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航空機関係
Ans.Q

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1388 はじめて質問します。桜花は、桜は旧字体だと櫻と書きますが、戦時中にはどう表記されていたんでしょうか。おおむね新字体が旧字体に変わったのは戦後だと認識しているんですが、現在の資料は新字体で統一されていると思います。だとすると、あらゆる軍事関係の資料は当時戦時中は、旧字しか存在していなかったことになると思うんですが、実際の戦時中の使用表記は何と書いてあったんでしょうか。
暑中見舞い

誰か答えて下さい。

1387 WW2時日本ではアルミの節約のため木製や鋼製の機体が試作されていますが、布張りの機体の研究と言うのはされなかったのでしょうか?
PlanB

  1.  http://www.warbirds.jp/ansq/11/A2002281.html
     上記によると白菊に羽布張りのものがあるようです。
     
    hush


  2. ク8などの輸送用グライダーでは一部を羽布張り構造としています。
    超音速


  3. 戦時中の木製機、鋼製機は現用機の代用材料による置き換えですから、モノコック構造にできない鋼管羽布張りは目的に合わないのです。
    BUN



1386 三式戦闘機一型丁ではホ5機関砲弾の腔発・早期炸裂事故の対策として機種上面あるいはブラストチューブを装甲化したと聞きます。
同様な事故に悩まされたホ103については空気式信管の採用で事故は激減したそうですが、ホ5についても改善したのでしょうか。
改善したとしたら、上述の保護策の撤廃などは行われたのでしょうか。
また空気式信管採用前のホ103搭載機には同様の保護策が考えられていたのでしょうか。
どなたかご教授ください。
ペルシャ猫

誰か答えて下さい。

1385 疾風の主翼の構造についての質問です
疾風の主翼前縁の67リットルの燃料タンク部分の小骨の間隔が主翼後部のものと間隔がズレていたのは何故でしょうか?
18u翼だった試作1号機の主翼にも量産型とほぼ同じ67リットル前縁燃料タンクが採用されていたので、その時の名残りなのでしょうか?
https://i.imgur.com/XMCGNF2.jpg
リーン

  1. 18u翼×
    19u翼〇

    リーン


  2. 取外し可能なタンクは主翼の構造とは別にタンク自体にとって合理的な設計になっているからでしょう。
    BUN



1384 誉のブースト圧制限の理由はオクタン価(→ノックの発生)にあったのでしょうか?(そもそも旧軍で具体的な原因箇所や要素が特定されていたのでしょうかね?)
確か運転制限の「直接的」理由は「高ブースト時に筒温異常上昇と振動」ってどこかで見たんです(記憶違いだったらすみません)
これって明らかにノックの発生ですよね
(91オクタン燃料で水メタノール噴射をしてもまだアンチノック性が不十分で100オクタン相当には程遠い?)

栄には95オクタン燃料時の高ブースト圧があり、ハ115-2に相当するブースト圧で回していたそうですから、水噴射付栄とかはあくまで91→95オクタンを狙ったものでしょう
誉も実態としては、91オクタン燃料に水メタノール噴射を併用しても95オクタン相当ぐらいにしかならなかった、というのが考えられませんか?
誉の吸気圧制限の「根本的」原因の特定について何か知っておられる方はいませんか?
パンジャンドラム

  1. 私も特別詳しい訳ではないのですが、ノッキングに関しては、十分に気化していないガソリン、そして水エタノール噴射時の水エタノールが過給機のインペラの翼とディフューザの羽根によって仕切られてしまい、各シリンダーに不均一分配されてしまったためにノッキングが発生ということが原因だそうです
    酸素噴射装置開発者八田龍太郎技師の19年3月以降の研究によりますと、給入室の壁を伝って流れていく液状のガソリンは壁を伝る層を形成するけど壁自体が曲線なために液体の層でも場所によっては不均一になってしまい、案内羽根の中心ではなく円周下部にに集中して吸い込まれてしまったそうな
    誉の場合はこの給入室の壁を流れる液状ガソリンを案内羽根の吸い込み口の入り口上部に持ってこうとスキージャンプ台のようなものを給入室の壁に設けて、空中にジャンプさせようとしました
    しかし実験の結果、管の内部の空気は非常に高速に流れている一方で液体の流速は非常に遅く、ジャンプ台から飛び立てるほどの完成を得ることができず、むしろジャンプ台の端まで行くと気流の風圧に押しつぶされて逆に飛び立てず、案内羽根外周に溜まってしまいました
    この混合気分布の解決法として八田技師は液体が気流のせいで飛び立てない現象を逆手に利用して、初めから過給機のインペラ駆動軸上面に液体ガソリンなどを集めてから案内羽根の吸込口に導くようにしたそうです

    まあ誉の不調原因はほかにもいくつかあるのですけど
    リーン


  2. リーン様回答ありがとうございます。
    ハ115(栄)でその様な話を聞かないのですが、特に設計が悪かったという事でしょうか
    この場合100オクタン燃料を入れてもブースト圧制限には大して変わりはありませんね
    出力制限下の誉エンジン自体は離昇時に限り+400mmHgのブースト圧が許されていますから、+350mmHgの公称ブースト圧もごく短時間なら出せるのでしょうか
    不均一分配の発生は確率的な問題であって、短時間なら発生リスクは微小量で済むとか?
    不均一分配というのはもうその運転の時点で必ず起こるというものでしょうか
    パンジャンドラム


  3. 自分もそこまで詳しくはないのですが、どうもハ115でも水エタノール噴射や酸素噴射時には同様の現象が海軍での月光を使った試験の時に確認され、八田技師が対処に追われたということだそうです
    八田技師によりますと混合気分配不均一の問題自体は栄エンジンでも元から存在したそうです
    ただノーマルな栄の時点ではまだ水エタノール噴射が採用されてなかったしブースト圧も300mmHgになってなかったので誉ほど深刻化してなかったのではないかと(勝手な推測)
    リーン


  4. 航空燃料の性能にはオクタン価で示される耐爆性と、燃料の気化しやすさをみる分溜性状との二つの指標があります。
    これらを一緒にしているので、質問に山盛りに盛り込まれている疑問(全てこの方向で間違っています)や回答に含まれる憶測が生まれているようです。

    混合気の分配不均等問題は寿四〇型で発生し、高オクタン燃料の特別供給で対策されています。
    これはオクタン価の問題に見えてしまいますが、実際には混合気の問題で、そのために中島飛行機は低圧燃料噴射装置を開発し始めるのです。

    BUN


  5. BUN様ありがとうございます。航空九一揮発油は航空九二揮発油の代替品でいろいろと質が悪いと見た記憶があります。分留性状にも劣っていたとすればやはり燃料のグレードである程度解決する話かもしれませんでした。
    しかし高オクタン燃料が分留性状の対策にもなるとは知りませんでした。誉が低圧燃料噴射を実用化できていればと悔やまれます。

    >リーン様、BUN様
    私は「誉二一型は水メタノール噴射は過給機翼車内、気化器が2連降流115丙c型に変更」になったとみて、「よくわからないが何となく混合気と水の分配は対策済み」であるかの様に勝手に考えており、となるとノックの発生を疑っていました。
    この二一型の時点で例の混合気分配対策を八田技師が実施していたのでしょうか。
    あるいは具体的にいつのタイミングで対策が取られたのか、記載がありますか?

