の最大射程は安全戦闘距離より大きい必要があります。当然、砲撃開始距離は2万mあるいはそれ以上となります。
    3.安全戦闘距離ですが、初期の世界の艦船の福井氏の記事によると、ネルソン型戦艦は約1.7万mです。ビスマークとの砲戦では、英側の射撃開始距離は1.9万ヤード、そのあと1.5万ヤードで撃ち合っています。ネルソン型もKGV型も水中弾対策をしていませんが、これも傍証となると思われます。
    UK


  11. >10
     1 「想定される海戦及びその気象や環境、更には大砲や照準装置を考慮して最良の角度が選定されていると思われます」とありますが、1で書いたように砲耳の位置と防御の関係でそうなったでは駄目なのでしょうか。
     8-1は、大砲の仰角と前盾の傾斜角にどういう関係があるのか、ああるいは関係がないと言いたいのかさっぱり分かりません。
     3 「ネルソン型もKGV型も水中弾対策をしていませんが、これも傍証となると思われます」というのはいかなることでしょうか?
     
    hush


  12. 大砲の仰角と前盾の関係は、砲耳と防御だけを考えては駄目、他の要素も絡めて決められていると思います。例えば、ドイツの戦艦の写真を見ると、前盾の形状は複雑です。
    日米の新戦艦と比較すると英国の戦艦の傾斜角が小さいのは、想定する砲戦距離が小さいことも原因であると思われます。想定する砲戦距離が短いので、重量の関係もあり水中弾対策はなされなかったと思われます。さらに、あの当時、想定する砲戦距離そのものが急速に変化しつつありました。
    UK


  13. >12
     水中弾防御って、日米以外に知られていましたか?
     
    hush


  14. >12
    ネルソンもKGVも主砲の最大仰角は44度で同じなんですけどね
    最大射程はネルソン4万1千KGV3万7千でやや短いですけど
    それが前盾の傾斜とどう関係するんでしょうか?

    > あの当時、想定する砲戦距離そのものが急速に変化しつつありました。

    お説によるとネルソンからKGVにかけて砲戦距離が急速に短縮したことになりますけど?
    駄レス国務長官


  15. 1.ネルソンの主砲の最大射程が、仰角44度で4.1万メートル(?)ということはあり得ないと思います。大和でさえ、45度で4.08メートルです。世界の艦船340号をご参照下さい。
    2.本来の質問への回答からそれるので、この程度にしましょう。
    UK


  16. >15-1.
    世艦の「イギリス戦艦史」にそう書いてありますけど?

    >15-2.
    「この程度にしましょう」も何も「想定砲戦距離との関連」はそもそも貴殿が言い出したコトなので説明責任がありますけど?
    駄レス国務長官


  17. NavWeapsのデータを見るとネルソン級キングジョージ5世級共に俯仰角度は-3〜40度になってますね。
    40度時の射程は14インチークVIIで36500ヤード、16インチマークIで38000ヤード。
    世艦は以前アイオワ級の主砲弾を2700「kg」なんて書いてた事もありましたし(ポンドとの取違)、ヤードとメートルの取違なんじゃないでしょうか>41000m
    NavWeapsにはHEだと40度で射程40890ヤード(37390m)って数値がありますし。
    元自


  18. あ、上のHEは16インチマークIの数値です。
    元自


  19. >17.
    > ヤードとメートルの取違なんじゃないでしょうか>41000m

    そーかも知れません
    しかも0.9144掛けるべきところ逆に割ってるみたい
    ・・・
    で問題はそこではなくてですね
    駄レス国務長官



1072  電気溶接率についての質問です

戦艦ビスマルクの船体の溶接率は、80%以上とか、90%に達していた、と言われます。この溶接率についてはは何か計算の方式が確立していたのでしょうか。そもそもの設計が、リベットと溶接で違うので単純に比較できないような気がします。
電気戦艦

  1. 熔接継手長さの全体に占める百分率じゃないでしょうか(残りがリベット継手)
    継手部分が単板強度の何パーセントかを示す 継手効率 とは違う概念です
    ちなみにリベット継手は計算で求まりますが熔接継手は上手い下手で全然強度が違ってきます
    駄レス国務長官


  2. 程度にもよるでしょうが、上手い下手で全然強度が違うなら、技術とは言えませんよ。戦前の溶接とリベットは一長一短がありますが、一般的には溶接が優れていました。
    戦後しばらくの間、そして現在も?溶接で一番怖いのは手抜きでしょうね。私は、大した時化でもないのに、竣工後そう年月も経過していないのに、突然船体が割けて沈没したボリバー丸やカリフォルニア丸は、込め金が原因だと思っています。
    まあ、リベット接合でも手抜きはあるよです。日航機事故も、根源は修理の手抜きですし。
    UK


