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航空機関係
Ans.Q

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*ここは新規質問投稿欄です。質問への回答ではありません。
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1444 こんにちは。今日質問したいことですが、日本海軍の流星艦上攻撃機の着陸速度について教えていただけないでしょうか?計画では120km/h程度だそうですけど、実際の着陸速度については調べても出てこなくて少し悩んでいます。知ってる方がいらっしゃいましたら是非ご教授を願いたいです
日本海軍趣味者

  1. 空技廠作成の性能要目表に69,5ノットという数値が残っています。これは試作機での計測値です。
    BUN



1443 V字尾翼の件についてお尋ねします。
二式単戦や雷電は、離着陸時に迎え角を取る時不安定に成るのが事故の原因だろうと思います。
V字尾翼にした場合には改善可能でしょうか?

青江

  1. www.warbirds.jp/ansq/1/A2000452.html
    「V字尾翼」だけでなく「V尾翼」でも検索を。
    にも。


  2. 素人ですが、それ以前の問題が取り沙汰されていませんか?

    大きい発動機が前に有る為に前方視界が悪い。
    大迎角時は、それ以前に失速の方が問題だったのでは?

    陸海軍の研究会で、海軍で殺人機と呼ばれたり未亡人製造機と呼ばれた雷電に乗った陸軍側の感想が面白かったです。

    「二式戦より離着陸がし易い。」

    暇人


  3. この様な質問は、何故V字尾翼にすれば改善可能と思ったのかを、あるいは質問内容の根拠を、先に説明すべきでしょう。
    UK


  4. 主翼の高翼面荷重に由来する着陸速度や失速速度の速さや、前方視界などの要素が問題だと思うので、これらは、尾翼をどうこうしたところで解決されないと思います。
    みいつ


  5. ジェット機では大迎角時に主翼の陰にならないよう、外に傾けた垂直尾翼を持ったものはありますが・・・
    まさかとは思いますが、それだけが根拠ではないですよね?
    翼型による翼根失速傾向の方がよほど重要だと思いますが
    通り



1442 ラバウルに合った海軍航空技術廠についてお尋ねします。

内地にある空技廠では新型機の実験などの他、
実用機の設計や生産までやっていたことは存じておりますが、
ラバウル空技廠は

1) どういう目的で作られたのでしょうか?
2) 実際にはどんなことが行われていたのでしょうか?


前線に近いところに作るのですから、目的、実際の運用共に
損傷機体の修理や鹵獲敵機の研究がメインではないかと思っておりますが。

質問に先立ち、

「ラバウル 空技廠」
「108空技廠]

などの検索ワードでググってみましたが、
それらしい答えにたどり着けませんでした。
よろしくお願いします。
Jack(激務)

  1. ラバウルにあったのは「〜空技廠」ではなく、「一〇八航空廠」です。
    航空廠とは、海軍がその中に持っている航空関係の工場・デポであり、内地の第一航空廠のように飛行機の製造も行うものもありますが、一〇〇番台のものは戦地に設けられたいわば前線航空廠ですので、デポと修理の拠点としての位置付けになります。
    デポとしては、内地から送られてきた機材をここで引き取って、各実施部隊に供給したり、あるいは実施部隊で使い終えた機材の還納先になります。

    鹵獲敵機の研究などは本来の任務ではありません。


  2. 片様

    回答ありがとうございます。

    ああ恥ずかしい勘違い。空技廠ではなかったのですね。
    (やはり「海」の人が他分野に手を出すと良くないですねぇ・・・)
    Jack(激務)



1441 97艦攻や天山は800kg爆弾を積めるのに、250kg爆弾を搭載するときは2発しか積まないようです。

ペイロード的には250kg爆弾を3発積めるはずなのに、どうして2発しか積まない仕様にしたのでしょうか。あえてそのような仕様にしたのには理由があると思うのですが。

初心者

  1. 最大の理由は飛行性能への影響です。
    見た目上は主翼下などに爆弾架を設けるなどで搭載数を増やせそうに見えます。
    重さは同じでも大型爆弾1発と中型爆弾複数では空気抵抗がずっと大きくなる。また、爆弾架を増やすには強度の確保が必要で、従って重くなる。重心から離れた位置ほどその傾向が強くなる。これによる性能への影響が当時の単発機ではかなり大きくなります。
    25番3発が必要な出撃はそれほど多くないため、その時は機数を増やせばよい。そもそも空母の爆弾庫の容量も限られている。
    性能低下がないよう要求仕様を決められたわけです。

    陸攻はもっと多様な搭載ができるようになってまして、九六陸攻は25番×2+6番×8発という搭載が可能です。
    超音速


  2. 25番2発に対戦爆弾3発積んだとかの情報も見ます。

    ハードポイントの強度と長さの関係でしょう。
    プロペラ後流の影響から機体右側にハードポイントを着けた結果かと。
    左側にもハードポイントが有れば、爆弾に限ってはいけたかと。

    某知恵袋で興味深い意見が有ります。
    検索して、是非とも御覧有れ。

    そこでは、これで良しとしたからこうなった的な結果でした。
    暇人


  3. 結局の所、機体、主翼の強度面で「積まない」というより「積めない」
    という事だと思います。
     
    私もミリタリーに興味をもった小学生の頃から気になってた事でして、
    「800kg1発に対して500kg1発、250kg2発、60kg6発・・なら絶対
    800kg1発積む方が得だよな。」などと、強度、飛行性能完全無視で
    そう思ってた頃がありました。
    (そんな中、一式陸攻の「250kg×4」というのが凄く魅力的に見えた)
     
    また、爆弾の長さの関係も「積めない」といえると思います。
    ざっと調べても60kgが1.1m、250kgが1.8m、500kgが2mちょい、800kgが
    2.3〜2.8mほどでして、重さの差ほど「短くない」のが分かります。
    そう考えると、主翼下や根元、機体後部に250kgを付けられない限りは
    「機体の三座の下部」に2発、というのが限界なんでしょうね。
    ジョナサン2



1440 日本が輸入したMe109E-7(Bf109E-7)について、いくつか質問があります。

@
輸入した機体数なのですが、私が知っている説は3つあり、どれが正しいのでしょうか?

1.日本陸軍が2機輸入
2.日本陸軍が3機輸入
3.日本陸軍が2機、海軍が1機輸入(海軍個体は濃緑色に塗られた?横須賀に送られヨ-805かヨ-807のマーキング?)

