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航空機関係
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1460 「二式戦闘機の主翼付け根の張り出しは悪影響を与えたか?」について。
どうも失速特性には(も)全く詳しくない素人の者です。
最近この飛行機を見ていて思うのが、付け根の形がいつ見ても歪過ぎる!、という事なんですが、実際こんな小さな主翼にドカンと張り出しが付いてて何か影響を与えないものでしょうか?
そもそも車輪の格納のためのもので、ジェット機の所謂ストレーキ的な効果を期待するには、トンガリが足りなさ過ぎるし…。鐘馗から発展した四式戦では何とかして動体下に埋め込んでしまっています。
付け根のコードが伸びる事で「翼根だけ」翼厚比が小さくなり、そして途中で翼厚比が本来の値に戻って、そこからまた翼端にいくにつれ徐々にまた薄翼に…と一旦上がって下がっての不規則な翼型が連なる感じになりますね。
本来なら積極的に格闘しても良しな飛行機になる筈なんですが、どうも評価が思ったほどではないな、と。
あと関係ないですがバルジのところをトリミングすると見違えてスマートな飛行機に変身する事に気付いてしまいました(笑)
パンジャンドラム

  1. 二式戦闘機の評判が良くない理由は九七戦より大幅に増した着陸速度という有名な要因ともう一つ、当時の戦闘機に共通する性癖である不意自転傾向にあります。「操縦に危険があった」と回想されるのはこれを言っています。縮尺模型を使っての実験では測定できないこの性癖について陸海軍の名だたる機体設計者たちが風洞実験に対して抱いている不信感を所謂風洞屋と呼ばれる人々(谷一郎博士など)にぶつけている座談会の記録が存在しています。

    そして二式戦の翼型は「不規則」ではありません。他の機体と同じように基準翼から翼端に向かって連続的に変化します。
    同じような平面形の主翼は他にも沢山ありますよね。
    これらによる不都合は風洞実験でも実機による飛行試験でも観測されていないのです。

    もっと細かいことを言えば愛称は「鐘馗」ではなく「鍾馗」です。

    BUN


  2. >>1 BUN様回答ありがとうございます。不意に自転する傾向は寸詰まりな設計のせいですね。鍾馗は垂直尾翼を後方にずらしていますが焼石に水だったのでしょう。
    P-51もYak-9も主翼付け根だけ張り出しているのは存じていますが、どちらも失速特性は必ずしも褒められた様なものではないと思って…。
    局所的に見るとテーパー率がきつくなってしまっています。主翼付け根だけ14.5%との事で、それ以外は16.5%らしいので遷移というかもう数枚のリブで一気にグワッと翼型を戻す感じですかね。ちょっと規則的な主翼から見ればイレギュラーではないかと思い、不規則と表現してしまいました。
    パンジャンドラム


  3. 着陸を除いた、つまり鍾馗の空中性能に関してですが、そもそも運動性が低かったのではないかと感じます。不意自転に注意するあまり運動性を引き出せなかった、とはベクトルが違う話で、
    高迎角時の誘導抵抗とか、あと失速限界とか機のポテンシャルを阻害する要因があったのかもなぁ、と。どんなに凄い戦闘機とパイロットだって失速限界よりは操縦桿を引けないわけです。
    パイロットに言わせれば疾風の旋回半径は、鍾馗と飛燕の中間、だそうです。
    同級の高翼面荷重の欧米戦闘機が低空なら十分な格闘性能を持っていたのに、鍾馗が思ったほどではないなぁ、と。疾風の翼面荷重は鍾馗より大きいですし。
    飛行試験では格闘性能に対して、日本軍的に言わせれば「合格」かどうかはジャッジしますが、いざ同級の戦闘機と比べると「劣っている」事がしばしば。
    これが前線兵士との性能評とのギャップに繋がっているのではないでしょうか。
    パンジャンドラム


  4. 連投失礼します。また昭和16年夏に行われた鍾馗とBf109Eの模擬空戦は手放しでは喜べません。
    鍾馗はあくまで空戦フラップ込みで優位に立ったというだけで、タイマンでの空戦など滅多にありませんから袋小路になるだけです。空戦フラップは自動式の川西のが有名ですが、旋回半径は小さくなりますが旋回時間は殆ど変わっていません。旋回率の観点ではさほど役に立たない事を意味します。鐘馗のはこれより遥かに機能が劣るのですから、空戦フラップによる格闘性などと評価するのは邪道と言わざるを得ません。
    試作機の性能が仕様に満たず伸び悩んでいるところを何とか推進する為の、ある意味での出来レースだったのでしょう。
    パンジャンドラム


  5. 失速特性だけをいうならスピットファイアだって苦労してます。
    当時の戦闘機が大なり小なり不意自転傾向を抱えるのは、プロペラトルクと翼面荷重が大きくなってくるからです。
    不意自転の原因は翼端失速及びその前段としてのエルロンの効き低下が主なので、一般的には捩じり下げで対応するほか中島製戦闘機などは前縁後退角のない主翼としたり、後期のソ連機のように自動前縁スラットで対応します。
    空戦フラップも翼端失速防止という一面があるので、後期の米軍戦闘機では自動空戦フラップが一般化しました。
    F4Uの不意自転は逆ガル翼が原因でちょっと特異ですが。
    超音速


  6. >>5 超音速様回答ありがとうございます。
    もちろん、スピットファイアのそれが薄翼故劣悪なのは承知しています。実際に北アフリカ戦線では米国製のトマホークが好評でした。

    そして失速についてですが、もちろん「不意自転の原因は翼端失速及びその前段としてのエルロンの効き低下が主なので、一般的には捩じり下げで対応するほか中島製戦闘機などは前縁後退角のない主翼としたり、後期のソ連機のように自動前縁スラットで対応します。」は存じていますが
    飛行機とはあらゆる要素の合作です。
    翼根の歪な張り出し一つで全てがスポイルされてしまわないでしょうか。
    翼根と翼端のコードの比すなわち全体として見た場合のテーパー比がおかしい事になりますし、あと迎え角を大きくした時にあらぬ抗力も招いてしまいそうな気がするのです。私の根底にあるのが、機能美が無いというものなので根拠など無いのですが、翼根のバルジにあまり良い結果は伴っていない様です。
    パンジャンドラム


  7. BUNさんが「不都合は風洞実験でも実機による飛行試験でも観測されていない」と回答されているわけですが、それは了解しているということでよろしいでしょうか?
    超音速


  8. >>7 やはり程度の問題ということですので、不都合といっても何かと引き合いに出して漸く露呈するものだと思います。ですからその点は了解しています。
    当時は比類無き高翼面荷重機ですので、こういうものだと思えばどうとでも飲み込める筈です。
    ですから、四式戦より旋回半径が大きいとか、やはりそうした評はあるようで。
    その点、「同翼面荷重機との比較ではない」点で公平性を欠くものであら思っています。
    パンジャンドラム


  9. 飛行機とはあらゆる要素の合作で、翼根の歪な張り出し一つで全てがスポイルされる、というのは、見方を変えれば、
    各種翼端失速対策により翼根の張り出しのデメリットをスポイルできる とも言えるのではないでしょうか。

    ゼロ戦のドラム弾倉のコブと同じで「無いほうがいいに決まってる」けど、他の工夫によって補えればそれで良しというのは、ひとつの考え方だと思います。
    もちろん僕は航空機設計者ではありませんので推測でしかありませんが・・
    ゴミレスですいません。
    傍観者A


  10. >そもそも車輪の格納のためのもので、

    主脚・車輪のサイズを変えずに主翼前縁の張出しを無くすためには、主脚取付位置を後退させることになり、すると主脚の後ろにある、ただでさえ配置に苦労している翼内燃料タンクの容量が半減することになります。

    あの張出しの分だけ燃料が入ってるんだな、と思えば良いのです。


  11. 実質的には、張出し部の容積以上に燃料容量を稼ぎ出してるはずですね。


  12. 成程、あの出っ張りの意味はそこに有ったのですね。

    自分も以降中島機では無いので不思議でした。
    暇人


  13. 2式戦の主翼の桁(脚部のすぐ後ろにあるやつ)って、翼銃を入れるためか知らないけど外翼の方では結構前寄りで、
    付け根部分では脚部の収容部分に合わせて若干後ろに屈曲してる感じです。この桁の後ろに燃料タンクがありますね。

    小さな主翼&翼銃装備&引き込み脚という組み合わせは当時の中島にとっても経験が少なく、難しかったのでしょう。
    上記方式でバルジをなくすには、Fw190みたいに桁をダイナミックに屈曲させるなどして対応する必要がありそうです。

    それ以外の方法で諸問題を解決するとしたら・・・

    例えば揚抗比の悪化を承知でアスペクト比を抑えるとか、
    翼端失速しやすくするのを承知でテーパーをきつくするとか、
    もっと厚翼にしたり主翼自体を大型化したりとか、
    雷電みたいに頑丈な1本桁で支えて桁の位置を後退させるとか、
    あるいは翼銃をあきらめて桁の位置を後退させるとか、
    逆に前桁の位置を前進させて前桁の後ろに脚部や機銃を載せるとか、
    そんなところでしょうか。
    みいつ


  14. >>10-13 回答ありがとうございます。
    張り出しを設けるにしても張り出しの小さい一式戦隼と見比べると思うのですが、別にあの位置に車輪があってもあそこまで出っぱる必要は無かったと思うのです。
    一式戦隼の様に車輪の形をトレースした様な、そのままの張り出しでも問題無かった筈です。
    惜しい、という感が強いからこそ尚更、心の中の暴走車輪を抑えられなくて今回の話に至ったのです…()
    パンジャンドラム


  15. 実際脚柱の部分は、付け根のところを見るにほぼバルジ無しに埋め込む事が出来る筈です。一式戦隼みたいに車輪の分だけを収容する程度だけなら、ちょっとあそこまで大袈裟なのは余計だったんじゃないかなぁ、と思うのです。
    特に機首が細いマスタングやヤクなどの液冷機と違って、鐘馗の胴体下面はかなり太いです。車輪の輪郭から若干程度前進させた様な、隼の様な丸っこい張り出しでなら殆ど目立たないレベルまで極小化出来たのではないでしょうか。

    パンジャンドラム


  16. どのような形状を取捨選択するかは設計者の判断なので僕にはわからないのですが、可能性として考えられる理由をひとつ挙げます

    平面図上での主脚配置だけ見ると2式戦の胴体は確かに太く見えますが、
    胴体は正面から見て円筒形であり、かつ低翼配置なので胴翼交差部分での胴体幅は意外と狭いです。
    また、着陸速度の増加に対応してか1式戦よりも大きな車輪を有しています。
    そのため、車輪は小さな主翼と胴体部のどちらにも収まりきらないため、コブが必要になると思います。
    ここでコブの形状とサイズが問題になってくる訳で、僕はナセルストールの理屈とか干渉抵抗の事とかよくわからないシロートですが、
    コブのサイズを小さくする事にこだわるか、多少大きくなってもなだらかに成形するかは設計者の判断で決定されると思います。
    設計者が後者を選択したという事ではないでしょうか。
    みいつ


  17. 一式戦よりも薄翼になったため車輪+脚柱を収容する厚みを得るため前縁をあれだけ前に出したように思えます。

    P-51Hは前縁を真っすぐに改良しているので張り出しは無い方がいいというのはわかります。

    たとえば、少し後退角のついた前縁にして翼端まで真っすぐにする、あるいは脚柱を少し後ろにして胴体は延長する。とか色々考えられますが、いずれも重量増となる。当時の設計陣は苦心したんでしょうね。

    パンジャンドラムさんも自身の考えた形状をCADで設計してCFDで流体解析してみては?
    こっちのほうがいい!と主張されるんならそれからでしょう。
    超音速


  18. >>16 みいつ様回答ありがとうございます。
    ナセルストールに関しては自分も詳しくありませんが、キ45のナセルが上過ぎて翼上面の気流を乱したり、墜落した737マックスがナセルが長いせいでこれもまた飛行特性が悪化していたりしています。結論だけ抽出すれば、低速高迎角で招くナセルストールに関してはとにかくバルジを引っ込めて翼下面に潜らせる事です。P-40なんか後方引き込み式であんなバルジが下方に張り出していますが、位置があそこなので特段の問題は生じていません。
    また各国でも少なくない採用例の弾倉部バルジですが、これもそこまで悪影響を与えていません。発生した乱れが高迎角時に負圧面(上)に来るか、主翼に隠れているので正圧面(下)にくるかの違いかと思います。とにかく位置ですね。
    ですから主翼上面前半部の整形は特に肝心でしょう。とにかく単発機であのポジションにバルジの類が来るのは主脚収容部ぐらいのものですから、無いに越した事はないと思います。

    また低翼の件は承知しました。確かにバルジを生じるのがやむを得ないのであれば、せめてフラットにすべきだというのも筋が通っています。
    この際私だったら、楕円胴体と違って機首付近は円近似ですから、エンジンは潔く推力線を妥協してカウルを数ミリ下げるだけでも、上手いこと上半角を使って胴体傾斜部に埋め込みたいですね(素人ですが)。
    パンジャンドラム


  19. >>17 すみません返信が重複していました。
    私としてはバルジを無くす為には二本桁の間に主脚も設けて、前縁でDボックスにすりゃええジャン、って思っています…。
    もともと中島式のは後桁は補助みたいなもので殆ど前桁だけで持っていますので、前縁に切り欠きも設けてボックス構造を破るよりかはそっちの方がマシな気がしないでもありません。

    パンジャンドラム


  20. >>17 >>一式戦よりも薄翼になったため車輪+脚柱を収容する厚みを得るため前縁をあれだけ前に出したように思えます。

    失念していました。一式戦に比べてやけに間隙が大き過ぎるな、と思ったら、前縁半径が小さいからその分前に出さざるを得なかったのですね。
    P-51も層流翼で厚翼だからスペースで有利などと言われますが、普通に前縁は狭い、だからスレスレに車輪を配置したら、主翼前縁が「角形」になってしまいますね…
    史実の設計はやむを得ないのだという事はよく理解できました。せめてタンクと脚の位置が逆であれば…と思いました。
    パンジャンドラム