  3. >2.
    「込め金」って初めて聞きましたけど説明願います
    駄レス国務長官


  4. 溶接の場合、良好な強度を得られるように、接合する金属板の端面を予め加工して、例えばU型の隙間あるいは溝を形成しておきます。そして、溶接棒を溶かしてその隙間を埋め込むことにより、母材と溶接棒の原料が強固に接合されます。この場合、作業を手短に行うために、作業の途中で隙間に何か異物を詰め込むことがあります。この場合には、接合部に異物が存在するため、強度が足りなくなり、脆性破壊を起こす原因となります。
    以上の他、予め接合部に所定の加熱を施したり、窒素等の不活性ガス中で作業したり、特殊な物質で覆っていたりすることもなされます。しかし、これらの作業に手抜きやミスがあっても、一旦溶接をしてしまえば一見しただけではわかりません。
    現在では、それらの手抜きやミスを防ぐため、種々の対策が講じられています。
    UK


  5. 業界用語ですね
    駄レス国務長官


  6. >1.
     おっしゃる通りだと思います。ただ気になったのは、本来2列リベットも1列リベットも区別しないで1本と考えていいのか、ということでした。まあ、区別しないほうが簡単かとも思います。
     私の次の疑問は、この溶接率は、設計者がきちんと計算して出したものなのか、のちに熱心な軍艦ファンの人が自ら図面を見て計算したのか、どうなのかということです。数値がばらついているので、後者かと思うのですが。
    >2,4.
     「込め金」は初めて聞きました。同じ意味で私が聞いたのは「あんこ」です。おまんじゅうのあんこです。このような隠語が公然とあったということは、あまり「造船大国」などと自慢はできません。当時会社が溶接作業を専門の下請に任せていたと聞きますが、本当に本社は知らなかったのかどうか疑問です。
     ジャンボ機の修理では、ボーイングが無能力だったのか、わざと手を抜いたのかは分かりません。日航の技術部門も弱体だったのでしょう。圧力タンクの薄板修理では、両側から当て板を当て、リベットでしめないといけないのですが、B社はサボって一枚だけにしましたから、変な曲げモーメントがかかり、破損に至ったのでしょう。
    電気戦艦


  7. 1 4を一部修正 「窒素」を「アルゴン」に、「不活性ガス」を希ガスとします。
    2 日航機の場合、マスコミによる事故の原因の解説では、補修用の材料板の切断ミスで、本来2列にすべきリベットを1列にしかできず、またそのままだったことが後日の破壊の原因となったそうです。あの当時の民間機の安全率は、確か2.5でした。従って、私の材料や材料の接続に関する知識では、如何なる補助的なそして応急的な追加措置をしても、一定期間内にやり直させるべきでした。いわゆる、リマークを付すべきでした。私なら、ボーイングの技術陣がどのように言ったとしても絶対にそうさせたでしょう。この場合には、リベット列が不足でも大丈夫と保証したボーイングの技術陣、それをそのままOKとした日航と我国航空関連の官庁の保険部門の技術陣の技術力、素質に問題があったと思います。
    3 ビスマルクの溶接率は船体の重量や接合個所の強度や被害時の耐水性に大きく影響するため、計画時に大まかに決定されたと思います。但し、詳細設計や生産設計時に多少の変更が加えられることはあり得ます。
    4 近年ニュースになった事例では、東日本旅客鉄道の車両の製造に関して川崎重工でなされた乱雑な製造を挙げられます。熟練の班長か組長は、製造を若手にやらせたまま、チェックしなかった。受け取る側も、乗客の命に係わる部分なのに、ちゃんと設計図通り製造されているか否かを検査しなかった。但し、両者の上層部は、手抜きには無関係だったと思います。

    UK


  8. >7 「窒素」を「アルゴン」に、「不活性ガス」を希ガスと〜
    使われるシールドガス種に「二酸化炭素」を追加します。業界により異なりますが、日本の造船所で圧倒的に使われているのはCO2ですので。
    >込め金、あんこ
    「置き棒」とも言うようです。いろんな表現があったんですね。
    本論と関係ない話で申し訳ありません。
    電弧棒


