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116 「バルジの戦い」から「マルメディの大虐殺」までの経緯を教えてください。特にドイツ軍の進路について…この辺りのこと、まったく知らず困ってます。
YUMI

  1. アルデンヌでの攻勢はいわゆるバルジの北部でのパイパー達の戦闘と、中部のサンビト、南部のバストーニュ等が含まれる戦闘とに分けて考えると理解しやすくなります。
    パイパーは北部のSS機甲部隊の先鋒として初期の段階で突破に成功し、急進撃を行いますが、包囲孤立して攻勢前半で壊滅してしまいます。マルメディはパイパー部隊(SS第一戦車師団の主力)の進撃路中、最終到達地点の少し後方に位置する町で、マルメディの虐殺と言われる事件はこの急進撃の過程で発生していますが、その実態には各説あり、簡単に論評しにくい問題です。また、映画ではパイパー部隊の壊滅で物語の終幕となっていまい、その後の戦いが無かったかのようにイメージされがちですが、実際には、アルデンヌでの作戦は、当初の建前であった戦略的突破作戦から限定的攻勢に性格を変え、その後も続行され、北部にいたSS機甲部隊は中南部へ移動して攻勢が続行されます。バストーニュが焦点となるのもこの段階でのことです。そして、地図を見れば一目瞭然に判りますが、独軍の本来の進撃路はバストーニュの北方に集中しており、バストーニュは確かに道路の集中した交通の要衝の様な地点に見えますが、実際の主要予定進撃路のはるか南側にあり作戦上は無視し得る地点であって、決してドラマチックな重要目標ではありません。ただ、後半の限定攻勢(しかしこの中で独軍は最も深く進撃しますが)の中で、バストーニュが宣伝上の重要地点として焦点化するのです。この後半戦の攻勢最高潮と言える状況を把握しないと、パイパー戦闘団の壊滅と、バストーニュの「包囲解除」が行われた一週間も後に空軍の大空襲が実施された背景が全く理解できなくなります。このように映画や戦記で無視される傾向にあった「攻勢後半期」がアルデンヌ攻勢の重要な部分を成していますので、面白い部分でもあり、ぜひ注目、ご研究ください。
    BUN

  2. 月刊モデルグラフィックス別冊「アルデンヌ1944」もしくは
    「バルジの戦い上巻」共に大日本絵画でジャン・ポール・バリュ著
    岡部いさく訳 を読むのが良いでしょう。
    アルデンヌ1944は絶版でしょうから、バルジの戦いを探してください。
    KI-100


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