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艦船関係
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970 いつもご教授頂きまして有り難うございます。

スペイン航空母艦「プリンシペ・デ・アストゥリアス」は、2013年2月6日退役後どのような運命を辿ったのでしょうか?
「競売に掛けられた」などのお話も聞きましたが、現状どのようになっているのかわかりません。

彼女は退役後どうなったのかお教え頂きたく、宜しくお願い致します。
Ranchan

  1. スペインのコトはスペイン語のウィキ ↓
    https://es.wikipedia.org/wiki/Pr%C3%ADncipe_de_Asturias_(R-11)

    上記によればスペインのSurus Inversaとトルコの合弁企業が2016.9.26にスクラップとして240万ユーロで落札しトルコのAliagaに曳航の上同地で解体とのコト
    駄レス国務長官



969 ww2の戦艦建造時についての質問です。
日本海軍は大和型を戦艦のスタンダードとして量産しようとしていたのだ、という記述を見かけたのですが、戦艦を量産する際には
1 主砲製造の砲熕技術
2 装甲製造の生産力
3 造船、造修能力の拡充
主にこれらのボトルネックがあるように見受けられました。
日本が大和型を量産しようとした場合、一番ボトルネックになるのはどれなのでしょうか。
チャカ

  1. あ、あと機関の製造能力もありますね。
    自分の知識ではこの四点を比較することができず、皆さんの力をお借りしたいです。
    よろしくお願いします。
    チャカ


  2. 海軍は戦時下での戦艦の建造はあきらめました。
    大和型4番艦の111号艦は開戦により建造中止→解体されました。
    なので、対米開戦なし、予算・人員無制限という前提ということにしてしまうと

    1.の砲熕技術については46p45口径砲の製造なら可能ですが、計画にあった改大和・超大和用の砲については厳しいでしょう。

    2.の装甲製造の生産力についても同様で、大和型用の410oVH鋼の製造で限界だったようです。
    さらなる大口径砲に対応する防御は、防御方法そのものを再検討する必要があるとされていました。

    3.の造船・造修能力については大分県の大神に工廠を増設する計画がありました。
    大和型の建造には対応しているのではないかと思われます。これで呉・横須賀・三菱長崎と合わせて四隻同時建造ができるでしょうか。

    追加でご質問の機関製造能力は大神工廠の増設で賄えるかなとおもいます。

    アビシニアン


  3. 御回答ありがとうございます。
    つまり戦争がなく、大神工廠があれば大和型を量産しようとした海軍の計画は
    成功する可能性が高いという理解で良いのでしょうか。
    あと、神戸や佐世保には既存の工廠があったと思うのですが、そこが大和型を作れないボトルネックが何かあったのでしょうか。
    チャカ


  4. それ以外に装備品(測距機、方位盤、高射装置、電探)および燃料の製造能力というのもあると思います。このへんはかなり厳しいのではないかと思います。
    また、ご質問にあった佐世保、神戸の造船能力ですが、佐世保の設備は規模が小さく戦艦の新規建造は不可、川崎神戸は防諜上の理由で使用できないでしょう。
    また、大和型の量産で補助艦の建造をかなりあきらめる必要があるのではないかと思います。老朽化した重巡・軽巡・駆逐艦の建造をあきらめざるを得ないという点から戦艦の量産はしないという結論になるのではないでしょうか。
    アビシニアン


  5. なるほど、ありがとうございました。
    チャカ


  6. 私の知っている限りでは、神戸(川崎造船)は、船台の幅が少し足りなかったからです。このためもあるのでしょう、川崎はもっと大型の艦船を建造可能な造船所を計画していたようです。
    UK


  7. >4
     基本的に同意致しますが、「佐世保の設備は規模が小さく戦艦の新規建造は不可」とあるのが、少し気になっています。と言うのは、ここの第7船渠で武蔵の艤装を行っているからです。現在は佐世保重工業第4ドックとなっていますが、我々の世代では日章丸を建造したドックであり、昨今ではアメリカの原子力空母が使用可能な4ドックの一つです。建造船渠として使えるかどうかは存じませんが、規模が小さいとまでは言い切れないと思っています。
     川崎神戸の場合は、機密保持という問題もありますが、船台での建設には問題が多いということで、D計画の戦艦は船渠建造に切り替わったと聞いたことがあります。
     また、大神(おおが)工廠については、後に台湾の高雄に建設予定地が変更になっていますが、D計画の必要費用44億円の過半を占める24億円であったことはともかくとして、中に入れる工作機械をどうするのかという疑問があります。と言うのは、当時の日本では、精度の高い工作機械は輸入に頼っていたからです。しかも、これは、大和級の主砲塔防楯に使われた650mmの装甲用にドイツから導入した1万5千t水圧プレスがという話ではなく、旋盤だとか、中ぐり盤だとかいうような普通の工作機械の話なのです。
     「対米開戦なし、予算・人員無制限という前提」ということですが、1939年にアメリカは鉄、屑鉄の対日輸出規制を行っています。そして、当時、日本に輸入されるの鉄の半分はアメリカからのものであったのですから、その影響は看過できないものと思っています。
     また、ドイツは1939年にイギリス、フランスと戦争を始めています。つまり、これらの国の工作機械の輸入はかなり厳しいということになります。
     したがって、これらの工作機械の輸入先はアメリカとなるわけで、実際、海軍は1937年から41年の間に総額2000万ドル以上、円に換算すると8600万円もの工作機械と航空機部品を購入しています。ただ、そのためには外貨が必要になるわけですが、戦前の日本が輸出できたのは生糸や綿製品を中心とする繊維製品がほとんどです。
     もし、アメリカが工作機械の輸出制限を行えば、かなりの隘路に突入する可能性が高いですので、アメリカの対日禁輸なしという前提も必要かと思っています。
     
    hush


  8. hushさん、回答ありがとうございます。
    つまり、工作機械の調達が最大のボトルネックになるという理解でよろしいでしょうか?
    チャカ


  9. >8
     鄭重な御礼をありがとうございます。
     ただ、工作機械の不足はボトルネックの一つになったという可能性を申しただけで、最大かどうかは存じません。もっとも、アメリカの対日禁輸が史実通りに行われたとしたら、量産が完成した頃には動かす燃料がなくなっていただろうとは思っています。したがって、しいて、最大の問題を挙げるとするのなら、燃料問題ではなかったかと思っています。
     
    hush



968  艦船の自動消火スプリンクラーはどのように普及していますか?