    パンジャンドラム


  6. それも違います。
    高いオクタンナンバーの燃料の分溜性状が良いのは、結果的にそうなることが多いとうだけです。
    分溜性状を悪化させる要因となる耐爆剤が多く添加される燃料はオクタン価が高くなっても気化しにくい、ということです。
    米軍の130グレード燃料には航空九一揮発油と同じ欠点があり、機構的な対策が採られています。
    また、耐爆剤を大量に添加しなくても高いオクタン価が得られる燃料もあります。
    航空燃料は一様ではないのです。


    誉のような多気筒発動機の持つ混合気分配問題は設計当初から意識されていて、低圧燃料噴射装置に関する研究もほぼ同時に始まっています。
    これは混合気の分配不均等問題は「寿」四〇型から認識されているからです。
    以前にも雑誌に発表していますが、中島飛行機研究報告でこの問題についていくつかのレポートが残されているのです。

    回答1に書かれているような内容は質問の答ではなくて、
    低圧燃料噴射の実用化が遅れる中で採られた対策についての断片的な話ですから
    かえって物事の流れが解りにくくなってしまいますね。

    それから、オクタン価問題は水噴射で解決、とはいっても、
    それで何もかもが解決した訳ではないことも大切です。
    水噴射自体が実用化に臨むと色々と問題を抱えた技術だったのです。
    しかも水噴射で解決できるのはオクタン価の低下だけです。

    色々な要因が重なっている問題なので、
    よく調べて足場を固めないうちにそこを土台に次に進もうとすると高転び転ぶのが誉問題なのです。




    BUN


  7. 確かに91オクタン燃料は低質な燃料に添加剤を入れて92オクタンの代替としたものですから、ということは「精製法による根っからの」ハイオクタン燃料でなくてはならないという事ですね
    ではやはり順序としては燃料問題が先に来ての誉のブースト制限問題という事でよろしいですか?
    そして気になるのが、純然たる燃料本来のオクタン価である92オクタン燃料ならば結果は遥かに良くなったのでしょうか?
    パンジャンドラム


  8. 追記
    以前、私も低圧燃料噴射の件にインスパイアされて誉は迂闊な18気筒+キャブレターが悪玉だ、とここで発言した事がありますが、その件以降のいずれかで、混合気配分よりも燃料ではないか?、と疑う様になりました(確か荒薪少佐だかの回想で100オクタン燃料により高度8000mで640km/hなど)
    しかしそれらは複雑に絡み合っており、やはり91オクタン路線ではやはりキャブレター周りに主な原因があり、もっと遡れば、そもそも91オクタン燃料が悪玉だった、しかも問題なのは気化性能の方でもあったという事だと今は思います

    パンジャンドラム


  9.  誉の吸気制限の基本的な要因は航空九一揮発油の使用だと思われます。そもそも誉は100オクタン航空燃料を使用して設計されたものであり、91にしろ92でも吸気制限を受けるのは当たり前の事だと思います。しかし、航空九一揮発油は当時の日本の状況からすれば、決して低質な燃料ではありません。そもそも誉開発時から100オクタンの入手は英米からしか不可能なのでしたから、航空九一揮発油は当時、日本国内から入手できる最良の燃料だったはずです。例えば、昭和19年岩国の陸軍燃料廠の作業工程を見ても航空九一揮発油の記載しかなく、それより高いオクタン価の航空燃料の生産の可能性はありません。航空九一揮発油はそもそも分溜性状をある程度犠牲にすることで達成されたものであり、妥協の産物とも言えます。MWも当時の日本には技術的に信頼性も無く、カバーできるものではありません。手元に米軍のB-29で使われた100オクタン航空揮発油と独逸のB-4航空燃料とC-3航空燃料の分溜試験の結果がありますが、それを見れば米軍が蒸気圧調整剤を添加した理由と独逸が燃料噴射ポンプを使用した理由がおぼろげながら見えてくるような気がします。航空九一揮発油の分溜試験の記録は存じ上げませんが、91と100ではやはり超えられない大きな壁があるのだと思います。


  10. 1、誉の運転制限の議論でいつも思いますのは、まず例えば誉21で言うならば、カタログ値2000hp/3000rpm/+500mmhgブーストはどう言う規格のガソリンで保障した値かと言うことです。それがどうもハッキリしていないように思います。wikiなどで色々調べてみると、92オクタンの燃料(航空92揮発油?)が可能性として高い?と言う気がしています。しかし何れにしても、議論の前提として、そこをまずハッキリさせる必要があると思います。
    2、仮にカタログ値が航空92で保証されたものだとするならば、姫様が言われているように、誉の運転制限の問題は、燃料事情の悪化により、航空92を航空91に代替えした時に生じた問題ではないか・・・と言う気がして来ました。
    3、誉の性能信頼性悪化の問題が燃料品質の低下によるものと言う議論がいつもなされますが、その燃料品質の低下と言うのは、具体的に何を指しているかと言うことも、今一つはっきりしません。航空92にせよ航空91にせよ燃料規格を満足できない規格外品が大量に出回った・・・それで誉の性能信頼性上の問題が生じたと言うことならば、これは運転制限をかけようが何をしようが、エンジンの運転環境が破綻していると言うことですから、エンジン側では打つ手なしです。しかし誉の問題はこういう問題なのだろうかと言うことです。
    3、それで誉の問題と言うのは、姫様が言われているように、航空92を航空91に代替えしようとした時に生じて来た問題ではないかと思いました。それでオクタン価は1オクタン低下しますが、それで性能信頼性とも保証できると考えていたところ、分溜性状の悪化により、燃料の気筒分配不良→不整燃焼の発生→筒温上昇、異常振動等に至ったと言うことではないか・・・?
    4、もう一つはっきりさせる必要があるのは、誉の運転制限を決めた時の燃料規格ですね。これも今一つはっきりしません・・・。運転制限をしたから、少々の粗悪燃料でも使えると言うことではなくて、運転制限下でも性能信頼性を保証するには、燃料規格が定まっている必要があります。それがどう言うものか、未だはっきりしていないように思います。それでこれまでの話しの流れで行くと、それは航空91ではないかと言うことになりますがどうでしょうか・・・?つまり誉21の運転制限は、航空91に対しての運転制限ということになる・・・?
    5、そう言う話しからしますと、誉23の低圧燃料噴射が、燃料分配不良対策として期待されたと言うことも、分かってくる気がします。と言いますのは、この中島の低圧燃料噴射システムは、シングルポイント・インジェクションで本来ならば、三菱の金星などのマルチポイント・インジェクションよりも、燃料分配性能は一段劣るはずだからです。(ただし製造コストは前者が安い)それにもかかわらずこの中島の低圧燃料噴射システムが、燃料分配対策として期待されたと言うのは、低圧燃料噴射と言えども正圧による燃料噴射ですから、気化器よりも、燃料噴霧の気化性能は格段に高いということで、特に分溜性状の悪い燃料に対しては、一定の燃料分配改善効果があったのではないかと思われます。



    飛行機猫


  11. 姫さん
    復活ですね。
    日本が造り続けた航空九二揮発油とは一体何なのか?そして航空九一揮発油とは何なのか?
    まだまだ面白い「社史」がありますから、どうぞお楽しみください。
    BUN


  12. 飛行機猫さん
    運転制限に関してはキ八十四取扱法など、読むべき資料がありますから、ぜひお読みください。
    挙げられた疑問点はこの問題の基礎となる資料で「はっきり」しているのです。
    BUN



