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艦船関係
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1208 アイオワ型戦艦は、1980年代の最終現役復帰時にも数こそ減らしておりますが新造時から引き続き38口径長5インチ砲を搭載しています。
しかし、その頃にはさすがに「対空砲」としては考えていないと思います。

では、38口径長5インチ砲が「対艦・対空両用砲」として運用されていたのは、何時ごろまでだったのでしょうか?

宜しくお願いいたします。
Ranchan

誰か答えて下さい。

1207 いつもご教授頂きまして有難うございます。

外国艦や自衛艦ではブートトップ塗装(水線部の黒帯塗装)を施されている艦が多数あります。
しかし、旧日本海軍では採用していませんが何故なのでしょうか?
(塗装が欧米艦より濃い鼠色だったから少々汚れても目立たない・・・なんて理由はないでしょうし)

宜しくお願いいたします。
Ranchan

  1.  検索しましたら http://www.warbirds.jp/ansq/21/B2001961.html というのがありました。
     
    hush


  2.  なお、海上自衛隊での採用は https://twitter.com/kougata_arsenal/status/1077353866784473089 によると1969年だそうですが、58年ごろから使用されていた模様とも書かれています。
     
    hush


  3. 失礼しました。同一質問がありましたか・・・。<(_ _)>ペコリ
    「艦船 塗装 水線」でググったのが敗因でした。

    「旧海軍の塗料は低品質ですぐ色褪せる」と聞いていましたが、やはり基礎的な科学力・工業力がまだまだ欧米に追いついていなかったんですね・・・。
    (だから欧米海軍のような艦船の迷彩塗装研究が重視されなかったのか(どうせすぐ色あせて無意味・迷彩の保持が大変)・・・という気も)
    Ranchan



1206 ボルティモア型重巡洋艦についてお伺いいたします。

ボルティモア型重巡の後期艦の中には、後部煙突前面(ファンネルキャップの直下)に架台を設け、短い棒状の装備があるものがありますが、この「短い棒状の装備」は何なのでしょうか?

(例:「フォール・リバー」(CA-131):ttp://www.navsource.org/archives/04/131/0413102.jpg)

よろしくお願いいたします。
Ranchan

  1. 呼び水程度に……。
    ボルチモア級ロサンゼルスやブレマートンのWikipediaに添付されている写真を拡大すると、棒状の構造物の上に四角いアンテナが見えますから、レーダー(或いは方向探知機?)の類いではないでしょうか?
    元自



1205 埼玉県立浦和高校には「定遠の鐘」と言われている鐘があります。
定遠とは、日清戦争時のあの装甲艦定遠のことです。
定遠の艦上で号令用に実際に使われていたものらしいのですが、
そんなものが何故浦和高校にあるのでしょうか。

浦和高校は戦前は埼玉県立第一尋常中学(後に浦和中学校に改称)
と古くからある学校なので、戦前から既にあった可能性もあります。

この定遠の鐘について、
・本物なのか
・なんで浦和高校にあるのか
・定遠艦上ではどのように使われていたものなのか

多少でも良いのでご存じの方いたら、回答よろしくお願いいたします。

社長

  1.  検索をしますと、Twitter https://twilog.org/urako_bot/month-1706/2 に
     清の世界最大級の戦艦「定遠」の艦上で、時報として使われた鐘。実際に、臨海学校で使われている
     という記述があります。
     この記述が正しければ、時鐘ということになります。
     これが本物かどうかは不分明ですが、現在、神奈川県立小田原高校に姉妹艦鎮遠の時鐘が残っており、鎮遠 時鐘で検索して貰えば、画像が見つかると思います。もし、それと同型であればその可能性が強いということになります。
     ただ、鎮遠の時鐘とされるものは、香川県粟島の海洋記念館(旧粟島航海学校)にも残されており、時鐘が2つあるというのも不思議な話です。
     御存知の通り、定遠は威海衛で自沈していますが、船体の一部は引揚げられており、それを使った建物が太宰府天満宮に残っております。したがって、その時に時鐘も引揚げられたとするのなら、小田原にあるのと同じで、さほど、不思議ではないと思います。
     もっとも、浦和にそのようなものが残っているという情報は初めて聞きましたので、私も手探りのまま答えております点、ご留意いただければ幸いです。
     
    hush


  2. 情報ありがとうございます。
    時鐘で調べると、船鐘と書かれている記事が多く見つかりますが
    時鐘=船鐘という認識で問題ないでしょうか。
    (船上で使う時鐘が船鐘?)

