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3154関連で質問です。 ワンショットライターの語源はいったいどの種の部隊から来た物なのでしょうか? 私の手持ちの資料、ミリタリーオスプレイの一式陸攻の戦歴を読む限り、 戦闘機による100発以上の12.7mm弾による被弾に耐えて帰還している例が結構有ることが確認できます。 ですが、敵艦隊への攻撃や高射砲が多数ある陣地などへの攻撃は被害が多いようにおもえます。 このことから思うのですが、ワンショットライターという言葉は米軍の高射砲部隊から戦闘機部隊などあちらこちらへ伝播した言葉ではないのでしょうか? それとも戦後たまたまこの言葉を見つけた研究者か誰かが流布した言葉なのでしょうか? P-kun |
- >記憶で物言うてすまんすが
米軍語源のものではなく、海軍の部隊自身の語源だと、戦後三菱の本庄氏が怒っていたとの佐貫亦男氏の記述が「飛べヒコーキ」かなんか辺りに載っていたと記憶しています、信用性の程は確かではありませんが、記憶の隅に止めといていいかも知れません。
(記憶カキコだし、二次情報だって事は前提に置いとくとして)
ooi
- アメリカ側の戦記(そんなに多くを読んだ訳ではありませんが)で One shot lighter という言葉を見たことがありません。単に Betty とか Mitsubishi Bomber と書かれています。地上勤務員からは火星エンジン独特の爆音にちなみ「洗濯機チャーリー(Washing Machine Charly)」の渾名で呼ばれていたようです。
ささき
- 自己レスですが自前で、"One Shot Lighter Betty"、"One Shot Lighter G4M"
でネットで検索かけてみました。
まあ結構出てきますね。"Flying Cigarette Lighter"、"Flying Lighter"などの記述も見あたります。
やはり米軍でもそれなりのニックネームがあったのではないか、日本海軍自身の部隊の語源だけではないのではないかとも思います。
しかし、一つ気になるのがよくプラモページがかかることです。
どうもタミヤの1式陸攻の英語の解説にOne Shot Lighterの記述があるようですね。
海外ページでの記述はタミヤのプラモの海外への広まりが一役買ってることもあるかもしれません。
P-kun
- 回答ではありませんが…。「航空朝日」昭和20年10月号に「ありし日の日本軍用機」(編集部)と云う記事があり、「一式陸上中型攻撃機」の項での記述には
(略)攻撃を受けると燃料槽が発動機のすぐ後部に位置していて、防火装置が悪いためすぐ出火するのが欠点であった。
とあります。
印度総督