1383 昭和15年頃から19年末までの日本陸軍機の操縦席、あるいは機体内部に塗られていた塗料、塗色に関しご教示頂きたく、投稿致します。

今年始めに横浜で開催されました「零戦についての深いはなし」を大変興味深く拝聴致しました。当時の国産塗料は時間が経つと遍く黄ばんでしまい(特に軽金属塗料)、現在に残るものは程度の差こそあれ、クリアー部分が劣化して酷く黄ばんだものか、侵食によりクリアー部分がなくなり顔料のみが表面に露出し白化したものかのいずれかであるというお話はとても面白かったです。また、軍用機の塗料は、どのような「彩色」を施すのか、という考え方ではなく、機体の場所、材質、構造に適う用途、目的を持った塗料で塗る、という機能面をメインに考えており、航空機メーカー、機種別に塗られている色が異なるということはなく、どの機体においても陸軍、海軍の枠組内であれば基本的に操縦席、羽布、機体内部、外部の下塗り、上塗り、迷彩等は同一の規則に従って適切な塗料を用いて塗装されていたということにとても納得致しました。

ここで疑問に思いましたのは陸軍機の操縦席を含む機体内部に施された塗装についてです。プラモデルのペイント指示書などには明るめの緑色、黄土色など、機体製造メーカーにより操縦席に塗装される色が異なるという説に基づいているように見受けられます。一方で学研の書籍では灰藍色、灰緑色(青みがかった灰色)が陸軍機の機内色用いられたとあります。

零戦の「飴色化」と同様に灰緑色の劣化による「黄土色化」が飛燕のプラモデルの指示書にある黄土色説の根拠であるとするならば、中島製一、二、四式戦の操縦席付近の緑色説は現存部品、機体に残る灰藍色(灰色+濃い青色)が経年劣化し、灰色がかった「緑色」(灰色+青色+黄色=緑色)が根拠とされてしまったのではないかと考えております。海軍機の操縦席が淡緑色に塗られていたこともあり、黄変化した灰藍色の現存機/パーツを見て操縦席が緑に塗られていたと判断するのはとても自然ことかと存じます。そうすると陸軍機の操縦席は末期の黄緑七号を除いて、基本的に緑色で塗られたものはなかったのではないか、と悩んでおります。

上記疑問につき、私の不見識、頓珍漢な点、多々あるかと存じますがご指摘、ご教示頂けたら幸甚です。何卒よろしくお願い申し上げます。


旅人木

  1. 陸軍機の操縦席内部には灰緑色か灰藍色が戦争中期まで使われています。当時の補給塗料の内容からもそれは明らかで、海軍のような淡緑色は供給されていません。無いものは塗れないのです。
    BUN


  2. BUNさま

    シンプルかつ明確なご回答ありがとうございます。
    戦争中期の陸軍機操縦席に塗られた色は灰藍色ないしは灰緑色いずれかとなるのですね。

    淡緑色は海軍のみとのことですが、淡青色の下地塗装は陸軍機に施されていたのでしょうか。脚庫含め陸軍機の機内は操縦席同様灰藍色か灰緑色となるのでしょうか。
    旅人木


  3. > 2
    > 淡青色の下地塗装は陸軍機に施されていたのでしょうか。

    海軍の淡青色と陸軍の淡青色はまったく別の塗色を指すのですが、どちらのことだかおわかりになりますか?


  4. 片さま

    陸軍にも淡青色があるのですね。存じませんでした。
    私の意図したものは海軍機の機内に塗られていた透明青色塗料です。陸軍機の機内および脚庫の表面はこの色で塗られた例があったのか、あるいは操縦席同様、灰藍色か灰緑色が塗られていたのか、というのが質問の趣旨です。

    陸軍の淡青色はどのような用いられ方をしたのでしょうか。

    何卒よろしくお願い申し上げます。
    旅人木


  5. 陸軍の淡青色は、
     下塗 灰藍色
     中塗 淡青色
     上塗 灰緑色
    のように使います。

    それとは別に、陸軍の正規のレギュレーションにはないのですが、
    海軍E4と同じ淡青色透明も一部限られた範囲で使われていたと思っています。
    というのは、一式戦、二式戦のように単座戦闘機のSDC外鈑の表面を無塗装にする塗装法は、本来海軍が九六陸攻、九六戦で使い始めたものだからです。
    海軍機では外鈑SDC機の場合、内面を淡青色透明E4で塗粧することになっていました(本来は艦上機のみに対する規定ですが、陸上機である陸攻にも使われています)。これが陸軍でも一式戦、二式戦の外鈑をSDCの無塗装とする際に同じように行われたのではないかと考えています。
    同じSDC外鈑の単座戦闘機である三式戦では海軍の淡青色透明E4は使われず、内面は灰緑色となっています。海軍機を生産しない川崎ではそもそも海軍の塗料を持っていなかったからなのではないかと考えます。

    操縦席房塗色を含む陸軍機の内面塗装についての確定的な話については、考証を深めるために今後数年くらいの時間をいただけたらと思います。


  6. BUNさま、片さま
    拙い質問に対し、ご丁寧なお返事誠にありがとうございました。
    ご研究の成果を媒体で発表される時を大変楽しみにしております。
    旅人木


  7. 色名等で明確でない私が答えてすいませんが。
    陸軍機、現物面で考察していても本当に難しいです。海軍は結構明確で判り易いのですが。
    勿論現存サンプルが少ない事もあります。
    三沢のキ54など明確に機体内部は下塗り灰藍色、次に上塗り灰色(色名不明)
    そして操縦席内等はその上に海軍の淡緑色相当の灰緑?草色?が塗られています。
    しかしながら戦闘機となると4式戦の操縦席内下地に青竹色相当が使われていたり、また川崎は一切青竹相当は無くで、屠龍操縦席内に淡緑色相当が使われていたりと各社においての方向性はあれど、違いがあり判らないのです。
    片さんに時間の余裕があり数年の考証を深める事ができれば、BUNさん共に話の合った結果がでるのかなと考えていますが・・・
    A6M232


  8. 一式双高練や二式複戦などの「淡緑色相当」は「草色」だと思うのですが、
    まあ、この辺のことを明確にしていきたいですね。
    いずれね。


  9. >8
    はい「草色」かと。
    明確にしていく点は大変恐縮ですが、いずれ 息抜きとなる時にご無理ない範囲で宜しくお願い致します。

    陸軍前期は結構判り易いかと思いますが、BUNさんが中期までと言われている通り、それ以降の「草色」「青竹」等の事が機体により本当に不明確なので、現物を持つ私としても明確方向に導いて下されば非常にすっきり致しますので。
    97重爆など草色か?と悩む例もありますし・・・

    A6M232



1382 大日本帝国海軍の航空機の開発に関する考え方について教えてください。

本命視していたエンジンの開発が遅延し、ひとまず保険のエンジンで機体の開発を始めなければならない事態になったと仮定します。
その保険のエンジンが本命のエンジンよりも重く、燃費も悪かった場合、機体の設計に対する要求はどのようになるのでしょうか。

例えば、以下の3つのようなやり方があるのではないかと考えております。
@本命のエンジンに適した機体として設計する。保険のエンジンに対して機体規模が過少となることによる弊害には目をつぶる。
A保険のエンジンに適した機体として設計する。本命のエンジンに対して機体規模が過大となることによる弊害には目をつぶる。
B本命エンジンの開発完了まで機体の開発を延期するので、仮定した状況には陥らない。

冷泉

  1. > 〜ならない事態になったと仮定します。

    という仮定の話よりも、実例で話をした方がよいように思います。

    比較的近い例は零戦ではないでしょうか?
    十二試艦戦での、栄と瑞星の候補としての入れ替わり課程と、それによって機体側の設計にどう影響が出ているかを調べられたらよいのではないかと思います。

    あるいは、彩雲、烈風の低圧燃料噴射装置装備型の位置づけなどでもよいかもしれません。


  2. 質問を読むと機体の設計がゼロから始まると考えられているように見えます。
    計画要求書が交付される時点では機体規模は決まっていますし、兵装、燃料搭載量も決まっています。
    それに対応できる発動機が候補に挙げられるのです。
    どんな形態で、概ねどんな大きさでどの程度の性能の機体を作るという点は計画要求書交付、すなわち試作発注以前にほぼ決まっていて、そこから既に研究されている候補となる発動機を指定します。
    候補AまたはBを使って自由に設計せよ、というものではなく、候補Aがダメなら、候補Bで補えるように初めから計画されているのです。
    BUN


