QQCCMMVVGGTT
2690 今日、徹子の部屋にゲストで桜金造というコメディー俳優が出ていて、彼の祖父にあたる人が中島飛行機の佐藤という技術者で紫電改や零戦の設計にたずさわったそうで、戦後は植木の仕事か造園業のような仕事で財を成したんだそうです、昭和31年生まれの彼の聞き違いか、分かりやすく中島と無関係の紫電改と言ったのだと思いますが、零戦の量産終了後、紫電改の量産計画があったとか、誉の関係で川西と接触する可能性はあるでしょうか。
ヒマジン

  1. 海軍は、20年度の生産航空機を、零戦4000機、紫電改6500機としていたのですが、1月11日にこれを変更して、零戦を0機に、紫電改を11800機としました。この生産機数は川西だけではとても無理であり、零戦を生産中止にした後の各社の生産ラインが無駄になるので、目下最強の紫電改を各社の総力を挙げて生産することになりました。だから、ヒマジンさんがおっしゃっておられる接触はこのことに関するのではないかと思われます。
    富士

  2. 20年度の生産計画は下期計画でも零戦の生産を0にはしていません。
    紫電改の生産は愛知、昭和、そして三菱の疎開工場各所で実施される予定でしたが、中島系工場での生産計画は存在しません。
    BUN

  3. 零戦ってのは二式水戦を大幅に省略して(あるいはややこしい説明部分を忘れて)いる可能性はあるかもしれませんね.
    ウマシカオ

  4. 桜金造の祖父という人が中島ではかなりの地位だったらしく、昭和40年代に丘の上から僕の家はあそこからあそこと同級生に教えられるくらいの豪邸に住んでいたそうです。金造氏は番組内でうちのおじいちゃんは死の商人だったとしきりに言っていて、戦後、平和産業である植木関係の仕事にかわったとのことです。年代も糸川氏より一時代前の人でしょうか。下の名前も言っていたのですが、聞き取れませんでした。父にあたる人は存命なので話が聞ければその辺のことが解るのでしょうが。BUNさんがおっしゃるように中島と無関係であれば、紫電改の鷹がヒットしている頃なので、混同したのかもしれませんね。
    ヒマジン


Back