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1404 前縁スラットについての質問です。
Bf109やLa5などに見られる前縁スラットですが、これがなぜ気流の翼面剥離を防止するために効果的なのか、メカニズムがいまいち分かっていません。
スラットが展開して主翼下面の気流が隙間(スロット?)を通り、主翼上面に流されることによって、流速の速い気流を主翼上面に作り、剥離しそうになっている流速の遅い気流を繋ぎ止めるのでしょうか?
それとも別の仕組みで失速を防ぐのでしょうか?

また、スラットが展開している場合、空気抵抗が増えて空戦で必ずしも有利に働く訳ではないと思うのですが、WW2当時のパイロットの評価はどうだったのでしょうか?

どなたかお詳しい方、よろしくおねがいします。
Shusui

  1. 前縁スラットは1920年代に英国のハンドレページとラッハマンという人物によって発明されました。

    圧力の低い気流は剥離しやすいので、スラットが開いてできた隙間から圧力の高い空気を吹き込んでやることで気流剥離を遅らせるのです。
    前縁スラットがそのまま後縁に移動したものがスプリットフラップです。
    そして、もっと圧力の高い空気を吹き込んでもっと剥離を遅らせようというのが吹き出し式フラップ(BLC)です。

    パイロットの評価については以下の過去ログが参考になるでしょうか。
    http://www.warbirds.jp/ansq/12/A2003399.html
    http://www.warbirds.jp/ansqn/logs-prev/A001/A0004687.html
    超音速


  2. 以下は多少の参考になるかと。
    ご存知でしたら、ご容赦を。

    https://forums.armchairgeneral.com/forum/historical-events-eras/world-war-ii/127321-bf-109-leading-edge-slats

    http://109lair.hobbyvista.com/techref/systems/control/slats/slats.htm
    百九


  3. >>超音速さん
    ありがとうございます。
    流速が速い事ではなくて、動圧が高いことの方にウェイトがあるのですね。
    BLCについて検索してそのことに気づきました。BLCは発想の逆転というか、揚力に燃料補給をするようなイメージで面白いですね。
    もしやと思うのですが、後縁に移動させたものはスロッテッドフラップではないでしょうか?私の間違いでしたら大変失礼な話ですが…

    前縁スラットの起こりが1920年代というのは知りませんでしたが、30年台に初飛行をしたBf109に搭載されていたというのは、当時の技術の進化スピードを感じます。
    過去ログもありがとうございます。
    「食い込んでいける」との事ですので、瞬間的に旋回角を稼ぐような場合にはかなり有用だったみたいですね。


    >>百九さん
    大変参考になるリンクをありがとうございます。
    両方とも読んだことがなかったものなので、英語は苦手ですが目を通してみました。
    パイロットの評価としては低速時の安定性に寄与している点が大変好評だったように読めましたが、同時に振動もあったとのことで、やはりエネルギー損失の面から見ると必ずしも有利というわけではなかったようですね。

    当時はエネルギー空戦の概念が浸透していなかったので、エネルギー損失に関しての記述が少ないのかもしれません。
    何れにしろ、Bf109のパイロットには強力な装備として認識されていたことを知ることができてよかったです。
    Shusui


  4. すみません。おっしゃる通りまちがいです。

    ×スプリットフラップ
    〇スロッテッドフラップ
    超音速



1403 お久しぶりです。よろしくお願いいたします。

2つ質問があります。

1 Bf109本を探しています。特にドイツ同盟各国の塗装図が充実した
ものを探しています(むしろドイツより同盟国の方重視です)。洋書でもちろん構いません。
何かいい資料をご紹介ください。英語であると嬉しいです。

2 Bf109決定版大事典的書籍、これ1冊で普通人はOK的書籍も探しています。洋書で
図版多目のおすすめがあったら、お教えください。

よろしくお願いいたします。
まるき

  1. 一冊であればCLASSIC PUBLICATIONSのMESSERSCHMITT Bf109 Recognition Manualが良いと思います。一部、細かいところで古い情報もありますが、全体を把握するには十分な内容です。
    ケンジ


  2. すごい本ですね。ありがとうございました。早速買いました。
    まるき



1402 お久しぶりです。毎度お世話になっています。
今回疑問に思ったのは、プラモデルで登場する真珠湾攻撃時の志賀大尉の零戦二一型、AII-105についてです。この機体では飛行隊長を示す三本線がありますが、彼は大尉であり、階級的に飛行隊長は無理だと思うのです。 また、真珠湾攻撃時に加賀では唯一少佐階級の搭乗員で艦攻隊の橋口 喬 少佐が居り、この方が階級上必然的に飛行隊長だとするのが私の根拠です。つまり、真珠湾攻撃時の志賀大尉機は分隊長を示す二本線が実際のところではないでしょうか。また、志賀大尉は後に少佐階級でありながら信濃飛行長や343空飛行長を任じられていますが、本来飛行長は中佐であって少佐が飛行長になることがあったのでしょうか?

みかん段ボール

  1. 真珠湾攻撃時の志賀大尉の零戦二一型、AII-105はハセガワ製の模型など幾つかで三本線になっていますね。
    ご指摘のとおり、志賀大尉は真珠湾攻撃の時点では分隊長に過ぎず、飛行隊長ではありません。
    当時の飛行隊長は舟木忠夫少佐(兵54期)で、直後の舟木少佐転任後に志賀大尉が昇格する形で大尉のまま飛行隊長に補されているようです。
    なお、押尾一彦氏考証のモデルアート社刊「真珠湾攻撃隊」では、赤線2本の分隊長装束の零戦塗装図が紹介されています。
    だご猫


  2.  加賀の飛行隊長については1940年11月1日橋口喬(兵56)少佐同15日に舟木忠夫(兵54)少佐が発令されているのが海軍辞令公報で確認できるのですが、舟木少佐がいつまでその任にあったが分かりません。また、舟木少佐が発令された15日の辞令公報には橋口少佐の異動が掲載されていないので41年4月20日に楠美正(兵57)少佐と交代するまで任にあったのかなと思うのですが、同一艦に2人の飛行隊長というのがありえるのかなと疑問に思っております。
     ただ、志賀大尉については、41年4月1日に発令されてから42年4月15日に館山航空隊分隊長に転任するまで加賀分隊長であり、その間の飛行隊長は舟木少佐か橋口少佐、もしくは両名ですので、2で仰られるように飛行隊長となっていたとしたら、臨時に任命されたということになります。
     飛行長については、巡洋艦のそれは少佐が普通です。
     
    hush


  3. 真珠湾攻撃時の志賀大尉の零戦二一型、AII-105はハセガワ製の模型など幾つかで三本線になっていますね。
    ご指摘のとおり、志賀大尉は真珠湾攻撃の時点では分隊長に過ぎず、飛行隊長ではありません。
    当時の飛行隊長は舟木忠夫少佐(兵54期)で、直後の舟木少佐転任後に志賀大尉が昇格する形で大尉のまま飛行隊長に補されているようです。
    なお、押尾一彦氏考証のモデルアート社刊「真珠湾攻撃隊」では、赤線2本の分隊長装束の零戦塗装図が紹介されています。
    だご猫


  4.  アジア歴史資料センターで定員を調べますと、たとえばリファレンス番号C13071970900には、航空母艦飛行長、中少佐とあり、定数は1となっております。したがって、巡洋艦だけなく、空母の飛行長も少佐で可となりますが、2で申しました橋口、舟木両少佐については、特例でもない限り、何らかの異動があったということになります。ただ、辞令公報はあまりに膨大な量ですので、確認はまだできておりません。
     
    hush


  5. hushさん、ありがとうございます。やはり志賀氏が真珠湾攻撃時に飛行隊長では無いので、尾翼に三本入った零戦は真珠湾攻撃及び南方作戦時の機体とするのは考証的に間違いでしたか。しかし、hush氏の回答でふと疑問に思ったのですが、志賀大尉は1942年4月は舘山航空隊ではなく、隼鷹戦闘機隊の分隊長(飛行隊長だったり飛行長だったりとする書籍もありますが)では? 
    みかん段ボール


  6. >5
     アジア歴史資料センターの検索窓にC13072085100というリファレンス番号を打ち込んでもらうと辞令公報がpdfファイルで出てきますが、その40ページ目に加賀分隊長海軍大尉志賀淑雄 補館山海軍航空隊分隊長と出てきます。
     それ以外の略歴は http://hush.gooside.com/name/Biography/221shi.html#anchor15015 に書いたとおりですが、この時、隼鷹は就役前ですので、同艦分隊長の含みを持った転任であろうと思います。
     なお、隼鷹の飛行長は43年1月7日に橋口喬(兵56)少佐に交代するまで崎長嘉郎(兵54)少佐が務めておりますので、分隊長、後に飛行隊長が正しいと思われます。
     
    hush



1401 丸の1993年8月号の碇氏によって要約された陣風開発者の手記の中で、陣風の開発者が1944年?3月24日に福生にある陸軍航空審査部に訪れてFw190を見学したそうなのですが
問題はこの後にこの開発者が見たものの中味は水冷式のキ84もあったと言っています
実際にはこの水冷式キ84というのは計画案でもいいので存在したというかあり得たのでしょうか…?
ネット上にある多くの逸話はおそらくはガセネタと思っているのですが、たまに見かける前線基地で勝手に隼に鍾馗のエンジンを搭載したなんていうようなことは当時の日本軍では発生しえたことでしょうか?
リーン

  1. 航空本部の承認無しに機体を改造することはできません。
    南方軍は例外的に小改造を行う権限を与えられましたが、これはまさに例外なのです。
    BUN


  2. やっぱり基本的にはあり得ないのですね…
    ということはこの液冷疾風というのも筆者の勘違いということでしょうか…?
    碇氏自身もそのような機体が試作機でもあったというのは聞いたことがないとおっしゃっていましたが…
    リーン



1400 度々お世話になっております。
秋田県の田舎に住んでおりまして、自衛隊機は稀にUH-60かU-125Aを遠くに見かける程度です。
しかし今朝、どう見てもF-15にしか見えない姿が2機で頭上を飛んでいくのを見かけました。
写真を撮ったわけでも無いので見間違いじゃないかと言われても反論はできないのですが、
低い高度で真上を通過したのでよく見えましたし、少なくとも戦闘機なのは間違いないシルエットです。
県内の基地には戦闘機の部隊はいないはずなんですが、そういう事ってあるもんでしょうか?