恐らくは1が正しいかと思っているのですが、3機輸入説というのも聞く機会があり、どちらが正しいのかな?と思っています。
私の認識では当初はMe109E-3を10機輸入予定だったものの、その10機は実戦部隊に回されてしまったので、E-7を2機輸入した。
という流れかと思っているのですがいかがでしょうか?



A
上記の情報を調べていたところ、海外サイトでW.Nr.に関する情報がありました。
参考:https://www.asisbiz.com/il2/Bf-109E/JAAF.html

こちらのサイトの側面図の画像にW.Nr.6524とあります。
プロファイルソースはFlugzeug Classic 2012-05号とのことですが、残念ながらドイツ語のため内容を読み解けません。
輸入機体のW.Nr.に関して、なにか情報をお持ちの方はいらっしゃいますか?

ちなみにW.Nr.と工場≒塗装パターンを照らし合わせようとしたのですが、ネット上にある情報ではW.Nr.6523までの情報しか無く、この機体のW.Nr.の真偽・塗装パターンを特定するには至れませんでした。


B
Aで参考として貼り付けたサイトに、陸軍が輸入した1号機の写真がいくつかあります。
この内、斜め後ろからのアングルの写真を見ると、フラップのリブ部分のみが暗色になっています。
リブのみが明るく映っているのであれば反射かな?とも思うのですが、暗く映るのは不可解です。

1.RLM65/71/02(あるいはRLM74/75/76)の三色迷彩で、垂直尾翼や胴体上面を見るとかなりキッチリと磨かれた機体?

2.主翼上面の塗装パターンは一般的なスプリンター迷彩ではないように見え、Josef `Pips` PrillerのMe109E-3(W.Nr.5057)のように、RLM02/65などの明色で上塗りがされている?

上記の1と2が正しい場合、リブの色は上塗りされたRLM02/65が塗装後の研磨段階で磨かれすぎて、リブ部分のみが下地色を露出させたのかな?と思ったのですが、皆様のお考えはいかがでしょう?


いろいろと情報がとっちらかっておりますが、ご興味のある方、情報をお持ちの方、宜しくおねがいします。
Shusui


  1. google 翻訳です。

    メッサーシュミットBf 109 E-7 JAAF白1日本の評価航空機1941

    プロフィール00:Bf109E-7、日本、1941年5人のBf109が評価のために日本に送られた。 日本にいる間、彼らは標準的な日本のヒノマルスと黄色い翼の前縁、そして舵に白い数字を受け取りました。 白で輪郭を描かれた赤い帯は後部胴体のまわりにあります。 日本でのBf109の研究は、手ごわいKi-61 Heinのデザインにつながりました。 飛行機の色は標準的なRLM 74/75/76スキームであるように見えます。おそらくRLM 74とRLM 75、さらにRLM 02の両方を含む中程度の斑点が胴体側面にあります。 後で標準のIJAAFカラーで再描画されました。

    暇人



  2. Aの url では、風防の枠組から E-4 以降になりますね。

    @
    https://web.ipmsusa3.org/content/bf-109e-7-fw-190a-5-japanese-army-service
    https://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=en&u=https://web.ipmsusa3.org/content/bf-109e-7-fw-190a-5-japanese-army-service

    英ウイキの(Service with Japan)では、
    https://en.wikipedia.org/wiki/Messerschmitt_Bf_109_operational_history
    https://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=en&u=https://en.wikipedia.org/wiki/Messerschmitt_Bf_109_operational_history

    世傑には(3機輸入した、他に5機の資料もある)とありました。

    B
    推測するのも難しいですが、興味深い画像です。
    この状態になるのは、金属でしょうか、布でしょうか。
    https://me109.info/display.php?from=site&lang=de&auth=e&name=version_display&fotonummer=13183

    ウイキも asisbiz の元ネタは下らしいです。
    http://www.j-aircraft.com/captured/testedby/me109/me109.htm
    https://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=en&u=http://www.j-aircraft.com/captured/testedby/me109/me109.htm
    (J-aircraft.com Captured Aircraft Special Section)
    http://www.j-aircraft.com/captured/index.htm

    過去ログ
    http://www.warbirds.jp/ansq/11/A2001956.html




    百九


  3. 日本に運ばれたのはE-7 2機です。
    これは陸軍航技研の記録があるので確実です。
    ただ、残された写真で気をつけなければならないのは翼前縁の識別帯と胴体日の丸がある点です。
    これは機体が組み立てられ模擬空戦に参加した15年夏には考えられないものです。
    写真はそれよりもずっと後、陸海軍中央協定が定められた17年秋以降に撮影されたものであることも確実です。塗装問題はそこから考えねばならないのです。
    BUN


  4. wikiのシュテーアの部分に、ヒトラーに2機のBF-109を日本に運べと命令されたと有りますね。

    アジ歴にバラしたBF-109の画像が有ります。
    暇人


  5. 皆様、返信が遅くなり申し訳ありません。
    レスを確認はしていたのですが、情報を吟味するまで御返事ができずにいました。

    >>暇人さん
    2回ものレスをありがとうございます。
    アジ歴の情報、大変助かります。
    恐らくこちらの文書でしょうか?
    https://www.jacar.archives.go.jp/aj/meta/MetSearch.cgi
    初見でしたので大変興味深いです。
    惜しむべくはグレースケールではなく完全な白黒なので、ディティールがよくわからない点ですが、非常に貴重な資料ですね。

    PDFの6Pめに「其の塗装の状況は、外板の外面は青緑色に*合せ*或る部分は凝く、或る部分は薄く塗って迷彩を施してある」との記述を見つけました。
    こちらは色合いとしては黄色みが強いRLM71や彩度の低いRLM74/75よりも、RLM70に近い色合いのように思われます。

    その後に続く「外板の内面は全部薄い緑色一色に塗りつぶしてあり」との記述から、RLM02は「薄い緑色」と表現されていることまでが分かります。

    これはかなり大きな手がかり!



    >>百九さん
    ありがとうございます。
    私の知る限りでは輸入した形式はE-7で、これはBUNさんのご意見もあり間違いないかと思います。
    また、E型の動翼は全て羽布張りだったかと思います。
    問題としては羽布張りのリブが黒く映る理由があるのか無いのか、というところで、過去の記憶を辿ると別の写真でもリブが黒い例があったようななかったような…という感覚にあるのでモヤッとしております。
    なにかリブが黒く映っているような例を他にご存知でしょうか?


