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航空機関係
Ans.Q

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1556 飛燕の主翼に関する質問です。
『飛燕の時代』に掲載されているキ61、キ100の諸元図に、翼型は2R16/24009とあります。
NACAの24009は検索して見つけることができたのですが、2R16は見つけられませんでした。
2R16はどのような形で、そもそもNACAシリーズなのでしょうか?
ご存じの方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いいたします。
Shusui

  1. http://koyama-s.la.coocan.jp/KASM_volunteer/ohanasi/016/matsui_201003.html
    ここによりますと翼根翼型は2R(1)16とあります

    https://de.m.wikipedia.org/wiki/NACA-Profile
    2R(1)12の画像と解説がありますので参考にして下さい

    普通の翼型は後縁のキャンバーが下向きで終わりますが2R(1)翼型では水平に戻している感じです、2R(2)翼型ではより反りが大きくなっています

    https://www.fokkerc.com/snimki/BF109/g/a%20(1).JPG
    翼厚は違いますがMe109も同じ翼型、飛燕の主翼取付角0度に対して2度の取付角
    ガス欠


  2. >>ガス欠さん
    ありがとうございます。
    2Rの後に変形パターンの違いで(1)(2)が入るのですね。
    0012系列の翼型で、上面を膨らませたものかつ翼厚を16%にしたものとのことでしっくり来ました。

    Shusui


  3. https://m-selig.ae.illinois.edu/ads/aircraft.html

    こちらで機種ごとの翼型を調べられますね。
    川崎はKAL-2まで同じ2R1で、
    メッサーシュミットはギガントまで2R1を使っていたりと、おもしろいことがわかります。

    超音速


  4. >>超音速さん
    これは良いサイトですね!
    KAL-2が2R1 16.5/24010とのことで、飛燕の翼型のわずかに翼厚を増したものですが、機体規模からして実際の厚みは飛燕とあまり変わりがないように思えて興味深いです。
    所沢に実機を見に行かなければ…
    Shusui



1555 .1550の続きですが、E.E.キャンベラは垂直尾翼を木製としその構造内に無線を内蔵しています。
各翼、各翼を適正な位置で支える尾部などと云った、飛行機を空力的に機能させる構造が電波を透過する様に作られている場合、アンテナの様な電波の受信体・送信体をその構造の中に入れることでその空気抵抗を最小にしながら、アンテナを構造内で垂直に立てるなど電波装備の機能・性能を最大に発揮できる様に装備出来ないかとは、誰しも考えます。どれくらい事例は在ったのでしょうか。
にも@返信。

  1. レドーム。


  2. 桜花二二型の主翼。
    BUN


  3. 彩雲で、左右の翼端15cmほどを木製化し内部にアンテナを納めた電探装備機があったという搭乗員の方の回想がありますね。
    http://www.naniwa-navy.com/senki-1-rikuteisoujyuuinnomoide-nakagawa1.html
    隼0511


  4. 民間機ですが、B-747ダッシュ400以降は垂直尾翼の前縁にHFアンテナを組み込んでいます。
    わんける


  5. 少し気になって調べたら、B777、787、737NGも同じ様に垂直尾翼前縁でした。
    90年代に出たモデルは大体同じなのかな。
    https://i.reddituploads.com/f6b7191377924377ab2089a217bff9b6?fit=max&h=1536&w=1536&s=4df2162543da0e0754fc1cbde141a9f2

    少し要点がズレますが、大型旅客機は垂直尾翼の頂部外板を絶縁してVORアンテナを設置する事が多いです。
    これはアンテナ利得と言うより干渉源である機体からなるべく離す為です。
    わんける



1554 下記の写真の風防の前に見える半円形の物は、
Revi3aの予備照準環で間違いないでしょうか?

https://media.gettyimages.com/photos/flugzeuge-deutschland-messerschmitt-bf-109-me-109-1937-picture-id542431525?s=2048x2048

百九

誰か答えて下さい。

1553 零戦は三菱製とライセンス生産された中島製がありますけど、部品の互換性がないとの事ですが

三菱製零戦が配備されている部隊に中島製零戦の修理用部品が搬入されたり
中島製零戦を配備している部隊に三菱製零戦の部品が搬入されてしまい修理部品があっても互換性がないので使えず修理作業が行えないという問題が発生したりはしなかったのでしょうか?

陸軍の歩兵用小銃は三八式歩兵銃と九九式小銃で弾の互換性がないために弾があっても使えないという問題が各地で多発したそうですが
零戦でも同じような問題が起きたりはしなかったのでしょうか?
回答をお願いします。
ライ

  1. www.warbirds.jp/ansq/1/A2000621.html
    www.warbirds.jp/ansq/11/A2002556.html
    一般論ですが、地上戦の最前線で使う歩兵装備に較べ、航空兵器のうち依後方の飛行場から発着するものは比例して兵站の段列で楽が出来ます。
    亦、6.5mm 7.7mm と違うサイズよりも、殆ど全く同じサイズなのに微妙に互換性の無い複数規格の7.7mm 弾の併用こそが、より負担でした。
    にも。


  2. こうしたお話の多くは批判のための批判として話し手、書き手が頭の中で考えたことですので、現実とは異なります。
    九九式を装備した部隊は九九式で統一され、三八式を装備した部隊はそれで統一されており、例えば師団が異なれば同じ補給部署から弾薬を交付されることは原則的にありません。

    また、回答1,のような兵站の段列?といったものは航空隊にはありません。
    飛行機はプロペラ、発動機、機体などの正副来歴簿といった多数の書類が1機ごとについて回る極めて面倒くさい兵器ですので、もともと整備が大変なので現実には大きな混乱はなく、中島製と三菱製の零戦が同じ航空隊に配備されていても大きなトラブルは発生していません。
    また、互換性が無い、とは何の部品がどう互換性が無いのかということも大切で、例えば工作の仕上げが異なる中島製風防と三菱製風防は互換性はあり、工場完成時に三菱製風防を取付けた中島製零戦というものも存在するのです。
    脚やブレーキなどに互換性の無いものがあったとして、それらがどれだけの交換頻度だったのか、といったことも重要で、機体が前線にある平均的な期間を超えるような、年に一回程度しか交換しない部品であれば互換性などまったく必要無いのです。
    ただ部品に互換性があればいい、という話ではなく、当時の考え方でその部品をいきなり交換できなくて調整して組み付けることも互換性の範疇なのです。それで困るような部品にはそれなりの対応が為されているのが普通です。
    BUN