  21. 空戦フラップについてのお話はどうも昭和十七年の十五試水戦での実験のことを一般化して話されているように見えますが、十五試水戦は自動空戦フラップではありません。機構的にはキ四十四と同じなのです。
    そして昭和十六年に立川で行われた対Bf109の模擬空戦でキ四十四は空戦フラップを使用せずに互角の格闘戦ができると判定されています。
    さらに大切なことは「空戦フラップが旋回半径は短縮するが旋回時間は同じ」なので役に立たない、といった理解は気の早い話で、敵機を追尾してループに入った際に敵機を照準におさめることができる利点が確認されています。すなわち旋回時間を競っている訳ではないのです。陸軍の戦闘機操縦者はこれを「機首の指向」と表現しています。総合的に長所短所を比較して空戦フラップを今後どうするか、といった事とは別に、見いだされた利点があるということなのです。
    空戦フラップが役に立たないというのは一部の回想や実験報告に残された十五試水戦の計測結果だけを見て「なんだ、旋回時間が同じなのか」と早合点して作り上げた戦闘機ファンの想像なのです。

    また、P-40は不意自転傾向を最大の悪癖として抱えた機体で、最終的に胴体延長によって対策しています。一式戦も零戦も紫電もこの悪癖を抱え、いずれも胴体延長によって対策し、二式戦も胴体延長を行って四式戦となっています。ねじり下げなどで翼端失速を抑える設計意図があってもこの傾向は収まらなかったのです。これはこの時代の多くの戦闘機が抱える欠陥なのです。

    そしてP-51Hの主翼平面形が変化したのは軽量化のために強度規格を米軍規格から落として主車輪を小型化した結果です。P-51原型からP-51Dにかけてどんどん張り出していった翼付け根の張り出しに注目して修正する意図ではありません。

    BUN


  22. >>21 BUN様回答ありがとうございます。確認し直したところ私が事実誤認に基づいていました。鍾馗は空戦フラップ無しでもBf109Eに対等に渡り合えた上で空戦フラップを使ってなおBf109Eに優位に立てたと。
    ですがBf109も、捻り下げではなく前縁スラットで失策対策した機体ですから必ずしも褒められた様な運動性では無い筈です。
    F型ならまだしもE型は英軍のP-40に一蹴されてF型で漸くタメ(高空ならF型有利)という評です。弱体なE型程度なら鍾馗でも勝っても不思議ではありません。
    P-40の洗礼を受けるとやはり鍾馗の運動性評は振るわないという評になっていたのではないでしょうか。
    それがバルジの影響ではない事は了承しました。
    質問の要旨とはズレますが、やはり鍾馗の運動性評が振るわない感は、E型に優位と言われても拭えないのです。
    私自身、鍾馗を本来陸軍主力機たるに相応しい器だと推進している上で、ここでカタログに出ない期待ハズレ感があったから隼なんだろうナァ、と思うのです。
    九七式戦より大幅に延伸された航続距離が果たして鍾馗の評価に影を落としたか?、E型と同じ燃費のハ40を積んでおきながら燃料タンクが激減してしまった飛燕の航続力が叩かれたか?、などを考えると、鍾馗が主力機たり得なかった理由は飛行特性にあるのではないかと考えています。そこを克服するには?、と目に見えて単純明快な悪玉の存在(つまりバルジ)を求めたのが今回の質問の経緯です。
    パンジャンドラム


  23. 北アフリカでのJG27のBf109と英軍のトマホークとの交換比率を一度確認してごらんなさい。
    圧倒的な結果となっています。
    何の本を読まれたのか知りませんがトマホークはBf109に対して大いに劣勢です。

    物事を考えるときには最初に何かを決めつけてそれを前提としてあれこれと述べて行くやり方では大概、大きく間違えてしまいます。
    そしてお付き合いするほうも結構な負担になります。


    BUN


  24. >>23 すみませんJG27に関して何ら確実な資料を持ち合わせていないのですが、JG27といえばマルセイユ擁する武勲戦隊でしたね。E型が一蹴されたなどというのは口が滑りました。訂正します。低空ならE型に十分優勢だとはアメリカの航空史家のウォルター・J・ボイン評価ですから、やはり贔屓の可能性が大きいかもしれません。
    とはいえ、P-40装備の英軍の3個飛行隊(No.3 No.112 No.450)は41/6〜43/5までの主張/損失のレートがそれぞれ、115.5機/34機、118.5機/38機、49機/28機であり、いくらイギリス軍の戦果報告がゆるゆるでも、スピットファイアやハリケーンといった他の連中が散々な結果を叩き出したのに比べれば、P-40は異常なまでに善戦しています。本来ならヤーボに徹すべき仕様なのですが、蓋を開けてみればスピットファイアを差し置いての活躍と言わざるを得ません。
    もちろん戦果確認に極めて厳しいドイツ軍との比較だと、実態にフェアな土俵から見るとイギリス軍の圧倒的負け越しだったのかもしれません。
    しかしコールドウェルはじめ、北アフリカのエースは大概P-40乗りですし、その中にE型は少なからず含まれていたと思うのです。
    JG27の戦果的にはマルセイユの中隊が41年11月に本国でF-4を受領してからが本領発揮でしょうし、E型はそこまで脅威だったのでしょうか。
    F-4は極めて強力な戦闘機ですがP-40の方もキティホークになって本領発揮というところです。
    (空戦フラップ抜きなら鍾馗とほぼタメの)Bf109Eに対して、英空軍のキティホークは不利となる高空での戦闘を避け、低高度での運動性を活かして優位に立ち回った、というのが簡単な私の認識なのですが、運動性でも劣っていたのでしょうか。
    パンジャンドラム


  25. 北アフリカ戦線でイギリス軍が使用したP-40ならば数の面での主力はキティホーク(D型以降)がメインになると思います。マーリンエンジン搭載型も含んでしまいますが、それだと単に凄いぞマーリンのおかげになってしまいますのでここではアリソンエンジンの方にフォーカスしています。
    やはりP-40の本領発揮は推力線が向上したD型以降にあると思います。
    P-40のアンダーパワーさえいくらか補えるだけで、P-40のもとより持っていた低空運動性はフルに活かせたのではないかと思うのです。
    逆に鍾馗には、四式戦疾風の様に相応の運動性さえあれば、何らの不満無く主力機たり得た筈です。運動性といっても、低空では素晴らしい旋回能力を持ちつつもアンダーパワーに足を引っ張られただけのP-40と違って、パワーは十分だが今度は逆に劣り振り回され気味だった鍾馗とでは、根底にある問題が違う様に思えます。
    パンジャンドラム



1459 旧ソ連の軍用ヘリコプターについて質問です。

アメリカではOH-6やOH-58、
欧州だとアルエットやガゼルのような
軍用としている小型ヘリコプターがありますが

ソ連ではMi-2など比較的ヘリがあるばかりで、
それもポーランドで生産されていたそうです。

ソ連にはMi-6やMi-26などの巨大ヘリコプターがある一方、
小さなヘリが見当たらないのが
なんとなくソ連らしい、とは思ったのですが
なぜ、そのようになったのでしょうか。
MX2

  1.  カモフのヘリコプターって小型ではありませんか?
     
    hush


  2. ・日本語の記事に無いだけで、ロシア語・英語の記事ならちゃんと出てくる
    ・他のワルシャワ条約機構加盟国の機材をソ連も採用した
    ・民間向け機材・当初から軍民両用向けとして開発した機材を採用したため、それらは民間機に区分されてる
    以上想定しうる可能性を列記しました。
    にも。


  3. hush様

    カモフに小型のヘリコプターあるのですね。
    Ka-18という機が一家に一台の雰囲気があり少し感動しました。
    ただ、露語版wikipediaだと生産数は120機未満だそうで。
    他の機体もリストページで探してみたのですが、
    軍用(特に観測や対地攻撃用)に使用される機体は
    見つけられませんでした。


    にも。様
    wikipediaの外語版で見ましたが、
    やはりMi-2が一番生産数が多く、広く普及していたようですが、
    OH-58やOH-6のような2〜4人乗りの機体と比べると大柄な印象の機体です。

    また、Mi-2には対地攻撃・対戦車・偵察のバリエーションがあるものの、
    露語版wikipediaでは詳しい記述が見当たらず、
    ポーランド語と英語版によると、ポーランドと東独で使用、とあるのみでした。
    肝心のソ連軍での配備状況がよくわからず...


    MX2


  4.  ああ、御免なさい。軽ヘリコプターって、艦載ヘリコプターのような小型ヘリコプターのことかと思っていました。御質問に挙げられている機種を考えれば分かるべきだったとは思うのですが。
     ところで、赤軍って縦深攻撃が中心で、兵力で圧倒しようとするものですから、いかに大量の兵力を投入するかが重要なわけです。そして、これは砲撃においても同様で、大量に投射することが重要であって、精密な射撃はそれほどでは求められないのです。
     したがって、わざわざ軽ヘリコプターを開発して観測を行うより、もっと大型のものを必要に応じて兼用させているのではないでしょうか。
     それに、小型軽量化って、存外に大変なのです。その上、ソ連、これはロシアになってもあまり変わっていないと思いますが、重厚長大なものを好む傾向があります。そのかわり、苛酷な環境、適当な保守管理でも動くことが重要で、ミサイルのような精密兵器でもクレーンで吊り上げられるそうです。同じことをアメリカのミサイルでやったら、折れてしまうでしょうから、その頑丈さはすごいです。
     そして、そういう傾向を考えると、かの国において、軽ヘリコプターの開発が熱心でなくてもそう不思議ではないように思います。
     
    hush


  5. 中型・小型の汎用機・輸送機は、最初に軍用として開発されるよりも
    最初から軍民共用として開発されるか、
    民間機の市場から棚卸して軍等の公用に充てる場合が多いです。
    ソ連の軽ヘリコプターが目立たないのは、
    ミルやカモフと云ったソビエトの著名な設計局の設計した機体では無く
    東欧のWTO加盟国が開発・生産した機材を
    ソ連が輸入して軍等に使わせてたからではないでしょうか。
    当時のジェーン年鑑みたいな紙に印刷された情報を渉猟するしかないのかもしれません。
    にも。


  6. hush様、にも。様 
    回答ありがとうございました。
    MX2



1458 ttp://www.warbirds.jp/ansq/12/A2003219.html
このAnsQ過去ログにて「遠距離戦闘機にキ43が不適だった場合は九七式司偵を単座に改造して戦闘機にする案があった」
という話がまるで事実かつ常識であるかのように議論が進行していますが、この九七式司偵の戦闘機化案というのは本当にあったのでしょうか?
自分が今まで諸々の書籍で見かけてきた九七式司偵の解説文ではそのような案があったという記述は見たことがないですし
色々とググってもみましたが件のページ以外全然ヒットが無く、正直この案の実在について少し疑っています
この案について記述されている書籍がありましたら是非教えてください
tellus

  1. はじめまして。
    自分の知る限りでは、まず「丸」の今年の6月号(隼の特集号です)で古峰文三先生が概要を書かれています。
    もっと詳しい本が必要なら、光人社NF文庫の『戦闘機「隼」』(碇義朗・著)が手に入りやすいでしょう。
    この作者さんは元陸軍航空技研の技術者でもありますので、書かれていることの資料的信憑性はかなりあると思います。

    今川大佐としてはキ43が本命で、九七式司偵や九九式軽爆の改造は言ってみれば当て馬的な、キ43がどうにもならなかった場合の窮余の策だったのではないでしょうか。
    それゆえ、それらの機体の項目に特記するほど重要な事柄と見なされなかったのではないかと思います。
    R&R


  2. 非常に初歩的な資料で申し訳ないのですが「世界の傑作機No.65」の記事に
    「昭和15年8月、参謀本部作戦課は飛行実験部実験隊長・今川一策大佐に
    、行動半径900kmプラス空戦をこなせる戦闘機を、16年4月までに二個中隊
    揃える方法を打診した。今川大佐は落下タンク付きのキ43案のほか、
    司偵や軽爆の改造案を回答した」とあります。
    但し、これは「司偵=百式司偵」「軽爆=九九式双発軽爆撃機」であったようで
    司偵(百式司偵)改造案が、勘違いで九七式司偵改造案になったのかもしれないですね。
    陸奥屋


  3. >陸奥屋さん
    はじめまして…だったと思います。(違っていたらご容赦ください)
    そうだ世傑があった、と、自分も慌ててNo.65とNo.13を取り出してみましたが、No.13のほうがより詳しく書いてありました。
    それによると、確かにキ46に翼内砲を装備する、と書いてありましたが、キ46の1型の構造を考えると、翼内砲よりも機首装備のほうが良いような気がします。(2型ではありますが、夜戦に改造された機には機首砲がありますよね)
    それに、キ46も重要な機種ですし、戦闘機に改造するための機数をひねり出せる余地があるとは思えません。
    まだしも機数に余裕のある九七式に翼内砲を装備するほうが現実的なように自分には思えますので、世傑の記述のほうが間違っている可能性は捨てきれないと思います。
    R&R


  4. >戦闘機に改造するための機数をひねり出せる余地があるとは思えません
    確かにそれは当たり前のことなんですが各書籍(数種類見ましたが)に書いて有る通りで
    元々、今川一策大佐自身がキ46改造案や、キ48改造案自体本命視して居なかったので
    場当たり的に「キ43以外ですと、こう言う改造案も有りますよ」程度だったと思われます。
    そこの辺りは雑誌「丸」1993年1月号に碇義郎氏が寄稿しているのですが、参謀本部から
    意見を聞かれた後に、全く上記のキ46・キ48改造案を忘れたかのように、それらを進めることは
    無く、参謀本部・航空本部・明野飛行学校代表を福生に呼びキ43のみのアピールを繰り返しております。
    ですので量産可能・不可能とか、ちゃんとした改造案ですとか現実味のある改造案では無く
    「まあ、こういう改造案もありますけどね」程度だったと。
    書籍ではキ46案で出ていますが、それがキ15案であったとしても元々採用をさせようとの
    考えがキ43押しの今川一策大佐には無かったようです。
    というかキ15案ってあったんですね(笑)見たこと無かったです。

    陸奥屋


  5. ちなみに、私は一般で云う軍オタ等と呼ばれるような詳しい人間ではないので
    間違ってたら勘弁してください(笑
    陸奥屋


  6. >陸奥屋さん
    返信ありがとうございます。
    確かに、本命はすでにキ43と決まっていて、当て馬がキ15だろうがキ46だろうが、はたまたキ48の武装強化だろうが、大した違いはないのだろうと思います。
    後知恵で考えても、当時それ以上の選択肢はなかっただろうと思いますし、もし陸軍に隼なかりせば、と考えるとゾッとします。