 自動消火スプリンクラーは19世紀初頭にアイディアが登場し、建物用としては19世紀末ごろから実用化し始めているようです。日本では大正10年に初の国産スプリンクラーが登場したという記事を見つけました。

 戦後、外国商船が火災を起こした際、作動した消火用スプリンクラーが散水しすぎたせいで沈没してしまった事例はありますが、その事件までは非常に有効な消火設備と考えられていたと思います(その事件を踏まえて、消化能力はそのままで散水量を抑えたミスト式のスプリンクラーが登場)。
 商船よりもダメコンをより重視しなければならない軍艦においてどのように普及していったか、概要を知りたく思い質問させていただきます。
おうる

  1.  スプリンクラーって、そんなに役立ちますか。火薬庫に引火しそうでしたら緊急注水でしょうし、油類があるところでしたら役に立ちません。もちろん、現用艦艇にはスプリンクラーはあるようですが、居住区等を含む限定された場所だけのように思います。
     客船の場合は設置が義務付けられていますが、ほとんどが居住区ですので、これはむしろ当然です。しかし、艦艇の場合は、爆発物はある、可燃性液体もある、だったらスプリンクラーよりも、各所にある消火栓からの注水のほうが主になると思いますし、水以外の消火剤を用いたほうが有効なのではないでしょうか。もっとも、昨今のスプリンクラーは、ハロンガスも出るのよという技術革新がされているというのなら御免なさいなのですが。
     
    hush


  2. 1.米ソの盛んな核実験による死の灰で我国がおお騒ぎしていた昭和30年代中期、欧米の軍艦は死の灰を洗い流す装備を設置しており、それを作動させている写真を何度か見た記憶があります。現在の軍艦では、スプリンクラー等は、消火だけでなく他の用途も考えて設置されているのではないでしょうか。
    2.散水しすぎて沈没?転覆ではないでしょうか。結果は同じかな。
    3.復役直後のアイオワ級戦艦の砲塔内の爆発事故時に、世界の艦船に掲載された写真では、ホースで消火しているようです。但し、砲塔内は映っていません。
    UK



967 英海軍戦艦について、ネルソン級以降の艦が主砲を真正面に対し零距離射撃を可能とさせるために、艦首甲板に傾斜を設けなかったのは、ジュットランドの戦訓から遠距離砲戦は敵を取り逃がす可能性が高い為、敵発見と同時に可能な限り接近し、近距離砲戦で敵艦隊を確実に仕留めるという思想に基づいての設計であったという認識でよいのでしょうか?
また、それに関連して英海軍戦艦の水平装甲が日米戦艦と比較して薄かったのも、近距離戦を重視していたからなのでしょうか?

  1. ヂャットランドの戦訓に近距離砲戦志向ってのは無かったと思いますけど
    駄レス国務長官


  2. http://www.warbirds.jp/truth/torpedo4/18.html

    参考までにこちらをお読みください。
    というか「魚雷は大人になってから」は全章お読みくださるのがよいと思います。
    超音速


  3. お二方、解答ありがとうございます。
    歴史群像2017年10月号に、英海軍はWW1以降、近距離戦を重視し、ネルソン級がネルソンという艦名になったのも、かつて敵艦隊に旗艦ごと突撃してこれを見事撃破したネルソン提督の精神にあやかってつけられたということも含めて書かれている古峰さんの記事がありますが、これは違うということでしょうか?


  4. そもそも英戦艦は伝統的に艦首シーアが小さいので何も「ネルソン級以降」に限ったハナシでは有りませんね
    それとネルソン級は鈍足なので敵に「可能な限り接近する」というのも実際問題難しいんじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  5. なるほど。浅学で申し訳ないのですが、ではR級やQE級も真正面への零距離射撃ができたということでしょうか?
    近距離戦を重視したという思想と、それが実際問題として難しかったというのはまた別の話ではないでしょうか?


  6. やって出来ないことはないでしょうかけど船体と乗員へのダメージが大きいので普通はやらんでしょうね
    ヂャットランドの発砲実績でも殆どは首尾線より30度以上舷側に振ってます
    あとハードウェアが実現し得ない運用思想は検証不能ではないでしょうか
    駄レス国務長官


  7. >1
    それは、単に造船官的見地からの教訓ばかりを読んでいるからからでしょう。

    BUN


  8. >7.
    そんなことも有りませんけど講談本の類は読んでおりません
    駄レス国務長官


  9. 「近距離戦を重視」という書き方だと遠距離は軽視してるように読めてしまいますが、実際は遠距離もちゃんと対応してますよね。
    濃霧や悪天候の中いきなり遭遇戦もありえるとの考えでしょうから、「近距離戦も想定」という表現でいいんじゃないでしょうか?
    超音速


  10. 遠戦にせよ近戦にせよ全砲塔を敵艦に指向すべきで一部砲塔が使用不能となる首尾線上に敵艦を見るのは良策とは申せませんね
    仮にネルソン級が充分高速であったとしても逃げる敵艦の航跡には入らず横距離を取って並行進路で進むのが他海戦の戦訓に照らしてもベターじゃないでしょうか

    駄レス国務長官


  11. ちなみに「零距離射撃」のイミ ↓
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B6%E8%B7%9D%E9%9B%A2%E5%B0%84%E6%92%83

    小職は「水平射撃」のコトと解釈しました >6.
    駄レス国務長官


  12. ジュットランド海戦後の研究は複雑精緻な艦隊運動の見直しと近距離砲戦の再評価に向かいます。何も艦首方向に砲を水平にして撃つばかりという話ではありません。
    これは講談本などではなく、ちゃんとした文書と研究が残っていますから、駄レスさんもこれから読む分野が増えて良かったではありませんか。

    BUN


  13. >9
    それは想定する、ではなくもっと積極的な姿勢です。
    切り縮めて考えてはいけないと思います。
    BUN


  14. >12.
    戦策の改定とかじゃなくて研究レベルの話なんですか? 
    駄レス国務長官


  15. 戦策そのものが変っています。ネルソン級の低速でそれができるのか、という駄レスさんの疑問にも答える内容もあるんですよ。面白いからぜひこの時期のことを調べてみてください。
    BUN


  16. 先生方が登場してしまったけれど、どうも違和感が有ったので。

    >また、それに関連して英海軍戦艦の水平装甲が日米戦艦と比較して薄かったのも

    これ、時期にも拠るのでは無いでしょうか?
    同じ様な設計思想で作られた同時代の戦艦群。
    特に日本は、英艦を祖としています。
    同時代、各国変わり無く見えますが。

    末期の装甲厚となったのは、日本がワシントン条約を破棄して第二次改装をしたあたりじゃないでしょうか?米軍もそれに近い時期に改装していると思いますが。

    ユトランド沖海戦の戦訓を活かしたのは、まずは、フッド。建造中に変更して水平防御の強化をしています。日本では長門型。途中で設計に盛り込んで水平防御の増強をしています。

    ここ、興味深いですよ。

    艦砲と装甲(略) で検索して下さい。
    暇人


  17. >15.
    主力艦だけじゃなく飛行機や潜水艦を動員して近距離砲戦に持ち込むってハナシでしょうか
    とすると大分最初のお題とかけ離れて来ますね
    余り面白そうじゃないのでもう寝ます


