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1935 太平洋戦争中の日本戦艦で長門の高角砲増設時期(4基→6基)が遅いのは砲の手配がつかなかったからでしょうか?機銃増設だけで十分と判断されたからでしょうか?

単純に考えても金剛、榛名は相応の時期に6基搭載してますし、大和、伊勢型は改装を期に倍増、扶桑型は練習戦艦の立場から一転レイテ戦へ赴いていますので高角砲増設はやむなしとしても、大和型に次ぐ重要な戦力の長門なら優先的に高角砲を廻してくれても良いように思うのですが。
それに長門の副砲撤去の時期も遅いように思えます。おしなべて戦艦級が対空兵装増強の代償で副砲が専ら半減している中で長門はレイテ戦まで18基を維持しています。あくまで副砲力を維持したスタイルで通したのでしょうか?
紀伊国屋

  1. いや、単に順番が回って来る前にレイテ戦が始まってしまっただけではないかと。
    勝井

  2. >1
     質問者の人は、その順番が遅いのは何故だと尋ねてらっしゃるのでは?

     高角砲の優先順位が低いのは色々と理由が有ると思いますが、基本的に戦艦は味方制空権下で空母や基地航空機の援護を受けた状態で行動する事になっていますから、強行輸送等もする他艦種とは条件が違ったのでしょう。

     また副砲削減ですが、何故削減するのでしょうか?
     単純に考えても、高角砲の増強等で場所や居住スペース・重量等が変化しない限り削減する必要はありません。
     伊勢型のような徹底的な改造で武装そのものの見直しを行ったのなら兎も角、長門の場合、何も極端な変化をしていないのですから、削減する必要も無かったのではないでしょうか。
     先ずは各戦艦級の武装が、どの時期にどうなっていたのかを確認して見てください。
    SUDO

  3. こんにちは、何かの本に高角砲の数が無かったと言うのを、見たことがあります。
    そのため、武蔵には、高角砲の手配が間に合わず、三連機銃になったとか
    まだまだ勉強不足ですので、間違っていましたらすみません
    だいぱぱ


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