    本来、遠距離戦闘機の役割を果たすのはキ38かキ45だったのかもしれませんが…
    もしハ20乙がうまくいっていたら、南方作戦の護衛機はキ38だったかもしれませんね。
    R&R


  7. 回答ありがとうございました
    そう具体的な話ではなく、遠戦が急遽求められたときにキ43以外の代案として「本当にとりあえず言ってみただけ」の案だったのですね
    それでしたら世に出回っている九七司偵側の解説文に全く書かれていないのも納得な気がします
    案として出された「司偵」が九七式を指すのか百式を指しているのか判然としておらず混乱が見られるのも
    そこまで深く考えられないまま終わったためかどちらのことを指すのか確定させる史料すら残っていない、といったところでしょうか
    tellus


  8. >tellusさん
    いえいえ、拙い回答で申し訳ないくらいです。
    どなたかが一次資料をお持ちかもしれませんが、自分の身の回りにあるものではここまででした。

    もしかすると、司偵案はキ15とキ46の両方が上がっていたのかもしれませんが…
    しかし、これ以上は憶測になってしまいますので、自分の回答はこれで終了させていただきたいと思います。
    大変失礼いたしました。
    R&R


  9. 例えばですがキ48改造案でしたら単純に一般で言う海軍で言うG6M1のような編隊援護機
    (武装強化や軽量化等々)なのは、ほぼ間違い無いでしょう。「司偵に翼内砲」でしたら
    キ15の可能性が高い(数値上は行動半径や空戦の時間や速度を考えてもII型辺りでも合致します)ですし
    但しキ46も不可能では無い訳です(まあ普通に考えて機首武装になるでしょうけど)。
    各書籍に、それらの具体例が掲載されていない&詳しい話が伝わっていない所を見れば参謀本部・
    航空本部・明野飛行学校は南方作戦に必要な機種は今川一策大佐押しのキ43以外に”仕方が無いけど”
    無いと判断したのではないでしょうか。まあ素人の戯言と思ってください・・・
    陸奥屋



1457 モーターカノンの始まりを調べてみまして、以下を見付けました。
https://aircraft.fandom.com/wiki/SPAD_S.XII

@ 実用化した最初の機体でしょうか。
A 実験的でも、他に有りましたでしょうか。

ご教示ください。

百九

  1.  モーターカノンを搭載した機体に関しては、スパッドSXII(S12)が最初である可能性が高いと思われます。ただ、フランス語のmoteur canon等の語で検索をかけても、この機体が早期のモーターカノン搭載機であるとは出てきても、今のところ、世界初のとは出てきません。もっとも、この機体以前にモーターカノンを搭載したものも、菅見の限りでは見当たりません。
     そこで、推進軸ではなく、プロペラの回転と同期させて発射するsynchronization gearについて調べたところ、ドイツのフォッカー、アインデッカー戦闘機が最初にこの装置を搭載したとあり、これの初飛行はSXIIより2年早い1915年であることが分かりました。
     英語ではモーターカノンはPropeller cannon、engine-mounted gunと呼ばれるようですが、この場合、同期銃もその範疇に入りますので、世界初と呼ばれない理由はこのためかもしれないなと思っています。
     
    hush


  2. 英語ではHub cannonと呼ばれることもあるみたいですね。
    超音速


  3. >2
     御教示多謝。
     hub cannonでは思わしい結果は出ませんでしたが、hub mounted cannonで調べていくと、ドイツのMG151機関砲の英語版Wikipediaに”known as a moteur-canon in French (from its first use with the Hispano-Suiza HS.8C engine in World War I, on the SPAD S.XII)”という記述がありました。
     
    hush



  4. お二方、有難うございます。

    >1. エンジンに銃砲を固定したのがモーターカノンと言えるのではと思いますが。
    (>2.)のくくりでは(米 P39,63)(伊 Piaggio P119)も入ると思います。

    同調装置の必要な、機首の上面、側面、下面の場合はモーターカノンでは無いと思います。

    百九


  5. スパッドS.XIIについては過去に言及したことがあります。
    http://www.warbirds.sakura.ne.jp/ansqn/logs/A004/A0000978.html

    >エンジンに銃砲を固定したのがモーターカノン
    そういう定義だとBf109F以降のそれも定義から外れてしまいます。
    あんまり厳密でなくていいんじゃないでしょうか。
    超音速


  6. >5.
    MG 151/20はエンジンの背面にボルトで固定され、プロペラシャフトを介してシリンダーブロック間で発砲します。
    https://forum.il2sturmovik.com/uploads/monthly_09_2013/post-14812-0-07517800-1378059169.jpg
    https://forum.il2sturmovik.com/topic/1198-g6-mg-15120-db-605/
    MG151 + MoL151/1 + スペーサー + エンジン に成っています。
    スペーサーの品番は不明です。
    台座=MoL151/1

    MG151 + 台座 です。
    http://www.lonesentry.com/ordnance/wp-content/uploads/2010/09/mg-151-aircraft-cannon.jpg
    http://www.lonesentry.com/ordnance/20-mm-m-g-15120-mauser-aircraft-machine-gun.html

    台座 MoL151/1 が強調されています。
    http://www.muzeumlotnictwa.pl/digitalizacja_archiwaliow/katalog/ksiazki/07/bf109_g1_teil8a/d/13.jpg
    http://www.muzeumlotnictwa.pl/index.php/digitalizacja/katalog/435

    別の画像。
    https://farm3.static.flickr.com/2820/33876809166_ece0b85357_b.jpg
    http://gbpusdchart.com/graph/DB+605+Restoration/

    別の画像。
    https://farm5.static.flickr.com/4522/38344165126_b2726bfb9a_b.jpg
    https://hiveminer.com/Tags/me109%2Crestoration/Timeline

    エンジンに銃砲を固定したのがモーターカノンでは無いでしょうか。


    百九


  7. モーターカノン、またはエンジンガン(イスパノスイザによる米国向けの宣伝コピー)はイスパノスイザが減速ギアを装着した液冷12気筒エンジンを売るために提唱したもので、プロペラ軸内発射の着想そのものとはちょっと意味が異なります。

    既製の戦闘機をイスパノエンジンに換装すれば機首の固定武装として一般的だった機関銃2挺の代りにもっと強力な20mm砲を装備できるメリットがある、というコンセプトで、当時の一般的な戦闘機の主翼には強度的に装着が難しかった20mm砲をエンジンブロックを利用して装備できることが訴求点です。

    プロペラ軸内発射の発明物語的に眺めるとモーターカノン/エンジンガンが登場した背景とその意味を読み違えてしまいますね。
    BUN


  8. 視野が狭くなってはいけないと言う事ですね、有難うございます。

    SPAD S.VII の1機に Hispano-Suiza 8Bc と交換して 37mm 砲を搭載した機体を原型として
    SPAD S.XII が 300 機作られました。これが一番最初と考えて良さそうです。

    以下いろいろ調べましたが、一番上が簡潔にまとまっています。
    https://aircraft.fandom.com/wiki/SPAD_S.XII
    https://fr.wikipedia.org/wiki/SPAD_S.XII
    https://en.wikipedia.org/wiki/SPAD_S.XII
    https://jalopnik.com/yes-this-engines-got-a-cannon-mounted-on-it-5863523
    https://web.archive.org/web/20170929050054/http://www.quarryhs.co.uk/cannon_pioneers.htm
    https://de.wikipedia.org/wiki/Becker-Kanone
    https://en.wikipedia.org/wiki/Becker_Type_M2_20_mm_cannon
    https://www.bevfitchett.us/heavy-machine-guns/weapons-of-other-nations.html

    百九



1456 いつも楽しく拝見しております。初質問となります。
模型製作の際の艦載機の塗装に関して疑問が湧きました。

1.真珠湾攻撃の際の九七艦攻の機体上面塗装に関して
 赤城・加賀艦載機は銀色と暗緑色の斑点二色迷彩(ハゲてるだけ?)、飛龍・蒼龍艦載機は暗緑色に茶色の斑点二色迷彩、翔鶴艦載機は灰白色と暗緑色の大柄な二色迷彩、瑞鶴艦載機は暗緑色と茶色の大柄な二色迷彩と記載されたサイトがありましたが、これは事実なのでしょうか?
 (上記が事実だとしたら)一方で零戦や九九艦爆は統一された塗装(全面灰白色)だったと思うのですが、なぜ九七艦攻だけ艦ごとの塗装バリエーションが許されたのでしょうか?

2.国籍マーク(日の丸)の白縁
 過去のご回答で「1942年(昭和17年)10月5日より敵味方識別帯(黄色等)と白縁つき日の丸となる」とありましたが、龍驤や飛龍の艦載機の塗装例が書かれたサイトで白縁つき日の丸が書かれたものがあります。
 これはありえないので誤りと考えていいでしょうか? それとも正式なルール化が1942/10であって、それ以前に一部の機体では白縁が書き込まれたことがあったのでしょうか?

 素人質問で申し訳ありませんが、宜しくお願い致します。
和城

  1. 1.について

    対米戦の開戦に当たって、比較的優先度の高い低速機から機種を指定して、上面暗緑色迷彩を施すことが通達されていたと思われます。
    この場合、九七艦攻がまずそれに当たりましたが、迷彩に使われるべきD2緑色塗料が充足していなかったため、本来行うはずだった上面暗緑色単色にすることができずに、当面まだらに塗られた模様です。艦によっては、はじめに塗料を与えられたために、緑色ベタ塗りにできている艦もあり、あまりもらえなかった艦では、足らない塗料をどう使うかの工夫を艦ごとに行ったのだろうと思います。
    このことは、真珠湾作戦後に是正され、九七艦攻は上面暗緑色ベタ塗りの迷彩に移行しています。
    また、17年の初期には、これに続いて、九九艦爆が上面暗緑色ベタ塗りの迷彩に変わります。
    零戦が上面暗緑色に変わるのは、18年です。この際、やはり緑色塗料が不足して、い号作戦の空母部隊の零戦は、まだら模様にしてしのいでいます。これも、い号作戦後には、上面暗緑色ベタ塗りに変わります。


  2. 2.について
    「龍驤や飛龍の艦載機の塗装例が書かれたサイトで白縁つき日の丸が書かれたもの」の具体例をよく知らないのですが、誤りであると思います。
    過去に、「中島製の零戦二一型は、胴体日の丸が白縁つき」という誤った情報が流れたことがあったからです。
    正確には、中島製であっても17年10月5日以前は「胴体日章の白縁はなし」です。



  3. 早速のご回答ありがとうございました。片様に対応頂けるとは恐縮です。

    1:納得いたしました。機動部隊の零戦が最後まで上面灰白色だったのは過去の回答で学んでいましたが、理由については「零戦は強いから迷彩など不要」と自信満々だったんやろか・・・と首をひねっていました。まさか暗緑色の塗料自体がそれほど不足していたとは想像できませんでした。
     危うくもう少しで珊瑚海想定の翔鶴の飛行甲板に上面二色迷彩の九七艦攻を乗せるところでした。上面暗緑色ベタ塗り塗装に変更します。

    2:当該サイトは”昭和otaku画報”で検索頂ければ見れるかと思います。「大空の章」は一部写真も交えたなかなか勉強になるものですが、やはり頭から信じてしまうのは危険ということですね。
     デカールは白縁なしの物を使うことにします。
    和城


  4. すみません、誤解を招く表現でしたので念のため追記します。
    「機動部隊の零戦が最後まで上面灰白色だった」
    →「零戦、九九艦爆、九七艦攻の中では機動部隊の零戦が最後まで上面灰白色だった」

    ご回答ありがとうございました。
    和城


  5. 「零戦は強いから迷彩など不要」というか、「零戦は守勢になったら迷彩する」と定められていて、18年初めに実際にそうなったので、迷彩に転じたわけです。
    このとき、一航艦の空母部隊内で緑色塗料がそんなに余裕がなかったので、まだら状の迷彩になっただけで、ラバウルなど南東方面の基地航空隊はすんなり上面緑ベタ塗りに移行できています。

    開戦当初にもあった緑色の塗料自体が不足、というのは、あまり準備していなかった場所、行き渡っていない場所があった、という話です。



1455 DB601Eは、B4燃料使用時でも、DB601NのC3燃料使用時を凌ぐ性能を叩き出しています。DB601自体は、1.42ataのDB605に派生する余地を残していたのですから、高ブースト化が許容出来ない設計とは少し思えません。
素人目には、N型と同様にDB601EのC3燃料仕様を作ったろ!に行かなかった理由が不思議でなりません。
ここら辺の経緯を説明していただけると幸いです。
あるいは私が知らないだけで、DB601Eの改良に失敗していたのでしょうか。

私はBf109Fが好きですので、こうしていればF型の均整をスポイルする事なく更なる性能向上が見込めたと思うのです。
パンジャンドラム

  1. https://ww2aircraft.net/forum/threads/the-db601e-and-c3-96-octane-fuel.46622/

    上の一部を機械翻訳
    (DBのエンジニアは、601Eには限界があることを認識していたため、
    605A-「パワーセクション」の可能な限り小さな変更、
    100 rpmの追加、新しいスーパーチャージャーの導入、
    つまり2600 rpmで5.8 kmで1250 PSのパワー( 30分定格)、
    および2800 rpmで5.7 kmで1350 PS。
    601Eは、2700 rpm(=完全定格エンジン、5分間定格)で5.8 kmで〜1175 PSを実行します。)

    601Eのまま改良するより、排気量を拡大した方が早いと考
    えたのではと思います。

    それと当時の燃料事情はどうだったのでしょうか、
    少し調べましたが見つけられませんでした。

    百九


  2. 詳しくありませんが・・・wikiを覗いたら答えを書いていたので・・・
    ---以下引用---
    DB 601との第一の違いは排気量である
    開発陣の慎重な分析と研究の結果、DB 601のボア(シリンダ内径)を拡張してもエンジンの強度には深刻な影響が出ない〜
    総排気量は33.9L(リットル)から35.7Lへと増加した。バルブ開閉のタイミングも変更されて〜
    DB 601では2,600rpmであった最大回転数が605では2,800rpmにまで向上した〜〜
    出力は1,332hp(馬力)から1,455hpへと増大した
    両エンジンは、外形寸法に至っては全く同一であるほど似通っていた
    ---引用終了---

