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旧日本軍のパイロットにヒロポンは、どの程度蔓延してたのでしょうか? まさのり |
- 蔓延ねぇ・・
ちなみにまさのりさんは当時ヒロポンが風邪薬と同じよーに薬局でふつーに売られてたコトをご存じの上で質問してらっしゃいますか?
副作用の全く無い画期的新薬として
なんたって参謀たちも長い会議が続くと「オイ、一本いっとく?」てなぐあいでやってたぐらいですから。
詳しくは兵器生活に当時の広告が参考になるかと思います。
3号電探
- 機体メーカーの設計の人もガンガン飲んでたような。
片
- 便乗なんですが、他の国じゃどんなもんだったんでしょうか。
居眠り将軍
- 横須賀航空隊の夜戦隊で「夜によく目が見えるようになる薬」
として一部搭乗員に注射していたようです。
(黒鳥中尉と倉本上飛曹ペア)
これによって夜目が利いたことはなかったそうですが
冷静な判断力が持続したとのこと。
ただ、睡眠薬がないと眠れなかったり
戦後に先端恐怖症のような
後遺症に見舞われたようで長い間後遺症に苦しまれたようです。
瑞雲水爆が好き
- 3>時は変わりますがアヘン戦争があったりした19世紀イギリス(倫敦だったか)では中国に流れるものとともに本国でも栄養ドリンクぐらいの気持ちでばしばし使われ赤ん坊の泣き止め用にも使われていた、という話を聞いたことがあります(そりゃあ泣きやむわなぁ、さっきまでのことなんて忘れてラリってるんだから(笑))
紅葉饅頭
- ヒロポンについてはちょっと興味があったんで、紹介された兵器生活の広告を見てきました。それと、ヒロポンで検索したHPも幾つか覗いてみました。でも、これだけじゃ何とも言えませんね。
戦中、戦後、ヒロポンが堂々と流通していたのは事実です。軍需物資として生産されてたし、販売も合法でした。だとすると、旧軍パイロットの間で、ヒロポンが大量に出回っていたとしても、別に不思議でもありません。
でも、渡辺洋二氏の「重い飛行機雲」では、軍医が夜戦パイロットに「暗視ホルモン」と偽って覚醒剤を注射してたエピソードが紹介されてました。ヒロポンが当たり前の存在だったら、軍医も「ヒロポンみたいな薬だ」と言えば済むだけの話。なのに、わざわざ偽る必要があったということは、ヒロポンがあまり蔓延してなかった、とも解釈できます。
旧軍のパイロットで、麻薬中毒にかかったって話も、あまり聞きませんね。関係者は口を閉ざしてしまうのでしょうか?
ツカドン
- 混乱してきたので覚醒剤について調べてきました。
まとめ
覚醒剤として1887年に初めて合成されたアンフェタミンは、1927年になって効果が確認され、イギリスではベンゼドリン、ドイツではエラストン等の名称で市販された。
一方、1888年に我が国で独自に発見されたメタンフェタミンは、1930年代になって中枢神経系に対する特異な興奮作用のあることが明らかになり、ドイツでは1937年にペルヴェチンの名称で市販が開始され、我が国では1940年代にヒロポン、ホスピタン等の名称で市販された。
で、欧米でもベンゼドリン、エラストン、ペルヴェチン等の名称でパイロットに広く使われていたようです。
渡辺洋二氏の「重い飛行機雲」の「暗視ホルモン」は、医者が偽薬効果狙ったのでは。
医者が戦後謝っているのは、医者故に戦後ヒロポンの副作用を詳細に知ったためでしょう。
ところで>5の「しばし使われ赤ん坊の泣き止め用」って何?製品化されたのは20Cなんですが・・
3号電探
- >7 阿片です。
紅葉饅頭
- え〜っと、アヘンアルカロイドやコカアルカロイド系の「麻薬」と、アンフェタミンやメタンフェタミン等の「覚醒剤」とは、薬効作用ほか、全然別物です。麻薬は中枢神経系感覚麻痺、覚醒剤は逆に中枢神経系機能亢進。
MB