    >>BUNさん
    ありがとうございます。
    胴体日の丸と識別帯は「軍用機味方識別に関する陸海軍中央協定」が定められたS17年10月以降、という手がかりになるのですね。

    https://www.asisbiz.com/il2/Bf-109E/JAAF/pages/Messerschmitt-Bf-109E3-JAAF-White-1-Japanese-evaluation-aircraft-1941-05.html
    ↑逆にこちらの写真では識別帯が塗られておらず、組み立て〜17年9月頃という事にもなるわけですね。

    この識別帯なしの写真が2機あるうちのどちらなのかは、それぞれの使われ方を知らないので推定できませんが、そこを知ることができれば大きな前進になりそうだと感じています。

    識別帯なしの機体が、識別帯ありと別個体であれば処置なしですが、もし組み立てられたのが1機のみで、もう1機は分解・研究に回されたなどの経緯があるのならば、側面から撮影された有名な集合写真とこの写真では、過給器吸入口付近の塗装パターンが異なって見えることから、再塗装が行われていたと推定できるからです。

    アジ歴にある「独逸陸軍戦闘機メッサーシュミットME109E型胴体前半分ノ材質検査」では塗装がシンナーによって容易に剥離できたともあり、ともすれば再塗装の処置も行われていた可能性は大きいのではないかと思いました。
    (文脈からみれば、普通は内面のみに試したものと思われますが…)
    たま〜に噂で聞く「濃緑色に塗り直された」という話も、そこに結びつく可能性があるのではないか…という妄想も浮かびます。



    アジ歴の情報で知らない手がかりが登場しましたので、引き続き調べながらご情報をお待ちしたいと思います。
    Shusui



  6. ドープ
    https://www.sankyo-chem.com/wpsankyo/1915
    https://en.wikipedia.org/wiki/Aircraft_dope
    https://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=en&u=https://en.wikipedia.org/wiki/Aircraft_dope

    何らかの理由で羽布を張替えてドープを塗った状態の時に撮影されたのでは無いでしょうか。
    この後、本塗装されたのかは判りませんが。

    適切な画像ではないですが。
    https://media.gettyimages.com/photos/bleriot-monoplane-used-by-the-
    british-army-1914-this-aircraft-was-picture-id463904143?s=2048x2048
    https://gizmodo.com/15-early-airplanes-with-more-wings-than-a-bucket-of-fri-5927718

    百九



  7. url ミスをしました。
    https://media.gettyimages.com/photos/bleriot-monoplane-used-by-the-british-army-1914-this-aircraft-was-picture-id463904143?s=2048x2048
    百九


  8. >>百九さん
    ありがとうございます。
    羽布の張替えという考えはなかったので勉強になります。
    手持ちにあるS14年2月の陸軍機の塗装法では下塗りに透明ドープ、上塗りに灰緑色とあり、研ぎ出した際に暗色が露出するか、となると少し疑問が残ります。

    しかし、動翼は基本的に明色であることから、主翼部分には灰緑色やRLM02などを塗ってからポリッシュし、下地が露出した可能性もあるのではないかなと思っています。
    ですが、その場合はなぜ明色で上塗りしたのか?という疑問も発生して疑問は尽きぬばかり…
    Shusui


  9. 文春文庫の「未知の剣(著:渡辺洋二)」内にて、着陸時のBf109E-7は片翼が下がる癖があり、補助翼を破損しては度々補修したとのこと。
    つまり、少なくとも補助翼は羽布を張り直して灰緑色で塗装した可能性が高いようです。
    Shusui



1439 J5N1天雷についての質問です
天雷の武装の20o99式2号銃2門と30o5式機関砲2門ですが、その弾薬数がそれぞれ1門あたり700発という記述をたまに見かけます
ですが弾薬重量から考えると30oだけでも660g×700発×2門=924kgになりますし、20oも加えたら210g×700発×2門+924kg=1.22トンになって飛行性能に深刻な影響を当たる気がするのですが
実際のところ天雷の搭載弾数ってどんなものだったのでしょうか?
合計700発っていうなら納得できるんですけど一部の内部構造図だとパイロット後方に大型の弾倉があるって注釈までついてるんですよねぇ…
リーン

  1. 「精密図面を読む4」に詳しい諸元がありまして、やはり各700発と記載されています。
    重量のデータがあって、
    自重  5450kg
    搭載量 1900kg
    正規全備7350kg
    過荷全備8200kg
    となっていますので、自重に燃油と各搭載品の重量を足してみようと思います。
    潤滑油120Lで104kg
    メタノール250Lで224kg
    燃料は1230Lで960kg。
    そして弾薬1220kg
    これらに自重に含まれないパイロット・無線機・酸素ボンベなどを足すとちょうど過荷全備の重量になると推算します。
    超音速


  2. 過積載かぁ…ということは史実で本当にそんなことやろうとしてたのか
    ひょっとすると天雷が史実でカタログスペックを出せなかったのは弾薬過積載のせいなのでは…
    過積載でこれなら通常状態がどうなるか気になりますねさ

    とはいえほかの双発機の電光やらキ109やらキ83やらよりも弾数がここまで多いのもちょっと異質ですね
    海外を見てもペイロードが多い双発機とはいえここまで弾薬を持たせた機体はない気がするけど一体どういう思想でこうしたんだろ…?
    普通なら弾薬よりも機関砲の数を増やそうとする気が…
    リーン


  3. でもあれ?天雷の過積載って増槽の重量って含まれてますっけ…?
    あまり詳しくないんですけど過積載状態って増槽込みですよね…?
    リーン


  4. 天雷は横空の各種戦闘機兵装概要に30粍1銃100発・20粍1銃200発と記してあるようです。
    柿好


  5. 一体どっちが正しいんです…
    リーン


  6. いや、それはもちろん、「30粍1銃100発、20粍1銃200発」の方ですね。


  7. なんかいろいろ調べたら硫黄島で米軍が鹵獲した日本の資料の翻訳だと天雷が30mm合計200発、20mm99式1号銃合計200発という新説が…
    30mmの方は横空の数値と合致しますけど20mmのこれは一体…
    リーン


  8. URL貼り忘れてました
    https://m.imgur.com/3NrDOd5
    リーン


  9. 設計上と実運用の違いということですかね?