    同じエンジンサイズのままボアアップできたそうです。
    1332hp÷33.9=39.29 
    1455hp÷35.7=40.76 
    実際にボアアップした分だけそのまま馬力が上がっています。

    同じサイズに収められるのに、なぜボアアップという簡単な方法を捨てて排気量の小さいエンジンにこだわる必要があるのでしょう?
    まやん


  3. お二方様、回答ありがとうございます。
    >>1 ドイツ軍の燃料事情は、Fw190が多数投入されだしたあたりからだいぶマシになったと聞きます。
    ナチ党宜しくメッサーシュミット推しな私に言わせれば、F型改(ここで言うところの、です)に優先したれと思うのです。
    >>2 >>DB605は尤もです。そこは私も同意しない面は無くはありません。
    しかしDB605の存在こそが私がこの質問を抱く最大の理由なのです。
    DB605のC3燃料対応高ブースト化の実用はDB605の登場に対して一世代も後発なのです。遅れに遅れた挙句、1.98ata(1775hp)は戦争末期のかなりの遅い時期まで禁止の通達が出ていたレベルです。
    DB601Nの様にしていれば、即ちDB605にボアアップしてからC3使用などと言う迂遠な手を取った事が私には否定的に映ります。
    DB601のエンジンを積み、均整の取れたF型の純粋な発展型ならば、史実のG型より先行しつつも高性能な機体に仕上がっていたと期待してしまうなです。
    パンジャンドラム


  4. そしてなぜここまでDB605はC3対応高ブーストにもたついてしまったのか。
    これは私が考えるにいくつかあります。
    最大の理由はボアが変更された事です。DB601Nはそれまでの燃焼データの蓄積があったからこそもたつきは比較的小さく抑えられたのだと思います。
    たった4mmのボア拡大といえど、大きなボアを上手く燃やしてやる事の困難さは言うまでもありません。
    二つ目が開発リソースの局限です。
    DB605を開発するのに開発リソースを使ってしまった事。
    これがDB605の高ブーストがだいぶ後発に回ってしまった理由の一つとして説得力があるような気がします。
    そして最後はサボタージュ・検査省略などで前線のC3燃料自体が額面割れしていた可能性、これはどちらかというと実用化後の禁止令に繋がるものでちと別の問題ですね。
    DB601がマーリンの様に発展していく為には、やはり同じようにやっていくのが宜しいのではないかと、素人目にはそう映ったのです。
    パンジャンドラム


  5. 失礼、1.98ataは1775hpなんてレベルじゃありませんでした。混同していた様です。
    まぁ細かい数字は置いといて、DB605のそれが単にDB601Eの排気量増大分に過ぎない、DB605が後発でも性能的には同世代と言っても差し支えありません。

    ハイオク高ブースト化が後発に回ってしまったのは、DB605に発展してから改良という迂遠な手を取ったからだと想像します。
    ここでいう発展型をDB601ECとでもしておきましょうか、ともかくマーリンの様に直接高ブースト化に派生した方が史実のG型より先行して高性能化出来たと思うのです。
    パンジャンドラム


  6. ボアアップしないで出力増大をする方法ですね。
    回転数の増大を考える事になると思います。
    素人考えですのでエンジンに詳しい人の解説が欲しいですが。

    DB は一つのカムで吸気弁と排気弁を作動しますが、
    http://www.enginehistory.org/Piston/Daimler-Benz/Cover01.jpg
    http://www.enginehistory.org/Piston/Daimler-Benz/Daimler-Benz.shtml

    マーリンの様に、吸気弁と排気弁のカムを分ければ可能性はないですか。
    どれ位の時間が必要か判りませんが。
    https://ww2aircraft.net/forum/threads/heres-laugh-for-you.42946/

    ただ出力増大で発熱量も増えるのは、どうするかですが。

    百九


  7. >>3〜5
    「仮称DB601ECのほうがDB605より高性能になる」という意見の根拠や開発データーとして、どのような物があるでしょう?(リンクなど教えてもらえると助かります)
    まやん


  8. >>7
    「DB601のエンジンを積み、均整の取れたF型の純粋な発展型ならば、史実のG型より先行しつつも高性能な機体に仕上がっていたと期待してしまうのです。」
    「ここでいう発展型をDB601ECとでもしておきましょうか、ともかくマーリンの様に直接高ブースト化に派生した方が史実のG型より先行して高性能化出来たと思うのです。」
    と私は述べているわけです。
    DB605DCとほぼ大差ない発動機が先行して手に入るのならば遥かに有効だったでしょう。
    史実のG型は大半がG-6(12000機以上生産)であり、G-10とG-14生産数は残念ながら1944年10月と8月以降にそれぞれ本格化するものです。
    高ブースト化の遅れたDB605よりはボア拡大をせずに先行して高ブースト化対応させた仮称EC型の方が優秀であると見ています(スペックはそのままDBの排気量縮小分ですからね)
    パンジャンドラム


  9. 誤字 DBの排気量縮小分→DB605DCの排気量縮小分
    DB601EとDB605の関係がそうであった様に、DB605DCに対する、DB601のC3燃料対応型の出力も、排気量相応のものだったと考えられます。
    所詮DB601Eより若干排気量増えた分に過ぎない無印A型のDB605よりは、まだC3燃料対応のエンジンの方が出力は上になるのでは無いでしょうか。いくらか排気量が小さくても、です。
    というかDB605で排気量が殆ど向上していない訳ですから、それだけでは出力向上も高ブースト化に勝る様なものでは無いわけです。
    パンジャンドラム


  10. パンジャンドラム様
    横から失礼いたします。

    DB605の開発が順調に進んだと仮定してみましょう。この場合、Bf109はF型1300馬力からG型1450馬力へ順当にステップアップすることができます。
    DB601ECを搭載したF型改1400馬力があったとしても、G型の登場とともに陳腐化しますので、開発しても無駄になるだけではないでしょうか。

    つまりDB601ECを搭載したF型改が開発されるには、DB605開発時点で「DB605の安定化〜終戦までの期間が短く、フルスペックのG型が活動する期間も短い」と予期する必要があります。

    G型開発時のドイツに、それだけの情報はあったのでしょうか。
    冷泉


  11. >>10 冷泉様回答ありがとうございます。
    DB601ECのスペックは、100馬力しか向上しないのでしょうか。
    C3燃料のアンチノック性能は、96オクタンで、リッチ時の性能は130グレードにも匹敵するとの説があります。
    DB605は、87オクタン+MW50で、1775hpを叩きだすことが出来ます。
    高ブースト化による馬力増大の前、たかだか1.8リットル程度の排気量増大など敵ではないと思うのです。
    先にC3燃料仕様の高ブースト化から始めた方が、馬力は大きくなると思うのですが。
    パンジャンドラム


  12. 仮にDB601ECが、DB605の高ブースト化を先取りしたものだったとしましょう。
    その場合、DB605のAMの1775hpからするに、排気量が5%小さい為に5%引きとして1680hp近く出る計算になります。
    そして44年以降、MW50でを使ってECは1.98ataを出せたとすると、1970から5%引きで1870hp近く出る事になるでしょう(これは禁止される可能性が高いですが)

    つまり高ブースト化の前では、ボアアップなんて敵ではないと思うのです。
    ボアアップには反対というわけではありませんが、先に高ブースト化をやってからボアアップでもよかったのではないかと思うのです。
    幸いにC3燃料という存在がある訳ですから。
    C3燃料と、MW50使用時のB4燃料とでアンチノック性能は同等でしょう。
    つまりDB605AMなどの1775hpを待つまでもなく、DB601のC3燃料仕様の高ブースト化を先にやれば、DB605Aの1455hpより高出力が望めるのではないかと思うのです。
    その頃ならばC3燃料自体の額面割れも少なかったと思うのです。
    パンジャンドラム


  13. http://archive.li/paqC を見てですが。
    DB605A(B4) DB605AM(C3+MW50)
    1475PS 1800PS

    上から考えて DB601E(C3+MW50) とすれば
    1600-1650PS の可能性は有りますね。
    ただ発熱量の増加の影響については問題あるかと思いますが。

    イフの話なら、フィンランドで1機だけ試作された PM1 ですが
    https://www.plane-encyclopedia.com/ww2/vl-pyorremyrsky/

    Me309,Me209II より
    史実の G型がこんな形で造られていたら新米パイロットは楽だったでしょうね。

    百九


  14. >>13
    数字はソースによって諸説ありますが、そのソースはちょっと一般に知られている数字と違うような。
    でもそのチャートでもDB605DBがB4+MW50またはC3燃料で1850hp、DB605ASBもC3またはB4+MW50となっております。
    つまり、C3燃料のアンチノック性能はB4+MW50と同等と見るべきで、C3燃料ならばMW50を使わなくとも、B4のMW50使用時すなわち1680hp程度まで見込める筈ですが。
    C3に更にMW50をぶち込むのは所謂疑惑の1.98ataというやつで、1600-1650ごときパフォーマンスにとどまりません。これはもはやマーリン66の定格12lb/in^2を凌ぐレベルのブースト圧なのですから。
    パンジャンドラム


  15. 基本的に私の認識としては、型番から見るべきだと考えています。
    DB605A にMW50が付いてAMです。スーパーチャージャーを強化したものがSがつきます。C3燃料仕様がCが付くわけですね。
    で、AMはもちろんCが付いて居ませんから、特段C3燃料対応型ではないのです。 基本的にはMW50の使用が前提となっているというわけでして。そのパフォーマンスはC3燃料を必要としない筈です。
    MW50の登場を待つまでもなく、C3燃料でMW50と同等の効果を得られるなら、1700馬力近く出る筈なのです。
    ですがMW50にはエンジン冷却性能も少々あり、アンチノック性能だけではまだ足りないのかもしれませんが、冷却性能を飛躍的に向上させる術は既にFw190で確立されている為(推力式排気管による吸い出し効果)、このノウハウがメジャーでなかった他国はともかくドイツの航空技術をもってすれば発熱量の心配は要らない様に思います。
    まぁそんなことをしなくても、C3燃料単独でB4+MW50の代用は効いている様にも見受けられますけども。
    パンジャンドラム


  16. 長文すいません。↓この点線間の文章を書いていたのですが、605DCの離昇出力データが見つからず記入を躊躇していましたが、百九さんの>>13データーが出てきたので一旦区切りとして記入しておきます。
     ↓
    ------------------------------------------
    実際のエンジンの数値(wiki参考)を元に考えてみたいと思います。

    機種 601A 601N 上昇率
    離昇 1100 1175 106.8
    燃料 B4燃 C3燃

    機種 605AM 605DC 上昇率
    離昇 1775 1970 111
    燃料 B4燃 C3燃

    MW50使用時の上昇率
    DB605AM 1455 1775 122
    DB605ASM 1415 1775 125

    上2つがB4→C3の上昇率です。3つ目がMW50使用時の上昇率。以下計算します。

    1350×1.068×1.22=1759
    1350×1.068×1.25=1802
    1350×1.11 ×1.22=1828
    1350×1.11 ×1.25=1873

    605系と並べます。

    1759 仮称DB601EC(C3燃+MW50)a 予想値
    1775 DB605AM(B4燃+MW50)
    1802 仮称DB601EC(C3燃+MW50)b 予想値
    1828 仮称DB601EC(C3燃+MW50)c 予想値
    1873 仮称DB601EC(C3燃+MW50)d 予想値
    1970 DB605DC(C3燃+MW50)
    ------------------------------------------
    私の計算上では、最大数値はパンジャンドラムさんの数値になりますが、最小数値だと仮称DB601ECはDB605AM(B4燃+MW50)仕様の実数値にさえ負けます。しかも仮称DB601ECの最大数値はDB605DCの数値に100馬力も劣ります。間違いがあれば指摘してください。
    百九さんの>>13データーを元に計算しなおしてみます。

    まやん


  17. >>14 その一般的に知られている数字が記載されてるサイトをぜひ教えて下さい。

    >>10 全面的に同感です

    >>13 諸元表のYear Fuel の右欄をどう訳せばいいのでしょう?語学が堪能ではないので(ハズカシナガラ頭が悪いので^^;)項目のような専門語句をどう訳していいのか自信がありません。良ければ教えていただけないでしょうか?

    まやん


  18. >>16様 回答ありがとうございます。
    B4+MW50でC3相当のアンチノック性能なのですから、ECの上昇率はB4にMW50を付加した時の割合を適用するべきではないですか?

    ソースを一つ一つ順を追って提示します。

    Kurfürst - Technical Sheet issued by the Quartermaster General (AIR Equipment) - DB 605 engine in the Me 109 G. Berlin 18th June 1942.