  3. エンジンの選定というものは、設計者が勝手に選んではならないものです。
    機体以上に航空エンジンの生産は政策として確立されていなければなりません。
    軍用機の設計が複数社間の競争試作という形を取っていた時代には「候補」という形もあり得ましたが、その後に一社への試作発注が常態となると発動機の選定はほぼ一種に狭められるようになります。
    機体がどうであるかよりも、エンジンをこれからどれだけ生産するかという問題の方がはるかに重要なのです。
    BUN


  4. 片様、BUN様
    ご教授いただきありがとうございます。
    早速、十二試艦戦について調べてまいりました。

    十二試艦上戦闘機計画要求書案議事摘要を読むと、航続力、着速、最高速度の関係についての記載が多く、また具体的にありました。つまり計画要求書が作成される段階でエンジンの燃費、重量、直径について目安があり、それに適合するものなければ候補にならないわけですね。
    (栄への期待の高さを見ると、栄をたたき台に計画要求書が作成されたようにも思えます。)
    また栄と瑞星についても、栄がやや勝るがほぼ同等のエンジンとみなされているように読めました。十二試艦戦では「栄がダメなら、瑞星で補えるように」なっていたということでしょうか。

    瑞星→栄の換装に伴う機体への影響についてですが、カウリング周りの改設計以外では影響が出ていないのではないでしょうか。三菱の主張の通り、A6M1が270knを超えていたのであれば、まさに栄がダメでも瑞星で補えたことを示しているように思えます。

    彩雲、烈風についてはもう少し調べてみようと思います。

    冷泉



1381 個人的に疑問になったのは陸軍はなぜあそこまで病的に主翼にバルジを搭載することを嫌がっていたのでしょうか?
空戦性能が下がるとはよく耳にしますがどれほど性能が下がるのでしょうか?
海軍の零戦なんかは99式20oを搭載する際に1型はドラムマガジンだったのでバルジをつけて対処していましたし、初期の飛燕でも多少の突起が見受けられます
飛燕2型の開発では20o機関砲を主翼に収めるためにバルジを採用しないでわざわざ主翼を2uほど拡大しようとしてましたが、それによる重量増加はバルジ設置よりも影響が少なかったのでしょうか?
ちなみに疾風に30oを搭載したときやキ60に20oを搭載した時はバルジを付けて対処していたでしょうか?
リーン

  1. 一型じゃない…99式1号銃です…
    海外でも特にスピットファイアやファイアフライなんかはガッツリバルジ使ってるし、そうでなくても増槽用のラックとかも同じぐらい空気抵抗になりそうに素人目には見えますが…
    リーン


  2. >病的

    どういう事でしょうか?
    一式戦、二式戦はバルジ程度では積めません。翼下面ゴンドラ(ポッド)式とかになるでしょう。バルジより大きい空気抵抗は速度低下を招きます。ただでさえ、低速な一式戦などにこれを用いるのは愚策でしょう。

    戦記で複数の方が翼内機銃装備機を、「だから、運動性が悪い。」と記述しています。主には多銃装備の機種への感想ですが、ここには何か感じる物が有ります。本当にえらく運動性が悪くなっていたのか、或いは陸軍はそういう教育をしていたのかです。理屈を考えると翼内装備機の方が運動性は悪くなる筈です。

    低速でも運動性で敵機に対抗していた一式戦にそれは有りえないでしょう。
    ただでさえ、軽戦的な運動性の無い二式戦にそれは有りえないでしょう。

    過去ログでも有る通り、マウザーは三式戦の翼内に収まったが、ホ5は旗艦部が翼内に収まらなかった様です。納まらないから、翼面荷重の増大対策と共に主翼の拡大をしようとしたのでは無いでしょうか。
    暇人


  3. 旗艦× 機関○
    暇人


  4. 30mmを積んだ疾風丙型は翼下面に、キ60は翼上面にバルジが設置されております。
    超音速


  5. >2
    鍾馗がバルジ程度で積めないのは何故でしょうか?翼内構造見るにホ103後方にまだ若干の空間があるように思いますけど…最悪砲身を外に突き出せば機関部の長さの問題は対処出来そうですし…
    ホ5の機関部が大きかったので主翼に入らなかったという問題を疾風は主翼21uに拡大、飛燕二型は22uに拡大という方法で解決しようとしてましたが、素直に出っ張らせてバルジつけた方が重量的に良かったんじゃないかと個人的には…
    この方のページで見てもマウザーとホ5だと機関部の長さはマウザーの方が長いようですし、厚さの問題ならそれこそバルジではなんとかならないんでしょうか?
    http://www.warbirds.jp/truth/s_gun3.htm
    飛燕はバルジ搭載せず主翼拡大に走った挙句機首伸ばしてそれによる重心問題を数百kgのバラストを載せる羽目になって重量的にはかなりのハンデを背負ってしまったわけですし
    鍾馗に関しても何度も主翼にホ5を試しても入らないからと言って使いにくいホ301を使う羽目になってますし…
    最初からそんな小難しいことしないでバルジ付ければ手っ取り早く火力を上げることが出来たんじゃないかと思うんですよね
    実際海軍はそのようにやってますしちょっと陸軍のやり方が腑に落ちないといいますか…
    リーン


  6. >5
    確か主桁と干渉してしまって無理な筈です。
    キ44は翼内砲装備の為に無理くりスペースを取っていてた筈です。
    世傑か何かに写真が出ていた様な。

    バルジという言い方が出来ない事無いかも知れませんが、ポッド式
    に近い物になってしまうのでは無いでしょうか。

    キ61丁の改良だか改悪だか分からないやり方に付いては同感です。
    以前、そんな発言をしたら胴体装備の方が命中率が良く運動性も良いとの事でした。

    ttp://seafurry.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/ww-ec68.html
    暇人


  7. >6
    疾風の場合ホ5の機関部の前方って主桁貫通してませんでしたっけ?
    あと自分が見たキ44の略図だと後ろの方に少し隙間があって行けるんじゃないかなぁって思ったんですけどねぇ…
    http://seafurry.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/06/18/ki44.jpg

    そういえば飛燕1型甲ってなぜか7mmが主翼でホ103が機首でしたっけ
    川崎の設計思想的に機首配置のがいいと思ったんでしょうね

    リーン


  8. >7
    キ44も61も他の諸外国の翼内銃(砲)装備機主桁貫通していいるのでは無いでしょうか。諸外国の物には無い物も有った様ですが。

    キ84は、ホ5の大きさ等詳細が分って設計されています。キ44や61はまだ分からない時期に20o翼内装備を要求されたかと思います。

    世傑の件は自分の勘違いでした。
    ネットで画像を見たかと思います。確かコの字状に主桁を曲げて機銃スペースを取っていたかと。あまりの事に驚いて記憶に残っていました。

    零戦を始めとした機体の主翼主桁の横からの断面は、Iの字になります。
    で、機銃はそのIの字の縦方向の部材を貫通しています。

    その貫通の大きさは強度上限りが有ります。リブ等で補強すればまた変わってくるかと思いますが、横方向の部材を切る事は出来ません。

    自分が言っているのは、機関部が収まらないだろうと言う事です。

    キ61に関しては、過去ログでも色々と言われていますね。
    胴体砲の方が命中率が良かろう。主翼をいじるより胴体をいじる方が飛行性能に影響が出ないだうとか、高アスペクト比でただでさえ悪いロール率が更に悪化するだろうとかでした。

