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中国の大軍閥だった張作霖の息子張学良は今でも生きていますか? ぱるぱる |
BUN
安井 賢一
ひもと
1990年5月、台湾の『中国時報』が、張学良氏の90歳の誕生パーティーが開かれると報じ、健在が明らかになりました。
1993年夫人、趙一荻氏とともに、アメリカに移住されました。アメリカには、
1人息子さんも住んでおられ、また于鳳至氏との間の二男一女があり4人ともアメリカに住んでおられます。
1995年3月13日の、毎日新聞夕刊は、写真とともにハワイで、静養中の夫妻の様子を伝えました。
『張学良は、なぜ西京事変に走ったか』岸田五郎 著 中公新書 1246より。
以後の事は分かりませんが、1995年3月13日までは生存されていたようです
はるばる様
平成12年2月23日の回答です。お目に留まりましたら、回答欄に確認の御返事くださいませ。
1週間程してご確認なければ、他の方法でお知らせできるよう勤めてみます。
雲
コメント:
6月1日は、張学良氏の100回目の誕生日だったそうです。
生死の程は、分かりかねますが、ひょっとしたらまだ御健在なのかも知れません。
雲
【1】訃報:
趙一荻さん88歳=「西安事件」の主役、張学良氏の妻
2000.06.23
趙一荻さん88歳(ちょう・いちてき=「西安事件」の主役、張学良氏の妻)台湾紙、中時晩報によると、22日午前11時(日本時間23日午前6時)、肺炎のため滞在先の米ハワイで死去した。
蒋介石・国民政府軍事委員会委員長(当時)を監禁した1936年の「西安事件」のため、国民党政権によって軟禁生活を強いられた張氏とともに戦後、台湾で暮らしていたが、張氏が名誉回復を果たした後、93年に夫婦でハワイに移住した。 【台北支局】
雲
張学良夫人死去 趙一荻さん
2000-06-23 19:26
趙一荻(ちょう・いってき)さん(西安事件の主役、張学良氏の夫人)中央通信によると、米ハワイ時間22日午前11時10分(日本時間23日午前6時10分)ホノルルの病院で、肺炎の合併症のため死去、87歳。
天津出身で16歳の時、ダンスホールで既婚の張氏と知り合い駆け落ち。1936年、張氏が西安で抗日のため内戦の停止を求め蒋介石を拘束した「西安事件」後、張氏とともに軟禁生活を続けた。89年、李登輝政権の下で自由を回復し、94年以来ハワイで老後を過ごした。
張氏の「百歳」(満99歳)の誕生日(6月1日)を祝う席には姿を現したが、その後入院、張氏が病室で最後を看取った。陳水扁総統は23日、張氏に弔電を打った。(台北共同)
上記記事にて張学良氏の生存は、確実と思われます。
雲
(古野直也 芙蓉書房出版) http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/
cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9973006445&USER=GUEST のP262より
「どうして蒋について南京へ行ったのですか」
「私は愛国心に燃えていたのだ」
これは嘘だ。軍閥の頭領が自分の軍隊を捨てて処罰を
受けに自首するだろうか。蒋介石を信頼して一杯食ったのだ。
英国の評論家サミエル・ジョンソン曰く「愛国心は悪党の最後の逃げ場だ」。
しばらくして学良は「善人に長寿なし」とつぶやいた。彼の住む三十階
建ての巨大なアパートの一階ロビーのケースには中国骨董が飾られ、
カーペットを敷きつめた長い廊下には一定の間隔で点々と中国の
高級美術品が展示されている。私は、若い頃の学良が北京の
故宮博物院(紫禁城)から多くの美術品を盗み出して海外へ送り出し、
売却して外貨を蓄積していたことを思い出した。
中国趣味のあふれんばかりの空気を吸ってあっと気がついた。
この何億ドルかする建物はひょっとすると学良の所有ではないかと。
#中国はあれだけ国をあげて愛国・反日キャンペーンをやっているのに、
#どうしてもう一方で日本への不法入国が後をたたないのかねえ。
#そんなに祖国中国を愛してるのなら、中国で暮らせばいいのに。
#そう言やあ蒋介石だって宋美齢だってあれだけ「愛国」を叫んどき
#ながら自分は膨大な財産抱えて国外亡命してるんだもんな・・・・・。
毛沢豚