1406 |
仮に秋月級の設計の歳に横槍が入らずに純粋な防空艦(直衛艦でしたっけ?)として竣工していたらどんな船になっていたでしょうか?個人的には魚雷発射管の場所が機銃座になるくらいかなと思ってるんですが。 ニシ |
- 排水量を減じるか、
当初の要求通りの速度性能を備えるかのどちらかだと思います。
勝井
- 何処の時点での横槍でしょうか?当初の計画通りに竣工したとすれば、それは立派な「駆逐艦」になっていたのでは。
tackow
- 魚雷発射管の装備が追加されたあたりです。それがいつなのかまではちょっと。そこまで海軍に詳しくわないので。
ニシ
- 「写真日本の軍艦」の秋月型の説明から抜粋します。秋月型に魚雷が搭載されたのは、軍令部が防空と対潜能力しかない高船価の船を建造するのは、費用対効果という点で贅沢すぎると判断したからだそうです。事実、同時代の対空艦である英国のダイドー級、米国のアトランタ級軽巡洋艦も魚雷兵装を保有しています。
私見ですが、機動部隊の威力が広く認められた戦時中ならともかく、戦前の計画艦である秋月型が純粋な防空艦として建造された目は少ないと考えます。もしあるとしてもあの船体にこれ以上10cm連装高角砲を搭載できそうにないので、やはりニシさんのおっしゃるとおり発射管の場所が機銃座になるくらいだと思います。
A-140
- どこかでカタパルト装備の計画図を見た覚えがありますが、どこでだったか覚えてません。搭載機は1機のみだったような・・・
オンブー
- 軍令部案(発射管無し)と駆逐艦乙案では機銃兵装は基本的に変化がありません(前者25ミリ4挺、後者25ミリ連装2基)。
むしろ魚雷以外の兵装で違いが見られるのは爆雷投射器の数と爆雷数(軍令部案の方が多い)なので、もしその方向で竣工していたら強化されたのは対潜兵装ではないかと思います。
八郎太
- >4
秋月型(と呼べるかは判りませんが)の最初の構想では発射管は搭載されていませんよね。
が、その後、改設計時に「どうせなら積め」という横槍が入り搭載された。と言われていますが、そうなると、元々発射管無しで要求したのは軍令部ですから矛盾があるようにも感じます。
「せっかくだから」「予算獲得」といったもっともらしい説がありますが、わざわざカネ掛けて魚雷を積むのですから、他にも理由がありそうな気もするんですけどね。
tackow
- 魚雷発射管の装備は
10センチ口径砲の採用と関連があるように思えるんですが・・
米英駆逐艦の12.7センチや12センチ砲に対抗するには
10センチ砲では射程、威力で劣るので魚雷の搭載を必然としたのでは・・
じっさいレイテ沖の初月は魚雷発射準備運動を見せることで
かなり抵抗できたのではないかと
ななし
- 搭載された機関のスペース、航続距離確保の為の重油タンク、外洋での航洋性を考えれば小型化という線はなさそうです。
(ちょっと仮想)ニシ様の言う通りで設計されたのなら、後期艦は戦訓次第により(缶と缶との間隔を広げざるをえない為)煙突を二本必要とするシフト配置への変更を図れたかもしれません。
烈風天駆
- 思うに、当初の防空艦構想は増設高角砲的な意味があったのではないでしょうか
そして、それが魚雷を搭載した駆逐艦へと変化していくのは自明の理でしょう
横槍以前に、艦隊という単位で考えた場合(特に空母の護衛で)秋月型に魚雷を搭載するのは自然な流れだと思います
五十鈴だって雷装強化したし、摩耶は主砲減らしたけど雷装は強化しました
戦争の実体とか航空主兵以前の問題として魚雷は必要なものだったのだと思います
SUDO
- 秋月型の原型は「35ノット、一万哩@18ノット、2200トン」という事で雷装は無いのです。その後「それが魚雷を搭載した駆逐艦へと変化していくのは自明の理でしょう」は理解できるですが。それが用兵思想上の変化によるものか、予算獲得上のものなのか、その辺が今一つ判然としないのです。ただ、用兵上という点では最初から不要、と判断している訳ですから・・・という事なんかをを調べに某所に行ったのですが、史料が貸し出し中なんです。ず〜と。
tackow
- うん、そこなんですよね・・・
予算であろうというのが予想の八割なんですが
SUDO