  9. ビスマルクの非溶接率10パーセントの意味するもの
     wiki(英文)によればビスマルクの船体溶接率は90パーセントとなっています。これは大体正しいとすれば、残り10パーセントはリベット接合ということです。どこがリベットになっていたかは興味有ります。すぐにはわかりませんが商船からの類推が役に立つかと思います。
     戦後造船会社が大型の本格的な商船を作り始めて時、溶接継手線の位置は、一番力のかからないところから採用し(例えば舷側の中央あたり)、経験積みながら少しずつきびしい場所にも採用を広げていきました。最後に残ったのがガンネル部(舷縁部、gunnel)です。ここは舷側外板の最上部と上甲板が直交する場所です。それまでこの場所には大型で強力なアングル(形鋼)を置き、二者をリベットで締めました。それで安心感があったようですが、リベットの職人がいなくなったので、全溶接になったと聞きました(川重の例)。
     軍艦と商船では構造が多少は違いますが、一番応力条件が厳しい場所にリベットが残されたと思います。
     
    電気戦艦


  10.  先ほどのアングル(ストリンガーアングル、ガンネルアングル)は昭和40年代前半もまだ採用されていたようです。
     世界の艦船 2020年6月号 104ページの写真をみてください。建造中のドイツH39型戦艦(ビスマルクも同じようなものでしょう)の艦底です。艦底は全て電気溶接で組み立てられていることがわかります。細長い鋼板は、鋼板相互の位置を確保するための仮留め用のものです。日本海軍はほぼ同時期大和級を作っていましたが、20年前に長門や陸奥を作るのと同じ技術(リベット接合)で作っていました。なんとなくがっかりしますね。
    電気戦艦



1071  ハンモックについて質問です。

 日本海軍なんかは川の字みたいに綺麗に並べて吊っている印象がありますが、昔の映画「戦艦ポチョムキン」なんかだと柱から放射状に吊っているように見えるシーンがあります。

1.放射状に吊るのは空間の無駄が多そうな気がするんですが、国あるいは軍艦によってそういう吊り方を実際にしたのですか?

2.船の進行方向に沿う方向に吊るのと、船の進行方向に対して直角に吊るのとでは寝心地が変わって来るんじゃないかと思いますが、ハンモックを吊る向きについて決まりとか「この方向が良いぞと言われていた」というような話があったら教えてください。
おうる

  1.  放射線状に釣床を配置する利点は考えにくいですね。もともと、帆船は船体を傾斜させて航走することがありますが、その場合でも水平を保てるという理由で導入された経緯がありますので、仰るように、船体に沿った方向に並べないと意味がありません。汽走するようになって意味合いは薄れましたが、今よりもかなり多い乗員を収容するのですから、そのような配置は合理的ではないと思っています。もっとも、画像検索をしていくとアヴェロフと書いてありましたからギリシャのでしょうが、直交する形で2段に釣床を配置してあるのがありました。
     そう思いながら、ポチョムキンの冒頭部分を観直すと、放射線状というよりは、かなりランダムに配置されているようです。そして、一部、脚が映っている部分はあるのですが、概ね、いくつかの顔が同時に映るように配置されているようです。だとすれば、これはエイゼンシュタインの意図に基づくものではないかとも考えられます。何せ、モンタージュ技法を考え出した監督ですので、多少、事実と異なっていたとしても、演出を優先させたとしても不思議はないです。
     ただ、昔観た映画「マスター&コマンダー」の冒頭も乗員の就寝シーンですが、かなり乱雑に配置されていたような記憶があります。したがって、上記は一つの考え方として思ってもらったほうがいいのかもしれませんが。
     
    hush


  2.  「マスター&コマンダー」のDVDを探して観たら、釣床は整然と並んでいました。やはり、エイゼンシュタインの脚色だろうと思います。
     
    hush


  3. 実質同じ内容の質問が、比較的初期の新Ans.Qにありました。小生、丁寧に解説したのに、質問前に調べられなかったのかなあー。読まれなかったのかなー。
    UK


  4. >3
     初期の新Ans.Qは消え去っていると思いますが。
     
    hush


  5. 新Ans.QのNo.274ですね。

    >hush様
    初期の新Ans.Qはまだ読めますよ。
    かくいう私も、つい先日伝言板で超音速様に教えて頂いた口なのですが。
    Ranchan


  6. >5
     ありがとうございます。
     一番乗りした癖に、伝言板でそんなやり取りがあったなんて、全然、知りませんでした。
     
    hush


  7.  皆さん回答ありがとうございます。

     AnsQの扉ページにある過去ログ検索で「ハンモック」で検索して7件ヒットしましたが、該当するような記事は見つけられませんでしたので質問させていただきました。
    おうる


