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1398 質問してばかりですみません
翼型についての質問です。
NACA Mシリーズの読み方,違いを教えてください。

翼特性の
c.p. c.p. Cm(下付き)a.c. の意味も教えてください。
ケレス

  1. 航空力学については教科書を見ながらしか説明できない程度の者ですが、回答が付かないようですので取り敢えず質問の後段部分につき回答します。

    NACA Mシリーズは、かなり古い翼型のようですね。 現状私は、Munkが薄翼理論に基づいて系統的に実験を行い1924年頃にM6,M12を作った、程度しか分かりません。

    NACA Mシリーズのc.p.とCm a.c.について回答しますが、これらの実験データは2次元翼のデーターですから、ここでの説明は2次元翼についての説明です

    c.p.は、center of pressureで、風圧中心と呼ばれます。その位置は、「翼断面に作用する空気力によってつくられるモーメントがゼロになる点」と説明されます。実際の計算は翼表面の多くの点の圧力を用いて行いますが、計算は2次元図形の重心を求める計算とほぼ同じです。
    風圧中心の位置は、翼弦(翼の先端と尾端を結ぶ線分)に沿って、翼の先端からの長さで表示します。但し正しくは、翼弦長cの何パーセントの長さかで表示します。(細かくは風圧中心の翼弦線の上下方向のずれも計測されますが、実用上ほとんど無視してよいのでここでは省略)
    ところで風圧中心の位置は、ごく大まかには翼先端から25%附近にありますが翼の迎角を変化させたときに、無視できない程度に位置を変化させます。このため、Cma.c.とa.c.が機体の設計上重要な意味をもつのです。


    Cm a.c.について。先ずは、Cmは翼のモーメント係数です。
    添え字a.c.はaerodynamic centerであり空力中心と言い、その位置は(風圧中心と同様に)翼先端からの長さを%表示したものです。
    Cm a.c.の意味については、翼の風洞実験を想像するのが解りやすい。翼型の空力中心位置に軸を取り付けてその軸を利用して翼に働く空力モーメントを計測できるようにしたときに、計測された空力モーメントの無次元モーメント係数がCma.c.です。
    空力中心の一般的な位置は22〜26%程度と言われていますがまだ空力中心の説明が不足しており、その説明を以下にします。

    上記の説明で翼に取り付けた軸の位置を例えば15%の位置に固定して、翼の迎角を失速しない範囲で増やしながらモーメント係数を計測します。その結果を横軸を二次元翼の揚力係数、縦軸をモーメント係数としたグラフにプロットすれば右下がりの直線が得られる。
    次に今度は軸の位置を30%にした場合、右上がりの直宣が得られる。
    そうであるなら、軸の位置をうまく調整すればモーメント係数をプロットした直線が水平になる(=モーメント係数が一定になる)軸の取付け位置がある訳で、そのような軸位置が空力中心の位置と定義されるわけです。
    従って空力中心に軸を固定して、翼の迎角を変化させながら計測した空力モーメント係数がCma.c.です。

    ところで、上記の仮想風洞実験では翼が失速しない範囲に限定しましたが、実際の風洞実験は翼が失速しない範囲も含まれます。その場合にはCma.c.は一定値ではなくなりますが、迎角が大きく失速しているときの一定値から外れた空力モーメント係数もやはりCma.c.とされます。
    一方で、ある文章のなかで「Cma.c.の値は・・・」などと使われる場合は、一定値のCma.c.が想定されているようです。

    一定値のCma.c.は機体の初期設計において、水平尾翼を主翼のどの程度後方に配置するかとか、どの程度の取付け角にするかなどの見積りに非常に便利に使える数値になるはずです。 使い道がないと、こんなややこしいCma.c.なんてものをつかいませんよね。
    如風


  2. 誤記訂正

    終わりの行から5行目あたりの、

    誤:「風洞実験は翼が失速しない範囲」→ 正「風洞実験は翼が失速する範囲」
    如風


  3. 如風さん ありがとうございます

    ケレス


  4.  http://kaidan2.hatenablog.com/entry/20061024/p1
     念のために書いておきますが、この程度のことはお探しではないですよね?
     
    hush



1397 Bf109の日本のWikipedia記事に書かれた「世界で初めて一撃離脱戦法を前提に開発された」という記述について質問です
同じWikipediaの英語版やドイツ語版には
「機体を軽くして更に翼面荷重を高くすることで高速を追求した」とは書いてあるものの
それがすなわち「一撃離脱戦法を前提にしたからだ」とは一言も書いていませんし
「Bf109 一撃離脱」で検索してもそうじゃないとする説や反証が多く出て来るので疑問に思っています
「Bf109は世界で初めて一撃離脱戦法を前提に開発された」というのは
信頼性が高い研究などを含めて大局的に見て現在でも定説のままだと言えるんでしょうか?

また、仮にBf109が一撃離脱戦法前提の戦闘機だったとしても
「近代的な単葉引き込み脚の高速重視の戦闘機」の先輩としてはI-16が存在しますよね
ジービーレーサーに似た寸詰りの胴体を採用してまでとにかく高速を追求し
スペインでもノモンハンでも高速を武器に戦った戦闘機が高速一撃離脱を重視してないとは到底思えないのですが
I-16は「世界で初めて一撃離脱戦法を前提に開発された戦闘機」ではないのでしょうか?
カタカナ提督

  1. その様に開発されたのでは無く、
    実戦によりひとつの有効な手段だったと言う事だそうです。

    Bf109 にかぎらず、先に発見し有利な位置にあったら
    一撃離脱を行っていたそうです。

    あとずけの話になるのだと思います。
    百九


  2. 1930年代前半、単葉引込脚の高速機は戦闘機以外の機種から実用化されていきましたが、戦闘機は大きなGに対応させる必要からなかなか複葉から脱却できませんでした。
    そのため複葉のままの戦闘機が単葉化した爆撃機より遅くなり、果ては旅客機や郵便機より遅いという状況で、戦闘機無用論まで出るに至りました。
    戦略爆撃が各国で脅威とされていた時代でもあり、新しい戦闘機はどうしても高速が必要でした。
    高速を追求したのは一にも二にも爆撃機迎撃のためです。
    超音速