  3. 修理を施して復帰させなければならない機体の背後には、修理不能、もしくは、重傷なので極度に後回しにされる機体が存在しています。
    戦闘中の母艦上では海中に投棄されることもありますし、基地では修理のための部品取りの対象になります。そうしたものが馬鹿にならない数で存在します。
    戦地では、廃機から取ってきたと思しい他機の製造番号を持つ部品を使用して修理されている例が数多く(おそらく、補用部品の使用例よりも多く)見受けられるように思います。


  4. 1.ではURLにリンク貼られてませんが、その過去問を紹介するのが目的です。
    にも@追伸。


  5. >4
    「殆ど全く同じサイズなのに微妙に互換性の無い複数規格の7.7mm 弾の併用こそが、より負担でした。」
    といった事が前線で本当に頻繁に起きていたものでしょうか?
    何か当時の記録などをご存知なのですか?
    BUN


  6. 航空機の話題ではないので。
    先ず、.1の書き込みは、貼ったリンク先を紹介するのが目的です。
    www.warbirds.jp/ansq/1/A2000621.html
    www.warbirds.jp/ansq/11/A2002556.html

    それだけでは寂しいと思ったので、質問者が書かれた
    「三八式歩兵銃と九九式小銃で弾の互換性がないために弾があっても使えないという問題が各地で多発」
    は後で述べられたように戦域や所属部隊の大きな枠でどちらの小銃を配備するか統一されるので、質問者が云われる程では無い。
    それよりも、
    他のサイズは全く同じなのに縁の経だけが違う、半起縁式の八九式・九二式普通実包と
    無起縁式の九七式・九九式そして九二式普通実包(新)、という7.7mm口径弾の乱併用こそが、
    質問者様の書かれる様な事を起こしうる蓋然性が在ったと考えました「当時の記録」など参照しておらず確たることは書けませんが。

    挙げた7.7mm口径弾のうち、八九式は航空向け、九七式は戦車向け、とより幹に近い上流で段列が分けられていたとしても、
    九二式(歩兵支援用の重機関銃用)・九九式(軽機関銃・小銃用)そして九二式(新)(同じく重機関銃用)は、
    前線に迄延びなければいけない歩兵部隊の段列(段列ではない行李だと仰るのかも知れませんが)に供されるのですから。
    そして上述の理由により「(兵站の段列に)より負担でした」と抽象しか書きませんでした。
    亦、
    .1の書き込みに際し「段列」という言葉を一応検索しました。
    http://www.warbirds.jp/ansq/8/H2000099.html
    「「段列」は砲兵、戦車部隊で、歩兵部隊で言う「行李」のことを指す言葉」
    だから航空部隊への補給網は段列と呼ばないのだと仰るのかも知れませんが
    私が.1で「段列」という言葉を使ったときには検索で二、三見た定義を踏まえ
    「(後方からの)補給・整備の流れのツリー」という程の意味で「段列」という言葉を使いました。

    以上、煩わしました。

    にも@返信。


  7. http://www.warbirds.jp/ansq/1/A2000621.html
    http://www.warbirds.jp/ansq/11/A2002556.html
    今度はリンク貼られる筈
    にも@追加。



1552 日本海軍はなぜ100kg級の航空爆弾を採用しなかったんでしょうか?
へるにゃんこ

  1. 非装甲の目標に対しては60キロ爆弾が使える。
    装甲された目標に対しては250キロ以上が有効。

    では、質問にある100キロ級というのは何に対するものなのでしょうか。


  2. 一〇〇瓩爆弾は陸軍でも評判の悪い爆弾です。
    その理由は人力で懸吊する限界にあったためです。
    機械で懸吊作業を行うには一〇〇瓩爆弾は威力が小さすぎ、
    人力で懸吊するには重く、人数が必要で面倒なのです。
    海軍も艦爆が実用化した頃には空母の飛行甲板破壊用として
    一二五瓩爆弾を検討していましたが、威力の問題から二五〇瓩が主流となっています。
    BUN


  3. ご質問を見て気になったので少し検索してみたのですが、こちらのページでtomoさんがドイツの航空爆弾の威力について書かれています。
    http://warbirds.sakura.ne.jp/ansq/4/D2000319.html

    また、IL-2のドイツ語wikiによれば、IL-2は当初FAB-100(100kg爆弾)を使用したものの、装甲目標に対して大した戦果を挙げられなかったとも。
    https://de.wikipedia.org/wiki/Iljuschin_Il-2

    同じく大戦中ではイギリスの250ポンド爆弾(250 lb. DC)を対潜用に使用していますが、これはその仕様上爆雷と言ったほうがよく、通常の対地爆弾である250 lb. MCが活躍した話は私は聞いたことがありません。

    そんなこんなで鳴かず飛ばずの100kg旧爆弾ですが、面白いことにアメリカが1950年代にMk.81という250ポンドの新型爆弾を開発しています。
    https://ja.wikipedia.org/wiki/Mk_81_(%E7%88%86%E5%BC%BE)
    (A-4なんかに吊るされている小型爆弾です)
    ですが、これも威力不足で短期間のうちに取りやめになりました。
    威力不足を逆手に取り、ピンポイント爆撃のためにMk.81を誘導できるようにしたGBU-29というものも作ってはみたものの、小直径爆弾の登場によってこれも中止となっています。
    GBU-29を中止に追いやった小直径爆弾(SDB)は100kg級の細長い誘導爆弾で、現在も米軍によって運用されています。

    こんな形で一応今も100kg級航空爆弾は息をしていますが、誘導装置がない上に、敵地の被害を抑える余裕もない大戦中においては、どの国でもあまり有効な兵器ではなかったため、不採用か使用中止という選択をなされたケースが多いようです。
    Shusui