    駄レス国務長官


  18. 一夜明けても進展が無かったので一言
    鈍足の主力艦でも活躍させるにはあらかじめ敵艦の行動力を減殺して近戦を強要するコトだとすれば冒頭より言われてる艦首方向水平射撃とか艦名の由来(先代「ネルソン」は巡洋艦)とか敵陣突破の突撃精神とかはあまり関係無いハナシじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  19. 英海軍は当時日本海軍を第一仮想敵とし、想定された戦場はスコールや霧が多発するマレー沖や南シナ海だったと思うので、確実に得られる視程が十数キロだと考えられたというのも関係しているのではないでしょうか?敵もまた近距離戦を強いられるだろうという想定でしょうか。
    結果論かもしれませんが、日本海軍もまた、主砲仰角の増大など行っていましたが、やはり決定打となるのは近距離戦であると考えていたようです。


  20. >19.
    >確実に得られる視程が十数キロ

    それだと北海よかむしろ良いくらいですけど
    駄レス国務長官


  21. >20
    それだけが近距離戦を重視した理由であるとは言っていません。他にも航空機攻撃の影響で回避運動を強いられる為、遠距離砲戦で必須となる整然と列を組んでの艦隊運動が困難になるであろうと予測されたことなどもあげられます。


  22. >19.
    >確実に得られる視程が十数キロ

    それだと北海よかむしろ良いくらいですけど
    駄レス国務長官


  23. >21.
    >他にも・・・・・ことなどもあげられます。

    他にも有りましたらなるたけいちどきに書いていただけると助かります
    んで距離十数キロ以下が近戦であるとお考えでしたら主砲仰角(度)が射程(km)とほぼ対応するコト(15度で15km前後)より少なくとも「艦首方向水平射撃」の当否は判断可能と思いますけど

    >22.は誤送信です
    駄レス国務長官


  24. >19

    そんな事は無いのでは無いですかね。
    2万を超える遠距砲戦が起こり、その破壊力が分かった訳です。

    命中率が良かろうが悪かろうが、喰らうと一撃で轟沈ですよ?
    無視出来ないでしょう?

    日本海軍は、2万〜3万で訓練していたという資料を見ます。
    因みに1万以下が夜戦時の砲戦距離だそうです。

    ビスマルク追撃戦時のフッドの射撃開始距離とか調べて下さい。
    暇人


  25. >15.
    Doctrine and Fleet Tactics in the Royal Navy, by Dr. James J. Tritten, November 1994 に拠れば大艦隊戦策は1924、1928、1929年に改定されてるようですけど(P22-23)ネルソン級は1922年2月の華府条約を受けて設計開始、同年半ばに設計完了および建造契約締結、同年末に起工ですから「戦策の改定がネルソン級の設計に反映された」は時系列的に無理がありそうですね

    >24.
    フッドはまさしくビスに対して逆丁字で急接近して最初は艦首砲塔しか使えず艦尾砲塔を参加させようと転舵直後に爆沈しちゃってますよね
    駄レス国務長官


  26. >25

    ユトランドの英巡戦の損害がドイツより大きかった理由に、射撃時の手順が挙げられていますよね。次発を急ぐ為に弾薬庫の扉を開けていたとか。

    フッドは遠距離戦をしていれば良かった所を近距離番長に殴りこみをかける形になって、結果轟沈。副砲弾薬庫の爆発で主砲弾薬庫が誘爆したとか。

    また開けっ放しだったという事は無いのですかね。
    暇人


  27. >26 弾薬庫の扉でなく、弾丸を装填中に、装薬を入れている薬缶の蓋を開けていたです。
     遠距離戦をしていれば良かったは、誤り。水平防御が甘い。遠距離戦は不利。なお、転舵は全砲門を相手に向けるため。
     副砲弾薬庫の爆発でなく(これが理由であれば、軍艦の設計とはいえない。wikiの記載は常に参考程度に)、後部第3砲塔基部あたりの主砲弾の命中で轟沈しました。多分、遅動信管がうまく作動して、弾丸が暴れまくって装薬缶等を幾つか破壊した後爆発した。
    以上、初期の世界の艦船の旧海軍技術将校の記事。特に、ネルソン型戦艦の考察記事。その他、海底のフッドが発見された直ぐ後に出版された本(名称はわすれた。尚、この本は、相当信用が置けると思います)。
    UK


  28. >27.
    主砲のタマを込めるそばで装薬を薬缶から取り出してたってコトでしょうか?
    不要となった空き缶はどうしてたんでしょうか?
    駄レス国務長官


  29. >27

    フッドの水平防御はそれまでの巡戦より強化されていますが・・・。
    ビスマルクの水平防御も強いですね。

    高初速な砲を持つビスマルクに距離を詰めたのは間違いだったとの資料をみました。でも、重要部の水平防御を見るとビスマルクの方が上に感じます。
    結局、どっちでも一緒だったのですかね。

    >初期の世界の艦船の旧海軍技術将校の記事

    貴重な資料ですね。
    真実がそこに有るのかも知れません。

    でも、ガセネタの巣窟のサイトに2001年に潜水調査されて主砲弾薬庫だか装薬庫だか直撃が分かったと書いて有りました。

    戦後、すぐの時代。経済的にも厳しい時代だと思います。
    沈んだ戦艦の潜水調査なんかすぐにしたのでしょうか?

    ガセネタサイトに書いて有る2001年が正解なのでは無いでしょうか?

    暇人


  30. >初期の世界の艦船の事旧海軍技術将校の記

    あぁ、済みません。
    つまりは、旧海軍技術将校の記は2001年以降だった訳ですね。
    暇人


  31. 27の一部修正
    海底のフッドではなく、ビスマルクでした。
    26の誤りの指摘の追加
    21000ヤードの距離でビスマルクとプリンツオイゲンを見誤るほどの吹雪気味の悪天候です。遠距離砲戦は困難です。
    28への回答
    不要となった空き缶(薬きょうではない)の処理は、何処の国でも、当然我国と一緒だと思います。なお、ユトランド沖海戦で、敵弾が砲塔内で爆発したドイツの巡戦が、装薬に引火して爆沈することがなかったのは、弾丸を装填後に素早く蓋を開けて装薬を薬室内に入れることを徹底していたから。ドッガーバンク海戦の教訓(被弾したがうまく逃げ帰った巡戦の調査。蓋を閉めていた薬缶内の装薬は、敵弾が砲塔内で爆発しても燃えたりしていなかった)によります。
    29と30への誤り等の指摘
    調査はビスマルクの話、それともフッドの話。ビスマルクの場合には、最後には何発も命中弾をきしています。海軍の技術将校の記事は、初期の世界の艦船に掲載されていました。当然、昭和40年ごろ。
    UK