    まずDB605Aは1.42ataで1475hpとあります。ブースト圧が書いてあるのでAに関しては恐らく上記正確でしょう。
    問題は>>13でいうところのDB605DCの出力です。
    C3にMW50を使って1800hpなわけがないのです。

    Kurfürst - DB 601, 603, 605 datasheets - DB 605 DB/DC
    この様に、DB605DBがB4を使用しても1850hp出るのです。その時のブースト圧は1.8ataにもなるのですよ。
    DCで同じブースト圧を使うなら同じ出力しか出ません。DCはそこから更に1.98ataの使用を狙ったものです。
    DCが1800hpというならばその時のブースト圧を考察する必要があります。
    DCもそうですが1.98ataは明確に禁止令が通達された記録があり、ブースト制限の事と混同している可能性があります。ブースト制限ならばDCはそもそも考慮から外しておくべきです(ブーストが許容できないならB4の方を使って1.8ataに抑えたDBを参照すればいい)

    DB605AがB4で1455hpなので、DB605AMでは1.22倍の出力増大です。
    じゃあDB601Eの1332hpにその1.22倍を適用してみましょう。1625hpとなるわけです。
    どう見ても300hp弱は上昇する筈ですが。
    C3燃料のパフォーマンスを考えれば、1455hpを突破出来ないのは考えにくいですね。
    パンジャンドラム


  19. あれ、リンクが上手く貼れていませんでした。
    DB605Aの1475hp/1.42ataのソースは、
    http://kurfurst.org/Engine/Boostclearances/DB605_142ban_June1942.html

    DB605DBの1850hp/1.8ataのソースは
    http://kurfurst.org/Engine/DB60x/DB605_datasheets_DB.html

    です。
    また最後の1.22倍の件を訂正します。
    1455→間違い 1475hpですので
    1475hpからMW50によって1775hpですので1.2倍です。
    ともあれ、ブースト圧相応の出力増大です。
    出力が上がっていないというならばブースト圧が上がっていないという事でもあります。
    ブースト圧も合わせて考えるべきだと思います。
    C3燃料自体はMW50と合わせて1.98ataの燃焼を可能にするアンチノック性能を備えているわけです。そしてMW50+B4の1.8ataを、MW50無しで正常に燃焼させるアンチノック性能でもあります。
    1.8ataというとこれでもかなりの高ブーストです。
    これがC3燃料の本来の性能です。
    パンジャンドラム


  20. DB601Eの1332hpから、MW50追加時相当のブースト対応させてC3燃料で2割増しというならば、1600hp出ます。
    DB601Nであまり出力が上がっていないのはブースト圧が低い為であると考えています。つまりC3燃料のアンチノック性能を完全に引き出すに至っていない。
    NはあくまでBf109E型用の暫定的なエンジンで、まさかF型にも載せるというつもりは無かったから最小限の改良で済ませたかったのでしょう。
    C3燃料の性能を十分に引き出していたとは思いにくく、むしろ日本海軍の92オクタン燃料あたりが丁度良いレベルのものではないでしょうか。

    確かにこうして見ると、DB605もまた登場時点ではそこそこ高ブースト化していた方だとは思います。まぁDB601Eも同じ1.42ataですがね。
    1.42ataというと、DB601Aaの離昇1.45ataに近いものを戦闘30分発揮出来る設計なのですから。DB601Nの頃とは格段の進歩を見たでしょう。
    ですが、C3燃料自体は1.8ataですらノックを起こさせない性能を持っています。MW50を使って1.98ataは、だいぶケチが付きましたが。
    パンジャンドラム


  21. 連投失礼します。念のために言うと、1.98ataも戦争末期(45年春)には十分実用段階にあったと思われます。G-10やK-4といった1.98ata(1970hp)機が合算して3500機(2000+1500)とも言われる数が生産されたのがその証拠です。C3+MW50で1.98ataも、非現実的な話では全くないという事です。
    やはりDB601Eを一刻も早くECとし1.42ata 1332hpから1.8ata 1600hp程度に増す事が近道だったと思います。
    g-6の時期にC3燃料仕様機(F-5とでもしましょうか)が出れば、だいぶ性能向上に繋がると思います。
    パンジャンドラム


  22. >18
    訂正します 605AM の燃料は(C3 又は B4+MW50)でした。

    F型の外形を変えずに、出力増大で性能向上を考えているのでしょうか、違っていたらごめんなさい。
    G型に成って機首左右に各二つのエアスクープが設けられました。
    その後出力増大に合わせてオイルクーラーが拡大されています。
    私には、外形を変えずに熱対策する方法を思い付けません。

    >17
    私は、ぐーぐるjapan の翻訳を利用しています。

    こちらの方が良いようです。
    ここの #46 に motor perfomances(モーター性能) が有ります。
    http://www.motag-modellbau.de/DokuBf-109.pdf

    該当のページを出したら、右上の(>>ツール)で右回転すると見やすいです。
    そうしたら左側の上から3番目
    (Rated alltude)定格高度だそうです。

    百九


  23. >>22 失礼ですが、違います。F型の外形には特に拘っていません。冷却が不足する分は強化するべきだと思います。ドイツにはそれだけの冷却強化手段がいくつもある。
    日本軍機も環状潤滑油冷却器は南方ではオーバーヒート気味でのちにオーソドックスなタイプに改められています。
    B4+MW50によって得られるアンチノック性能、これをC3燃料で達成出来るのですから、MW50の実用(DB605に搭載は44年以降ですね)を待つまでも無くやれば良いのではないかと申しているわけです。
    パンジャンドラム


  24. ROM専ですが、僭越ながら一言。
    失礼ながら、質問者の方は「何かを知りたい」のではなく、ただご自身の主張を繰り返しているだけにしか見えないのですが。
    Ans.Qは「知りたいことについて質問する場」であり、延々と主張を繰り返すのは荒らし行為に近いのでは?
    A6M6


  25. >>24 行き過ぎた主張を訂正して謝罪します。申し訳ございませんでした。
    質問の体を成していませんでしたね。あるいは議論ボードの方に含まれるというべきかもしれません。
    より具体性を持った質問としましょう。
    ここはそのECの是非を主張するのではなくて、DB601Eの1.8ata化はなぜ不可能だったか?そもそも出来なかったにフォーカスしていきたいと思います。これなら宜しいでしょうか。
    パンジャンドラム


  26. DB601ECが何馬力出そうとその顛末は変わらないでしょう。なぜなら、同じブースト圧と燃料、ギミックを与えられたDB605は排気量の分だけ、5.5%ほど大馬力を発揮するからです。
    つまりDB601ECは、DB605が完成・成熟するまでの中継ぎ・保険といった立ち位置を脱することができません。

    Bf109G、そしてBf110Gの搭載エンジンがDB605であるのは、ドイツがDB601の後継エンジンとしてDB605を選んだからです。
    DB605が選ばれたのは、DB601と寸法が同じで、DB605の方が大排気量である(=将来における大馬力が望める)からです。

    そしてDB601ECを搭載したBf109F改が存在しないのは、DB601とDB605が同じ会社の同じサイズのエンジンだからです。開発・製造リソースを奪い合いますので、どちらか一方しか存在できません。DB605が選ばれた時点で、DB601EC及びBf109F改の命運は尽きてしまったと言えます。
    もしドイツにより大きなリソースがあるならば、二者両立もできたかもしれませんが、それは果たせなかったわけです。

    これでパンジャンドラム様が当初書き込まれた質問には回答できているかと思いますが、いかがでしょうか。

    ドイツが下した決断の是非について疑問をお持ちなのかと推察いたしますが、A6M6様のご指摘の通り、それを論ずる場としてAns.Qは適切ではないでしょう。
    冷泉


  27. 誤字、DB601Eの1.8ata化はなぜ不可能だったか、そもそも本当に出来なかったのかにフォーカス、です
    やはり、同じ議論が>>1のリンク先で成されていて、ここでもDB601EにC3燃料を使用したG型は、史実のG型よりも与し易いだろうという意見が大勢を占めております。DB601Eは2700rpmの回転数が100rpm劣っている事は既に知られていますが、よく確認して改めてソースを下まで確認すると「DB601R」というDB601EのC3燃料型が先行しており、既に信頼性が低く失敗に終わっていること、および熱問題は深刻である事が確認できました。
    最初から>>1のリンク先で解決していた問題かもしれません。
    DB601EもDB605Aもあの時点では1.42ataが限界であり、やはりオクタン価を解決しても熱問題は避けられなかったと実感しました。
    乾式ライナーの欠点(冷却水への熱伝導が劣っている)をモロに受けてしまったエンジンという事ですね。
    どうも1.8ataはMW50の登場で冷却性能を上げるまで待つしかなく、それまでにやれる事はやはり排気量増大しか無かった…という事なのでしょうか。
    パンジャンドラム


  28. >>26 有り難うございます。書き込みが被ってしまいました。

    というより、自分は深刻な勘違いをしていたのかもしれません。
    私は、遅れて1.8ataをやるぐらいなら、最初からC3でそれをやればいいと考えていました。
    しかし1.8ataというのもまた戦争後半になってドイツの技術力がまた成熟して獲得した結果であり、いくら燃料だけあってもそれを先取りする事は出来ない、という点を甘く見ていた様です。
    よくよく考えれば、DB605AとDB601Eはブースト圧も同じ1.42ataのいわば兄弟機なのですから、DB601Eがもし1.8ataをやれるならDB605Aもとっくにやれているはずで、そもそも1942年時点のドイツに1.8ataを安定して実用化するだけの技術がハナから無かった事を考えていませんでした。
    パンジャンドラム


  29. 上の方に書いた続きが長文になったので議論ボードに移ったほうがいいと思ったのですが・・・解決したならまあいいかな?。
    続けるなら質問ではなく議論に切りかえて、議論ボードにて行いましょう。

    >>22
    上側のリンクの緒元にほしいデーターがありました(私もグーグル翻訳ですが、訳しても自分の理解力がついていかずいつも困ってます^^;)
    下のリンクありがとうございます。この質問に関係無く探していたデーターです。特に画像部分。感謝です。
    まやん


  30. いや、ふと思ったら1.8ataそのものを実用化するだけの能力が1942年ドイツに無かったのでは無いか、と思ったので質問の前提が間違っていた気がしてしまったのです。
    DB601Eを1.8ataに出来るだけの技術があるなら、最初からDB605は1.8ata(C3燃料)で登場していた筈ですし、そうならなかったという事はやっぱり1944年のドイツに何か技術的なブレイクスルーを生じただけなのかもしれません。
    パンジャンドラム



1454 漠然とした質問で申し訳ありません、日本軍機のスペックを見ると、欧米機などに比べて数割軽量な割には空冷エンジンの馬力も大きいと思います。しかし、その割には「疾風や紫電改ならF6Fとタメorいやいや負けるね」「三式戦はP-40とタメ」みたいに、重量比出力の大きさが出ているとは思えません。
これはエンジンの出力が必ずしも額面どおりでは無い事にも加えて、プロペラの空力性能が劣っている事も一因なのでしょうか。
特にFw190、P-51などは、やや貧弱な出力に大しての重量の大きさに比べて素晴らしい性能と言わざるを得ません。
パンジャンドラム

  1. 水冷の三式戦も上げてしまいましたが、これにしても同じです。三式戦(丁除く一型)とP-40なら馬力はそう負けていないのに、機体重量でだいぶ違う様です。
    欧米と日本のプロペラの性能についての考察を知りません。
    素人考えでは、敵のプロペラに優れた空力性能があったと思ってしまいます。
    パンジャンドラム


  2. まずはこちらの過去ログをお読みください。
    http://www.warbirds.sakura.ne.jp/ansqn/logs/A004/A0000931.html
    超音速


  3. 超音速様 回答ありがとうございます。
    上記リンクの中で超音速様とBUN様が仰る、性能とは計画値や条件の異なる試作機のデータである事が往々にしてあり得る話というのは理解できます。
    しかし、 P-40と三式戦がタメ、とかこういった話は日米当事者の実際の体験談の類であり、正真正銘の実戦機に基づいた話だと思われます。
    だいぶ軽量な飛燕がP-40とタメと評されたり、日本機より数割増しの重量のFw190やP-51が審査部に極めて高評を以って迎えられたりと、機体仕様を考えれば日本機が振るっていないのは遠からず事実だと考えています。
    そこでFw190とかP-51は、基礎設計の優秀さに加えて、プロペラ性能が馬力不足を補って余りあるのではないかと疑って質問しました。
    パンジャンドラム


  4. プロペラに関してはこちらの過去ログで
    http://www.warbirds.sakura.ne.jp/ansqn/logs/A004/A0000737.html
    http://www.warbirds.sakura.ne.jp/ansqn/logs/A004/A0000751.html
    超音速


  5. >>4 申し訳ありませんが、日本のプロペラの空力性能につきフォーカスして質問しています。特にプロペラ直径や枚数・形状など一見で分かる要素ならともかく、プロペラ翼型なども劣っているかを私は知りません。
    Fw190もP-51のプロペラの平面形状や枚数も全く別物のところから察するに、プロペラ翼型においての検討を更に必要としています。
    パンジャンドラム


  6. 失礼、日本のプロペラの空力性能と欧米諸国の比較にフォーカス、です。
    日本にも長い4翅プロペラから短い3翅プロペラ、はたまた6翅プロペラまで試しており、やはりそこのあたりは欧米同様に一通りやり切った感はあります。
    となると他に空力的な面で何かしらの遅れがあったのではないかと疑っています。
    プロペラの推進効率にはプロペラ翼型も大いに影響する筈ですから。
    しかし上記の様に、変速機構(迎え角)や平面形状などにフォーカスした解説が専ら主流となっており、プロペラ翼型にフォーカスしたものは寡聞にして知りません。
    やはり直径や枚数、変速機構で納得しない私が間違っているのでしょうか。
    パンジャンドラム


  7. >変速機構
    変節機構ではないですか?

    プロペラの話は一旦置きます。
    米軍機のエンジンの場合、戦闘緊急出力で物凄いパワーアップするのです。アリソンで1400HP、パッカードマーリンで1700HPぐらい出ます。
    日本機も戦争末期には戦闘出力の設定ができますが、米軍機のそれには全然かないません。

    Fw190の場合、全開高度に注意してください。BMW801Dシリーズは1段2速で1速が海面高度、2速が5180m〜5600mです。全開高度の谷間が弱点なのは有名な話ですね。鹵獲機をテストした英軍も気づいています。
    荒蒔義次氏によると戦局の厳しいなか大急ぎでテストが行われたそうですので、この弱点に気づいたでしょうかね?
    超音速


  8. >>7 癖でしょうか、つい変速機構と書いてしまいます。
    Fw190の出力の間隙は存じておりますが、しかし米海軍のレポートではそれを感じさせないが如くの善戦っぷりを示しています。
    http://www.wwiiaircraftperformance.org/fw190/ptr-1107.pdf

    本来、Fw190の仕様なら、日本じゃ明らかに馬力不足まっしぐらです。とてもではないですがコイツら米海軍と比較はおろか、重戦としても落第点を頂戴するでしょう。
    素人目には、プロペラか?、と勘ぐってしまいます。
    しかし、プロペラの解析とか出来ませんし、かといってプロペラの情報が少な過ぎますし。
    パンジャンドラム


  9. 私の知る限りで、プロペラ効率に具体的に言及したものは、疾風のプロペラ効率が660km/hで76%とするものです。
    ウィキペディアに書いてあった奴です(笑)
    情報の乏しい時代でしたのでね、もはや日本機は勿論欧米機などもプロペラの空力に関する定量的な情報は途絶したかのような諦観の境地です。
    最近はFw190は「実は全然凄くなかった」などとして批判される向きにあるような気がしますが、日本機慣れ親しんだ私からすれば、「逆にその仕様でよくあそこまでの性能が出せたな」としか思えません。
    パンジャンドラム


  10. プロペラの話をしますと、米軍機の場合ハミルトンスタンダード製プロペラの性能が際立っておりまして、P-47ではカーチス製プロペラの装備機はハミルトン装備機に対しわずかに性能が劣ったそうです。
    同じくハミルトン装備のP-51Dに対しP-51Kが装備したエアロプロダクツ製プロペラは同じく性能が若干劣り、さらに振動などもあって悪評でした。