1551 二式戦闘機の加速が良くないと記事を読んだのですが、軽量な一式戦闘機の
加速が良いことや、重たい三式戦闘機の加速や上昇力が悪いことは
納得できます。しかし、出力が大きいエンジンを載せ、上昇力が大きい
二式戦闘機の加速が良くないのは不思議に思います。
自動車の加速や、登坂走行とは根本的に違うものなのか、教えていただければと
思います。よろしくお願いします。

totatota

  1. すいませんが、その「記事」とはどこのですか?
    超音速


  2. 昭和16年7月に巡航速度350km/hからの加速をBf109E-7と比較していますが、
    増加試作機にあたる二式戦一型でもBf109に大きく劣る、といったことはありません。
    量産型の二型であればむしろ優れていたのではないでしょうか。
    BUN


  3. ありがとうございます。ミリタリークラッシック62ページのライバル戦闘機との
    比較の中で、二式戦闘機は一式戦闘機より上昇力は大きく勝るのに、加速性能は、
    一式戦闘機が勝るという本吉先生の記事を読んで、疑問に思いました。
    自動車の0−1000M加速のように、最高速付近までの加速を、区間を切って
    比較できるわけではないようですので、比較は難しいようですね。
    重量や出力を比較して、確認したいと思います。
    ありがとうございました。
    totatota


  4. それは米軍の鹵獲機資料から引用したものでしょう。
    ある状態のある条件下ではそうなる、ということだと思います。
    BUN


  5. ありがとうございます。まずは読みやすい所から読んでいましたので、
    全体を捉えていませんでした。確かにBf109との比較も載っていました。
    熟読します。
    totatota



1550 第二次世界大戦時のフランス戦闘機ドボワチーヌD.520の機体下部にある起倒式アンテナの用途がわかりません。機体上部に無線アンテナは別にあるので、それ以外の目的だとは思うのですが…。
飛行時に展開し、離着陸時に収納するという、結構凝ったギミックを使ってまで何をしようとしたのでしょうか?

備後ピート

  1. 上のは送信用アンテナ、腹側のは受信用アンテナです。
    ワイヤーの空中線は張らず、アンテナマスト自体がアンテナですので、
    それだけの長さが必要でした。


  2. 片様、間髪を入れず早々の解答ありがとうございます。

    毎度おなじみ追っかけ質問です。ドボワチーヌ社はなぜ通常の「アンテナ柱+ワイヤー線展張」の方式をとらなかったのでしょうか?ひるがえってわが国ではアンテナ柱の空気抵抗を嫌ってこれを廃し、ワイヤー線を直接引き込んだり(ラバウル航空隊)してるくらいなのに、機構も複雑になり私にはデメリットばかりのように思えるのですが…?
    備後ピート


  3. 本当の理由は存じませんが、
    ポールアンテナはポールと垂直に360度の利得があります。
    飛行機の機体に垂直にアンテナを立てると、水平方向360度に均等に良い利得を得られます。
    アンテナ柱から機体に平行にアンテナ線を張ると送信電力は上や下に無駄に飛んでしまうし、機体の前後方向に向かって大きく利得が落ちます。
    空力的にはともかく、無線機の側から見るとメリットが非常に大きいです。
    わんける


  4. > 2
    > アンテナ柱の空気抵抗を嫌ってこれを廃し、ワイヤー線を直接引き込んだり(ラバウル航空隊)してるくらい

    これは、開戦当初の比島攻撃が航続力ギリギリとなるために、特令あってアンテナ柱も空中線も外したものです。その場合、無線機自体も取り外していたはずです。(同じことが、ガ島攻撃にも適用されているようです)
    アンテナマストも空中線もどちらも抵抗源なのです。
    無線を使うなら、いずれにしても抵抗源になるものの設置は避けられません。


  5. .1555に続きを投稿しました。
    しかし、無線機のアンテナ・ワイヤーが空気抵抗になるから、無線機外すとは。エリコンこそ外せばよかったのに!
    どうして空気抵抗を最小にする電波装備(の受信・送信体)の実装方法を研究しなかったのか、研究の結果が無線無しなのかと、思います。
    にも@追伸。



1549  パイロットの教習のために単座機の複座版を作るようになったり、そうした機材を用意しての教習課程が制度化したのっていつ頃、どの国のどの機体からなのですか?

 先日、ネット上の某所でMe163の複座型の写真を見てふと気になりました。
おうる

  1. 第一次世界大戦中に単座戦闘機が出現した時期から存在します。
    単座戦闘機操縦者は標準的な軍用機である二座機からの転換者で構成されていましたが、二座の実用機を経験せず最初から単座戦闘機の操縦を単独で行うようになるとキャメル複座機のような機体が生まれて来ます。
    BUN


  2.  回答ありがとうございます。

     WW1のパイロットは教習が不十分で初陣を生き残れるかどうかが過大だったとか聞いたことがあったのでもっと後かと思ってました。
    おうる


  3. 初陣以前に飛ばすだけで壊したり死んだりするのは嫌でしょう?
    Me163の複座型と書かれていて、筆者は冷戦期に米ソ等が作った様々な特別な性能な機体の、醜い醜いと形容されるそれらの複座型を思い出しました。
    出始めの単座の戦闘機とはまさにそれらの始祖で、キャメルはピーキーと云われる機体の元祖に近いです。着陸だけはさせられるようにしませんか?
    にも。


  4. 軍用機の歴史の中で、その中心は複座機にあり、いかに戦闘機とはいえ単座機は異端の存在だったのです。
    このため、操縦者は複操縦式ではなくとも後席からの指導で練習飛行を行い、操縦技術を身につけることができたのですが、単座戦闘機とい偵察も爆撃も不自由な何の役にも立たない機種が大量に配備されるようになってから、その複座型も造られるようになったということで、単座戦闘機の複座型が一般的だったか、といえばそうでもありません。
    その始まりはそうであっても、それが一般的になっていったか、といえば違いますし、ソッピース・キャメルで複座型を経験しなくとも一人前に育った操縦者は沢山います。簡単に言えば、この時代に単座実用機を改造して複座練習機を造る必要は、乗員養成上の都合では無かったのです。
    BUN