    鎮遠の時鐘は調べる限り2箇所に保存されているようなので、
    当時の清国海軍の大型艦艇は2つの時鐘を積んでいたのでしょうか。
    (どちらかが偽物という可能性もありますが)

    浦和高校、小田原高校ともに旧制中学から存在する
    古い学校なので、何か理由があって戦利品を配ったのかもしれませんが
    調べた範囲ではわかりませんでした。

    自分は実物を見たことあるのですが、
    今となってはもっと間近で確認しておくべきだったと後悔しています。
    (臨海学校で叩いているのは実話です)
    長年気になっていた点が一部わかりました、ありがとうございました。




    社長


  3. >2
     鄭重な御礼を賜り、恐縮致しております。
     つい、癖で時鐘と申してしまいましたが、今は船鐘のほうが正しいようです。失礼いたしました。
     さて、その船鐘でありますが、 http://www.maritime-one.com/column/topics2.cgi?id=1174351064 によりますと、民間船では複数個装備されていたようです。これは霧中航海用ですが、そこから考えると複数あっても不思議はないようです。
     ただ、鎮遠の場合は日本海軍の軍艦籍に編入されていますので、記録に残っている可能性はありますが、定遠の場合は難しいと思います。沈没した状態でしたので、艦籍に入っていないからです。つまり、民間に売却され解体されたとしたら、記録が残っている可能性は薄いと思われます。
     むしろ、それだけの歴史のある学校でしたら、百年史等のタイトルで校史が出ていると思われますので、そちらを調べるほうが可能性はあると思います。おそらく、市立、もしくは県立図書館には架蔵されていると思いますので、リファレンスをお願いしたらどうでしょうか。
     また、以前、慰霊碑として使用されていた砲身を調べた際には、町史に詳しう掲載されていたこともあります。そちらの面からの調査も行えると思っています。
     
     
    hush


  4. >>社長さん

    第二次世界大戦後のほとんどの米国海軍艦艇は、実際には2つまたは3つの鐘を備えていた。
    https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%88%B9%E9%90%98
    とありますので、大型艦では昔から複数の鐘を備えていたのでしょうね。

    あと定遠の号鐘は宮内省に献納されたとのこと。(引揚品ですから複数かは疑問です。)
    https://www.city.dazaifu.lg.jp/uploaded/attachment/4100.pdf
    よって宮内庁の公開資料を地道にあたるか、問い合わせをするのも手段のひとつかと思います。

    ・定遠沈没
    →引き揚げ
    →号鐘は宮内省へ
    →・・・
    →浦和高校?

    浦和高校にあるものが本物であれば、上から攻めても下から攻めても、どこかで合流するはずです。

    太助



1204 怒涛の3連投質問行きます。

大和型戦艦の塔型艦橋は、先行するフランス戦艦ダンケルク級のパクリだと、それぞれの2番艦武蔵とストラスブールの艦首から見た正面写真を、二つ並べて掲げてある記事があるのですが、確かにぱっと見印象は非常に似通っていると思います(艦橋自体が前部マストの役割をしていて、専用の前部マストを持たない)。

パクリとはいえないまでも、日本海軍にとって完全密閉式の塔型艦橋は初めての経験なので、設計に当たって参考にした事実はあるのでしょうか?
備後ピート

  1. 松本喜太郎「戦艦大和」第十六節 檣楼施設 には
    「昭和十一年七月八日、海軍技術会議で檣楼施設標準が決定された。大和は勿論この標準に基いて設計されたのである。」
    とあります
    (ダンケルク竣工の前年、ストラスブール竣工の前々年)

    >「設計に当たって参考にした事実はあるのでしょうか?」

    これは当事者全員にインタビュウするか手記等が残ってない限り否定も肯定も出来ないんじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  2. 駄レス国務長官様。檣楼施設標準なるものを存じ上げませんでした。また、勉強になりました。参考云々は文字で何か残ってればいいのですがね…。
    備後ピート



1203 世界最初の背負い式砲塔艦は、アメリカ海軍のミシガン級(1910年)に先立つフランス海軍のアンリ4世(1903年)だと思うのですが、キサージ級、バージニア級の二階建て砲塔の経験を生かしたミシガン級に対し、天才エミール・ベルタンの独想によって生み出されたアンリ4世は、実用上の問題点など無かったのでしょうか?上部砲塔が副砲だったので主砲に与える爆風の影響など少なかったのでしょうか?