    ハミルトンプロペラの特徴は付け根から先端近くまで幅広としたパドルブレードとよばれる形状で、高性能のかわりにやや重いようです。カーチスもエアロプロダクツものちに同様のブレードに改良しました。
    超音速


  11. 荒蒔氏がFw190を褒めたのはコクピットレイアウト・視界の良さ・操縦性・離着陸性能のよさ・電動機器の質の高さといったところですね。性能に関しては「日本でもこのていどの性能の飛行機なら・・・」と言ってて、性能自体は格段に褒めたわけではないようです。
    超音速


  12. >>20 P-47のプロペラの件は有名ですが、P-51の件は知りませんでした。
    しかしこうした「性能が上がった」の類の話で、やはりプロペラ効率など深入りした情報にはアクセス出来ません。ましてや後発のP-47ではなく、戦前戦中を通して、プロペラの空力理論は各国どう発達していったか?など、構造や機体空力ではしっかりしている解説が、プロペラの領域では未だ確立されていない状況です。
    >>21
    率直に言って、あの仕様でタメを張れるのが日本機の考えでは信じられないのです。
    「この程度の飛行機なら…」は私も同意です。しかし、この程度とはFw190の馬力不足の仕様では達成出来ず、疾風といった軽量大馬力の仕様で達成できるものですよね。
    Fw190の様な仕様で作ったら、どう見てもあの性能を再現出来る事が想像できません。日本機の基準で言えば6千まで8分はかかる様なレベルでしょう。
    プロペラが馬力不足を補っていた感が強くて、どうも真相に近付きたいという思いがあります。
    パンジャンドラム


  13. 「タメをはる」とはそもそもどういう意味なのですか? わかりません。
    BUN


  14. >>13
    確か、Fw190と四式戦でタメぐらいの評価を受けていた筈です。
    Fw190の方が一見でアンダーパワーに見えますが、旋回性能以外の飛行性能において劣っているか互角の様です。
    多分、Fw190の様な仕様で日本が作ったら、互角の戦闘機は作れないのではないかと思うのです。
    パンジャンドラム


  15. ここでは細かい飛行性能の比較は本旨ではないと思い、タメをはるとか互角だとか敢えて簡単な記述に留めています。
    もちろん要素要素で見れば四式戦が優っている部分もあるのですが、必ずしもFw190を上回るものではない様な印象を受けます。
    馬力が低下しているだけだと言われればそれまでですが、本来なら軽量なボディに誉を積んだ四式戦がこの程度の評価に甘んじるのは、運転制限下であってもやはり振るっていないと感じざるを得ません。
    もともと、世界が固定二翅プロペラでプロペラの空力性能も大した違いが無かった時代は、日本は96式や97式戦闘機といった世界水準を凌ぐ戦闘機を作れていましたが、プロペラの性能がトントンなら、日本の戦闘機設計技術はだいたいこの程度のものだったのではないかと思う次第です。
    パンジャンドラム


  16. いえ、日本機・欧米機との比較は無しにしましょう。
    対象がブレブレで質問がゴチャゴチャし過ぎていました。
    対象を、欧米機 P-51 Fw190 日本機 四式戦 に絞ります。
    Fw190、P-51は一見で四式戦からすればだいぶアンダーパワーに見えますが、実際の性能は全くアンダーパワーを感じさせません。
    この二者のプロペラ性能が四式戦の76パーセント/660km/hを上回っているのでは?

    よし、質問が纏まりました。上では質問を広げ過ぎています。プロペラがこの二者に劣っていたかを知りたいです。
    パンジャンドラム


  17. P-51の高性能は層流翼とラジエーターダクトの推力?によるものという話はいまだに論争になったりしますが、これらはどのように評価してますか?

    Fw190の高性能に関して世傑の鳥養氏の記事では、プレッシャークーリングと排気による冷却空気吸出し効果を利用したカウリング設計の巧妙さによるものとしてます。

    低速全力運転時にカウルフラップを立てなくてよい方式はかなり有利と私は思ってます。
    超音速


  18. 早合点というか、あるいは先入観を廃して、ちゃんと調べて行けば馬力荷重で殆どの答が出るのではありませんか?
    BUN


  19. >>17
    層流翼や排熱は兎も角として、極めて平滑な主翼や口の大きいラジェーターは確かに効力があるとは考えています。
    しかし、重量の重さを補って余りある様には感じられないのです。主観的な話で申し訳ございません。
    抗力が小さくても、アンダーパワーなせいでトロトロの上昇力だった飛燕を見るに、抗力を減らしても結局パワーウェイトレシオを大きく覆す結果とは思えないのです。
    そこで戦闘機の「パワー」とは何か…
    そう、>>18 BUN様、パワーって馬力じゃなくて推力ジャン、!!、って気がついてしまったのです。
    戦闘機の指標としてパワーウェイトレシオ、あるいは推力荷重などよく重視されます。旋回も上昇も加速も、それあってのモノです。
    推力で見たら実は全くその通りの結果になっているんではないかと思って、質問しました。
    馬力が1割劣っても、プロペラで1割挽回していたら?、というわけです。
    そこで四式戦の76%/660キロって、やっぱり低かったのか高かったのか、とか知りたいわけです。
    パンジャンドラム


  20. 前提として、日本機は「馬力荷重が低い(良い)」ですよね?
    往々にして、海外の同級戦闘機より1〜2割軽量な事が殆どです。というか日本機が軽すぎるんです。
    そのくせ、加速や上昇でぶっちぎるかと言うと、互角かむしろ負けてるわけです。
    日本機のパフォーマンスが低下し出す6千メートル後半以上でいつも空戦していたわけでは無いですし、低空ならむしろ日本機の方が条件としては有利です。
    なんで馬力荷重通りに行ってくれないのか、もちろんその「馬力荷重」が実際は出せなかったからだよ、というのは重々承知しているのですが、じゃあせめてプロペラの効率なんぼ劣っていたかを知りたいというのが今回の質問です。
    仮に10パーセント劣っていたら、馬力を1割損しているのと同じなわけですし。
    クルマでいうなら、軸出力で見ないと比較にならないのと同じです。
    パンジャンドラム


  21. >8.「米海軍のレポートではそれを感じさせないが如くの善戦っぷりを示しています。」
    ちなみに米軍はFw190Aをテストする際、電装系や無線機をぜんぶ米製に交換して軽量化し、燃料も100/130グレードを入れて飛ばしたそうですよ。
    超音速


  22. >>21
    重量を見る限りですとそこまで大幅には軽くなっていない様です。過給圧も1.35ata/2400rpmとあり、これ見る限りですと全然イカサマではない様です。これはFw190の真実だと思っています。というかC3燃料でもリッチの時は130相当の対ノック性能らしいですからね。
    正真正銘、もし日本機だったら完全に馬力不足な機体で、ここまでの善戦を引き出しております。
    パンジャンドラム


  23.  馬力荷重ではなく翼面馬力を比較してみては?
    おうる


  24. ドイツ側データの全備重量はFw社の出したもので、弾薬を半分しか積んでないそうです。米軍はこれに重量を合わせたわけですが、英軍の試験時より150kgも軽いのです。
    特に高度25000ftで356ノットという数値は全開高度よりかなり高いはずなのに不自然です。
    超音速


  25. >>23
    翼面馬力は水平速度の指標にはなりますが、空戦では上昇や加速といった指標が戦闘機の評価を左右していると思います。
    翼面馬力で見れば日本機と良い勝負なのですが、やはり馬力荷重で見れば負けています。
    肝心の馬力荷重を覆せるとは思えないのですが。
    覆せるとしたら馬力荷重という見方が間違っていて、推力荷重で見るべきところを見失っていたのがこれまでだったのではないでしょうか。
    しかし一向に調べど、プロペラ効率に関する解説は一切出てこないのが現状です。
    日本機のものとしては、雷電の振動対策でプロペラ効率の低下を偲んで固有振動数を変えたというネガティブなものが一つ出てきたぐらいです。
    情報が無いと言うことはやはり大した研究もしてなかったんじゃないかとさえ思ってしまいます。
    パンジャンドラム


  26. こちらもどうぞ。かなり前の過去ログですが
    http://www.warbirds.sakura.ne.jp/ansqn/logs/A004/A0000442.html
    P-51のプロペラは先端速度が速く設定されていて低中速で有利としているところが特徴です。
    高速域での圧縮性の影響をパドルブレードの特性によって抑えられるのです。長いブレード長でありながら高い剛性をもっているのがハミルトンプロペラのすごいところです。

    標準的なブレード形状は根元から4分の3ほど外側の位置で最も幅広くなった楕円形状です。4分の3位置が最も効率がよいからです。
    高速域での効率じたいは、ふつうの楕円形ブレードのほうが良好です。

    キ84のプロペラ直径は3.0mとする資料がほとんどですが、実際は3.1mに拡大していたようです。
    プロペラ効率は75%ぐらいなら普通。良ければ80前後、悪ければ70前後といったところですね。
    効率の低下を忍んで〜という話なら英独でも木製プロペラを使用したりとかありますけどね。
    超音速


  27. >>26
    うお、ありがとうございます。75%で普通なのですね。良ければ80パーセントということは、P-51とかはその程度あったのでしょうか。
    また80パーセント台後半や90パーセントといった値は当時の実用化では不可能ということでしょうか。
    また四式戦のプロペラは米軍の鹵獲調査で3.1mとありこれで決まりのような気がします。私自身の考えとしては、短いプロペラでも効率は悪くないと考えています。
    Fw190の様なケースもありますので。
    私的には、平面形状も大事ですが、本質的にはプロペラ翼型がキモではないかと予想しています。翼型の種類ではないですが、彩雲偵察機で、翼厚比の小さい薄いタイプに変えたら10ノット上がったとか、スピットファイアでも似た様な話を聞いた記憶があります。
    パンジャンドラム


  28. 彩雲のプロペラ翼型変更で10ノットは、確か雷電と似た様な振動問題で、「本来のプロペラに戻れて改善された」の話だった様な。
    ともあれ、プロペラも一応「翼」なのですから、揚抗比が優れていたり優秀な特性の翼型をプロペラに使う事が出来れば、当然性能は上がると思うのです。
    平面形状では様々な形を各国とも取っていますが、平面形状の違いでは低速で有利高速で有利分かれると思いますが、翼型の洗練はどちらかと言うと低速から高速まで広いレンジでのプロペラ性能改善を見ると思うのです。
    あとパドル型という平面形状を取ることによって、相対的に薄翼型になっていたりということも考えられますしね。
    パンジャンドラム


  29. この時代のプロペラ翼形はクラークYが一般的です。下面が平らなのでピッチ角の測定に便利だからです。
    NACA4桁を使うことも多いです。NACA5桁・6桁、いわゆる層流翼は失速特性の理由でプロペラ翼形に使うのは難しいです。

    臨界マッハ数の高い翼形を使えればいいんですが、スーパークリティカル翼ができ始めるのは1950年代以降の話ですから。
    超音速


  30. >>29 ありがとうございます。
    えーー、まさかのクラークYですか…(驚き)
    クラークYなんて古い翼型を使っていたのですね。実戦機においては日本ですらとうに使っていない様なものなのに…。
    クラークYの揚抗比は当時の日本の主力翼型、MACやNN翼型の多くと比べても、下から数え上げた方が早いでしょう。
    プロペラ翼型は欧米とも大戦中後期(Fw190、P-51出現以降)においても、クラークYを使っていたということでしょうか。
    一般的ということは例外もあるわけで、P-51もFw190も多数生産されようともカウント数としてはあくまで1カウント(1機種)ですから例外に分類されてもおかしくはないわけです 。
    パンジャンドラム


  31. 失礼しました、クラークYしか目に入っていませんでしたが、NACA4桁を使う事も多いのですね。
    NACA4桁なら当時のオーソドックスな翼型なわけで、実用性能としては十分です。
    日本機がクラークYさえ使っていなければ、劣る様な事はないでしょう。
    四式戦なんかはプロペラにクラークYを使っていたのでしょうか。
    パンジャンドラム


  32. 個々のプロペラ翼型については情報をもっておらず回答できないのですが、

    主翼とプロペラ翅とではレイノルズ数も違いますし、クラークYが主翼に使われなくなったのはマイナス仰角(背面飛行)時の特性やモーメント係数などが理由です。
    それらの理由はプロペラ翅に使うには問題ではなく、クラークYの揚抗比と失速特性じたいは良好なものです。
    フルフェザリングプロペラやリバースピッチプロペラになってくるとまた別の特性が求められるかもしれませんが。
    超音速


  33. >>32
    クラークYは、古い翼型なので揚抗比の面でも後発の翼型の方が色々な面で改良されていると思うのですが、違ったのでしょうか。
    私の認識としては、下面が直線である事で加工しやすい、翼型としては下面が直線というのは必ずしも理想形では無いと思うのですが。
    もともと高速化によって性能が後発翼型に取り残されつつあった事に加えて、捻り下げが一般的になって来たことが決め手で、実戦機の主翼翼型としては完全に旧式化しています(捻り下げによって、主翼下面が平面を成せなくなった為、加工しやすい利点を喪失した)。
    ですがプロペラ翼型としてはまた評価が違ったのは知りませんでした。
    この場合、クラークYを採用して劣る、というよりは、それ以上の優れた翼型を採用した方が優れる、と言うべきですね。
    この場合、敢えてクラークYに代わるプロペラ翼型を選んだ機体が、「この後発のプロペラ翼型が勝る」として採用したわけですから、プロペラ効率としては高くなるのではないでしょうか。
    また、同じクラークYでも、薄い翼型の方が臨海マッハ数が高く性能上有利です。
    この点まだまだ解明の余地はありそうです。
    高速回転体たるプロペラを物理的に薄くするのは限界がありますから、コードを長くとって相対的に翼厚比を下げるしか無いわけで、Fw190や新司偵の様に、一見幅広で誘導抵抗が大きそうなプロペラ平面形が意外と善戦した理由なのかもしれません。
    パンジャンドラム


  34. チャートを見てもらえればわかるのですが、クラークYより後発の翼型は揚抗比を向上させたわけではないのです。
    クラークYのモーメント係数は低い迎角で大きくマイナス、つまり高速で飛ぶと強い頭下げの力がかかるのです。そのため水平尾翼の負荷が大きくなり、したがって飛行機全体として揚抗比が悪くなるという欠点があったのです。