  8. >3
    >7
    扉ページからでは全ての新Ans.qの過去ログは拝見できないので、おうる様が「類似質問なし」と判断されたのも致し方ないと思います。
    Ranchan


  9.  また、嫌がられそうな人が出られそうですが、この件について呟かれている人がおられます。
     http://navgunschl.sblo.jp/article/187830577.html
     私としては、そこに書いておられる「艦船ファン」氏に戻ってきてほしいものです。そうすれば、専門家のきちんとした丁寧な解説をいただけたと思うのですが。
     
    hush



1070  金剛のボイラ送風装置についての質問です。金剛の最初のボイラ(英国製ヤーロー式)本体は、呉の海事博物館に展示されています。このボイラがまだ東京目黒に残っている時見に行った事があります。ボイラ前面あたりに、往復式蒸気機関で駆動される多翼式送風機がありました。この送風機が当初からあったのかどうかはよくわかりませんが、レシプロ駆動ですのでかなり古く、最初からのものと推察します。
 ボイラ送風にはダクトから火格子下部に強制送風するものと、ボイラ室全体の気圧を高めるものと二種類あると読んだ記憶有ります。金剛はどうだったのでしょうか。なおこの送風機は呉の博物館の倉庫に保管されていると推察します。
電気戦艦

  1. 「軍艦機関計画一班」(明治41年増補再版)によると金剛の「缶室強圧通風機械」として
    ・大型(2缶用両面扇)直立単筒7in1/2 × 6in 扇車外径90in 回転数毎分320 風量毎分45,000立方フィート 風圧2in1/2水頭
    ・小型(1缶用片面扇)直立単筒6in3/4 × 5in 扇車外径90in 回転数毎分310 風量毎分22,500立方フィート 風圧2in1/2水頭
    とありました
    駄レス国務長官


  2. >1.
    × 明治41年増補再版
    ○ 大正7年増補三版
    駄レス国務長官


  3. 駄レス国務長官様 どうもありがとうございました。私が見てきたものは、やはり缶室強圧通風機械のようです。撮ってきた写真のシリンダ径からは、両面か片面かはわかりませんでしたが、おそらく片面でしょう。
     この機械で缶室に送風する時、缶室は密閉空間にはなっていないので、「勢い」みたいなものに頼ることになるのでしょうか。文献見ますと、closed stoke hold system (密閉焚火室方式)というものもあります。この場合、石炭投入のため焚き口の蓋を開けた時、火が手前に飛び出すことはありませんか。煙突の吸引力が効いて居るので、その心配はないのでしょうか。 
    電気戦艦


  4. えっとですね
    缶の通風には(1)自然通風(2)誘引通風(3)強圧通風の3種が有り艦船には(1)(3)が用いられます
    んで(3)には以下の2種が有り
    3A 缶室密閉式closed stoke hold system  石炭専焼缶および炭油混焼缶用 缶室全体を密閉して送風機で正圧を掛ける
    3B 缶室開放式open stoke hold system  重油専焼缶用 缶室を二分し缶本体のみ密閉して送風機で正圧を掛ける
    金剛は3Aであり缶室の天井に送風機を設置して外気を取り込み缶室内に吐き出す
    ・・・となっておりますので投炭時のバックファイアはありません
    缶室密閉式は室内の気圧増大により缶焚きが疲労し会話もしにくくなるので焚口を開けなくて済む重油専焼缶は缶室開放式を採用します
    駄レス国務長官


  5. 駄レス国務長官様 詳しい説明ありがとうございました。ということは、私の見た送風機は本来ならボイラの上方に定置されるものだったのですね。これでは、博物館のロビーには置けません。
    電気戦艦


  6. 駄レス国務長官様 その後調べていましたら、ハウデン式強制通風装置(Howden mechanical (forced) draught system) に出会いました。これも、closed stoke hold system の範疇に属すると考えているよろしいですね。ハウデン式は、タービン駆動軸流送風機を使用するらしいですが、上記金剛の往復式機関駆動のものとの使い分けはどのようになっていたのでしょうか。
    電気戦艦


  7. ハウデン式は商船円缶に多用され燃焼空気は送風機で缶前の空気予熱器を経て焚口周辺より缶内に送り込まれるので分類上は缶室(焚火室)開放式に属します
    送風機のレシプロとターボの使い分けは後者が高回転でも振動が少ないことより燃焼空気量の多い重油専焼缶もしくは送風機を小型化したい中小艦艇に用いられます
    駄レス国務長官