  3. 実は従来機と比べての高速機って、割と旋回戦闘もこなせちゃうんですよ…特に縦方向。
    隼もノモンハンの戦訓から岩橋大尉によって縦方向旋回で九七式戦に勝てる、これに近い関係が、それまでの複葉機とイ16との間にも言えるでしょう。
    翼面荷重が劣るならコーナー速度で追い詰めればいい、という理屈ですな。
    と言うわけで、実は世間一般に言われる「一撃離脱仕様」だのは、実は必ずしも意図してやった訳ではないと思われます。
    Me109同様に、イ16もまず敵機に空中戦で勝利する、それが転じて一撃離脱にも好結果をもたらしたのでしょう。
    パンジャンドラム


  4. ちなみに、I-16は対戦闘機戦に不安があったため複葉のI-15とコンビで開発されました。
    実際スペイン内戦もノモンハンもコンビで戦いました。
    制空戦闘では互いに補い合う形で戦うことが前提となっているのです。
    超音速


  5. 零戦も2000年までその開発目的が知られておらず、あれこれとみんなが勝手に想像していましたが、Bf109は開発経緯を示す決定的な文書資料が未発見であるために同じような状況が今も続いています。
    世界で初めて、も何も、そもそも「〜と推定されるものの、詳しくはわからない」のが現在における唯一の正解です。
    BUN


  6.  ネット情報ですが、

    1933年3月下旬、RLMは LA1432 / 33 で、

    1. 速度
    2. 上昇率
    3. 運動性(100kg / m2 以下である事)
    を要求しています。

    (以下機械翻訳ですが)
    戦闘機は最高速度が必要でした400km/ h(250mph)で6,000m(19,690ft)で20分間維持し、全飛行時間は90分である。 6,000メートルの臨界高度は17分以内で達成され、戦闘機は9,000メートルの運用上の天井を持つことになった。

    昼間の操作に適した設計。
    500発の弾薬と100発の弾薬を搭載した自動銃2個。
    空対地通信のためのラジオ。
    高高度飛行のための酸素システムとコックピット加熱。
    パラシュートと必要な休憩。
    17分で19,500 フィートでなければなりません。 この高度では、250 マイルの速度で20分間飛行できるはずです。
    少なくとも1時間の合計飛行時間表が必要です。
    最大高度は33,000フィートになります。
    あなたはターンで高度を失ってはいけません。
    ウイルスから簡単に取り外せるようにする必要があります。
    それは平均的なドイツの軍事軌道(430m X 430m)から降りることができなければなりません。
    9つのフライトのグループが着陸できます。
    列車で輸送可能でなければならないため、鉄道輸送システムに適したサイズでなければなりません。

    (この中で武装については)

    3×機銃 各千発 又は、
    2×機銃 各千発 + 20mm機関砲 百発
    が有力です。

    百九


  7. ありがとうございました
    Bf109もI-16も高速爆撃機に追い付く高速(と上昇力)を何よりも第一義として開発されたシンプルな思想の迎撃機であり
    対戦闘機戦で一撃離脱戦法を得意としたのはいわば余技に過ぎないということですか

    それにしてもBUNさんの確たる史料が出ていないという言が本当なら
    「世界で初めて一撃離脱戦法を前提にした」という逸話はいったいどこから捻り出されてきたのでしょうか…
    Bf109の記事には端的にしか書かれていないものの同じWikipediaの「一撃離脱戦法」の記事では具体的に
    >1934年、ドイツでは、ウィリー・メッサーシュミット博士の「戦闘機は速度、上昇力、急降下性能に優れていれば相手を攻撃することもいったん不利となれば振り切って逃げることもできる」という考えが反映され、無駄のない小型機に最高のエンジンを搭載するという設計思想で作られたBf 109(Me 109)によって一撃離脱戦法の思想がドイツ空軍にていち早く取り入れられていた。
    と踏み込んだ記述がされています
    仮に彼が本当にこのような発言をしていたとして
    それは対戦闘機戦において一撃離脱戦法を重視するということを意味しているのでしょうか?
    また上記の最初の質問文の通りこのような考えはI-16にも当て嵌まっており
    やはりBf109が世界初であると結論してしまっているWikipediaの記述は疑わしく思えます
    I-16どころかそもそも第一次世界大戦の空戦の頃から水平速度・急降下速度による自由な捕捉・離脱の利は発見されているはずですし
    カタカナ提督


  8. そもそもWikipediaの「一撃離脱戦法」の項に対応する各国語のページには、空戦の戦法としての記述がありません。日本語の「一撃離脱戦法」のページは独特な発展をしてしまっているのではないでしょうか?


  9. ウィキ先生は、鵜呑みにするのは良くないと思います。
    でも良い所もあって、Bf109 の下のほうを見ますと、
    (現存する機体)を見ますと、全て Bf に成っています。
    これは、Bf が公式である小さな証拠だと言えます。

    宣伝誌(アドラー)で、Me を広めたので、
    ドイツから見て外国の人は、Me109 が正式と思わされたのですね。
    RLM では一貫して Bf109 だったそうです。
    百九


  10. それはまた別の問題でしょうね。


  11. 誰かのって来ないかと、
    脱線しました、ご容赦下さい。
    百九


  12. Bf109が一撃離脱機だと言う印象が付いてしまったのはやっぱりハルトマンを初めとするエースのせいじゃないかなぁ…
    リーン


  13. 別にWikipediaを鵜呑みにしているわけではないですし今回も最初から疑ってかかっていました
    どうも怪しいぞという解答を頂けたうえで
    >世界で初めて一撃離脱戦法を前提に開発されたとされ
    >1934年、ドイツでは、ウィリー・メッサーシュミット博士の「戦闘機は速度、上昇力、急降下性能に優れていれば相手を攻撃することもいったん不利となれば振り切って逃げることもできる」という考えが反映され、無駄のない小型機に最高のエンジンを搭載するという設計思想で作られたBf 109(Me 109)によって一撃離脱戦法の思想がドイツ空軍にていち早く取り入れられていた。
    のような「怪しい伝説」がいつどこから発生したのかが気にかかるんですよね
    英語圏や独語圏では広まっていない日本ローカルな逸話なのか否かも含めて
    カタカナ提督


  14. >12
    ハルトマンは1940年入隊で1942年発撃墜とかだそうです。


    暇人


  15. >13
    (9.)は誤解を招く書き方だったです、ごめんなさい。

    (The Battle of Britain 1940 Hurricane 501)
    https://www.hurricane501.co.uk/history/sir-winston-churchill-raf-battle-of-britain-1940-hurricane-spitfire/