備後ピート

  1. 世界の艦船 フランス戦艦史より引用
    「艦尾砲塔の背負方式は、爆風の相互干渉で必ずしも成功ではなかったと記録されているが、この着想の及ぼした影響は大きい。」
    超音速


  2.  ”Conway's all the world's fighting ships, 1860-1905”には、同艦の副砲の砲身長が短すぎて、爆風が主砲塔にかかってしまうので、成功したとは言い難いという記述があります。
     

    hush


  3. 超音速様、hush様、ご回答ありがとうございました。
    備後ピート



1202 よく空母「赤城」と「加賀」の優劣で議論される「加賀の対空高角砲は装備位置が改装によって高くなり、反対舷射撃可能で砲の新式化も相まって赤城より対空火力が格段に強力」との記述について思ったことを質問します。

米海軍のエセックス級の、飛行甲板上の背負い式両用砲を含め、舷側配置の高角砲で実戦で反対舷(この場合は飛行甲板側)射撃などを行ったら、砲口からの砲火や爆圧で飛行甲板上の機材や人員に何らかの被害が生じるのではないでしょうか?

また舷側配置の高角砲で反対舷射撃を行う時は、舷側配置の高角砲射撃式装置もぐるっと追従して180度旋回するのでしょうか?

こう考えていくと「高角砲による反対舷射撃」はあくまで「機構的に可能なだけで訓練時はともかく実戦での運用は困難」、「反対舷の高角砲が被害を受けて射撃不能な時(当然飛行甲板も被害を受けて運用不能)の時の応急的代用措置」のように思えてきます。

どなたか私の疑念を払底する、「艦載機運用中の空母で舷側配置の高角砲の反対舷射撃が有効性を発揮した実例」をご存じの方がいらしたら、どうぞ教えてください。

備後ピート

  1.  飛行甲板が空であるのなら問題ないのではと思っております。
     ミッドウェー等は攻撃隊発艦後ですし、防空戦闘機は上に上がっているでしょうから、飛行甲板上の機材や人員に何らかの被害が生じるとは思えませんが。
     
    hush


  2. 実例の提示が欲しいところですが、それはさておき。古いシュミレーションゲーム誌で空母戦の要諦は「先制と相打ち」に有りと呼んだ記憶があります。

    攻撃隊を発艦させた後は、間を置かずすぐさま次の攻撃隊の準備にかからねばならない上、ひとたび戦闘状態に突入すると敵の攻撃に対する対空応戦、味方防空戦闘機の発着艦、先の攻撃隊の収容、甲板上に損害を受けた場合は応急修理の実施、二次攻撃隊の発艦と目まぐるしく状況が変化し、その都度即応の判断が要されるわけで(ミッドウェーに限らず、何かしらの齟齬が必ず生じています)、hush様のおっしゃる「戦闘中の空母の飛行甲板上に人も機材も空」という事態は極めて考えにくいのですが…。

    また射撃式装置の使えない砲側射撃では命中弾を得られにくい上、かなりの確率で上空援護や帰投中の味方機に対する誤射が生じるのではないかと思い、反対舷射撃は「可能ではあっても実効性に乏しい」と考えたのですが。

    もし反対舷射撃の有効性が顕著なら、日本海軍は空母赤城に多少の予算上の無理を押してでも高角砲の更新と高さのかさ上げをしてると思うのですが、旧来の方式に留められたのは、反対舷射撃の効果がさほど重用視されていなかった証拠と言えるのではないでしょうか?
    備後ピート


  3. 質問は半分間違いで半分正解です。
    反対舷射撃が艦と搭載機の破損を招くことは空母の先達である英海軍が
    アークロイヤルで経験済みですが、日本海軍がそれに気づいていた訳では無いからです。
    赤城の高角砲については反対舷射撃の長所短所とは関係ありません。
    BUN


  4. hush様、BUN様、回答どうもありがとうございます。ここまで読んできてふと思ったのですが、赤城の高角砲が加賀に比べて旧式のままとされたのは、加賀より高速が発揮できるので回避運動上有利(巡洋戦艦的発想)だったかも…と思えてきました。予算不足でどこを切るかとなると…。
    備後ピート



