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太平洋戦争の時代における日本軍の大本営を初め官僚等の組織は一般人の戦争に対する動揺を配慮して?か、戦果を半事実で発表したり、軍組織の行動を暗黙で完全秘密にしていたと記憶しています。 まして兵隊の方が家族に宛てた手紙の内容までチェックが入る程、その軍秘密の厳守が厳しかったと言われています。 ただ、不思議に思ったのはあの神風の一任者(関行男大尉)が特効待機している日に報道通信員の方のインタビュ−を受けて(俺はOOの為に行くのではない・・・)と個人の思いを答えたとなってますが、それ程、機密が外へ漏れるのに神経を尖らせていた大本営がなぜ、そんなマスコミの立ち入り、まして特効をしようとする人物に会話をする事が安易にゆるされてるのか?が気がかりでした。詳しい方おりましたらお願いします。*航空関係の話しとは事成りますが宜しくお願いします。 非国民 |
- この質問は、「航空機関係」より「戦史・歴史」の方が適切だと思われますのでそちらで回答しておきました。
なお、マルチポストは、出来れば避けて下さい。
カンタニャック