    ここの上から8番目の写真では、
    コントレールが綺麗な円になっています。
    百九


  16. >>13
    経歴表示で確認すると何度か大幅に書き換えられており、昔の版のほうが断定的に書いてあります
    出典ですが、文章の途中に[6]と言う風にリンクがありポンターをそこに持って行くと出典名が現れます(もしくはページの最後のほうに記載されています)
    ・過去の版(〜2013/5)の出典は【太平洋戦争研究会『武器・兵器でわかる太平洋戦争』日本文芸社〈学校で教えない教科書〉、2005年、130‐131頁】
    ・今の版(2013/5〜)の出典は【ブレインナビ『第二次世界大戦の「軍用機」がよくわかる本』PHP文庫16頁】
    とあります
    残念ですが、私はそれらの本を所有していませんので答えが書けません
    まやん



1396 97艦攻の魚雷搭載方法についての質問です。
プラモを作ったところ、魚雷の位置が機首から尾翼にかけての中心軸ではなく、やや右主翼よりとなっていました。
実際の搭載の仕方も、そのような形だったのでしょうか?
そして、もしそうであるのなら、どのような理由からそうなったのでしょうか?
天下のハセガワ製なので、プラモメーカーのチョンボ、という線は考えにくいのです。。。
駆逐艦ユキカベ

  1.  https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1293246737
     いろいろな説があるようですね。
     
    hush


  2. 実物も明らかに片方に寄ってましたから、それで大丈夫です。
    写真等を見ても右に寄ってます(魚雷積んで下から見た写真も昔の丸メカにありました)。
    機内から下を見る窓が床にありまして、この窓が左側、爆弾と魚雷は右側にオフセットして
    干渉しないようにしているのです。
    この窓は爆撃照準用の他に、写真撮ったり航法の偏流測定をしたり色々使いますから、視界を塞がれると困る類のものなんです。
    みがも


  3. >hush様、みがも様
    そう言えば今回、私は設計図に従って、機体下部の中央付近に窓ガラスを取り付けていました。
    なるほど、あれが答えだったのか。。。
    疑問が解消されました。
    ありがとうございます。

    駆逐艦ユキカベ



1395 慣性起動装置によるエンジン始動についての素朴な疑問です。
イナーシャの回転数が充分に上がったところで「コンタクト」と大声で言いながらクラッチを繋ぐ、と言うような趣旨の記述をしばしば目にします。単機の場合なら理解できるのですが、空母上などで多数の機体が同時にエンジンを始動する際の排気音は相当なもので、声による伝達は難しいと思われ、以下のような疑問が出ました。
@イナーシャの回転数が充分に上がったことを、整備員は操縦者にどのように伝達したのでしょうか。
A操縦者は整備員に「コンタクト」することを、どのように伝達したのでしょうか。
私の思い込みや勘違いがありましたら、御容赦下さい。
1215

  1.  イナーシャを使うというところを見ると、旧日本軍のケースだろうと思うのですが、だとすれば、エンジンを始動して暖機運転が終わった時点で搭乗員が乗り組むはずですので、一斉始動の必要性はないように思いますが。
     それでも、他のエンジンが回っている中で、始動させるのなら、音声よりも、多分、すでに想定されていると思いますが、身振りのほうがよろしいかとは思います。
     菅見の限りでは、「目の前で両腕を交差させ、一気に広げ」るのが、回転が上がってきたということのようです。
     もっとも、これが陸のことなのか、海のことなのかも存じませんが。
     
    hush


  2. >1 言葉が足りないのと、誤解しやすい記述がありました。
    旧日本軍の単発機のケースです。
    整備員がイナーシャとクラッチを操作し、操縦者は操縦席で電気(点火)関係のスイッチを操作する、と理解しているのですが・・・。
    1215


  3.  陸軍は分かりませんが、旧日本海軍では整備兵が暖機運転を行ってから、操縦士に引渡していたようです。
     http://www.warbirds.jp/senri/10kaiko/08fugioka/siragiku.html
     https://iwasashougo.com/zero/blg20111107.html
     また、映画「ハワイ・マレー沖海戦」 https://www.youtube.com/watch?v=8n5IMg5SGvI での発艦シーンでは、搭乗員が一斉に乗り組みますが、その時、すでにプロペラは回っております。
     映画ですので、事実と反する部分はあろうかと思いますが、記録映像を使っていると思いますので、そこのところは大丈夫かと思っています。
     http://soranokakera.lekumo.biz/tesr/2012/08/post-36ca.html
     上記の回想では、敷島隊の5機の始動を整備兵が一人で行っているようです。
     素人ですので、間違いもあろうかと思いますが、実際に整備を行っていた人の回想から、そのように判断しました。
     
    hush


  4. こんなのが有りましたね。

    http://www001.upp.so-net.ne.jp/Strumgeschutz-3/senseki0.htm
    暇人


  5. 自機の発動機は回っていませんし、パイロットも整備兵?も御互いに始動出来るタイミングは経過した時間で有ったり、音の変化で分るのでは無いでしょうか。

    https://www.youtube.com/watch?v=mJE51s-NONc
    暇人


  6. >4
     御教示多謝。
     ただ、栄発動機は、暖機に20分間程度はかかるようです。その後、弾薬補充や点検等を行って、飛行甲板に並べて再始動、搭乗員が乗り組むのはその20分後か30分後だそうです。
     戦争末期には潤滑油の不良により、暖機に2時間もかかったという記述もあります。
     これが事実なら、始動だけのために搭乗員が一々乗り組むというのは、無駄な話だと思うのです。ブリーフィングから状況はどんどんと変わるし、日本の無線機の性能を考えると、発進直前に搭乗するというほうが自然です。そんな、発進の数十分から1時間も前から乗せておくというほうが不可解です。
     現代の航空機は暖機など必要ありませんので、乗り組んですぐに発進できます。したがって、操縦士が始動を行うのは当たり前ですが、当時の状況では、整備兵にさせるほうが有利だったのではないかと思っております。
     
    hush


  7. >6
    言われてみるとその通りですね。暖気は必要かと。
    戦記で読んだのが頭に浮かびました。

    自軍の飛行場近辺に敵爆撃機が進行してきて、ピストから「廻せ!」と叫びながら愛機に向かって走り離陸して行く場面です。
    暇人


  8. 質問者です。
    声が届かなければ、手や身振りで合図を送る。考えてみれば当然の事でした。恥ずかしい限りです。
    皆様、ありがとう御座います。
    1215