    複座型の後席は弾倉と重なる位置にありますし、斜銃型も機内レイアウトがかなり違うでしょうし弾数も変わったんじゃないかと思います。
    超音速


  10. とするとこの場合は横空のが実用で米軍のが設計上のやつですかね
    大戦末期なのに99式1号銃ってのもなんだか変ですし
    一門あたり100発って言うとドラムマガジンっぽいですし…
    リーン



1438
又(キャンバ、トー)の話ですが、あらたに画像などを見つけましたので。

La-9 の主脚です。
https://www.scalenews.de/wp-content/uploads/2017/09/technische-beschreibung-lavotschkin-la-9-041.jpg

以下の中にあります。
(Lawotschkin La-9 Technische Beschreibung)
https://www.scalenews.de/lawotschkin-la-9-technische-beschreibung/

ここの画像での解説が、私には判り易かったです。
http://driving310.com/tag/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%BC

Bf109 の設計では、
エンジンマウントと主脚取付金具を一体化して軽量化をはかり、
主翼に主脚が収まるようにする事と
そのうえで(キャンバ、トー)が適当になる様に
主脚回転軸を機体中心線と角度がつくようにしたのだと思いますが、
当時(キャンバ、トー)については充分理解されていたのだと考えて良いのでしょうか。

百九

誰か答えて下さい。

1437  1436の質問に関連してなのですが機体内部色は防錆のために塗るのですか?
私も昔は防錆のためと思っていたのですが、自衛隊の航空祭の時に話した空自の人が「考えたことなかったけど違うんじゃない?昔の米軍機なんか外側無塗装の機体たくさんあるし旅客機だって外装無塗装の部分たくさんあるでしょ。もし機体が錆びるような材質ならまず雨風の当たる外側塗らないと。新幹線の見えない内側も飛行機と同じ あなたの言う機体内部色が塗ってあるけど あれってアルミとかカーボンだから防錆塗料必要ないでしょ?」と言われました。

 言われてみると車のボディの内側や鉄板を使った様々な機器では飛行機の機体内部色は使われていません。本当に防錆目的なのでしょうか?
トロッター

  1. アルミ合金の中でジュラルミンや超ジュラルミンは強度は最も強い部類ですが、粒界腐食を起こしやすいので。耐食性はアルミ合金の中では弱いほうに分類されます。貴な元素であるCuを添加することで耐食性劣化が避けられないのです。
    なので、塩害にはかなり弱いのです。
    少なくともWW2時の海軍機には塗装による保護は必須であったのではと推察します。
    マコト


  2. 海軍の全軽金属製飛行機は、表面をコーティングした合わせ鈑で作られることを前提としていて、元々の規定では、このうち艦上機のみを外側表面を透明塗料、内面を淡青色透明塗料で塗る、とされています。拡大して陸上機にも塗られたものもあります。
    これに関して、大戦中に廃止されたときの通達文があります。

    『航本機密第14628号 機体塗料節約に関する件通知』
    当分の間、首題右記事項は飛行機機体工作標準に依らず実施相成度
    一.(略)
    二.陸上機、機体内部(搭乗員周囲を除く)の防蝕塗粧(ち49第三種)を廃止す。但しESD押出金物及びマグネシウム合金部を除く。

    「ち49第三種」とは「淡青色透明」(通称青竹色)のことです。
    「防蝕塗粧」と明記されています。



  3. ちなみに、別のものには、「ち49第三種」は、下地軽金属の腐蝕状況を視認するため透明、と書かれています。

    さらにちなみには、より海水との接触があり得る水上機や飛行艇では、この「淡青色透明」での内面塗粧は行われません。
    内面にも「下塗り用赤褐色」がギチギチに塗られた上に、「上塗り用銀色」が塗り重ねられます。
    全金属製水上機である零式観測機の模型などで、内面に「青竹色」を塗っている例がありますが、あれは違っているのです。

    このように、防蝕の程度によっては、さらに分厚い防蝕塗粧が内面に対しても行われていました。


  4. 同時代の米軍機の内面に塗装されたジンククロメート塗料も、「塗装された亜鉛メッキのようなもの」として、耐蝕が目的とされています。


  5. 「電子機器、内部塗装」、「航空機、内部塗装」等で検索すると、種々の目的で塗装がなされているようですね。航空機も、昔と比べて寿命が随分長くなりましたし、電子機器は万一の事態を考慮したシールドや移動に伴う地球磁場の向きへの対処等も必要になってきていますからね。
    UK


  6. ありがとうございます。
    新幹線の内部も同じ色に塗られているのは>5の理由なんでしょうか。空自の人の新幹線の話で気になって画像探したら連結器カバー(車両の先端部分)の内側も確かに同じ色でした。
    電子機器対策だと昔と今とは色は同じでも成分はずいぶん違っているのでしょうね。

     対戦末期からベトナム戦争初期の外側無塗装の機体や現代の無塗装の旅客機の無塗装部分(主に翼)も何かコーティングしてあるのでしょうか?
    トロッター



1436 日本海軍機で防錆のために塗られた通称「青竹色」についての質問です。

青竹色と呼ばれるクリアブルーの塗料(淡青色透明、青色E4)についてですが、青竹色という通称はいつ頃から、どのような形で現れたのでしょうか?

というのも、黄変して緑色になっていない淡青色透明を「青竹」と表現するのはさすがに無理があるのではないかと思い、操縦席に塗られている淡緑色艶消(淡緑色M1、灰緑色M1)の色を「青竹色」と表現していたものが、伝言ゲームの末に淡青色透明を「青竹色」と呼ぶようになったのではないか、と思ったので、青竹色という通称自体について調べる必要があると思ったからです。

1980年代頃まで?はプラモデルのコクピット色を淡青色透明で塗ることが一般的であったことから、「コクピットは青竹色(淡緑色)であった」→「コクピットの塗装指示はメタリックブルーだから、これが青竹色なのだ!」という誤解が生まれたのではないかと思うのですが、青竹色にまつわる経緯や資料に詳しい方はいらっしゃいますでしょうか?
Shusui

  1. 見返すと「思う」「思う」の連続で絶妙にアホっぽくなってしまっていますが、ポイントは戦中に青竹色という語が出てくるのならば、どの様な文章に登場するのかがキモになると思っています。
    何卒宜しくお願いします。連投失礼しました。
    Shusui


  2. https://www.monotaro.com/s/pages/readingseries/kakougenba_0501/
    をご覧ください。
    この中に「青ニス(青竹)という罫書き用塗料が出てきます。
    半透明のものをトタン板などに薄く塗って使うわけです。
    これは戦前からすでに、その呼び名とともに存在していました。

    航空機用軽金属面の保護塗料としての「淡青色」は、この青竹塗料とは用途としても組成もまったく別物ですが、金属面に半透明のものを塗る、ということで、塗り上がりが同じような印象になります。
    そこから「青竹色」と呼ばれてしまっていたわけです。