  32. >31.
    >21000ヤードの距離でビスマルクとプリンツオイゲンを見誤るほどの吹雪気味の悪天候です。遠距離砲戦は困難です。

    当日の写真では吹雪いてませんけどね
    あと艦型を見誤ったとしても測的は出来てるんですけどね
    2万を超えてりゃ充分遠距離砲戦じゃないですかね

    >不要となった空き缶(薬きょうではない)の処理は、何処の国でも、当然我国と一緒だと思います。

    >27.の通りなら砲室内に溜まる空き缶をどんどん下に下ろさねば邪魔になって仕方が有りませんけどね
    本邦含む各国とも同じようにやってたんですかね
    駄レス国務長官


  33. >31

    あぁ、でも命中した時の距離やら、装甲の具合やら判っていると推測する事は出来るかも知れませんね。
    暇人


  34. >32

    >当日の写真では吹雪いてませんけどね

    そんな事も言うのですね。大笑いです。

    >31

    >遠距離砲戦は困難です。

    ビスマルクは試射?でしたっけ、そんなのを繰り返し命中弾を得たののが確か6回目とか。困難だったですかね。


    暇人


  35. >34
     ”Weather- Seas were not especially rough and the wind was not strong. Visibility was also good” http://www.hmshood.com/history/denmarkstrait/ranges.htm
     ”In the early morning of 24 May, as the first lights of dawn were about to appear in the sky, the weather improved and the visibility increased.” https://www.kbismarck.com/denmark-strait-battle.html 
     吹雪とは書いてないですね。
     
    hush


  36. ビスマルクとプリンツオイゲンを21000ヤードの距離で見誤る程「の吹雪気味」を、「視界が良好でない」とします。従って、遠距離砲戦の定義如何ですが、あまり遠距離では水柱による弾着の修正は困難であったと思われます。なお、砲戦開始の時点では多少天候は良好であったでしょうが、決戦前夜及びその後は霧が発生したり等しています。
    次に、海はかなり荒れていた(波が高い)様です。そしてこれが、キール運河を通過可能とするため喫水を浅くして艦幅を広げたビスマルクに有利に作用したそうです。
    UK


  37. >36.
    そのご様子では動画も見たこと無さそうですね
    https://www.youtube.com/watch?v=VEG31MuTF_M

    ときに空き缶処理の件は結局どうなったんでしょうか
    駄レス国務長官


  38. >32,35

    済みません。ちょっと呑み過ぎて違う解釈をした様です。
    暇人


  39. >36

    自分は質問に対して非常に違和感を感じてフッドまでいった訳です。
    御大やらhush先生の御意見も是非とも伺ってみたいものです。

    >英海軍戦艦の水平装甲が日米戦艦と比較して薄かったのも、近距離戦を重視していたか
    暇人


  40. >39.
    ポストヂャットランドタイプの日米戦艦と比較すれば心持ち薄い(大和は別格)とは言えプレヂャットランドタイプよりは格段に厚いので近戦重視とは言い難いんじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  41. そもそも敵艦が突如近距離に出現するワケ無いので遠戦で互角以上でなければ近戦に持ち込めないんじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  42. 今更で恐縮ですが、当時の英海軍が近距離戦志向であったことを大前提で質問したんですけどもそもそも近距離戦志向であったこと自体が否定的な意見が散見されます。
    当時の英海軍が近距離戦志向であることは、WW1後の教範類の改正を見れば明らかです。遠距離砲戦自体は戦術的な選択肢を増やし、もしそれが成功するのであれば有効であるとも認識されていましたが、敵主力艦隊の殲滅という目的を達成するための手段として最適ではないと考えられています。
    何故そこまで敵主力の殲滅に拘っているかというと、当時の英海軍の仮想敵は日本海軍であり、遠距離砲戦に徹して敵を取り逃がしてしまった場合、それは戦争の長期化に直結し、対日戦の最終フェーズである巡洋艦隊による対日海上封鎖の実施が出来なくなる危険性があったからです。



  43. >そもそも敵艦が突如近距離に出現するワケ無い

    本当にそうならイラストリアス級航空母艦は装甲空母として建造されることはなかったでしょうね。あと、高角砲以外の対水上火力を持った航空母艦が建造されることもなかったでしょう。


  44. 当時の英海軍の戦争計画については、Royal Navy Strategy in the Far East 1919-1939という本に詳しく書いてありますのでご一読なさってはいかかでしょうか?
    Amazonでも購入できたと思います。



  45. >42.
    >当時の英海軍が近距離戦志向であることは、WW1後の教範類の改正を見れば明らかです。

    その改正とネルソン級の設計は時系列上どういう前後関係になってるんでしょうか

    >44.
    >Royal Navy Strategy in the Far East 1919-1939という本に詳しく書いてありますのでご一読なさってはいかかでしょうか?

    その本にはネルソン級が艦首水平射撃をするように造られたと書いてあるんでしょうか
    駄レス国務長官


  46. >その本にはネルソン級が艦首水平射撃をするように造られたと書いてあるんでしょうか?
    書いてあったらここで質問していませんよ。
    説明をしていたらキリがないので一度お読みになってください。英語を読むのが面倒であるのなら、歴史群像の2017年10月号でもいいと思いますので。
    話はそれからにしましょう。


  47. >46.
    >説明をしていたらキリがないので一度お読みになってください。

    その本の要約だと1924年に対日戦策が決定されたとありましたがネルソンは翌年の進水に向けて鋭意建造中ですから基本設計に影響を与えたとは考え難いでしょう
    ネルソン起工前の近戦決定が無ければ質問自体ナンセンスじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  48. >40

    その通りです。

    で、違和感を覚えたのでちょこちょこ書き込んでしまいました。

    フッド=第一次大戦時代の巡戦と違うでしょう?との思いが強く有ります。

    それまでの常識が違うと教わったのは、ここです。

    何時までも昔のままの考えは違うと思います。
    暇人


  49. Old Lady の話が一度も出ませんね。

    ちょっと残念。
    暇人


  50. BUN先生。

    どうしたのですか?
    是非ともその御回答を閲覧したいのですが。

    戦術的には、低速なネルソン級が距離を詰めないのは良策と思われます。


    暇人


  51. >50.
    コチラの先生からの御回答も期待したいですね
    http://navgunschl.sblo.jp/article/186305006.html
    駄レス国務長官


  52. warbirdsがこんなに伸びるのはかれこれ何年ぶりだろう。
    ダメな感じの流れになってるけど…。
    いい国


  53. 36の追記
    砲戦時の日照はともかく、当日の天候は吹雪気味です。例えば、
    (1)ビスマルクは、霧を利用して前夜から追跡してくる英重巡をまこうとしたが、英重巡がレーダを装備していたためできなかった。
    (2)プリンツオイゲンをのがすためビスマルクが反転してきたのを、レーダーを休ませていたため、英重巡が気付かなかった。
    等は有名です。
    37空き缶の処理
    例えば、世界の艦船に、福井静夫が記されているネルソン型戦艦の考察をお読み下さい。
    UK