1394 度々お世話になっております。空母の発着甲板で機体が待機する位置について、ちょっと疑問に思ったので教えていただければ嬉しいです。

発艦時は甲板の中心線上を走っていくとすると、中央列以外の機体は走り始めにまず中心線まで合わせる手間があると思うのですが、直掩で戦闘機を2〜3機待機させておくだけなら、最初から中心線一列に並べておけば余計な手間が無いかな…などと思ったのです。しかし、実際にそういう例を見た事がありません。模型の作例なんかは、主に大量の攻撃隊が互い違いに並んでいることが多いですし(私も自分で作るならそっちにしてしまいますし…)

みがも

  1. (途中送信してしまいました)
    少数機ならば一列に並べる、というような事は実際あったのでしょうか?
    みがも


  2. >一列
    見た様な気もしますが、確認すると無さそうでした。

    >一手間
    発艦時の映像やら画像やら有るかと思います。

    九七式艦攻の映像では、飛行甲板中央の白線と舷側の白線の間を滑走し、離艦時はやや中央寄りに離艦しているのが確認出来ます。

    他には零戦の発艦画像では、離艦するまで中央の白線と舷側の白線の間を滑走しているのが確認出来ます。

    一手間という程の物は無かったかと推察出来ます。
    暇人


  3. 発艦が安全で楽だからです。
    縦列で配列すると1番機と3番機は20mの差が出ますが、山型配列なら数mです。
    発艦時の母艦は高速で航行していますから飛行甲板の中心に出るのに手間はかかりません。
    BUN


  4. 縦列で駐機した場合、後の機体程搭乗員や整備兵の歩行距離が伸びるかと思います。編隊行動をするにあたり、これは後ろの機体の負担は大きかったのでは無いでしょうか。
    暇人


  5. 直援を担当できる母艦搭乗員なら、中心線からずれていようがいまいが前方に十分は滑走距離が有りますので、関係ないはなしだと思います。

    試運転時のプロペラ後流を避けるには中心線一列でない方が良いと思います。
    係留索の位置とかの関係はどうなのでしょうか。空母の定められた位置があるのでしょうか。
    車輪止めだけで、係留位置は自由に設定できたのでしょうか。

    空母の運用規定が有るのではとおもいますが。。。
    資料をご存知の方に、お教えねがいたいですね。
    ちょん太


  6. 4 歩行距離が延びるとは?
     また編隊は上空で旋回しながら組みます。

    5 飛行機の配列は航本の研究を基礎とした配列法があります。
    BUN


  7. 回答ありがとうございます。
    ちょっとくらい中心からズレてもそんなに問題無いんですね。神経質に考えすぎていたようです。
    それに、真っすぐ並べたら確かにプロペラ後流とかは気になりますね…
    それで前後をある程度離して長い一列にするくらいなら、普通に山型に並べるのが確かに一番いいですよね。

    みがも


  8. >6
    縦長の駐機だとスクランブルの様な状態な時に、ピストやら搭乗員待機所からの歩行距離を想像しました。
    暇人



1393 お世話になっております。ひさびさの質問です。
日本陸軍航空隊はなんでロケット弾を使用しなかったんでしょうか?
海軍はロケット弾を何種類か使ったようですが、陸軍は地上兵器としては使ったのに航空用はありませんよね。
海軍や米軍が使ってるのを見て自分らも使おうと思わなかったんでしょうか?

酔来亭天福

  1. 陸軍にも一応航空用ロケット弾はあったりします
    ロ3弾、ロ5弾、ロ7弾がそれですかね
    対空用のロ3弾は1943年の10月頃から一式戦で試験されてて、ロ3弾を運用できるように40機から50機ほどの一式戦が改造されました
    しかしながら弾速が秒速200m/sと遅いために当てにくいという評価が下されて審査は通ったものの大量生産には至りませんでした
    ロ5弾も同じく対空用で1944年に入って開発されてましたがやはりものにはなってません
    ロ7弾は対艦用の300kg近い重量のロケット弾ですがロ5弾同様終戦までに間に合いませんでした
    陸軍はこの他にも何種類かロケット弾を研究してたそうですがどれもロ3弾シリーズほどは進んでいませんでした
    陸軍はロケット弾を積極的に使わなかったのではなく間に合わなかっただけではないかと個人的には思うんですね
    リーン


  2. まず、航空機用ロケット弾は一発当たりの炸薬の量が少なく無いでしょうか。
    おまけに低速で命中率も悪い。
    海軍の物も米軍の物に比べればかなり低速です。陸軍の物も同様。
    こりゃ、使い物にならんと判断されたので無いかと個人的には思います。
    暇人


  3. ありがとうございました。
    試作品があったのは初めて知りました。
    酔来亭天福


  4. 陸軍のロケット砲としては、ホ-301があります。
    二式単戦、二式複戦に搭載され、B-29邀撃戦に使われています。
    佐々木



1392 日本軍の夜間戦闘機についての質問です
日本軍は陸海軍ともにB-29の夜間迎撃のために斜銃を搭載しての夜間戦闘機を運用していましたが
このうち月光以外の既存の複座機から改修された機体、つまり彗星、彩雲、百式司偵、屠龍などの機体は斜銃を追加しての夜間戦闘機として運用されたものは一人で運用していたのでしょうか?
それとも後部機銃手も乗り込んで運用していたのでしょうか?
彗星や一部の屠龍は後部機銃を外してその部分の斜銃を搭載しているけど索敵などの面で複数人居た方が索敵的な意味で有利に思えますが実際はどうしていたのでしょうか?
リーン

  1. また、実際に運用されたかはともかく、夜戦改造された彗星と銀河は元の爆弾運用能力を保持したままでしょうか?