みがも

  1.  http://www.mod.go.jp/asdf/news/houdou/H30/300928.pdf
     こちらによりますと、9月27日に千歳のF15がB52と日本海で演習をしています。
     三沢にはF15はいないようですが、千歳や小松には配備されていますので、足を伸ばしてきても不思議はないのではと思っております。
     

    hush


  2. ありがとうございます。最近演習あったんですね…
    とすれば移動の途中か、或いは航法の訓練かなにかだったのでしょうね多分。

    みがも



1399 大戦期の戦闘機の補助翼形状について質問です。
ここや詳しい人の話ではしばしば「零戦や隼の補助翼は幅が大きく、特に細長い」、これが高速時の操舵の重さに繋がるという話があります。たしかに迅速な横転を可能にする欧米機のものはどれも寸詰まりで幅の割に大翼弦の補助翼である印象を受けます。しかし一方でF6F-3などは折り畳み翼の関係上補助翼幅を大きく取れず大翼弦のものになり操舵が重いものとなった、など大翼弦のものは操舵が重いかの様な事例が見られます(F6Fは折り畳みのせいで操縦系統も複雑化し悪化したともありますが)。補助翼のアスペクト比は高速時の操舵性にどの様な影響を及ぼすのか改めて教えてください。翼型にもよるでしょうが、高速戦闘を行う戦闘機には同じ補助翼面積でもアスペクト比の大きいものより小さい方が好ましいのでしょうか。
パンジャンドラム

  1. いえ、主翼の大きさはマチマチなので主翼との対比で印象は変わる事と、形が必ずしも長方形ではなく歪なもので主翼の一部を為しているので私が各航空機の補助翼の絶対的なスケールを掴めていないだけなのかもしれません。確かに絶対的な面積では隼や零戦などは相当のものでしょう。あと鍾馗も意外に巨大です。
    ともかく面積一緒なら形状によって大きく差が出るという事はあるのでしょうか?
    パンジャンドラム


  2. フラップとの翼幅の取り合いの関係じゃないでしょうか。
    翼端近くは翼端渦で揚力係数が下がっているのでエルロンはなるべく長い幅を取りたいのですが、翼面荷重が大きかったり着陸/着艦速度を抑えたいとかでフラップの方に大きな幅を取られ、そのぶんエルロンが小幅になっているものと思います。

    高速での効きとか重さとかは、翼端形状との関係や断面形・構造、バランスタブやマスバランスの有無など色々関係してくるので一概には言えないです。
    超音速


  3. フラップとの兼ね合いは彗星やP-51もそうでしたよね。F6Fも確かにそうでした。大戦期の横転に優れるとされる機体のエルロンの多くは補助翼タブ無しでやれていますし必ずしも寸詰まりではないですね。高速における補助翼形状に関しては正解は存在しないという事でしょうかね。
    しかしモーメントを考えると補助翼を大翼弦とし幅を詰めた方が横転には有利ですかね。こちらは速度域に関わらない話だと思いますが。
    パンジャンドラム


  4. 異論があって当然のことを、2つ書いてみたい。 一つはエルロンの翼幅方向長さが長い場合の剛性不足?について、もう一つはベテランパイロットはエルロン操舵の重さを回避する技をもっていたらしいこと。

    (1) 剛性不足のためエルロンが捩れたり曲がったりする問題の解釈
     零戦の場合初期に補助翼回転―主翼捩れフラッターが発生し、主翼外板の増厚と補助翼のマスバランス(錘)の増加が図られた。
     しかしこのとき補助翼単独のフラッターは指摘されず、補助翼が羽布張りであるための剛性不足も指摘されていない。
     従って、零戦の場合には補助翼の剛性不足はあまり気にしなくてもよいのではないだろうか?

    (2) ベテランパイロットの補助翼操舵における重さ軽減術
     私には長年の不思議な補助翼操舵法があった。 硫黄島沖での坂井氏の射弾回避術。 左旋回中に90°バンクまで左ロールさせる部分だ。
     先行して方向舵ペダルを左に踏み右滑りさせ補助翼で左ロールさせ、次いで方向舵を左にぐいと踏んでから操縦桿を突っ込みながら左に倒す操作だ。
     注目すべきは、右滑りー左ロールを2セットやっていること。 古い自動車の運転法でダブルクラッチと言うのがあり、単にアクセルを踏めばいいはずのところを2回に分けてアクセルを踏む術があり、こっちは分かるが零戦は分からないままであった。 なお、左ロールに右滑りを先行させるのは、右滑り自体が左ロールモーメントを誘起するのでありがたいのであるが、2セットの理由が分からなかった。

     答えが分かったのは、次の文献のお蔭。
     「YS-11の方向舵(スプリングタブ)、島文雄、日本航空宇宙学会誌、第42巻第487号、1994年8月、P8〜11

     これは普通に読めば、お題に記載されているF6Fのスプリングタブがなんで凄いのかが分かる解説書で、零戦のバランスタブがなにか問題がないかを探すヒントにもなりそうな代物ですが、ここでの興味はそこではない。
     YS11の方向舵は横滑り状態では、操舵力が非線形的に低下する(原本第2図参照)と書いてあったのだ。
     この状態は補助翼では、左ロールを先行させれば方向舵の横滑り状態になり、操舵力の低下が期待されるわけです。その状態でロールの舵を大きく使えば、腕力で大きく引けると言う訳です
     但し、零戦に於いて引くのが難しい状況の舵角が、YS11において横滑りによって舵力が低下する舵角範囲と一致するかは不明です。 また非線形には舵を取られる等の感触の問題も伴います。

     しかしながら、坂井氏が急いでロールしたいときにわざわざ2セットに分けてロール操作をしているわけで、その理由としてはぴったりだと考えています。
     以上がベテランパイロットはロール操舵の操舵力低減術を持っている説です。零戦52型がバランスタブなしで特に現場から大きな不満もなかった理由にもなろうかと考えます。
    如風


  5. 超音速様、如風様回答ありがとうございます。

    私は以前とある零戦写真化にインスパイアされた事もあり、12m翼にバランスタブを持つ本来の初期型零戦(及び二一型後期型あるいは二二型)の運動性こそ完成形などと考え、バランスタブ付きの二二型などを信仰視するかの如き質問を立てた筈でしたが(過去ログが見つからない)、そのやり取り内で、艦載機たる零戦の12m翼時代には「低速と高速のヂレンマ」なるものが堀越技師はじめ開発陣の中で問題になっていた事を教わりました。どうやらバランスタブは本来必要ない低速時はむしろ補助翼の空力を歪ならしめ効きを阻害するだけの荷物であり、かといって低速時向けの大型補助翼は高速時に効き悪くバランスタブを外すとまともに操舵出来ない、すなわち低速では軽いがスカスカで高速ではカチカチで動かないものを強いらざるを得ないという件を知らされました。そこでヂレンマの解決に至ったのが補助翼内端を切断した三二型の補助翼で、バランスタブ撤去により低速時の効きは改善、高速時も受ける動圧の減少によりある程度動かせるようになったと大変会心の補助翼設計だったという回想でした。私はそこで見方が変わりました。
    そこで欧米機の様な寸詰まり型の補助翼アスペクト比にも更に何かロール性能において利点があったのか知りたくこの質問を立てた次第です。
    ですが今は面積の問題もある様に思えてはいますが、もう上げてしまったので「補助翼アスペクト比の妥当性とは何処にあるか?」を書きたいと思います。
    他の要素を均一化し平面形状のみで比較検討という論を寡聞にして知らないので。
    パンジャンドラム


  6. 誤字 書きたいと思いますではなく、聞きたいと思います、です。
    この点平面図を見ていて大きく細長いタイプの補助翼を持つ二式戦闘機鍾馗の高速時ロール性能は必ずしも欧米流に近しい形状の四式戦闘機疾風を上回るのか?など(米軍レポートの断片的情報を除き)ロール性能の具体値に乏しい日本陸軍機のロール性能の考察にも繋がる手掛かりになればと思う次第です。
    sage


  7. 上のHNはミスです。
    パンジャンドラム


  8. ジェット戦闘機・爆撃機のエルロンもあえて低アスペクト比にしてる様子はありませんね。
    エルロンもアスペクト比を小さくすると翼端渦が大きくなって効率が悪くなるので高速で有利というわけではないはずです。
    超音速