  5.  回答ありがとうございます。

    >この時代に単座実用機を改造して複座練習機を造る必要は、乗員養成上の都合では無かったのです。

     当初は教習目的では無かったという事ですか?
    おうる


  6. 実用機に近い性能の練習機なら他にもあった、ということです。
    BUN


  7. 不思議なのは、質問者様は練習機で何をするのか、全く書かれていない事です。

    ついこの間まで複座の汎用機が軍用機の中心だったWW1当時
    「単座戦闘機を改造した複座練習機」などという歪な機体が、乗員養成上の都合では無く必要が在るとは、思いません。
    私もミスリードする書き込みをしてて、
    「戦闘以前に機体を壊さない、乗員を死なせない為の、「当該の機体での」「着陸を始めとする飛行の基本」の習得」
    を目的とする実用機の転換訓練用の複座型で在っても、
    私が挙げた冷戦期の例とWW1当時では真逆の意味を持ち得る事を書き忘れてました。

    「ソッピース・キャメルで複座型を経験しなくとも一人前に育った操縦者は沢山い」るとしても大戦のどの時期かによりますし、
    資源がより潤沢な西側協商国と資源が逼迫する中央同盟国とも違います。
    私の推測を述べると、WW1当時
    最初からの複座機から単座戦闘機に転換するのは乗員養成により時間等の資源を掛けられる時期・陣営で、
    (戦闘行動は戦場で覚えてくれればいいから)兎に角決戦地上空に展開される味方機の数を揃える為に
    乗員養成を促成する必要が在る時期・陣営、
    「着陸初め戦闘以前の飛行行動で」戦闘機を壊したり死んだりして欲しくないという考え方から
    WW1当時に於ける単座戦闘機の複座型は普及したのではないでしょうか。


    にも@追伸。



1548 太平洋戦争の後半、海軍機で上面濃緑色迷彩が導入されて以後登場した、強風、紫電、紫電改、彗星、流星、彩雲、晴嵐などの単発機において、操縦席からプロペラまでの機首上面は濃緑色べた塗りが主流になったように思えるのですが、ひとり雷電のみは黒色防眩塗装を最後まで実施しています。

この理由はなぜでしょうか?雷電はその胴体形状から来る視野・視界の不良がたたって操縦席前面の胴体を削り落した形状にするなど対応に苦慮してますが、濃緑色べた塗りだけでは機首・プロペラの反射光に対応できなかったのでしょうか?

ここまで来ていわゆる予防線。自分で書いといて何ですが私は濃緑色べた塗りの雷電を見たことがないので質問しました。いつぞやの中島式零戦32型のように私が知らないだけで、実在する物があるのでしたらどうもすみません(弱気)。


備後ピート

  1. 胴体の迷彩塗り分けと同じく、
    「最初にそう決めちゃったから」。

    陸軍四式戦の機首黒塗りも同様ですね。


  2. 元々、海軍の工作標準には、「空冷機のカウリングは黒塗りする」というようなことは書かれていても、液冷機の機首上面に防眩塗粧を施す規定はありませんでした。
    十四試局戦のような空冷機の機首形状は想定外のもので、おそらく十二試陸攻の機首の塗粧様式を流用したのだと思います。
    陸攻のような多発機の機首防眩塗粧も規定にないものですので、おそらく飛行実験の際に修正要求があって施されたものだったのではないかと思います。
    いずれにせよ、雷電の防眩塗粧は、それ自体がイレギュラーなものだった、ということです。
    ただ、一度そう決めてしまって、のちにそれを改定する人がいなかったので、ずっとそのまま通してしまった、ということなのでしょう。


  3. 雷電二一型の仮取扱説明書は塗粧に関しても触れていて、機体外面は「灰鼠色」(三菱社内で言うJ3の名称)の軽金属用特殊塗料で研磨仕上げが施されている、としています。写真に残る試作機の灰色塗粧と機首上面の防眩塗粧が量産機でも基本とされ、それに機体上面の迷彩が追加されているというのが建前なのです。研磨仕上げされた灰色塗料に防眩塗粧が必要とされた、と解釈できますが、J2M1の一号機と二号機は灰色ではなく、無塗装の外板を研磨仕上げしたピカピカの状態で、防眩塗粧は必須でした。
    となると、雷電の機首上面の防眩塗粧は無塗装時代に決定したものが、灰色の研磨仕上げになってからも引き継がれ、さらに量産機に迷彩塗粧を施すようになっっても残っていた、ということなのでしょう。

    BUN


  4. 十四試局戦で無塗装の研磨仕上げはJ2M1の一号機、四号機、J2M2の一号機でした。訂正します。
    BUN



1547 第4世代や第4.5世代の戦闘機は優れたレーダーを持っているようですが、敵のステルス戦闘機が自機や僚機に向けて発射した長距離AAMを余裕をもって探知し、自機のミサイルで撃墜したりデコイを発射したりすることはできないのでしょうか。
UK

  1. 錯覚で艦船のところで質問しましたが、まず回答に対してお礼申し上げます。
    次に、質問の主旨(趣旨)について説明させていただきます。F15とF22の模擬空戦ではF22の圧倒的優位のみ報道されていますが、質問のようなことは全く報道されていないのが奇異に感じられたこと、F22のミサイル搭載数が少なすぎることに奇異を感じたことによります。
    若し、かかることが可能であれば、F22は本当にそんなにすごいのかなーと思った次第です。高価かつ整備にも結構手間暇がかかるようですし。
    UK


  2.  戦闘機が全周レーダーなんか載せてるわけでは無いので戦闘機単体の能力としてという意味なら出来ないでしょう。

     早期警戒管制機等他のプラットフォームのレーダーシステムと情報を共有する戦術情報ネットワークシステムでも構築されているなら出来るでしょうが、それは戦闘機の能力と言うより戦術情報ネットワークシステムの能力と言うべきであろうと考えます。
    おうる


  3. 自機や僚機に向かって発射されたのですから、全周レーダーでなくても良いと思われます。
    それと、もう一つ気になったのは、陸では敵の砲弾の弾道から敵の大砲の位置を発見するシステムが実用化されているそうですが、空対空ではどうなのかと思ったことです。長距離AAMは射距離を稼ぐため弾道コースをとると思いますが、自分に向かって発射されたAAMの特に初期の弾道から敵のステルス機の位置を凡そで良いから推定することは研究されてい居ないのかのかと思ったことです。
    UK