    戦時中にも「青竹色」という通称は工場内などにあって、勤労動員生徒だった方の回想などにも出てきます。

    1980年代頃まで?の模型雑誌などでの解説では、むしろ、飛行機の内面に塗られていたのは「罫書き用の青竹塗料そのものだった」と誤解したものも見受けられました。

    淡緑色M1を青竹色と呼んだ例はまったく見受けられません。




  3. 個人的には、「青竹」塗料と同じような塗り上がりの印象だから「青竹”色”」なんだろうな、と納得しております。


  4. ちなみに、罫書き用青竹塗料の色調については、戦前戦中のものはその当時の使用染料(一時的に塗布して罫書き後にすぐにはがしてしまうという塗料の性質上顔料は使いません)からみて、青緑色だったのではないかと思います。
    こちらはまさに「青竹」という感じです。


  5. >>片さん
    詳細なご回答ありがとうございます!
    なるほど、青竹色の呼称は青ニスに由来するものだったのですね。
    青ニスによる塗装・ケガキの写真を検索してみましたが、確かに黄変していない淡青色透明の印象にかなり近く、「青竹(青ニス)のような色」が転じて青竹色になったというお話に合点がいきました。

    流石に戦中までのケガキ塗料に関する情報はパッと出てくることはありませんでしたが、こちらは青緑色と推定されるというのはかなり興味深く思います。
    国立図書館のデジタルアーカイブにS8-14年までの塗料年鑑がありますので、そちらを覗いてみようかと思います。

    また、調べているうちに思い出したのですが、ネット上で「青竹色はケガキ線がわかりやすくて便利だったらしい」という話も見たことがあり、これこそまさに青ニスと淡青色の混同の例だったのだなと。

    無意識のうちに「青竹色」を淡緑色や灰緑色等の公式に表現される色彩と同列に並べ、色彩準拠の表現に捕らわれていたのは私の方で、「青竹・青ニス」という別の文脈からもたらされた通称であったという事実は大変勉強になりました。
    ありがとうございました。
    Shusui


  6. 電気メッキ品に塗料を乗せる為、防錆+プライマーの為のエッチングプライマーなる物が有ります。色は2種類有り、乾くと透明な青緑な物と黄色い物が有ります。ジュラルミンに塗った物とは成分が違うのだろうと思いますが、妙に一致する青緑と黄色は大変気になっています。
    暇人


  7. 青緑のウオッシュプライマーは、昔から売られていた模型用塗料の青竹色のイメージですね。

    しかし、実際に日本海軍機の軽金属部内面に塗られていた通称「青竹色」こと「E4淡青色」は、色としてはほほ純青色です。色材以外の塗膜要素であるバインダーが、本来はクリアーな透明であるべきはずが、経時変化で黄色を帯びてしまうため、結果的に青緑を呈してしまうというだけなのです。零戦などの灰色が飴色がかるのと同じ理由です。塗料としては純粋なブルーの透明色で、青インクみたいな感じです。

    模型用塗料の青竹色は、この「塗ってから時が経過し黄ばんでしまった色」を再現してしまっていたわけです。




  8. >7

    あぁ、プラモに毒されていてしまった訳ですね。
    流石。
    暇人



1435 1981年のイスラエル空軍によるイラク原子炉爆撃作戦(バビロン作戦またはオペラ作戦)について質問いたします。
この作戦では8機のF16が16個の200ポンド爆弾を投下し、14個を原子炉に命中させるという驚異的な戦果をあげています。
この爆弾は無誘導だったそうですが、どのような方法で爆撃したのでしょうか?

PIAT

  1. 10年以上前に読んだ本の記憶なので、あるいは記憶違いもあるかもしれませんが、単純にF16の爆撃照準システムを使い、35度の緩降下爆撃で命中させています。この照準システムは、地上の目標に対して誤差 5.0m以内と称されていました。

    使用されたのはMk-82 2000lb 爆弾。信頼性と、破壊力(これ以下の爆弾では原子炉本体に致命傷にならない恐れ)及びF16の航続距離との兼ね合いで決まりました。

    誘導可能な爆弾は、大きすぎ、信頼性に欠け、重い上に空気抵抗が増すので燃料が足りなくなると判断されました。

    あとは選抜された最優秀パイロット達に対地攻撃訓練を積ませることで成し遂げられたのだそうです。

    以下、ウィキペディアあたりに載っていそうな話

    攻撃したF16は2個小隊8機、各2発のMk-82を積んでいました。これを6機のF15が護衛していました。なおイスラエル側の見込みでは、半数の8発の命中を期待していたようです。
    タンジェント


  2.  屋上屋を重ねるなら、攻撃はヨルダンとサウディ・アラビヤ、そして、もちろんイラクを領空侵犯して行われていますが、レーダー探知を避けるために超低空飛行を行っています。したがって。目標の近くで上昇していますが、あまり高度は稼げなかったものと思われますので、かなり低空からの爆撃になったと思われます。もちろん、1で仰られている優秀な操縦士、念入りな攻撃訓練がなかったら無理な話ですが、このこともポイントになりそうですし、それに加えて、攻撃経路、目標に対する入念な情報収集があったから成功したと思っています。
     なお、Wikipediaには15発が命中、ただし1発は不発とあります。
     
    hush


  3. 航空機研究家の村上洋二氏の投稿文書からの抜粋になりますが

    基地を発進して超低空飛行を続け現地時間の一七二五時、航法位置確認点「バハール・アル・ムルフ湖」に到達、
    爆撃体勢に入った。目標の原子炉まであと10分。(中略)爆撃最終コースに入ったF-16は左に急旋回、
    同時に機首を上げてアフターバーナーをふかし上昇、いったん背面になって目標を確認すると、
    機体を水平に戻しながら目標に降下、原子炉に爆弾を投下した。三〇秒間隔で投弾する各ペアの爆弾は
    延滞信管のおかげで次々にドームを貫き内部に大被害を与えた。(以下略)
    陸奥屋


  4. こんな感じだったらしいですが搭載されたモノはMk.84 2000ポンド爆弾各2発、370ガロンタンクを
    両翼下に。翼端には当時最新鋭のAIM9Lを2発、胴体中央にも300ガロンタンクを搭載。更にチャフや
    フレアも満載し当時のGD社も想定外と言うほどの超加荷重だったそうで。
    更に基地でのエンジンウオームアップ中も燃料を給油し続けられたそうでギリギリ感が半端ないですね。
    ちなみに護衛のF-15の方はAIM9Lの在庫が少なかったため自国製のシャフリルを搭載していたそうです。
    陸奥屋


