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1987 アメリカは、何故開戦後速やかにマルティニックのベアルンを接収しなかったのでしょうか。当時の戦力が払底している状況下で、高速を出せる空母を、輸送に使う必要はかなり無くなる筈です。
にも。

  1. アメリカは、何故開戦後速やかにマルティニックのベアルンを接収しなかったのでしょうか。当時戦力が払底しているにも関らず、高速を出せる空母を輸送に使わざるを得ませんでしたが、ベアルンが有ればそのような任務はかなり任せられる筈です。
    にも@訂正。

  2.  つまらない突っ込みですが…ベアルンの性能は、搭載量はともかく、速力については21ノット(まあ護衛空母よりマシなのだが)程度なのですが。
     ベアルンは戦艦改装には違いないのですが、日米英は未成巡洋戦艦(高速戦艦)からの改装でそれなりの速度があるのに対し、この艦は未成弩級艦からの改装なのです。
     輸送艦として使用しても、普通の貨物船よりマシな程度の(火力は高いので、水上艦・偵察機とならまともに戦えるが…)運用しか出来なかったと推定します。WWII時の空母としては言わずもがなです。
    zono

  3.  ちょっと調べてみたのですが、ベアルンは1942年の5月に武装解除され、1943年の6月末に自由フランス軍に編入、そのほぼ一年後アメリカで半年ほどで航空機輸送艦に改造され、44年の11月以後輸送任務についています。
     で、思うんですが、開戦後すぐに接収可能な環境が整うものでしょうか?
     曲がりなりにもフランス領内の軍艦を接収するにはそれなりの手順を踏む事が必要で、どうも見ている限りにおいてそれなりの手順を踏んでいるので、これだけの時間がかかってしまった様に思えるのですけど。
     アメリカが欲しいからと言って、どこの国の軍艦でもほいほい接収出来るとは思えませんが。

     ベアルンの航空機搭載能力ですが、接収すればすぐ使えたかどうかは定かではありません、輸送能力としては、無改造で50機ほど艦爆を輸送していた記録がありますが、元々常用17機の残り大半は分解収納して40機程度を運ぶのが定数ですので、まあ、普通の貨物船よりマシな程度であったろうし、どっちにしろ半年程度は改造に必要ではないかな、と言うのは記録が残している通りです。

     航空輸送艦については接収した船の改造も含めてそれなりの検討が行われたのはご存じかと思います、その検討されたリストの中にはあの大西洋横断豪華客船「ノルマンディ」すら含まれていました、その時点でベアルンがすぐに改造/接収すべき艦であるなら、もっと早くに手が打たれているのでしょうが、結果はごらんの通りです、なんとなく、でもしかな領域の話のような気がしないでもありません。
    ooi

  4.  接収が可能だったとしても、まるっきり中身フランス製の軍艦を米国軍人が直ぐに戦力化できるわけじゃ有りません。
     あらゆる細かい装備が異なるでしょうから、それを米国式に交換したら時間がかかりますし、空母に必要な多数の人員の手配も必要です。そこまでして接収する価値は、残念ながらベアルンにはなく、それこそ護衛空母にその人員を回す方がまだマシでしょう。
     米国としては自由フランス軍に与えて「動かしてね」とやるほうが、手間もかからなかったであろうと考えます。
    SUDO

  5.  1940〜1941年には、ヴィシー・フランスと連合国、各植民地とヴィ
    シー政府の関係は極めて微妙でした。例えば各植民地を連合軍が強引
    に占領すれば、ヴィシー政府の反映感情を刺激し、対独協力に傾かせ
    る可能性がありました。断片的で曖昧な記述しか読んだことがありま
    せんが、ヴィシー・フランスと連合国の非公式接触があったとする本
    もあります。1942年11月のトーチ作戦、ヴィシー・フランス費占領地
    域へのドイツ軍進駐という事態を受けて各植民地は決定的に自由フラ
    ンスに傾き、ようやくダカールの戦艦リシュリューもアメリカに引き
    渡されたわけです。
     このころには護衛空母が次々と完成し、ややこしい外国艦をわざわざ
    改造する意義も薄かったのではないでしょうか。象徴的に自由フランス
    の船になっても、1943年6月と言うとまだUボートが完全には押さえ込
    まれておらず、低速のベアルンは自由フランス海軍では護衛しきれない
    艦であったのかもしれません。
    マイソフ

  6. 書いて出掛けてから、「接収では米軍に運用させるように読めてしまう、自由フランス軍に寝返らせる或は譲り渡させる」と書くべきだったと気付きましたが、後の祭りでした。
    ベアルンはどういう思想で建造されたのでしょうか。建造当時は資材も労働力も余っていた筈で廃艦利用のメリットは余り無く、一万瓲以下で30ノット以上出る船を造った方が建造費も安く済みそうで、運用費に至っては何を謂わん哉と思いますが。
    やっぱり何も考えていなかったのですね。
    にも。

  7. 他国の情報から、空母には離着艦をアシストする速力が必要だとは考えなかったのでしょうか。漠然とカタパルトの実用化を期待していたのでしょうか。
    最後ですが答えて戴いて、ありがとうございます。
    にも。

  8.  ベアルンは、日本の加賀・赤木、米国のレキシントン、英国のイーグルらと同世代の空母です。
     条約によって、新造空母は大きさに制限がありますので、3万トン近いベアルンは決して捨てたものではなかったのです。
     また、金銭面では、第一次大戦後の状況ですから新造には中々踏み出せないものがあるでしょうし、まだ空母を持ったことが無い国ですから、色々とテストに使うのにも、ベアルンは決して悪いものでは無かったのです。
     世代的には日米英の戦艦改造空母と同じですが、位置付け的には、英アーガスや米ラングレイ、もしくは鳳翔に相当するような、最初の一歩だったのです。
     これら、最初の空母たちが第二次大戦時には様々な理由から戦力としてはあまり役に立ちませんでしたが、後に続く空母の礎になったことは否定できません。ベアルンも、フランスが空母の大量整備計画でも打ち立てていたならば、記念すべき艦として記録されたかも知れません。
     当時のフランスには、まず空母とは何かを知る為の教材としてベアルンがあったのだと思います。
    SUDO

  9. >8
     名に恥ずかしいミスしてるんだ>赤城だよ(爆)
    SUDO

  10. 残酷な尊師が支配する。
    カラオケで「魂のるふーらーんー」と唄うところを
    どうしても「酒鬼ー薔ー薇聖斗ー」と唄ってしまう事を思い出しました。
    余。あかぎ
    http://www2.bbspink.com/test/read.cgi/erocomic/1035198823/53-
    にも。


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