    P-51は前述のとおりプロペラ先端速度を速くしています。かつ直径が大きいことで進行率(J=V/nD)を小さくしてます。660km/hでの進行率はP-51で2.26、キ84は2.36ですが、進行率とプロペラ効率の関係曲線はこのあたりで落ち始めるため、P-51のプロペラ効率は高速でも高いと言えます。
    超音速


  35. >>34
    その代わりにプロペラの対気速度は、プロペラの回転と機体の進行速度の合成ですから、プロペラの回転速度も高くそして機体の対気速度も高くとなると、やはりプロペラの対気速度としては極めて高くなるでしょう。
    臨界マッハ数の優れる優秀な翼型を使用していたのではないかと思うのです。
    パンジャンドラム


  36. 660km/高度5000mでの先端速度はキ84がマッハ0.98、P-51がマッハ0.95です。
    層流翼は臨界マッハ数が高いといわれますが、それは低い迎角の時です。常に高い迎角を使うプロペラ翅に層流翼型を使ってもあまり意味はありません。
    高い迎角でも臨界マッハ数の高い翼型は当時はありません。
    高い剛性を保持しながら薄翼化で臨界マッハ数を高めていると思います。

    ハミルトンはプロペラ翅に鋼製中空構造を実用化していますが、エアロプロダクツは従来どおりの鍛造実質アルミ製でした。性能差が出たのはこのあたりに原因がありそうです。
    超音速


  37. 間違えました。
    「660km/高度5000mでの先端速度はキ84がマッハ0.95、P-51がマッハ0.98」に訂正。
    超音速


  38. 納得されているならもう既にそれで結構ですが
    日本機の「実際に発揮できた」出力等々を考えると、プロペラ効率云々もまああるでしょうが、そもそも
    「馬力でてねえ」
    が根本にあると思いますがね。

    上昇力等もほぼほぼ性能なみ、あとは十分な整備をした機体が十分な数で有利な態勢から戦闘に入れたか、
    という点が一番違うような
    とおり


  39. いえ、単に所用で返信遅れました。申し訳ありません。
    >>36
    「臨界マッハ数の優れる優秀な翼型」には当選薄翼型も包含したつもりです。P-51はプロペラの形状からも薄翼化の観点で日本軍機より良かったと想像します。
    >>38
    馬力が必ずしも定格通り出ていないのは確かに事実ですが、プロペラの性能不足がもしあるならば効果は重複するわけです。
    例えば、日本で、P-47がプロペラ変えたら性能上がった!、みたいな話が無いんですよねぇ。雷電や彩雲みたいに振動問題でプロペラ効率の低下を偲んだというネガティブなものが出るばかりです。
    ドイツもVDM方式を開発したりと後発なりの航空機先進国ですから、プロペラの技術蓄積も高いと思われます。むしろ欧米の後追い何の実績もない日本がどうやってこれらの理論を応用出来たか、を考えると厳しい面もあるのではないかと思います。
    パンジャンドラム


  40. ちなみに、ここ2日間離れていた間に面白いものを発見しました。
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsass1953/4/30/4_30_178/_pdf
    ここによると、初期に開発された層流翼型であるNACA iシリーズは、主翼翼型としては不適だがプロペラ翼型として適していると証明された、そうです。誰によってかは知りませんが。
    プロペラ効率がどれぐらいなら「良い」のかも調べていくと、よく設計されたもので80〜85パーセント程度で、先進国の後発組のP-51やFw190はおそらくその高い部類の近いところにいるのではないかと思います。
    四式戦の76パーセントというのは660キロという速度の高さ(プロペラ翼端速度は超音速様が出してくださったもので極めて高い事がうかがえます)を考えればまだ善戦していると思いますが、余剰馬力がほとんどない660キロよりも、500キロぐらいでの推力こそが四式戦にとって重要ですから、そのあたりの性能差も効いてくると思われます。
    パンジャンドラム


  41. クラークYより優れるプロペラの翼型は、確かに存在はするようです。
    パンジャンドラム


  42. 備忘録ならばご自分のノートに書かれては如何かと思いますが。
    通り


  43. >>42 そんなつもりでは。層流翼は一般的にプロペラ翼型に適さないとされてきましたが、プロペラ翼型としてクラークYより優れる層流翼型は存在したということを>>36もある手前伝えておくべきだったと勝手に判断したまでです。
    因みに通り様は日本機のプロペラ効率をどう考えておられますか?
    パンジャンドラム


  44. 個別のプロペラ翼型が何なのかお互いに確証がない以上は議論を進めても不毛だと考えます。
    この場で結論を出すことにこだわらず時間をかけて確証を探すということで如何でしょうか。
    超音速


  45. 情報を見つけました。P-51のプロペラ翼型はNACA2409-34が使われ、速度350mphにて効率87%だそうです。情報元はこちら
    https://www.nasa.gov/sites/default/files/atoms/files/power-for-flight-tagged.pdf

    40.で言及されたNACA16シリーズが使われるのは戦後のようです。

    キ84のプロペラ「ペ32」の翼型もわかりませんしデータも足りないので(比較するには速度が違う)、
    どちらが優れているとかダメだとかいう判定ができるかは何ともいえませんね。

    超音速


  46. 返信遅れて申し訳ありません。
    四式戦のペ32型プロペラの詳細仕様を探りましたが、私程度では無理でした。
    ただ、その過程において高度馬力などを英文資料(全てww2aircraftperformanceに依ります)やはりP-51やFw190の飛行性能の秘訣の一端は少なくともプロペラにあると見て良い、程度の確信は持てました。
    パンジャンドラム


  47. イギリスのビル・ガンストン氏がプロペラの解説書を書いておられるようですが、和訳はないようです。かなり複雑な設計とのこと。
    参考になるか分かりませんが。
    私も読んでみたいですが残念ながら英語からきしです。


  48. http://www.warbirds.sakura.ne.jp/ansqn/logs/A004/A0001144.html

    過去ログがありました。
    超音速



1453 第二次世界大戦初期、レーダー充足以前にドイツ空軍が使用した
赤外線暗視装置(の一種)「シュパナー」についてですが
光人社「夜間戦闘機」の簡単な画くらいしか見たことがありません。
詳しい書籍やサイト、また御存知の事がありましたら御教示ください。

陸奥屋

  1.  http://www.deutscheluftwaffe.com/archiv/Dokumente/ABC/r/Reflexvisiere/Spanner/Spanner.html
     
    高柳水門


  2. >高柳水門様
    分かりやすいサイトの御紹介有り難うございました。
    自分でももう少し書籍を探そうと思います。
    陸奥屋


  3.  書籍なら、こういうのは
     https://www.google.co.jp/search?q=Spanner+kauz&sxsrf=ACYBGNTxkvKB42lWr9shbSoPmH5vfr52oA:1568019135326&source=lnms&tbm=bks&sa=X&ved=0ahUKEwjNqL-8rsPkAhVwF6YKHd7HAooQ_AUIGCgB&biw=1366&bih=662#spf=1568019138896
     
    高柳水門



1452 ウイキペディアの「イスパノ・スイザ12Xエンジン」の諸元欄の項目「t-o power(hp)」を日本語に訳すと何になるでしょう(もしくは何の略なのでしょうか)?

https://en.wikipedia.org/wiki/Hispano-Suiza_12X#Variants
まやん

  1. テイクオフパワー、つまり離昇出力です。
    超音速


  2. なるほど、「テイク-オフ」=「t-o」=「離昇」ですか
    ありがとうございました

    まやん



1451 アニメの話ですが、
一式戦隼の主脚引き込みの状態が

ゼロ戦の以下の動画の様に描写されていますがどうだったのでしょうか
https://www.youtube.com/watch?v=MP1WDPgLZ1I

ゼロ戦の主脚について、以前読んだ記事では、
軽量化の一つに油圧ポンプを小型化したので
脚上げの時まず左脚(?)に油圧が送られ、
格納されると回路が切り替わり
右脚(?)が上がると記憶していたのですが、

しかし以下の動画では油圧は両脚同時に送られている様です。
https://www.youtube.com/watch?v=Ld6OLfOS9PM
https://www.youtube.com/watch?v=xfidCmhAMe0

ご存知の方ご教示お願いします。
百九

  1. 過去ログ
    http://www.warbirds.jp/ansq/12/A2003134.html

    関連
    http://www.warbirds.jp/ansq/11/A2002634.html
    超音速


  2. 超音速様、有難うございます。

    まず、雑誌の記事が間違いか、私の記憶違いですね。

    左右の回路抵抗の違いと、風圧の違い等で同時に引き込まれないのですね。
    百九


  3. 過去ログにも触れられている坂井三郎氏が『大空のサムライ』のどこかで
    「零戦の主脚が左右ずれて引き込まれるのを“零戦の特徴”のように言われるが、そういう機構ではないし操作をしてそうなっているわけでもない。同時に引き込まれる機体もあった」と書かれていました。「続」だったか。
    ちなみに機構の作動油は「水のようにサラサラな油」だったとも書かれていました。
    さわりんX


  4. さわりんX様、有難うございます。

    メカニズムについて興味が偏っていまして、
    戦史はあまり読んでいませんので知らない事が多いです。
    百九


  5. 油圧機構は単純で同じラインなので、負荷が軽い方から格納されるだけです。
    通常、右回りのプロペラ後流の特性故に右が遅くなる訳ですが、風向等離陸条件・脚機構の調子等々様々な条件により変わる事がある訳です。
    余談で私感が入っていますが、油圧の状況等が低下している時は尾脚が格納されない方向となります、主脚は油圧が低下し途中作動等で何かあっても自重かバンクによる脚出しロックが可能ですが、尾脚は油圧がないとダウンロックが掛からないからです。こんな点はよく考えられています。

    A6M232


  6. A6M232 様、有難うございます。

    作品を貶すつもりは無く充分楽しんでいます。
    脚上げの場合は(プロペラ後流、重力にさからう、回路抵抗)等の影響で
    左右が異なって上がるのですね。

    ついでで申し訳ありませんが、ゼロ戦のイナーシャを単体で回す動画を見ましたが
    出力軸が(80RPM)まで回してクラッチをつなぐ、で良かったですか。

    百九


  7. 「慣性起動機を2名以内にて始動し、毎分80回転付近となったら・・クラッチを引き」

    取説にはイナーシャハンドルの回転数しか書いていないのです。
    A6M232


  8. A6M232 様、有難うございます。

    百九



1450  枢軸国は4発輸送機を作れていても4発爆撃機の開発はあまりうまくいっていないように思えるのですが、4発爆撃機というものは開発するにあたって何が技術的なネックがあるのでしょうか?
ナマケモノ

  1. 軍側がそれを必要とするかどうかという戦術思想の話や、開発予算などは考えないということでよろしいでしょうか?
    超音速


  2.  よくわからないのですけれど枢軸国は実際に4発爆撃機を作ろうとしてうまくいかなかったのですよね?
    ナマケモノ


  3. 日本の場合、深山は失敗作といわれてますが連山は悪くない出来だったとおもいますよ。一式陸攻も三菱からは4発で提案があったようですし、開発するにあたって「技術的に」ネックになるようなことはなかったのではないでしょうか。
    アビシニアン


  4. 少数例ですが二式大艇他の実際に運用された機体があります。
    普段はROM


  5. 技術的な話だけをすれば4発機で大変なのは機体の軽量化とか脚の設計、エンジンの性能です。
    要するにエンジンも機体も設計・材料・工作などの全部のレベルが高くないとダメです。

    4発機といっても大小あって、連合軍のB-17/24/ランカスターなどの4発機はだいたい20×30m・1000hp級4発といった大きさで、このあたりならドイツもFw200がありますし日本も12試陸攻で三菱が4発機を考えたことから技術的にはそれほど大変ではないでしょう。

    深山は一回り大きくてのちのB-29とほぼ同じ大きさですが、中島に大型機の経験がなかったこともありますが、このあたりになると技術的に荷が重いのでしょう。
    同クラスの爆撃機はB-29以外に成功例が見当たりませんし、どこの国でも難しいのでしょう。

    He177の失敗の原因は高すぎる要求性能のおかげで双子エンジンという奇策に走ったのと、急降下爆撃という無茶ぶりのせいですし。

    なんにせよ軍用機開発の失敗というのは軍の戦術思想とか、資源や予算とかのバックグラウンド面での原因が絡んでくることも多く、技術的な話だけをしようとしても意味がないと思います。
    超音速


  6. He177は緩降下爆撃能力が求められたのですが、原案が長距離グライダーのような脆弱な機体だったものを、この要求があったお蔭でB-17やランカスター並みの機体強度にもって行けたという面があります。
    He177が実用爆撃機として活躍できたのはあの降下爆撃要求があったからなのです。

    また日本の四発爆撃機は造る技術が無いのではなく、進行中の計画がB-17の鹵獲によって全てB-17基準で再計画されたからです。
    B-17鹵獲前に完成した二式大艇以外に四発爆撃機が無く、また二式大艇ができたのに陸上四発爆撃機が完成しなかったのはそれが理由です。
    BUN


  7. He177の急降下爆撃能力の要求には必ず否定的に評価され、戦力化を遅らせた原因とするのが定説ですが、好意的な評価を見て少々驚きました。
    そういった見方もあるのですね。
    超音速


  8. He177の実用化を遅らせた主な要因は技術的にあのエンジンが最後までものにならなかったこと(後期型では解決したと言われてはいますが、双子エンジンの信頼性は最後まで低く他の爆撃機より故障による不動機が目立ち、しかも1944年の英本土爆撃ですらあの「エンジン火災で乗員脱出」事例が出ています。)と再軍備途上で外貨を使い果たし対英戦備まで整えられないというナチスドイツの財政的な問題です。
    どちらかが解決しても片方が残れば史実のような結果になったでしょう。
    BUN


  9. 要求が途中で高まったということもありますが、四発の深山こと十三試陸攻の設計に関しては、中島の社内では、自由に持てる技術を使わせてもらえてたらもう少し何とかなったものを、ダグラスDC-4Eの設計を流用しろといわれた時点で、うまくいかなくなった、といっています。
    DC-4E自体が設計が悪くて、アメリカでも採用されていない飛行機なのですから、「当時の日本にとって技術的に荷が重かった」というのとはちょっと違うような気がします。
    もちろん、「自前で四発機の設計をこなせる」という信用を、当時の日本の技術サイドが得られていなかったことが、大きく影響しているとは思います。