  8. 駄レス国務長官様 ありがとうございました。私の理解がまだあやふやでした。牧野茂さんの「日米戦艦比較論」の第4節1.大和主機関決定の経過 の最後部分には「開放式ボイラー室の採用は米海軍より10年早く...」とありますが、この意味は、重油専焼化がアメリカより早かったということになるのでしょうか。 

    電気戦艦


  9. 石油を産しない本邦の海軍が産油国の米海軍に先んじて重油専焼艦を造るなんてことはありえませんね
    米海軍の重油専焼化は1908年より起工の駆逐艦ポールディング級が草分けで戦艦では1912年起工のネヴァダが最初
    日本海軍の駆逐艦では1916年起工の江風・谷風が最初で主力艦では八号型巡戦(計画のみ)
    缶室開放通風は1921年起工の神風(2代)が最初だが米艦については調査中
    過渡期には新旧方式が混在するのが普通で一気に切り替わることはむしろ少ない
    あと牧野氏は造船屋なので機関に関しては時々的外れなことを言うから要注意(福井氏とかも)
    駄レス国務長官


  10. 駄レス国務長官様 詳しい情報ありがとうございました。また注意事項もありがとうございました。
    電気戦艦



1069 第二次大戦時の巡洋艦について質問です。

日本軍の軽巡 夕張は最終時に爆雷投下の装備だけでなく九三式水中聴音機と九三式探信儀まで装備して駆逐艦のように対潜装備がなされていますが駆逐艦よりも大型の巡洋艦で爆雷だけでなくソナーまで装備していた船となると夕張だけになるのでしょうか?

WW2時代の巡洋艦で夕張以外に爆雷とソナーが装備されていた巡洋艦があれば国を問わずにお教えください。
よろしくお願いします。
ライ

  1.  ざっと検索した限りでは、五十鈴が搭載しています。
     あと、多分、龍田と鹿島が。
     那珂は爆雷だけだったようです。
     
    hush


  2. ご質問に対する回答ではありませんが、航空母艦にもソナー・爆雷の類いは付いていたみたいですね。
    https://ja.m.wikipedia.org/wiki/雲龍型航空母艦

    巡洋艦では阿賀野、大淀。
    https://ja.m.wikipedia.org/wiki/大淀_(軽巡洋艦)

    水中聴音機か探信儀のどちらかと、爆雷の組み合わせなら、ほとんどの艦艇が該当するんじゃないんですか?

    太助


  3. 重巡の高雄や最上が爆雷投下台をのちのち装備していたのは知っていましたが
    空母で爆雷ソナーまで装備していた船がいたんですね。

    おしえてくださってありがとうございます。
    ライ


  4. アトランタ級は米巡洋艦としては珍しく本格的な対潜兵器を装備をしていますが、同級のような小型巡洋艦でさえ
    これを効果的に使用するには運動性に難があるとして44年末までに撤去されました。

    kimurada


  5. ttp://www.warbirds.jp/ansqn/logs-prev/B001/B0003084.html

    以前私がAns.qに質問させて頂いたものですが、これは少し違うでしょうか?
    Ranchan


  6. > Ranchan様
     ttp://www.warbirds.jp/ansqn/logs-prev/B001/B0003084.html

    巡洋艦以上でソナー装備の船がないかの質問なので 少し違いますね。
    ライ



1068  漆塗り船体の保守について教えてください。

 江戸時代以前の「小早船」など一部の快速船は水の抵抗を減らすために船体に漆を塗ったものがありました。
 この漆塗りの船体というのは、実用的にはどうだったんでしょうか?

1)漆は紫外線に弱いと聞いてますが、やっぱり定期的に塗りなおしてたんですか?
2)貝や船食い虫に対する効果はあったんですか?
3)貝を掻き落としたら漆がはげちゃいそうな気がしますがどうなんですか?

日本海軍の短艇なんかに漆塗りが採用されてないので実力的にはそれほど優れたものではないのであろうことは想像がつくんですが、気になって軽くググった程度では答えが見つからなかったので質問させていただきました。
よろしくお願いします。
おうる

  1.  こういうのがありますよ。
     https://www.jpds.co.jp/info/IPknowledge/vol-21.html
     
    hush


  2.  もう少し詳しいの…。
     https://www.nippon-kako.co.jp/column/C-1.html
     
    hush


  3. ありがとうございます。

    やはり海生生物に対する防止効果は外国製既存塗料よりも弱かったようですね。

    おうる



1067 25口径5インチ砲(古い高角砲だと思います)に対応したVT信管って存在したのでしょうか。
また、51口径5インチ砲(平射砲?)に対応したVT信管についても同様の疑問があります。