    火力に問題が有ったと認識している陸軍は、納まるので有れば、大喜びで装備したのでは無いでしょうか。納まらないからこそ、史実の結果となったのでは無いでしょうか。
    暇人


  9. >8
    つまり問題になるのは主翼の厚さではなく口径が大きくなることによって主桁に空けなければならない穴が大きくなるから強度が下がってダメになるってことですか?
    でもその場合だと20oよりもさらに大きい40oのホ301が主桁貫通してますよね
    主桁の穴の大きさだけが問題ならホ5も普通に入るのでは?
    ちょっとわからなくなってきた…
    ホ5の機関部ならホ103よりも10cmほど長いけどその分後に下げればどうにかいけそうと思ったんですけどねぇ…
    鍾馗と同じぐらいの厚さの零戦にスマートな99式20oならともかく、ホ5並にごっつい三式13.2oも入るのにこの差は一体…
    リーン


  10. 納まらないだろうと主張している理由は桁と機関部の干渉です。
    主桁をそれまで以上の開口にしてしまえば、主翼の強度が落ちます。制限降下速度にもかなりな影響が有るでしょう。

    ホ301は、機関部を含めかなりスリムです。
    ですから積めたのでしょう。他の大きな口径の物も積めたら積んでいたのでしょうが、積めなかったからこそホ301のみだったのだろうと思います。

    超音速さんも指摘していますが、バルジ装備機は有ります。
    キ61丙も機関部の後端に小さいバルジが無いでしょうか。
    暇人


  11. >8
    つまり問題になるのは主翼の厚さではなく口径が大きくなることによって主桁に空けなければならない穴が大きくなるから強度が下がってダメになるってことですか?
    でもその場合だと20oよりもさらに大きい40oのホ301が主桁貫通してますよね
    主桁の穴の大きさだけが問題ならホ5も普通に入るのでは?
    ちょっとわからなくなってきた…
    ホ5の機関部ならホ103よりも10cmほど長いけどその分後に下げればどうにかいけそうと思ったんですけどねぇ…
    鍾馗と同じぐらいの厚さの零戦にスマートな99式20oならともかく、ホ5並にごっつい三式13.2oも入るのにこの差は一体…
    リーン


  12. 誤送信

    >10
    確か前に丸だかどこかで古峰文三さん?という方でしたかの解説で飛燕の主翼にホ5を付けるのはバルジつけることでも対処できるけどそんなことしたくなかったから翼弦拡大を選択したって読んだ記憶があって
    それで、飛燕丙や超音速さんが言ったように疾風丙にもバルジが付いてたわけですから飛燕のホ5の件や鍾馗でも同じようにやればよかったんじゃないのかって思ったんですよ
    でもこういったことって土井さんや小山さんが検討してない訳もないから、バルジを付けない方がいいって判断しただけのデメリットってなんだろうなって疑問に思ったわけです
    陸軍火力不足がすごい深刻な問題になってたわけですし…
    リーン


  13. 零戦の場合は100発ドラム弾倉のために主翼下に膨らみを設けた際には翼端を切ることで抵抗を相殺しています。これは航本の説明資料がそう記していますので本当でしょう。
    そしてこの100発ドラム弾倉は中島製二一型への採用は抑えられています。
    五二型でも主翼下の膨らみは残りますが、本来、五二型と四一型でベルト給弾となることを予定していたからです。
    好んでやっていた訳ではなく、抵抗増加を相殺するか、膨らみそのものをなくす見込みがあってのことですね。
    三式戦のニ型用主翼がホ五を装備するためであるのは本当ですが、ホ五の胴体装備もニ型への移行段階で現れたホ五の四門装備に対応したものです。
    結局、三式戦の主翼拡大そのものが行われず、その構想が目立たなくなってしまっていますが、尾部にバラストを搭載してまで胴体にホ五を装備した三式戦一型丁という機体はニ型量産までの繋ぎとして、ニ型の武装を前倒しで採り込んでいるのです。

    BUN


  14. 「A6M3は100発弾倉を附するため下面に膨みあり -3ノット程度 翼端を切り+3ノット程度」
    としていますから、翼下に膨らみを設けるとそれだけ速度が低下したと考えられます。
    中島製二一型への装備が見送られたのは性能向上の余地がない二一型に対して抵抗増大、性能低下を避ける意図があったことも、現地部隊が廃却された三二型から100発弾倉を取り出して二一型に取り付けたいと航空本部に願い出てようやく許されるという経緯が電報に残っています。
    BUN


  15. >13>14
    しかしそれだと超音速さんが言っていたように中島の疾風丙や川崎のキ60、キ61丙とかではなぜバルジを搭載する道を選んだんでしょう?
    飛燕丙も前線部隊ではかなり好評だったそうですし…速度5.5q低下の方が軍からは火力向上よりもデメリットが大きいと判断されていたってことでしょうか?

    でも秋本実さんの本だと飛燕に30oを試験搭載してみたって話もあるんですよねぇ…実際に試したんだろうか
    というかバルジなしで主翼拡大した場合って性能はどれほど低下しますかね?面積が1割増ですし結構な重量増になって加速に影響出そうな気もしますけど…


    しかし武装改修の現地改修でも一々本部に許可取らないといけなかったってのは思った以上に自由度がないんですね…
    前線だともっと自由に改修ができるってイメージがあったばかりに衝撃がすごい…
    (の割には武装外し装備外しはかなり多かったようだが…)
    そういえば零戦22型は翼幅が21型と一緒なのに32型同様ドラムマガジンだがどうしたんだろ?
    リーン


  16. 飛行機はただ形を比べてみても理解できない部分があります。
    零戦や三式戦などのように質問の題材について明確なものはむしろ少ないともいえます。

    三式戦一型丙(「飛燕丙」等と宣伝用の愛称と型式を混合して書かれた文書は一つもありません。)は800挺しかないMG151/20を積んだ限定生産型です。
    三式戦ニ型用の面積拡大主翼は三式戦がニ型、三型と馬力向上を予定していたからこそ計画されたものです。
    四式戦など他の機体も同じように空力的な損失を補う要素が見込まれている場合が多いのです。
    零戦二二型については14をちゃんと読んで貰えれば解ると思いますが、本来は切り落とし翼端のままで完成する予定だった暫定的な改修型です。そのため試作機にあたる機体は切り落とし翼端です。
    性能が劣る二一型をこれ以上性能低下させる訳には行かないと判断されているのです。

    そして飛行機は制式(規格のこと)が定められた兵器ですから、いかに前線で戦術的な必要性があっても簡単には改造できません。
    兵器はいずれ還納(陸軍なら返納)されて別用途に転用されることを見込まれていますから、制式が定められている機体を勝手に改造した場合、補給と修理に支障が出る可能性があるからです。
    これは海軍だけではなく陸軍でも同様です。
    機体の改造の可否についての南方軍と陸軍航空本部とのやり取りも残されています。
    BUN


  17. なんていうかこれまでの話を聞いてるとやりたい理想はあるのに結果はエンジンやらのモロモロの要因があって結果としてあの時あーしてればーって感じがありますね…
    飛燕の翼面蒸気冷却もそんな感じが…
    B-29迎撃戦だと酸素ボンベを外すぐらいでもしないと追いつけないそうですし下手にバルジつけるよりどうせ1度しかアプローチできないならホ301でいいって感じですかね
    ドイツみたく現地改修オプションをメーカーが用意してればと思わなくも…
    わかりやすい解説ありがとうございました
    リーン


