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戦艦などの主砲の砲身寿命はかなり短いよう(200〜400発程度?)ですが、アメリカは旧式戦艦を対地攻撃にふんだんに使用してますよね。またアイオワ級の戦艦も戦後も朝鮮やら湾岸やらで砲撃してます。砲身寿命が切れて交換とかはなかったんでしょうか?あと日本海軍で砲身を交換するような艦はあったのでしょうか?長10cm高角砲はかなり砲身寿命が短いと聞きましたが。 taka |
磨耗・交換されるのはこの内筒です。
よくわかりませんが、多分この作業、工作艦がいれば現地(戦場)でも可能なのでは?
戦艦級ではだいたい格納してある主砲弾全部射ったあたりでもう交換が必要なほど
磨耗するらしいです(大和は100〜130発で交換?で主砲弾は砲1門当たり100発格納)。でないと飛翔する砲弾が十分安定せず、照準したところに飛んでいかないと。ただし「撃てない」というわけではありません。
(陸上砲撃の際は装薬を減らして弾速を低減し、砲身の磨耗を抑えて砲身寿命を延ばした、なんて話を聞いたことありますが、残念ながら出典・真偽共に不明です)
ことほどさように頻繁に交換するものですからかなりのストックが存在するはずで、多分戦後のアイオワは、戦時中に製作したストック分を使用していたのではと思いますが。
勝井
研究された結果1988年の段階では1500迄増加しております。これは充分な数が残って
居なかった砲身用ライナーの交換回数を減少させるためでありました(1986年の段階で
アメリカ海軍の保有していた予備砲身は35本、これに対し交換用のライナーは
10本分しかありませんでした…)。
大塚好古
冶金技術の差は装甲の強度とかよりむしろ,
こういう目立たないところでこそありありと出てくるものなのでしょうね.
勝井
taka
ついでに交換したんじゃないかと思いますが。
平時に年間100発も実弾訓練したとも思えないし。
まあ、戦時中だって、実弾訓練の機会って意外にないですから、
やはりドック入りのついでにやってたんじゃないかなと。
逆に、100発撃てば使い物にならなくなるんだから、
交換しないはずはないでしょう。
多分、呉や横須賀に10本位内筒のストックが備蓄されてたのではと思います
(例によって学校なんで出典不明也)。
勝井
BUN
また他の砲の砲齢が110〜113発の間に収まっているのに対して、第2砲塔の右砲だけが、56+10/32発(内筒交換 S10.11.26)と新しいのも面白いところです。精度が余り良くなくて試射に使われる事が少なかったのかもしれません。
内筒の寿命は当初は100発程度と見積もられていたのが、大正15年頃の亀ガ首での試験では砲内面の施条の摩耗は予想より少なかったため、40cmで200発、36cmで210発というように見直されたようです。
舞弥
米軍はクェゼリンやエベリン砲撃の際には弱装薬(日本とは基準が違う)を使用したようですが、後はよくわかりません。
舞弥
あれってのは、やはり太平洋艦隊がどこでも砲身交換が出来る為に置いてあったのでしょうか?
返還に合わせて、回収されて今でも、別の所にデポされているのでしょうか??
ゆーた