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440  第二次大戦中、代用血液として、海水が使われたそうですが、具体的にどのように使われたのでしょうか。
にわとり

  1. 煮沸した海水を生理的食塩水の代わりに使用するのを試みたという話は読んだことがありますが、実際に使用したかはわかりません。
    サラ系

  2. 代用血液に関係してですが、南方では椰子の実の中身を輸液に使ったと聞きますが本当ですか。
    まつおか

  3. ↑まさにそれ、リンゲル代わりに使用するということなら考えられなくも無いのでは?
    BUN

  4. 生理的食塩水の話です。椰子はどうかなぁ・・・。
    BUN

  5. 現在でも、何らかの理由で輸血用の血液が手元にない場合、食塩水を用いることがあります。
    その濃度はたしか0.7%。生理食塩水と呼ばれています。

    恐らく、海水を薄めて生理食塩水を作り、血液代わりに使っていたのではないでしょうか。
    かすた

  6. >2 米軍の戦時中の研究で熟してない椰子の実の中の果汁は輸血に使える、と
    書いてあるそうですね。椰子繊維から作った糸が縫合に使用できる,というのも
    聞いた事があります。
    大塚好古

  7. 海水は、塩分のみでなく色々な不純物を大量に含みます。まして椰子の実の果汁は、椰子の蛋白質も含むはずです。たとえ初回の輸液であっても、感作を必要としないアナフィラキシー様反応≒アナフィラキシーショック(即時型1型アレルギー反応)を、起こす可能性は相当な高率であります。これは、死に直結します(まして、医薬品や医療器具の少ない戦場では)。しかし米軍が、認めているのであれば、それらの事を考慮してもなお、何もしないよりはましだという事でしょうし、事実やるべきでしょう。また普通には 代用血液 という言葉は、酸素を運ぶ能力を持ったヘモグロビンの代用になる物質を言います。今回の場合は 代用血漿 と言ったほうがいいでしょう。


  8.  生理食塩水は、NaとClが154mEq/L(この場合、単位はmmol/lと等価)です。

     第一用途は血液循環量の確保です。失血した場合、それが予想される場合等に使い
    ます。リンゲル液の場合は、ちぃっと成分が違うのですが、使い方はほぼ同じです。
    もっとも生理食塩水の場合は血液よりもClが多いし、栄養素もバッファも何もないか
    ら、病院ではリンゲル液を使います。

     海水の使用についてですが、煮沸した海水に、浸透圧計で測りながら水を足して代
    用するということは、可能ではあります。確かにこんなものはかさばるわけですから、
    補給物資にリストアップするのは、アメリカ軍でも敬遠されるかもしれません。そう
    いう意味で、使われたことはあるかもしれません。

     しかし不純物の問題がある。海水は微生物の巣窟ですし、煮沸したとしても蛋白質
    等が残留していると、ショックを起こす可能性もある。もし蒸留施設が充実している
    ならば、海水なんか使うよりも、蒸留水に塩類を調合して使ったほうがよっぽどいい
    と思うんですが…

     現在縫合糸として使用されているのものとして、材料で大別すると、絹、ナイロン、
    その他(吸収糸が多い)ですが、私の上司が「戦後、椰子繊維を使うことが流行った
    けれど、ナイロンに押されて廃れてしまった」と話していた記憶があります。

     この辺、ちと面白いですね…調べてみたい…

    ごるぴゐ

  9. 代用血液ではないのですが「禁じられた戦史」という昔の漫画に、ブドウ糖も注射器も無くなったビルマ戦線の日本軍の一軍医が葛(クズ)の根の汁を、竹製の注射器で傷病兵に注射して何人かの命を救ったという話がありました。
    クラマ

  10. 遠藤周作「海と毒薬」にそういう記述が無かったでしょうか?
    出張先からなので、検証できないのですけれど、記憶です。
    無頼庵

  11. いろいろとレスありがとうございます。勉強になります。
    にわとり

  12.  阿川弘之氏の「軍艦長門の生涯(下巻)」内に、海戦時(たぶんレイテ海戦時)
    のエピソードとして記されています。
     新潮文庫から文庫本で出ています。
     本屋で確認してみてください。

     
    T.M.

  13. 時間がないので一点だけ。

    >阿川弘之氏の「軍艦長門の生涯(下巻)」内に、海戦時(たぶんレイテ海戦時)

    これに、生理的食塩水を使ったことが載っていることは分かっていたのですが、
    あいにく現物が見つからずに確認できておりませんが、これはミッドウェー海
    戦のときのことだと記憶します。

    ちなみに、私の記憶と推測に間違いがなければ、「軍艦長門の生涯」の執筆時
    に阿川が参照したとも考えられる、この件の当時者たる第十七駆逐隊軍医長久
    米利郎軍医大尉(当時)の手記そのものには、確かに主計長に塩を焼いてもらっ
    て、生理的食塩水を作ってどんどん注射したとの記述があるのですが、決して
    海水を使ったとは書いてありません。まあ「これならなんぼでもある」という
    表現が暗にそういうことを示しているのかも知れませんが。なんとも言えませ
    ん。

    件の「軍艦長門の生涯」の下巻のみなぜか見つからず、記述の検討ができない、
    さらには久米軍医大尉の記述と「軍艦長門の生涯」に書いてある件が同一の件
    なのかなどの確認ができない等の理由から今まで控えておりましたが、とりあ
    えず、今ちょっとだけ時間があってここに書く余裕があるのと、速報する意味
    で書かせていただきました。

    ただ、「軍艦長門の生涯」には手記の内容とはもうちょっと別のことが書いて
    あった記憶がありますので、私の記憶が正しいとすれば、阿川弘之が独自に久
    米氏に取材をしたとか、別途何かの資料によって記述を補った可能性はあるか
    もしれません。
    今泉 淳


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