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戦前・戦中の日本の軍艦には戦闘中に食べる「戦闘食」というものがあったと聞きました。具体的にはどのようなものでしょうか。教えてください。よろしくお願いします。 クラマ |
もちろん、戦闘そのものが長引けば戦闘中に食べるという状況も発生しますが。
戦闘配食は通常と違い主計科の烹炊員が出前をします。砲塔やら機関室やら見張所、檣頭の測距儀まで、艦のてっぺんから底までですからたいへんです。
食器はもちろん使えないので、五目寿司やかやくごはん(五目飯)を握り飯に作ったものが多く用いられたようです。
まなかじ
クラマ
また、実際に戦闘が開始されると烹炊所は火を落としてしまいますので、それまでに間に合わない場合は戦闘終了まで配食なしとなります。
まなかじ
Sampon
置いてあり、戦闘中に自由に(といっても、本当にバリバリや
ってる時は、無理だったでしょうが。)飲むことができたと書いた
戦記を読んだことがあります。
海上自衛隊では、お握り、缶メシ、乾パンが戦闘配食として配られる
ようです。
SAW
アリエフ
区の食卓に戻ることなく各々の戦闘配置において食事を摂れるよう調理され、
食事中および食後の簡便さ(配置によっては立ったままの場合もある)、また携
帯の便を勘案し、竹の皮などに包んだ握り飯に副食や沢庵を付して給食するも
のです。各配置への実際の配食は、戦闘の段階などに応じて、主計科員が各配
置に届ける場合と、各配置班から受け取りに来る場合があると言われます。
この「戦闘配食」は、言葉そのものは昭和の初めころにできたとも言われる一
方で、明治の時代から実質的に行われていたという話もありますが、小生も確
認には至っておりません
戦闘応急配食においては、本来の当直舷の烹炊員のみならず非番の舷の烹炊員
はおろか、経理や庶務の下士官兵なども含めた主計科総員で烹炊作業に当たる
とされます。また、握り飯にする関係で、その時に限り精米のみを使ったとさ
れます。また、戦闘配食に限り総員が同じ兵食を摂り、各室と下士官兵との違
いはありません。
なお「握り飯」ですが、小生が読んだ範囲(なおかつ記憶に残っていて、現に
その記述を確認した限り)では、「五目飯」が多いのですが、「赤飯」という
例もあるにはありました。もしかしたら、銀飯の握り飯もあったのかもしれま
せん。
あと「汁粉」ですが、夜食などに出されたことは何かで読んだ記憶があります
が、戦闘配食において出された例に関しては知るところがありません。また、
汁粉ではなくて「おはぎ」「ぼた餅」の類なら、そのような記述をしている手
記の類を確認しております(これとて、本当にそうかは別問題ではありますが)。
今泉 淳