  9. そういえば黎明期から初期のジェット機は人力操舵でしたね。これで不都合に陥ったというのは聞きませんし、アスペクト比が小さい補助翼の機体の高速横転が良好に見えるのは単にフラップとの兼ね合いで補助翼の絶対的な大きさが小さいだけなんでしょうね。
    高翼面荷重機で高速戦闘機の疾風ならばバランスタブを装備しても何ら違和感はないのですが、陸軍は単発機の補助翼には特にタブを付けませんね。高速機が多いのに。一応隼は昇降舵にはスプリングタブが追加されたそうですが。
    パンジャンドラム


  10. 一式戦にスプリングタブですか。知りませんでした。スプリングタブのスプリングは、堀越技師の昇降舵の剛性低下法の効果をもっていますから、中島飛行機の技術者の心意気を感じる話ですね。

    話は本題の補助翼のアスペクト比問題に戻ります。
    話を単純化して、取り敢えずフラップとのトレードオフを一旦脇に置いて、先ずはどのような補助翼のヒンジ軸位置までの長さの主翼の翼弦長に対する比率が好まれるのかに絞ります。
    考慮すべき条件を、現状人力操舵であり、一般的に所要のロールモーメントが得にくい状況にあるものとします。
    この場合、ヒンジ軸までの長さを変えながら、単位翼幅当たりについて、操作力1sに得られる主翼の増加揚力の最大がどのようなヒンジ位置かを調べると取り敢えず答えにならないでしょうか。 (なお、各実験に於いて操縦桿のストロークエンドを所要ロールモーメントになるようリンク比を調整しておく必要はあると思いますが。)
    私はこの場合の答えは知りませんが、フラップとのトレードオフの考慮が必要ない水平尾翼は、このような考え方の結果なのだと思いますが如何でしょうか
    如風


  11. 隼の昇降舵のタブはトリムタブでは?
    超音速


  12. ツイッターのミリタリークラスタの不確認情報です。日本機でスプリングタブ装備機など寡聞にして知りませんから別のタブかもしれません。しかし隼にはトリムタブが無いため特攻訓練の際には必死に抑えて飛んだとの証言をどこかで見たのですが…。これもネットですが。
    また零戦や隼などの実機の補助翼形状が最適だったかは実機の外皮を取っ払って操縦桿のストロークや長さ、具体的なリンク機構の詳細な寸法形状・構成まで見ないとダメなのですね(そりゃ当たり前だったか…)。

    あとどうやらネットを漁りまくっていると、よく零戦のクソロールだの出典にされるNACAレポートナンバー868は実はエルロンをどうしたら操縦はどうなるかの研究だった事が分かりました。英語は壊滅している私ですがここに何かヒントがあるかもしれません。まだほとんど目を通していない状況ですが
    http://naca.central.cranfield.ac.uk/reports/1947/naca-report-868.pdf
    パンジャンドラム


  13. パンジャンドラムさんNACA Rep.868を、図面を頼りにしてさらっとながめてみました。 補助翼のアスペクト比そのものの研究は見つけきれませんでした。 もっと古い時代には、そのような研究はあるかもしれませんが。
    しかし、p165〜p166のFig46〜Fig47に各国の有名戦闘機のロール速度が機体速度によってどう変化するかを見るグラフがあります。ホッケヴルフは凄いですね。高速におけるP51も凄いですね。なお限界操舵力50ポンドのデータです。零戦は限界操舵力不明となっておりますから、グラフのなかで平行移動してyらなければなりません。(Fig46と47は同じデータを別の表示方法で整理しただけです。)

    ところで、ここでの主題に関したものがP200にみつかりました。Fig46,47の機体の補助翼の形状等のとりまとめ表なのです。その表のCa/Cの欄を見てください。有名戦闘機の全体の平均は、20%弱でおよそ似たような値に揃っているのが印象的です。
    如風


  14. 如風様、確かにそのページでは零戦は空欄となるもそれ以外は似たような値に収まっています。これが所謂オーソドックスな補助翼設計と強引に仮定した場合、零戦はやはりアスペクト比が少々大き過ぎる様な…。
    でもそれとは別に面積自体も過大なのですからやはり面積が大なだけの様な…、みたいな思考に陥っております(汗)
    同スケールのプラモデルで比較とか各補助翼面積・寸法形状とか分かればいいのですが生憎わたしには何も無いのです。

    そもそも零戦の主翼に仮に横転性能のそこそこ優れる、例えばFw190などの補助翼をやっつけで植えても、当然操縦系統のレシオが異なってくるわけですから剛性の問題は抜きにしてもまともな操舵になったかどうか…など
    高速戦闘に関して隼や零戦などのタイプの補助翼の設計はあれはあれで正当性があったかどうかは疑問があったわけですが、主翼艤装や装備品の件もあるとはいえP-63などはかなり細長のものですが米軍機では最も優秀な部類ですし。
    もう高速に関わらない話ですが、補助翼のかなりの内側ってモーメントの関係上そこまで役に立ったかどうかなども噴出してきました。翼端も渦流の関係で良くないとは超音速様に教えていただきましたが。
    パンジャンドラム


  15. ツイッターの話の根拠は知りませんけども、世傑に掲載された操縦系統図ではトリムホイールと操作ワイヤーも描かれてます。
    超音速


  16. そうでしたか。
    ところで補助翼にNACA推奨のスプリングタブを用いたら飛躍的に向上したなんて事例がF6F-5などであるあたり、スプリングタブやバランスタブの高速時効果とは相当のものだったのでしょうね。四式戦クラスの高速機にはあっても良かったかなと思います。日本機であと(非固定)タブが補助翼にあるのは月光や烈風ぐらいでしょうか…。高速戦闘を志向した陸軍はそのあたり一切聞きませんから、そもそもタブは補助翼に不要という考えだったのでしょうか?
    パンジャンドラム


  17. 1式戦のスプリングタブは、誤報のようですね。
    NACA TR868のFig46のように整理したグラフは、すごく色んなことが読み取れるグラフです。
    今飛行機を台風の様な一定方向からの強風を受けてフェザリングしている発電用2枚羽風車に見立てます。機体の主翼を風車の2枚羽フェザリングに対応して、機体の主翼は(操縦桿を前に押し込み)無揚力です。この時風車の羽根は回転しません。
    ついで、風車の羽根を可変ピッチ機構で5度傾けてやると羽根は回転を始め、ある一定回転になりました。これは羽根の回転のお蔭で風が羽根に対して無揚力状態で流入するようになったので、これ以上回転が増えなくなったためです。
    今度は羽根の傾きを3度に減らすと、羽根の回転速度は遅くなって風が、羽根が無揚力になる方向になった状態で一定回転に落ち着くのです。

    飛行機の場合には次のようになります。操縦桿をストロークエンドまで押したとき、主翼全体換算で5°の迎角(ここでは有効迎角としておきましょう)になったとき、機体はロールし、これに応じ翼に流れ込む流れで翼が無揚力になったときロール速度は一定値に落ち着くわけです。
    操縦桿を緩め、有効迎角3°にした場合はもう省略します。
    ここまでの説明は、いろいろな要因は無視していますか、根本的要因は正確に抑えている基本理論です。
    そこで、図46のグラフでかなり素直な特性のスピット(normal翼)についてついて説明しましょう。
    図46の縦軸Helix angleは図47のロール速度とは異なりますが、図47でA機のロール速度がB機のそれより大きいなら図46でもそのようになる性質があります。また図47のロール速度データから簡単に換算できます。 またHelix angleは近似的に上記の有効迎角と見做せるのです。
    従ってスピットの場合の左側の水平線は、この速度域では50Lbの操舵力で操縦桿のストロークエンド迄操作できるわけです。
    右側の右下がりの曲線は、50Lbの操舵力では操縦桿をストロークエンド迄操作できなったためです。操舵力は速度の2乗に比例する傾向があるので、かなり急激にHelix angle(≒有効迎角)が低下するのです。これが基本的グラフの見方です。
    基本以外については、例えばFw190には低速域ではリンク比を自動的に変えているかもしれない等を考える必要かあります。
    また、スピット(normal翼)の特性をFw190に近づける方法は、フラップ面積を増やし同時にうまく調整されたスプリングタブを使って操舵力軽減を図る必要があることが容易に言える。一方、スピットの翼端切り落としのデータもなかなかの改善ですが単なる切り落としだけではないように思う。
    ところで零戦については、フルストローク操舵可能な限界速度が160kt以下とは少々異常で、実験操舵力限界が50Lb 以下の可能性と着艦速度58ktとの仕様の可能性がある。  取り敢えずここまで。
    如風


  18. 関連する過去ログがありました。ご参考までに。
    http://www.warbirds.jp/ansqn/logs-prev/A001/A0004627.html
    超音速


  19. 超音速様有難うございます。(超音速さんには色々お世話になったので、私にはBUN様と同格あつかいです)過去ログは以前見た記憶がありますが、数値は全然忘れてました。零戦52型360°/約3秒は後程触れさせて頂きます。

    先ず17.の零戦の評価を取り消させてください。 F4F,F6Fもフルストローク操舵可能な限界速度は160mph以下で、陸戦に対して着艦速度は艦戦共通の制約だと考えるべきです。その上で、着艦速度の差に目を向ける手順でしょう。