  54. >53.
    論点が判っていませんね
    駄レス国務長官


  55. >46.
    >話はそれからにしましょう。

    Friedman, Naval Firepowerに英海軍は1927年戦策までは遠戦主義で近戦重視は翌年改定以降とあり1927年竣工のネルソンの基本設計とは無関係と判明しましたのでこのハナシはここまでにしましょう
    駄レス国務長官


  56. ネルソン級の主砲は軽量高速弾を使用する近距離砲戦向きなのでは?
    navweapsの貫徹力データで15インチ砲と比べても25000ヤードでの舷側装甲貫徹力はほぼ同等で甲板装甲貫徹力は劣ってますし、砲のデータを見る限り遠距離砲戦より近距離砲戦を前提にしている気がします。
    ネルソン級を近距離砲戦重視型として建造、実艦の完成に合わせて戦策を近距離砲戦重視に切り替えた、と考えた方が自然なのでは……。
    薩摩


  57. >56.
    とは言っても米メリーランド級の主砲とスペック上大差無いですし造兵だけでなく造艦・造機含めたコンセンサスが出来てないコトには基本計画がまとまらないんじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  58. 近距離砲戦重視、というコンセンサスがあるから近距離砲戦に向いた軽量高速弾を使用する主砲を開発したのでは?
    少なくとも25000ヤードでの甲板装甲貫徹力において15インチを下回る威力が問題となっていないのであれば遠距離砲戦重視を前提にしていたとは考えにくいものがあります。
    その上で「実艦がまだ就役していない」からひとまず変更予定の戦策をそのままにしておき、「近距離砲戦対応戦艦(ネルソン級)」の就役と同時に戦策を改定したのではないか、と当方は推測しているだけです。
    遠距離砲戦重視のままであれば25000ヤードでの威力において舷側装甲貫徹力がほぼ同等、甲板装甲貫徹力に劣る16インチ砲を採用する理由が見当たらないと思えます。
    15000〜20000ヤードでの威力は15インチに対し甲板装甲貫徹力でほぼ同等、舷側装甲貫徹力で若干上回る事から見ても近距離砲戦における舷側装甲に対する威力重視と想定するのはそれほどおかしなことではないのでは?
    薩摩


  59. ネルソン級の主砲(16in 45cal BL Mk1)はもともと超フッド級用に開発済みのものの流用ですからその辺の背景も考えないといけませんね
    思うに排水量制限がきつい割に技術力が伴わないので造ってみたら近戦にしか使えないポンコツ戦艦だったってオチかも知れませんね
    駄レス国務長官


  60. 超フッド級はG3級巡洋戦艦の事で良いのでしょうか?
    navweapsにはG3級用の主砲として開発されたとあるので……。
    薩摩


  61. そのnavweapsには「不充分な射撃実験に基づき高速軽量弾は大落角で貫徹力大との理論の元に開発された」とあるのでもともとは遠戦用ってコトでしょう
    出来上がってから貫徹力不足その他モロモロの不具合が判明したため仕方なく近戦志向に振ったと言うのが事実じゃないんでしょうか
    駄レス国務長官



966 こんばんは。日本海軍の空母の飛行甲板について、とあるブラウザゲームのサイトで日本海軍の空母は復元性を求めて軽量化にこだわったので飛行甲板の強度が不足していた、実際に飛行甲板の歪みが生じていた云々という記述を見たのですが、これは事実なんでしょうか?
日本海軍趣味者

  1. 初期の空母というものは、大体が他の艦種からの改造です。
    強度甲板の上に格納庫が有り、その上に飛行甲板が有ります。

    日本だけの話では無いのです。

    因みに日本を打ち負かしたと云っても過言では無いエセックス級。
    台風でひしゃげた飛行甲板の画像を見る事が出来ます。
    暇人


  2. 飛行甲板が船体強度の一部を受け持つ強度甲板でなければ艦載機の運用に支障を来たさない範囲で強度や歪をある程度受容して軽量化に努めトップヘビーを抑制するのは至極当然のハナシではないでしょうか

    駄レス国務長官


  3. 先生が登場してしまったけれど、蛇足。

    強度甲板上に飛行甲板が有る空母はの歪み(伸縮)を防止する為にエクスパンションが甲板上に設けられています。

    飛行甲板に強度が求められた理由。
    それは、爆撃対策です。

    日本だと大鳳以降。
    装甲空母ですね。御蔭でトップヘビーを抑える為に格納庫は1段とせざるを得ず、結果、従来の船より搭載機数で劣ります。

    強度甲板が飛行甲板だった空母には、龍鳳が有りますが、あれは補助空母なのでしょう。
    暇人


  4. 日本空母の飛行甲板は質問の通り、軽量化のために簡易な構造になっています。加賀では穴あき鋼鈑を使用したために格納庫への雨漏りがあったほどです。
    飛行甲板の強度見直しは爆撃対策とは無関係で、英米の空母では搭載機の重量増大に従って次第に強化されていますが、日本の場合、大鳳以降、新設計の空母が事実上存在しないため飛行甲板の強度は赤城、加賀当時のままで、着艦による変形が認められていました。
    さらに戦時中の飛龍型では工作不良のため軽構造の飛行甲板に竣工時から歪みが生じ、直下の格納庫天井の垂れ下がりが見られた艦もありあす。

    また、飛行甲板が強度甲板となるのは装甲だけが理由ではなく、隼鷹などもそうですね。
    BUN


  5. 客室取っ払っているから強度甲板なんですね。
    暇人


  6. なるほど。それほど航空機の発達は凄かったんですね。皆様ご教授ありがとうございました。
    日本海軍趣味者



965 BB-58戦艦インディアナの対空火器配置が知りたいのですが、同艦の(可能なら真上に近い角度の)空撮写真などは無いものでしょうか?

サウスダコタ級戦艦は段階的に対空火器を増設していった印象がありますが、インディアナの(特にボフォース40mm4連装)機関砲の装備位置が知りたいです。

状態としては竣工時がいいですが、資料的に厳しいようでしたら判明している年代で構いません。
現役時代の対空火器の配置が知りたいので宜しくお願いします。
GUY

  1. こんなのどうでしょうか
    https://www.reddit.com/r/WarshipPorn/comments/3c2eks/excellent_overhead_shot_of_south_dakota_class/
    駄レス国務長官


  2.  あと、こういうページもあります。
     http://www.navsource.org/archives/01/58a.htm
     
    hush



964 巡洋戦艦天城について質問です。史実の太平洋のパワーバランスを崩さず、天城だけを太平洋戦線に登場させ、さらに天城がミッドウェー以前の南雲機動部隊に随伴するという設定にするなら、どのようなシナリオが最適でしょうか?史実にないアメリカの戦艦、巡洋戦艦は数隻なら登場させてもアリとします(真珠湾攻撃で大破させて退場させれば、少なくとも太平洋戦争でのパワーバランスは保たれるため)。色々突っ込みどころはあるかと思いますが、よろしくお願いします。
9号