  18. ひょっとしてBf109などのU仕様やR仕様のことを言っているのだとしたら、その認識は間違いです。
    このシステムの目的は派生型の生産を機体量産工場の負担としないために導入されたもので、第一線部隊の好みに合わせてカスタマイズすることが目的ではありません。
    やり方としては日本やアメリカが機体量産と装備の改造を分けて実施していた手法と殆ど変わらず、前線の部隊が勝手に仕様を変えていたわけではありません。

    リーんさんはたぶんとてもお若い方なのでしょうから、もっと落ち着いて、本をよく読んだり、物を調べるやり方や、考える順番を身に着ける努力をした方が楽しみが増えますよ。
    BUN


  19. おっしゃる通りまだ大学生でミリタリー系もここ2、3年でハマったにわかですねぇ
    これからも精進せねば…
    リーン


  20. 当時の戦闘機の型式の更新は、細かい改造を重ねる小変更と、ときどき大規模に主翼全体とか胴体全体を改めてしまう大変更があります。
    零戦は主翼を片側500ミリ短縮するときに一度行ったきりですが、陸軍機では四式戦は二式戦からの、三式戦二型は三式戦一型からのメジャーチェンジモデルであるわけです。
    こうしたときには、マイナーチェンジで積み重なった抵抗発生源を一掃するようなことがまま行われます。
    そしてまた、その上にバルジが突出するなどのマイナーチェンジが加えられていくわけです。

    E型ではぼこぼこしていたBf109が、F型でいったんクリーンな外形となり、その後また機首にボイレが突出していったように、そんな具合に変更が行われていたわけです。

    そうした小変更と大変更を区別して考えればよいのです。


  21. 巨頭が続々と出現しているところに

    スレ主では無いのに続けると批判されそうなのですが・・・。

    キ61丁。敗色が見え始めた時期に投入された機体。
    2型までの繋ぎ。ピンチヒッター、

    これに求められる物って何でしょうか。

    急ぎ、20oを積む事だと思います。
    合理的に考えれば、前型と同じく主翼に実装だと思います。

    そうしなかった理由。2型がそうだったから。

    合理的な理由を考えると、2型と1丁を並行して作るのに都合が良かった。

    土井技師が主翼に積むには、厚さが100o必要だと発言したとの情報を見ます。

    ホ5の機関部高さは55oだったと思います。クリアランスを考えて開口は61oとか良いかも知れません。航空力学とかを知っている人間では有りせんが建築関係の常識でしたら、高さ方向の開口は高さの1/3以下です。補強の方法次第で変わろうかと思いますが。いずれにしろ、100o無い翼厚に55o以上の物を積む異常さ御理解頂けるかと思います。

    そうした理由。要するに主翼にレトロフィット出来なかったからでは無いですか?土井技師が言った言葉から察するに、主桁を貫通出来なかったのでは無いでしょうか?とすればゴンドラ(ポッド)式。最高速度が10〜20とか落ちます

    陸軍はこれを一番嫌って、デッドウェイトを積むまでの改装をしたのでは無いでしょうか。

    三式戦のメリット。
    既存の陸軍機より速い。
    フルカン継ぎ手。
    丙丁で20o装備。

    P38の高速一撃離脱とかに散々やられていた陸軍はそういった事を考えていたのでは無いでしょうか。
    暇人


  22. 迷惑だから連投しないでWarthunderに帰りなさい。
    傍観者


  23. 迷惑ですか?
    ROM専で恐縮ですが、興味深い内容で楽しませてもらっています。
    傍観者2


  24. >21
    > 合理的に考えれば、前型と同じく主翼に実装だと思います。

    陸軍のホ5にはプロペラ同調装置があるので、胴体砲として載せることができます。
    これは、命中率の上で翼内砲よりも有利であると考えられていました。
      モーターカノン>胴体砲>翼内砲
    という順で効果的なのだ、と。

    「それ以上」ということになると、今度は胴+翼で20ミリ4門搭載とすることになります。

    三式戦の「一型丙」「一型丁」「二型の初期案」の推移はそのように見れば、なぜそうだったのか理解できることと思います。


  25. >24
    御付き合い頂き、有難う御座います。

    >モーターカノン>胴体砲>翼内砲
    という順で効果的なのだ、と。

    「それ以上」ということになると、今度は胴+翼で20ミリ4門搭載とすることになります。

    確かに。世間の趨勢はそういった流れだったかと思います。
    そう言われるとその様に思います。

    反論では無いのですが、その同調装置の開発に結果的に手間取ってしまいましたよね。

    自分には、質問者様では無いのですがどうにもキ61-1丁の改造の仕方が府に落ちないのです。

    ただ、これは同調装置の開発に手間取った事や、それからの戦況とか知っているからこそ言える後付けの考えなのかも知れませんが。
    暇人


  26. 三式戦1型丁の尾部バラスト搭載の経緯について述べておきます。

    ホ5を積むため機首を20センチ延長したことにともなう重心の移動は、主翼取り付け位置の前進で対処してます。
    しかし20ミリ炸裂弾(マ202)が発射直後に自爆する事故が頻発したため、機首上部パネルの砲溝をすごく厚い鋼板で補強する対処を強いられ、このせいで尾部のバラストも必要になったのです。

    1型丁は自重が250キロ増加しましたが、かなりの部分が不必要な重量だったのです。

    とはいえ世傑によると、1型丁は速度も上昇力も低下したものの1型丙より空戦性能が改善され総合的にはバランスがよくなったと評されております。
    超音速


  27. > 25
    「世間の趨勢」ではなく「陸軍の方針」です。
    それゆえ、四式戦は20ミリ×4に改められ、三式戦も本来なら二型からそうなるはずでした。三式戦二型で主翼を大面積化できず20ミリの翼内搭載が棚上げされたのはよほどのことだったのだと思います。

    一方で、胴体に20ミリを積めない海軍の方針は、最終的には翼内20ミリ6挺化です。
    烈風も紫電改もそのように向かっています。


  28. >26
    保護板の事をすっかり失念しておりました。

    主翼に無理に実装するより速度低下は少ない筈だったので機首装備しか無かった。マ弾の事故多発が無ければ、もう少し良い物が出来た。って感じだったのでしょうか。

    >27
    陸軍の胴体への20mm搭載は運動性の面から、海軍より良さそうですね。
    翼内に20mm6挺だとはっきりと運動性の低下を感じそうです。

    暇人



1380 瑞雲の搭載機銃の弾数がわからないので助けてください
ヘルにゃんこ

  1. 瑞雲が収録された「精密図面を読む(3)」によりますと、
    20mm機銃弾は各銃200発です。
    超音速



1379 WWIIでは、輸送用の大型グライダーがありましたが、機体の材料は何でしたか?
ちなみにwikipediaによると、英軍で最大のグライダーであるハミルカーは7トンもの貨物を積むことができて、全木製と書いてありましたが、具体的な材質の記載はありませんでした。
1378に引き続く素人質問ですが、よろしくお願いします。
PIAT

  1. 英語版wikipediaには、材質は主にスプルース及び樺の木(birch)と記載されていました。
    超音速


  2. 超音速様 早速回答いただき、ありがとうございます。

    ハミルカーは長さ20m・幅30mもあります。
    その機体に7トンもの荷物を積んで空を飛ぶわけですが、どのような方法で機体(特に翼)の強度を確保したのでしょうか?
    『鳥人間コンテスト』では、飛び立った瞬間に翼が折れるグライダーが多いことから考えました。

    PIAT


  3.  ハミルカーやハリケーンもそうでしょうが、モスキートは樹脂をしみ込ませた合板でできており、木材をそのままで使用しているわけではありません。
     ソ連機の場合は、ここの1361で
    リーン様が回答されておりますが、モスキート 合板 樹脂で検索をかけてみてください。
     
    hush


  4. http://visualoop.com/blog/8693/vintage-infodesign-23(下のほう)

