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1701 大和型46cm主砲弾は何発ぐらい製造されていたのでしょうか。また予備の内筒はあったのでしょうか。もしレイテ沖海戦で両艦が全弾うち尽くしたとすれば内筒の交換をしなければ次の作戦が出来ないのと思うのですが。・・・
Aruustak

  1. 内筒の砲身寿命は二百数十発、
    砲一門あたりの搭載数は100発程度だから
    撃ち尽くしても内筒交換にならないのでは・・・
    ななし

  2. 質問者です。 内筒の回答ありがとうございます。私が知りたいのは武蔵が再塗装したことです。ほんらいなら旗艦としての性能は大和より武蔵の方が優れているはずです。宇垣中将はなぜ大和を選んだのでしょうか? また、栗田中将は旗艦能力に優れた武蔵を選ばず愛宕撃沈の後、大和に乗艦していますね。もし内筒や、砲弾数の影響で今後どちらか1艦だけしか活動できないとしたら・・・案外こんなことが武蔵の再塗装に関係したのではと思ったからです。
    さらにレイテ湾の突入時に栗田艦隊が反転した理由として、輸送船を撃沈するのは10隻の重巡で戦艦はアメリカ旧戦艦軍を相手にする作戦だたと思います。戦艦で輸送船を攻撃しても護衛空母を砲撃したのと同じく突き抜けるだけですから。10月25日9:10当時利根大破、羽黒残弾約200(その他の重巡航行不能か撃沈)では話になりません。そんな理由から大和型の砲弾生産数を知りたいのです。

    Aruustak

  3.  戦艦で輸送船を攻撃しても護衛空母を砲撃したのと同じく突き抜けるだけですから。> 三式通常弾がありますよ。「新人物往来社 別冊歴史読本永久保存版 戦艦大和と武蔵」によると、「従来の出版物に「日本側は(91式)徹甲弾を使ったので貫通力がありすぎ、護送空母の船体を向う側まで突き抜け穴を開けただけだった。」とある。本当にそうか? 沈没した「ガムビア・ベイ」の記録を見るとやはりその旨の記録がある。だが手前の水中に落下した砲弾は喫水線下に浸水を起こしたとも記されている。だから九一式徹甲弾は機密兵器として威力を十分発揮したのだ。(ママ)」とも。
    ザイドリッツ

  4. >2&3
     いや突き抜けてたのは重巡の徹甲弾も同じです(日本軍の場合軽巡以下には基本的に徹甲弾は積んでません)
     でもってこういった事態が起こったのは徹甲弾の貫徹威力の問題ではなく、信管の遅延時間の問題です。
     あの海戦の殆どの時間、日本軍は米艦隊を正規空母からなる部隊と誤認していました(エンガノで米軍が日本駆逐艦を重巡だと思ったように)
     装甲を持つ正規空母や護衛の重巡洋艦だと思って非装甲の護衛空母と駆逐艦に徹甲弾を放っていたわけです。
     日本軍の徹甲弾は多重装甲された艦の奥深くにて炸裂したり、水中弾効果を期待する観点から極めて大きな遅延時間が設定されてましたので結果的にああなったわけですが。他に一般的な榴弾に相当する瞬発信管や時限信管を組み込んだ通常弾も搭載していました。

     また傍証ですが、大和の沖縄出撃時には定数よりも多くの砲弾を詰め込んでいたとも言われます。大和がレイテで何発放ったかは知りませんがそれなりに撃ってますし、大和武蔵が一回や二回弾庫を空にしても間に合う程度の弾丸は存在したのではないかと思います。
    SUDO


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