    リーン


  2. 後席は残され、搭乗員も1ペア、2人です。爆弾倉もそのまま残されています。

    BUN


  3. お答えいただきありがとうございます
    2人1ペアで運用したそうですが、元々3座の銀河も2人だったのでしょうか?
    彩雲は真ん中の座席にスペースがなくなってるのでどう頑張っても3人乗りは無理そうですけど…
    リーン


  4. 彩雲夜戦は2人ペアですけど、銀河夜戦/極光は3人ペアです。
    爆弾搭載能力が残されたのは、陸海軍ともにタ弾/3号爆弾による迎撃を多用するつもりだったからです。
    百式司偵にはそのために爆弾架が新設されています。
    超音速


  5. あー、なるほど…なんで爆弾槽とか残してたのかと思ったら3号爆弾がありましたか…
    すごく納得でした
    そういえばいくつかの本だと彗星12型戊の武装が20mm斜銃4門ってなってましたけどあれはなにと混同したんでしょう…?
    試作機でも30mm(2式?)1門だったはずですけど…
    リーン


  6. 三〇二空の双発夜戦隊は艦船攻撃任務があり超低高度爆撃訓練(おそらく反跳爆撃)を実施していましたから、月光の後継機として配備された銀河も同じように艦船攻撃にも用いられる予定で三人ペアなのですが、機数が揃わないことと温存策が採られたことから実際の出撃は行われていません。
    夜戦の爆装は三号爆弾の使用が全てではないのです。
    BUN


  7. 対艦用途もある程度想定していたんですね…
    排気タービン搭載型の彗星が1機しか作られなかったのもそういったことなんだろうか…?
    いやあれは性能か…
    リーン


  8. 302空の月光、銀河でしたら、積極策に転じた昭和20年8月13日に房総半島沖の38機動部隊攻撃で投弾を報じていますから、実例も有りということになるかと。
    若狭玄


  9. ああ、ごめんなさい。
    とにかく三号爆弾の為に人が乗っている訳ではないのです。
    BUN



1391  太平洋戦争中、日米とも航空機の輸送は主として船舶でなされたと聞きます。
素人考えだと飛行機なんだからそのまま飛行して空港に着陸したほうが輸送は合理的ではと思ってしまいます。
 そうならない理由を教えてください。
さんしきだん

  1. そのまま飛行して移動することを空輸といいます。輸送先が近い場合は空輸のほうがいいのですが、ラバウルや蘭印方面など遠隔地の場合は船便のほうが適しています。
    空輸の問題点はまずパイロットの負担で、出発地まで部隊のパイロットが取りに行くか、空輸専門パイロットが運ぶ場合も帰りの足が必要なのです。
    次に飛行機の消耗です。当時の飛行機は耐用限度とされた飛行時間が短く、零戦ですと空母搭載機で100時間、基地航空隊で150時間までと決められていました。空輸するために十何時間も飛行すると前線で使用できる時間がそのぶん減ってしまいます。
    船便ですと耐用限度を過ぎた機体を帰りの便に乗せていけます。これを環納といいます。
    船便での輸送は輸送船に積載するときは分解梱包するので、当然現地で組み立てる手間がかかるのがデメリットですね。
    航空機輸送は空母を使うのが一番合理的で、完成状態で積載できて現地近くで発艦して飛行場に着陸すれば輸送完了です。陸軍の戦闘機でも輸送できます。
    米軍は護衛空母を大量に建造したので航空機輸送に積極的に活用しました。陸軍機にもカタパルトフックを取り付けて空母から発艦していたのです。

    以上は戦闘機の場合でして大型機になると空輸のほうが適してきます。長距離航法も確実ですし、耐用時間も千時間単位です。
    超音速


  2.  最大の理由はコストです。

     まず、飛行機だけ移動しても移動先で飛行機は使えません。移動先で飛行機を使うためには様々な部品や機材や燃料等消耗品が必要です。整備士等の人員も必要です。飛行機を移動させ、なおかつ移動先で飛行機を運用するためには飛行機だけでなくそれら一切合財を運ぶ必要があるのですが、飛行機でそれらを運ぼうとすると何往復もしなければなりません。その手間と費用が馬鹿にならないのです。

     有名な実例としては米軍の第40爆撃群による「ハンプ・ミッション」(B−29を中国に展開させるために行われたインドからヒマラヤを越える輸送作戦)があります。
    おうる


  3. 陸地伝い・島伝いで行ける南西方面は、どんどん飛行して輸送しています。

    南東方面は輸送距離が大きく、間の海面が大きいから船を使うわけです。


  4. B-29なんか、
    シアトル→北米東海岸→アイスランド→英国→北アフリカ→中東→インド→成都
    と、空輸してますしね。

    結局、航続力と航法能力の問題というに尽きます。


  5. >2

    「ハンプ」は1942年から行われた援蒋ルートの空路輸送のことです。
    B-29のために始めたものではありません。
    アッサム地方から中国奥地までの山越えルートが「ハンプ」と呼ばれたのです。
    ビルマが日本軍の手に落ちる前にはミートキーナから空路での輸送が行われていましたが、これは「ハンプ」とは言いません。
    BUN


  6. それから、太平洋戦争中の飛行機輸送は主に空輸で行われています。
    内地 サイパン トラック ラバウル
    内地 朝鮮 大陸
    内地 台湾 ルソン 仏印 シンガポールといった空輸ルートにどんどん飛行機が流れています。

    これらを補助したのが空母や輸送船による輸送です。

    例えばラバウルの空襲が激化すると船舶輸送はトラックで下してそこから空輸といったパターンもあります。
    BUN


  7. 旧陸軍機に関して言えば、航続距離が短いこと、洋上航法能力の欠如を挙げられます。出典:PHP文庫 奥宮正武著「真実の太平洋戦争」のP275〜288。なお、これがまたマリアナの戦い等で陸軍機がいなかった大きな理由です。
    UK


  8. 陸軍機も、南東方面へは空母を使って運ぶことが行われ、トラックからは洋上空輸も行われています。


  9. >6
    それは出典からして不適当で間違っています。

    陸軍機こそ開戦時から主に空輸で機材を前送しています。
    上に書いたフェリールートはサイパン経由を除き、陸軍機もほぼ同様です。
    航法は目標の有無、誘導機の有無で条件は大きく変わります。

    BUN


  10. >7
    そもそも68戦隊と78戦隊はどうやってニューギニアに進出したのでしょうか・・・
    P-kun



1390 的外れな質問になってしまったらすいません。
太平洋戦争中、横須賀近辺で作られていた空冷星形複列14気筒エンジンてなにかありかますか?
バツ

  1. 「ありますか?」に訂正。
    バツ


  2. 最近観た映画に出てきまして、出てきた施設は空技厰だったのかもしれませんが知識がない上に、一瞬だったものでよく判らないのです。
    バツ


  3. 横須賀航空隊にほど近い石川島航空工業では零戦用の栄発動機を大量生産中です。
    BUN


  4.  ありがとうございます。疑問が解決しました。
    バツ



1389 飛行機の動翼の回転軸より前にも翼が付いたものを、釣合舵とかバランスラダーと言うのを知り、効果も知れたのですが、
スピットファイアのように尾翼の先端がそうなっているものと、尾翼の中央がそうなっているものでは、それぞれどのようなメリット、デメリットがあるのですか?
飛行船