個人的には存在しないように考えていますが、無いことの証明は難しいといいますか、何か確定できる資料が欲しくて質問に挙げさせて頂きました。

よろしくお願い致します。

太助

  1. 質問者です。

    VT信管には、MK32、40、53など25口径5インチ砲に対応したものがあるとの記述があります。こちらです。(PDFがダウンロードできます。)
    太助


  2. 資料1:OP1480
    太助


  3. また、こんなサイトもあります。
    資料2:
    http://www.navweaps.com/Weapons/WNUS_5-25_mk10.php


    しかし、本当に25口径5インチ砲に対応していたのか今一つ自信がありません。
    自信がない理由は幾つかあり、

    @米国海軍の 25口径5インチ砲といえば、MK10という砲があるようですが、手動旋回方式だそうです。この砲を搭載した艦艇がどういった射撃方法をとっていたのか調べ切れていませんが、VT信管が有効に機能する程度の射撃精度がだせたのか判らない。

    A資料1には、25口径5インチ砲と並んで51口径5インチ砲にも適用してあるような記述があるが、どうもこれは平射砲らしい。つまり資料の正確さに疑問がある。

    B資料3には5”.25砲に適用とあり、眠気も手伝い、これだ!と思いきや、よく見ると英国海軍の5.25インチ両用砲のようである。やはり25口径5インチ砲の記述はない。
    資料3:


    C資料4にも記述なし。資料が多くなって来たので添付はしませんが、OP2215という資料にも記述なしです。
    資料4:OP127


    と、こんな感じで25口径5インチ砲がVT信管付きの砲弾に対応していたのか、また対応していたとしたら有効な射撃が出来たのかどうかがよく判りません。

    また追加質問になりますが、51口径5インチ平射?砲もVT信管付き砲弾を撃っていたなんてことも(まさかとは思いますが)あり得るのでしょうか?
    http://www.navweaps.com/Weapons/WNUS_5-51_mk7.php


    よろしくお願い致します。

    太助


  4. 資料3:
    https://www.history.navy.mil/research/library/online-reading-room/title-list-alphabetically/r/radio-proximty-vt-fuzes.html
    太助


  5. すみません、資料1と資料4のリンクが貼れません。
    資料1:OP1480
    資料4:OP127

    OPはORDNANCE PAMPHLETの略です。
    OP1480には25口径、51口径の両方に対応していると読める記述があり、OP127には記述なしです。

    検索頂ければ幸いです。


    よろしくお願い致します。

    太助


  6. 詳しくは知りませんがもし命中精度が高く発射速度も大であればVT信管の必要性は低くなるんじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  7. 1.私には、質問者がVT信管に対してどのような認識を持っていらっしゃるのかが判りません。VT信管は、発砲時の衝撃をもとに安全装置が解除され、発射後は目標の未来位置へ飛んでいく砲弾が目標近くを通過すれば砲弾を爆発させ、目標の近くを通過しなければ、最終的には砲弾を自爆させるものだと私は思っています。従って、基本的には(発射時の衝撃による安全装置の解除がなされれば)、発射する大砲には関係がないのではないでしょうか。
    また、条件によっては、塹壕内への敵への攻撃等にも使用されます。
    2.命中精度が高ければ、程度にもよりますが発射速度はそう必要ないと思われます。ミサイルがそうですね。なお、対空ミサイルの起爆には種々の方法があるようです。但し、私は、この方面は全くの素人です。なお、現実には、大砲で命中精度を今以上に上げるのは無理だと思われます。

    UK


  8. 回答ありがとうございます。

    >>6
    Wikipedia等々をみると、(詳細な条件は不明ですが)最高の人材・機材を使っても、1機の航空機を墜とす?のに平均2500発の在来信管砲弾が必要と見積もられていたそうです。つまり命中率はものすごく低いかと思います。

    >>7
    機械的にはどの砲での使用も可能かもしれませんが、航空機に対する射撃緒元が得られない砲でVT信管砲弾を撃つ価値があるかどうかですね。
    その意味で51口径5インチ砲(平射砲?)にVT信管を適合させたか疑問があります。そして適合させていなければ、VT信管が補給されるはずもなく、結果撃てない。
    一方で25口径5インチ砲は、VT信管の効果は薄いかもしれないが、とりあえず撃たなきゃ敵機撃墜の可能性もない訳で、信管が時限・着発信管かVT信管かはわからないが撃つ。VT信管を適合させていたかは費用対効果で決まるのでしょうか。

    つまるところ、砲だけを問題にしているのではなく、砲を積んでいた艦艇・また対応した射撃指揮装置等々・VT信管の製造や補給状況等々を鑑みて、当時の人が25口径5インチ砲と51口径5インチ砲にVT信管を適合させる判断をしたのかどうかが知りたいのです。

    回答になっているでしょうか?