1201  艦船建造の最終部分で、軸芯見通しが行われます。その重要性はわかりますが、具体的なことがわかりません。
1. 船尾管を所定の位置に差し込むために、スターンフレーム等にすでに開いていた穴を、修正のため切削加工しますか。
2.上記を現場で行うために、外部から船体に取り付けた臨時の工作機械を使いますか。どのようなものでしょうか。
 よろしくお願いいたします。
電気戦艦

誰か答えて下さい。

1200 質問1193の関連質問です。現代の米海軍の原子力潜水艦オハイオ級、シーウルフ級などでも黒色系の船体上部塗装に対し、船体下部・鑑底部はハルレッドで塗装されています(少なくとも進水式の状況では)。

さて、水中航行期間が水上航行期間に比べてはるかに長い現代の原潜において、船体下半分だけに防蝕塗装のハルレッドを施すことはあまり意味がないように思えるのですが、このあたりの事情はどうなっているのでしょうか?

「世界の艦船」を精読されている方等には常識以前の問題かも知れませんが、私にはその習慣が無いため、あえて恥を忍んでご質問するしだいです。

備後ピート

  1.  少なくとも、水中にある限り、付着生物に狙われるのは当たり前です。そして、潜水艦の場合、速力の減少よりも、付着物により静粛性に問題が生じることのほうを気にするでしょう。したがって、喫水線下だけでも防汚効果を狙って赤色に塗色していたのだろうと思っています。もちろん、喫水線上を赤く塗ることはできません。視認される可能性が高まるからです。
     ただ、Submarine Dockyard、US submarine in dry dock等で画像検索すると、ヴァージニア・クラス等の新しい潜水艦は黒一色です。また、海上自衛隊もそれに歩調を合わすかのように、最近のものは黒くなっています。したがって、黒色でも防汚効果があるものが開発されたか、付着物に対する新たな対抗措置が発見されたのではないかと考えています。
     
    hush


  2. 潜水艦といっても進水式直後には潜水できない(≒水上艦と変わらない)ため、(進水式時には)喫水線下にのみ有効なantifouling paintが成されていても不思議ではないのかなと考えています。

    もっとも最近では、喫水線下が白色のantifouling paintすらあるようです。
    https://www.cmp.co.jp/library/cmp_jpn/brochure_jp/pdf/cmp_bioclean_j.pdf

    https://www.cmp.co.jp/library/cmp_jpn/brochure_jp/pdf/bioclean_r_j.pdf
    これなんかは英国の潜水艦にも使用可だったんじゃないかと。

    上記カタログ中のantifouling paintは白色ですが、↓に色見本もありますし、黒色も可能なんじゃないでしょうか。
    https://www.cmp.co.jp/products/Brochure-m_jp.html

    太助


  3. >2
     御教示ありがとうございます。
     ただ、US submarine in dry dock等でGoogle画像検索をしますと、明らかに就役後なのに喫水線下を赤く塗ったアメリカ潜水艦が多数出て参ります。したがって、進水時のみとは限らないように思っております。
     
    hush


  4. >>質問者さん
    >>2 では、
    ・進水式では、船体下部・鑑底部はハルレッドで塗装。
    ・就役後は黒一色。
    ということがあるとすれば理由は何か?という観点での可能性を挙げています。

    これは、進水式で塗り分け→就役後も塗り分けの場合における理由にも近いものがあるでしょうが。進水式で黒一色→就役後に塗り分けされているのであれば確かに理由にはなりませんが、そのような事例があるのかは疑問に感じます。

    太助



1199 艦の放棄についてお伺いします。

航空母艦「飛龍」
'42 6/5 0250:総員集合下令 加来艦長・山口司令官訓示後軍艦旗降下
      0315:総員退去下令

航空母艦「瑞鶴」
'44 10/25 1327:総員発着甲板ニ上レ 下令 
      1358:貝塚艦長訓示後軍艦旗降下、総員退去

例に挙げた両艦とも

「総員上甲板に集合」→「艦長訓示」→「軍艦旗降下」→「総員退去」

との手順を踏んでおり、日本海軍の場合、余裕があればこの手順で艦を放棄すると思われます。

では、米海軍や英海軍などの他国海軍では艦の放棄時、どのような手順で退去していくのでしょうか?
(戦記を読むと、「総員退去」が下令されると軍艦旗降下も何もなく各自が自由勝手に退艦していくだけのように思えるのですが・・・)