  1. 仮想世界の話は、ギロンボードにでも言って下さい。
    UK


  2. 華府条約も関東大震災も無いような仮想世界のハナシでしたら思い切り自分の都合の良いように好き勝手に作っちゃえばいいんじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  3. 架空のお話は余程バックボーンがしっかりした前提を示して頂かないと、
    ほぼ個人の主観や感情論のみの答えになってしまいます。
    ここの掲示板の主旨から少し離れてしまうのでは無いでしょうか。
    陸奥屋


  4. 既にギボでも出てます。
    このへんとか参考になるのではないでしょうか。

    http://www.warbirds.jp/BBS/c-board/c-board.cgi?cmd=one;no=4860;id=


    Jack(激務)


  5. 申し訳ありません。掲示板の趣旨を理解せず書き込んでしまいました。以後気をつけます。回答してくださった皆様、ありがとうございます。
    9号


  6. あえてこの質問に答えるとするなら、ワシントン条約が(陸奥の件さえなければ本来は)未成の戦艦・巡洋戦艦のすべてを認めないとするものでしたから、この条約後も生き残って存在する「巡洋戦艦 天城」があるとするならば、長門に前後して建造された艦ということになります。当然、実際に計画された天城よりも旧式な設計だっただろうことになるでしょう。うっかりすれば36センチ砲搭載艦です。

    そんなにムシのいい話はない、ということです。


  7. 掲示板の趣旨が、というよりも、「史実」の一部を改変することの難しさ、としてご理解いただけると良いのではないかと思います。



963 この質問は削除されました
管理者


962 ベトナム戦争時のニュージャージーや、600隻艦隊構想時のアイオワ級の主砲射撃指揮用装備はMk.38方位盤やMk.13レーダー等をそのまま使用しています。
艦内に置かれた装置類も対地射撃用のMk.48等を追加してますが、それでも大戦時の物が多い気がします。

これらを換装しようという案は無かったのでしょうか?
もしあったのならば、それはどういう内容だったのでしょうか?
無かったのならば、その理由は何だったのでしょうか?

Mk.63GFCS

  1.  そういう旧式の砲の場合は、新しい装置と組み合わせるより適合性が好かったのではないでしょうか。
     
    hush


  2. 相手がベトナムなら艦隊戦も無いし600隻艦隊は他にも資金が要りますから単に費用対効果が理由だったんじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  3. hushさん
    確かに戦後の装置で大口径艦載砲の為に作った物は無さそうなので、そういう可能性はありそうですね。

    駄レス国務長官さん
    確かに費用対効果もありそうです。

    桜と錨先生にブログで試行順序が逆、なぜ換装する必要があるのかが先、と御指摘を受けました。
    全くその通りだと思います。
    私、単純に映画を見て乗員が「新型に変えたい」的な台詞を言ってるのを見てそのまま深く考えもせず、ここに投稿してしまいました。
    今後はもう少しちゃんと考えてから投稿します。
    Mk.63GFCS


  4. 出典は覚えておりませんが、「充分な性能を有していたので換装する必要がなかった」との記述を見た覚えがあります。
    ひよっこ



961 びろうな話でおそれいります。
日本海軍では、戦闘時に「大小便ところ構わず」という号令が出たという話を読みました。
甲板ならわかりますが、狭い室内ではどうしていたのでしょうか。専用のバケツがあったのでしょうか。
檳榔樹

  1. 「甲板 小便 勝手次第」なら聞いたことはありますが、大小は寡聞にしてありません。前者の号令なら問題ありませんけど、大小となるとどうでしょう。号令の出典がわかれば、教えていただけると助かります。
    Lachesis


  2. 申しわけありません。はるか昔の記憶なので、出典不明です。
    檳榔樹



960 松型駆逐艦のWikipediaには
・ 巡航タービンは前部機械室(左舷用タービン)にのみ置かれていた。   
とあり、確かに海軍造船技術概要や昭和造船史には同内容のポンチ絵が記載されていますが、これは事実でしょうか?(鴻型水雷艇のポンチ絵も同様。)

以上の内容は把握はしていましたが、以前は
・巡航タービンは両舷軸に置かれていて、書籍の内容は記載ミスだろう。
と考えていました、なんとなく。

ところが見落しがありました。

これまたWikipediaですが、橘型駆逐艦の項で、
・機関関係では中圧タービンと巡航タービンが省略された。  
との記載ありです。(ちなみに昭和造船史ではHIL-Tと記されています。I:intermediate。)

この巡航タービンの記載も事実でしょうか?


橘型駆逐艦の巡航タービン不採用が事実とすれば、また、松型駆逐艦と橘型駆逐艦で航続距離がそれほど違わないとすれば、松型駆逐艦は基準速力時に巡航タービンを使っていなかった事になります。逆に(普通に考えて)基準速力時に巡航タービンを使っていたと考えると、橘型駆逐艦にも巡航タービンはついていた事になるかと思います。

以上を纏めますと、
→ A) 松型駆逐艦・橘型駆逐艦ともに巡航タービンがあった。
  A-1) 書籍の通り松型駆逐艦には片舷軸にだけ巡航タービンがあったが、片舷軸は巡航タービンで、もう一方の片舷軸は主タービンを使って航海していた。
   A-1') 書籍の通り松型駆逐艦には片舷軸にだけ巡航タービンがあったが、巡航時はまさかの片舷軸運転だった。
   A-2) Wikipediaとは全く異なり、松型駆逐艦・橘型駆逐艦ともに両舷軸とも巡航タービンがあった。
   B) 松型駆逐艦・橘型駆逐艦、また鴻型水雷艇にも巡航タービンがなかった。
   C) 松型駆逐艦には巡航タービンがあったが、橘型駆逐艦には巡航タービンはなかった。
    C-1) Wikipediaの通り松型駆逐艦には片舷軸にだけ巡航タービンがあった。しかし巡航時に使われていなかった。
     C-2) 書籍と異なり松型駆逐艦には両舷軸に巡航タービンがあったが、巡航時に使われていなかった。
   D) その他

...疑問の組み合わせで魔方陣のようになり、上手く纏まっていませんが、ご意見よろしくお願いします。(個人的にはA-2、B、C-2のように両舷軸で同じだろうとは考えていますが、思い込みの可能性もあります。両舷軸で違う機関の艦、日本艦もあるよという場合は是非ともご教授下さい。)

太助

  1. AとA-1以外全部×ですね
    鴻型と松型は左舷機のみ巡航タービンを備え巡航時は巡航タービン排気を右舷機高圧タービン排気室に導入し中圧タービン以下を運転しました
    某記事のように高中低圧三胴タービンの中圧のみ省略とゆうコトはそこでの熱落差(蒸気の膨張)を高・低圧両タービンに割り振らねばなりませんので基本設計からやり直しとなります
    駄レス国務長官


  2. 早速の回答ありがとうございます。

    A-1)が正解ですか。
    4軸艦の外舷軸・内舷軸でその方式が採用されるのはすっきりするのですが、2軸艦で採用した場合、左右軸の発生馬力・回転数の比率は各負荷帯で適切に管理できるものなのでしょうか?まあ舵があるので結果的には問題なしなのかもしれませんが、若干気持ち悪いです。

    何か確認できる資料・書籍があればご紹介頂きたいです。防研に線図なぞがあれば嬉しいんですが。


    橘型駆逐艦の中圧タービンと巡航タービン省略の件は、出所は多分ここですね。
    アジア歴史資料センターにて
    「建造中水上艦艇主要々目及特徴一覧表」
    で検索をかけると資料が出てきますが、橘の摘要(特徴)欄に
    「中圧及巡航タービン撤去」との記述ありです。

    仰られる通り、戦時急造量産艦に(実績のない)新規タービンを載せるのは考え難いと小生も思いますが、ご参考まで。

    太助


  3. ガバナでしょうか?