  5. >3
    ×投稿 
    ○寄稿
    >4
    ×Mk.84 2000ポンド爆弾各2発
    ○左右翼にMk.84 2000ポンド爆弾各1発
    陸奥屋


  6. 陸奥屋殿、訂正感謝

    Mk.82 は500lb 級でした。Mk.84 が正しいです。記憶違いでした。
    タンジェント


  7. ついでにオペラ作戦、別名バビロン作戦については、下記を一読することをおすすめします。

    「イラク原子炉攻撃! イスラエル空軍秘密作戦の全貌」著者:ロジャー・W.クレイア
    タンジェント


  8. 追記?ですが侵入高度は大凡100フィート(約30m)だったそうで原子炉付近では
    4500フィートまで上昇(こっちは色々説があるようです)の上、降下。
    侵入経路はヨルダンの領空を侵さないように、まずエチオン基地から南へ飛び
    アカバ湾を越えるとヨルダン国境よりのサウジアラビア領空の山岳地帯の渓谷を
    縫うように飛行、砂漠地帯にて上記のように100フィートまで降下しバグダッド南西
    20kmにあるオシラック原子炉へ向かっています。
    また、帰りは燃料の関係からヨルダン領空を通る進路を採っています。

    一番の脅威は何とサウジアラビアに配備された米国空軍のAWACSだったそうですよ(笑)

    陸奥屋


  9.  皆様 いろいろな情報ありがとうございます。
     湾岸戦争の少し前に『あの原子炉を叩け』(新潮文庫)を買ったのですが、私には専門的すぎたので、じきに手放してしまいました。
     ただ、次のような記述があったのを覚えています。
    @ サダム=フセイン大統領のあだ名は『チグリスの恐怖』『バグダッドの鉄の男』。
    A 出撃前に司令官はパイロット達へ「捕虜になったら、なんでも話せ。戻って来たとき、正気でいてほしいから」と言った。
    B 地対空ミサイルをかわそうとして高射砲に撃墜される飛行機が多い。

     質問する前にyoutubeで『operation opera』について、パイロットの視線のCGアニメを見ました。
     時々上下反転するのが不思議でしたが、ようやく理由がわかりました。
     F16は下が見えにくそうですね。

    PIAT



1434 スピットファイアは(型番は問いません)エネルギー保持が悪く、旋回を始めるとすぐに速度を失い敵機に対して不利になったのですか?
この質問をするに至った経緯というのも、ゲーム「ウォーサンダー」ではそのような仕様なのです。
想定する敵機はそうですね、、、難しいですが同世代のメッサーシュミットでどうでしょうか。

  1.  「スピットファイア 旋回を始めるとすぐに速度を失い」でGoogleさんに聞いてみますと、以下のページを紹介されました。
     http://www.warbirds.jp/ansq/11/A2002168.html
     http://www.warbirds.jp/ansq/12/A2003453.html
     もっとも、機体によって旋回時に失速しやすい速度は異なるとは思いますが。
     
    hush



  2. Spitfire Mk. I versus Me 109 E
    (A Performance Comparison)
    http://www.spitfireperformance.com/spit1vrs109e.html

    (Spitfire Performance Testing)
    http://www.spitfireperformance.com/spittest.html

    多少の参考になりませんか。
    ご存知でしたらご容赦を。

    百九


  3. かいとうありがとうございました



1433  WWIIのヨーロッパで、空軍が地上部隊を攻撃するにあたり、ドイツ軍はJU87ストゥーカによる急降下爆撃を多用したようです。
 アメリカ軍はドーントレスのような優れた急降下爆撃機があるのに、P47やP51のような戦闘機を使っていたようですが、これらの航空機は急降下爆撃を行っていたのでしょうか?
 素人質問で申し訳ありませんが、ご教示願います。
PIAT

  1. 追記します。
    私は爆撃について無知なので、「〜ようです」ばかり書いています。
    なお、ドーントレスは海軍機なので、陸軍航空部隊が使わなかったことは理解できます。
    映画『プライベート・ライアン』では、P51戦闘機げ戦車を撃破するシーンが印象的でしたが、どのような方法で攻撃したのかわかりませんでした。

    PIAT


  2. ミスタイプしました。
    「、P51戦闘機が戦車を撃破する〜」です。
    PIAT


  3. 自分も素人ですが、面白そうだったので。

    まず、そもそもが爆撃機と戦闘爆撃機を比べて考えるのは不味いのでは無いでしょうか。

    P47は途中からエアブレーキ装備だそうです。
    P51は初期の段階は着けていたのですが、必要無いとの事で撤去された様です。
    暇人


  4. こちらの過去ログで話題になりましたので、ご一読ください。
    http://www.warbirds.sakura.ne.jp/ansqn/logs/A004/A0001134.html

    ちなみにP-47にダイブブレーキがついたのはM型からで、配備は終戦間際です。
    超音速


  5. 元々の目論見としては命中精度の良い急降下爆撃があったのでしょうが、攻撃される側も対空砲火を充実してきますから(ドイツ側は2〜3.7センチのFLAKを出来るだけ多連装で数を増やそうとしています)、機動性の良い緩降下爆撃主体になり、さらにロケット弾(P-47ならばHVARを10発搭載できます)での攻撃に向かうようになっています。


  6. ドイツのJu87にしても、後期は機関砲による対戦車攻撃になってますしね。


  7. 紹介した過去ログは長いので自分の主張を要約します。
    ・A-24やA-36で行なった急降下爆撃は、戦術研究や空地連携が不十分だったこともあり、あまり目立った活躍とは言えず損害も多かった。
    ・したがって超低空爆撃や緩降下爆撃、ロケット弾が攻撃の主体となった。
    ・双発爆撃機による水平爆撃も大戦後半にはかなり精度が上がった。
    ・USAAFにとっては単発複座機を攻撃に使っても兵装も爆弾搭載量も中途半端なので、双発のA-20やA-26のほうが使い勝手が良かった。
    超音速


  8. 緩降下爆撃でも高速で投弾することで爆弾の描く弾道をほぼ直線にでき、たとえば時速500キロ・降下角40度・投下高度400mならば、下方5度の前下方視界があれば目標を照準できます。
    急降下爆撃では目標上空でいったん速度を落とさねばなりませんが、緩降下爆撃ではずっと高速を維持することで対空砲の射程圏を素早く抜けられるのです。
    命中精度はやはり急降下爆撃のほうが優れていますが、緩降下爆撃でも編隊で多数の爆弾を落とすことで解決できます。