  4. こちらに改めて投稿しなおしたとのことなので、私の回答も転記しておきます。

    通常、敵AAMにロックオンされれば自動的に搭載ECM装置がジャミングを開始しますが、AAM側はジャミングされると妨害電波源追跡モードに自動的に切り替わります。
    そこで対策として、米軍では1990年代末からAN/ALE-50曳航型ECM装置が配備されており、空自では2012年からF-15用射出型ECM装置(J/ALQ-9A・B) が制式化されています。
    超音速


  5. 失礼しました。前述の曳航型デコイAN/ALE-50はポッド式なのでF-22には装備できないかもしれません。

    F-22の電子戦装置はAN/ALR-94が搭載されています。
    機体全周の30箇所以上に電波警戒センサーが埋め込まれ、広い周波数帯のレーダー電波を受信します。
    その能力は、こちらが相手のレーダーに探知される前に、電波発信源を探知できてしまうといわれています。
    したがって自機のレーダーをほとんど使うことなく相手の探知・分析ができてしまうのだそうです。
    超音速


  6. >3、長距離AAMは射距離を稼ぐため弾道コースをとると思いますが
     対砲レーダーのように発射点を探ることは不可能ではないと思います。ただ、すでに運用を停止していますが、AIM54の射程は200qを誇っていましたので、弾道コースをとる必要性はないでしょう。
     
    hush


  7. >3 
     レーダー誘導ミサイルならロックオンさればそれを検知することは出来るでしょうが、それだけではロックオンしたレーダーの発信源の方向が分かるだけで、距離や速度は測定できません。
     セミアクティブ誘導のミサイルならレーダー波の発信源とミサイルの位置は異なりますし、光学系の誘導方式を採用しているミサイルの場合はレーダー波を出しません。

     やはり戦闘機単体での能力としてそれを要求するのは無理も無駄もあるように思えます。
    おうる


  8. 無理も無駄もない戦いをしたければ敵と同世代かそれ以上の戦闘機・戦闘環境を揃えるしかないと思います。
    機材の不利を前提に、こう戦えば少しはマシに戦えるんじゃないかという事を言っているのだと思います

    ステルス機と非ステルス機の戦闘は、いわば目隠しされたボクサーが一方的に殴られるようなものだと例え話を聞いた事があります。
    しかし実際には見えないのは相手のボディーだけで、放たれたパンチまでステルス化できている訳じゃない。
    敵の第五世代戦闘機に先に発見されて先に中長距離のAAM攻撃をされたとしても、例えその一瞬でも攻撃された事を検知できれば、
    RWR等で撃たれた方角だけでもわかるのならばその方向に機首を向ければ自らのレーダーで敵ミサイルを捉える事ができ、
    そのミサイルに対して欺瞞なり自機や僚機のミサイルでハードキルなり何らかの行動ができるはずではないか。
    彼我の搭載AAM数によっては自分の身を守る事ぐらいはできるのでは、そういう意図の質問だと思います。
    世代で劣る以上は無駄のある戦いなのは否めないでしょう。

    これは僕も大変気になるところですが残念ながら回答できるだけの知識を持ちません。
    ゴミレス失礼いたしました
    傍観者M


  9. RWR(レーダー警報装置)は、いちおう距離も表示されます。
    しかし電波の強さで距離を推定しているだけなので、正確さには欠けます。

    あと、AIM-120AMRAAMは慣性航法やデータリンクによる指令アップデートで中間誘導され、終末誘導にレーダーを使うので、発射直後にいきなりレーダー電波が出るわけではないです。

    敵機がステルス機でもミサイル自体は非ステルスなので発射した瞬間を探知することは可能だと思いますが、追跡ができない以上は自己防御以上の対処は実質不可能だと思います。

    ステルス機に対して非ステルス機はどう戦うかというテーマは私も興味ありますが、これ以上は議ボ向きの話題でしょう。
    超音速


  10. RWRの距離表示について、過去ログを見つけました。

    http://www.warbirds.sakura.ne.jp/ansqn/logs/A004/A0000721.html
    超音速



1546 実は、ミステールからのフランス製ジェット戦闘機も好きです。
特にミラージュlllはよく働いた飛行機だと思うのですが、ネット以外の資料だと、世界の傑作機の再販かかった本くらいしか、読みでのあるのが見つかりません。
ミラージュlllの資料本で、英語のキャプションと(出来れば)図面が多めの、これ読んどけば、まぁ当分OKな書籍がありましたら、和書も含めてお教えくだされば、ありがたく思います。
よろしくお願いいたします。
まいまい

  1. スケールエイビエーション2020年09月号がミラージュ特集でしたね、と書きそびれるうちに次号出ちゃったし、抑プラモデルの雑誌が世傑より詳しい訳が無し。余計でしたら削除してください。
    にも。



1545 今T社のゼロ戦52型のプラモを作ろうとしているのですが、塗装指示図の上下塗分ラインが三菱製の機体と中島製の機体とで異なっています。このこと自体は常識の範囲内で前々から知っていたのですが、その理由が気になって調べてみたらもともとは日の丸の白フチの有無で区別していたのが、上面濃緑色導入時に塗分ラインで区別するようになったようです。
そうすると今度は両者を区別する理由が気になって、これも調べてみたところ三菱製のゼロ戦と中島製のゼロ戦にはその性能というか特性にかなりの違いがあって、外部塗装で製造元をはっきりと明示しなければならないくらいの違いがあったそうです。ここで困ってしまったのが記載記事により「三菱の設計だから三菱製の方がいい」とか「発動機との相性で中島製の方がいい」とか意見がバラバラなことです。本当のところはどうなのでしょうか?