    太助


  4. 鴻型の巡航減速装置要目によると17.5ノット/1800馬力では左右とも240rpmなのですが、
    巡航超過全力20ノット3,000馬力では左舷軸が1300馬力270rpm、右舷が1700馬力292rpmと排気を主タービン
    に導入する側のほうが出力が高くなってしまっていますね。

    同じ条件と思われますが、松型も3000馬力で左舷が218rpm、右舷が238rpmです。


    左右の不均衡については以下の画像資料で合計軸馬力が3000なのに対し、巡航タービン単体は1210となっており、
    排気導入側のほうが高出力となっているのが確認できるかと思います。

    旧海軍資料、臨機調 報告第21号(鴻型主「タルビン」ニ対スル分)画像7
    http://www.lib.kobe-u.ac.jp/kichosyo/shibuya/17-033/index.html

    生産技術協会編『蒸気タービン設計法』あたりが一番手っ取り早いと思いますが、鴻しか載っていなかったような…

    kimurada


  5. >>4
    回答ありがとうございます。
    ご紹介の資料の画像2でも、巡航タービン周りの状況が確認できました。

    ところで、船って左右軸の回転数が異なるのは普通なんですか?
    質問ばかりで申し訳ありませんが、判る範囲でお願いします。

    P.S.
    ご推薦頂いた『船用蒸気タービン設計法』はまだ内容を確認しておりません。古書店にもなさそうなので、国会図書館あたりで閲覧して来ようと思います。

    太助


  6. 2軸推進艦艇でこういった跛行運転を前提としている機関というと、神風型、
    睦月型
    に昭和7年頃から新設された誘導タービンがよく似た例として思いつきますね。

    巡航タービンをもたない旧型駆逐艦の航続距離延伸のため主タービンは片側のみの
    減軸運転とし、他方を補助排気、もしくは補助蒸気で小型のタービンを「抵抗にも
    推進力にもならぬ程度に」回してやり、遊転する推進器の抵抗低減を狙ったものです。

    昭和造船史にも妙高・高雄型で言及されていますが、上記駆逐艦以外にも5500トン型で
    巡航タービンを持たない鬼怒・神通、大改装時にタービンを更新しなかった長門型にも装備されており、
    神風で250馬力、長門で16ノット時350馬力2基とほんの小さなモノだったようです。


    kimurada


  7. 『蒸気タービン設計法』『船体及び機関関係特殊資料』によると鴻の
    巡航タービン要目は以下のようなものです。

    巡航全力
    1800SHP/240RPM
    巡航超過全力
    3000SHP/281RPM
    巡航許容全力
    6000SHP/355RPM
    装備位置
    左舷中圧タービン艦首側
    排気導入先
    右舷高圧タービン排気室


    kimurada


  8. >7.で
     巡航超過全力 3000SHP/281RPM
    ってコトは左舷軸1300shp/270rpm、右舷軸1700shp/292rpmの和と平均を取ったんでしょうけど
     巡航全力
     巡航許容全力
    もプロポーショナルと見ていいんでしょうか?
    駄レス国務長官


  9. 巡航減速装置要目(原勝洋氏『巨大戦艦「大和」全軌跡』所載資料と同様のもの)によると
    巡航全力
    17.5kt
    両240rpm
    巡航タービン単体980shp

    巡航許容全力
    24.4kt
    両354※(なぜ1少ないのか…)
    巡航タービン単体980shp

    となっており、備考として「巡航最大速力(原文ママ)は巡航タービン操縦弁を閉鎖しつつ左右両舷HPに送気す」
    とあるので巡航超過全力1300shpより単体の出力は低下しているようです。
    kimurada


  10. 失礼しました、巡航許容全力時の単体出力は970shpです
    kimurada



959 米国艦の合理化規格化のシンボルと言えば5インチ38砲ですが、竣工当時は搭載していなかった旧式艦の中で後々の換装という形で5インチ38を搭載した艦はどれほどあったのでしょう
Cたん

  1.  http://www.navweaps.com/Weapons/WNUS_5-38_mk12.php# には、Also used to rearm older ships such as battleships and USS Saratoga (CV-3)とありますので、旧式戦艦群や空母サラトガあたりぐらいですね。
     
    hush



958 松型の航続力についてお尋ねします。
よく、航続力の不足で作戦の足を引っ張ったと聞くが、18ノット3500海里は、楽しみに多く14ノット台の4000から5000海里の駆逐艦の航続力に対しそれほど不足は無いと思います。どうして、そう言われたのでしょう?
青江

  1.  http://www.warbirds.jp/ansq/2/B2000467.html
     このあたりを眺めていますと、この程度の差がかなり大きいように思えます。
     
    hush


  2. 特型駆逐艦位まで、巡航速度14ノット。
    白露型辺りから、18ノット4000海里。

    500海里の差。900K以上の差は大きいのでは無いでしょうか。
    これは、駆逐艦だけ見ても仕方無い事だと思います。
    行動を共にする僚艦を見なければ。

    空母。
    鬼の様な航続距離です。

    重巡。
    青葉型から見ましたが、問題無さそうです。

    戦艦。
    長門型の16ノット5500海里?
    がちょっと気になりましたが、18ノット4000海里位行けそうです。

    危なそうなのが、5500t級の巡類。
    速度を落としてやっと沖縄に着いたとかの記述を見ます。

    艦隊行動は、主力艦を活かす為に考えられる物かと思います。
    主力艦類の足を引っ張る補助艦艇はやはり御荷物なのでは無いでしょうか。
    暇人


  3. かと言って燃料積載量を増やせば船体が大きくなり所要馬力も増大し結果燃料消費が増える悪循環となりますので足の短い補助艦艇は作戦上必要ならば大型艦や給油艦より洋上補給するのが宜しいんじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  4. >3

    戦艦から給油したとかの例も有りますからね。
    しかし、良かったか悪かったかというと後期のこの時期に3500海里は短かったのでは?と思います。
    暇人


  5. 丁型に付いては、艦隊型の型では無いので悪い訳では無いだろうと思っています。むしろ、装備は充実しているかと。
    暇人


  6. 丁型駆逐艦は(簡易)艦隊型駆逐艦ではないかと思いますが。
    Ranchan


  7. >6
    失礼しました。

    でも、本題のところどうでしょう?

