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日本軍の重火器の貧弱さはよく話題になります。 38式シリーズの各種装備は、WW2の間ほも陸戦主力兵器の座を降りることができなかったということでしょうか?制式から40年にわたって消耗も破損もせずに太平洋戦争まで第1線装備されてきたというのもすごいと思いますけど、、、。 Navy |
Schump
WW2当時歩兵装備を自動化していたのはアメリカ(M1 ガランド:1937)とソビエト(SVT-40:1940)くらいのものですし、ドイツですら歩兵用小銃の主力は Kar98K で、制圧火力は分隊付属の MG34 に頼っていました。
私が考えるに、日本陸軍に決定的に欠けていたのはむしろジャングル戦で威力を発揮する近距離制圧兵器(カービン;サブマシンガン)の類だったと思います。
南方戦線の戦記を読むと、米軍やゲリラから鹵獲した M1 カービン銃は連射が効いて軽く扱いやすく、日本兵の間で絶大な人気を誇っていたようです。日本軍にも南部 8mm 拳銃弾を使う百式機関短銃というものはありましたが、あくまで落下傘部隊用の特殊装備であり広く装備されるには至りませんでした。
慢性的な弾薬不足の脅迫観念、銃剣突撃の威力偏重、大陸(中国・ソ連)方面を主戦場と仮定した長射程命中精度偏重がカービン・サブマシンガン開発に消極的だった理由でしょうか…。
ささき
BUN
Schump
BUN
三八式改にせよ、九○式にせよ失敗作に近いですし、九五式は制式が新しいので、数が間に合わなかったのではないか、したがって、日本軍の師団砲兵は(ただでさえ多くないのに)数だけの威力を発揮できなかったのではないかと思っているのですが。
まなかじ
下手をすれば日清戦争時の青銅砲まで持たされた師団がありますから、三八式装備の部隊は
まだ良いものと思わねばなりますまい(ーー;。
なお、ノモンハンで射程不足が露呈した九五式野砲は少数の生産で終わっており、帝国陸軍の
野砲は一応九〇式が主体となっております(でもこれも三八式より生産数が少ない(ーー;)。
大塚好古
三一式ったら、駐退機もついてないじゃないですか。(泣)
山砲ではどうでしょうか。四一式は聯隊砲として有名ですが、山砲師団の師団砲兵は、九四式は間に合ってたのでしょうか? 山砲は軽量安価な分、少しはましなような気もするのですが…。
まなかじ
九四式山砲は約600門、18年に生産を絞り込んだのを19年になって他の野戦砲の生産を
停止して四一/九四式山砲に生産を集約するわけですが、本土決戦師団に回るほどの
量は生産できなかったのでは無いかと推測します。
ノモンハンで壊滅した第二十三師団が編成時三八式野砲/三八式一二榴で砲兵連隊が
構成されていたのが日本の国力を示しているような気がします。
大塚好古
また陸軍の装備計画は、38式野砲を90式野砲に更新するのではなく、一部を10榴や新型の96式15榴に置き換える形で近代化するというものだったようで、実際に師団砲兵装備としての90式野砲は案外少ないみたいです。
itou
安井 賢一