宜しくお願いいたします。
Ranchan

  1.  世界中で日本だけが違っていることはたくさんありますし、艦長訓示や軍艦旗降下のような時間を取るよりは、艦を最後まで浮かしておこうとか、沈没時に巻き込まれないように早めに逃げようとするのは当たり前のように思いますが。
     実際、PofW沈没時のフィリプス提督の退艦拒否の話も日本で創作されたものですので。
     
    hush


  2. ご回答有り難うございます。

    お話に出たマレー沖海戦での「プリンス・オヴ・ウェールズ」でも、ミッドウェイ海戦での「ヨークタウン」(CV-5)でも、戦闘終了後かなりの時間浮いていたのに艦長訓示や軍艦旗降下などのセレモニー(というのは不謹慎かもしれませんが)をしたという話を聞いたことがなかったので質問させて頂きました。

    他国海軍では総員退去時、文字通り脱出するだけとは存じませんでした。

    Ranchan



1198  アメリカのタコマ級フリゲートは2軸で、三段膨張レシプロ機関で駆動されます。ただしシリンダは4本です。これは、低圧シリンダは内径を小さくして2本にしているためです。その理由は、機関の最大幅を抑えることで推進軸間の距離を小さくするため、と考えてよろしいでしょうか。それから、もしわかれば、各シリンダ(高圧、中圧、低圧)の内径を教えてください。
電気戦艦

  1. 前段
    一基では大重量となる低圧ピストンを二分して四気筒の位相を略90度とし高速回転時のダイナミックバランスを改善するのが主眼です

    後段
    各気筒の容積比は使用圧に依存しますので出力同程度の日本艦艇を見ますと初代雷型駆逐艦が250psi・6,000ihpでボア高圧20インチ半+中圧31インチ半+低圧34インチ×2でストローク18インチですから240psi・5,500ihpのタコマ級も似たり寄ったりじゃないでしょうか
    駄レス国務長官


  2. 駄レス国務長官様 どうもありがとうございました。 こちらは幾何学的なサイズだけ考えていましたが、動的な釣り合いが重要であるということでした。ただ同時期のリバテイー船は3シリンダの3段膨張ですから、機関の回転数が重要なファクターになるのでしょうね。
    電気戦艦



1197 大和型戦艦って主砲塔を3基搭載していますが
あれってもう1基搭載できそうじゃないでしょうか?

2番&3番主砲塔の後ろの15センチ副砲塔を撤去して
水上機と格納倉庫を半分ほど削って、全長をもう少し長くすれば
3番砲塔の後ろにもう1基主砲塔を設置できそう・・・
というのは甘い考えでしょうか。
天手力男

  1.  あの主砲塔は2500tありまして、3基ということは7500t、古鷹クラスぐらいあるわけです。もう1基搭載できそうじゃないでしょうかということは、そこへもう1隻駆逐艦を載せようというのと同じなのです。また、3番砲塔の後ろに、全長をあまり変えずに置こうというのは、同砲塔を一段高く置くということですよね。つまり、そのような重量物を一段高所に置くと艦の動揺はどうなるのか考えられていますでしょうか。また、その分の装甲を付与するとなると、かなり重量が必要です。そうすると、乾舷が減って水線部の装甲が沈んでしまうので…、以下、いろいろと出てきそうですが、いかがでしょうか。
     
    hush


  2. 大和型計画初期のS10.7.30に出されたA-140-I案が連装三連装+三連装連装の46cm×10門で基準排水量6万5050トン全長268mと艦型過大気味で却下されてますからそれ以上の三連装×四基の実現可能性はまずないでしょう
    なお一部書籍に5万8400トンのA-140-J3案が「九四式40cm三連装×四基」などと書かれてますが九四式(46cm)でない只の40cm砲の誤りです

    > 水上機と格納倉庫を半分ほど削って、

    弾着観測能力が半減しますから遠距離砲戦には不利となりますね
    駄レス国務長官


  3.  計画のみに終わってますが超大和型戦艦として知られる第七九八号艦・第七九九号艦は大和型と同じ船型で基準排水量8万トンに増大させているので、重量的には問題なく実現できるのではないでしょうか?

