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太平洋戦争時の一般兵の艦船の人気順位を教えてください。 また太平洋戦争の日本海軍において開戦時とマリアナ沖海戦時あたりでの 海兵さんの艦船の人気順位は変化があったのでしょうか? ベリアル |
開戦前は戦艦が一番人気で空母は特殊支援艦というイメージで人気がなかったと勝手に思っておりますが、開戦後、海戦の主役になった空母の人気は上がったのでしょうか?
ベリアル
戦艦とか空母だと悲惨だったとか
SUDO
BUN
を作るんでしょうかねえ。
tackow
単純に艦の見栄えだけで判断できないのですね。
では、当時の国民はやはり戦艦が一番人気だったと思いますが
当時(太平洋戦争中)国民の空母人気は変動したのでしょうか?
ベリアル
「鬼の山城、蛇の長門、いっそ赤城で首くくろうか」
なんて聞いたことがあります。
taka
BUN
私は、「 …、いっそ金剛で首つろうか」と戦艦でそろっていたのですが、
ペンギン
自分が読んだ物は「鬼の金剛地獄の山城、いっそ長門で首吊ろか」だった気が・・・・・・
いずれにせよ、戦艦では山城、長門がいやがられていたようで。
明石耕作
も一定しない性質のものかもしれません。今参照できる資料の現物が手元に
ないから具体例を引用はできませんが、「鬼の○○、地獄の△△」等は、書
き手の在籍鎮守府や時期によって、全体の文言、及び○○や△△に入る艦名
が異なってくる可能性があると見ております。例えば、
>「鬼の山城、蛇の長門、いっそ赤城で首くくろうか」
もしこのような言い方が本当にされていたとして、「長門」「山城」「赤城」
とも横須賀鎮守府在籍の艦船であり、その意味で共通性があります(私が知っ
ているのとは、若干表現は違いますが、やはり「山城」「長門」が含まれてい
たと思います)。
一方、佐世保の兵の場合には「鬼の霧島、金剛地獄」になったりするものと
思います。もしかしたら「鬼の金剛、霧島地獄」だったかもしれませんが、
このことは高橋孟さんの本に出ていると思います。ちなみに、高橋孟さんは
兵籍が佐世保のはずですね。さきの「山城」「長門」は、別の本(「軍艦長
門の生涯」と小林孝裕「海軍よもやま物語」だったと思う。小林さんは横須
賀籍だったはずだよな)に出てきた例と記憶します。
「時期」に関しては、艦によっては在籍鎮守府がある時期以降変わっている
こともありえるので(例えば、「金剛」は横須賀から佐世保へ、「陸奥」は
佐世保から横須賀へ、などがありますので)、下士官兵で言われていたその
種の事柄は、範囲や時期によって若干の変化があると思われます。
一応、「鬼の○○・・・」について、所属鎮守府をまたいだ言い方を読んだこ
とがないための小生の仮説ですが、別段例外などがあった場合は拘泥するつ
もりはありません(是非例外のサンプルがあれば、著者、書名等とともにご
教示ください。)
ただまあ、大型艦の規律が厳しいことは確かですし、上記のような言われ方
をしていたのは事実だと思われます。
今泉 淳
>一方、佐世保の兵の場合には「鬼の霧島、金剛地獄」になったりするものと
>思います。もしかしたら「鬼の金剛、霧島地獄」だったかもしれませんが、
>このことは高橋孟さんの本に出ていると思います。
高橋孟さんの本にはこうは書いてなくて「…死んでしまおうか霧島いこか」
「首を吊ろうか、霧島いこか…」でした。ここに訂正をいたします。
ただ、「鬼の金剛…」の如き表現をどこかで読んだような覚えがあることは
確かなので、もし見つけたら報告します。いずれにせよ、佐世保所属の艦船
の中でも「霧島」が厳しかったことを反映したのが「霧島いこか」なんだろ
うと思います。あと、坂井三郎さんの本にも「地獄の霧島五分隊」などの表
現が出てくることを補足しておきます。
今泉 淳