また実際にそんなに差があるのなら、優秀な方に搭乗したいのが人情ですから「俺は三菱じゃないとヤダ」とか現場でトラブルになったりはしなかったのでしょうか?そう思うと塗分けラインによる製造元の区別表示などやらなきゃいいのにと私などは思ってしまうのですが、末期まできっちり守られているので、何か私の思い及ばない必要不可欠な理由とかあったのでしょうか?このあたりの事情についてご存じの方、どうか教えてください。

備後ピート

  1. 「もともとは日の丸の白フチの有無で区別していた」ということはありません。
    たまたま、昭和17年秋以降も二一型を生産していたのが中島だったので、中島製の二一型のそれ以降生産のものの日章に白フチが就いているだけです。
    同時期に三菱で生産されていた零戦にも日章に白縁がつくようになっています。ただ、それが二一型ではなかった、というだけのことです。
    したがって、零戦二一型の時点では、三菱製と中島製のあいだに明確な塗装上での区別はなかった、ということになります。
    迷彩導入以降で両者に差ができたのは、迷彩の塗り分けに関する明確な基準がなく、各社毎に塗り分けのパターンを作っていたからということなのではないかと思います。
    もし、三菱製と中島製を区別する必要がある場合には、胴体左側面の製造番号記入欄を見れば良いことですし、たくさんの構成部品にもそれぞれ銘鈑で製造会社が明示されています。

    各部隊が三菱製の機体を受け取るか、中島製の機体を受け取るかは、その時点での供給事情によります。もし早期に零戦の機体を受領する必要がある部隊があって、その時に在庫があるのが中島製ならば、それを受け取りに行くことになります。


  2. 両社製の機体の間で工作上の違いはもちろんあるのですが、
    「三菱の設計だから三菱製の方がいい」
    「発動機との相性で中島製の方がいい」
    というような話は、合理的な根拠を求め得ない、噂話程度のものに過ぎません。
    特に後者はまるで意味を為しません。


  3. 早々の回答、どうもありがとうございます。調査が杜撰で恥をかくというパターンをまたやっちまったようです。

    ところで、追っかけ質問になりますが「迷彩の塗分けに関する明確な基準がない」ということは、仮に実戦部隊で損傷した機体を修理する際などに三菱製の機体に中島式の塗分けを行っても(そんな手間のかかることするかどうかは別にして)特に処罰の対象になったりはしないということでしょうか?
    備後ピート


  4. 二代台南空の迷彩された零戦三二型の写真はご覧になったことがないでしょうか。

    もしなければ、「タイ-184」でネット検索すると、
    ハセガワの模型の塗装例が出てくるはずです。


  5. 写真拝見させていただきました。恥ずかしながら初見です。2パターンしかないと思っていましたが、何事にも例外というものはあるものですね。具体的で親切なご回答、重ねてありがとうございました。
    備後ピート


  6. 零戦三二型は全機が迷彩が施されずに工場完成していますので、その写真の迷彩は、3でのご質問のとおる改修時に塗ったものです。


  7. 群馬出身の搭乗員は、どっちを選べとなれば勿論中島だ!と明確に仰ってましたよ。勿論当時においては軍隊組織ですから選べるわけでもなく(この件は仰っていたかと)、郷土愛故の戦後のお話ですが(^-^)
    A6M232


  8. 翔鶴、隼鷹、瑞鶴と空母戦闘機隊で戦った佐々木原正夫さんは内地から戦地へ零戦を空輸する1001空に配属され、以下の証言を残しています
    「群馬県の中島飛行機小泉製作所などに赴いて出来上がった飛行機を片っ端からテストして、これは他にできる者がいなかったので、私一人で一日で20機も試飛行をやったこともありました」
    「マバラカット基地へ爆装用の零戦を空輸したんです。その頃(19年10月頃)の飛行機は出来が悪くてね、特に中島製の零戦は殺人機と言われるぐらい、ほんとうに質が悪かった。台湾を出た時20機あったのが故障で次々と引き返して、着いた時にはたった4機になっていましたよ。」

    証言零戦 搭乗員がくぐり抜けた地獄の戦場と激動の戦後 神立尚紀 P217〜218 
    ガス欠


  9. 19年10〜12月頃といえば、三菱・中島両社を通じて零戦の品質が悪くなってる時期ですね。
    両社とも生産数がガタガタに減っています。
    まったく使い物にならない機体が発生してしまっているんです。


  10. (つづき)
    機体もですし、その時期には石川島製の栄に全機改修レベルの工作不良が頻発しています。


  11. 靖国に展示してある18年11月製の三菱4240号ですが、操縦席床面の燃料コックレバーのアームが通る穴部分は、点検ハンマーで穴を開けて金切りばさみで切ったとしか思えない加工がされていた事を確認しています(;^_^A
    時期を追う毎に両社とも飛行に影響しない部分で色々とありますね・・・

    ただ中島はプレス加工とスポット溶接を三菱より早い段階で使う等、量産面でかなり等進んでいたと現物を見て思うのですが、いかんせん同じ型式でも若干重くなるかと。(加工の容易さでの部材増であったり、曲面加工技術不足により凹みが戻る部分に対して縦通材を追加して等を確認しています)
    A6M232



1544 日本海軍の機上レーダーの活用に関する質問です。

戦記を読むと、昭和18年9月19日の二式飛行艇によるコロンボ偵察で、機上レーダーを地形走査に活用したとの話が出てきます。
また、昭和20年3月24日の陸攻による硫黄島爆撃でも、1機が機上レーダーを地形走査に活用して、爆撃を成功させています。
気になったのは、硫黄島爆撃の際に他の機が機上レーダーを地形走査に活用していないように読めることで、これは部隊への教育が間に合ってなかったことによるものなのでしょうか。
それとも、組織間での知識・知見の共有がうまく行っていなかったことによるものなのでしょうか。

よろしくお願いいたします。
鋲螺


  1. List of Japanese World War II radars
    https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_Japanese_World_War_II_radars#Navy_Radar
    上記の 2.2 では
    (一番上の欄)
    タイプ3マーク6モデル4(タイプH6)
    空中レーダー
    八木タイプ
    波長 2メートル
    1942年8月

    昭和18年(1943)ですから、これだけが使用出来た事に成りますが
    (空中レーダー)とありまして無理ではないかと思われますが。

    他については、少々判りません。

    百九


  2. 三式空六号無線電信機
    https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%BC%8F%E7%A9%BA%E5%85%AD%E5%8F%B7%E7%84%A1%E7%B7%9A%E9%9B%BB%E4%BF%A1%E6%A9%9F
    >実戦
    の項目を読むと地形走査といより波形から推測する感じですね

    Aスコープの見え方
    https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC#A%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%97