    想像していたFw190の自動リンク比変更機構、Wikipediaで見ると本当にあったのですね、半分は他の要因だと考えていたので嬉しいことです。基本図形からの変化を探せば、何らかの工夫に行き当たる(ことも有る)。 図46形式のグラフはかなり強力な道具なのです。
     
    ただ図46は17.で説明した風車モデルから、最終到達ロール速度に達した実験データを纏めるのに適したものであることに注意してください。少なくとも2周目のデータがほしいのです。 もし、0〜45°あるいは0〜90°の期間の実験データが混じると、まだその機体の慣性モーメントに応じた加速途中のデータになります。従って機体の本来のロール速度を下回るデータになるのです。

    この点をを踏まえると、ヨーロッパ系の結果(高速度域のロール速度の低下が大きい)と日米機(一部例外あり)の高速度域のロール速度の低下が小さい、との差から日米機のロール速度は例えば0〜90°ロールの時間のデータだったのではないかと予想されます。4.項の舵の取られ現象を利用した説明になりますが、この先必要があるまで省略。(因みに、零戦は1回目官試乗で舵の取られ現象が指摘され若干修正された経緯があります。)

    零戦52型の1周旋回時間約3秒(120°/sec) 、計器速度180mphを仮定して図46にプロットすれば(計算は真速を使う)、なんとほぼFw190並になります。 しかし、ここで喜んではいけません。 3秒の場合、操舵力80Lb程度は使っているでしょうから、図46のデータと比べるには厳しく見積ればherix angleは1/1.6程度に減少させてプロットする必要があります。その場合P40並でF6Fは超えることになります。 さらに想像を拡げ、操舵力80Lbの場合ストロークエンドまで引けていれば、零戦52型のherix angleは1/1.4程度に見積もっても宵かもしれません。しかし前述のとおり、米軍機の実験データが低く評価される実験をしているかもしれないことは考慮しておく必要があるのです。
    結局今言えることは、各機体の実験条件を確かめて補正しつつ評価しなければならないと言うことです。 得られた数値が大きい場合にすぐにそれに飛びつくのは、控えなければならないと言うことです。 図46を提供してくれたパンジャンドラムさん有難う。 
    如風


  20. 図46とp200の一覧で勉強させて頂いたおかげで、補助翼をどのように装備すべきか、およそ見えてきました。
    オーソドックスなやり方を纏めます。
    (1) 翼の内端側に所要のフラップを配備します。
    (2) 翼の外端側にCa/C=0.2程度の補助翼をできるだけ幅広く配置します。
    (3) この場合、機体の速度が高いときには操作力不足になるので、フリーズ翼、バランスタブまたはスプリングタブの操作力低減装置で補うこと。
    (注) これで操舵力が不足する見通しなら、泣く泣くフラップの幅を縮める。

    これに関し、時代に先駆けた技術として、Fw190のリンク比自動変更装置、同じくFw190 の高速時にフラップも補助翼として使う機構、P38では油圧サーボシリンダで操作力を約1/6にしたことなどがあげられます。

    零戦におけるバランスタブは官給品のはずで、粘り強く実験して最良の調整を目指す部署がなかったことが52型に採用できなかった理由では?と思うのですが。
    如風


  21. 誤記訂正

    泣く泣く幅を縮めるのは、「フラップ」ではなく「補助翼」でした。
    如風


  22. 如風さんに望外の評価をいただき回答者冥利に尽きます。

    補足させていただきますと、日本機でも紫電改には腕比変更装置というものが実装されております。
    超音速


  23. あ、菊原技師の腕比変更装置ですね。 図46の特性からは、Fw190の腕比変更装置は、菊原技師の自動空戦フラップのような無段変速型に見えます。wikipediaの記述も無段変速ぽいのです。
    如風


  24. 要は補助翼の形状よりも操縦系統のレシオが操舵に効いてくる、そう私も思えてきました。
    低速ではめいいっぱい舵を動かせるようにし、高速では軽く動かせる様にする
    レシオをどっちにするかで決まって、それを変えられるFw190はまさに快作でしょうね
    Fw190の補助翼を零戦に乗っけても状況は好転しないでしょうが、Fw190の操縦系統ごと持ってきたらえらいグルングルン回る気がしますw(もちろん主翼剛性の範囲においてですが)
    そういえばネットの一般情報レベルの記述にすらありますものね。
    タンク技師は人間工学的観点から操縦に要する力を50ポンド以内に抑える事を前提に設計したと。
    パンジャンドラム


  25. 初めまして(普段はROM専です)。
    零戦三二型に関してオーストラリアで行われたテストレポートが以下のサイトあり、五二型はこれより若干劣る程度(外翼部への燃料タンク追加や20mm機銃の長銃身による重量増加のため)と考えられます。同グラフ中に記されたP-40やスピットファイアと比較すればおおよそどの程度かは把握できます。
    http://www.wwiiaircraftperformance.org/japan/RAAF_Hap_Trials.pdf
    また、一式戦のスプリングタブに関しては学研の一式戦本にも記述がありますが、引用されている当時の文献の記述から、はスプリングタブではなく操縦索にスプリングを入れただけにも読めます。個人的な心証としては、零戦の剛性低下と同様の働きを期待して操縦索にスプリングタブを入れただけではないかと・・・。
    隼0511


  26. 隼0511様、ありがとうございます。
    零戦三二型のロールレートの件は以前に拝見しています。低速時はかなり良好ですが中高速では必ずしもロールレートが高い部類ではないスピットファイア 通常翼に対しやや劣る程度というわけですので、まあ使えない事はないだろうぐらいの程度だと推察できます。実際にやや劣る五二型の米軍の調査(160ノットでFM-2と同等のロールレート、200ノットでF4U-1DおよびF6F-5と同等、IAS220mphでP-51と同等など)と何ら矛盾はありません。
    それっぽい事はここにありました。
    https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11177008091

    隼もいくらか優っているかもしれないでしょうがここでは一括りにしていましたね。ここは隼の鹵獲情報に乏しいため零戦に訂正するとして、やはり低速時傑出しつつ全速度域でもそれなりに高いロールレートを叩き出すFw190と零戦のつくりの違いにこそヒントがあったのではないか?と考えています
    零戦三二型よりFw190の方が幾分か翼幅が小さく回転上有利だとか、翼の剛性の件もあるでしょうが、「力を要する為横転が劣る(上記リンク内の米海軍レポート)という症状のそれには、どちらかというと回転モーメントやエルロンリバーサルより補助翼や操縦系統の方に理由があったのではないか、という次第です。

    パンジャンドラム


  27. あ、私の質問の根底となる疑問を回答者様方に明白化していませんでした。
    私がこの質問に至った疑問とは「零戦が補助翼操作に大きな要する力のため200ノット以上では劣る」といった現状が、本当に史実の零戦という機体でなし得る最大限最善の努力を払いそして結果を出せていたのか?、というものです。
    私には、実はあれはまだ過渡期にあったのもので、必ずしも横転性能発揮の最適解に達していたか?必ずしも零戦の主翼の出し得る最良のロールレートを発揮できていたか?は大きく疑問符が私の中でついています。
    「操作は相変わらず軽く何の手応えもない」ならばエルロンリバーサルですから諦めようがありますが、「重くて動かせない」というなら操縦桿がフルストロークまで操作が叶うならば本来もっと発揮できたロールレートがあるはずなのではないかと。
    そこで補助翼は本当に最適解に達していたか、操縦系統の洗練など何らなされていたかなど、確認したかったわけです。

    パンジャンドラム


  28. 連投すみません、私がそうとする根拠はまさにBf109とFw190との関係性です。
    Bf109も高速では著しくロールレートが低下します。Fw190の様に優れた補助翼設計とリンク機構で解決した事例がある以上、零戦が出来るだけの洗練を以てあの結果ならば「仕方あるまい」に止まりますが、零戦のロールレート改善に設計努力の余地が大いに残されていてあの結果ならば手離しで擁護できるものではありません。
    翼型・補助翼形状・操縦系統などに○○の洗練が加えられていた、などの情報を本音では期待しているのですが、一見では何らの工夫も見られないしむしろ形状に至っては異端な形相です。
    欧米機に低速と高速の補助翼の効きを両立している機体がある以上、零戦の補助翼まわりの設計は失敗だったのでしょうか。多少ヤワな設計とはいえ、補助翼や操縦系統がそれを最大限に行かせて横転を発揮出来ていたとは思えないのです。
    もっともそれは補助翼形状ではなく操縦系統のレシオが大きいのではないかと言うところで決着しかかっていますが(零戦の補助翼面積とは関係あっても補助翼形状との関係性は何ら見つけられない)
    翼型もオーソドックスなものでしょうし。
    パンジャンドラム


  29. 零戦52型の操縦桿の操舵力80Lb を仮定したのは大間違いだったです。RAAFの計測で確かに限界操舵力50Lbでほぼ360°/約3秒は可能ですね。と言うことはパンジャンドラムさんの言う通り、ロール試験で限界操舵50Lbを指定することは人間工学的にも妥当だと納得です。

    補助翼の着艦速度問題を大まかに考えました。 取り敢えず狙うのは、操縦桿を一杯まで引ける限界の機体速度(V限)を高速に移したい。そうすれば仮想敵機より速くロールできる、としておこう。限界速度はロール速度のグラフでピークの速度に一致する。 また、操舵力は単純に機体速度の2乗に比例するものとする。