    太助


  9.  資料1を見る限りでは、両方ともVT信管を使用できそうです。というのは、注記の2にこの信管は他の信管よりサイズが大きいので、特別な砲弾が必要であるとわざわざ記してあるからです。
     もっとも、25口径の砲にある砲弾のカットには時計信管の対空砲弾のものはありますが、VT信管のものがないのは気にはなっていますが。
     51口径のほうは、平射砲ですが2次大戦中に使用されたものは、改造されたのだと思いますが、45度の仰角を持っています。そして、搭載艦の多くは旧式艦ですが、その他に護衛空母を含んでいます。これは旧式戦艦から外された砲だと思われますが、護衛空母が対空戦闘を行うとき、搭載機と護衛の艦艇だけでなく、自艦の砲火も使用したはずなのです。そうしたとき、時計信管だけで乗員が満足するものだろうかと思うのです。
     たとえ、直上の飛行機を撃てなくても、45度の仰角があれば、手動旋回式であっても、それなりに遠方へ砲火を浴びせられます。接近してきた航空機は装備する機関砲、機関銃に任せ、投射弾量によって防御しようという姿勢ではないかと思っております。そうした時、VT信管のほうが望ましいでしょうし、アメリカの工業力はそれを可能にしたと思うのです。
     
    hush


  10. >>9
    資料1を見る限りではそうですね。
    資料4には25口径5インチ砲や51口径5インチ砲の項目にVT信管の記述がないようですが、これは小生の見落としでしょうか?

    また、51口径5インチ砲で”遠方へ砲火を浴びせ”とありますが、対航空機用の射撃指揮装置を積んでいたのでしょうか。それとも人間の勘まかせでしょうか。VT信管は標的の近くに砲弾を撃ち込めた場合にのみ効力を発揮します。極論ですが、見た目だけ派手に砲弾を爆発させて攻撃を断念させるのであれば、時限信管の方が効果があるのかもとさえ思えてしまいます。


    という感じですので、
    資料4の感想と、25口径5インチ砲や51口径5インチ砲で標的の近くに砲弾を撃ち込む方法について、ご意見をあわせてお願い致します。

    太助


  11. >10
     この件について、つぶやいている人がおられますね。
     http://navgunschl.sblo.jp/article/187750476.html
     
    hush


  12. >>11
    図が良く見られませんが、資料1の通り25口径5インチ砲や51口径5インチ砲で使用可能な砲弾にVT信管は着けられるということですか。
    砲→砲弾、砲弾→信管は判りましたが、砲→砲弾→信管の組み合わせは試験されたのでしょうかね。
    あの書きようからすると実際には使用されなかった可能性もあるということでしょうが。

    太助


  13. >12
     直接、お聞きになられてはどうでしょうか。
     
    hush


  14. >>13
    まあ、機会があれば。

    太助


  15. 直接ご質問への回答ではないのですが
    VT信管は陸軍でも使っていますし対空目的に限定したものではありません。
    各種砲弾に使用されていても不思議はないように思います。
    たしか野砲で使われたヒトラーが非人道的だと非難したとか。

    あと、VT信管は発射時、ライフリングによる遠心力加速度で安全装置解除、
    砲口を出て遠心力加速がなくなるとスプリングにより復帰起動する仕組みだったと記憶しています。(出典不詳)
    P.D


  16. >14
     http://navgunschl.sblo.jp/article/187764046.html
     さらにつぶやかれていますね。
     
    hush


  17. >>15
    回答ありがとうございます。

    確かに対地用のVT信管もありますね。ただ資料1では38口径5インチ砲と51口径5インチ砲で同じ信管が使用可能とあったので質問させて頂きました。
    信用できそうなサイトで、51口径5インチ砲を対空用途で使用していたのか調べている最中なのですが、どうも太平洋戦争開戦時では対地・対艦用途のみのような感触をもっています。VT信管の登場等々で用途が変わったのかとも考える半面、VT信管の作動する範囲に砲弾を撃ち込めるのか疑問もあります。

    https://www.history.navy.mil/research/histories/ship-histories/danfs/t/tennessee-bb-43-v.html
    Tennessee's old 5-inch battery, and combination of 5”/25 antiaircraft guns and 5”/51 single-purpose ”anti-destroyer” guns, was replaced by eight 5”/38 twin mounts.

    https://www.history.navy.mil/research/archives/digitized-collections/action-reports/wwii-pearl-harbor-attack/ships-s-z/uss-tangier-av-8-action-report.html
    The 5”-51 caliber gun not being an A.A. gun was of no value to us and the personnel were required as indicated above.

    https://www.history.navy.mil/content/history/nhhc/research/archives/digitized-collections/action-reports/wwii-pearl-harbor-attack/ships-a-c/uss-california-bb-44-action-report.html
    All 5”/25, 3”/50 and A.A. 50 calibre machine guns were completely ready for use and ready to load in all respects.