    操作方法
    http://www.yokohamaradiomuseum.com/cgi-bin/imgboard.cgi?bbsaction=disp_rep_form&amode=&page=1&blood=20161013134843&parent=8473
    >探索と測定操作
     電測員は機首、胴体両側面に装備された空中線を手動切換により選択し、前方、側方の探索を行う。機首空中線で反射を得た場合は機首を振り、反射波が最大となる方位を探る。胴体側面の空中線で反射波を得た場合は、蛇行により大凡の方位角度を得た後飛行進路を変更し、機首空中線で目標反射波を受信する。電測員は操縦員に指示し、反射波の振幅が最大となるように飛行方位を修正し標的の追尾を行い、併せ測距目盛により距離を測定する。
    ガス欠


  3. コロンボ偵察の際はこんな感じだったようです。夜間の雲下飛行で機位を失した状況です。
    -----------------------------------------------------
    このとき、すっと頭をかすめるものがあった。電探でなんとか位置確認の方法はないものか。わが方の機上電探も、陸地や島に対して距離が測れる程度の性能はあった。
    (中略)
    私は機首を北西に向け、電探測距を命じた。「セイロン島百十キロ」という報告が帰ってきた。セイロン島の南東海面で、距岸百十キロの地点にいることは確かだ。(中略)しかし、どこの海岸からかはまだわからない。
    (中略)
    また、頭にひらめいたものがあった。指向性曲線の形だ。
    (中略)
    つまり飛行機は、電探の(目には見えぬが)大きなウチワを前に突き出しており、旋回するとウチワは一緒に旋回する。セイロン島は大きなイモのような形をしているから、ウチワとイモが離れるとき、サヨナラするときに測距ができなくなるのだ、
    -----------------------------------------------------
    「翔べ!空の巡洋艦『二式大艇』」より

    もちろん、技術的には未熟で現代の地形走査レーダーから見ればおもちゃのようなものだったことは承知していますが、
    それでも大戦後半〜末期の航空戦を見るに、こういったノウハウ、ナレッジのようなものが、どの程度研究され、実戦部隊に周知されていたのかが気になっています。
    鋲螺


  4. 取扱説明書
    http://minouta17.livedoor.blog/archives/16541822.html
    このレベルは周知されたのでしょうが

    >研究室の実験段階では良好に作動し、能力を発揮したものが、実戦段階では粗悪な品質、信頼性により能力が半分以下に落ち、または作動しないケースが頻発した(wiki)

    という状況では測定員の優劣以前の問題に思われます
    ガス欠


  5. その1機は根本正良氏搭乗機のことだと思いますが、こちら「http://www.aramant.com/chuukou/page04_04.html」は読まれましたでしょうか?
    まだなら「2)硫黄島最後の爆撃」項の「1段落」と一覧を挟んで「2〜6段落」をご覧ください。

    5〜6段落にこうあります(以下「・」部分は上記サイトよりの引用です)
    ・私が 航空図チャートと一晩睨めっこして考えた
    ・搭載することになり、白分なりに秘かに操作訓練を繰り返していた電波兵器、電波探知器の活用である
    ・航空図の上でも見逃し勝ちな西之島〜〜〜これを重要ポイントとして新兵器を活用して捉える、これが私の立てた大作戦であった

    このサイトを読む限りでは、硫黄島爆撃でのレーダー使用は「根本氏が考えた」「活用は根本氏搭乗機(根本氏の権限の範囲内)のみ」「レーダーの活用方法を部隊内で共有していない」と受け取れます。

    4と6段落にこうあります
    ・レーダーでキャッチされたら〜〜〜余程の奇跡がなければ一巻の終り
    ・勿論硫黄島を直接探知出来れば最高だが、電波を出したらたちまち相手に逆探知されてこっちがキャッチされ襲撃されるからこれは絶対出来ない
    ・航空図の上でも見逃し勝ちな西之島〜〜〜これを重要ポイントとして新兵器を活用して捉える

    根本氏は硫黄島をレーダーで見つけたわけではなく、レーダーで西之島を見つけ、それを頼りに方向を修正しています(長い飛行中でレーダー使用は一瞬です)。
    硫黄島発見と爆撃は目視ですから、地形走査で爆撃を成功させた訳ではないようです。
    「地形走査で爆撃成功」は鋲螺さんが読んだ情報源が間違ってる可能性があります。

    2〜4段落には夜間長距離飛行がいかに難しい事だったかが書かれています。
    そのかなり下にも
    ・雁行していた2機があっという間に接触〜〜〜早くも脱落して引き返していく
    ・前方を飛んでいた富田機は何を錯覚したか右へ変針
    とあります。

    鋲螺さんが読んだ情報源と私が読んだこのサイトのどちらが正しいかは私にも分かりませんが、開発間もない当時のレーダーやその用法は、映画やアニメ漬けの現代人が考えるような物では無かったのは確かなようです。
    まやん


  6. まやん様
    ご指摘ありがとうございます。
    そちらのサイトは良く熟読しておりまして、そこから逆に、今回の疑問を持った次第です。
    もちろん同じ条件ではないことは承知していますが、この飛行の1年半に性能不十分でも地上の目標物をレーダーで探知することで、荒天、あるいは夜間の視界の悪い飛行の手助けになるというヒントは得られていたわけで、それが組織内で十分に共有されていなかったのでは?と。
    鋲螺



1543 第二次大戦時の対潜哨戒機についてのしつもんです。

対潜任務に就いていた航空機の中でも大型双発のカタリナ飛行艇やロッキードハドソンなどは 潜水艦を発見した時に水平爆撃していたのでしょうか?
それとも緩降下爆撃だったのでしょうか?

水平爆撃だとある程度の高度が必要になりますし、高度をとった爆撃でいくら潜航中で船速が遅いといっても動いている船に正確に爆撃できるのかと疑問に思いました。
急降下爆撃していたのかなと思ったんですが、カタリナも大型の機体ですしハドソンも元は民間の旅客機がベースなのであまり急な角度での降下爆撃は難しいのではないか、緩降下爆撃ではないかとおもって質問させてもらいました。

また、緩降下爆撃をしていたのなら操縦席に操縦士用の照準器も装備されていたのでしょうか?