     あとはどれだけ他のリソースを削って重量分布を調整するかが問題だとは思いますが、スペース的には確かに主砲等もう一つ増やせそうな気はします。
    おうる


  4. >3.
    第七九八号艦・第七九九号艦も最終案A-150は51cm連装×三基じゃなかったて゜すか?

    > スペース的には

    甲板上に見える部分だけじゃなくて弾火薬庫含む艦内スペースについても考えなくちゃですね
    駄レス国務長官


  5. >>4
     おっしゃる通り51p砲連装×3ですが、船体形状は基本的に同じで排水量が1万トン以上増加しています。
     増加分の大部分は増厚された装甲ですが、あの船体でさらに1万トン以上の重量増に対応できることは確かです。

     スペース面では艦橋部分を前に多少ずらす必要がありますが、断面図を見ると艦橋前後の副砲塔と弾薬庫のスペースを一つにまとめれば、主砲塔一つ分くらいの空間は確保できそうです。

     ただ、重心位置が上がってしまうので後甲板を削って一番後ろの主砲塔の高さを一階層分くらい下げるくらいはする必要が出て来るでしょう。それでも復元性は低下するとは思いますが……
    おうる


  6. >5.
    > あの船体でさらに1万トン以上の重量増に対応できることは確かです。

    船体寸法が同じで1万トン以上重量増大すれば予備浮力が少なるだけで早く沈みますけどそこは

    > 一番後ろの主砲塔の高さを一階層分くらい下げるくらいは

    下に推進軸が通ってるので無理だと思いますよ
    駄レス国務長官


  7. >6.
    予備浮力が少なるだけで

    予備浮力が少なくなるだけで
    駄レス国務長官


  8. >>7
     予備浮力の減少につながることは否定しませんが、主砲塔重量が2500トンで二つの副砲塔を撤去してそれと入れ替える形ですから実際の重量増は1万トンに達しないでしょう。後部甲板を一層減らすとすれば、重心を下げるためにバラストを増やしたとしても重量増は多く見積もっても8000トンに届かないと思います(5000トン下回りませんでしょうか?)。まあ、これは素人がボンヤリ考えた程度のものなので実際に計算してみればまた違った数値が出て当然だとは思います。

     主砲塔の一番下の火薬庫は予備火薬庫だったと記憶してますが、即応状態にない予備分の火薬なら分散可能では?
     後ろの副砲塔の火薬庫は一部が水圧機室の下にはみ出ていて、その部分の最下層は推進軸の高さと同じになってます。推進軸の間に入り込む形でスペースを確保していると思ってましたが、その分を同じように使えませんか?
    おうる


  9. >8.
    主砲塔四基とすれば弾火薬庫のスペース及び重量も33%増えますし5千馬力水圧機も四基から五基に増やさなくちゃですし主缶力量も増えますし搭乗人員も増えますし予備火薬庫分散すればそれだけ運搬路とか空調ダクトとかで余分なスペースが増えますし何より防御上不利となりますね
    まぁやれると仰るならやってみて下さいとしか
    駄レス国務長官


  10. >>9 大和型は主砲弾を1門あたり170発も搭載してるので、それを減らして火薬庫容積自体を縮小しても良いような気がしてます。

     ともあれ、質問内容が「可能か不可能か」で言えば答えは「可能」になるでしょうし、その代わり色々と影響は出ますよというのが正しい答えなんじゃないかと思います。

     重量増は避けようがありませんし、それを踏まえたうえでの影響というと

    ・重量増による建造コストの上昇
    ・機関出力がそのままで重量が増大するので最大速力の低下、燃費の悪化、それに伴う航続力の低下
    ・重心位置の上昇による安定性、復元性の低下
    ・予備浮力の減少
    ・乗員増と艦内容積縮小による居住性の悪化と、搭載力低下による経戦能力の低下
    ・航空機運用能力の低下(搭載機数の減少、場合によっては艦内への収容を諦めて露天駐機になるかも)
    ・副砲が無くなったことによる巡洋艦以下の敵艦艇への対処能力低下

     それらのデメリットと主砲力増大を天秤にかけて海軍が是とするかどうかと言えば否であろうと考えます。
    おうる



1196  前問1195に引き続き関連質問です。英巡洋戦艦インヴィンシブルの機関配置図を見ますと、後進タービンは高圧あるいは、低圧の(前進用)タービンと直結になっています。後進時には、これら(前進用)タービンは、空回りしている(フライホイール状態になっている)と考えてよろしいでしょうか(逆に普通に前進しているときは後進タービンが空回りということになりますが)。
 ケーシングへの蒸気を停止すれば内部はほぼ真空(?)になるので流体摩擦の損失は小さいし、軸受の抵抗は前後進で変わりはないので、何も実質的に損はないとは思うのですが、念の為確認したいです。
電気戦艦