    About 0810 Fire Control ordered all 5”51 personnel to assist in the 5” A.A. ammunition service.

    https://www.history.navy.mil/research/histories/ship-histories/danfs/w/west-virginia-ii.html
    Gone were the cage masts that supported the three-tier fire-control tops, as well as the two funnels, the open-mount 5-inch/25's and the casemates with the single-purpose 5-inch/51's.


    一方で、対論になるのかな?こんな情報もあります。
    https://www.history.navy.mil/content/history/nhhc/research/archives/digitized-collections/action-reports/wwii-pearl-harbor-attack/ships-m-r/uss-ramapo-ao-12-action-report.html
    All guns, i.e. two 5”/51 caliber, two 3”/50 caliber and two .50 caliber machine guns had previously been placed in complete readiness for firing, including firing locks, pre-set fuses on 3”, etc.

    まあ気長に調べていこうと考えております。

    太助


  18. >>11、13、16
    hushさんへ

    そのサイト好きですね。
    しかし小生は談笑の輪があれば混ぜて貰うのが好きな方なので、そのサイト主の趣向はかなり異質にみえてしまいます。一言でいえばコミュニティ(Warbirds)と距離をとるくせに聞き耳立てられて気色悪いと。(ROMの方はコミュニティの一員と感じますが、 hushさんの好きなサイトは明らかに違いますよね。)

    まあ一方で、聞き耳を立てるのも自由だし、ぶつぶつ独り言の内容を吹聴して回ることが自由なのも確かです。よってhushさんがリンクを貼られるのも構わないのですが、小生宛にリンク貼りをするのを控えて貰うことは可能でしょうか?

    一利用者ではありますが、コミュニティ外のあのサイトの吹聴を小生宛にされるのは迷惑に感じていることを明示させて頂きますので、ご配慮頂けましたら幸いです。
    息抜きで調べ物をしているので、変な人とは関わりあいになりたくないのです。


    管理人様へ
    ご面倒をお掛けします。
    迷惑に感じている旨をそれとなく察して貰いたく>>14の書き込みを行いましたが、通じませんでしたので、hushさんへの私信・お願いを纏めさせて頂きました。お願いの内容は『小生宛に某サイトの吹聴をしてくれるな』です。あくまで私信ですので、hushさんに小生の考えが伝われば本項は削除頂いて構いません。

    お手数をお掛けしますが宜しくお願い致します。

    以上

    太助


  19. >18.
    こういう所は押しなべてお節介焼きが回答付けますのでもし迷惑であったなら>12あたりで早目かつ明確に意思表示すべきではなかったでしょうか
    駄レス国務長官


  20. >18
     はい、了解しました。
     
    hush



1066 米国のアルフレッド・マハンの「海洋戦略」におけるシーパワーの概念と、やや遅れて提唱されたフランスの「新生学派」の海洋戦略の概念は全く相反するもののように思えます。

米英日は前者、仏独露は後者の影響が強いように思えるのですが、これはやはり海主陸従の国と陸主海従の国の違いであると理解してよろしいのでしょうか?
備後ピート

  1. フランスの「新生学派」の代表的な人物と著作名を提示してください
    豊後プート


  2. 念のため伺いますが、「新生学派」は「青年学派」の誤記ではないですね。
    UK


  3. >2.
    「新生学派」という訳し方もあるみたいですよ
    https://www.riabou.net/entry/20091110/1257786165
    豊後プート


  4. 新生学派の定義、内容如何ですが、マハンより先に提案されています。
    両説は、海洋戦略をそれぞれの国情に対応して述べられたものであり、米英日、仏独露の海洋軍備が学説から影響を受けたというのは合わないあるいは言い過ぎと思います。劣勢な方は、正当な手段で対抗できないから奇策?を用いる傾向がある、あるいはそのようにせざるを得ないだけと思われます。日本の場合には、潜水艦と夜戦を重視しました。また、基本は陸主海従でした。
    今日の世界でも、先進国相手の陸上戦はゲリラ、海上戦はゲリラ的な海賊です。
    UK



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