    超低空爆撃というのはクラスター爆弾やパラシュート付き爆弾をばらまくのですが、これらは爆弾の爆発で自機が被害を受ける恐れも少ないので超低空で投下できます。
    超低空は対空砲に狙われにくいのです。

    ロケット弾、特に5インチHVARは威力・精度ともに良好で対空砲の射程外から射撃できることから好んで使われました。通常弾頭のほか、成形炸薬弾頭で戦車も撃破できます。
    戦後になっても長く使われ、1955年まで生産されました。

    水平爆撃は対空砲に狙われやすいイメージがありますが機関砲の射程外を飛べるのと、ノルデン照準器も大戦後半にはかなり発達していて、投弾2分前までは回避運動ができ、毎分2000フィートの降下率で緩降下爆撃もできたのです。

    このようにUSAAFの対地攻撃は対空砲火による被害をいかに抑えるかという点がとても重視されているのです。
    超音速


  9. アメリカ陸軍航空軍は急降下爆撃戦術を1943年後半に中止しています。
    ダイブブレーキを使用して一定の速度で降下する急降下爆撃はイタリア戦線で大損害を蒙り、投入された「急降下爆撃機」であるA-36Aマスタングの約半数が失われています。このため急降下爆撃は超低空爆撃に切り替えられ、命中精度は大幅に低下したものの損失率は大きく改善しています。
    これ以降、朝鮮戦争まで急降下爆撃は実施されていません。
    BUN


  10. 暇人様 超音速様 片様 BUN様 情報ありがとうございます。

    私は急降下爆撃について(レン・デイト)『電撃戦』くらいしか読んだことはなく、ほかにはwikipediaを斜め読みするくらいです。
    そのため、WWII中の爆撃と対空砲の進歩について無知であり、緩降下爆撃という用語を初めて見ました。
    空軍の対地攻撃においては、急降下爆撃からミサイル攻撃に進化したと思っていましたが、水平爆撃も進歩したのですね。

    水平爆撃が進歩したため、ランカスター爆撃機が戦艦ティルピッツの撃沈に成功したのでしょうね。


    PIAT


  11. >.10 我が帝国海軍が真珠湾でマレー沖で挙げた戦果は!
    日本という場では、WWIIで戦史上稀な外洋での決戦を繰り広げた経緯も在リ、特殊な応用例である対艦船攻撃ばかりが重点的に紹介解説される傾向に在るためか
    空爆・対地攻撃全般についての良い概説・具体的な紹介解説が余り在りません。
    戦術爆撃対戦略爆撃という二分法は政治的(政略という意味では無く、関わる者達の特定のセクターの利害に基づく恣意的な)な分類で
    敵軍前線への航空作戦(現在の軍事用語では「近接支援」)対
    敵軍後方への航空作戦(現在の軍事用語では「阻止攻撃」)、という区分がより実態を表すと考えます。
    にも。


  12. 海軍での事情について書いておきます。
    水平爆撃は双発以上の爆撃機編隊で多数の爆弾を投下することで効果があるのに対し、そうした戦術はとれない米海軍/海兵隊は水平爆撃を捨て去り急降下爆撃戦術を維持します。
    高速急降下爆撃と大型徹甲爆弾の組み合わせで戦艦の水平装甲もぶち抜けるのです。

    対地攻撃においては、コルセアやアヴェンジャーは超低空爆撃も急降下爆撃も両方やっています。
    やはり損害は少なくありませんが大型爆弾が必要な目標相手には急降下爆撃しかないのです。
    朝鮮戦争でのコルセアやスカイレイダーも同様でした。

    余談ですが、時代は下ってA-4スカイホークやA-5ヴィジランティは、核爆弾を使った急降下爆撃というのも構想に入っていたりします。
    超音速


  13. にも。様
    『戦略爆撃』という用語はよく目にしますが、『戦術爆撃』はあまり見ませんね。
    『阻止攻撃』という用語は初めて見ました。
    『近接支援』については映画『ガメラ2レギオン襲来』で陸自の師団長が「近接航空支援を要請せよ」と命令したシーンが印象的でした。

    超音速様
    米海軍は急降下爆撃を続けていたのですね。
    映画『男たちの大和』を思い出します。

    皆様 ありがとうございました。

    PIAT



1432
Bf109 は、主車輪のキャンバと、トーアウトの為に
以下の画像の様な事故を起こしやすい機体と成った訳ですが、
http://aviadejavu.ru/Images6/AK/AK2016-02/47-2.jpg
http://aviadejavu.ru/Images6/AK/AK2016-02/48-2.jpg
https://www.worldwarphotos.info/wp-content/gallery/germany/aircrafts/bf_109/Bf109F_5.jpg
https://www.asisbiz.com/il2/Bf-109F/JG51.I/images/Messerschmitt-Bf-109F2-1.JG51-(W9+)-damaged-after-landing-Eastern-Front.jpg

それ以外に、以下の画像の様な事もあります、
https://www.asisbiz.com/il2/Bf-109E/JG27.I/images/Messerschmitt-Bf-109E-3.JG27-Yellow-6-on-its-back-Damenlandung-early-France-1940-01.jpg
http://aviadejavu.ru/Images6/AK/AK2016-02/49-0.jpg
https://www.asisbiz.com/il2/Bf-109E/JG27.I/images/Messerschmitt-Bf-109E1-3.JG27-Yellow-10-France-1940-01.jpg

これは、高圧タイヤを使った為に起きた事では、と思いますが
あまり話題になっていない様ですが、何故でしょうか。
ご教示ください。

百九

  1. > あまり話題になっていない様ですが、何故でしょうか。

    つんのめって逆立ち、転倒は当時の飛行機一般にわりとありがちな事故だったから、Bf109特有のものではなかったから、ということでいかがでしょうか?

    http://www.warbirds.jp/ansq/11/A2002152.html



  2. 片様、有難うございます。
    当時は舗装された滑走路は少なかったですから
    機種によらず起きえた事なのですね。

    へたりこむ事故だけは Bf109 独特の事だったと思いますが。

    下は Bf109 の左脚を前から見た図に成りますが、
    http://aviadejavu.ru/Images6/AK/AK2016-02/50-1.jpg

