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我が国の扶桑級、伊勢級戦艦は連装6基の主砲採用により 防御上(扶桑級)、居住性(伊勢級)について問題点が生じる 結果となりましたが、米戦艦Pensylvania級、New Mexico 級、Tennessee級に見られる様な3連装4基の配置案は 設計当初に考えられなかったものなのでしょうか。 こうすれば前述の問題点も解消でき2クラス4隻として ではなく、1クラス4隻として建造効率も上げられたと 素人なりに思うのですが。<結果論ではありますが。 また後年の大和級になって、ようやく3連装主砲が採用 された理由とは? 未成巡洋戦艦13号級では連装4基ですよね。 この件に関して何か情報をお持ちの方、ご教授戴けます と幸いです。 K.N |
バーベット径が大きく船体強度上不利
被害を受けた場合戦力喪失度合いが大きい
弾薬供給等の問題で射撃速度が下がる
旋回俯仰の必要力量が大きい
利点
主要防御区画の短縮が可能
前後の指向門数が多くなる>公算射方の最低6門をクリア出来る
一般に同門数なら重量も軽減できる
当時の日本は
金剛級を自力で開発できなかった事からも判るように
未だ、それだけの開発能力を持っていなかった事が最大の原因でしょう
大口径砲の多連化はハードルが高いのです
この時期の米戦艦の3連装砲は
一つ砲架に3門を装着することで構造を簡便にしていますが
各砲の間隔が狭く、散布界が広くなる
別個に俯仰できないので交互射撃の効率が悪い
俯仰関係の必要力量が大きく斉射間隔が長い
と先にあげた問題点の多くを抱えていました
他国を見ると
英独仏は連装で
伊と露が3連装を採用した程度で(しかも12インチ)
(ちなみに、基本的に露のは伊の改正型で共通項目が多いです)
3連装砲は未だかなり珍しいものだったことも理解してください
余談ですが
この時期、仏では4連装砲を搭載した戦艦を計画し
これが後のダンケルク級へ繋がるのです
KGV級で4連装を採用した英国では開発に梃子摺り
初期には故障も多く、十分な性能を発揮できませんでした
結果論ですが、完全な失敗だったのではないかと思います
この時期の日本の場合
強力な新型戦艦を早期に用意することが重要だったのです
この時期の日本には、ド級戦艦は実質的に存在せず
準ド級が若干に前ド級ばかりの陣容で
金剛級4隻だけが異常に目立ち
他との釣り合いがまったく取れていませんでした
この状況下では、新型戦艦の開発は困難です
取り合えず手持ちのものを活用することで対応するしかない
画期的新型は長門以降の88艦隊に期待するってのが
当時の状況下では精一杯の選択だったのだろうと思います
また、量産による建造効率ですが
設計にかかる手間を省けることと
各種構成物の共通化による製造の容易さが魅力なので
金剛と共通の主砲だし、伊勢は扶桑の改正型で
同時に4隻を作ることが出来る国力を持たぬ以上
無難な対応だったと思われます
そして大和で3連装になったのは
主要防御区画の圧縮を期待したからです
総合的には連装4基と似たようなものとの意見もありますが
似たような重量なら火力が大きいのも魅力でしょう
SUDO
BUN
しかし、新規に砲塔を設計し、建造ペースが乱れるのを嫌って、
結局連装5基に落ち着いたそうです。
(主砲塔の設計と製造には、船体の建造と同じ位の手間と時間がかかる)
勝井
(N)
計画変更があった、という話をどこかで見たようなきもするのですが、実際はどうなんでしょうか?
ひもと
八八艦隊計画の早期達成は急務、ということで
まず41×10門の艦を2隻建造し、次いで41×12門の艦を建造する方針になったらしいです。
が、それさえも実現できそうに無かったので、結局41×10門の艦を4隻建造することとなったそうです。
Ta