    透視図の画像です。
    見ての通りの構造ですが、全木製ではなく高品位鋼材によって主桁を補強する構造になってるそうです。

    hushさんの言及しているのは樹脂含浸木材(Resin impregnated wood)というものです。ハミルカーに使われているかは知りませんが、モスキートもラヴォチキンも全体がそれでできているわけでなく重要部分にのみ使用され、他は通常の合板と適切に組み合わせて作ります。

    そのほか、スピットファイアやBf109・Fw190が装備する木製プロペラは樹脂含浸木が使われています。
    樹脂含浸木の板を中心として外側にスプルースなどの木材を貼り合わせて作るのです。
    超音速


  5. hush様 超音速様 回答のお礼が遅れて申し訳ありませんでした。

    軍用グライダーについては、ソノラマ文庫『危うし空挺部隊』ぐらいしか読んだことがないので、参考になりました。
    なお、この本では、グライダー部隊の隊員たちがパラシュート部隊と装備や待遇で差をつけられたことに怒っていることが印象に残っています。
    PIAT



1378 ホーカー・ハリケーン戦闘機について質問いたします。
ハリケーンの機体の後ろ半分は木骨・布張りでしたが、材料は何でしたか?
モスキートは合板(いわゆるベニヤ板)でできていたそうですが、ハリケーンはオークでも使っていたのでしょうか?
布張りはキャンバスだったと思いますが、ジーンズのような材質だったのでしょうか?

PIAT

  1. 航空機の木骨は軟木を使います。
    ハリケーンの具体的な材質指示は判りませんが、欧米ではスプルースがほとんどでした。
    代用材として、ポプラも使われたそうです。
    http://dlisv03.media.osaka-cu.ac.jp/contents/osakacu/kiyo/111C0000001-108.pdf

    布は羽布と言って、麻や木綿の細い糸で緻密に織った薄い布です。
    この上にドープと言う塗料を塗るので、おそらく布目は見えなかったと思います。

    少なくても今のグライダーに使われている羽布+ドープは、一見樹脂フィルムの様に見えます。
    わんける


  2. わんける 様

    回答ありがとうございます。
    スプルースはマツ科の針葉樹で日本名は『ベイトウヒ』と言い、建築材・造作材・家具・パルプなど様々な用途に使われているそうです。
    ポプラについては、児童書の出版社か並木しか知りませんでしたが、マッチ棒に使われるようです。
    共に柔らかい材質が特徴なので、強度が重要な飛行機に使われているのは意外でした。
    『羽布』という言葉は初耳でしたが、検索すると様々な情報があるので、これから調べてみます。
    どうもありがとうございました。

    PIAT


  3. ハリケーンの胴体構造で強度を担っているのは鋼管トラス構造の内部骨組みです。
    その周りに木製の整形枠をはめ込んで外側に羽布を張っています。
    したがって木製部品は強度には関係ありません。

    ご存じだろうと思いましたが、2.のレスを見てもしかして誤解してるかもと思いましたので、念のため書いておきます。
    超音速


  4. 超音速様  新知識をいただき、ありがとうございます。
    ハリケーンの後部の骨組みは全部木製だと思っていました。

    そもそも、私は飛行機の構造には無知であり、木製飛行機に興味を持ったきっかけは、数十年ぶりにプラモ屋へ行って一番カッコイイ双発機を購入したことです。それが、モスキートで、説明書を読んだところ、機体が木製だと知りました。
    そこで、レン・デイトン『戦闘機』に「ハリケーンの後部は木製」との記載があったのを思い出したので、今回質問させていただきました。

    PIAT


  5. >2
     細かいことを申しますと、スプルースはトウヒ()属の総称です。ベイトウヒ(米唐檜)は、北アメリカ産ですので、ハリケーンに使われたかどうかは疑問です。ですから、ヨーロッパで一般的な、英語でNorway spruceと呼ばれるドイツトウヒ、つまり、ヨーロッパでクリスマス・ツリーに使われる木ではないかと思っております。
     なお、デ・ハヴィランドがモスキートに用いたのは、樺材に軽量のバルサ材を挟み込んだ合板です。
     
    hush


  6. hushさんにさらに細かく補足しますと、モスキートは樺材・バルサ材のほかスプルース材・樹脂含浸木材・金属の金具やボルトも使われ、これらを適切に組み合わせて作ります。
    超音速


  7.  後で考えれば、長年の艦艇建造によりイギリス国内の樹木は払底していたそうですので、カナダから入れたスプルース、つまりベイトウヒを使っていた可能性もありますね。
     また、樺と書いたのも、1379の1で書かれているようにbirchのほうがいいのかもしれません。もっとも、欧州白樺は日本の白樺と近縁種だそうですが。
     あと、1で書かれているように、軟木が使われるのは、曲げやすく、軽いからで、オークのような稠密な木材は堅いですが、折れやすく重いです。
    >6
     フォロー多謝。
     
    hush


  8. hush様 超音速様 詳しい情報をいただき、ありがとうございました。

    バルサ材とは懐かしいですね。
    少年時代、バルサ製の模型飛行機に熱中していたことを思い出しました。
    なお、南米大陸からイースター島まで航海したイカダである『コンティキ号』はバルサで作られていたとヘイエルダール博士の本で読みました。
    PIAT



1377 現在、イギリスのR 38飛行船について調べています。
その中で、R 38の計画では連装機銃を12機装備するとなっています。
この連装機銃とは、どの銃を指しているのでしょうか?
飛行船

  1. また、銃を装備した飛行船の写真を探してるのですが、
    ゴンドラや船体の上に設置されているという文章は見かけたものの、実際に装備している写真は見つけられませんでした。
    写真を見られるサイト等を紹介して頂けないでしょうか?
    飛行船


  2. https://www.pinterest.jp/pin/532480355928642176/
    https://www.sciencephoto.com/media/870996/view/r31-airship-gun-position
    https://www.reddit.com/r/battlefield_one/comments/6vsl7j/a_german_reargunner_poses_with_his_machine_gun_in/

    R38では有りませんが。
    キーワードを変えて丹念に探すと出てきそうです。
    暇人


  3. 有り難うございます。
    他の事例から、R 38がどのように装備を付ける計画だったのか想像が出来てきました。
    飛行船


  4. 連装機銃は恐らく、ヴィッカース重機関銃でした。
    飛行船


  5. ずばりな所も有りましたね。
    配置の文章+図面が有りました。

    ttp://www.airshipsonline.com/airships/r38/
    暇人


  6. 有り難うございます。
    機銃の配置位置はこの図面から読み取れるのでしょうか?
    飛行船


  7. そのまま見て、前面上部の見張り台?にGUNと有るのを見ました。
    画像を保存されて拡大して見れば他にも確認出来るのでは無いでしょうか。

    タラップ?が有ると思しき場所の上部には見張り台?の様な物が有ります。
    恐らくそこにもGUN表記が有るのでは無いかと思います。

    面倒なので、保存して確認作業まで行っておりません。
    暇人


  8. 本当に有り難うございました。
    飛行船


  9. 船尾に一基、後方のHood?に二基、前方のプラットフォームに一基と1ポンド砲一基、操縦カー?に2基、各エンジンゴンドラに一基ずつで六基だと思われます。
    飛行船