    この時、着陸(着艦)速度(V着)の問題を取り上げる。零戦ではおよそ(V限)/(V着)=2.7程度のようだからこの値を取り敢えず使おう。すると限界速度の操舵力50Lbに対し、着陸速度ではストローク一杯まで操舵しても約1/7の7Lbの操舵力しかいらなくなる。 この程度が、「舵がふらふらで気持ち悪い」と言われない限界としよう。
    この状態で、仮にバランスタブを追加して全ての速度域で操舵力を1/2にできたとしよう。 しかし限界速度が1.4倍に増加して芽出度し芽出度しとはならない。 着陸時のフルストローク操舵力まで1/2の3.5Lbになって「舵がふらふらで気持ち悪い」となって困ることになる。 この問題の解決は、紫電改方式でよさそうに思う。着陸時のフラップ操作の前にリンク比を切替え操舵力を重くしてやれば良い。

    日、米のF6Fまでの艦戦では、その一方だけがこの問題を直接に解決しているわけではないので両者普通であったと見ればよいのでは?
    如風


  30. >>27,28
    零戦二一型の一部や二二型の補助翼バランスタブ、三二型・五二型での主翼幅と補助翼幅双方の短縮、といったように高速時のロール性能向上への意識は間違いなくあったものの、発着艦に重要な低速時のロール性能との兼ね合いのために限界があった、というのが実状ではないでしょうか。もちろん、紫電系列のような腕比変更装置やスピットファイアで行われたような補助翼の金属化でさらなる向上を図れた可能性もありますが、零戦にそうした努力を向けるよりも次世代機の開発が優先されたと。

    また、出典を忘れてしましたが、零戦の「翼弦方向に短く、翼幅方向に長い」補助翼は三菱製の機体ではスタンダードなものであり、戦闘機・陸攻を問わず類似した設計です(確か、翼幅方向の補助翼長さも翼幅との比で決定されていたはず)。F6Fなどに見られる「翼弦方向に長く、翼幅方向に短い」補助翼ではロール時に主翼に加わる捩り応力がより大きくなりますから、軽量構造指向の日本機には適した構造だったのではないでしょうか。
    隼0511


  31. 追記。Bf-109とFw-190のロール性能に関してですが、補助翼設計やリンク機構だけでなく、世傑のBf-109で考察されているように「Bf-109の主翼が極めて捩れやすい構造であった」という事にも注目する必要があると思われます。
    Bf-109の主翼は単桁構造で、試作機〜B型までは翼内には武装もラジエーターもないシンプルなものですが、C型で翼内機銃追加、E型でのラジエーター移設によって主翼構造が切り欠きだらけになり、E型ではかなり主翼の捩れ剛性が低下していた可能性が高いです。主翼を大幅に改設計したF型以降、Bf-109が翼内武装を廃している(ガンポッドはありますが)のは多少なりともこの欠点を改善しようとした結果かと。
    隼0511


  32. 隼0511さん、歴史的事実の知識に疎いので私ですので、事実で流れを固めてくれてありがとうございます。
    如風


  33. 特に零戦補助翼のCa/C≒0.15程度の理由が、主翼本体の剛性とは確かに余裕がない、納得です。、
    如風


  34. 隼0511様、理論立てた考察ありがとうございます。たしかにオーソドックスなテーパー翼の零戦では翼端に行くほど翼は細く薄くなる…故に補助翼はなるべく全幅に渡って配置した方が好結果だったのかもしれません。しかし雷電では小翼面積の小さな寸詰まりのものにとって代わられていますので、剛性の範囲においては雷電の様な形状に至ったのかもしれません。零戦の主桁自体は設計時の過荷重あるいは全備重量に対し12.6G(安全荷重7Gに対応)まで対応していますが、モノコック構造は桁構造+外板で強度・剛性を達成しますから、外板の強度不足とのトレードだとしたら悔やまれるばかりです。
    航空機の外板は卓球のピンポン球みたいなもので、ペラペラの板でも曲げればせめてもの強度を受け持ってくれるだろうという設計です。特に前縁から最大圧板までの曲げ部分だけでかなり剛性を得られますからね。ここらへん、改良された0.7mm厚のものが設計初期段階に至っていればまた違った改良のされ方があったかもしれません。
    パンジャンドラム


  35. 誤字、最大圧位置です。
    零戦の軽量化による剛性への弊害というのは、設計時から分かりきっていた桁の細さではなく外板の厚み不足だと思います。外板のあんな複雑な曲面形状の強度計算なんて無理でしょうから、0.5mmで安全というのは何ら根拠があって導き出されたものではなく、いつかのタイミングで0.6mmになり、そして五二型甲で0.7mmに増厚されるに至りましたからね。
    零戦が五二甲以降の剛性があれば、寸詰まりな補助翼を翼端に配置できたかもしれませんね。一号零戦は折り畳みの関係上翼端配置は無理ですが。
    パンジャンドラム


  36. >>32、33
    ありがとうございます。

    >>34、35
    確かに、やろうと思えばどこかのタイミングで高速時のロールに適した補助翼への改設計というのは技術的には可能であったと思います。
    ただ、問題は零戦は三二型以降は「雷電や紫電の実戦配備までの繋ぎ」といった位置付けであり、小規模なマイナーチェンジだけを繰り返しているので、そうした改設計を取り入れようという方向に進まなかったのでしょうね・・・。
    隼0511



1398 質問してばかりですみません
翼型についての質問です。
NACA Mシリーズの読み方,違いを教えてください。

翼特性の
c.p. c.p. Cm(下付き)a.c. の意味も教えてください。
ケレス

  1. 航空力学については教科書を見ながらしか説明できない程度の者ですが、回答が付かないようですので取り敢えず質問の後段部分につき回答します。

    NACA Mシリーズは、かなり古い翼型のようですね。 現状私は、Munkが薄翼理論に基づいて系統的に実験を行い1924年頃にM6,M12を作った、程度しか分かりません。

    NACA Mシリーズのc.p.とCm a.c.について回答しますが、これらの実験データは2次元翼のデーターですから、ここでの説明は2次元翼についての説明です

    c.p.は、center of pressureで、風圧中心と呼ばれます。その位置は、「翼断面に作用する空気力によってつくられるモーメントがゼロになる点」と説明されます。実際の計算は翼表面の多くの点の圧力を用いて行いますが、計算は2次元図形の重心を求める計算とほぼ同じです。
    風圧中心の位置は、翼弦(翼の先端と尾端を結ぶ線分)に沿って、翼の先端からの長さで表示します。但し正しくは、翼弦長cの何パーセントの長さかで表示します。(細かくは風圧中心の翼弦線の上下方向のずれも計測されますが、実用上ほとんど無視してよいのでここでは省略)
    ところで風圧中心の位置は、ごく大まかには翼先端から25%附近にありますが翼の迎角を変化させたときに、無視できない程度に位置を変化させます。このため、Cma.c.とa.c.が機体の設計上重要な意味をもつのです。


    Cm a.c.について。先ずは、Cmは翼のモーメント係数です。
    添え字a.c.はaerodynamic centerであり空力中心と言い、その位置は(風圧中心と同様に)翼先端からの長さを%表示したものです。
    Cm a.c.の意味については、翼の風洞実験を想像するのが解りやすい。翼型の空力中心位置に軸を取り付けてその軸を利用して翼に働く空力モーメントを計測できるようにしたときに、計測された空力モーメントの無次元モーメント係数がCma.c.です。
    空力中心の一般的な位置は22〜26%程度と言われていますがまだ空力中心の説明が不足しており、その説明を以下にします。

    上記の説明で翼に取り付けた軸の位置を例えば15%の位置に固定して、翼の迎角を失速しない範囲で増やしながらモーメント係数を計測します。その結果を横軸を二次元翼の揚力係数、縦軸をモーメント係数としたグラフにプロットすれば右下がりの直線が得られる。
    次に今度は軸の位置を30%にした場合、右上がりの直宣が得られる。
    そうであるなら、軸の位置をうまく調整すればモーメント係数をプロットした直線が水平になる(=モーメント係数が一定になる)軸の取付け位置がある訳で、そのような軸位置が空力中心の位置と定義されるわけです。
    従って空力中心に軸を固定して、翼の迎角を変化させながら計測した空力モーメント係数がCma.c.です。

    ところで、上記の仮想風洞実験では翼が失速しない範囲に限定しましたが、実際の風洞実験は翼が失速しない範囲も含まれます。その場合にはCma.c.は一定値ではなくなりますが、迎角が大きく失速しているときの一定値から外れた空力モーメント係数もやはりCma.c.とされます。
    一方で、ある文章のなかで「Cma.c.の値は・・・」などと使われる場合は、一定値のCma.c.が想定されているようです。

    一定値のCma.c.は機体の初期設計において、水平尾翼を主翼のどの程度後方に配置するかとか、どの程度の取付け角にするかなどの見積りに非常に便利に使える数値になるはずです。 使い道がないと、こんなややこしいCma.c.なんてものをつかいませんよね。
    如風


  2. 誤記訂正

    終わりの行から5行目あたりの、

    誤:「風洞実験は翼が失速しない範囲」→ 正「風洞実験は翼が失速する範囲」
    如風


  3. 如風さん ありがとうございます

    ケレス


  4.  http://kaidan2.hatenablog.com/entry/20061024/p1
     念のために書いておきますが、この程度のことはお探しではないですよね?
     
    hush



1397 Bf109の日本のWikipedia記事に書かれた「世界で初めて一撃離脱戦法を前提に開発された」という記述について質問です
同じWikipediaの英語版やドイツ語版には
「機体を軽くして更に翼面荷重を高くすることで高速を追求した」とは書いてあるものの
それがすなわち「一撃離脱戦法を前提にしたからだ」とは一言も書いていませんし
「Bf109 一撃離脱」で検索してもそうじゃないとする説や反証が多く出て来るので疑問に思っています
「Bf109は世界で初めて一撃離脱戦法を前提に開発された」というのは
信頼性が高い研究などを含めて大局的に見て現在でも定説のままだと言えるんでしょうか?