ライ

  1.  そういうのは、さっぱり分かりませんが https://www.youtube.com/watch?v=N79mZfS7wKY の画像を見ていると緩降下しているように見えますね。
     もっとも、この動画はかなり編集されていますので、どこまで真実かは存じませんが。
     
    hush


  2. 動画では緩降下爆撃というより、緩降下で加速→超低空水平爆撃ですね。
    対潜哨戒では敵潜を発見したら1秒でも早く攻撃しないと取り逃がしてしまうので、このような爆撃法になります。
    カタリナもマリナーもノルデン照準器を持っていますが、目標に思い切り接近しての投弾で恐らく照準器を使ってないか、もしくは雷撃用のそれではないかと。
    普通は爆弾を超低空で落とすと爆発で自機が被害を受けますが、対潜爆弾ならではの超低空爆撃なんでしょうね。

    「世駄」によりますと、英軍沿岸航空隊のボーイング・フォートレスは無理やり急降下して爆撃することもあったとか。

    大戦終盤には音響ホーミング魚雷も使われてます。
    超音速


  3. B-24(PB4Y?)による対潜水平爆撃の訓練動画がありました。48秒あたりを見ると機体の全長(約20m)と同じくらいの超低空から落としてます。
    https://www.criticalpast.com/video/65675063489_United-States-airmen_B-24-bombers_submarine-depth-charges_during-practice
    expery



1542 MiG17とアトール(AA-2)について質問です。
ある時期からの型式にはパイロンが増設されたと聞きます。これに伴いアトールを搭載したMiG17がある、と聞かされ調べたのですが、あるという意見も、無さそうな見解も見ました。
アトールならサイドワインダーがF86で使えた以上、MiG17でも使えそう、と思いはするのですが、真実をお教えください。
まいまい

  1. キューバ空軍のMiG-17はAA-2アトールを搭載することができるそうです。

    http://www.classicaircraft.org/Mikoyan-GurevichMiG17F.html
    超音速


  2. 一部の MiG-17 には搭載出来るとあります。

    Авиационная ракета Р-3С (К-13, изделие 310 и 310А)
    航空ミサイルR-3S(K-13、製品310および310A)
    R-3Sは、APU-13、-13M1、-13M5、-13BS、-13MTのサスペンションで他の航空機の兵器群にも含まれていました。一部のMiG-17PFとMiG-19Pも変更されています。設計の変更を最小限に抑えて、このロケットは空前の状態で、80年代の終わりまでに製造され、かつてないほど長い間使用されました。

    МиГ-17Ф(MiG-17F)
    http://www.airwar.ru/enc/fighter/mig17f.html
    1966年にベトナム空軍がすでに超音速のMiG-19とMiG-21PF-Vを持っていたとき、彼らはMiG-17Fを使い続けました。MiG-17Fは、21番目との相互作用のために特別な戦術が開発され、戦闘フォーメーションの形成の変化に柔軟に対応しました。アメリカの航空機。1966年以降、Izumrudレーダーと3つのHP-23大砲を備えたJ-5Aの使用が顕著になりました。1968年以来、標準の大砲兵装と2つのR-3Sミサイルを備えたMiG-17Fがベトナムで使用されてきました。

    ミコヤンMiG-17
    http://www.airvectors.net/avmig15_2.html
    SRD-1レーダーガンサイト(機首上部の小さなストレーキのようなアンテナで識別可能)などの改善が、製造過程でMiG-17Fに追加され、エンジンと燃料システムの変更も行われました。タイプの耐用年数の後半には、初期モデルのUS Sidewinder AAMのコピーである「R-3S / K-13A」熱探査AAMが取り付けられ、NATO報告名が「AA-2 Atoll」であるものもあります。

    Комплекс К-13 (AA-2 ATOLL)
    Complex K-13(AA-2 ATOLL)
    http://militaryrussia.ru/blog/topic-124.html
    次の航空機のAPU-13ランチャー(R-13Mロケット-APU-13MG)から使用されました:
    R-3S-MiG-17、MiG-19、MiG-21F-13など、MiG-23MF、MiG-27 、Su-7B、Yak-28PM。
    R-2L-MiG-21FL;
    R-3R-MiG-21PFM / S / SMT / SM / M / MF /ビス、MiG-23MF;
    R-13M-MiG-21SMT / SM / M / MF / b is、MiG-23MF、MiG-29;

    ミコヤングリエビッチMiG-17 / -17A('フレスコA / B')[ ' タイプ38' ] / I-330
    https://ruslet.webnode.cz/technika/ruska-technika/letecka-technika/a-i-mikojan-a-m-i-gurjevic/mig-17-17a-fresco-a-b-/
    MiG-17PF(K-13A付き) -K13A( AA-2環礁)タイプのパッシブIRガイダンスを備えた短距離PLRS空気試験室の役割を果たす、MiG-17PF航空機(フレスコD)の特別な変更。このミサイルは、アメリカのミサイルタイプAIM-9B Sidewinderの無許可のコピーにすぎませんでした。このモデルの唯一のコピーは、翼の下に2つのランチャータイプK-13A( AA-2 Atoll)が取り付けられていることを特徴とし、シリアルMiG-17PF( Fresco D)の変換によって1963年の第4四半期に作成されました。上記の変換は、プラント番号134によって保証されました。1963年1月21日の法令OKB MiGに基づいて彼女が作成した図面ドキュメントによると、ミサイルタイプK-13A( AA-2環礁)をテスト)航空機タイプMiG-17PF(フレスコD)で1964年に成功しました。その後、このPLRSは、モデルR-3S(AA-2環礁)として、2機の前部戦闘機タイプMiG-21F-13(フィッシュベッドC)の標準兵器になりました。/ E)。

    百九


  3. urlを忘れました。

    Авиационная ракета Р-3С (К-13, изделие 310 и 310А)
    https://missilery.info/missile/r3c
    百九


  4. ありがとうございました。意外と搭載していなかったのには驚きました。
    まいまい


  5. 書き間違えました。使っていたのに、納得し驚きました。ボードウォーゲームでは、アトール搭載MiG17をよく使ったので、やはり、と思いました。ありがとうございました。
    まいまい



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