    是非とも御意見を伺ってみたいです。
    暇人


  8. 松型の計画経緯を見るに海軍は「3500海里」という航続力に満足していた訳ではないでしょう。
    戦時量産可能な機関が鴻型水雷艇のもの(缶2基2軸19000馬力)、という前提の元で性能面の妥協をした結果として18ノット3500海里という数値になっただけでは?
    薩摩


  9. 要目簿によるとネームシップ「松」は速力18ノットで約3900海里と計画より良好な成績が記録されています。

    ですが、その良好な航続性能を得るための巡航タービンの力量が不足していた可能性が高いです。
    計画時、18ノットに対する所要馬力は3,150馬力と見積もられていますが、鴻型では巡航全力(当時は巡航超過全力)でも
    20ノット/3,000馬力に過ぎず、さらにこの状態では鴻・松ともに推進器回転数が不均衡になります。
    本来この機関は松型より一回り小さい鴻型を16ノット(機関の要目では小艦艇ゆえに風浪の大と
    判断してか17.5ノット)で巡航させることを目的に設計されたものと思われますので、
    松型では18ノットを持続するには主タービンへの直接送気を追加してやるか、18ノットに達する
    前に燃費の悪い主タービン運転に切り替える必要があった、即ち18ノットで理想的な燃費性能を得るのは難しかったのではないでしょうか。

    参考までに朝潮/陽炎/夕雲型は以下のような速力・所要軸馬力となっています。
    一般に巡航タービンは基準速力に対し巡航全力を+2ノット、嵌合したまま発揮しうる最大速力を+2〜4ノット、
    あるいは可能な限り高速を出せるよう計画されていました。
    18ノット/4,100馬力
    21ノット/7,000馬力
    24ノット/11,000馬力

    kimurada


  10. すいません訂正です。単に速力/軸馬力だけでは意味が伝わりませんね

    基準速力(旧称巡航全力)18ノット/4,100馬力
    巡航全力(旧称巡航超過全力)21ノット/7,000馬力
    巡航最大速力(旧称巡航許容全力)24ノット/11,000馬力
    kimurada


  11. 3900海里であればそんなに問題無さそうですね。

    興味深い御話し有難う御座いました。
    暇人


  12. >11
     それは18ノットで走った場合で、艦隊の速力が上がった途端に問題が生じるということでもありますが。
     実際、桐は大淀からの燃料補給がうまくいかなったことが大きいのですが、不時着水機の捜索に向かったきり小沢艦隊に合流できなくなっています。
     
    hush


  13. >12

    使い方にもよるのでしょうね。
    対潜哨戒とかしなければならなったりとかも有りますから、燃料の消費を一概に括る事は出来ないかと思います。

    が、やはり短いより長い方が良いかと。

    陽炎型は実際の燃費はカタログスペック以上だったとか。
    かたや、末期の特型 雷だったかな?は、17ノットで1600海里だったとか。

    考えさせられる物が有ります。
    暇人


  14. >12

    中期、末期の押されていた時期は、敵潜がかなり居る訳で・・・。
    それを振り払うには増速かと思います。20ノット近く。トンボ釣りよりそっちの方が切実な問題だったかと思います。
    暇人



957 回答者の皆様よろしくお願いいたします。
イージス艦の装備についての質問です。イージス艦のパッシブ・フェーズドアレイ・アンテナですが、なぜ8角形なのか前々からとても気になっています。8角形なのは何か理由があってそうしているのでしょうか? 素人考えでは8角形より長方形や四角形の方が面積も広く素子がたくさん備え付けられるような気がしてなりません。おそらく、何らかの理由があって8角形に意匠されているのだと考え、こちらに質問させていただきました。よろしくお願いします。
Android

  1.  上の「他ページを選択できます」から882を探して戴いてはどうでしょうか。
     
    hush


  2. ありがとうございます。
    回答を確認することができました。
    有り難うございました。
    Android



956 いつもご教示頂きまして有り難うございます。
オープンブリッジについて質問いたします。

戦艦や巡洋艦、駆逐艦、フリゲートなど艦の規模を問わずオープンブリッジの艦はありますが、オープンブリッジの利点は何なのでしょうか?

風雨に曝され、波も被り、内装も錆び易く、防御力もゼロ、水密・気密性もない・・・と何もいいことはないと思うのですが。
(キャンバスを張って屋根や壁にしていることもありますが、だったら始めからクローズドブリッジにしておけばいいのに・・・と思います)

宜しくお願いいたします。
Ranchan

  1.  軽量で、視認性のよいことではないでしょうか。
     
    hush


  2. 例えば、大和の頃の気密性は毒ガスに対する「防毒」という目的もあってのものです。

    帆船時代からオープンだったものに対して、徐々にいくつかの要素が加わっていって、クローズドになっていった。
    と、階梯的なものとして理解するのが良いのではないでしょうか。


  3. 大鑑巨砲時代の戦闘では、艦橋の窓ガラスは敵弾命中は勿論、自艦の主砲発射の爆風でも粉々に砕け散り、人員を殺傷します。さらに、柔い構造、装置もほぼ同様です。従って、戦闘開始や出撃の際に、予めの対策が必要となります。
    今日の感覚で利点や欠点を論じてはいけないと思います。
    UK


  4. 皆様ご回答有り難うございます。

    しかし最後のアメリカ戦艦アイオワ型でも、「アイオワ」(BB-61)「ニュー・ジャージー」(BB-62)の2艦は新造時オープンブリッジでした(後にクローズドに改造されましたが)。
    あれほどの大艦・近代艦でもわざわざオープンブリッジを採用する理由は何だったのだろうか・・・という気もいたします。

    〜WW1頃なら艦もまだまだ小さく、中途半端にクローズドにしても上部構造物の重量問題などで強度が取れずすぐ風波の影響で破壊される、ならいっそのことオープンブリッジでいいや・・・と考えられたのかな、とも思えますが。
    Ranchan


  5.  伝統という部分もあるとは思います。というのは、磁気コンパスに影響を与えないために艦橋は露天という時代が長くあり、閉鎖艦橋が採用できるようになっても、嫌悪感があったと思うからです。軍人は潮風に吹かれてというような思潮もあったのでしょう。
     また、対空戦闘時には危険を冒すことにもなりますが、視界の確保のためにも開放艦橋を好む艦長もいたはずです。
     現在でもウイングブリッジと呼ばれる露天部が艦橋に付属していることを考えると、視認性という部分が大きいとは思っておりますが。
     
    hush



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