また、仮にBf109が一撃離脱戦法前提の戦闘機だったとしても
「近代的な単葉引き込み脚の高速重視の戦闘機」の先輩としてはI-16が存在しますよね
ジービーレーサーに似た寸詰りの胴体を採用してまでとにかく高速を追求し
スペインでもノモンハンでも高速を武器に戦った戦闘機が高速一撃離脱を重視してないとは到底思えないのですが
I-16は「世界で初めて一撃離脱戦法を前提に開発された戦闘機」ではないのでしょうか?
カタカナ提督

  1. その様に開発されたのでは無く、
    実戦によりひとつの有効な手段だったと言う事だそうです。

    Bf109 にかぎらず、先に発見し有利な位置にあったら
    一撃離脱を行っていたそうです。

    あとずけの話になるのだと思います。
    百九


  2. 1930年代前半、単葉引込脚の高速機は戦闘機以外の機種から実用化されていきましたが、戦闘機は大きなGに対応させる必要からなかなか複葉から脱却できませんでした。
    そのため複葉のままの戦闘機が単葉化した爆撃機より遅くなり、果ては旅客機や郵便機より遅いという状況で、戦闘機無用論まで出るに至りました。
    戦略爆撃が各国で脅威とされていた時代でもあり、新しい戦闘機はどうしても高速が必要でした。
    高速を追求したのは一にも二にも爆撃機迎撃のためです。
    超音速


  3. 実は従来機と比べての高速機って、割と旋回戦闘もこなせちゃうんですよ…特に縦方向。
    隼もノモンハンの戦訓から岩橋大尉によって縦方向旋回で九七式戦に勝てる、これに近い関係が、それまでの複葉機とイ16との間にも言えるでしょう。
    翼面荷重が劣るならコーナー速度で追い詰めればいい、という理屈ですな。
    と言うわけで、実は世間一般に言われる「一撃離脱仕様」だのは、実は必ずしも意図してやった訳ではないと思われます。
    Me109同様に、イ16もまず敵機に空中戦で勝利する、それが転じて一撃離脱にも好結果をもたらしたのでしょう。
    パンジャンドラム


  4. ちなみに、I-16は対戦闘機戦に不安があったため複葉のI-15とコンビで開発されました。
    実際スペイン内戦もノモンハンもコンビで戦いました。
    制空戦闘では互いに補い合う形で戦うことが前提となっているのです。
    超音速


  5. 零戦も2000年までその開発目的が知られておらず、あれこれとみんなが勝手に想像していましたが、Bf109は開発経緯を示す決定的な文書資料が未発見であるために同じような状況が今も続いています。
    世界で初めて、も何も、そもそも「〜と推定されるものの、詳しくはわからない」のが現在における唯一の正解です。
    BUN


  6.  ネット情報ですが、

    1933年3月下旬、RLMは LA1432 / 33 で、

    1. 速度
    2. 上昇率
    3. 運動性(100kg / m2 以下である事)
    を要求しています。

    (以下機械翻訳ですが)
    戦闘機は最高速度が必要でした400km/ h(250mph)で6,000m(19,690ft)で20分間維持し、全飛行時間は90分である。 6,000メートルの臨界高度は17分以内で達成され、戦闘機は9,000メートルの運用上の天井を持つことになった。

    昼間の操作に適した設計。
    500発の弾薬と100発の弾薬を搭載した自動銃2個。
    空対地通信のためのラジオ。
    高高度飛行のための酸素システムとコックピット加熱。
    パラシュートと必要な休憩。
    17分で19,500 フィートでなければなりません。 この高度では、250 マイルの速度で20分間飛行できるはずです。
    少なくとも1時間の合計飛行時間表が必要です。
    最大高度は33,000フィートになります。
    あなたはターンで高度を失ってはいけません。
    ウイルスから簡単に取り外せるようにする必要があります。
    それは平均的なドイツの軍事軌道(430m X 430m)から降りることができなければなりません。
    9つのフライトのグループが着陸できます。
    列車で輸送可能でなければならないため、鉄道輸送システムに適したサイズでなければなりません。

    (この中で武装については)

    3×機銃 各千発 又は、
    2×機銃 各千発 + 20mm機関砲 百発
    が有力です。

    百九


  7. ありがとうございました
    Bf109もI-16も高速爆撃機に追い付く高速(と上昇力)を何よりも第一義として開発されたシンプルな思想の迎撃機であり
    対戦闘機戦で一撃離脱戦法を得意としたのはいわば余技に過ぎないということですか

    それにしてもBUNさんの確たる史料が出ていないという言が本当なら
    「世界で初めて一撃離脱戦法を前提にした」という逸話はいったいどこから捻り出されてきたのでしょうか…
    Bf109の記事には端的にしか書かれていないものの同じWikipediaの「一撃離脱戦法」の記事では具体的に
    >1934年、ドイツでは、ウィリー・メッサーシュミット博士の「戦闘機は速度、上昇力、急降下性能に優れていれば相手を攻撃することもいったん不利となれば振り切って逃げることもできる」という考えが反映され、無駄のない小型機に最高のエンジンを搭載するという設計思想で作られたBf 109(Me 109)によって一撃離脱戦法の思想がドイツ空軍にていち早く取り入れられていた。
    と踏み込んだ記述がされています
    仮に彼が本当にこのような発言をしていたとして
    それは対戦闘機戦において一撃離脱戦法を重視するということを意味しているのでしょうか?
    また上記の最初の質問文の通りこのような考えはI-16にも当て嵌まっており
    やはりBf109が世界初であると結論してしまっているWikipediaの記述は疑わしく思えます
    I-16どころかそもそも第一次世界大戦の空戦の頃から水平速度・急降下速度による自由な捕捉・離脱の利は発見されているはずですし
    カタカナ提督


  8. そもそもWikipediaの「一撃離脱戦法」の項に対応する各国語のページには、空戦の戦法としての記述がありません。日本語の「一撃離脱戦法」のページは独特な発展をしてしまっているのではないでしょうか?


  9. ウィキ先生は、鵜呑みにするのは良くないと思います。
    でも良い所もあって、Bf109 の下のほうを見ますと、
    (現存する機体)を見ますと、全て Bf に成っています。
    これは、Bf が公式である小さな証拠だと言えます。

    宣伝誌(アドラー)で、Me を広めたので、
    ドイツから見て外国の人は、Me109 が正式と思わされたのですね。
    RLM では一貫して Bf109 だったそうです。
    百九


  10. それはまた別の問題でしょうね。


  11. 誰かのって来ないかと、
    脱線しました、ご容赦下さい。
    百九


  12. Bf109が一撃離脱機だと言う印象が付いてしまったのはやっぱりハルトマンを初めとするエースのせいじゃないかなぁ…
    リーン


  13. 別にWikipediaを鵜呑みにしているわけではないですし今回も最初から疑ってかかっていました
    どうも怪しいぞという解答を頂けたうえで
    >世界で初めて一撃離脱戦法を前提に開発されたとされ
    >1934年、ドイツでは、ウィリー・メッサーシュミット博士の「戦闘機は速度、上昇力、急降下性能に優れていれば相手を攻撃することもいったん不利となれば振り切って逃げることもできる」という考えが反映され、無駄のない小型機に最高のエンジンを搭載するという設計思想で作られたBf 109(Me 109)によって一撃離脱戦法の思想がドイツ空軍にていち早く取り入れられていた。
    のような「怪しい伝説」がいつどこから発生したのかが気にかかるんですよね
    英語圏や独語圏では広まっていない日本ローカルな逸話なのか否かも含めて
    カタカナ提督


  14. >12
    ハルトマンは1940年入隊で1942年発撃墜とかだそうです。


    暇人


  15. >13
    (9.)は誤解を招く書き方だったです、ごめんなさい。

    (The Battle of Britain 1940 Hurricane 501)
    https://www.hurricane501.co.uk/history/sir-winston-churchill-raf-battle-of-britain-1940-hurricane-spitfire/

    ここの上から8番目の写真では、
    コントレールが綺麗な円になっています。
    百九


  16. >>13
    経歴表示で確認すると何度か大幅に書き換えられており、昔の版のほうが断定的に書いてあります
    出典ですが、文章の途中に[6]と言う風にリンクがありポンターをそこに持って行くと出典名が現れます(もしくはページの最後のほうに記載されています)
    ・過去の版(〜2013/5)の出典は【太平洋戦争研究会『武器・兵器でわかる太平洋戦争』日本文芸社〈学校で教えない教科書〉、2005年、130‐131頁】
    ・今の版(2013/5〜)の出典は【ブレインナビ『第二次世界大戦の「軍用機」がよくわかる本』PHP文庫16頁】
    とあります
    残念ですが、私はそれらの本を所有していませんので答えが書けません
    まやん



