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先日、BSで台湾のハーリーズー(口に合と書く+日族)、日本が大好きな人達のことを紹介していましたが、おじいちゃん、おばあちゃんたちまで日本の歌をカラオケで楽しそうに歌っていました。日本が大好き、第二の故郷だと言っておられました。初歩的な質問で申し訳ありません。昔、中国では、日本人を日本鬼子と言っていたんですよね。台湾の方も日本人が嫌いだったのではないのでしょうか。中国と台湾では軍部の対応が異なっていたのでしょうか。そのおばあちゃんたちが「支那の夜」をカラオケで歌っていたのですが、その歌が中国蔑視の歌であるという話を聞いたことがありますが、台湾のかたが歌うのはどうしてなのでしょうか。日本が侵略した国の中でも特に台湾と中国のお年よりは、心の中では日本人が嫌いなんだろうと思っていたのですが。 なな |
→http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_2/jog062.html
一言で言えば、日本は異民族とはいえ平等な政治を敷き、
中国本土から逃亡してきた蒋介石、ならびにその下の政府役人は
不平等な悪政を敷いたから、というところでしょうか。
それから、
>日本が侵略した国の中でも特に台湾と中国のお年よりは、
>心の中では日本人が嫌いなんだろうと思っていた
とありますが、台湾には侵略していません。日清戦争勝利に
よって得た割譲です。
SADA
SHI
また、台湾の少数民族にとっては、初めての共通語(村ごとに言語系統が違うのがざら)が日本語だったために、現在でも教会のミサが日本語で行われている地域があったりします。
面白い話としては、国民党軍が台湾の実権を握ったときに、本省人は「狗が去って豚が来た」と言ったそうです。「犬=日本人は卑しい(中華思想^^;)が安全を守ってくれる、でも豚は意地汚く食って太るだけ」ということです。また、戦後10年間くらいは、本省人は外省人を「チャンコロ」と呼び、「先に近代に触れた者の意地」を示したともいいます。
韓国でも、アメリカに亡命していて日本の統治の実態を知らない李承晩が大統領になって反日宣伝をしなければ、こんなに反日感情はなかったのではないかとの研究があります。
なお、「支那の夜」が中国蔑視の歌であろう筈がありません。それをいうならJRの観光宣伝は北海道蔑視広告になります。
Schump
>同僚がアメリカで台湾出身の女性と結婚しましたが、
>そこに至るまで台湾の鬼畜日本(感)のご両親説得の
>苦労を目の当たりにしました。
私のURL引用先なり、Schumpさんの書き込みを見ても分かる通り、
台湾の日本統治時代を「善政」と断言するには自信が無いですが
(人種差別と国語圧殺がありますので。しかし植民地に対する
処遇としては当時の水準よりはるかに緩かったのではないかと
思ってます)、少なくとも「法に則った清潔な政治」と「治安」、
「秩序」があったことは間違いなさそうです。
その御両親は日本の台湾撤収後に台湾へやってきたのでは
ないでしょうか。戦場たる中国の本土では日本兵の残虐行為は
語り継がれている通りです。
SADA
まず朝鮮について、日韓併合以前の李氏朝鮮時代、儒教(朱子学)が絶対であり、中国(清)が満州族に乗っ取られているため今の中華文明の本家は我が国だと考えていた。そして、儒教秩序を厳守していない(同じ本貫同士の結婚が禁止されてないなど)日本を野蛮人又は禽獣の国とみなしていた。したがって、自国の支配層の失態を考えても日本に併合され支配されるのは感情的に決して面白くない。
中国本土も儒教や中華思想の本家であり、朝鮮はおろか、日本など東の海の中の野蛮国と考えてきた(朝貢貿易のイメージで見ていた)。
一方、台湾が中国本土の勢力下に入ったのは元、明以降で、大陸から漢民族が移り住んできていたものの原住民の方が多く、中国、朝鮮のように儒教や中華思想が圧倒的に強いという状態ではなかった。また、明代の初めに国栓爺による反乱(小説国栓爺合戦のモデル)が起きたりするなど半独立国に近い状況だった。このため日本の統治下に入っても、住民の感情的な抵抗感は比較的少なかった。
日本は朝鮮、台湾に総督府を置いたが、朝鮮の方がてこずり武断政治的な手法もとったそうである。朝鮮総督府の総督がほとんど軍人であるのに対し、台湾総督府では途中から歴代の総督が文官になっているのも、そのためだろう。
ところで、韓国は独立後、一貫して日帝支配を最悪・屈辱の時代とする教育、宣伝が行われてきたが、最近、そうした歴史観に対する見直しの動きが生じてきている。それに反対する勢力も根強いが。
アリエフ
を見ると、台湾って随分と複雑な国なんだなと思いますね
当時の日本は台湾や朝鮮にかなりの投資もしていたようですが
他の国の植民地と違ったのでしょうか?
SUDO
大陸=親、半島=長男、日本=次男(以下)
というわけで(かなりおおざっぱだが)、長兄たる半島に、弟たる日本は
常にうやうやしく、慎んで接しないといけない・・らしい。
(だから、日本の繁栄が憎まれたりする・・らしい)
また、李朝は、清を宗主国としており、
「小中華主義」ととらえた方が妥当ではないでしょうか。
ひもと
アリエフ
BUN
1874年(明治7年)に台湾出兵(征台の役)してますよ。規模的には侵略とは言えないかもしれないけど。
うがんこ
また、もともと台湾は反徒や食い詰め者の集まった島ですから、清による本格経営が始まったばかりの19世紀末にはまだ本国に対する反発意識もありました。
清からの割譲が決まってつかの間の無政府状態が生じた際には、間隙を衝いて一応の独立宣言もなされています。しかし、事前の準備不足から尻すぼみに終わり、台湾でも知らない人がいる程度の事件で終わりました。
Schump
(N)
なお、中華思想における「天皇」とは、「皇帝より上の、どちらかというと神様」であって、地上の王に付けるのは不遜です。ですから、韓国では「人間界をみそなわす天帝・天皇〜世界の中心たる中国皇帝〜中国に服する周辺諸国の王」というシステムに照らして、日本の天皇を「日王」とよぶわけです。
余談ながら、中国人が「支那」を嫌がるのは、「中央ではない」を表す「支」の字が入っているかららしいです。
Schump