  1. 前段
    仰せのように空回りしてますね

    後段
    > 内部はほぼ真空(?)になるので
    高圧タービンは高圧タービン排気室(ほぼ低圧タービン入口)低圧タービンは低圧タービン排気室(ほぼ復水器入口)と同等の内圧ですから厳密には真空じゃないです
    駄レス国務長官


  2. 駄レス国務長官様 どうもありがとうございました。タービン内へのスチーム供給を断てば、あとは温度低下で圧力はどんどん下がると思っていたのですが、やはりゼロ気圧は無理のようですね。
    電気戦艦



1195 直結式タービンシステムでの巡航タービンについて教えてください。
1. 英巡洋戦艦インヴィンシブルの機関配置図を見ますと、ボイラからの蒸気はまず巡航タービンに入り、その後高圧タービン、低圧タービン(巡航タービンと同軸)に入ります。全力にするときは、巡航タービンをバイパスするとあります。
a. そもそも巡航タービンの目的、存在意義がわかりません。回転数を落とすなら、最初から蒸気流量を絞り高圧タービンに導けばいいと思うのですが。
b. 巡航タービンをバイパスするというのは、蒸気を巡航タービンに送らないだけで、タービンそのものは弾み車的に空転するということでしょうか、それとも巡航タービンと低圧タービンの機械的結合を切り離す、ということでしょうか。後者の場合、機械的結合(嵌合継ぎ手)を洋上で切り離すことは容易にできるのでしょうか。
電気戦艦

  1. a. 巡航タービンの目的は少量の蒸気をより多段で膨張させて燃費・水費を稼ぐコトです

    b. 直結式において巡航タービンをバイパスするというのは巡航タービンに給気しないだけで機械的結合を解除する機能はありません
    駄レス国務長官


  2. 駄レス国務長官様 どうもありがとうございました。そういうことですと、巡航タービンを出た後の蒸気は、高圧とは言っても、本来より圧力は少し下がっていると考えてよろしいのでしょうか。
    電気戦艦


  3. >2.
    そーなりますね
    駄レス国務長官



1194 米重巡洋艦「フォール・リバー」(CA-131)についてお伺いします。

彼女は'45.07/01に就役していますが、わずか2年あまり後の'47.10/31に退役し、その後一度も現役復帰せずに'71.2/19除籍されました。

他のバルティモア型重巡はWW2後でもそれなりに活用されているのに、なぜこんなにも短命だったのでしょうか?
(重巡洋艦「オレゴン・シティ」(CA-122)のように、早期に艦に何か不具合が見つかったのでしょうか?)

よろしくお願いいたします。
Ranchan

  1.  毎度、Wikipediaで申し訳ないのですが、Fall Riverの項目には”Proposals to convert her into an Albany-class guided missile cruiser were cancelled when sister ship Columbus was determined to be in better material condition.”と書かれています(日本版にはその翻訳らしいものが書かれています)ので、何らかの不具合があったようです。ただ、そのソースは表記されていませんし、どこに、どのような不具合があったのかも分かりません。
     それでは回答としてはかなり不充分ですし、この記述の真偽も含めてわからない部分が多いので、ここに書き込むのは非常に迷ったのですが、他に見つからなかったので、一応、記しておきます。
     
    hush


  2. ご回答有り難うございます。

    「フォール・リバー」(CA-131)がバルティモア型重巡14姉妹中で、一番出来が悪かった、または一番の不運持ちで「艦齢が若く、戦場でのダメージもないのにもかかわらず戦後の軍縮の犠牲となった」・・・としか現在は言いようがないようですね。


    Ranchan


  3. 調べてみましたが、クリーブランド型軽巡洋艦も全27隻中19隻が1946年〜1950年の間に艦齢数年(最短は「アムステルダム」(CL-101)(就役:1945年1月8日−退役:1947年6月30日、約2年半)で退役していますね。

    「戦争が終わって余っちゃった」ということなんでしょうが、贅沢な話だなあ・・・。
    Ranchan



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