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何かの本で、自衛隊員は普段でも傘はささないように教えられている って読んだんですが、本当ですか?武士の心得とか・・・? はしもっちゃん |
雪風2
N.W
私服の時はいいですが制服で傘を差すのはタブーで、もし傘を差しているのを他国の軍人に見られでもしたら本当に万国共通の物笑いにされてしまいます。
舞弥
Sampon
「あの」英国でも、軍人は制服時には傘ささないものなのでしょうか?
ま、あの傘は持っているだけで広げない、という話もありますが、
制服で女性とデートしてるときとか、馬術競技(軍人はみな上は制服)における
スタート直前(少なくとも鞍は濡れないようにカバーしてます)、
なんかは傘広げそうですが、例外扱いなのかな?
意地張っている下級将校や下士官だと納得なのですが、中・上級将校だと
傘さしてるシーンを思い描いてもあまり違和感ないのですが。
はたの
tk
各藩によってまちまちとは思いますが、ある藩では上級武士は雨の日は
傘と高下駄が許されていました。これは足下を濡らさない為と水たまり
を避けない為ですが、下級武士になるとこの高下駄は許されず、裸足で
歩かなければいけませんでした。しかも上級武士と出会った時は傘をた
たみ、雨の中、土下座をして通り過ぎるのを待たなければならなかった
ようです。
Kz
Sampon
そうです。関ヶ原後、領主となった山内家臣と旧長曽我部家臣の扱い
は天と地ほどの差があったようです。
Kz
てできあがった「武士道」のイメージの上の武士だと想像していますが。普
通わりと簡単に「武士」という言い方をしますが、思想上の武士と制度上の
武士とは違うものです。厳密にいうと郷士は正式な武士身分ではありません。
藩によって制度はちがったと思いますが、一般的な理解としては「浪人」の
扱いをしているところが多かったと思います。江戸では浪人は町奉行所の扱
いになっていました。武士であれば当然町人を所轄にする町奉行所の扱いに
はなりません。(恐らく評定所の扱いだと思います。)つまり、百姓身分の
うちの特別なものと理解するほうが現実的だと思います。ただし、百姓身分
でも大庄屋(大庄屋の起源としては家臣ごと帰農した武士が多かったようで
す)や天領の代官所手代(天領にはほとんど武士はいませんでした)などは
身分にかかわらず実質的に武士扱されていた所も多かったようです。
現代のわれわれからすると不条理に思いますが、当時は「身分差別が法律上
正しいとされた」時代ですので現代人の後知恵で判断するのもどうかと思い
ます。
tk
こでの話題とは関係のないことですね。ただし、よく「武士」という言葉が
使われる時にあまりにも観念的な話が多いことや、思い込みからの過去への
安易な批判が多いことが頭にありよけいなことまで書きました。
tk
ベックメッサー
あるて