    車輪の取り付け方が少々あやうい形だと思えます。

    百九


  3. 一つ尋ねたいのですが、Me109のタイヤは高圧だったのでしょうか。
    タイヤの空気圧はタイヤの大きさ (内包空気量) と荷重で適正値が決まります。これは同時代の単発戦闘機と直接比較しても意味がありません。タイヤの大きさと荷重がそれぞれ異なるからです。
    この適正値よりも高ければ高圧、低ければ低圧ということになりますが、もしそうするのであればそれなりの理由があるはずで、むやみやたらに適正値を外すセットはしないものですが。ちなみに私が知るMe109の空気圧はG型で4.5気圧、K型で5.0気圧ですが、これが適正値よりも高いのか私にはわかりません。
    DDかず


  4. > 2
    > 当時は舗装された滑走路は少なかったですから
    > 機種によらず起きえた事なのですね。

    ブレーキの噛み付きなどにより、舗装された滑走路でも起こります。
    そもそも前脚のない尾輪式であるがゆえです。

    http://www.pcparsi.com/%D8%B9%DA%A9%D8%B3%D9%87%D8%A7%DB%8C%DB%8C-%D8%A7%D8%B2-%D9%84%D8%AD%D8%B8%D9%87-%D8%B3%D9%82%D9%88%D8%B7-%D9%87%D9%88%D8%A7%D9%BE%DB%8C%D9%85%D8%A7-8135.html


  5. 過去ログ1407でBf109はホイールアライメントの関係でグラウンドループを起こしやすいのではという見解を出しましたね。
    グラウンドループを起こした後、脚柱が取り付け部から折れてへたり込みしやすいわけですね。

    もし脚柱が頑丈で折れなかったら、機体がひっくり返る事故が多くなるんではと思います。
    Bf109のキャノピーは上開き式なので、転覆するとパイロットの脱出が困難になるはずです。

    へたり込みが問題視されないのは、転覆するよりそちらのほうが安全だからではないでしょうか。
    そこまで考えて脚の設計をしたとまでは考えませんけども。
    超音速



  6. >3 DDかず様、有難うございます。
    空気圧の適正値については知りませんでした。

    下は V-3 の画像ですが、主翼上面に K 型に似た膨らみが有るのが判ります。
    計画したタイヤの入手が遅れて従来のタイヤを使った為ですが、
    幅を狭くする為に空気圧は高くした訳ですが、
    その意味で(高圧タイヤ)を使いました。

    https://me109.info/display.php?from=site&lang=de&auth=e&name=version_display&fotonummer=4760
    http://www.airwar.ru/image/idop/fww2/bf109b/bf109b-3.jpg
    https://www.asisbiz.com/il2/Bf-109D/Messerschmitt-Bf-109/images/Prototype-Bf-109V3-D-IOQY-Germany-1936-01.jpg

    自動車のマニュアルに、前輪がいくつ、後輪がいくつの
    記載がありますが、これが適正値という事ですね。

    >4 片様、有難うございます。
    他機種については調べていませんが、
    ひっくり返っている画像が幾つか有りますので、Bf109 独特の事かと思っていました。

    (機種名 Crash_Landing)で画像検索しましたら、沢山でて来ました。
    戦闘による影響も多くあるのでしょうね。

    >5 超音速様、有難うございます。
    主脚の設計は、軽量化の為に回転軸金具とエンジンマウント下部の
    取り付け部を一体化したために、回転軸は主翼前縁の近くになり、
    タイヤ収納のため回転軸は機軸と平行にできず
    角度をつけた三方転びの造りになったのだと思います。

    そうすると主脚がハの字に成っているのと合わせて
    キャンバ(負)、トーアウトの形に成ったのではと思います。

    百九


  7. 3.
    >タイヤの空気圧はタイヤの大きさ (内包空気量) と荷重で適正値が決まります

    タイヤの内積がそのまま内包空気量になるわけではありません。
    タイヤの圧力が大気圧なら、ぺちゃんこに潰れてしまいます。
    タイヤの圧力は大気圧以上のはずです。

    この「適正値」とは、何のことでしょうか。

    佐々木



1431 書き込みエラーとなる不適切な用語には
どんな語が有るのでしょうか。
ご教示ください。
百九

  1.  それが分からないのです。
     散々、試した末に別のコンピューターから元の文を打ち込んだらOKだったということもあります。
     したがって、我々は機械に愚弄されているとしか思えないのですが、エラーが出るたびに回答が消えてはたまらないので、テキスト文書に保管してから送るように自衛策を講じています。
     
    hush



  2.  hush様、有難うございます。
    日を改めて書き込んでみようと思います。

    百九



1430 初めて質問させて頂きます。日本海軍のカタパルトで、過去ログで昭和15年横須賀にて零戦が射出に成功と言うコメントを目にしたのですが、他のサイトにて零戦が衝撃でバラバラになったと言うのを目にし、一体どちらが本当なのでしょうか。第二に、96式艦戦が射出成功してるのに零戦が射出出来ない事ってあり得るのでしょうか?
凡人

  1. 検索してみたら、http://www.warbirds.jp/ansq/11/A2001677.html で自分が答えてました。


  2. はい、それでダミーの零戦がバラバラになったと言うのを聞き、何かおかしいなと思いまして。
    横須賀では射出出来てるのに、加賀ではどうしてバラバラになったのか訳が分からなくって。
    凡人


  3. 加速度が足らずに充分な揚力を生めないまま海中に突っ込んだ、ということではないでしょうか。


  4. では零戦が衝撃に耐えられなかったと言う話では無いのですね。
    何で96式艦戦が射出に耐えれるのに、零戦が耐えれ無いのかが不思議で。
    凡人


  5. 1のところですでに、機体ではなくカタパルト側の問題、と指摘しておいたですが。


  6. > 14年に横須賀のカタパルトから九六戦の射出6回成功、機体に異状無し。
    > 15年に横須賀のカタパルトから零戦の射出に成功、加賀のカタパルトで射出実験を計画したが、ダミー射出に失敗、実機射出実験は行われず。
    > これを読む限り、問題があったのは、零戦ではなく、加賀のカタパルトの方なのでしょう。


  7. すみません。一応確認して起きたかったんです。
    凡人


  8. 了解いたしました。

    あちこち探しても「衝撃でバラバラになった」ということの本当の出典元は見つからないはず、と思います。


  9. 噂とかの類いなんでしょうね。大体96式戦より丈夫な零戦がバラバラになる筈ないですし。
    凡人



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