  1. 動翼翼端部分が前に突き出してL字型になっているのはホーンバランスといい、突き出しが中程の部分にあってトの字型になっているのはバランスウェイト、またはマスバランスといいます。
    ホーンバランスは操舵力を軽減するためのもので、バランスウェイトは高速飛行時のフラッターを防止するためのものです。
    ホーンバランス内部にバランスウェイトが内蔵されてる場合もあります。

    これらがない場合もあって回転軸そのものが後ろに位置していたり、バランスタブやスプリングタブで操舵力の対処をしていたり、動翼の構造や翼断面形を工夫していたり色々な解決法がとられています。
    超音速


  2. 同じ役割かと思っていました。有り難う御座います。
    飛行船



1388 はじめて質問します。桜花は、桜は旧字体だと櫻と書きますが、戦時中にはどう表記されていたんでしょうか。おおむね新字体が旧字体に変わったのは戦後だと認識しているんですが、現在の資料は新字体で統一されていると思います。だとすると、あらゆる軍事関係の資料は当時戦時中は、旧字しか存在していなかったことになると思うんですが、実際の戦時中の使用表記は何と書いてあったんでしょうか。
暑中見舞い

  1.  アジア歴史資料センターのリファレンス・コードC13120085500は第5航空艦隊の作戦記録ですが、そこには「櫻花攻擊は」とあり、桜のみならず、撃も旧字が使われております。
     したがって、戦後の当用漢字(現在は常用漢字)制定以前においては、桜だけでなく、すべての漢字で旧字体(康煕字典体)が使用されていたわけですが、これは公式文書のみの話であり、一般においては、かなりいろんな字体が使用されていました。
     実際、大正生まれの亡父の書いていた文字の中には、一応、旧制中学校の卒業ですが、現在は通用していないものが含まれていました。その中で、桜をどのように書いていたかは存じませんが、この桜という文字は、一般に通用する略字だったわけです。
     当用漢字の制定においては、このような略字のほかに、新規の文字を作ったり、音通する別字を採用したわけですが、舎のように中の干を土に変えるというような意味不明な変更もなされています。このためかどうかは知りませんが、この字体は目安であり、「字の細部に違いがあっても、その漢字の骨組みが同じであれば、誤っているとはみなされない」と明文化されており、跳ねや留めについてはどちらでもよいとなっています(にもかかわらず、特に小中学校において、印刷字体にこだわっているのは笑止な話です)。
     当用漢字においてもそうですから、戦前においては、かなり自由で、たとえば、アジア歴史資料センターのC08030564500の大和の戦闘詳報は、表紙こそ「軍艦大和戰鬭詳報」と旧字体で書かれているものの、次のページでは「戦斗経過」と略字で表記されています。
     したがいまして、タイプされた記録に「櫻花」とあっても、手書きの記録のほうには「桜花」と表記されてあったとしても不思議はないと思っております。
     
    hush


  2.  一部文字化けしました。文面から推察できると思いますが、最初は撃の、次は闘の旧字です。
     
    hush


  3. hushさんの仰る通り、昭和20年4月1日の721空行動調書には「桜花」と手書きされています。
    略字は戦後に制定されたものばかりではなく、戦前から謄写版印刷の際に原紙に鉄筆で文字を切るときに画数が多い字は時間が掛かり、上手に切れないこともあるために略字が使われています。公文書である無しにかかわらず、手でガリ切りをした文書には桜の字以外にも略字が多く使われています。
    BUN



1387 WW2時日本ではアルミの節約のため木製や鋼製の機体が試作されていますが、布張りの機体の研究と言うのはされなかったのでしょうか?
PlanB

  1.  http://www.warbirds.jp/ansq/11/A2002281.html
     上記によると白菊に羽布張りのものがあるようです。
     
    hush


  2. ク8などの輸送用グライダーでは一部を羽布張り構造としています。
    超音速


  3. 戦時中の木製機、鋼製機は現用機の代用材料による置き換えですから、モノコック構造にできない鋼管羽布張りは目的に合わないのです。
    BUN


  4. タ号も羽布張りだったかと。
    暇人


  5. 皆さま回答ありがとうございます。なるほど布張りの機体があまり目立たないのは方針として現用機の設計そのままに代替するのが主目的だったためなんですね。
    一方で新規開発やそこまで強度を必要としない機体に関しては布張りの機体もあったと。
    PlanB



1386 三式戦闘機一型丁ではホ5機関砲弾の腔発・早期炸裂事故の対策として機種上面あるいはブラストチューブを装甲化したと聞きます。
同様な事故に悩まされたホ103については空気式信管の採用で事故は激減したそうですが、ホ5についても改善したのでしょうか。
改善したとしたら、上述の保護策の撤廃などは行われたのでしょうか。
また空気式信管採用前のホ103搭載機には同様の保護策が考えられていたのでしょうか。
どなたかご教授ください。
ペルシャ猫

誰か答えて下さい。

1385 疾風の主翼の構造についての質問です
疾風の主翼前縁の67リットルの燃料タンク部分の小骨の間隔が主翼後部のものと間隔がズレていたのは何故でしょうか?
18u翼だった試作1号機の主翼にも量産型とほぼ同じ67リットル前縁燃料タンクが採用されていたので、その時の名残りなのでしょうか?
https://i.imgur.com/XMCGNF2.jpg
リーン

  1. 18u翼×
    19u翼〇

    リーン


  2. 取外し可能なタンクは主翼の構造とは別にタンク自体にとって合理的な設計になっているからでしょう。
    BUN



1384 誉のブースト圧制限の理由はオクタン価(→ノックの発生)にあったのでしょうか?(そもそも旧軍で具体的な原因箇所や要素が特定されていたのでしょうかね?)
確か運転制限の「直接的」理由は「高ブースト時に筒温異常上昇と振動」ってどこかで見たんです(記憶違いだったらすみません)
これって明らかにノックの発生ですよね
(91オクタン燃料で水メタノール噴射をしてもまだアンチノック性が不十分で100オクタン相当には程遠い?)