1396 97艦攻の魚雷搭載方法についての質問です。
プラモを作ったところ、魚雷の位置が機首から尾翼にかけての中心軸ではなく、やや右主翼よりとなっていました。
実際の搭載の仕方も、そのような形だったのでしょうか?
そして、もしそうであるのなら、どのような理由からそうなったのでしょうか?
天下のハセガワ製なので、プラモメーカーのチョンボ、という線は考えにくいのです。。。
駆逐艦ユキカベ

  1.  https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1293246737
     いろいろな説があるようですね。
     
    hush


  2. 実物も明らかに片方に寄ってましたから、それで大丈夫です。
    写真等を見ても右に寄ってます(魚雷積んで下から見た写真も昔の丸メカにありました)。
    機内から下を見る窓が床にありまして、この窓が左側、爆弾と魚雷は右側にオフセットして
    干渉しないようにしているのです。
    この窓は爆撃照準用の他に、写真撮ったり航法の偏流測定をしたり色々使いますから、視界を塞がれると困る類のものなんです。
    みがも


  3. >hush様、みがも様
    そう言えば今回、私は設計図に従って、機体下部の中央付近に窓ガラスを取り付けていました。
    なるほど、あれが答えだったのか。。。
    疑問が解消されました。
    ありがとうございます。

    駆逐艦ユキカベ



1395 慣性起動装置によるエンジン始動についての素朴な疑問です。
イナーシャの回転数が充分に上がったところで「コンタクト」と大声で言いながらクラッチを繋ぐ、と言うような趣旨の記述をしばしば目にします。単機の場合なら理解できるのですが、空母上などで多数の機体が同時にエンジンを始動する際の排気音は相当なもので、声による伝達は難しいと思われ、以下のような疑問が出ました。
@イナーシャの回転数が充分に上がったことを、整備員は操縦者にどのように伝達したのでしょうか。
A操縦者は整備員に「コンタクト」することを、どのように伝達したのでしょうか。
私の思い込みや勘違いがありましたら、御容赦下さい。
1215

  1.  イナーシャを使うというところを見ると、旧日本軍のケースだろうと思うのですが、だとすれば、エンジンを始動して暖機運転が終わった時点で搭乗員が乗り組むはずですので、一斉始動の必要性はないように思いますが。
     それでも、他のエンジンが回っている中で、始動させるのなら、音声よりも、多分、すでに想定されていると思いますが、身振りのほうがよろしいかとは思います。
     菅見の限りでは、「目の前で両腕を交差させ、一気に広げ」るのが、回転が上がってきたということのようです。
     もっとも、これが陸のことなのか、海のことなのかも存じませんが。
     
    hush


  2. >1 言葉が足りないのと、誤解しやすい記述がありました。
    旧日本軍の単発機のケースです。
    整備員がイナーシャとクラッチを操作し、操縦者は操縦席で電気(点火)関係のスイッチを操作する、と理解しているのですが・・・。
    1215


  3.  陸軍は分かりませんが、旧日本海軍では整備兵が暖機運転を行ってから、操縦士に引渡していたようです。
     http://www.warbirds.jp/senri/10kaiko/08fugioka/siragiku.html
     https://iwasashougo.com/zero/blg20111107.html
     また、映画「ハワイ・マレー沖海戦」 https://www.youtube.com/watch?v=8n5IMg5SGvI での発艦シーンでは、搭乗員が一斉に乗り組みますが、その時、すでにプロペラは回っております。
     映画ですので、事実と反する部分はあろうかと思いますが、記録映像を使っていると思いますので、そこのところは大丈夫かと思っています。
     http://soranokakera.lekumo.biz/tesr/2012/08/post-36ca.html
     上記の回想では、敷島隊の5機の始動を整備兵が一人で行っているようです。
     素人ですので、間違いもあろうかと思いますが、実際に整備を行っていた人の回想から、そのように判断しました。
     
    hush


  4. こんなのが有りましたね。

    http://www001.upp.so-net.ne.jp/Strumgeschutz-3/senseki0.htm
    暇人


  5. 自機の発動機は回っていませんし、パイロットも整備兵?も御互いに始動出来るタイミングは経過した時間で有ったり、音の変化で分るのでは無いでしょうか。

    https://www.youtube.com/watch?v=mJE51s-NONc
    暇人


  6. >4
     御教示多謝。
     ただ、栄発動機は、暖機に20分間程度はかかるようです。その後、弾薬補充や点検等を行って、飛行甲板に並べて再始動、搭乗員が乗り組むのはその20分後か30分後だそうです。
     戦争末期には潤滑油の不良により、暖機に2時間もかかったという記述もあります。
     これが事実なら、始動だけのために搭乗員が一々乗り組むというのは、無駄な話だと思うのです。ブリーフィングから状況はどんどんと変わるし、日本の無線機の性能を考えると、発進直前に搭乗するというほうが自然です。そんな、発進の数十分から1時間も前から乗せておくというほうが不可解です。
     現代の航空機は暖機など必要ありませんので、乗り組んですぐに発進できます。したがって、操縦士が始動を行うのは当たり前ですが、当時の状況では、整備兵にさせるほうが有利だったのではないかと思っております。
     
    hush


  7. >6
    言われてみるとその通りですね。暖気は必要かと。
    戦記で読んだのが頭に浮かびました。

    自軍の飛行場近辺に敵爆撃機が進行してきて、ピストから「廻せ!」と叫びながら愛機に向かって走り離陸して行く場面です。
    暇人


  8. 質問者です。
    声が届かなければ、手や身振りで合図を送る。考えてみれば当然の事でした。恥ずかしい限りです。
    皆様、ありがとう御座います。
    1215



1394 度々お世話になっております。空母の発着甲板で機体が待機する位置について、ちょっと疑問に思ったので教えていただければ嬉しいです。

発艦時は甲板の中心線上を走っていくとすると、中央列以外の機体は走り始めにまず中心線まで合わせる手間があると思うのですが、直掩で戦闘機を2〜3機待機させておくだけなら、最初から中心線一列に並べておけば余計な手間が無いかな…などと思ったのです。しかし、実際にそういう例を見た事がありません。模型の作例なんかは、主に大量の攻撃隊が互い違いに並んでいることが多いですし(私も自分で作るならそっちにしてしまいますし…)

みがも

  1. (途中送信してしまいました)
    少数機ならば一列に並べる、というような事は実際あったのでしょうか?
    みがも


  2. >一列
    見た様な気もしますが、確認すると無さそうでした。

    >一手間
    発艦時の映像やら画像やら有るかと思います。

    九七式艦攻の映像では、飛行甲板中央の白線と舷側の白線の間を滑走し、離艦時はやや中央寄りに離艦しているのが確認出来ます。

    他には零戦の発艦画像では、離艦するまで中央の白線と舷側の白線の間を滑走しているのが確認出来ます。

    一手間という程の物は無かったかと推察出来ます。
    暇人


  3. 発艦が安全で楽だからです。
    縦列で配列すると1番機と3番機は20mの差が出ますが、山型配列なら数mです。
    発艦時の母艦は高速で航行していますから飛行甲板の中心に出るのに手間はかかりません。
    BUN


  4. 縦列で駐機した場合、後の機体程搭乗員や整備兵の歩行距離が伸びるかと思います。編隊行動をするにあたり、これは後ろの機体の負担は大きかったのでは無いでしょうか。
    暇人


  5. 直援を担当できる母艦搭乗員なら、中心線からずれていようがいまいが前方に十分は滑走距離が有りますので、関係ないはなしだと思います。

    試運転時のプロペラ後流を避けるには中心線一列でない方が良いと思います。
    係留索の位置とかの関係はどうなのでしょうか。空母の定められた位置があるのでしょうか。
    車輪止めだけで、係留位置は自由に設定できたのでしょうか。

    空母の運用規定が有るのではとおもいますが。。。
    資料をご存知の方に、お教えねがいたいですね。
    ちょん太


  6. 4 歩行距離が延びるとは?
     また編隊は上空で旋回しながら組みます。

    5 飛行機の配列は航本の研究を基礎とした配列法があります。
    BUN


  7. 回答ありがとうございます。
    ちょっとくらい中心からズレてもそんなに問題無いんですね。神経質に考えすぎていたようです。
    それに、真っすぐ並べたら確かにプロペラ後流とかは気になりますね…
    それで前後をある程度離して長い一列にするくらいなら、普通に山型に並べるのが確かに一番いいですよね。

    みがも


  8. >6
    縦長の駐機だとスクランブルの様な状態な時に、ピストやら搭乗員待機所からの歩行距離を想像しました。
    暇人



1393 お世話になっております。ひさびさの質問です。
日本陸軍航空隊はなんでロケット弾を使用しなかったんでしょうか?
海軍はロケット弾を何種類か使ったようですが、陸軍は地上兵器としては使ったのに航空用はありませんよね。
海軍や米軍が使ってるのを見て自分らも使おうと思わなかったんでしょうか?