  10. 便乗質問になってしまいすが(質問者さんごめんさい)、インフラは問題なくその様な大型機を運用出来る状況だったのでしょうか?
    配備したい地域に必要な長さの滑走路を持った飛行場が無く、新たに造るか既存の物を拡張する必要があるといった事はなかったのでしょうか?
    でかく重くなるので離陸滑走距離が長くなりそうだし、雨の後だとぬかるんで降着装置がめり込みそうでコンクリ舗装とかされてないと運用出来なかったりするのかなぁと以前から疑問だったのです
    普段はROM


  11. 十三試大攻計画が失敗して、十三試大艇計画が実用になるのは何となく不思議な気がしますが、DC-4eの主翼と二式飛行艇の主翼面積を比較すると納得できます。高速の爆撃機を得るには200uの巨大な主翼は不向きで、二式飛行艇と同じエンジンを積んでいる深山の性能があの程度だったことは当然ともいえます。これは曲がりなりにも実用機となったHe177と輸送機にしかならなかったJu89の対比にも似ています。

    >10 そうした点は英米両国とも実はそれほど大きく変わりません。英国などは四発爆撃機の離陸滑走距離について日本よりも厳しい要求があります。
    BUN


  12. 〉11 回答ありがとうございます
    師匠にお答え頂いた事で、もしやと思い真実一路をのぞいてみたら、帰ってきた性能標準に離着陸距離の要求がありました。失礼しました。
    その当時に整備されているインフラで運用出来る様、要求されていて、英米でもそれは同様であったという事ですね。
    普段はROM



1449 雷電の評判が日米軍であまりに食い違うのはどういう理由があるのでしょうか。
特に機体の振動もあまり問題視されなかった、というのが気にかかります。
米軍機が日本軍機より振動が発生しているから、米軍パイロットが振動に慣れていた、という理由では鹵獲機に振動が大きいという日本パイロットの回想からなさそうですし。

チャカ

  1.  振動問題どころか、飛行機のこともよく知らない素人ですが、アメリカ人ってマッチョが好きだからではないでしょうか。でかい機体に、大きなエンジンです。しかも、雷電は海軍の単発戦闘機の中では一番B29を撃墜していますから余計でしょう。
     しかも、たまたま雷を意味するThunderboltという愛称を持つP47は、雷電よりも一回り大きいですが、大馬力、大火力という点では共通しています。と同時に、小回りの効く機体ではないということも共通しています。
     そういう機体に乗りなれた人が操縦すれば、まぁ、悪くはないねとなると思います。そして、多少の振動ぐらい、彼らの膂力からすれば問題なしとなるのではないでしょうか。
     そのようなことを思ったのは、雷電に対するイギリス側の評価が、アメリカとは異なるからです。もっとも、彼等は日本人操縦士に試験飛行をさせており、自らは乗っていないようで、そこからも関心が薄かったのは感じられます。
     やはり、イギリス人の好みは速度と敏捷性にあり、最新型のスピットファイヤーより遅い雷電に関心を持つことは難しかったと思います。そして、日本人の好みもイギリスのそれと同様ですので、このあたりが日米間の評価の差異に繋がったのではないかと愚考致しております。
     
    hush


  2. あまりに食い違うという事は、日本側においては失敗作だったという事なのでしょうか。迎撃機としては一番だったのかと思いますが。
    上昇力、速度、火力。これらを考えるとそう思います。
    末期には振動問題も解消されていたかと思います。

    米軍評価には、1の記載の通り操縦席が広かったのも好印象の背景かと。
    英軍はまったく興味を持たなかったとの記述も見ますね。
    閑人


  3. 後、このテストがどうだったかは忘れましたが、米軍のテストと日本軍のテストを一緒にしては駄目です。例えば四式戦。米軍テスト時は確か140オクタンの燃料と米製プラグを使っていたと思います。

    日本軍は92オクタンの燃料を使っています。
    記録が伸びる訳です。

    また、試験時の重量も違っていた様な。
    閑人


  4. 振動問題解決の経緯はこちらを
    http://www.warbirds.jp/ansq/11/A2001597.html

    日本側で不評なのは振動よりも飛行中の故障が多いからです。
    とくに動力系統と電気系統の故障が目立ちました。
    初期で問題となった振動とは別に、水メタを使うと振動が起きたり黒煙を吹いたりする問題もありました。
    比島で米軍がテストした雷電については世傑に記述があり、「飛行特性はおおむね好評だが、離陸時の視界にはいささかクレームがついた。」だそうです。
    性能計測にはハイオク燃料を使用し最大速度671q/h(5060m)、高度6100mまでの上昇は5分6秒、実用上昇限度も400m向上した(約12000m?)という数値です。
    水メタを使わず存分に高ブーストをかけられたわけです。
    燃料のほか無線機も米国製に交換されたそうですので、電気系統もかなり米軍の資材を使って整備されたんじゃないかと思います。
    大前提の話をしますと、作戦機の場合は多くの機材を整備しなければなりませんが、テスト機の場合は一機を時間をかけて整備できるわけで、評価の背景が違ってくる気がします。

    米軍が比島で雷電をテストしたのはまだ戦時中です。つまり本土でB29迎撃に使われていたのを知っててテストしたのです。
    対して英軍がシンガポールで雷電をテストしたのは終戦後です。温度差が出た理由はここかなと考えます。
    超音速


  5. なるほど。皆さんありがとうございます。
    英軍からの視点は確かに考えないといけませんね。
    チャカ


  6. 渡部洋二氏の著作によると「(雷電は)零戦ほど手軽に乗りこなせないし、(仕様上当たり前ですが)
    運動性では及ばず、視界も劣る。大場力、高翼面荷重から来る癖の強さは経験の浅い搭乗員には乗りこなせないし
    零戦になれたベテランに嫌われた例も少なくなかった」「延長軸を用いた動力系や工作精度不十分な電気系統の
    故障に泣かされた」とありますが、これは「汎用機では無く、迎撃に向けた結果である」としています。
    評判の悪さに関しては、零戦と同じような機体と採っていた運用側と迎撃機として開発した
    開発側の差異が有ったのでは?と思いますが、どんなものなのでしょうか。
    米側の評判に関しては、大凡上記された方々の書き込みが正解と思われます。

    あと余談ですが上記されている閑人様の書き込み、「140オクタンの燃料」ですが、これは100オクタン価で
    試験を行っております。130ですとか140オクタン価の表記(昔の書籍に多かったのですが)は
    100/130PN(若しくは115/145PN)の勘違いだと思われます。
    これはイソオクタン1ガロン(3.785リットル)に四エチル鉛1.28ccを添加したもので、
    この時の出力比率が1:1.3となることから上記表記になっているようですね(パフォーマンスナンバー)。
    陸奥屋


  7. TAICのフィリピンの試験では、エンジントラブルのために最大速度の計測は行わなかったことが明記されていますので、レポートの数字は推算値でしょう。
    TAICの評価は、よく読むと日本軍側と大きく違いません。下がレポートの結論ですが、機械的信頼性の低さが指摘されており、これは日本側で発生した問題の主因です。

    好ましい特徴
    1 良好な安定性
    2 良好な失速特性
    3 快適性
    4 良好な離着陸性能
    5 良好な性能
    6 空戦フラップ
    劣っている点
    1 ブレーキと方向舵のブレーキアクション
    2 重い補助翼と高速での運動性低下
    3 機械的信頼性の低さ
    4 短い航続距離

    ケンジ


  8. フィリピンのクラーク基地での鹵獲機が映った映像では試験されたと
    言われる雷電二一型初期生産型S-12は1945年5月21日以前に廃棄処分に
    なっています。
    マニラ制圧が3月ですから、その間(短期間)に試験が行われた事に
    なるんですがTAIU Manualを見ると日本側データと米軍の想定データの
    合成っぽく見えるのですが実際どうなんでしょうね、
    陸奥屋


  9. http://www.wwiiaircraftperformance.org/japan/Jack-11-105A.pdf
    TAIC Manualってこれのことですか?
    これは比島でテストした21型のデータではなく11型のもので、情報の出どころも鹵獲した日本軍文書からとされるものですよね。
    http://www.warbirds.jp/ansqn/logs-prev/A001/A0004699.html
    超音速


  10. 雷電は、実測値が計測されていませんから、エンジンの馬力などから推算した数字でしょう。
    昭和19年夏の時点で雷電21型の最大速度は、300ノットに届かなくなっていますので、実測出来ていれば、TAICの評価ももう少し厳しくなっていたかもしれません。ただし、TAICの評価は、飛行機として良く出来ているという内容ですので、その部分は変わらないはずです。
    ケンジ


  11. 素人で申し訳御座いませんが、失速に入る時の挙動が分かり辛いとか、回復不能なスピンに入るとかの記述も見た様な気がするのですが。
    暇人


  12. >9
    いえ、それではなく21型のほうですね(私の言ってるTAIC Manual該当記事は)。
    頁でいえばManualの105Bにあたる方です。
    11型のは105Aからになっています。
    陸奥屋


  13. なるほど。失礼しました。じゃあこれですね。
    https://ww2aircraft.net/forum/threads/j2m-raiden.31030/
    超音速


  14. 空技敞の小福田租大尉は1942年5月十四試局戦試作機に搭乗していますが、やはりとういか
    「離着陸時の視界の悪さ」「着陸速度の速さ」を指摘しています。ここのところは
    どうしても比較対象として”零戦”を考えてしまったようですね。
    但し「高性能の代償としては”仕方が無い”」と結論付けていますが。

    余談ですが実は陸軍パイロットも雷電に搭乗していまして所謂「互乗研究会」の時(1942年10月頃)の事です。
    荒蒔義次少佐が搭乗、「視界は良くないが、ずんぐりとした機体の割には舵の釣り合いが
    とれていて乗りにくい飛行機では無い。全体的に悪く無い」と評価しています。
    更に二式単戦と比較して「速度と旋回はJ2(雷電)が勝り、上昇力は二式単戦一型が上」
    「着陸に関しては二式単戦一型より楽だった」としていますね。

    搭乗環境や立場が変われば評価も少しずつ変わってきて面白いモノです。
    陸奥屋


  15. >6
    そういった事だったのですか。
    目から鱗の感が有ります。

    有難う御座いました。
    暇人


  16. 単に「慣れ」の問題ではないでしょうか。
    96艦戦から零戦に移行する時も鈍重だなんだといわれたようですし。
    アビシニアン



1448 A7M1の試験時に発動機が定格を出せていたらA7M1は合格したのでしょうか?
325ノット程度では採用されないですか?
アビシニアン

誰か答えて下さい。

1447 第二次世界大戦時、ノーズが黄色に塗装された戦闘機がありますが、なぜあのように目立つ色に塗装されていたのでしょうか? 視認性が上がりそうですし疑問に感じてしまいました。よろしくお願いします。
Robert

  1.  目立たせるためでしょう。
     だいたい、国籍マークだけでも目立つ存在ですので、今更何をという部分はあると思いますが、国籍識別標識はつけるのが通例です。
     第2次大戦後、敵味方識別装置の発達に伴って、国籍マークの必要性が薄れてくると、アメリカでは低視認塗装が流行りますが、自衛隊機は派手な塗装のままです。これは、自衛隊機であると認識されることが必要だからだと思っています。つまり、ここは日本の領空ですよという警戒色です。同様なことが、2次大戦中の中立国でも起きています。
     大編隊で飛んでいる場合、どれが僚機かということを知るためというのも必要でしょう。指揮官機だけは特別な塗色をすることもあります。
     また、勇を誇るためという場合もあります。真紅に塗られた第1次世界大戦時のレッド・バロン機などが有名ですが、ノーズ・アートなどはまさにそのためのものでしょう。実際、爆撃機側から見ると、護衛の戦闘機が目立っているほうが安心できると思うのです。
     低視認性だけが重要ではないのです。
     
    hush


  2. 日本機は、隊長機とか派手ですよね。
    僚機に認識させる為の物と思います。

    後は戦意高揚の為の物も有ったのでは無いでしょうか。
    防空戦隊やら、特攻機やら。

    でも、防空戦隊の派手なカラーリングも末期には上から迷彩をしていたとの情報も見ます。
    暇人


  3. おっと、後、ルーキーの機体を目立つ塗装にしていたとの情報も見ますが、実物の画像を見た事が有りません。
    暇人


  4. hushさん、暇人さん レスありがとうございます。とても分かりやすく解説していただきたすかりました。 心からお礼申し上げます。
    Robert



1446 ハ112-II(海軍名:金星62型)の年度月別量産数がお分かりになる方は
いらっしゃいますでしょうか。宜しく御教示ください。
陸奥屋

  1. 海軍向けは、19年度、20年度合計で1010基という資料があります。
    ケンジ


  2. ケンジ様 ありがとうございます。
    その数値の出所を教えていただけますか。
    よろしくおねがいします。
    陸奥屋


  3. 防衛研究所にあるものです。実は、月産の数字もやる気になれば、かなり拾えます。
    ケンジ


  4. ケンジ様 再度ありがとうございます。
    数値を探しようが無かった為、質問致しましたが
    ヒントを有り難うございました。
    もう少し自分でも探してみることにします。
    陸奥屋


  5. 大幸(四製)
    19年
    3月 2
    4月 5
    5月 2
    6月 6
    7月115
    8月 72
    9月 90
    10月140
    11月 94
    12月 76
    20年
    1月 17
    2月  2

    静発(六製)
    20年
    2-3月100
    4-8月289


  6. さすが!です。
    ケンジ


  7. 片様 ケンジ様 ありがとうございました。
    これは海軍領収分の数値と考えて宜しいでしょうか。
    陸軍分は別途あったということでしょうか。
    数値と出所が分かればありがたいのですが。
    分割質問になって申し訳ありません。
    陸奥屋


  8. 海軍分です。陸軍向けは、別にあります。こちらは調べていないので、歯抜けの月産数くらいしか分かりませんが、探せば、残っているかも知れません。
    出所は、管理用に作成された集計表です。
    ケンジ


  9. 陸軍用は別にありますし、途中までは金星五〇型もこれ以外に生産数があります。


  10. 面倒な質問に答えて頂き、有り難うございました。
    自分でももう少し調べてみたいと思います。
    陸奥屋



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