栄には95オクタン燃料時の高ブースト圧があり、ハ115-2に相当するブースト圧で回していたそうですから、水噴射付栄とかはあくまで91→95オクタンを狙ったものでしょう
誉も実態としては、91オクタン燃料に水メタノール噴射を併用しても95オクタン相当ぐらいにしかならなかった、というのが考えられませんか?
誉の吸気圧制限の「根本的」原因の特定について何か知っておられる方はいませんか?
パンジャンドラム

  1. 私も特別詳しい訳ではないのですが、ノッキングに関しては、十分に気化していないガソリン、そして水エタノール噴射時の水エタノールが過給機のインペラの翼とディフューザの羽根によって仕切られてしまい、各シリンダーに不均一分配されてしまったためにノッキングが発生ということが原因だそうです
    酸素噴射装置開発者八田龍太郎技師の19年3月以降の研究によりますと、給入室の壁を伝って流れていく液状のガソリンは壁を伝る層を形成するけど壁自体が曲線なために液体の層でも場所によっては不均一になってしまい、案内羽根の中心ではなく円周下部にに集中して吸い込まれてしまったそうな
    誉の場合はこの給入室の壁を流れる液状ガソリンを案内羽根の吸い込み口の入り口上部に持ってこうとスキージャンプ台のようなものを給入室の壁に設けて、空中にジャンプさせようとしました
    しかし実験の結果、管の内部の空気は非常に高速に流れている一方で液体の流速は非常に遅く、ジャンプ台から飛び立てるほどの完成を得ることができず、むしろジャンプ台の端まで行くと気流の風圧に押しつぶされて逆に飛び立てず、案内羽根外周に溜まってしまいました
    この混合気分布の解決法として八田技師は液体が気流のせいで飛び立てない現象を逆手に利用して、初めから過給機のインペラ駆動軸上面に液体ガソリンなどを集めてから案内羽根の吸込口に導くようにしたそうです

    まあ誉の不調原因はほかにもいくつかあるのですけど
    リーン


  2. リーン様回答ありがとうございます。
    ハ115(栄)でその様な話を聞かないのですが、特に設計が悪かったという事でしょうか
    この場合100オクタン燃料を入れてもブースト圧制限には大して変わりはありませんね
    出力制限下の誉エンジン自体は離昇時に限り+400mmHgのブースト圧が許されていますから、+350mmHgの公称ブースト圧もごく短時間なら出せるのでしょうか
    不均一分配の発生は確率的な問題であって、短時間なら発生リスクは微小量で済むとか?
    不均一分配というのはもうその運転の時点で必ず起こるというものでしょうか
    パンジャンドラム


  3. 自分もそこまで詳しくはないのですが、どうもハ115でも水エタノール噴射や酸素噴射時には同様の現象が海軍での月光を使った試験の時に確認され、八田技師が対処に追われたということだそうです
    八田技師によりますと混合気分配不均一の問題自体は栄エンジンでも元から存在したそうです
    ただノーマルな栄の時点ではまだ水エタノール噴射が採用されてなかったしブースト圧も300mmHgになってなかったので誉ほど深刻化してなかったのではないかと(勝手な推測)
    リーン


  4. 航空燃料の性能にはオクタン価で示される耐爆性と、燃料の気化しやすさをみる分溜性状との二つの指標があります。
    これらを一緒にしているので、質問に山盛りに盛り込まれている疑問(全てこの方向で間違っています)や回答に含まれる憶測が生まれているようです。

    混合気の分配不均等問題は寿四〇型で発生し、高オクタン燃料の特別供給で対策されています。
    これはオクタン価の問題に見えてしまいますが、実際には混合気の問題で、そのために中島飛行機は低圧燃料噴射装置を開発し始めるのです。

    BUN


  5. BUN様ありがとうございます。航空九一揮発油は航空九二揮発油の代替品でいろいろと質が悪いと見た記憶があります。分留性状にも劣っていたとすればやはり燃料のグレードである程度解決する話かもしれませんでした。
    しかし高オクタン燃料が分留性状の対策にもなるとは知りませんでした。誉が低圧燃料噴射を実用化できていればと悔やまれます。

    >リーン様、BUN様
    私は「誉二一型は水メタノール噴射は過給機翼車内、気化器が2連降流115丙c型に変更」になったとみて、「よくわからないが何となく混合気と水の分配は対策済み」であるかの様に勝手に考えており、となるとノックの発生を疑っていました。
    この二一型の時点で例の混合気分配対策を八田技師が実施していたのでしょうか。
    あるいは具体的にいつのタイミングで対策が取られたのか、記載がありますか?

    パンジャンドラム


  6. それも違います。
    高いオクタンナンバーの燃料の分溜性状が良いのは、結果的にそうなることが多いとうだけです。
    分溜性状を悪化させる要因となる耐爆剤が多く添加される燃料はオクタン価が高くなっても気化しにくい、ということです。
    米軍の130グレード燃料には航空九一揮発油と同じ欠点があり、機構的な対策が採られています。
    また、耐爆剤を大量に添加しなくても高いオクタン価が得られる燃料もあります。
    航空燃料は一様ではないのです。


    誉のような多気筒発動機の持つ混合気分配問題は設計当初から意識されていて、低圧燃料噴射装置に関する研究もほぼ同時に始まっています。
    これは混合気の分配不均等問題は「寿」四〇型から認識されているからです。
    以前にも雑誌に発表していますが、中島飛行機研究報告でこの問題についていくつかのレポートが残されているのです。

    回答1に書かれているような内容は質問の答ではなくて、
    低圧燃料噴射の実用化が遅れる中で採られた対策についての断片的な話ですから
    かえって物事の流れが解りにくくなってしまいますね。

    それから、オクタン価問題は水噴射で解決、とはいっても、
    それで何もかもが解決した訳ではないことも大切です。
    水噴射自体が実用化に臨むと色々と問題を抱えた技術だったのです。
    しかも水噴射で解決できるのはオクタン価の低下だけです。

    色々な要因が重なっている問題なので、
    よく調べて足場を固めないうちにそこを土台に次に進もうとすると高転び転ぶのが誉問題なのです。




    BUN


  7. 確かに91オクタン燃料は低質な燃料に添加剤を入れて92オクタンの代替としたものですから、ということは「精製法による根っからの」ハイオクタン燃料でなくてはならないという事ですね
    ではやはり順序としては燃料問題が先に来ての誉のブースト制限問題という事でよろしいですか?
    そして気になるのが、純然たる燃料本来のオクタン価である92オクタン燃料ならば結果は遥かに良くなったのでしょうか?
    パンジャンドラム