酔来亭天福

  1. 陸軍にも一応航空用ロケット弾はあったりします
    ロ3弾、ロ5弾、ロ7弾がそれですかね
    対空用のロ3弾は1943年の10月頃から一式戦で試験されてて、ロ3弾を運用できるように40機から50機ほどの一式戦が改造されました
    しかしながら弾速が秒速200m/sと遅いために当てにくいという評価が下されて審査は通ったものの大量生産には至りませんでした
    ロ5弾も同じく対空用で1944年に入って開発されてましたがやはりものにはなってません
    ロ7弾は対艦用の300kg近い重量のロケット弾ですがロ5弾同様終戦までに間に合いませんでした
    陸軍はこの他にも何種類かロケット弾を研究してたそうですがどれもロ3弾シリーズほどは進んでいませんでした
    陸軍はロケット弾を積極的に使わなかったのではなく間に合わなかっただけではないかと個人的には思うんですね
    リーン


  2. まず、航空機用ロケット弾は一発当たりの炸薬の量が少なく無いでしょうか。
    おまけに低速で命中率も悪い。
    海軍の物も米軍の物に比べればかなり低速です。陸軍の物も同様。
    こりゃ、使い物にならんと判断されたので無いかと個人的には思います。
    暇人


  3. ありがとうございました。
    試作品があったのは初めて知りました。
    酔来亭天福


  4. 陸軍のロケット砲としては、ホ-301があります。
    二式単戦、二式複戦に搭載され、B-29邀撃戦に使われています。
    佐々木



1392 日本軍の夜間戦闘機についての質問です
日本軍は陸海軍ともにB-29の夜間迎撃のために斜銃を搭載しての夜間戦闘機を運用していましたが
このうち月光以外の既存の複座機から改修された機体、つまり彗星、彩雲、百式司偵、屠龍などの機体は斜銃を追加しての夜間戦闘機として運用されたものは一人で運用していたのでしょうか?
それとも後部機銃手も乗り込んで運用していたのでしょうか?
彗星や一部の屠龍は後部機銃を外してその部分の斜銃を搭載しているけど索敵などの面で複数人居た方が索敵的な意味で有利に思えますが実際はどうしていたのでしょうか?
リーン

  1. また、実際に運用されたかはともかく、夜戦改造された彗星と銀河は元の爆弾運用能力を保持したままでしょうか?

    リーン


  2. 後席は残され、搭乗員も1ペア、2人です。爆弾倉もそのまま残されています。

    BUN


  3. お答えいただきありがとうございます
    2人1ペアで運用したそうですが、元々3座の銀河も2人だったのでしょうか?
    彩雲は真ん中の座席にスペースがなくなってるのでどう頑張っても3人乗りは無理そうですけど…
    リーン


  4. 彩雲夜戦は2人ペアですけど、銀河夜戦/極光は3人ペアです。
    爆弾搭載能力が残されたのは、陸海軍ともにタ弾/3号爆弾による迎撃を多用するつもりだったからです。
    百式司偵にはそのために爆弾架が新設されています。
    超音速


  5. あー、なるほど…なんで爆弾槽とか残してたのかと思ったら3号爆弾がありましたか…
    すごく納得でした
    そういえばいくつかの本だと彗星12型戊の武装が20mm斜銃4門ってなってましたけどあれはなにと混同したんでしょう…?
    試作機でも30mm(2式?)1門だったはずですけど…
    リーン


  6. 三〇二空の双発夜戦隊は艦船攻撃任務があり超低高度爆撃訓練(おそらく反跳爆撃)を実施していましたから、月光の後継機として配備された銀河も同じように艦船攻撃にも用いられる予定で三人ペアなのですが、機数が揃わないことと温存策が採られたことから実際の出撃は行われていません。
    夜戦の爆装は三号爆弾の使用が全てではないのです。
    BUN


  7. 対艦用途もある程度想定していたんですね…
    排気タービン搭載型の彗星が1機しか作られなかったのもそういったことなんだろうか…?
    いやあれは性能か…
    リーン


  8. 302空の月光、銀河でしたら、積極策に転じた昭和20年8月13日に房総半島沖の38機動部隊攻撃で投弾を報じていますから、実例も有りということになるかと。
    若狭玄


  9. ああ、ごめんなさい。
    とにかく三号爆弾の為に人が乗っている訳ではないのです。
    BUN



1391  太平洋戦争中、日米とも航空機の輸送は主として船舶でなされたと聞きます。
素人考えだと飛行機なんだからそのまま飛行して空港に着陸したほうが輸送は合理的ではと思ってしまいます。
 そうならない理由を教えてください。
さんしきだん

  1. そのまま飛行して移動することを空輸といいます。輸送先が近い場合は空輸のほうがいいのですが、ラバウルや蘭印方面など遠隔地の場合は船便のほうが適しています。
    空輸の問題点はまずパイロットの負担で、出発地まで部隊のパイロットが取りに行くか、空輸専門パイロットが運ぶ場合も帰りの足が必要なのです。
    次に飛行機の消耗です。当時の飛行機は耐用限度とされた飛行時間が短く、零戦ですと空母搭載機で100時間、基地航空隊で150時間までと決められていました。空輸するために十何時間も飛行すると前線で使用できる時間がそのぶん減ってしまいます。
    船便ですと耐用限度を過ぎた機体を帰りの便に乗せていけます。これを環納といいます。
    船便での輸送は輸送船に積載するときは分解梱包するので、当然現地で組み立てる手間がかかるのがデメリットですね。
    航空機輸送は空母を使うのが一番合理的で、完成状態で積載できて現地近くで発艦して飛行場に着陸すれば輸送完了です。陸軍の戦闘機でも輸送できます。
    米軍は護衛空母を大量に建造したので航空機輸送に積極的に活用しました。陸軍機にもカタパルトフックを取り付けて空母から発艦していたのです。

    以上は戦闘機の場合でして大型機になると空輸のほうが適してきます。長距離航法も確実ですし、耐用時間も千時間単位です。
    超音速


  2.  最大の理由はコストです。

     まず、飛行機だけ移動しても移動先で飛行機は使えません。移動先で飛行機を使うためには様々な部品や機材や燃料等消耗品が必要です。整備士等の人員も必要です。飛行機を移動させ、なおかつ移動先で飛行機を運用するためには飛行機だけでなくそれら一切合財を運ぶ必要があるのですが、飛行機でそれらを運ぼうとすると何往復もしなければなりません。その手間と費用が馬鹿にならないのです。

     有名な実例としては米軍の第40爆撃群による「ハンプ・ミッション」(B−29を中国に展開させるために行われたインドからヒマラヤを越える輸送作戦)があります。
    おうる


  3. 陸地伝い・島伝いで行ける南西方面は、どんどん飛行して輸送しています。

    南東方面は輸送距離が大きく、間の海面が大きいから船を使うわけです。


  4. B-29なんか、
    シアトル→北米東海岸→アイスランド→英国→北アフリカ→中東→インド→成都
    と、空輸してますしね。

    結局、航続力と航法能力の問題というに尽きます。


  5. >2

    「ハンプ」は1942年から行われた援蒋ルートの空路輸送のことです。
    B-29のために始めたものではありません。
    アッサム地方から中国奥地までの山越えルートが「ハンプ」と呼ばれたのです。
    ビルマが日本軍の手に落ちる前にはミートキーナから空路での輸送が行われていましたが、これは「ハンプ」とは言いません。
    BUN


  6. それから、太平洋戦争中の飛行機輸送は主に空輸で行われています。
    内地 サイパン トラック ラバウル
    内地 朝鮮 大陸
    内地 台湾 ルソン 仏印 シンガポールといった空輸ルートにどんどん飛行機が流れています。

    これらを補助したのが空母や輸送船による輸送です。

    例えばラバウルの空襲が激化すると船舶輸送はトラックで下してそこから空輸といったパターンもあります。
    BUN


  7. 旧陸軍機に関して言えば、航続距離が短いこと、洋上航法能力の欠如を挙げられます。出典:PHP文庫 奥宮正武著「真実の太平洋戦争」のP275〜288。なお、これがまたマリアナの戦い等で陸軍機がいなかった大きな理由です。
    UK


  8. 陸軍機も、南東方面へは空母を使って運ぶことが行われ、トラックからは洋上空輸も行われています。


  9. >6
    それは出典からして不適当で間違っています。

    陸軍機こそ開戦時から主に空輸で機材を前送しています。
    上に書いたフェリールートはサイパン経由を除き、陸軍機もほぼ同様です。
    航法は目標の有無、誘導機の有無で条件は大きく変わります。

    BUN


  10. >7
    そもそも68戦隊と78戦隊はどうやってニューギニアに進出したのでしょうか・・・
    P-kun



1390 的外れな質問になってしまったらすいません。
太平洋戦争中、横須賀近辺で作られていた空冷星形複列14気筒エンジンてなにかありかますか?
バツ

  1. 「ありますか?」に訂正。
    バツ


  2. 最近観た映画に出てきまして、出てきた施設は空技厰だったのかもしれませんが知識がない上に、一瞬だったものでよく判らないのです。
    バツ


  3. 横須賀航空隊にほど近い石川島航空工業では零戦用の栄発動機を大量生産中です。
    BUN


  4.  ありがとうございます。疑問が解決しました。
    バツ



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管理者 F4U : Ans.Q v1.40 [Shigeto Nakazawa]