1376 誉関連の開発史などでよく誉開発は栄が実験室で1400馬力運転を達成することができたから〜云々と言った記述を目にします
この1400馬力運転を達成できた栄というのはどのような改造が行われたのですか?
単純に過給機ブースト圧を上げればいける馬力なのでしょうけど栄の許容ブースト圧がが250oHgで誉11型が400oHgとかなり差がありますし栄のシリンダーのままではうまくいきそうにはないように思えるのですが…
また、誉11型から21型で許容ブースト圧がさらに100oHg上昇していますが、これは冷却フィンなどを採用できたおかげなのでしょうか?それともシリンダー自体を再設計したとか…?
リーン

  1. 「栄の『1400馬力』運転」=やっていない。
    「誉の冷却フィン」=当時の空冷発動機の殆どに冷却フィンはある。
    まずはここから。



    BUN


  2. すみません寝ぼけて書き間違えました
    冷却フィンじゃなくて植え込みヒレ式冷却フィンです…
    これを採用したことでシリンダー温度を10℃近く下げれたというのを見たことあるので誉21型が馬力向上できたのはそれが原因なのでしょうか?
    あと栄1400馬力運転やってないっていうのはそもそもそんな計画ないって意味でしょうか…?それとも計画はあったけどやってないって言うことでしょうか…?
    リーン


  3. 誉試作のきっかけどなった栄の1500馬力運転は耐久審査を伴わない実験運転ですから、特別な改造は無かったと推定されます。
    ブーストと回転を上げ100オクタン燃料を使用した実験運転である事が「中島飛行機エンジン史」にあります。

    それはさておき、誉のシリンダーは機械加工で冷却フィンを削り込んだ鋼の筒で、鋳込み式の冷却フィンはありません。鋳込み式の冷却フィンはシリンダーヘッドに用いられています。


    BUN


  4. 100オクタン使用ということは状態的には92オクタン+水エタノール噴射相当ってことですか…栄31型の水エタ噴射の計画値とか考えるとそこまで突拍子もない数値ではない…?
    鋳込み式の冷却フィンってすべての部分がそうだったわけじゃないんですね…勉強になりました
    ところで栄から誉11型にブースト許容圧が上がってますけどこれは結局シリンダーが増えたことが原因でしょうか?


    リーン


  5. オクタン価100の航空揮発油を遣っているからそう書いているので
    水噴射(「水エタ噴射」とは言わない これは酒を飲むことを指した冗談)併用ならばそう書きます。
    勝手な深読みはしないように願います。
    BUN


  6. ノッキングの起こしにくさ的に92オクタン+水エタノールで擬似的に100オクタンとしたって言う風な話をよく見るのですがそれとはまた違うってことですか…?
    無論この2つが別物というのは分かるんですけど馬力的にはどうなのでしょうか…?

    リーン


  7. 100オクタン燃料の国産化見込みが立たなくなったので、その代替策として戦時規格燃料の航空九一揮発油と水を噴射する方式(水が主体でメタノールは氷結防止用に混入)を採用したのです。
    栄の1500馬力運転時には水を噴射する装置はありません。
    BUN



1375 ご機嫌よう御座います。技術的にいって航続距離無限大の航空機は可能でしょうか。かつてそういった計画や構造は存在したのでしょうか。
キャンサードリーム

  1.  NASAが翼面にソーラーパネルを張り付けて、そこから得られる電力でプロペラを回して成層圏を半永久的に飛び続ける無人全翼機を研究してたような記憶があります。・・・もう30年近く前の事だと思います。
    おうる


  2. 屁理屈ですが、気球や飛行船も航空機に含まれるので、悪天候や構造寿命等を無視すれば理屈ではいつまでも飛んでいられそうですね。
    みいつ


  3. 2016年に名古屋に飛来したのでご存知の方も多いと思いますが、ソーラーインパルスというプロジェクトがあります。

    日中に太陽電池で充電しつつ上昇し、夜間はバッテリーの電力と位置エネルギーを使用して飛行、というプロシージャーを繰り返します。

    理論的には半無限の飛行が可能と思いますが、実際は乗員の生理学的限界・天候・機械的信頼性に制限されます。
    超音速


  4. 米軍にはかつて原子力飛行機のプロジェクトがありました。
    陸軍航空隊時代の1946年から構想がありましたが、1951年に空軍・NACA・原子力委員会(AEC)合同の原子力推進航空機(ANP)計画となりました。
    コンベアに実験機X-6の製作、GEに原子力ジェットエンジン開発が発注されました。
    先行してB-36を改造してP-1小型原子炉(1メガワット)を搭載するNB-36Hが作られましたが、原子炉は推進には寄与しないもので、防護シールドの試験を目的としたものです。
    1957年までテスト飛行が続けられました。
    原子炉本体よりずっと重いシールドに遮蔽されてるとはいえ乗員の被ばく量はかなりのもので、原子力ジェットエンジンも放射性物質をまき散らしながら飛行するという現代からみればとんでもないものでした。
    結局当時の技術で原子力ジェットエンジンというのは無理で、実用にはほど遠い状態で計画中止となりました。
    その後も冷戦時代は核ミサイル母機として根強く構想だけは続けられたようです。
    なにせ1960年代には核爆弾を抱えたB-52が常時空中待機しているという核アラート体制が継続していたのですから。
    超音速


  5. 航空機の定義から微妙に外れるかもしれませんが、
    人工衛星は、通信・観測・偵察などの用途で着陸不要の航空機として使われています。
    わんける


  6. ソーラーインパルスはあくまでも記録樹立のためのプロジェクトで、巡航速度70キロ時では輸送機関としては使えません。
    なのでプロジェクトの意義はバッテリー・モーター・インバータなどの電動機技術の進歩を図ることなのでしょう。

    1.で言及されてるのは、2001年にNASAが飛ばした「ヘリオス」という無人航空機のことでしょう。将来的に火星の大気圏で飛ばせる探査機の実現を目指したものだそうです。

    4.で言及した原子力爆撃機というのはつまり空飛ぶ戦略原潜で、敵の先制攻撃で地上の基地が全部やられてしまった時に備え常時空中待機するのです。
    原子力航空機というものが実用化したとしても、飛行中に荷物の積み込みができない以上、輸送機関として利用するのは難しいと思います。

    他の方が例示された気球・飛行船・人工衛星などが質問主さんのイメージに合うものかはわかりませんが、これらも(現代では)主に輸送機関として以外に利用されているものです。
    超音速



1374 震電の機銃についての質問です
確か丸かどこかで読んだのですが、震電には30mmが2門射撃モードと4門モードがあると読んだ記憶があるのですが
この撃ち分けってトリガーが2つあるのですか?それともスイッチで切り替えるのでしょうか?
リーン

  1. 計画要求書補足事項に
    「2.発射把柄ハ瓦斯加減柄ニ装備ス 3.発射切換様式ハ左ノ通リトシ下方二銃ノミ及四銃同時 切換把柄ヲ絞弁把柄頭部ニ附ス」
    とあります。
    電気発射方式ですから引き金を二つ設けるようなことはせずに切換レバーを操作して発射管制器で切り替えれば済みます。
    BUN


  2. ありがとうございます!
    ずっと疑問だったので…
    ちなみにその切り替えレバーって実際に完成した試製震電には装着されてますでしょうか?
    図面とか残ってないのかなぁ…?
    リーン


  3. 計画要求書補足事項は必ずしも実行されるとは限りません。
    発射管制器の切機能は恐らく計画された練習用機銃二挺に関連しての事と思いますが、兵装搭載機は昭和二十年の他機種と同じように同時発射モードのみになっていた可能性も大いにあります。
    BUN


  4. 大変わかりやすくてありがとうございました


    リーン


  5. 追加で質問なのですけど、震電の計画要求書の原本もしくは補足事項が掲載された本ってどこで読めるのでしょうか?
    計画要求書の一部を掲載した書籍はいくつかあるのですけど補足事項まで掲載されたものは見たことがなくて…
    リーン



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