  8. 追記
    以前、私も低圧燃料噴射の件にインスパイアされて誉は迂闊な18気筒+キャブレターが悪玉だ、とここで発言した事がありますが、その件以降のいずれかで、混合気配分よりも燃料ではないか?、と疑う様になりました(確か荒薪少佐だかの回想で100オクタン燃料により高度8000mで640km/hなど)
    しかしそれらは複雑に絡み合っており、やはり91オクタン路線ではやはりキャブレター周りに主な原因があり、もっと遡れば、そもそも91オクタン燃料が悪玉だった、しかも問題なのは気化性能の方でもあったという事だと今は思います

    パンジャンドラム


  9.  誉の吸気制限の基本的な要因は航空九一揮発油の使用だと思われます。そもそも誉は100オクタン航空燃料を使用して設計されたものであり、91にしろ92でも吸気制限を受けるのは当たり前の事だと思います。しかし、航空九一揮発油は当時の日本の状況からすれば、決して低質な燃料ではありません。そもそも誉開発時から100オクタンの入手は英米からしか不可能なのでしたから、航空九一揮発油は当時、日本国内から入手できる最良の燃料だったはずです。例えば、昭和19年岩国の陸軍燃料廠の作業工程を見ても航空九一揮発油の記載しかなく、それより高いオクタン価の航空燃料の生産の可能性はありません。航空九一揮発油はそもそも分溜性状をある程度犠牲にすることで達成されたものであり、妥協の産物とも言えます。MWも当時の日本には技術的に信頼性も無く、カバーできるものではありません。手元に米軍のB-29で使われた100オクタン航空揮発油と独逸のB-4航空燃料とC-3航空燃料の分溜試験の結果がありますが、それを見れば米軍が蒸気圧調整剤を添加した理由と独逸が燃料噴射ポンプを使用した理由がおぼろげながら見えてくるような気がします。航空九一揮発油の分溜試験の記録は存じ上げませんが、91と100ではやはり超えられない大きな壁があるのだと思います。


  10. 1、誉の運転制限の議論でいつも思いますのは、まず例えば誉21で言うならば、カタログ値2000hp/3000rpm/+500mmhgブーストはどう言う規格のガソリンで保障した値かと言うことです。それがどうもハッキリしていないように思います。wikiなどで色々調べてみると、92オクタンの燃料(航空92揮発油?)が可能性として高い?と言う気がしています。しかし何れにしても、議論の前提として、そこをまずハッキリさせる必要があると思います。
    2、仮にカタログ値が航空92で保証されたものだとするならば、姫様が言われているように、誉の運転制限の問題は、燃料事情の悪化により、航空92を航空91に代替えした時に生じた問題ではないか・・・と言う気がして来ました。
    3、誉の性能信頼性悪化の問題が燃料品質の低下によるものと言う議論がいつもなされますが、その燃料品質の低下と言うのは、具体的に何を指しているかと言うことも、今一つはっきりしません。航空92にせよ航空91にせよ燃料規格を満足できない規格外品が大量に出回った・・・それで誉の性能信頼性上の問題が生じたと言うことならば、これは運転制限をかけようが何をしようが、エンジンの運転環境が破綻していると言うことですから、エンジン側では打つ手なしです。しかし誉の問題はこういう問題なのだろうかと言うことです。
    3、それで誉の問題と言うのは、姫様が言われているように、航空92を航空91に代替えしようとした時に生じて来た問題ではないかと思いました。それでオクタン価は1オクタン低下しますが、それで性能信頼性とも保証できると考えていたところ、分溜性状の悪化により、燃料の気筒分配不良→不整燃焼の発生→筒温上昇、異常振動等に至ったと言うことではないか・・・?
    4、もう一つはっきりさせる必要があるのは、誉の運転制限を決めた時の燃料規格ですね。これも今一つはっきりしません・・・。運転制限をしたから、少々の粗悪燃料でも使えると言うことではなくて、運転制限下でも性能信頼性を保証するには、燃料規格が定まっている必要があります。それがどう言うものか、未だはっきりしていないように思います。それでこれまでの話しの流れで行くと、それは航空91ではないかと言うことになりますがどうでしょうか・・・?つまり誉21の運転制限は、航空91に対しての運転制限ということになる・・・?
    5、そう言う話しからしますと、誉23の低圧燃料噴射が、燃料分配不良対策として期待されたと言うことも、分かってくる気がします。と言いますのは、この中島の低圧燃料噴射システムは、シングルポイント・インジェクションで本来ならば、三菱の金星などのマルチポイント・インジェクションよりも、燃料分配性能は一段劣るはずだからです。(ただし製造コストは前者が安い)それにもかかわらずこの中島の低圧燃料噴射システムが、燃料分配対策として期待されたと言うのは、低圧燃料噴射と言えども正圧による燃料噴射ですから、気化器よりも、燃料噴霧の気化性能は格段に高いということで、特に分溜性状の悪い燃料に対しては、一定の燃料分配改善効果があったのではないかと思われます。



    飛行機猫


  11. 姫さん
    復活ですね。
    日本が造り続けた航空九二揮発油とは一体何なのか?そして航空九一揮発油とは何なのか?
    まだまだ面白い「社史」がありますから、どうぞお楽しみください。
    BUN


  12. 飛行機猫さん
    運転制限に関してはキ八十四取扱法など、読むべき資料がありますから、ぜひお読みください。
    挙げられた疑問点はこの問題の基礎となる資料で「はっきり」しているのです。
    BUN


  13. >12
    BUN様ありがとうございます。キ八十四取扱法というような1次資料があるのですね。でも地方在住で、アマチュアの私には、なかなか見る機会がないでしょう。これらのことがハッキリと書かれた記事を本屋さんで買える日を楽しみにしたいと思います。
    飛行機猫


  14. 11>
    BUN様ありがとうございます。書いてある一次資料があるのですね。でも地方在住で、マニアの私には、見る機会は無いでしょう。生きている間に、これらの事が発表されることを切望いたします。



  15. アマゾンなどネットで買えますよ。丸の2018年の2月号の付録です。
    パンジャンドラム



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