1941 |
大戦中の日本艦の艦橋の窓の直下に付いている、縦縞の顎のような構造物は一体何なんでしょう? 昔から思ってました。大和なんかのは大きいですよね。ただ、同型艦でもついてる(阿賀野)のとついてない(矢矧)のがあるのは何故なのでしょう? Yakisaba |
- あの部分は所謂「出窓」状になってるんです。
壁面より外側に出ている空間だと思って結構です。
そんな訳なので、張り出しの下に支えとして支柱を置いてまして、それが白黒写真では縦縞に見えるのです。
阿賀野と矢矧の例では、矢矧では恐らく工数削減の為、張り出し部分の支えを一枚の板で行ってるように見えます。
SUDO
- 遮風装置のことではないんでしょうか。
片
- 遮風装置と仮定して勝負。
窓の直下に装置の促流板と整流板があって、それを留めている隔板がYakisaba様の言われる「縦縞」と思われます。
これを取りつけることにより、装置の(普通は)上部に無風域を作り、煙の吹き込みや波しぶき等を防ぐ事が出来るのです。
>同型艦
日本では同型艦でも戦訓や工程などの都合で細かい部分は違ってくることがあります。
ちなみに矢矧は阿賀野に比べて工期が100日近くも短縮されており、遮風装置については防空指揮所のみで問題無し。
あるいは下方視界を妨げるので不要。という結論に達したのだと思います。
(必用であれば後から取り付けることもできますし)
どのような経緯で研究が始められたか?については「足柄」の訪欧文献を読むと良いでしょう。
きん
- 私も遮風装置だと思いますので、その効果を。
船が走り出すと前から風が来ますよね。この風は速力が早くなるほど強くなり、25ノット以上になると外で見張りをするのには支障が出始めます。そこで、この遮風装置で風の方向を→から↑へ変えて、風によりエアースクリーンを張ってやるわけです。このエアースクリーンの後はいたって快適で無風状態となります。
GO
- ああ、言われて見れば、そっちだよな(;_;)
(実はずっと重巡の機銃台を見ていた私・・・)
何故大和と書かれてるのに見なかった>馬鹿チン(;_;)
SUDO
- 皆様ありがとうです。遮風装置ね。なるほど。
ということは、付いてない艦は高速航行時にはたいへんだったのでしょうか? 他の国の艦などは問題にならなかったのでしょうか?
それと、艦橋トップの窓は開放(あるいは戦闘時のみ?)されているのですか?でないと、少なくとも風の影響は窓があれば無視できるのではないかと。。。
Yakisaba
- 個人的意見ですが、現在の護衛艦でも通風のために艦橋前面の窓を開放することがあります。(戦闘中は閉鎖すると思いますが。)
当時の写真を見ると、現在の船舶のように艦橋前面窓にワイパーや回転窓が装備されていないようです、又、レーダーがない場合は眼しか確認方法がありません。
当時は、周囲の状況を確認するために、現在以上に窓を開放する機会は多かったように思われます。
尚、無風時に25ノットで航行中の船舶上では、風速12m程度の風が吹いている計算になります。
向かい風の場合は更に向かい風分の風速がプラスされます。
タイタニックの見張り員は寒かったでしょうね。
SAW
- で、阿賀野と矢矧ですが、恐らく質問者の方が「無い」と判断されたのは艦橋前面左右の部位だと思われますが、遮風装置はちゃんと矢矧にもあります。
外見が多少変わっているので、縦櫛部分が目立たなくなっていますので、無いように見えたのでしょう。
SUDO