QQCCMMVVGGTT
1034 艦載水雷艇について質問したいのですが、あれは第二次大戦まで実際に雷装を維持していたのでしょうか。それとも、単なる慣例的呼び名になっていたのでしょうか。また、(後者だとしたら、いつ頃まで)どの程度の雷装を施していたのでしょうか。
その他、他の用法、その他の兵装の有無についてもお教えいただければ幸いです。
TS4989DA

  1. 艦載水雷艇とは、十七メートル内火艇の別称です。内火艇の中では最大の大きさで唯一煙突を装備する艇でした。その姿・大きさが十九世紀末の水雷艇と似ている事から別名・艦載水雷艇と呼ばれたそうです。
    用途は内火艇ですので搭載艦と港や他艦への人員の輸送任務が主で、もちろん雷装は施されてはいません。ただし必要に応じて7.7mm機銃一丁と爆雷4個を搭載可能だったようです。
    詳しくは光人社NF文庫「小艦艇入門」P316を見て下さい。
    jas1

  2. 失礼しました。第一次大戦位まで艦載水雷艇や魚雷艇を搭載した水雷艇母艦なるものが存在している様ですね。
    詳細はちょっと...(^^;
    jas1

  3. >水雷母艦
     潜水母艦や駆逐艦母艦の前身ですからただの母船任務だと思います。ですから日露戦争時くらいの駆逐艦に対する母船ですから、魚雷艇を搭載したわけではなさそうです。
     もっとも威海衛の戦訓を元に、アルミ製の小型水雷艇を搭載する母艦の計画はあったそうです。
    能登

  4. うーん、フランスで水雷艇母艦の建造例が在るらしいのですが艦名等まったく探し出せないです。潜水母艦や駆逐艦母艦のイメージでなく文字通り水雷艇運搬船だった様です。
    んで、艦載水雷艇(雷装してる方)に話を戻しますと、日本では戦艦「富士」「八島」で初めて搭載され、それ以降大型艦に積むようになりました。1923年に日本海軍からは一旦すべての水雷艇が無くなるので、ここで恐らく艦載水雷艇は消滅するのではなかろうかと思います。
    以上、日本海軍での話でした。
    jas1

  5. 勝井山への要求水準としては全く不足です。
    BUN

  6. ↑師匠、もういっこ上。


  7. 便乗質問でもうしわけありません。
    「内火艇」の読み方なのですが「ないかてい」が正しいのでしょうか?「丸」の兵器総覧という冊子には
    「うちびてい」と書かれていました。以前別のHPでも読み方の議論がありましたが確か「ないかてい」に
    落ち着いたようでした。蛇足ですが昔の少年雑誌には内火ランチ(ないかランチ)なんていう呼称もあった
    ようです。見識のある皆様どうかご教授ください。

    艦載水雷艇ですが、幼少の頃愛読した「零戦と戦艦大和」(秋田書店)という本にPTボートのような(正に
    魚雷艇)イラストが掲載されており当時私もこれを信じたものでした。
    ガッビアーノ

  8.  水雷艇搭載母艦 Torpedoboat Carrier とは、1877年の露土戦争で、ロシア海軍が汽船に蒸気ランチを積み、トルコ艦隊の迫地をたびたび攻撃した戦訓から建造されたものです。一般の母艦 tender とは異なります。
     代表的なものとして、イギリスのヘクラ、ヴァルカン、フランスのフードルがあります。用途はまったく攻撃的なもので、航空母艦の飛行機の代わりに水雷艇を搭載したものです。それぞれ10隻前後の20メートル級水雷艇を搭載可能でした。もちろん、急速に進水させる装備も持っています。19世紀末には価値を失ってしまいました。
     具体的戦術としては、甲標的を積んだ潜水艦、同じく千歳などの甲標的母艦が、最も近いと思われます。

     通常、戦艦などに積まれる水雷艇は、日常は水雷装置を装備せず、将官ランチとして使用されます。必要に応じて、発射装置や小砲を装備できるようになっていました。円材水雷の昔からあったものなので、必ずしも魚雷を持っているとは限りません。
    志郎

  9. ありがとうございます。おかげで胸のつっかえが取れました(^^) その後なんとかヴァルカンについては、2nd Class Torpedoboatを6隻搭載可能な事と、1915年からは潜水艦母艦(Submarine Depot Ship)として使用された事まではわかりました。
    はー、なんかスッキリしました(^^)
    jas1


Back